とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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絶対能力者編 最低で最悪な再会

絶対能力者編 最低で最悪な再会

 

 

 

河川敷

 

 

 

宵闇、学生達が寮で自分達の時間を過ごしている時間、上条詩歌が人目もない河川敷に現れた。

 

詩歌の顔には、いつもの微笑みではなく、能面のような無しかない。

 

しかし、その能面の表情の下には鬼のような表情が秘められ、両の拳は内側から今にも溢れそうな怒りに震えていた。

 

<妹達>の1人が詩歌に警告する。

 

 

「ミサカは警告します。まだ実験は終わってません。ですので、関係者以外は今すぐこの場から離れてくだ―――」

 

 

パンッ、と。

 

警告を遮るように、詩歌の右手が振り抜かれた。

 

<妹達>は頬を叩かれた痛みに呆然とする。

 

 

「……あなた方の説教は後でします。…―――美琴さん、この子と後ろに下がってなさい」

 

 

詩歌は、美琴に9982号を預けて、避難しろと指示を出す。

 

しかし、地獄のような絶望を目の当たりしたため、詩歌の声は今の美琴には届いていなかった。

 

 

「美琴ッ!! とっととそいつを連れてここから離れろ!」

 

 

「は、はいッ!」

 

 

詩歌の怒号に、ようやく美琴が反応する。

 

 

「でも、詩歌さんは―――」

 

 

「これは命令です。美琴さんは今すぐ彼女と共にここから離れなさい。もう一度言います。これは命令です」

 

 

詩歌は有無を言わせない威圧感と共に美琴に叱責する。

 

今、目の前に対峙しているのは、“誰かを庇いながら”手に負える代物ではなく、悪戯な犠牲は無用に過ぎない。

 

 

「でも詩歌さんっ……!」

 

 

「美琴さんッ!! お姉さんの言う事が聞けないんですか!!」

 

 

常日頃、春風のように穏やかな彼女が発する厳格な声音と、断固たる眼差し。

 

美琴は身を竦め、自らに死ねとでも命じられたかのように逡巡し、動けない。

 

そして、詩歌は美琴の返事を聞く前に最強のLevel5、一方通行の前に対峙する。

 

 

「オイオイ、また乱入者かよ。しかも、今度はオリジナルじゃねェし、この場合、実験ってなァどうなっちまうンだ?」

 

 

一方通行は、突然の詩歌の乱入に、自身の殺戮対象である<妹達>に尋ねる。

 

しかし、場に漂う剣呑な空気に絞められているのか<妹達>の喉は動かない。

 

 

「……何で、あなたはこのような実験に参加したんですか?」

 

 

詩歌の問いに、一方通行はめんどくさそうに答える。

 

 

「ちっ、さっきも言ったけどなァ。絶対的なチカラを手にするためだ」

 

 

「……そう、ですか……」

 

 

詩歌から静かな威圧感が放たれ、一方通行以外の足が固まる。

 

止めようとした<妹達>が動かなくなる。

 

 

「なら―――」

 

 

瞬間、詩歌が一方通行との間合いを一瞬で詰める。

 

 

「―――テメェに本当の力というのをわからせてやるッ!!」

 

 

詩歌の一撃必殺の右拳が顔面に放たれた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

ゴッキィ!! という音が辺りに鳴り響く。

 

 

「ぐッ!!?」

 

 

詩歌は苦悶の表情で後ずさる。

 

 

「はっはァ、運がよかったなァ。俺の体に触れたモノは例外なく向きを操られる。しかも、人の血すらも例外じゃねェンだぜ? つまり、もし運が悪かったら、今頃オマエは全身の血管と内臓が根こそぎ爆破して果ててンだぜ」

 

 

顔面に右拳の突きを喰らったはずの一方通行は何事もなかったように突っ立てる。

 

むしろ、偉そうな事を言って自爆した詩歌に嘲りの笑みさえも浮かべている。

 

 

「なるほど……ベクトル操作による反射ですか……」

 

 

詩歌は右手をぷらぷらと振りながら怪我の状態を確かめる。

 

 

(……頭に血が昇って飛び掛かった結果がこれですか……しばらく、左手で箸を持つことになりそうです。反省……)

 

 

詩歌の右手は指がひしゃげていて、ボロボロだ。

 

その状態を見て、詩歌は顔を顰める。

 

それでも、詩歌の目に恐れはない。

 

 

「どーした、どーしたァ。本当の力ってヤツを教えてくれるンじゃねェのか?」

 

 

瞬間、一方通行は寒気を感じた。

 

 

「―――ええ、これから教えてあげます」

 

 

とても静かな声だった。

 

だが、先ほどの激怒した声の時にはなかった恐怖を感じさせる。

 

 

(ちッ、何で俺が恐怖を感じねェといけねェンだ)

 

 

一方通行は詩歌に感じる恐怖を払拭するように、足の裏で砂利を踏みつける。

 

 

「なッ!?」

 

 

本来なら、地雷でも踏んだように爆発させるつもりだったのに、一方通行は足元から砂利が1mほど撒き上がらせることしかできなかった。

 

 

「全く、なかなか完全に『干渉』させてもらえませんね。流石、第1位といったところですか」

 

 

思いっきり地面を蹴った詩歌が、一瞬で間合いを詰める。

 

 

「くそッ、何なンだこの感覚は!?」

 

 

一方通行は今自身の能力を妨害する何かに囚われていて、詩歌の接近に対応する事が出来ない。

 

 

「はっ―――!」

 

 

そのまま、詩歌は左腕を風車のように振り回し、遠心力を利用した鞭のように鋭い攻撃を繰り出す。

 

もしこの場に観客がいるならば、詩歌の自滅するような学習能力のない行動に失笑しているだろう。

 

 

「うっ」

 

 

予想通りというべきか、詩歌の顔に苦悶の表情が走る。

 

 

「がッ!? なっ、い、たい」

 

 

だが、何故か美琴の全力の超電磁砲さえも防いだ絶対防御の『反射』があるというのに、一方通行の顔にも苦悶の表情が走った。

 

そして、詩歌の攻撃もこれで終わりではなかった。

 

 

「はああああああっ!!」

 

 

咆哮と共に、一気に溜めていた力を爆発させる。

 

 

グルンッ!

 

 

そんな擬音が聞こえてきそうなほど、詩歌の体は回っていた。

 

自身の腰を捻り、極限までに遠心力を得る。

 

そのまま正確に一方通行の頭を鋭く重い蹴りが襲いかかる。

 

 

「ぐふっ!?」

 

 

そして、その蹴り抜いた勢いで体を捻り、流れるように次の予備動作に繋げていく。

 

文字通り嵐のような怒涛攻めで、一方通行に攻撃する隙すら与えず、凄まじい勢いで鞭のように、鋭く重い手刀、足刀を繰り出す。

 

傍から見たら、詩歌は美しい舞いをしているようにしか見えない。

 

 

「くっ」

 

 

しかし、舞うたびに詩歌の腕や足に激痛が走る。

 

 

「はああっ!」

 

 

それでも、この演武が止まる事はなく、それどころか、だんだんと熾烈を増していく。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「詩歌さん……」

 

 

美琴は、詩歌はタイマンならLevel5ですら倒せるものだと思っていた。

 

第1位の一方通行にすら勝てると思っていた。

 

確かに、詩歌は一方通行が反撃する隙すら与えず、怒涛の攻撃を続けている。

 

しかし、一方通行は倒れない。

 

そして、美琴の目には、攻めている詩歌の方が負傷しているように見えた。

 

攻撃をすればするほど詩歌の顔が苦痛に歪んでいく。

 

だが、美琴は助けに行く事ができなかった。

 

全力の超電磁砲すらも跳ね返す相手。

 

自分が足元にも及ばない相手。

 

自分のクローンを大勢殺した相手。

 

そんな相手に美琴は立ち向かう事ができず、かといって逃げる事も出来ずただ詩歌を見守ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「はああああぁぁっ!!」

 

 

(ここで決める! 速く、強く、精確に)

 

 

全身を捻って、弓を引くように力を蓄える。

 

 

「―――その幻想をぶち殺すッ!!」

 

 

咆哮と共に全身の捻りを、弓を放すように解放する。

 

ボロボロの右手で一方通行の顔面を打ち抜く。

 

爪先に至る全身の運動量を一点に、右手に集中させる。

 

 

「ごぶぁっ!!?」

 

 

その場に居合わせた美琴と妹達は、信じられない音が聞こえた気がした。

 

まるで、交通事故のような衝撃音を。

 

詩歌の手加減抜きの本気の一撃。

 

一方通行は、重力の法則を無視したかのように、空中で二回転以上回ってから地面に落ちた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「く、そ」

 

 

しかし、詩歌の砲弾のような一撃を受けても一方通行は立ちあがる。

 

多少、足元がふらついているがあの確実に入院レベル、意識どころか直前の記憶さえ奪う一撃を受けたはずなのに、気絶せずに意識を保っている。

 

そして、全身には打撲程度の怪我しかしておらず、一番ひどいと思われるのは今、顔面にできた大きな腫れ程度。

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ―――ッ!?」

 

 

逆に、詩歌の体は、両手両足が真っ赤に腫れていた。

 

特に、右手は血が出ていて、いつもの白魚のような綺麗な手と比べたら、見るも無残にぐちゃぐちゃだった。

 

 

(右手はもちろんだけど、左手に力が入らない。両足も……もしかしたら罅が入ってるかも知れない。……最早、渾身の一撃すら入れられない。……そして、集中力が切れかけて、第1位の制御力に干渉も困難……絶体絶命ですね……)

 

 

詩歌が一方通行にダメージを負わせた代償は大きかった。

 

詩歌は、一方通行の能力に干渉はしたが、ベクトル操作による攻撃を封じるのが精一杯で、反射の力を弱めることしかできなかった。

 

午後に何十人の能力者を<幻想投影>したことによる疲労もあるが、第1位の学園都市最高の演算能力の制御力に、<一方通行>を完全に攻略する事ができなかった。

 

そして、出来の悪い諸刃の剣のように、攻撃した詩歌の方がダメージを負い、攻撃された一方通行は詩歌と比べると微々たるダメージしか負っていなかった。

 

すでに、詩歌は自身の攻撃により満身創痍である。

 

 

(……俺の『反射』を突破しただと……それに演算を阻害するような感覚………どこかで……)

 

 

また、一方通行は、絶対防御ともいえる『反射』を突破し、ダメージを負わせた事実に驚愕するが、それよりも、詩歌に能力を干渉されている感覚に戸惑いを覚えていた。

 

この懐かしい感覚は一体………

 

 

「第1位、最強であるあなたが、一人の女の子に倒されるのはどんな感覚ですか? しかも、素手で」

 

 

しかし、記憶の糸を辿る前に詩歌の挑発に頭に血が昇る。

 

 

「どうやら、テメェはブチ殺されたいらしいなァ。もう動く事も出来ねェ体だというのはわかってンだぞ」

 

 

一方通行は、詩歌が反撃できない事を見抜いていた。

 

いや、誰が見ても立っているのが不思議なくらいの大怪我を負っている事は一目で分かる。

 

 

「ボロボロの女の子一人にやりたい放題されているあなたは一体何なんでしょうね?」

 

 

それでも、詩歌は一方通行を挑発する。

 

 

「チッ―――吠えてンじゃねェぞ三下がァ!」

 

 

一方通行は体を低く沈めると、砲弾のように詩歌へ突っ込んだ。

 

そのスピードは満身創痍の詩歌が回避できるものではない。

 

触れただけであらゆる向きを変換する一方通行の突進は、一撃必殺と言ってもいいだろう。

 

つまり、このままだと詩歌の命はない。

 

詩歌は、濃密な死の気配を感じた。

 

 

(これに全てを掛ける)

 

 

詩歌は全力でベクトル操作に干渉する。

 

しかし、すでに加速がついてしまっている一方通行の勢いは止まらない。

 

 

(ちっ、またこの感覚。しかし、アイツはもう動けねェはずだ)

 

 

満身創痍の詩歌は、気力のみで立っている。

 

このままいけば、例え勢いだけの突撃とはいえ、一方通行に轢かれてしまうだろう。

 

しかし、怯むことなく詩歌は目を細めて左半身の構えをとる。

 

 

(今の……ベクトル操作で、力の向きが見えている私なら……)

 

 

詩歌は、ただ一方通行を観察し、ベクトルを読み解く。

 

一方通行の動きを脳内でシュミレーションする。

 

 

「これでテメェはお終いだァッ!」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

美琴はただ見ていた。

 

詩歌と一方通行がぶつかる瞬間を目に焼き付けていた。

 

次の瞬間、詩歌がバラバラの姿になるものと思っていた。

 

 

「え?」

 

 

しかし、美琴の予想に反して、一方通行の体は宙を高く舞っていた。

 

美琴の目には詩歌がただ立っているようにしか見えなかったはずなのに……

 

 

「一体、何が……」

 

 

美琴の疑問に、隣にいた<妹達>の1人が答える。

 

 

「あれは隅落しです。とミサカは驚愕と共にお姉様の疑問に答えます」

 

 

柔道と合気道の『柔よく剛を制す』を体現した技、隅落し。別名、空気投げ。

 

相手に指一本触れずに投げているように見える事からそう名付けられた、電光石火の神業。

 

その一撃は、相手に地面に叩きつけられる威力以上に、宙を舞う時の一瞬だけ与えられる俗世から解放感に衝撃を覚えさせる。

 

詩歌はその神業をベクトルの流れを読み解く事で為し得た。

 

詩歌はぶつかる瞬間、身体に残る僅かな力を振り縛り、目にも止まらぬ速さで、一方通行の勢いの向きを変え、投げ飛ばすことに成功した。

 

これが詩歌の最後の一撃だった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

一方通行は時間からも解放された空間の中、詩歌の髪飾りが目に入った。

 

 

(あ、あれは!? アイツの……それに、この感覚……そうか…あの時の……)

 

 

一方通行の脳裏で詩歌の顔が、あの時出会った生涯忘れる事のない少女のものと重なった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

詩歌の後ろに一方通行が地面に垂直落下する。

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 

最後の力を振り絞った詩歌は、とうとう膝をつく。

 

一方通行は詩歌の後ろで横たわっている。

 

 

「はは…―――」

 

 

詩歌の後ろで気絶したかと思われていた一方通行が蠢く。

 

 

「―――残念……最後の最後で集中が途切れちゃいました」

 

 

詩歌は、一方通行を投げ飛ばすまで、ほぼ完全にベクトル操作に干渉し、一方通行の能力を封じていた。

 

しかし、投げ飛ばした後、集中が途切れ反射が甦ってしまい、地面に叩きつけられた衝撃は逃げてしまった。

 

結局、詩歌は一方通行を気絶させる事ができなかった。

 

 

(流石、第1位……最後まで『干渉』できませんでした。私の負けです)

 

 

もう詩歌に力は残っていない。

 

これ以上<幻想投影>を使えば気絶する、と脳内で警報が鳴らされている。

 

しかし、それでも膝に力を入れ、立ち上がり、再び一方通行と対峙する。

 

 

「ふふふ、流石、第1位。でも、まだまだこれからですよ」

 

 

もう、詩歌の両手両足は動かない。

 

<幻想投影>を使う事も出来ないし、一方通行に隅落しなんて吃驚芸が2度も通じるとは思えない。

 

ただ、安らかに微笑んで、まだまだ余裕がある、と見せかけることしかできない。

 

 

「………」

 

 

その言葉に反応したのか一方通行は無言でゆっくりと詩歌に近づいていく。

 

 

「おやめ下さいとミサカは警告します」

 

 

<妹達>の警告も無視して詩歌に近づいていく。

 

 

「動かないで! これ以上、詩歌さんに近づいたら撃つわよ!」

 

 

美琴が腕を震わせながら、一方通行にコインを構える。

 

 

「………」

 

 

しかし、それでも振り向くどころか反応することなくただ詩歌に近づく。

 

 

「詩歌さんに近づくなアアアアァァァッ!!!」

 

 

怒号と共に美琴は一方通行に超電磁砲を放つ。

 

しかし、閃光と共に放たれたコインは反射され、美琴の顔のすぐ横を通り過ぎる。

 

それは、再び美琴に圧倒的なまでの実力差を思い知らしめた。

 

 

「あ、ああ……」

 

 

無力であるという現実を見せつけられ、全身の力が抜けたように膝をつく。

 

 

「………」

 

 

そして、とうとうあと一歩の所まで近づいて来た。

 

 

(これで最期か……)

 

 

詩歌は微笑んだまま瞳を閉じる。

 

せめて、美琴には手は出さないよう祈りながら。

 

だが、

 

 

「え」

 

 

一方通行は何もせず、詩歌の横を通り過ぎる。

 

詩歌は気配が通り過ぎたのを感じ、すぐに振り返る。

 

 

「………」

 

 

しかし、一方通行は振り向かず無言のままこの場を立ち去ろうとする。

 

今までの荒々しい暴虐的な気が消えている……?

 

詩歌はその後ろ姿から、一方通行に戦意が消えた事を悟る。

 

 

「お待ちください、まだ実験が―――」

 

 

そこでようやく一方通行は口を開く。

 

 

「悪りィなァ……怪我したから実験は中止だ」

 

 

一方通行は<妹達>の制止を振り切って、実験の中止を宣言する。

 

 

「そこにいる不良品を、殺したってこれ以上得るものはねェ。……そんなことすンなら、とっとと家に帰って寝させてもらった方が有意義だ」

 

 

首だけ振り返り、左足のない9982号を示すように視線を送る。

 

 

「言っとくがよォ。この怪我はテメェらの監視が甘かったからだ。つまり、実験の中止の責任はテメェらにある」

 

 

最後に一瞬だけ詩歌の顔を見つめると、一方通行は闇に溶け込んだかのようにその場から立ち去ってしまった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

(わかりません。……どうして、私が見逃されたのかが分かりません……しかし……)

 

 

詩歌は最後、一方通行と見つめ合った時の事を思い出す。

 

詩歌は一方通行と会った時から何かを感じていた。

 

そして、あの時、自分の中で誰かの面影と重なった気がした。

 

 

(……まあ、今はとりあえず、この場を……)

 

 

詩歌はそのことを頭の片隅に収めると、美琴の方に振り向く。

 

 

「美琴さん、私の携帯に記載されている先生……冥土帰しに連絡してください。重傷者が2名、軽傷者が1名いると」

 

 

詩歌は懐から携帯を取り出し、美琴へ差し出す。

 

今の詩歌の指は少しも動かす事ができず、ボタンを押すなんて不可能。

 

だから、格好悪いかもしれないが美琴にお願いする。

 

 

「それから、絶対にその子を連れていかれないよ、う―――」

 

 

緊張の糸が切れて、とうとう限界が来たのか、詩歌は指示を出している途中で気を失ってしまう。

 

 

「詩歌さんッ!!?」

 

 

美琴の呼びかけにも反応せず、そのまま深い闇へと意識が飲まれていった。

 

 

(……あー君)

 

 

そして、気を失う直前、あの時出会った孤独な少年の顔が思い浮かんだ。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

全てが怖かった。

 

最強の力を持っているのに、自分を取り巻く、全てが怖かった。

 

人を傷つけるのが怖かった。

 

自分を守る絶対防御の盾ですら怖かった。

 

そして、何より一人でいる事が怖かった。

 

だから、あの時の温もりを感じたかった。

 

しかし、自分みたいな化け物には、孤独以外の選択肢なんてない。

 

あの時の温もりを求めてはいけない。

 

だから、全てを超越する無敵の力、Level6に救いを求めた。

 

例え、数えきれぬ程の屍の上に立つことになろうと求め続けた。

 

だが、力を求め続けるたびに孤独を感じる。

 

あの時の少女に会いたくなる。

 

求めてはいけないのに、あの時の温もりを求めたくなる。

 

絶対的な力なのか、それとも、あの時の温もりなのか。

 

一体どちらが化物を救ってくれるのだろう。

 

あの淡い夢。

 

誰も気づかない、誰もが気づいてくれなかった筈の自分の苦しみを癒してくれたあの笑顔が―――

 

 

 

―――ずきり―――

 

 

 

殴られた、頬が疼く。

 

それで夢は冷めた。

 

 

(ハッ、そンなの……決まってンだろ)

 

 

どうすれば良いかなんて。

 

何をしなければいけないかなんて。

 

どちらが救いをもたらすなんて。

 

化物として生きていくと決めてから決まっている。

 

 

『あー君』

 

 

ただ、あの時の少女には会いたくなかった。

 

あの時の温もりに……上条詩歌に今の自分の姿を見られたくなかった。

 

 

『………はじめまして、第1位』

 

 

しかし、詩歌に会ってしまった、今の自分を見られてしまった………

 

 

「関係ねェ……俺は、一方通行だ」

 

 

絶対なる頂点まで最短距離で突き進む。

 

過去の温もりではなく、最強の先にある無敵の力を欲する。

 

何があろうと、どんな障害があろうと、後ろを振り返らず、前を、ただ先のみを目指す。

 

例え…あの頃の温もりが得られなくなろうとも、自分のベクトルはただ先のみを突き進む。

 

もう……最低で……最悪な……再会をしてしまった自分にはそれしか、救いはないのだろうから………

 

 

 

つづく


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