とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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絶対能力者編 妹達

絶対能力者編 妹達(シスターズ)

 

 

 

公園

 

 

「く、くそ。姫神とインデックスはもうノルマを達成したというのに、俺は後3枚も探さなきゃいけないのか……」

 

 あれから、2枚目のカードを同情した姫神に譲られる形で手に入れた当麻だが、それ以降全くカードを見つける事が出来ずにいた。

 5枚のノルマを達成した姫神とインデックスは近くのファミレスで涼んでいる。

 

(もうこのギブス無理矢理とろうか。……いや、これ確か詩歌が『当麻さんの体に合わせて作りました』とか言ってたな。……妹の手作りを壊すのは兄として―――っていうか、これは手作りに入るのか?)

 

 当麻が強制ギブスを壊そうか悩んでいると、真上に影が落ちる。

 

(……、雲か?)

 

 当麻が顔をあげるとそこに御坂美琴が立っていた。

 

(うお!?)

 

 真上から無言で見下ろしてくる女子中学生の重圧に、思わず当麻は後ずさり距離をとる。

 

「お、お前、声くらいかけろ。こっそり無言で見下ろされたらびっくりするだろーが!? で、一体何の用だ? 詩歌の奴ならここにはいねーぞ。もし、詩歌に用があるならあすなろ園に行けば会えると思うぞ。さっき、詩歌からあすなろ園に行くって連絡があったからな」

 

 当麻は電撃対策として右手を盾にしながら、目の前の少女が聞きたいと思われる用件を口早に話していく。

 

(はっ、まさか、このギブスを壊そうとした事を詩歌に報告するつもりか!? も、もし、そうなったら……)

 

 

『当麻さん。私が丹精込めて作ったものを壊そうとするなんて……』

 

『い、いや、違うんだ。聞いてくれ、詩歌――――』

 

『deadもしくはdie、どちらになさいますか?』

 

『それって、どっちも同じ……』

 

『フフ、フフフフフ』

 

 

 悲惨な未来を想像したのか、生唾を飲み込む。

 

「な、なあ、御坂。いや、御坂さん。喉乾きませんか? これ、詩歌が作ったスポーツドリンクなんだが、飲みます?」

 

 当麻は素早く近くに置いてあった水筒を持ってくる。

 日々、兄の株価をストップ安な当麻は妹の後輩であろうと、媚を売るのに躊躇いが無かった。

 

「……――ッ!?」

 

 当麻から差し出されたスポーツドリンクを口に付け、一拍の間をおいた後、勢いよく両目を見開いた。

 

「この飲み物は、食塩、果糖、クエン酸、グルタミン、BCAA、アルギニンがバランス良く配合されており、隠し味が何かはわかりませんがとても飲みやすいです。そして、作り手の行き届いた配慮がとても感じられます。これは、理想的なスポーツドリンクであるとミサカは断言します」

 

「お、おお、そうなのか……」

 

「初めて飲んだスポーツドリンクの素晴らしさにミサカは感激します」

 

 そういうと、再びスポーツドリンクを飲み始める。

 

(はっ、初めて飲んだ? お嬢様っつうのはスポーツドリンクも飲まねーのか? つーか、御坂って、こんなキャラだっけ?)

 

 当麻はいつも会うたびに電撃を浴びせてきたというのに、今の美琴の物静かな雰囲気、感情の色が薄い瞳に違和感を覚える。

 

「あ」

 

 そして、腕に引っ掛けている暗視ゴーグルにようやく気づいた。

 

「なあ、そのゴッツイ軍用ゴーグルは何なの?」

 

「ミサカはお姉様とは異なり電子線や磁力線の流れを目で追う才能が無いので、それらを視覚化する器具が必要なのです、とミサカはスポーツドリンクに夢中になりながら渋々説明します」

 

「お姉様?」

 

「はい、私は御坂美琴の妹です、とミサカは間髪入れずに答えます」

 

 当麻はそこでようやく目の前の少女が美琴ではない事に気づいた。

 

(どうりで、いつもと違うと思ったぜ。……にしても――――)

 

「けど御坂ナントカで一人称はミサカなの? 御坂ミサカじゃねーんだからさ、そこは普通名前の方を使うもんじゃねーのか。家の中でも呼び名が御坂じゃ混乱しない?」

 

 当麻は、詩歌と自分が一人称を上条と呼び合っているのを想像する。

 

 (絶対に混乱するな。2人で上条と呼び合ってたら、一体自分の事言ってんのか、詩歌の事言ってんのか区別出来ねーし)

 

「ミサカの名前はミサカですが、とミサカは即答します」

 

「……、」

 

 しかし、返答はどこか当たり前のように言っているのだろうけど、どこか当たり前でないものだった。

 

(まさか本当に御坂ミサカではないだろうな……それとも、何か事情でもあるのか……)

 

 とりあえず、当麻はこれ以上この質問をするのを止めにすることにした。

 

「ところで、あなたは先ほどから何をやっているのですか、とミサカは質問します」

 

「ああ」

 

 そこで、当麻はミサカのポケットに封筒が入っているのに気づいた。

 

「お前と一緒で宝探しだよ。ほら、お前の制服のポケットの封筒を探し回っているんだ」

 

「これですか、とミサカは封筒を取り出します」

 

「そうだよ。お前も宝探しか?」

 

「いえ、違います。これはたまたま落ちていたのを拾っただけです、とミサカは説明します」

 

 そういうとミサカは少し考えた後、水筒と共に封筒を当麻に差し出す。

 

「スポーツドリンクを飲ませてくれてありがとうございます、とミサカはお礼の品を渡して感謝します」

 

「え、いいのか?」

 

「はい、それではミサカは仕事がありますので、とミサカは失礼します」

 

 そうして、ミサカは封筒を当麻に渡すと背を向けて立ち去ってしまった。

 

 

あすなろ園

 

 

「はい、それでは皆で歌いましょう」

 

「「「「「「「「「「はーい!!」」」」」」」」」」

 

 

 そして、詩歌がピアノを弾き始めると、子供達は詩歌の歌声と一緒に一斉に唄い始める。詩歌が奏でる旋律は、子供たちの歌唱力を伸び伸びと引き出している。

 

「はぁ~、詩歌さん……」

 

 詩歌の歌のお姉さん並の子供の扱いに佐天は一緒に連れてこられた友達と一緒に圧倒される。

 佐天達は、偶然あすなろ園に向かっている詩歌に出会い、詩歌に頼まれ、あすなろ園で子供たちの相手をすることになった。

 佐天はもちろん、マコちん、むーちゃん、アケミも詩歌に能力を目覚めさせてもらっただけでなく、勉強を見てもらったりと色々とお世話になっているので、詩歌の頼みを断るはずが無かった。

 

「詩歌さんって、佐天さんが言ってる通り本当にすごい人なの」

 

 そして、今、感嘆の声をあげたのは、佐天達が在籍している棚川中学に最近転校してきた春上衿衣。彼女は佐天達の巻き添えを食う形で、あすなろ園へ連れてこられたが、何でも<置き去り>出身らしく子供たちの相手に精を出している。

 今も、先ほど詩歌に教えてもらったケーキ作りに精を出している。

 

「ねえ、佐天さん。私も詩歌さんの授業に参加したいなの!」

 

 どうやら、新たに詩歌の信者が増えたようだ。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

(あの子は……確か最近あすなろ園にやってきたっていう鳥兜紫さん……さっきから、一人でいますね)

 

 詩歌はピアノを弾きながら、部屋の隅でこちらを見ている女の子、鳥兜紫の事を気にかける。

 詩歌は紫に一緒に歌おうと誘おうとしたのだが、詩歌が近づくだけですぐに逃げてしまう。

 それに、詩歌だけでなく子供達からも逃げている。

 園長先生から、ここに来たばかりの子だから、今はそっとしておいてほしい、と頼まれているので、無理矢理捕まえるわけにもいかない。

 しかし、詩歌はあまりにも人を拒絶する紫の事が気になっていた。

 それに、彼女から送られてくる視線に何かを感じていた。

 

(まあ、園長先生からもお願いされていますし、しばらくは向こうから近付いてくれるのを待ちましょう)

 

 しかし、詩歌はこの時の判断を後悔する事になる。

 

 

樋口製薬・第七薬学研究センター

 

 

「ここが……」

 

 美琴は先ほど警備員に危うく見つかりそうになったが、ようやく目的の研究部署まで辿り着く事ができた。

 

(……オリジナルか)

 

 

『<超電磁砲>のDNAを使ったクローンが製造されるんだって』

 

『軍用兵器として開発されててもうすぐ実用化するらしいよ』

 

『あれ? さっき、御坂さんを見たんですけど』

 

 

 街に流れる自分のクローンの噂。

 

 

『あなた、オリジナルね』

 

『あなたよりはあの噂について知ってるわ。私がいた頃とは目的も内容も随分変わってしまったようだけど……知っても苦しむだけよ。あなたの力では何もできないから』

 

『私だって微々たるものよ。こうして、マネーカードを巻いて、人の目で街の死角を潰す……そうすれば、そこで行われるはずだった実験も阻止できるかもしれない』

 

 

 そして、今日会った布束の意味深な言葉。

 それらの真相を確かめるため、美琴は昔、自身のDNA マップを提供し、布束が在籍していた樋口製薬・第七薬学研究センターへやってきた。

 

「いくつか消された痕跡があるけど、これなら復元可能ね」

 

 そして、美琴は消去されたここで行われた研究に関するデータを画面に映し出す。 

 

 

『超電磁砲量産計画<妹達(シスターズ)>最終報告

 本研究はLevel5を生み出す遺伝子配列パターンを解明し、偶然的に生まれるLevel5を100%確実に発生させる事を目的とする。

 本計画の素体は<超電磁砲>御坂美琴である』

 

 

 そこに映し出されたのは噂が真実だったと認めさせるものだった。

 

(本当にあった私の……)

 

 美琴はあまりの真相に足元が崩れ落ちるような感覚に囚われる。

 

 

『クローン計画

 <妹達>の作製には、<超電磁砲>の毛髪から摘出した体細胞を用いた受精卵を使用。

 必要な遺伝子配列パターンのサンプル入手は難航したが交渉人を介して、DNAマップを学園都市の<書庫>に登録させることに成功した』

 

 

(あの時の……。最初からこれが目的!?)

 

 美琴はあの時、研究者は筋ジストロフィーの治療の為ではなく、クローン計画の為に自身のDNAマップが欲しかった事に気づく。

 

 

『実験体の確保に要する時間を短縮するためには、肉体と人格の成長速度を加速する必要がある。

 これにZid―02、Riz-13、Hel-03等の投薬を用いて、およそ14日で<超電磁砲>と同様の肉体を形成。

 基本的な脳内情報の入力は、外部スタッフの布束砥信の監修を得、<学習装置(テスタメント)>を用いた強制入力で処理する』

 

 

(アレが原因で……――ん?)

 

 

『<妹達>を量産する準備は理論的に整った。

 成果を確認の後、計画は次の段階に移行し、<妹達>の量産体制を構築する予定だった。

 しかし、計画最終段階で<樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)>の予測演算を行った結果、予想外の事態が判明。

 <妹達>の性能は、素体である<超電磁砲>の1%にも満たない。その性能は平均してLevel2程度のものであり、強力な個体でもLevel3を超える事はない』

 

 

(私の劣化版しか作れないって事? Level2程度では商品価値はないに等しいはず)

 

 

『遺伝子操作・後天的教育に問わず、クローン体からLevel5を発生させることは不可能。

 以上の予言を受け、本計画より被る損害を最小限に留めるため、委員会は進行中の全ての研究の即刻停止を命令。

 超電磁砲量産計画<妹達>を中止し、永久凍結する。

 今後研究チームは順次解散。

 データは所定の手続きに従い――――』

 

 

 美琴と同じ事を考えたのか、上層部は、この研究にあまり価値が無いと判断し、これが表面化する前に揉み消すことにしたようだ。

 

「はっ、ははは……何よ。やっぱ私のクローンなんていないんじゃない」

 

 呆気ないともいえる結末に、美琴は安心したのか体の力が抜けてしまう。

 

「きっとこのバカげた計画が中途半端に漏洩して、噂が一人歩きしたんだわ。うん、きっとそう」

 

 美琴は立ちあがるとコンピューターの電源を消して、痕跡を消す。

 

「やーでも、ちょっとゾッてしたわ。あの時のDNAマップがね。……ま、過ぎた事を言ってもしょうがないか」

 

 後ろを振り向き、少し幼い頃の自分の迂闊さに反省する。

 

「さ、寮監に門限破りがばれる前に帰るとしますか」

 

 そうして、美琴は帰路へと急いだ。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 美琴が立ち去った後、美琴と瓜二つの少女が、先ほどの再現のようにコンピューターを操作していた。

 

「これで完全消去は終了です」

 

 美琴は見落としていた。

 布束が『私がいた頃とは目的も内容も随分変わってしまったようだけど……』と言っていた事を。

 自分のDNA マップが盗られた事実は変わりなく、Level5の製造以外の為に使われている可能性があるという事を。

 そのことを今の美琴は気づく事はなかった。

 

 

とある学生寮 当麻の部屋

 

 

「はい、インデックスさん、姫神さん、今日は手巻き寿司パーティです。どうぞ遠慮なく召し上がってください」

 

 無事に宝探しのノルマを達成した2人に振舞われた御馳走は、豪勢な具を使った手巻き寿司だった。机の上には、ウニ、トロ、イクラ、ウナギ、松坂牛の赤身などが山ほどあり、しかも、そのどれもが特上である。

 詩歌はせっせと二人の為に海苔の上に酢飯を乗せ、そこへ具を乗せ、シソの葉、ゴマ、タレなどのトッピングをして、綺麗に巻いていく。

 

「しいか、すぅっごくおいしいんだよ!」

 

 インデックスは歓声をあげながら手巻きの山に挑み、

 

「……次はウニを所望する……」

 

 姫神はしっかりと味わいながら黙々と手巻き寿司を食べていく。2人は詩歌の御馳走に至福の一時を迎えている。

 スフィンクスも高級缶詰にご満足のようである。

 詩歌も2人の食べっぷりにご満悦である。

 

「しいか、しいか今度はこれを巻いて!」

 

「私は。松坂牛を巻いて欲しい」

 

 インデックスはいつも通りだが、姫神も空腹というスパイスが効いているのか、次々と手巻き寿司を胃袋に詰めていく。

 

「はい、わかりました。ちゃんと噛んで食べてくださいね」

 

 詩歌は野獣の飢えを満たす為、1本5秒のペースで注文の極上手巻き寿司を作っていく。最早、詩歌の手元がぶれているように見える。

 今や食卓は、詩歌が作るスピードと二人が食べるスピードが拮抗していき、瞬く間に、具材を消費していく。

 

「あのー、少しは私めの分も残していただけると嬉しいのですが……」

 

 その様子を当麻は不安そうに見ている。

 当麻はあの後、見事5枚マネーカードを見つける事ができたが、体力が切れてしまった。その後、どうにか部屋まで戻る事ができたが、熱中症で倒れてしまった。

 幸い、すぐに詩歌が帰ってきて、当麻を看病する事ができたが、当麻はしばらくベットで強制的に休まされる事になった。

 今すぐにでも、詩歌の極上手巻き寿司を食べたいがベットから出る事も出来ない当麻は、目の前でみるみる減っていく具材の山に涙を流していく。

 しかし、二人の野獣と野獣の相手に忙しい詩歌は気付く事がなかった。

 

「はは……あれ10人分くらいあったのに、もう1/4くらいしかない。……不幸だ」

 

 今の当麻に涙を止める術を思いつくことはできなかった。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「はは、はははは、まさかあれを全部食い尽すなんて……は、ははは」

 

 ようやく、当麻が食卓に辿り着いたあと、目の前に広がっていたのは戦場の跡地のような食い散らかした後だった。

 その横には兵士、インデックスと姫神が充分に戦えた事に満足そうにうたた寝している。

 当麻は一口もこの戦場に参加できなかったことに決まり文句を言う事ができず、ただたそがれていた。

 

(もう、どこか遠くへ――――ん?)

 

 そんな当麻の前に山ほどの手巻き寿司が乗ったお皿が現れた。

 

「え、これって……」

 

 当麻が顔をあげるとそこに詩歌が立っていた。

 

「詩歌、まさか、これって……」

 

「はい、これは当麻さんの分ですよ。全く、私が当麻さんの事を忘れるはずがありませんじゃないですか。予め、分けておいたんですよ。まあ、熱中症でしたから、2人前しかありませんけど」

 

 詩歌の気遣いに、ぶわっと当麻の目から感激の涙が溢れる。

 

「詩歌……おまえは…おまえはなんて最高の妹だ!!」

 

 そして、感激のあまり詩歌を抱きしめる。

 

(妹ですが……まあ、当麻さんから抱きしめてくれたので良しとしましょう。プラン『胃袋を掴め』は大成功のようですね)

 

 詩歌は少し不満そうな顔をするが当麻に抱きしめてもらえて、ご満悦である。

 

「それでは、いただきまーす!」

 

 インデックスが大人しくなっているうちに、当麻はすぐさま手巻きの一つを頬張る。

 瞬間、口一杯にとろけるような旨味が広がり、天国へ旅立たせる。しばらく、当麻に至福の一時を味あわせる。

 

(やばい。これはやばい。美味すぎる。俺の妹の手料理は最高だ!)

 

 空腹のスパイスもあるが、散々インデックスと姫神に美味しそうに食べているのを見せられたためか、解き放たれた猛獣のように当麻は一瞬で半分ほど食べてしまう。

 

「(……私もいつかこのように当麻さんに食べられてしまうのでしょうか……)」

 

 途中、その様子を見た詩歌が変な事を言ったが、食事に夢中な当麻の耳には聞こえてなかった

 

「(飢えた野獣のように私を取り押さえ……動けなくしてから……私の体を存分に……)」

 

 一体何を想像したのか、詩歌の鼻から血が垂れている。

 

「ん?」

 

 残り2本となったところで、当麻が顔をあげる。

 詩歌は慌てて鼻血をハンカチで拭き取る。

 

「何でしょう、当麻さん。お気に召めさなかったですか?」

 

「いや、そういえば、詩歌の分はどうなったのかなって」

 

 当麻はそこでようやく詩歌が先ほどから一口も何も口にしてない事に気づいた。

 

「ああ、そのことでしたか。私は……ほら、宝探しには参加していなかったでしょう。働かざる者食うべからず。だから、私はこのあとコンビニのおにぎりでも食べる事にしますよ」

 

 その時、当麻は気づいた。

 

(詩歌がコンビニで食事をとることは一度も見た事がない。……いつも、自分で作った方が安くて、おいしいって言ってたし、栄養のバランスにも気を使っている。……もしかして、俺が食べた分は2人前……詩歌の奴、自分の分を俺に……)

 

 当麻の予想通り、詩歌は予め当麻の分としてとっておいたのは1人前だけで、インデックスと姫神が食べた余りをさらに当麻の分として加えようとしていた。

 しかし、インデックスの食欲は考慮に入れていたが、姫神の予想以上の食欲に10人前の食料が無くなる者とは思ってもいなかった。

 それに、当麻に無茶な鍛練をさせてしまった負い目もあって、自分の分にとっておいた1人前の食料も当麻の分として加えることにした。

 

(くそ、自分の腹を満たすだけで、妹の心配もしないなんて……兄失格だ……)

 

 当麻はすぐに残った2本を迷わず詩歌へ差し出す。

 

「詩歌、俺はもう満足したから、後はお前が食え」

 

 正直、まだ食べたかったが、もし食べたら本当に兄失格になってしまう。当麻は、これ以上は兄の矜持に関わると判断した。

 

(はぁー、その目を見ますと、どうやら気付かれちゃったようですね。全く、当麻さんときたら変なところだけ勘がいいんですから……まあ、だから好きなんですけどね)

 

「お前だって、飯を作るの頑張ったじゃねーか。だから、少ないと思うけどこれはお前の分のご褒美だ」

 

「ご褒美ですか……」

 

 その言葉を聞いた詩歌はちょっとした悪戯を考えつく。

 

「そうですか。それではお言葉に甘えて」

 

 そういうと詩歌は目を瞑り、当麻に向かって無防備に可愛らしくも瑞々しいぷるんとした唇を上下に開く。

 

(え? これは、もしかして……)

 

 白く小さな歯が綺麗に並んだ詩歌の口腔内が当麻の視界に入り、普段は見られない何処か艶かしい光景に頭に血が昇る。

 

「詩歌、一体何――――」

 

「あ~~~~ん」

 

(何この体勢ッ!? 俺にまさかあーんしろと)

 

 突然の事態に混乱する。

 当麻は以前の自分がどのような距離感で妹である詩歌と接していたかは分からない。だから、以前はこれが当たり前に行っていたのかもしれないと悩む。

 もし断って、以前の自分はやってくれたのに…とか言われたら、当麻は詩歌の兄をやっていく自信が無くなってしまうだろう。

 しかし、詩歌は兄、当麻の目から見ても非の打ちどころのない美少女だ。そこらのアイドルよりも遥かに可愛いと思っている。

 そんな相手に、あーんなんてしたら、免疫のない当麻は悶絶してしまう。

 

「当麻さん。早く、その太くて大きいモノを私のお口に入れてください」

 

 瞬間、当麻は思わず生唾を飲み込む。

 

(落ち着くんだ、俺! っていうか、何勘違いするような事言ってんだッ! 今の、他の野郎が聞いたら耐えきれねーぞ。これと比べたら、今までのお仕置きが楽勝に見えてくる)

 

 当麻は詩歌の悩ましい発言にますます混乱する。

 

(詩歌は妹、詩歌は妹、詩歌は妹、詩歌は妹、詩歌は妹………そして、当麻さんは詩歌の兄。絶対に僅かたりとも一瞬でも詩歌に対して変な気持にならない。そう、これは雛鳥にご飯を分け与える母鳥のような気持ちで……よし、いける)

 

 当麻はしばらく瞑想し煩悩を追い払った後、意を決し、手巻き寿司を詩歌の口の中へ持っていく。

 

「し、詩歌、いくぞ、あ~ん」

 

 そして、直前で目を瞑り、奥へと突っ込む。

 

「あむっ………はも…とぅまさん……おおひすびです……」

 

 当麻にはむはむと咀嚼しながら発せられる声が聞こえる。

 

(コイツ……まさかわざとやってるのか……いや、俺の妹がこんなにエロいはずがない!)

 

 しばらく、無想状態でこの場を凌ぐ。

 そして、10秒程度我慢した後、ようやく詩歌が手巻き寿司を食べ終わる。

 

「ふぅ~、御馳走様でした。当麻さん、ご褒美ありがとうございます。わたしはこれで胸が――いやお腹がいっぱいです」

 

 当麻は溜息をつき、この拷問のような仕打ちが終わった事に一安心する。

 

「は、はは、それはよかった」

 

 誰がよかったなんて言うまでもない。

 

「それでは、今度は私が」

 

「え?」

 

 当麻が何か言う前に詩歌は最後の手巻き寿司を下に手を添えながら、当麻の口元へ持っていく。

 

「はい、あ~~~~ん」

 

 そして、呆けている間に当麻の口の中に手巻き寿司を放り込む。

 

「おいしいですか?」

 

「あ、ああ、おいしいぞ」

 

 そう答えるが当麻はほとんど味なんて分かってない。

 

(一体、何がどうなって―――ッ!?)

 

 その時、当麻の背後から絶対零度の視線が向けられているのに気づいた。

 

「とうま、鼻の下伸びてる」

 

「へぇー。君。そういう趣味なんだ」

 

 2人はじっと当麻を冷たく、鋭利な眼差しで、当麻を見つめていた。

 もし視線に物量があるなら、当麻の体に穴が開いているだろう。

 

「えーと、どこから見てました?」

 

「とうまがしいかにあーんするところからだよ」

 

 インデックスは歯の調子を確かめるようにはにかんでいる。

 

「私的見解としては、そういうのは矯正しなければならないと思う」

 

 姫神は懐から取り出した魔法のステッキにスイッチを入れる。

 

「それでは、私は洗い物していますので、ごゆっくり」

 

 そして、詩歌はちゃっかり避難している。

 

「……不幸だ」

 

 当麻は避けられない運命に辞世の句を残した。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「いててて……全く、ビリビリと違ってスタンガンには<幻想殺し>は効かないし、インデックスの噛みつきは強烈だし……」

 

 当麻は姫神が帰り、インデックスがお風呂に入った後、二人から仕置きを受けた場所を確認していた。

 

「大丈夫でしたか、当麻さん」

 

 そこでちゃっかり避難した詩歌が現れ、当麻の傷の手当てをする。

 

(これと比べれば詩歌の制裁の方が痛てぇしな)

 

 一応、痛かったが、普段から詩歌からの制裁を受けているので、耐性ができていた。

 

「別に、大丈夫だ」

 

 そこで当麻は今日出会った美琴の妹の事を思い出す。

 

「そういや、ビリビリに妹がいたんだな。しかも、スゲーそっくりの」

 

「え?」

 

 そこで、詩歌の手が止まってしまう。

 

「ん? どうした」

 

「美琴さんに妹なんていませんよ。私、学園都市に来る前から美琴さんとお知り合いでしたが、妹の話題なんて美琴さん、それに美琴さんのお母さんの美鈴さんからも聞いた事がありません。当麻さん、美琴さんに騙されたんじゃないんですか?」

 

「え、そうなのか?」

 

 美琴の幼馴染の詩歌からの否定の言葉に、当麻は虚を突かれる。

 

(にしては、随分と違う印象だったんだが……)

 

「ふふふ、美琴さんもまだ中学生。まだまだやんちゃ盛りなんでしょうね」

 

 お前も中学生だろうが、というツッコミを当麻は呑み込む。詩歌の精神年齢は自分よりも上なのでは? と疑えるほど、当麻は詩歌が成熟しているように見える。時々、暴走するけど……

 

「これで大丈夫。それでは私は帰りますね。師匠に無理をいってもらって、他の人よりも遅い門限ですが、そろそろ時間ですしね」

 

 詩歌は当麻の手当てが終わると帰り支度を整えて、玄関に向かう。

 

「おう、今日もありがとな、詩歌」

 

「当麻さん……くれぐれもインデックスさんに手を出さないで下さいよ。もし、出したら……チョン、ですよ」

 

 詩歌はにこにこ微笑みながら、人差し指と中指で何かを切るジェスチャーをする。

 

「あ、ああ、大丈夫だ、詩歌。お、お兄ちゃんをし、信用しなさい」

 

 当麻はその意図をすぐに理解した。それは男としての死刑宣告であると。

 先日、危うく死にかけた当麻はそれが詩歌の冗談ではない事が文字通り身に染みて理解している。

 それに、脳裏に真っ黒なオーラを撒き散らす詩歌が迫りくる光景が映る。

 もし、自分がインデックスに手を出したら明日の朝日を拝む事は出来ない、と以前の自分が訴えているかのように。

 

「それでは当麻さん。また明日」

 

「お、おう、詩歌、気をつけて帰れよ」

 

 そして、詩歌は当麻の躾? が出来ているのを確認したら、寮へ帰って行った。

 当麻は冷汗を垂らしながら詩歌を見送ると部屋の中へ戻る。

 

 

「んーー……あれって、本当にビリビリだったのか?」

 

 

 どこか気持ち悪い疑念を抱きながら。

 

 

 

つづく


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