とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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吸血殺し編 三沢塾攻略計画

吸血殺し編 三沢塾攻略計画

 

 

 

三沢塾 東棟 1階

 

 

 

「はい、これで1階に張られている結界は半日程度機能しなくなると思います」

 

 

当麻が詩歌に指示された場所を<幻想殺し>で触れた瞬間、霧のように滞っていた魔力が晴れていくように消え去った。

 

 

「さて、結界が解かれたので騎士さん達はエントランスホールにいる生徒達に見つかり、今頃、生徒の1人が救急車でも呼んでいるかと思います」

 

 

詩歌の予想通り、学生達はいきなり現れた騎士たちに驚き、そのうちの一人が慌てて病院へと連絡している。

 

 

「しかし、そろそろアウレオルスさんが直接仕掛けてくるかと思います。当麻さんは特に気をつけてください」

 

 

「え、俺?」

 

 

当麻はいきなり指名されたことに驚く。

 

 

「ステイルさんは魔力を使わない限り、位置を特定されませんが、当麻さんの<幻想殺し>は常に魔力を打ち消しているのでとても目立っています。先ほどの魔術は当麻さんの位置が特定されていたからあのタイミングで起きたかと思います」

 

 

「確かに、君の言うとおり、<幻想殺し>のせいでそこにいる馬鹿は常に発信機をつけているようなものだ」

 

 

二人の言うとおり、目立つ汚れのようにアウレオルスは常に当麻の位置を特定していた。

 

 

「今頃、アウレオルスさんは大変驚いているかと思います。何せ、1階だけとはいえ、自慢の結界が破られたのですからね。そして、先ほどの罠でさえも破壊されました。このままでは『三沢塾』は丸裸にされてしまうと考えているでしょう。なので、もうそろそろ直接、原因を探りに来ます。というか、殺しに来るかと思います。ですよね、ステイルさん」

 

 

「はあぁっ!?」

 

 

詩歌のぶっちゃけた発言に当麻は驚く。

 

 

「そうだね。僕なら、直接殺しに行く。アウレオルスもそうするだろうね」

 

 

魔術師のステイルからお墨付きをもらった詩歌は満足そうに頷く。

 

 

「そうですよね。私も洗濯機で落ちない汚れは直接手洗いで落とします」

 

 

「当麻さんは汚れですか……」

 

 

日常会話みたいに標的宣言され、汚れ扱いされた当麻は半分涙目になる。

 

 

「あらあら、何そこで泣いているんですか? 無意識の女性にセクハラする社会の汚れの当麻さん」

 

 

詩歌の言葉は容赦なく当麻の胸を槍のように突き刺す。

 

妹に苛められ、当麻の精神的HPは瀕死状態である。

 

 

「わ、わざとじゃねぇのに……」

 

 

「ほ~う、当麻さんは故意でなければ、セクハラしてもいいとおっしゃるんですね。全く、私の兄がこんなにも変態だなんて思ってもいませんでした」

 

 

どうやら、詩歌はお仕置きをしていないせいか、先ほどの事をまだ引きずっているらしい。

 

死に体の当麻に次々と言葉のナイフを投げつけてくる。

 

 

「それでこれからどうするんだい? そこにいる馬鹿を囮にでもするのかい」

 

 

当麻を哀れに思ったのか、それともこれ以上やると使い物にならなくなると判断したのか、ステイルが二人の間に割って入る。

 

 

「ふふふ、例え当麻さんが女性を見れば誰にでも襲いかかるような変態だとしても、絶対に当麻さんを囮にするという愚考はしませんよ」

 

 

詩歌は当麻の事を最優先で考えている。

 

そんな詩歌が、当麻の命を危険にさらそうなどとは考えるはずがない。

 

……躾は容赦ないけど。

 

詩歌は目を瞑り、壁に手を置き、<幻想投影>に集中する。

 

『三沢塾』に仕掛けられたアウレオルスの術式を詳細に解析する。

 

 

「ふぅー、ようやく魔術とやらにも慣れてきました。アウレオルスさんのものと思われる術式から共鳴してみたところ、隣の棟の最上階にいますね」

 

 

詩歌は少し考えるとステイルからアウレオルスの情報を聞き出し、もう1分程度考えると顔を上げる。

 

 

「ステイルさん、聞きたい事があるのですがよろしいですか?」

 

 

 

 

 

三沢塾 北棟最上階 塾長室

 

 

 

アウレオルス=イザードは1階の結界が破られていることに気づいていた。

 

キャンパスに描かれた絵を消しゴムで消していく妙な侵入者。

 

わざと自身の場所を知らせているのかは分からないが、その侵入者の位置は特定できており、そいつが特定の核を破壊している。

 

こうも容易く術式を破壊していくのも気にかかるが、それよりも居場所を隠そうとしないのが不気味だ。

 

アウレオルスは戦闘が得意ではないが、この『三沢塾』では最強。

 

今まで自身を追ってきたローマ正教の人間を何人も葬り去ってきた。

 

しかし、そんな彼でも得体の知れない相手というのは恐ろしい。

 

いや、彼はそういったのを誰よりも恐れているのかもしれない。

 

さて、アウレオルスにはその原因と思われる侵入者、自身の作品を台無しにしていく『消しゴム』を排除する前にやるべき事があった。

 

 

「憮然。このままでは術式に支障をきたす」

 

 

『絵』の修繕だ。

 

『消しゴム』の侵入者も恐ろしいが、それよりもこの『絵』を台無しにしてしまう方が恐ろしい。

 

<偽グレゴリオの聖歌隊>は結界内にいる人間を大勢操ることができ、十数人程度なら結界の外でも操ることができる術式。

 

アウレオルスは学生達に迎撃術式を詠唱させることで今まで幾人もの魔術師たちを葬り去ってきた。

 

しかし、迎撃術式を発動するには結界の中にいる何十人もの学生達が必要である。

 

そして、彼のとっておきの切り札の術式には結界内に2000人の学生が必要である。

 

だが、結界が破られたため、1階にいる学生達は突然の血塗れの騎士たちの出現に混乱が生じている。

 

そして、アウレオルスの都合が悪いように、三沢塾から避難しようとする学生もでてきている。

 

 

「む!?」

 

 

さらに、追い打ちをかけるように建物に備え付けられていた火災警報機が鳴り響く。

 

窓から下の様子を見ると東棟の1階が煙で充満していることが確認できた。

 

今は結界が破られているため、東棟の1階に行かせられる学生は十数人程度。

 

これでは消化をさせるどころか、侵入者に対して迎撃術式を発動させる事も出来ないため、行かせた学生達を侵入者により減らされる危険性が高い。

 

このままでは、東棟にいる学生達は出ていってしまい塾内の学生数が2000人を切るのも、時間の問題だった。

 

 

「このタイミングで火災……悄然。まさか、侵入者は駒の数を減らそうとしているのか?」

 

 

アウレオルスは侵入者の目的が術式に必要な学生達の排除であると推測する。

 

一体どうやってこの『三沢塾』にかけた術式の構造を見抜いたのかは分からないが、どうやら今回の侵入者は非常に厄介だ。

 

 

「間然。甘いな。ここは学園都市の防火設備が備え付けられている。火災に人員を割く必要もない。駒達は別棟へと移動させればいいし、侵入者がさらに結界を破壊していくようなら、ダミーか私が対処すればいい」

 

 

『三沢塾』内にいる学生達はアウレオルスの操り人形も同然である。

 

例え血塗れであろうと、アウレオルスが命令すれば、学生達は意のままに動く。

 

そして<偽グレゴリオの聖歌隊>の核は北棟にあるため、無理に東棟に人を置いておかなくても問題ない。

 

アウレオルスは失笑すると、すぐさま人員の確保のため、その棟にいる学生達を別の棟へと移動するように命じる。

 

 

「憮然。侵入者は逃げてしまったか……顔を見れなかったのは、残念だがまあいい。念のため、ダミーに見回りをさせるか」

 

 

アウレオルスは侵入者である当麻の気配が結界の外へ移動したのを感知した。

 

厄介な敵を排除できなくて少し落胆するが、とりあえず今は学生達の確保に意識を集中する事にした。

 

 

 

 

 

三沢塾 東棟 隠し部屋

 

 

 

「え、火事?」

 

 

隠し部屋にいた少女は突然の警報に驚き、外の様子を窺うと廊下は煙で充満していた。

 

少女はアウレオルスとの協力があるため、侵入者達に見つからないよう隠し部屋で身を潜めていた。

 

だが、火災に対して危機感を抱き、廊下に人がいないことを確認し、少女は隠し部屋から脱出する。

 

そして、速やかに別棟へと移動する。

 

 

(一体誰がこんなことを……?)

 

 

しかし、階段を昇ろうとした時、背後に人の気配を感じた。

 

 

「やはり、あそこに隠れていたんですね、覗き魔さん」

 

 

「ッ!?」

 

 

懐から魔法のステッキと称したスタンガンを取り出すが、振り向く間もなく、当て身をもらってしまい、少女の意識は途絶えてしまった。

 

 

「私、人の視線に敏感なんですよ、姫神秋沙さん」

 

 

少女、姫神秋沙を気絶させた人物は三沢塾を通して、学生達の気配を確認する。

 

 

「どうやら、全員別棟へと避難しているようですね。……一応、<人払い>のルーンを各教室へ張りに行きますか」

 

 

やれやれと侵入者である少女は溜息をつくと気絶した姫神を背負い、走り出した。

 

彼女の存在をアウレオルスは感じ取れない。

 

何故なら、『全てを無にする消しゴム』とは違い、少女は『全く同色の絵の具』だ。

 

真っ赤な絵の上に、同じ真っ赤な絵の具を走らせたところで違いなどよく見てみなければ分かるはずがなかった。

 

 

 

 

 

三沢塾外

 

 

 

生き残りの騎士たちを見送った後、上条当麻はただ呆然と三沢塾を見ていた。

 

しばらくすると、じっとしていられないのか同じところをぐるぐると回り出す。

 

 

「何をやっているんだ、君は?」

 

 

後ろから現れたステイルがおろおろとしている当麻に声をかける。

 

 

「お、おう、ステイル。お前の作業は終わったのか?」

 

 

その場に留まっているが、当麻の足は忙しなく動いている。

 

ステイルはそんな当麻の様子に呆れつつも当麻の質問に答える。

 

 

「君の妹に言われた場所は全て張り終えたよ。今は連絡待ちだね。……そろそろ足踏みはやめたまえ、一緒にいる僕まで不審者と思われるじゃないか」

 

 

「わ、悪いな」

 

 

そう言ったものの、当麻の足踏みは止まらず、ステイルはますます呆れてしまう。

 

今の当麻は心ここにあらずといった心境である。

 

当麻に指摘する事を諦めたステイルは、少し距離を置いて煙草を咥える

 

 

「……そういえば言いたいことがあるんだが」

 

 

「ん、何だ?」

 

 

「君の妹を足手まといと言ったことを訂正するよ。……彼女は―――」

 

 

『君以上の化物だよ』と続く言葉を呑み込む。

 

理由はわからないが、何故か自身が詩歌をそう呼ぶことは許せなかった。

 

もし口に出したら、自身が生涯をかけて守り抜くと決めた少女を化物だと認めてしまう気がした。

 

ステイルにとってそれは絶対に許されないことだ。

 

呑み込んだ言葉を煙と共に吐き出す。

 

 

「彼女は君よりも賢いし頼りになる。それにどうやら、修羅場にも慣れている。君一人に<禁書目録>を任せなくてよかった。もし君だけに任せていたら、僕は今すぐにでも<禁書目録>を回収したかったね。勿体ないほど優秀な妹がいることを神にでも感謝するんだね」

 

 

褒めるのが恥ずかしいのかステイルの顔が少し赤くなる。

 

プライドが高いステイルが詩歌を認める発言を当麻は黙って聞いていた。

 

 

「ただ、少し緊張感に欠けていると思うね。彼女のスタンスなんだろうけど、戦場で呑気に微笑んで、楽しく会話して……おかげで、こちらはいい具合にリラックスできるけど…でも、そういう慢心が身を滅ぼす一番の原因だよ。一応、防護の加護をもたらすルーンを

服に張るように指示したけどね。まあ、協力者だし、それに僕は英国紳士だから、最低限、彼女の身の安全は守るのは当然の義務だから気にしなくても――――」

 

 

どことなく楽しそうに文句を垂れ続けるステイルは気付かなかった。

 

地雷を踏んでしまった事を。

 

 

「おまえ…詩歌に惚れたのか……」

 

 

記憶を失う前の自分がどんな思い出が持ち、どのような過去を歩み、どんな想いとともに未来へ進もうとしたことはわからない。

 

しかし、たった一つだけは憶えていた。

 

自身の妹、詩歌は何があろうと絶対に守らなくてはいけない大切な存在だということは憶えていた。

 

 

「ち、違う。君は誤解している! 僕は別に君の妹の事が…好きでは…ない」

 

 

と、言うも顔が赤い。

 

慌てて誤解を解こうとするが、ステイルの言葉は、心の奥底に眠る以前の自分と重なりつつある当麻には聞こえていなかった。

 

 

「……詩歌は俺の大切な妹だ。だからな……例え詩歌からOK貰ったとしてもな……」

 

 

危険を感知したのか、当麻の周囲にいた動物達は次々と逃げていく。

 

ステイルも咄嗟に炎剣を作りだす。

 

 

「詩歌の兄であるこの俺が認めるような奴じゃなきゃ、詩歌は任せられねぇッ! もし詩歌と付き合いたかったら、兄であるこの俺を倒してみろッ!!」

 

 

当麻は圧倒的なプレッシャーと共に吠え、ステイルとの距離を詰め始める。

 

その歩みは踏み出すたびに地を震わせる。

 

 

(……こ、これが、コイツの本気なのか!?)

 

 

ステイルは、以前当麻と戦闘したときとは比べ物にならないほど強大な重圧に足が動かなくなる。

 

炎剣を掴む手の震えが止まらず、咥えていた煙草も落としてしまう。

 

自身の最強の魔術<魔女狩りの王>でさえも足止めにすらならないと感じてしまう。

 

 

「いくぜえええぇぇッ!!」

 

 

「く、来るなッ! ――――」

 

 

その後、誤解を解くまで、ステイルは再びシスコンとして覚醒した当麻と対峙する事になった。

 

 

 

 

 

三沢塾 東棟 10階 渡り廊下附近

 

 

 

「ふぅ~、見回り終了です。生き残りの騎士たち全員が1階に集中していたので助かりました。でも30分も掛かっちゃいましたけど」

 

 

一人で東棟全域を確認したというのに少し息を切らす程度とは、見かけによらず恐ろしい体力を持ち合わせている。

 

少女、上条詩歌は当麻やステイル達とは違い、この『三沢塾』内であっても存在がバレにくいので単独行動で『計画』の最終確認を行っていた。

 

 

「急ぎませんと―――ん?」

 

 

携帯を操作しながら渡り廊下で北棟へ移動しようとした時、後ろから鏃が飛んできた。

 

 

「おっと。危ないですね」

 

 

咄嗟に横に転がり、飛んできた鏃を回避する。

 

鏃はその先にあるゴミ箱に突き刺さる。

 

そして、水風船が割れるみたいに、内側から金色の液体と共に弾け飛んだ。

 

 

「……本当に危なかったですね」

 

 

詩歌は警戒レベルを上げ、鏃が飛んできた方を睨みつける。

 

そこには緑髪のオールバック、純白のスーツに身を包んだ青年が立っていた。

 

 

「憮然。侵入者が、こんな小娘だとは予想していなかった」

 

 

青年の一挙一動に注意しながら、<異能察知>を装着する。

 

 

(ん? 少し違和感がありますが……この魔力は結界内にあるものと同じ……)

 

 

魔力の性質から青年の正体がこの『三沢塾』の主、アウレオルス=イザードであることを予測する。

 

 

「全く、少女を後ろから襲いかかるだけでなく、名乗りもあげないなんて紳士としてどうかと思いますけど。格好だけなんですね。アウレオルス=イザードさん」

 

 

格下だと見下しているのか、詩歌の軽口を無視し、アウレオルスは目を細めて詩歌の事を観察する。

 

すると、内から溢れてくる好奇心が抑えきれないのか、口角を吊り上げる。

 

 

「必然。同じ魔力を持つ者は存在しない。悄然。小娘、何故私と同じ魔力を持つ?」

 

 

どうやら、詩歌が自身と同じ魔力を放っているのに気づいたみたいだ。

 

そうこれが詩歌が結界内で自由に行動できた理由。

 

<幻想投影>でアウレオルス=イザードと同じ色を纏ったのだ。

 

 

「女性の秘密を暴こうとするなんて、紳士失格ですよ」

 

 

詩歌を人として見ていないアウレオルスの態度に苛立ちが募り、微笑みが段々険悪になっていく。

 

 

「俄然。興味深い。小娘、研究対象になれ。この魔術医師(パラケルスス)に全てを解き明かさせよ。さすれば、<瞬間錬金(リメン=マグナ)>の餌食にするのはやめてやる」

 

 

アウレオルスの情けに詩歌の怒りが爆発した。

 

 

「あなたのその天狗の鼻へし折ってあげます」

 

 

猛獣のような瞬発力で加速し、アウレオルスとの20mにも及ぶ間合いを一気に縮めにかかる。

 

危険な相手なのかもしれないがここで蹴りを付ければ、あんな面倒な計画は起こさなくても済む。

 

だから、詩歌は全力で目の前にいるアウレオルスを仕留めにかかった。

 

 

「憮然。惜しい」

 

 

アウレオルスは少し残念そうにスーツの右袖から見える鏃の照準を詩歌に合わせる。

 

 

「<瞬間錬金>!!」

 

 

瞬間、秒間10発にも及ぶ<瞬間錬金>の鏃の嵐が詩歌に襲いかかる。

 

しかし、<異能察知>と<幻想投影>の共鳴により発射前から鏃の動きを予測し、最低限の動きで避ける。

 

一撃必殺ともいえる攻撃を回避しながら、少しずつ前に進んでいく。

 

 

「はは、あははは!」

 

 

攻撃が掠りすらしていないというのに、アウレオルスは心底楽しそうに笑っていた。

 

詩歌の電光石火のような俊敏さ、未来予知のような見切りがアウレオルスの探求心を大いに刺激する

 

次第に笑みが肉食獣のように獰猛なものへと変化していく。

 

 

「面白い。はは! 小娘。貴様の限界をもっと見せろ!」

 

 

右袖にある全ての鏃を水平に一斉掃射する。

 

逃げる隙間さえないように迫りくる鏃を目の前にして――――詩歌の姿が消えた。

 

 

「何!?」

 

 

いきなり姿の消えた詩歌に、アウレオルスの口から驚きの声が漏れる。

 

 

(左右に避けられるはずがない。ならば、小娘は何処に消えた!?)

 

 

「うざったいですから、戦闘中にへらへら笑わないでください、偽紳士」

 

 

声は目の前から聞こえてきた。

 

 

(―――下か!)

 

 

仰向けに寝るようにして詩歌の姿がある。

 

それを見たアウレオルスは詩歌があの瞬間何をしたのか理解した。

 

目の前に迫った<瞬間錬金>を、詩歌はスライディングで避け、アウレオルスの死角に潜り込んだのだ。

 

 

「予告通り。あんたの鼻折らせてもらいます」

 

 

アウレオルスの足元で身体を捻り、アクロバットな動きで片手を軸にして逆立ちする。

 

そのままの勢いで身体の捻りを解放し、鼻先を蹴り飛ばす。

 

詩歌の足に骨を砕いた感触が伝わる。

 

 

「ぅ、が!!?」

 

 

後退りながら、左手で鼻を抑える。

 

抑えた左手を凝視すると大量の血が付着していた。

 

鼻からも溢れるように血が流れ出て、呼吸も苦しくなっていく。

 

だが、

 

 

「ふふふ、あはははは! 小娘。俄然。面白い、面白いぞ!」

 

 

攻撃を喰らいさらに興奮し、熱くなるアウレオルスとは対照的に、

 

 

「はぁ……」

 

 

詩歌の思考は段々と冷え切っていく。

 

 

「……偽物ですか」

 

 

詩歌は<異能察知>を外し、後ろを向くと渡り廊下へ歩きだす。

 

 

「小娘、どこに行くつもりだ。まだ貴様の性能を試させろ」

 

 

「ごめんなさい。人形遊びはもう卒業してますので、結構です」

 

 

先ほどとは逆に、今度は詩歌がアウレオルスを無視し携帯を取り出し電話をかける。

 

 

「人形? 何の事を言っている?」

 

 

「あら、あなたの事ですよ。“ご自身が魔道具という事を知らないんですか?”」

 

 

詩歌は触れた時、<幻想投影>により、目の前の青年がアウレオルスの人格を入力された魔道具、アウレオルス=ダミーであることに気づいた。

 

 

「厳然。小娘―――ッ!!?」

 

 

<瞬間錬金>の照準を詩歌に合わせようとしたが、右腕を動かすことができなかった。

 

アウレオルス=ダミーの持ち主を複製している詩歌が攻撃する事を許さなかった。

 

 

「無駄ですよ。今の私はあなたという魔道具の持ち主も同然です。本来の持ち主であるアウレオルスさんはあなたを自動制御しているようなので、干渉する事も容易です。―――あ、当麻さん、そちらにステイルさんはいますか?」

 

 

詩歌はもうすでにアウレオルス=ダミーを相手にしていない。

 

 

「悄然。どういうこ――――」

 

 

「静かにしてください。通話中ですよ。――――ああ、ごめんなさい。お人形さんが遊んでほしいとせがんできましたので……」

 

 

アウレオルス=ダミーは話すことすら禁じられてしまった。

 

最早、何が起きているか理解できない。

 

いや、理解したくない。

 

自身が道具であることなど。

 

 

「ええ、もう見回りは終わりました。準備完了です。あと30秒したら始めてください。お願いしますね、ステイルさん――――さようなら、お人形さん」

 

 

通話を終えた詩歌は、アウレオルス=ダミーへ手向けの言葉を送ると渡り廊下の向こう、北棟へ走り出した。

 

 

(私が人形だと…そんなはず――――ッ!?)

 

 

自身という存在がわからなくなり、錯乱状態のアウレオルス=ダミーは周囲の異様な様子に気を配ることができなかった。

 

そして、何が起きたかもわからず、アウレオルス=ダミーは文字通り地に落とされた。

 

 

 

つづく


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