とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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暗部抗争編 三巴

暗部抗争編 三巴

 

 

 

道中

 

 

 

「……なあ、駒場の旦那。ホントに、大丈夫なんですか」

 

 

前を進むその大きな背中に声をかける。

 

あの後。

 

<アイテム>は全員病院へと送り、<スキルアウト>の駒場利徳が奇跡の生還を皆に報告し、浜面仕上は出発した。

 

 

「ああ……ちょっと、知らないと…入れない場所だからな。……案内人、がいないと……無理だ」

 

 

「そうじゃなくて。俺が言ってんのは、この俺を連れてっても良いんですかってことですよ。俺は、『学生代表』を負かしに行くんですよ」

 

 

『学生代表』―――駒場利徳の命の恩人の上条詩歌。

 

 

「それが……どうした? ……何か、不都合でも…あるのか?」

 

 

「だって、そりゃあ、関係あるでしょ。『学生代表』は駒場さんが応援してる奴なんでしょ。『学生代表』は俺達、Level0を変えてくれる奴なんでしょ。ああ。『学生代表』に俺が勝てないとでも思ってんでしょうけど、それでも、『学生代表』に恩を仇で返そうとしてんですよ俺は」

 

 

これは、魔王討伐なんて格好良いものじゃないし、自分は勇者じゃない。

 

むしろ悪役は自分の方で、彼女の善行を邪魔する。

 

最低最悪な道化が、馬鹿をしに行く。

 

そんなの誰だって止めて当然なはずなのに……

 

 

「浜面……」

 

 

ようやく、駒場が浜面の方へ向き、

 

 

「あまり、『学生代表』と…呼ばないで、やってくれ……彼女は、あまり、そう言うのを…好まない」

 

 

だけど、返ってきたのはそんな窘め。

 

 

「普通に…平穏な日常を…望む……上条詩歌とは、そんな子だ」

 

 

「……俺達と、同じってことですか」

 

 

「ああ、同じ、人間。……そして、まだ中学3年生の少女。―――それに、俺は、重荷を背負わそうとしてしまった」

 

 

駒場は懺悔するように言う。

 

あの時、本当は自分は死ぬ気だったんだと。

 

死んで、彼女に自分の代わりに自分の望みを叶えてくれるようにと。

 

けど、それは酷く身勝手な行為で、彼女のことなどこれっぽっちも考えていなかった。

 

 

「だから、俺は…生きた。自分で、自分のオモイを持つために。……だから、俺は詩歌と、手を繋いでいるが……俺の考えを、全部捨てたわけではない。彼女に全部預ける真似はしない」

 

 

だからな、

 

 

「浜面…俺には、どっちが勝つかなど、分からないが、お前が、お前の為に、戦うのなら、俺は支持する……止めないし、見届けさせてもらう」

 

 

無論、助けもしないがな、と。

 

 

「だが、詩歌が、関わったら……そうそう悪いことなど、できないぞ」

 

 

 

 

 

森林

 

 

 

『三神一体』

 

インド神話の頂点に立つ3人の最高神がそれぞれ役割を担うことで世界を回す。

 

シヴァ神が世界を破壊し、

 

ブラフマー神が世界を創造し、

 

ヴィシュヌ神が世界を維持する。

 

終わりの時に世界を破壊し、次の創生につなげる破壊神シヴァ。

 

風水害で災禍をもたらし、土地の植物に水という恵みを与える『暴風雨神(ルドラ)』や世界を破壊する恐ろしい黒い悪魔『大いなる暗黒(マハーカーラ)』などという異名を持つ。

 

破壊され何もない空間に、新たに世界の創生する創造神ブラフマー。

 

誕生する前に水を創り、その中に『黄金の卵(ヒラニヤカルバ)』という種子を浮かべ、やがてその卵から産まれる『己を創造した者(スヴァヤンブー)』や天地を初めとするあらゆるものを創る『生類の帝(プラジャーパティ)』などという異名を持つ。

 

破壊と創造の狭間で世界を維持し、進化させる維持神ヴィシュヌ。

 

鳥王(ガルーダ)』を乗物とし、世界をたった三歩で踏破する自由闊歩の神であり、世界の果てまで陽光を照らす太陽神。

 

まだ何もかもがゼロの時に、『竜王(アナンタ)』に自分の足下を支えられていたヴィシュヌは、臍から『創造神』、さらに、その『創造神』の額から『破壊神』を生んだ。

 

そして、抑止力と言える英雄達を『己の化身《アヴァターラ》』として取り込んでいき、民衆の支持を集めていく英雄神でもあり、世界を救済する。

 

 

 

そして、ここ『科学』の総本山、学園都市で、常識外の怪物の決戦。

 

全てを破壊する<一方通行(アクセラレーター)>。

 

全てを創造する<未元物質(ダークマター)>。

 

全てを進化する<幻想投影(イマジントレース)>。

 

これは神話だ。

 

第一候補(メイン)』、『第二候補(スペア)』、『学生代表(エクストラ)』の頂点の三人(トリニティ)による神話クラスの激突。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

駒を使い果たした王ほど、無防備なものはない。

 

今回の騒動で、多くの人間の手を借りているが、そのせいで、彼女を守るものは少ない。

 

やるならば、今だ。

 

 

「ほう、これは……」

 

 

垣根帝督はこの光景に感嘆する。

 

 

ぶわり、と。

 

 

予測地点に向かっていたが―――突如、街中が一面、樹齢何百年もの大樹が根を張って伸びる森になっていた。

 

びっしりとツタ草が編み物をするように伸びて、外殻補強している。

 

周囲は、すでにここが最初から生命に満ちた場所だったかのように、生物の気配に溢れている。

 

空間が完全に―――の色に染まっている。

 

 

「いいぜいいぜ、いいなオイ。凄くいいぞ。こんなに熱が入ったのは何時ぶりだ……? ハハ、昔過ぎて思い出せねーぞ! やっぱり、そう簡単にチェックメイトにはいかねーか!」

 

 

だが、

 

 

「俺の<未元物質>に常識は通じねぇ!」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

ぶわり、と。

 

唐突に、前後左右の感覚が消失する。

 

 

「ああン。これは……」

 

 

指定された場所へ移動中、別世界の景色に変わる。

 

この肌に感じる空気も違っているが、重く立ち込めるようなものはない。

 

一方通行の肌に染み入るのはその新緑に生い茂る樹木のように活力に満ち満ちたもの。

 

人を受け入れ、人が敬い、人と共存する超自然の聖域。

 

だが、一方通行は大して驚かない。

 

駒を失った王は無防備だが、この盤上を支配するものは、常識外の存在だ。

 

電話の女性の口車に乗せられてきたのではなく、ここで、蹴りをつけるため。

 

 

「三度目はねぇつったろォが」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

そして、左右分かれて創造と破壊の相対する権化の2人は同時に開けた空間に辿り着く。

 

這い回る大蛇にも似て何十本となく地面をのたくる根が囲むのはおおよそ体育館ほどの広さに、天井を覆うように枝葉が伸びて、森の天蓋となっている。

 

 

「―――来たね、2人とも」

 

 

その光の源を注視した時、全てを忘れた。

 

呼吸する方法さえ忘れた。

 

陰を作る森林の中で、光を放っているのは一本の樹だった。

 

氷のように、水晶のように透き通っているそれを樹と呼んでもいいのなら。

 

両腕を回しても抱えきれないほど太く、見上げても梢が見えないくらい高い、大木―――或いは氷の柱。

 

けれど。

 

その中心はあまりに小さかった。

 

琥珀に閉じ込められた蝶のように。

 

目を閉じて、微動だにしない。

 

見慣れているのに、初めて見るような感覚。

 

それは。

 

上条詩歌。

 

 

「しいかは眠っているだけなんだよ。でも、全部が終わって、ここに貴方達が来たら起こしてってお願いされてる」

 

 

その光木の麓に、銀髪碧眼の修道女、インデックスが立っていた。

 

他にも、側には10歳前後の天下無敵のアホ毛を生やした打ち止め(ラストオーダー)が白い少年を見つけて、大きく手を振っている。

 

 

「しいか、起きて」

 

 

インデックスは、その幹に触れて、<四葉十字>―――誰にでも扱える彼女の無色の生命が籠められたお守りに、キーワードを呟いて――――

 

 

 

 

 

 

 

―――五感の接続、

 

―――意識の接続、

 

―――生命規格の矮小翻訳。

 

 

ここは止まり木。

 

飛ぶために羽を休めさせる場所。

 

 

「―――ふふふ、おはようございます。全く、寝ていたのに疲れました。でも、一仕事終えた後は心が弾みます。うん、風も気持ちいいし、空気もおいしい。このまま皆で散策したいくらいです」

 

 

うーん、と伸びをした後、上条詩歌はいつものように穏やかに微笑み、

 

 

「詩歌お姉様! ってミサカはミサカはおはようのぎゅぅ~っをしてみる!」

 

 

打ち止めの小さな体が飛び付き、そのままメリーゴーランド一回転してから、ぽんぽんとしてから、神妙な顔をしているインデックスに預ける。

 

 

「じゃあ、インデックスさん。打ち止めさんをお願いします」

 

 

「うん。ほら、アホ毛、こっちにくるんだよ」

 

 

「ミサカはアホ毛じゃないもん、ちゃんと打ち止め(ラストオーダー)って名前があるんだよと抗議しつつミサカはミサカは渋々詩歌お姉様の元から離れてみたり」

 

 

そして、打ち止めの手を引きながらインデックスが広場から森の中へと歩を進めて、

 

 

「……しいか、早く終わらせるんだよ」

 

 

「はい、わかってます、インデックスさん」

 

 

短い忠告を言い残して、立ち去った。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「―――では、おまたせしました。お招きに応じてもらえてありがとうございます」

 

 

この空間から2人がいなくなったのを確認すると、詩歌は垣根と一方通行に向き直る。

 

3人の距離感は正三角形ではないが、それに近しい詩歌を頂点とした二等辺三角形。

 

 

「ああ、こっちも極力一般人を巻き込むつもりはねぇ。敵には容赦しないが殺す必要のない雑魚は見逃す。……で、第1位、なにガンたれてんだよ、オイ。死にたくなかったらお前もとっとと引っ込めよ」

 

 

「……ったく、こっちも三下にゃ眼中にねェンだよ。顔が強張ってンぞ、第2位。本当はビビってンだろォ。手加減してほしけりゃ、隅っこで大人しくしてろよ。どっちにしろ手加減なンてしねーけどな」

 

 

学園都市の第1位と第2位。

 

垣根帝督と一方通行が睨み合う。

 

どちらにとっても邪魔者同士。

 

 

「バッカじゃねぇの。テメェみてぇなクソ野郎の相手なんか仕掛けるか。面倒臭いんだよ。テメェにそれだけの価値があるとでも思ってんのか。ああ、そういや不良一人も殺せなかったそうだよな? ずいぶんお優しい悪魔サマじゃねぇか」

 

 

「さっきからプープー汚ねェ口で喚くだけかァ? 怖いンだろ? その口ぶりから美学が足りてねェのが丸分かりなンだよ、三下。悪党にも種類があるっつう事を知らねェのか」

 

 

「はいはいストップです。ちょっとだけ詩歌さんの話を聞いてください」

 

 

あわや激突という所で、詩歌がパンパンと手を叩いて、一触即発の空気を醸し出している2人に水を差す。

 

話を聞くだけ、話を聞いている間だけでも、戦いを止める。

 

Level5の中でも第1位と第2位という他人にブレない確固たる自己をもつ超能力者。

 

もし溶岩にも純度があると仮定するならば―――あらゆる不純物を取り除き『熱量』のみを極限まで濃縮させたマグマの塊。

 

それが、一方通行と垣根帝督という脅威―――その彼らに、あり得るはずのない行動を取らせた。

 

それほどの自然と目を引き付ける仕草に、耳を傾けさせる言葉が、『熱量』を冷まし鎮めた。

 

2人は眼を合わせつつも、その存在の方に意識を傾ける。

 

それを詩歌は見てから、

 

 

「結局、どちらも無駄な血を流すには及ばないと考えているわけですね。お互いの『格』を納得させれば、それで済む、と」

 

 

そう静かな声で口火を切った。

 

 

「幸い、この空間は私達が全力でやっても簡単には壊れません。どうせ貴方達は拳を交えないと納得しないでしょう。問答無用。――――だったら、“思う存分”、格を比べましょう」

 

 

ステージは、この現実から切り離された空間。

 

スタートはたった今この場所から。

 

反則はなし。

 

武器を使おうと、能力を使おうと、何をしようと構わない。

 

タイムアップもなし、決着がつくまで永遠に戦い続ける。

 

 

「考え得るかぎりのどんな手段を用いても構いません。―――ルールはただ一つ。どう足掻いても勝てないと認めたら、負けです」

 

 

ギブアップのみが勝利条件。

 

そして、

 

 

「勝ったものの、願いを1つだけきく。もちろん、上条詩歌もその景品に入ります」

 

 

勝った者の望みをきく。

 

 

「いいぜ。勝った奴の総取り。この上なく分かりやすい」

 

 

垣根は笑う。

 

強い者が弱い者に従う―――悪には当然の倫理。

 

ありとあらゆる手段を使い、隙があれば上からだろうと背中からだろうが撃ち抜く。

 

殺し合いにどんな手を使おうが、恨むも卑怯もない。

 

 

「コイツをぶっ潰したら、上条詩歌、俺の女となれ。『学生代表』とやらには興味がねーから、そっちは構わねぇ」

 

 

「なるほど了解です。うん………色んな意味で当麻さんがいなくてよかった」

 

 

垣根の双眸が、絡みつくように詩歌の全身を舐めて廻る。

 

その微笑は、彼にしては意外なほどに優しく柔らかなものだが、やはり傲慢なもので、

 

 

「―――で、第1位は、『第一候補』から降りろ。アレイスターの直接交渉権が欲しいからな」

 

 

次に一方通行に移すと、その口元に浮かぶ表情は、先程のとは異質―――嘲笑ではなく、あまりにも陰惨で空恐ろしいものに変わっていた。

 

アレイスターは複数のプランを同時並行に進めているが、その最優先は、上条詩歌と一方通行。

 

それがある限り、何か不具合が生じようとあみだくじのように並列する別ラインに軌道を乗せ換えて、あとで再び元のプランに戻してしまえる。

 

だから、その自分以外の予備プランを全部切って、『本命の核』を手に入れれば、アレイスターは自分を無視できなくなる。

 

これは学園都市を潰すためではなく、その中心に食い込んで、支配するためだ。

 

 

「ケッ、結局、数字の順番がコンプレックスか。安い三下だな」

 

 

肩を落として、溜息をつく。

 

―――そして、悪魔は赤い威圧感を放つ眼で、上条詩歌を射抜き、

 

 

「俺が要求すンのは、『学生代表』を辞退しろ。二度とこっちに近づくンじゃねェ。大人しくガキ共の面倒を見てろ」

 

 

「はい、分かりました。それが、あー君の願いなら、聞きましょう」

 

 

普通なら、金縛りになるくらいに眼力を籠めたが、変わらず微笑んだままなのに、チッ、調子が狂うと舌打ちして、

 

 

「―――ンで、三下にゃ何もねェ。ここでぶっ殺すからなァ」

 

 

白熱し白濁し白狂した(かんばせ)に浮かぶ真紅の双眸が灼けつくように垣根を睨む。

 

例え、第2位のそれが聖人君子の正論だろうが、表の人間を巻き込んでいい理由にならない。

 

垣根帝督は、アレイスターがどれだけの数のプランを並列的に展開しているか、その正確な情報を集められるだけの自信があり、また、そうさせるだけの何かがある。

 

それについてはこの幾万もの悲劇の散らばる暗部に沈んでいる時点で分かっている。

 

胸に抱え、語って聞かせ、人生の設計にするのもいい―――だが、大層な理由があれば何をやっても良いわけではない。

 

絶対悪として、垣根帝督という男は、許してはならない。

 

一方通行は頬を歪ませ、更に邪悪なまでに周囲のベクトルを収束していく。

 

 

「ムカつくな。流石は第1位、大したムカつきぶりだ。やっぱテメェはぶち殺さなくちゃ駄目だな」

 

 

ズグリ、と、垣根が笑うと同時に周囲の空間が重く歪む。

 

 

「ハッ、順位付けに不満で、まず俺を狙わなかった時点で、もォ戦力差は決まっちまってンだよ」

 

 

そして、睨み合いながら、更に笑う。

 

笑い、嗤い、凶い――――次の瞬間、

 

 

 

 

 

「―――じゃあ、次は詩歌さんの番ですね」

 

 

 

 

 

激突の直前に、また止められた。

 

 

「今日の騒乱を止めるには、私の一人の手じゃダメ。Level5(あなたたち)を認めさせるには私の手じゃなきゃダメ。―――ですから、もし格付けに納得してもらえたら、私と手を繋いでください」

 

 

垣根帝督、一方通行の学園都市のトップランカーにも負けない、そして、正反対の強い微笑みで、

 

 

 

「―――あと、何でもありと言いましたが、私がいる限り、殺しはさせませんし、二人掛かりでも負ける気はしません」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

制御に長け、創生を活かし、破壊を躱す上条詩歌の<幻想投影>、

 

破壊に長け、制御を掌握し、創生を壊す一方通行の<一方通行>、

 

創生に長け、破壊を演出し、制御を乱す垣根帝督の<未元物質>。

 

三角形を描くように、距離を保って立つ三つ巴。

 

だが、視線の向きは、二対一。

 

 

「テメェ……これはお遊びじゃねェぞ」

 

 

垣根帝督、一方通行の二人とも傍観者かと思っていた上条詩歌を睨みつけ―――ヘッドフォン<調色板(パレット)>をつける少女は、最強の能力者達を前に悠然と自然体で佇んでいる。

 

 

「ええ、真剣です。9月30日から今日の10月9日まで、一方通行(アクセラレーター)! 私はあなたと戦う日を待っていました!!」

 

 

詩歌が目を開いたかと思った、次の瞬間には―――少女の顔が一方通行のすぐ間近に迫っていた。

 

<暗緑>――常人離れした脚力で地面を蹴り、一瞬で彼との距離を詰めたのだ。

 

 

「……っ!」

 

 

上条詩歌の身体制御は、あの木原数多を優に上回り、『反射破り』を容易くこなす。

 

反射的に身を屈めた一方通行の頭上を、紫電を纏った右拳が掠めるように通過した。

 

拳の風圧がその先の直線状の巨木を揺らす。

 

恐ろしいまでの破壊力だ。

 

だが―――上条詩歌が強いのは百も承知である。

 

上条詩歌だけではなく、今この場にいる能力者の誰かがここら一体を平地に変えても不思議ではない。

 

 

「だったら、『実験』の時みてーに、病院送りにしてやる!」

 

 

拳の一撃をかわした一方通行は、詩歌めがけて腕を突き出した。

 

ベクトル操作で旋風を纏った彼の腕が、少女の空いたボディに―――

 

 

「これが隙だと見えるなんて、まだまだ経験不足ですね」

 

 

一方通行がボディを狙う事を、詩歌は予測済みだったらしい。

 

少女が流れるような動作で、身体を横に一回転させた。

 

 

「加減など考えてると、早速退場しますよ、あー君」

 

 

一方通行の腕が空を切り、真横から蹴りが襲い掛かり、

 

 

「―――っっ」

 

 

一方通行の脇腹を、紫電を迸らせる脚が『反射』の直前で、ピタリ、と寸止め。

 

回避不可能だと判断し、暴風に圧縮したベクトルを発散させ、一緒に飛んで威力を殺す。

 

だが、鉄槌で打ち込まれたかのように、一方通行の体が地面に激しく打ちつけられ、地面を大きく陥没させる―――そして、さらに沈む。

 

 

「<空力使い(エアロハンド)>。一定のベクトルに向けられる噴出点を設置するもの。それを『反射』の膜の内側にある体表に、今のと同時に仕掛けましたが―――早く自動設定を解除しないと自滅で腹が潰れますよ」

 

 

あらゆる攻撃を跳ね返す無敵防御の『反射』の鎧が展開されていても、そこを通過され、さらに体表から噴出される気流ベクトルは、自動で跳ね返しに設定してある鎧の内側で跳ね返り、身体を圧す。

 

外側の脅威には圧倒的な保護膜も、内側からくるものには衝撃を殺すこともできない。

 

そんなの詩歌に言われるまでもなく、気付いた時には一方通行は『反射』を切った。

 

しかし、<空力使い>の噴出点がなくなったわけではなく、内臓圧迫から解放されそのまま勢いが止まらない彼の体が木々に打ち付けられ、遥か後方の森奥へ消えていった。

 

 

「―――ハッ、早速第1位をぶっ飛ばすとはますます惚れた。ここで殺されて後悔させんなよ」

 

 

「ええ、そんな油断は一切しません。だから、遠慮は無用」

 

 

ヒュン、と詩歌の姿が消え、垣根の背後に現れる―――<空間移動>。

 

再び、一方通行と同じく右足を一振り、垣根の脇に深々と蹴りが食い込んだ。

 

 

「っ……!?」

 

 

垣根から、僅かに苦悶の声が漏れる。

 

だが詩歌が反動で受けた衝撃はそれを遥かに上回る。

 

詩歌は深々と食い込んだ右脚から、垣根の体に生じている異変に気付く。

 

 

(重い……! とてもじゃないですが、人間とは思えない質量……!)

 

 

常識外の怪物クラスの傭兵をも吹っ飛ばした詩歌の蹴りを以てしても微動だにしない。

 

 

「押せないほど巨大な質量を凝縮させてみたんだが、それでも痛かったぞ。―――これは躾が必要か?」

 

 

垣根が動く―――だが、それより速く、蹴りを止められた時点で、地面に交差させた両手をつけ、腰を捻りながら左足を肩に乗せて、

 

 

「<流体反発(フロートダイヤル)>と<暴風車輪(バイオレンスドーナツ)>。鞠亜さんじゃないですが詩歌さんも足で人を投げれます」

 

 

―――去年の夏祭りで偽物がされた再演か。

 

 

ブォ!! という風切り音を生じさせる舞い。

 

そのまま身体に溜めた念転に遠心力を倍速させて解放し、その重さを極力軽減させた垣根を、今度こそ一方通行と同じく森の奥へと投げ飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

白銀の繭から羽化するように花開く、6枚の白い翼。

 

巨木と衝突する際に、それが花弁を散らすように、無数の羽をばら撒き、衝撃を殺した。

 

あの第1位は、どこまで飛んでいったかは知らないが、『反射』を破ればどうってことはない相手だ。

 

当然、一方通行に言われるまでもなく、一方通行を刈るつもりでいたので、予め<ピンセット>で収集した<滞空回線>から垣根は情報を集めている。

 

無論、上条詩歌にも。

 

枝の上に立つ垣根帝督は無傷で、その背中から6枚の翼を生やす―――そう、<未元物質(ダークマター)>を解放する。

 

 

「カッコいいですね、垣根さん」

 

 

不思議とそれを嫌味なく受け入れられたが、

 

第1位があー君に対して、俺は垣根さん、ね……

 

ちょっとイラついた。

 

呼び方にここまでこだわるつもりはなかったが、やはり、第1位と比べられたからか?

 

第1位が夏休みに『実験』で上条詩歌と出会ったか何かは知らないが―――俺は、去年の夏休みに、あの本物に出会った。

 

 

「そうか。惚れたか」

 

 

「いえ。詩歌さんは、最低でも自分よりも強い殿方が希望ですね」

 

 

「だったら、惚れさせてやろう」

 

 

―――言葉と共に、今度は垣根が動く。

 

刹那、詩歌の背中を激痛が奔った。

 

脇腹を打ち上げられたかのような鋭い打撃が襲い掛かったのだ。

 

 

「ぐっ……!?」

 

 

何が起きた、と認知する間もない一撃。

 

顔を向ければ垣根はまだ巨木の枝の上にいる。

 

詩歌に投げ飛ばされて遥かに距離がある。

 

幸い、傷は深くなく、まるで“蹴られたかのように”。

 

 

「早速、お返しですか……夏祭りの簪と言い、結構律儀というか執念深いというか」

 

 

「ああ。俺は、お返しを忘れるような男じゃないからな」

 

 

つぅ―――、と垣根は虚空を指先で横一文字になぞった。

 

 

途端、背中に聳えていた6枚の翼が形を変える。

 

主の想像の通りに変幻自在に姿を変える白い刃。

 

先程、詩歌を打ったのは、投げ飛ばされる際に分離したその一部分である羽だ。

 

そして、速度、精度共に圧倒的な白い刃は詩歌が認知すると同時に、鼻先の一寸先にまで距離を詰めていた。

 

身体を仰け反って反射的に躱した詩歌だが、さらに追撃の刃が2つ、3つ、と畳みかけるように詩歌を狙い撃つ。

 

散弾のように襲い掛かる刃の嵐。

 

その一つ一つが必殺の威力を秘めており、避け損なえば忽ち四肢を胴から切り離されるだろう。

 

それを前にして、詩歌は踊る。

 

まるで風にでも押されたかのような軽いステップで、しかし、白い翼の猛威をそれ以外にない角度とポイントで避けている。

 

 

「ヒュー、魅せてくれるな。それが、AIM拡散力場の流れと色を見るという<異能察知(ディスカバリー)>か」

 

 

詩歌は読んでいた。

 

その動きを、その能力の軌跡を、そして、垣根帝督の思考を。

 

AIM拡散力場からその人物の<自分だけの現実>の輪郭を浮き彫りにさせ、その人格や行動傾向を推理する。

 

戦いの最中でも相手の身になれる優しさ、さらには、思いやりの心を持てる甘っちょろい賢妹の合理的かつ実践的な戦術。

 

 

「立ち見席からのお触り禁止ってか」

 

 

コキッ、と首を鳴らした後、垣根はその夏祭りと同じ舞踏を見下ろして―――背を向けた瞬間に一足飛びに距離を詰めた。

 

何の予備動作もなしに垣根帝督は、上条詩歌の予測を遥かに凌駕して眼前に回り込んだ。

 

 

「―――だったら、俺も踊りに混ざろうか」

 

 

知覚外の場所から突如として現れる。

 

如何に一瞬でも詩歌が目を離したとはいえ、今まで相手してきた中でも上位の速力だ。

 

 

(くっ、まだ“慣れていない”とはいえ、これは洒落になりませんね)

 

 

強いと思ってはいたが、ここまで成長していたとは。

 

そして、詩歌は捕まる――――その時、詩歌は飛び込んだ。

 

 

「っ!?」

 

 

後ろ爪先わずか数mm先で死の鎌が通過する。

 

詩歌がそれに気付いたのはいついかなる時も遠距離にまで気を配っていたからか、それとも幸運な奇蹟か、或いは日頃の行いが良かったからなのか。

 

風速120mもの暴風の凶爪をもつ悪魔の指は詩歌の眼から見て必殺の破壊力を秘めていた。

 

その余波は忽ち森の巨木群を揺らして地盤を切り裂く。

 

間一髪、身を翻した詩歌は回避が間に合ったものの、詩歌だけに気を取られていた垣根は振り向く暇さえ与えなかった。

 

その<未元物質>の6枚の白翼は無様に散らされ、どれほどの質量を抱えているか分からないが垣根の体は悪魔の旋風に呑まれ、無茶苦茶な錐揉み回転で巨木に激突。

 

 

 

「―――三下じゃ役不足だ。引っ込ンでなァ!」

 

 

 

カツッ、と詩歌に飛ばされた一方通行が、先の垣根のいた枝の上のさらに上、巨木の頂に現れた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「そろそろテメェのわがままには限界だァ」

 

 

湧き上がる憤怒に、一方通行は双眸を吊り上げた。

 

三度目はない、と何度も忠告したのにこの結果。

 

違反だ。

 

こちらの勝手なのかもしれないが、自分が敷いたラインを上条詩歌は超えてしまった。

 

自分が光の道を捨て、闇の頂点に君臨すると決めたのに、相変わらず、温かい言葉で惑わせようとする。

 

やはり、アイツに力がある限り、この迷いは晴れない。

 

だから、そっちの望み通りに、全力でやってやる。

 

 

「テメェのわがままも! 甘ちょれェ考えも! ここで手足の1、2本もぶっ潰してやりゃあ馬鹿が直るってモンだァ!」

 

 

杖を捨てて、一方通行は頂上から落下し、大地を踏み抜く。

 

詩歌が足を取られるほどの衝撃で、その浮かび上がる小石を二段蹴りの要領で一方通行は思い切り蹴りつける。

 

ゴバッ!! と凄まじい音を炸裂させながら、ベクトル操作を受けた小石が超電磁砲以上の速度で飛来。

 

ほんの4、5cm進んで消滅したが、ただし衝撃波は生きている。

 

その爆音は、最早音を破裂させていた。

 

 

「<調色板(パレット)>千入混成<菖蒲>――<筆記具(マーカー)>強化『庇護(アルギス)』」

 

 

肉体を吹き飛ばす超常を前に、詩歌は傷を負わない。

 

この―――中で、“調整が難しいほどに”活力に、さらに構築を煮詰めて高性能になった超法王級の鉄壁である<菖蒲>だ。

 

その展開速度も、強度も、柔軟性も、詩歌自身がかつて使っていたものとは次元が違う。

 

 

「だが、この程度で終わるとは、思ってねェよなァ!」

 

 

「ッ!!」

 

 

詩歌の足元が突然爆発。

 

大量の土砂と共に、その華奢な身体が視界から消え去る。

 

落下の衝撃のベクトルを操り、地中深くから詩歌の足元を狙って突き上げたのだ。

 

見せてしまえば、何でも対応してしまう天才も視覚外の足下からの不意打ちには対応できない。

 

一方通行は、上条詩歌という人間を分かっているし―――その弱点も思い知っている。

 

そして、それは強弱の問題ではない決定的な、この垣根帝督とは最悪な―――

 

 

「おいおい。デートに勝手に割り込んでくるんじゃねーぞ、第1位!」

 

 

ゴバッ!! と凄まじい光が一方通行めがけて照射される。

 

 

「ッ!?」

 

 

あらゆるベクトルを跳ね返す『反射』を展開しているはずなのに、ジリジリと焼けるような痛みを感じた。

 

再び背中に6枚の羽を生やした人影が視界の端に映る。

 

一方通行は、『反射破り』でもないのに外部から影響を与えられたこの異変に悪寒を感じ、邪魔した垣根から思わず距離を取る。

 

 

「これは『回折』だ。光波や電子の波は、狭い隙間(スリット)を通ると波の向きを変えて拡散する。それを複数使えば波を誘導する事もできるし、応用次第じゃ、日焼けで相手を焼き殺すこともできる」

 

 

一方通行の『反射』を破るために、この白い翼にある目には見えない小さな隙間を通った光の性質を変化させた。

 

光線を放ったのではなく、光質を変えた―――だが、

 

 

「物理の勉強が足りてねェなボケ。いくら『回折』を利用したって、太陽光に殺傷力を持たせられるはずがねェだろォが」

 

 

「それがこの世界にある普通の法則ならな」

 

 

ズァ!! と6枚の翼が勢いよく羽ばたき烈風を巻き起こして、一方通行は『反射』で押さえつけた。

 

 

「―――だが、俺の<未元物質(ダークマター)>ってのはその法則を変えちまう新物質だ」

 

 

世界を構成しているのは、分子や原子よりもさらに小さな素粒子――ゲージ粒子、レプトン、クォーク………さらに、反粒子やクォークの集合体のハドロンなど。

 

しかし、<未元物質>が生み出すのは、この世界に存在しない物質。

 

“まだ見つかっていない”とか“理論上は存在するはず”などというような問題じゃなく、本当に存在しない。

 

学問上の分類にも当て嵌まらず、物理法則を無視する超能力により生み出された新物質で、この白い翼は構成されている。

 

そして、異世界の物質に触れて、異物が混じってしまえば、ただの光も独自の法則に従って変質し、殺人光線となる。

 

 

「―――さて、そろそろ、逆算が終わるぞ」

 

 

「ッ!!」

 

 

垣根の軽薄な笑みを見て、一方通行はすぐに回避を取ったが、それより早く6枚の翼が放たれて―――直撃した。

 

ゴキゴリゴリ!! とハンマーでも衝突したような鈍い音が一方通行の体内で炸裂し、あらゆるベクトルを『反射』する彼の体が勢いよく飛ばされ、巨木の一つに激突。

 

 

「ごっ、ぱぁ……ッ!?」

 

 

一方通行は、今の光線と烈風の意味を悟る。

 

 

「一方通行。お前の『反射』は絶対じゃない。音を反射すれば何も聞こえない。物体を反射すれば何も掴めない。テメェは無意識のうちに有害と無外のフィルタを組み上げ、必要のないものだけを選んで『反射』している」

 

 

だったら、話は簡単だ。

 

今の<未元物質>の影響を受けた光線と烈風には、それぞれ25000のベクトルを注入してある。

 

それで、一方通行の『反射』の具合から有害と無害のフィルタを識別し、『無意識に受け入れている』ベクトルを検証し、その解法を元に攻撃法を<未元物質>により構築する。

 

 

「ちっ、このメルヘン野郎が!」

 

 

一方通行はさらに垣根の翼が20m以上に伸長するのを見る。

 

まるで塔のような巨大な剣の周囲の光や音が“妙なベクトル”へ折れ曲がっている。

 

例え、一方通行がそれに対抗するように設定変更しても、垣根もまたすぐに設定を変更するだろう。

 

イタチごっこだ。

 

そして、その攻防を繰り返せば、確実に一方通行にダメージが蓄積する。

 

 

「これが<未元物質>。異物の混ざった空間は、テメェの知る場所じゃねぇんだよ」

 

 

そして、一方通行へと白い巨塔は倒れる。

 

勝利を確信した絶頂の瞬間。

 

瞬きの内に過ぎるはずの刹那が――――何故か永遠のように引き延ばされる。

 

まるで時間が静止したかのように。

 

否、事実として止まっていた。

 

時の流れではなく、巨塔と化した白い翼が。

 

振り落とす直後に、その周囲の巨木から伸びて巨塔に巻き付いた頑強かつ柔軟な枝の縛めに、垣根は目を見開く。

 

 

「あれほど暴れておいて、“まだ一本も木が倒されていない”ことに気づいていないんですか? ―――ここは異世界の法則が支配する空間です」

 

 

 

そうだ、この森の巨木は全て、幻想。

 

 

 

「―――木は紙を作り、本になる」

 

 

 

その根は無色の<幻想法杖(ガンバンティン・マーカー)>、

 

 

 

「―――気は神を創り、本になる」

 

 

 

その幹は無形の<幻想宿木(ミストルティン・マーカー)>、

 

 

 

「―――キはカミをツクり、ホンになる」

 

 

 

その枝は無人の<幻想宝剣(レーヴァンティン・マーカー)>、

 

 

 

「―――木々と神々の織り成す詩の創作」

 

 

 

3つにより構築された生命の霊樹であり、それらを<聖母花衣(マリーゴールド)>により内包した―――

 

 

 

「―――歌え<幻典結界・世界樹林(ユクドラシル・システム)>」

 

 

 

声は高らかに、森の中に響き渡る。

 

森がざわめき、<未元物質>の白い翼が細かく断ち切られた。

 

11に分離された枝が<一方通行>でも観測し切れないベクトルで流れ星の如く空間を走り、切り裂いたのだ。

 

そして、主の元へと集合。

 

しゅる、と上条詩歌の両手両足を保護するように巻き付き、籠手と具足となり、残り7つは自動的に攻撃・防御を判断し、主の周囲を飛び回る守護衛星となる。

 

その様子があまりにも複雑精緻な図形を描き、あたかも曼荼羅や魔法円のようにさえ見える。

 

そうして、この森林に咲く一輪が花開くように、その黒髪が幻想となって溶け込んでしまいそうなほど―――その首飾りにしているアレキサンドライト<原初の石>と同じように―――淡いオーロラの燐光に包まれる。

 

 

「―――さて、そろそろ準備運動は終わりです」

 

 

しかし、見惚れている余裕などない。

 

 

「これは、サービスです」

 

 

一方通行はこの流れから、垣根帝督はこの粒気から、ここが上条詩歌の領域(テリトリー)ではなく、“上条詩歌自身”だと気づいた。

 

 

 

「<調色板(パレット)>千入混成<黄丹>――<筆記具(マーカー)>強化『火炎(ケイネス)』「<調色板(パレット)>千入混成<浅葱>――<筆記具(マーカー)>強化『流水(ラグズ)』「<調色板(パレット)>千入混成<麹塵>――<筆記具(マーカー)>強化『雹嵐(ハガラズ)』「<調色板(パレット)>千入混成<山吹>――<筆記具(マーカー)>強化『日光(ダガズ)』」」」」

 

 

 

霊樹が山彦を反響するように令呪に令呪が重なる重複詠唱の歌声は森林内に埋め尽くされ―――最新型の超魔術の天変地異が超能力者達の身に重ねられる。

 

炎、氷、突風、電撃とありとあらゆる、1つでは低性能なものの格を多重複合に極大化させた攻撃がその周囲に撒き散らされ、大地が震える。

 

剛暴極まりない乱気流が、常識外の怪物同士の学生戦拳の号砲となった。

 

 

 

 

 

街中

 

 

 

<幻典結界・世界樹林>

 

神殿のような神格化された自分に有利な場を造る陣地形成術式とは別物の、術者の空想の通りに色が付けられ線が引かれた描かれた上条詩歌の妖精郷。

 

<幻想投影>の様々な制限が外れ、上条詩歌が本気を出せる空間であり、その世界は<原典>の自律維持機能と同じように生命も不足すれば無制限に吸収し、応用すれば接続した相手に供給し、その弱点も克服されている。

 

 

―――ただし、それは眠っている間だけだ。

 

 

これは『0930事件』で<聖騎士王(アーサー)>と同じだそうだが、龍脈や地脈といった超自然の力を取り込むためには、動物としての活動を止める必要があり、そもそも世界と自分を一部とはいえ同化させるのは、生命だけでなく精神負担は<聖人>でも許容できないほど大きい。

 

発動中は常に眠っていなければ、維持できないほどに。

 

 

「しいか、お願いだから、早く決着をつけて帰ってきてほしいんだよ」

 

 

インデックスはもう幻界への道が閉ざされた宙を見つめる。

 

あの中なら、上条詩歌はどんな相手だろうと負けはしないだろうが、あの2人はこの科学世界でも最上位の中の最上位クラスだと聞いている。

 

中々決着はつかないだろう。

 

今、起きて充電機から外れた詩歌がその力を発揮できるのは―――<幻想投影>の制限時間の30分。

 

それを過ぎれば、手折った花のように、枯れ果ててしまう。

 

 

 

 

 

森林

 

 

 

「……アイツが腹黒いヤツだっつうのは分かってたがなァ」

 

 

全ベクトルを集約して即座に逃走した一方通行は、このどこまでも続く森に呟く。

 

この妙なベクトルを解析し、そのセンサーが触れないようにベクトルを操作しているが、この状態では隠れ続ける限り、バッテリーを消費し続けることになる。

 

上条詩歌が何かを仕掛けているだろうという事は分かっていたのに迂闊にここに飛び込んだのは間違いだったか。

 

かつて<猟犬部隊(ハウンドドック)>を封じ込めた『犬小屋』を共に作成したことがあったのに、こちらの想像以上に上条詩歌は用意準備が厄介な相手だ。

 

あの攻撃も完全には『反射』できず、けど、第2位の<未元物質>とは異なる。

 

ぬるり、と指先に引っ掛けたものが躱していくような感触。

 

空間移動系の能力を『反射』した時に、三次元の世界で奇怪な現象が起きるのを一方通行は経験から知っているが、それとも違う。

 

変化させたのではなく、アイツが言う通りにこれは元から法則自体が別物で異なっているものを組み合わせている。

 

きっとこの妙なベクトルを理解できるかが、勝負の分かれ目だろう。

 

そして、

 

 

 

―――これは、サービスです。

 

 

 

つまりそれは―――今のままでは戦いにならない。

 

 

「……とでも思ってンだろォが」

 

 

有利な場に正体不明な武器を持っている彼女は初めから己の勝利を疑っていない絶対の自信を持っている。

 

『実験』前の一方通行がずっと抱き続けてきた傲慢さであり、周囲に対する慈悲でもあったそれを、今、逆に一方通行は叩きつけられている。

 

 

「ハッ……なるほど。これは確かに、腸が煮え返るな」

 

 

と、零すが、不思議と屈辱感はなかった。

 

これだけ舐められた真似をされても、あとからあとから湧いてくる不思議な感覚を抑えきれずに、

 

 

 

「おもしれェ……やるじゃねェか」

 

 

 

一方通行は笑った。

 

木原数多の時とは全く別の、絶対に見返してやる、という感情。

 

これができなければ、彼女に引っ込んでいろなどと大言は吐けない。

 

チョーカー型電極のバッテリーは、今日の騒動もあり、すでに三分の二以上は消費済みで残りは10分もない。

 

長期決戦は無理だ。

 

垣根が他にどんな手を持っているかは知らないが、少なくとも今の『反射』破りについては―――もう、その底を掴んでいる。

 

いや、掴むまでもない浅い底だ。

 

<未元物質>という異物の素粒子で変換される光波や電波は、教科書にも載ってなさそうなベクトル方向に曲がってしまうので、ベクトル演算式に隙間ができてしまうが―――ならば、<未元物質>を含む素粒子で世界が構築されていると再定義した公式を解けばいい。

 

というか、あの時点でもう“解いていた”。

 

それはこの空間に満ちている妙なベクトルも同じに。

 

高く高く高くどこまでも高く飛んでみせる。

 

 

(一発もらってやったが、そこでサービスは終了だ。暴かれたこともしらねェで、調子に乗った第2位が俺に攻撃を仕掛ければ、そこでお陀仏。バッテリーを知ってンなら俺を放置して、ヤツは、上条詩歌を狙う。そこで一気に片をつける)

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「………とでも思っているんだろうが」

 

 

垣根帝督は、周囲の空間の<未元物質>で歪めて作った安全地帯の中で呟く。

 

 

(奴は仮にも第1位。『反射』の脆弱性についてもヤツ自身が一番分かっているはずだ。暗部なら自分の弱点はすぐに修正できなきゃ生きていけねぇ。―――だが、<未元物質>にその常識は通じねぇ)

 

 

あんなのは準備運動で、これからが本番だ。

 

安全地帯の外に、全長5mの<未元物質>により作られた偵察用の巨大なトンボを次々と飛ばし、空からでは見つけられない場所である森の中を探索している。

 

 

(まあバッテリー切れでぶっ倒れるっつう間抜けな展開もあり得るが、俺には“コイツら”がいる。問題なのは、やはり上条詩歌だ。あの異法は第7位と似たように正体不明で、<未元物質>の自由度にも匹敵する。―――だが、あのサービスを見る限り問題はない)

 

 

垣根の足元の大地が、意思を持ったかのように怪しく蠢き始める。

 

垣根帝督は上条詩歌と相性がいい、それを確信した。

 

あの攻撃も、自分の中にはなく、全く新しいインスピレーションを沸かしてくれる。

 

あれで本当にその気だったら、自分も第1位も終わっていた。

 

だが、上条詩歌は、強く打てば大きく音を鳴らす鐘のようなもの。

 

相手が強ければ強いほど強くなり、相手に合わせて殺さぬように最低限の力で相手を倒すという甘いヤツだ。

 

上条詩歌は相手の力を引きあげてしまう。

 

それは相手が敵であっても例外じゃない。

 

そして、垣根は“絶対に負けない”。

 

押されても、押し返されても、その分だけ多様性の可能性を獲得し、やがてはどんな相手だろうと完全に上回る。

 

 

「じゃあ、そろそろ始めるか」

 

 

指を鳴らす。

 

すると垣根の周囲で何かが音もなく立ち上がる。

 

右からも、左からも。

 

それだけに留まらず、どんどん影はこの森を“白”に埋め尽くしていく。

 

この経験値の稼ぎ場とも言える戦いで、足りないものを手に入れられれば<未元物質>はさらなる領域に辿り着く。

 

遠く遠く遠くどこまでも遠く進んでいける。

 

 

(この安定した創造性を完全な地続きで提供し続ければ、第1位は勝手にリタイヤして、俺は上条詩歌と無限にレベルアップを続ける。ああ、一体、俺の<未元物質>はどこまでいけるか、楽しませてもらおうか)

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「……とでも思っているんでしょうが」

 

 

何を出してこようが全てを破壊する矛を持つ第1位。

 

何を破壊されようが全てを生み出す盾を持つ第2位。

 

これらを倒すなど、制限時間がなくても、大変だ。

 

両方とも、この空間の法則を取り込んで、もう上手く隠れてしまっている。

 

正直、この空間を作らなければ、今回の騒動以上に学園都市を壊滅させていただろう。

 

この場では、自分に有利かもしれないが、勝利条件がずっと難しい。

 

なのに、こうして『能力開発』のような真似をしながら、2人のレベルアップに付き合うのは、詩歌自身の『その才能を伸ばしたい』という欲求もあるし、ちゃんとした作戦でもある。

 

彼らを物理的に倒しても意味がない。

 

それは逆も同じで、彼らは別に破壊活動が目的ではなく、殺し合いで満たされることはないだろう。

 

その能力の根幹となる演算パターン、思考回路、<自分だけの現実>という彼らを特別にしている何かを、そして、その欲求を―――正義を理解し、誘導することこそが上条詩歌の勝利だ。

 

 

(能力を極めても、そこに何かがなければ、意味がない。学園都市統括学生代表になっても、それは手段であって、道具のようなもの。私は皆を照らすあの星空を、雨上がりの虹を作って見せる。だから、この2人と本気でぶつかって、本音を引き出してみせる)

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「とでも思ってンだろォが」

 

「とでも思っているんだろうが」

 

「とでも思っているんでしょうが」

 

 

森のどこかで、怪物たちは呟き、延々と、次々と、相手の奥へ奥へと切り込むように思考する。

 

学園都市きっての天才同士の戦いは、実際にぶつかる前に始まっている。

 

 

 

つづく


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