とある愚兄賢妹の物語 作:夜草
暗部抗争編 獣殺
あすなろ園
『ふふふ、よろしくね、鳥兜紫ちゃん』
私は、その人を知っている。
初めて見たのは、<大覇星祭>というイベントだった。
いくら他人に決定を任せていても、互いに世界観を共有できなければ命令を受信できない。
道具だった私は、最低限の知識習得のために、テレビを見ることが許されていた。
競技中、彼女はとても輝いていて、画面越しに見るその姿はとても遠い。
……そして、その隣にいる赤髪の少女。
その時、ふと気紛れに教えてくれたその名前は、鬼塚陽菜―――どこか聞き覚えのある響きで、その後すぐに、私と同じ『鬼』の血を引き、戸籍上は従姉の―――お姉さん、だと教えられた。
私はそれから鬼塚陽菜が参加し、テレビに映ったその記録を探して、検閲した。
過去の<大覇星祭>を見たい、とそれが初めて、研究員の人たちにしたお願いだった。
例えば、バスケットボールの試合で、鬼塚陽菜をアシストしたり、ゴールリングを壊した鬼塚陽菜を叱りつけて凹ましたり、最後は鬼塚陽菜と笑ったり……………
だから、鬼塚陽菜とパートナーを組んでいた彼女の事は、知っていた。
彼女が自分の事を知れば、鬼塚陽菜がやってくるかもしれない、とも分かった。
それが………―――とても憎らしくて―――彼女から逃げた。
初めて、逃げた。
けど、そんな私の気も知らないでその人は優しい目をして、距離を置いて、
『怖いんですか?』
その道具にはないはずの
絶対に表に出さなかったものを、どうして。
私は、距離をとった。
あれは見透かしてしまう、自分を―――人間にしてしまう、怖い人だ。
そうして、私が怯える態度を見て、悲しそうにがっくりと肩を落とす。
ああ、きっと自分に同情しているんだ、と私の目は細くなる。
本当にどうしようもない失敗をしてこなかった人に、私のコトなんて分かるはずがない。
そういう、強い人が差し伸べる手なんか、私は触りたくなかったから。
けど、それは違った。
『強くなりなさい。いつまでも弱いままだったら悲鳴を上げることもできません。生きたまま死ぬなんて、それほど怖いものはありませんよ』
―――だから、怖かったら助けを呼ぶんです、と。
……それが、戻される前に私が彼女に教えられた言葉。
淡い幻想のようにそれっきり。
でも。
人に、私に教えられるということは、その言葉を知っていて―――そう、彼女自身の失敗談で―――私の事を分かってくれた。
あの人は常に私のことを気にかけながらも、自分から近づけるほど強くなるまでは、待っていたけど、それが果されることはなかった。
「だって、私は――――彼女に、助けられたくなかったから」
街中
「ほらね。やっぱり、今日の私の勘は冴えている」
高く飛ばされた当麻だが、地面に落ちる前に捕まえられた。
ボールをキャッチするように鬼塚陽菜が片手で愚兄の体を受け止めていた。
「鬼塚か! 悪い、助かった。ありがとな。だけど、どうしてお前がここに?」
「それは私の台詞なんだけど、まあ、当麻っちはいつも通りに不幸だねぇ……―――っと、ほい脱臼肩入れ」
ごぎぃっ! と先の戦闘で外れた当麻の右肩を、陽菜が軽く力任せに治療。
安心して力が抜けたと見て会話の途中でさりげなくやったその整体肩入れに、当麻が声もあげずに、地面に転げ回る。
「おりょ~元気が良いねぇ。でも、昔から荒事の始末で応急にも心得がある私だけど、あんまり動かしちゃ駄目だよ」
「お、鬼塚、お前……」
「何だいお礼かい? 私と当麻っちの仲じゃないかい。そんなのはいらないよ。まあ、これがそんなにイタ気持ちいいだなんて、詩歌っちの竜神流裏整体術で開発されているだけあるね」
「違ぇよ!! 助けてくれて、治療もしてくれたんのは感謝すっけど、不意打ちにも程があるぞお前!! 後、当麻さんは詩歌にドMに開発されてる訳じゃねーからな!!」
「またまた~、別に私は人の性癖にあれこれ口出さないよ。詩歌っちも当麻っち程、お仕置きのし甲斐のある逸材はいないって太鼓判押してたよ。―――と、おしゃべりしてる場合じゃなかった」
抗議しようと口をあける前に当麻を降ろして、陽菜は前に歩き―――その背後に炎が奔る。
一瞬にして街中に煉獄を顕現する。
突如前触れもなく発生し、まるで意志を持つかのように空間を隔離していく炎の壁は明らかに自然のものではなく、夏休み最終日にファミレスで見たものと同じ、<鬼火>の炎陣結界。
ただあの時と違うのは、その中ではなく、結界の外に上条当麻はいる。
「鬼塚!」
当麻はその炎に触れようと右手を伸ばそうとする―――が、ビキッと肩に電流が走る。
「言ったろ? 私の嵌め方は荒っぽいから、10分は動かさない方がいいって」
「おい、そっちは危険だ。1人で行くな!」
「分かってるよそのくらい。でもね、これは“鬼塚陽菜のけじめ”なんだ。他の誰にも邪魔されたくない。ああ、これが家族水入らずってやつさね」
そして。
紅蓮の世界で、鬼塚陽菜は、暴走した半獣半人と対峙する。
「久しぶりだね。紫苑」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「やっと会えたよ、紫苑」
逃げよう―――けど、『獣』は火に怯えてしまう。
『人』の眼も、あの人の眼に『逆流』されて、上手く使えなくなってしまった。
自分を囲む炎の檻を出られず、<赤鬼>の鬼塚陽菜――お姉ちゃんと対峙する。
その距離はちょうど20mぐらいだろう。
この紅蓮の煉獄の中、お互いの姿はよく見えて、炎が荒れ狂い舞い散るも不思議なくらいにお互いの声はよく聞こえる。
「その手、血塗れだね。血の味は美味しかったかい? 人を壊すのは愉しかったかい?」
陽菜はいつものようにへらへらと笑う。
しかしその言葉は、胸の一点を貫く。
額に、嫌な汗が浮かぶ。
第4位の思わぬ反撃で、死にかけた時と同じように、今の紫苑を支配しているのは、恐怖。
途方もなく、恐ろしいもの。
鬼塚陽菜が見せている、猛禽類の瞳。
逃げられぬ状況だからか、彼女の前だからか、おどおどしたものが消え、いつにない昂りを感じる。
「今更―――何? 説教でも、しにきたの」
「まあね。紫苑のお姉ちゃんだし」
「そう」
冷たく、紫苑は切り落とした。
そうしなければ、その顔を見ていられない。
ぽつりと―――こう呟く。
「見なかったら、良かった」
「ん―――?」
「知らなかったら良かった。気づかなければ良かった。お姉ちゃんになんか出会わなければ良かった。そう、だったら、道具のままで、いられたのに」
陽菜を巨獣の上から見下し、紫苑は言い募る。
顔は無表情なのに、その声は激情に震えていた。
今まで人形のようだった雰囲気は跡形もなく消え去り、代わりに酷く人間的な―――怒りに似た感情が少女を支配していた。
「紫苑……」
きっと、許せない。
道具だから、“そんなもの”に縁はないと思っていた。
家族だからって、“そんなもの”があるとは限らないと思っていた。
思っていたかった。
なのに。
あるはずのないものが、そこにいる。
「死にかけた事なんて毎日だった。死にたくなったのも毎日だった。でも、死ぬのは怖くて、一人で消えるなんて嫌だった。だって、私にはお姉ちゃんがいるって知ってたから。私は鬼塚の子だから、お姉ちゃんが助けに来てくれるんだって、信じていた。―――なのに、お姉ちゃんは来てくれなかった」
私のことなんて知らずに、テレビで見る彼女はいつもへらへら笑ってて―――自分の生きてきた現実が、ただ単に不幸なだけだと思い知らされた。
惨めな私のことなんて気にせず、この街で幸せに暮らしていた―――世界にはちゃんと幸福な現象があって、自分には手が届かないだけだと認識させられた。
―――そう、どうやっても届かない。
「どうしてなの……! 同じ家族なのに、同じ人間なのに、どうしてお姉ちゃんだけ、そんなにへらへら笑ってられるの……!
……その憎悪は、鬼塚陽菜に対するものではなく。
世界と自分自身に向けられた、出口のない懇願だった。
だから。
理不尽だろうが、不合理だろうが。
勝手だろうが、出鱈目だろうが。
必死で、ありったけで、陽菜を憎む。
そうしないと睨んでもいられない。
そうしないと意地を張ってもいられなかった。
「人間なんて―――」
と、少女は口にした。
「とっくの昔に辞めてるよ。だって、私は実験動物なんだもん。人間扱いなんてしてもらえないし、細胞の隅々まで怪物になるように変えられた……!」
10年、ほぼ10年。
この街に連れて来られてから研究者達がしたのは開発なんてものじゃなかった。
体を刻んで、脳を弄繰り、ただ対能力者に破滅させるだけの道具に改造した。
実験動物の限界を超えれば超えるほどいい道具になるって嗤っていた。
そのうち食事にも毒を盛られて、食事をすることすら恐ろしく。
実験場に放り込まれれば、ただ息を吸う事さえ研究者の許しが必要で、泣き言をいうだけで罰せられた。
……本当に、どうかしてる。
でも辛くて辛くて、止めてって懇願すればするほど、研究者達は私に手を加えていった。
それが、私にとってはごく当り前な単なる日常。
「お姉ちゃんみたいに私は強くない。私ができるのは、ただ人の言う事に従い、辛いのを我慢する事だけ。けど、それって私のせいなの? 私をこういう風にしたのは研究者達で、攫われたのもあの男と家族のせいで、助けに来てくれなかったお姉ちゃんだよ……!」
私だって好き好んでこんな化け物になったんじゃないのに……
皆が、皆が私を追い詰めるからこうなるしかなかっただけ……
それを。
「―――はあ。だから何?」
―――可哀そう、と。
陽菜は、一切同情しなかった。
「え―――」
「そう言うもんでしょ。泣き言いったって何も変わんないし、化物になったんなら、それはそれでいいじゃん。だって、もう強くなったんだろ」
冷酷な全肯定。
……少女の叫びは、行き過ぎてはいたが、温かさを求めたに過ぎない。
それを否定され、化物であることを肯定された。
そうなったのは自分が弱かっただけ、と。
ただひたすらに強さの求道者である姉が、誤魔化しようもない真実を告げた。
「お姉ちゃん―――お姉ちゃんが、そんなだから―――!」
どうやっても手が届かなかったんだと。
姉に圧され、戦いを拒否しかけていた少女は絶望と共に呪詛を具現化していく。
「あっそ。私は、この街に来てから、本当に苦しいって思った事は一度もなかったよ。大抵の事は頑張ればどうにかこなせてきたし、どんなことだって面白く楽しませてもらった。だから、アンタみたいにみみっちい人間の悩みなんて興味ない」
それでもあまりにも悪びれずに吐き出された姉の言葉が胸を突く。
「そういう性格なんよ、私は。期待を裏切って悪いけど、快楽優先の自分本位。だから正直に言えば、紫苑がどんなに辛い思いをして、どんなに酷い日々を送ってきたかは知らない。悪いけど、理解したくもない」
簡潔な言葉。
彼女は嘘をつかない。
苦しみを訴える紫苑に事実だけを淡々と述べる。
「けど紫苑。そんな無神経な馬鹿でもね―――
真っ直ぐに。
精一杯の気持ちを込めて、紫苑という少女を見返す。
「―――は?」
理解不能。
今、あの鬼は何と口にしたのか。
自分もまた、恵まれていなかった……?
「っ―――なに、を」
―――憎悪で、脳内が真っ赤になる。
今更、今になってそんな都合の良い、言い訳にもならない言葉なんて、ふざけているのか……
―――ウソだ―――
「今更―――恵まれてなかった、って……?」
頭が捩れそうだ、割れそうだ、壊れそうだ。
私のコトを助ける事なんかよりも、その、強靭な肉体と精神、圧倒的な力、そして、幸福を振りかざして
―――ウソだ―――
「よくも―――よくも、そんな―――」
私のコトなんて知らなかったクセに、
この気持ちも分かってくれなかったクセに、
どうして、そんな戯言を言い張れるのか―――!
―――コイツは、許さない―――
「もういい―――! そんな戯言なんて聞きたくない、私に、お姉ちゃんなんて最初から―――!」
いなかった、と。
己の闇を拒むように少女は叫ぶ。
第11学区 鬼塚組屋敷
『―――陽菜。お前が見つけるべき子はこの街にいる』
久々に会ったら何だか知らないけど、偉くなっていた父から言われた言葉。
その情報は、ずっと欲しかったものだったけど、この年頃の女の子の扱いが何にも分かっちゃいない鬼父は水を差す。
『いいか。<鬼塚>は文明の破壊者ではなく、自然の守護者だ。鬼の血が入っているが、それ以上に人の血が流れておる。人間も、その文化も自然の一部だと肯定しとる。だから、ご先祖様はとっとと終わらすために裏の蛮勇として戦争に介入してきた。―――そして、<鬼塚>は現組長この鬼塚鳳仙の裁定を以て、この学園都市も自然が進化したものとして受け入れることにした』
自分はよく知らないが、多くの血族と仲間達が犠牲になった戦争をして、それでも祖父が殺された恨みを呑み込んで、父はその手を結んだ。
河原で喧嘩して互いに気心がしれた青春のようなものだな、と言ってはいるが、そう簡単なものではないだろう。
それでも誰かが堪えなければ、この連鎖は終わらないと分かっていたからこそ、その爪牙を収めたのだ。
幸い、この街を気に入っている私には父の代でそうしてくれたのは、ありがたいことだ。
『だから、分かっているな。本流の<鬼塚>としての役割を』
いつもより感情の薄い声で、父は言う。
本流―――そう、『鬼の一族』は傍流の<鬼山>、<鬼海>や、今はいない邪流の<鬼道>がいる。
だから、<鬼塚>は、この人間社会という自然を維持するために、そして、人間として生きるために、災厄となり自ら害をなす『鬼』を討伐する。
<十二支>の表の役割は組長の護衛であり、裏の役割は<獣王>の血が暴走した『鬼』の制御。
外れた者が出たら、組が責任を持って処理するシステムができている。
鎮めるのは特に『悪しき音楽家』である『未』の小羊律が得意としているが、それでダメなら力づくでどうにかする―――殺してでも。
<鬼塚>がそれに値する呪われた血脈だというのは、幼少のころから分かっている。
『儂らは悪しきであるからこそ、己の鬼に屈する事は許されん』
御するのできるできずに拘わらず、たとえそれに無自覚であっても―――鬼の血は強過ぎる。
闇が悪しきとは限らず、光が善きとは限らない。
闇は確かに恐ろしいが、闇がなければ人は休む事ができない。
光は確かに進むべき道を示すだろうが、それは時に人の心を眩ませる。
何事も恐ろしく強い力を己のものにしなければ、それは全てを滅ぼす。
<鬼塚>は破壊衝動を持つが、それ故に力というものがいかに大切なものかを知っている。
だから、義を通し、大義名分のない無差別な破壊行為はしない。
『そのお役目の覚悟ができてるなら、儂が個人的に出資して援助してやろう。情報だけでなく人員も装備も援助してやる』
どうする? と問われ、私は迷いもなく頷いた。
街中
もう、これ以上は無理だな、と陽菜は悟る。
自分に、紫苑は、救えない。
もう、手遅れだ。
彼女の為にも、殺してやった方が、いい。
だから、ここで――――けじめをつける。
「紫苑」
「―――え?」
何気ない、軽い朝の挨拶のようにその名を呼ぶ。
―――瞬間。
鬼塚陽菜は、あっさりと勝負を決めていた。
小鬼の頭領は、戦場にあってはその瘴気に透明な鬼神と化す。
「紫苑」
声を掛けて、投げた。
今の彼女にとって精一杯の火の玉を、ぽーん、とキャッチボールのように投げて、
「―――<終炎>」
爆散する。
この結界を維持するのに集中していて単なる目晦ましにしかならないけど、決闘に幕を降ろすの業火に、火という根源の恐怖に『獣』は恐れ戦く。
そこを走った。
リミッターを外して、全力で。
一直線に、紫苑目指して走り抜けた。
紫苑は爆風と閃光に怯んで動けない。
いかに強大な力を得ようと、『獣』が動かなければ、彼女は戦闘経験が全くない素人だ。
だから、能力が使えなくなろうと、その気になれば倒す事は簡単だった。
「鬼塚流武術――――」
とん、とん、と半獣の体を足場にして、跳び上がり、鬼塚陽菜はあっさりと間合いを詰める。
走り抜ける中、隠し持った<貪鬼>のスペアを握り締める。
―――確実に殺った。
半獣半人の本体は、まだ幼い少女―――そんな柔らかい肉など簡単にミンチにできる。
これでおしまい、と陽菜は<貪鬼>を突き出し、
―――やっぱ、無理。
己の敗北を、認めた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
―――殺され、る。
恐怖はない。
他人に傷つけられるなんて、日常のように慣れている。
それが鬼塚陽菜の手によるものなら、ひどく当然のように思える。
「―――?」
けれど痛みはなく、終わりも来ない。
かわりに、温かさを感じる。
真夏のような暑さでもなく、火傷するような熱さでもない。
優しい温かさ。
誰かに触れられるのも嫌なのに、不思議と受け入れられた。
その正体が何であるかに気付いた瞬間―――紫苑は、潰れた五感を取り戻した。
……血が、出てる。
血の通った人の血。
背中から、ポタポタと血を零してる。
「おねえ、ちゃん? どうして……?」
少女は問う。
確実に速かった。
確実に自分を殺せたはずなのに、最後の最後で、陽菜は<貪鬼>を突き出さなかった。
「……あーあ。折角の勝機を見失うなんて、本当に馬鹿だよ、私は」
のんびりとした声。
それは少女がずっと夢見ていた、気分屋で放任主義で、でも温かくて優しい、鬼塚陽菜という少女の声だ。
そう。
何という事はない。
ただ、さっきの瞬間に、絶好のチャンスって言う時に、ようやく分かったのだ。
言葉であれだけ否定され、拒絶されようにも、紫苑を間近で見た途端、自分には紫苑を殺せねーな、などと、当然のようにやる気が殺がれてしまった。
「……はあ、本当にどうしようもない、自分の情けなさに涙が出てくるよ、私は」
涙が出る。
鬼の目にも涙だ。
<鬼塚>は仲間を、身内を、家族を、誰よりも大切にする。
いや、<鬼塚>どうとか関係なしに、自分はやっぱり姉気分と愚兄と―――泣く妹には勝てない。
そんなのとっくの昔に分かってたはずなのに、覚えておけって話だ。
……けど、まあ、それでもいっか、と陽菜は楽観視する。
「……私、さ。我慢してる奴とか見てると馬鹿だよねぇって思うんよ。そんなのとっとと吐き出して発散させた方が楽になれんのに。でもさ、私はそういった馬鹿が大好きだから、つい応援したくなっちまったり、助けたいって思うんだよ」
―――それに、第一。
「紫苑の事が好きだし忘れた事なんて一瞬たりともない。いつも捜してたし、いつも無事であることを祈ってたし。……うん。どこにいるのか判らないけどド派手に活躍すれば、きっと私の姿が紫苑の目に入ると思ってたし、私が頑張れば頑張るほど、楽しくはしゃいでいれば励みになるんだって信じたかった。―――それだけで、苦しい事があっても、面白いって思っちまってたんだよ」
愛おしむように紫苑を抱く。
数年ぶりの、鬼の姉妹の抱擁。
彼女は自らの背中を貫いた妹を、ようやく見つけた大事な宝物のように、柔らかく大切に抱きとめる。
「―――おねえ、ちゃ―――」
……温度が冷えていく。
生命の灯が弱まっていく。
自分に対する恨み事など一つもない。
鬼塚陽菜は、ここで倒れる事ではなく、抱き締めた少女を救ってやれない己を叱咤して、
「悪かったねぇ、こういう気の利かない姉貴でさ。ああ、こういう時、当麻っちならなんて言うんだろうなぁ。詩歌っちならなんて言われたら喜ぶのかなぁ。本当、ずっと羨ましいって思ってたのに……馬鹿な私には格好良い台詞がちっとも思いつかないよ」
それはとても優しく、どこか懐かしく、苦痛が和らぐような――――子守唄のような、声音だった。
ねぇ、紫苑。
最初は、嫉妬したんだけどね。
ウチに来たばかりのお前を、母さんに、そっと抱かせてもらって。
無邪気に、私の頬を『ぺと、ぺと』と撫でる紫苑が―――あまりにも愛おしくて。
こんな尊いものを、虐めようなんて、考えつきもしなくて。
小さな、私の妹を。
―――来てくれて、ありがとう。
生まれたばかりの紫苑を、夢中で抱き締めちゃったよ。
ヒュゥ――――と、炎の檻は消えて。
儚く散ってしまう線香花火のように、地面に崩れ落ちた。
「――――、ぁ」
重みが消えた。
ほんの一瞬、陽炎のような温もりを連れて、姉だった人が消えた。
―――けどね紫苑。そんな無神経な馬鹿でもね。
―――
「―――、ゃ」
……その言葉に、どんな想いが込められていただろう。
恵まれてない、自分はきっと弱いから、誰よりも強くなろう。
けど、守りたかったものは近くにいなくて。
得た力も、本当はどうしようもなく怖くて。
でも、いつかはあの兄妹のように………ああ、本当にうらやましい。
少女の苦悩は少女だけのものだ。
それを理解し、解放することなど他人には出来ないし、親友にもさせなかった。
ただ強くあれ、それが己に課せられた言葉。
「――――だ」
……だとしたら、どうなるの。
いつも楽しそうに笑ってて、自由を満喫していて、百獣の暴王の如き強き存在。
そんな姉が自分と同じ、いつも何かを我慢していた人間だったとしたら。
「――――わたし、が」
……なら。
結局、弱くて悪いのは世界ではなく、彼女のせいでもなく、臆病で助けも呼べなかった、吠え方も忘れてしまった、悪意に染まるしかなかった自分。
そんな自分を、不器用ながら、愛してくれる人間がいたのに―――
「―――私が、壊し、ちゃった」
……何処で、間違えたのか。
チャンスはあった。
ずっと捜してくれたのだから、助けてって叫べば良かった。
一度だけ逃げだせた事もあったのに、結局、自分から戻ってしまった。
そう―――自分は一度も手を伸ばそうとすらしなかった。
「―――――、あ。ああ、あ、あああああああああああああああああああああああああああ………………………!!!!!!」
伸ばした手は、すでに『獣』の手で会いたかった人の背をぶち抜いていた。
少女は愛してくれていた姉の血に濡れ、強く、自身の運命を呪う。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
お姉ちゃん、と。
子供の泣き声と共に、大きく、世界が揺れ始めた。
もう、生きていても、仕方ない。
火の暖かさを知った獣が戻れないように。
自分は、空っぽの道具にはもう戻れないだろうから。
背筋を凍らせ、本能的に震えあがらせる。
泣きじゃくる紫苑の声が、最悪の破滅を予感させる。
もう『逆流』の枷は壊した。
もう、全てを破壊してしまえ―――
「――――鬼塚!」
……地面が揺れている。
炎の結界が霧散して、駆け込んだ上条当麻。
うつ伏せに倒れた陽菜の顔は見えない。
その様はまるで、茎から落ちた大輪の赤い鬼罌粟のようだった。
間に合わなかったか――――いや、まだだ!
「……………だれ、なの」
顔を上げる。
陽菜の向こう。
血塗れの陽菜から逃げるように遠ざかった半獣半人の少女。
先程吹き飛ばしたのを覚えてないかのように、首を傾げる。
「――――君が」
「違う。違うの。こんなの、私……私が…………ちゃった。あはは、しちゃった。助けに来てくれたのに、私、お姉ちゃんを、殺し、ちゃった―――」
紫苑の声は、少年にも、他の誰にも向けられたものではなく、自分自身に。
自分自身を拒絶する。
陽菜の血に濡れた自分、災厄を撒き散らす自分、自分に繋がったこの<鏖殺悪鬼>を、半狂乱になりながら、全力で憎んでいる。
『逆流』させ、暴走させ、また『逆流』させ、さらに暴走する。
「………全部、私のせい。私の存在だけで皆、不幸になるの。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい――――」
鬼の血脈が紫苑を縛る。
あの、歪な獣の肉体に少女は埋め込まれている。
「………やだ……もう、やめたい……でも、止められなくて―――だめ、いや、もう、こんなのは、見たくないの――――!」
だが出来ない。
あの獣の半身にとって、紫苑は必要な半身だ。
紫苑が自分を殺そうとすれば、獣がそれを許さない。
紫苑が自分を殺そうとする自責と、それをさせまいとする獣によって切り刻まれている。
―――ああ、この少女は、昔の自分と同じだ。
覚えてないけど、分かってしまう。
何が起きたか見えなかったが、会話は聞こえていた。
そう、鬼塚陽菜は、勝ったのだと。
この子、『疫病神』だった紫苑の憑き物は落ちている。
何年も我慢し、溜まり続けてきた膿を、荒療治だが焼き除いたのだ。
前の、そして、今の自分は妹に救われたように。
鬼塚陽菜は、最後の最後で、紫苑の命を救ったんだ。
だから、ここで諦めるには、まだ早すぎる。
「――――、っ」
陽菜に走り寄る。
かろうじて、だが呼吸はしている。
傷口が酷いようだが、鬼の身体は頑丈だ。
無意識の内に筋肉が傷口を塞いで何とか保っている。
「安心しろ。鬼塚は死んでねーよ」
「――――?」
「そうだ。死んでない。まだ助かるんだ。いや、違うな。どうあっても助けるんだ。なあ、そうだろ。結局、このまま『疫病神』でしたなんてそんな幻想を認められるはずがねーだろ!」
「あ―――え?」
少女の眼に光が戻っていく。
半獣の肉体も弛緩していく。
でもそれも一瞬のことで。
ようやく目前にいる2人を視界に収めて、ほ、と安堵の息を漏らした時、
「っ――――! ダメ、逃げて――――!」
必死に、自分を抑え込んだ。
「―――、っ!」
陽菜に覆い被さって、半獣の一撃を背中で受ける。
「ぁ―――ちが、違うの、私、私……!」
少女を取り込んだ半獣の身体が、無理やり再び火をつけ、『逆流』に暴走能力を暴走させる<失敗作り>に呼応して隆起していく。
(ふざけやがって。ここまで来て、台無しにするつもりかよ)
「わかってる。そいつのせいなんだろ。―――待ってろ。すぐにその幻想をぶち殺して君を引き剥がしてやる」
<鏖殺悪鬼>に向かって歩き出す。
「だ―――やめ、やめて―――!」
鬼の爪が頬を掠めていく。
本来なら首を掻っ切ったであろうそれは、彼女の叫びで軌道を変えた。
「は―――あ、あ、う……!」
紫苑は引っ張るように背を逸らす。
だが、もう半獣を止めることなどできず、
「う……うう、ううう……!」
泣いている。
自分を蝕む鬼の痛みからじゃない。
自分を抑えきれない、この半獣に操られるしかない自分が悔しくて泣いている。
「………やっぱり、ダメ、なの。わたし、じゃ、止められない。弱虫で、臆病な、私じゃ、言う事、聞いて、くれない。お姉ちゃんが折角、助けてくれたのに、負けちゃったら、全部……」
さらに一歩。
鬼の爪がまた頬を掠める。
「来ないで! もう、私、嫌なの……! 誰かを傷つけるの、いや……!」
さらに一歩。
右手に、拳を作る。
一歩進むたびに、半獣の鬼は警戒し、強制する。
愚兄の前進は、この少女の心と体を苦しめている。
だが、止まらない。
「っ―――逃げて、すぐにお姉ちゃんを連れてここから離れて……もう、私は助からない。ううん、助かっちゃいけないの。生きていちゃいけない存在」
一歩。
「っ―――」
ずん、と横から振り払った鬼の腕が直撃する。
どこも切られておらず、ただの打撃。
これは、少女が自分の意志で自分を払いのけようとしたのだ。
「ほら、お兄さん。わた、私はこういう存在なの。いまさら人間には戻れないし、この肉体も私を解放してくれない。それに―――もし、戻れっても……私、いっぱい人を傷つけた。何人も何人も不幸にして、貶めて、失敗させて……! そんな―――そんな『疫病神』に生きていい理由なんてない……!」
過去の失敗はどうしようもない。
やり直しのできない失敗が、紫苑を追い詰めていた。
救いなどなく、不幸しか与えられない。
どうあっても、紫苑の意志でなかったとしても、多くの人を失敗させた咎は、その心に在り続け、殺すことなどできない。
<鏖殺悪鬼>から解放され、元に戻っても、彼女の中には鬼は潜み続ける。
だが。
「―――ふざけんな。不幸にしたからには責任を果たせ」
それは上条当麻だから言えるもの。
<着用電算>を起動させる。
怪我で動けない部分があろうと不屈の意志で無理やりに身体を動かす。
「ああ。お前がどれほどの失敗を犯してきたか、俺には知らねーよ」
肩と脇、鳩尾に腰を爪で突かれる。
ギシィィィッ!
だが、鬼の爪は刺さらず、賢妹の編んだ防衣を貫けず、火花を零してズレていく。
それでも内臓が抉られるように圧迫されるが―――止まらない。
「けど死ぬのはダメだ。お前がどんなにお前を殺したくても、誰かが、鬼塚が、お前のことを命懸けで助けようとしたんだから、その命を勝手に捨てるのは絶対に許されることじゃねぇ。そうだ。これが偽善でも、お前は鬼塚に、ありがとうって言わなくちゃいけねーんだよ―――」
前へ。
もう拳の届く所まできた。
その瞬間、頭上に影が差す。
その脳天から巨人の大槌の如き半獣の剛腕が振り落とされ―――
「―――!」
止まった。
叩き潰す直前で。
とうとう半獣にその意志が届いた。
「大丈夫だ。今、俺を殺せなかったつう事は、まだやり直せる。これが悪いことだって、分かってんなら反省もできる。お前は『疫病神』なんかじゃない」
その自分でも驚いている紫苑の眼を見て、目を合わせて、愚兄は言う。
もう、誰も、『疫病神』の道を歩ませない。
『0930事件』、あの一人の弟を想った姉の、違う道を歩んだ自分のように、暴走をさせてはならない。
そして、紫苑の瞳に潤みが差し―――決壊する。
「お願い、助けて!」
初めて、人に、その言葉を向けた。
口にしても誰にも向けられず、叫べなかったその言葉を。
―――当麻さん。あのお守りを―――
「ああ、了解」
左手で<着用電算>のポケットの中―――そこから取り出したのは『幸せの象徴』―――四葉のクローバーから造られたお守り<
それを左手で握り締めて拳を作ると、そっと巨獣の胴体に<幻想殺し>の右手で触れて、
ピキン――――と大炎上した<
そして、
「我慢しろ。そいつを本気でぶっ殺してやっから、歯を食い縛れ―――」
息を吸って、
「―――その幻想をぶち殺す!!」
左拳を、その半獣の体に<四葉十字>を埋め込むように突き出した。
紫苑の五感が急速に消えて、思考が停止する。
まるで子守唄でも聞かされているように、彼女は緩やかに瞼を閉じた。
隠れ家
Level5同士の大乱闘に巻き込まれて、泥まみれになった身体をホテルのシャワーで流し落し、ついでに暇なお偉いさんと何もせずただ一時間同じ部屋で過ごすという一仕事した後、ドレスの少女は<スクール>の隠れ家にやってきた。
そこには、あの根性男に突き出したゴーグルの少年はいなかったけど、Level5序列第2位の垣根帝督がいて、その手には彼が勝ち取った戦果がある。
「それが、<ピンセット>……随分スマートになったわね」
最初はボックスカーで運ばなければならなかったくらいのクローゼットほど大型装置だった。
でも今は垣根が必要最小限のパーツで組み直して、最適化された本来の形に戻せば、それは人差し指と中指に長い爪のような接触機と手の甲に結果表示の小型モニタのついた金属製のグローブ。
「カッコイーだろ。これが超微粒物体干渉用吸収式マニピュレータ。ま、平たく言えば原子よりも小さな素粒子を掴む機械の指だな。だから、<ピンセット>なんだ」
垣根は口元に笑みを浮かべる。
世界のあらゆる物質は、複数の素粒子の組み合わせで成り立ち、その原子よりも小さい物質の
名前を利用されたり、逆に利用し返したり、第7位と衝突したり、ゴーグルの少年に面倒な根性男を押し付けたり、色々と大変だったが、これであの細かいものを摘まみ取って、アレイスターの突破口を開く。
「そう。そういえば、学園都市の内乱と『外』からの侵攻は無事終わったそうよ。これといった死傷者もない。どちらもね」
「ほう。中々駒が揃っていたようだが完全勝利か……それで、上条詩歌は表に出てきたのか」
「そういった話は聞いてないわね。第3位と第5位の活躍がド派手だったそうだけど、あなたがお熱を上げている『学生代表』の方は音沙汰無し―――で、そっちの『解析』は進んでるの?」
「ああ。こっちの予想通りだ」
垣根はカキカキ爪を鳴らしながら、<ピンセット>を操作する。
垣根帝督はいつも疑問に思っていた。
学園都市統括理事長のアレイスターは、自分達の動向を知り過ぎている。
防犯カメラや警備ロボットに衛星の監視が届かないはずの所でさえ、奴は把握している。
一体どうやって情報収集しているのか気になっていたが、この<ピンセット>が答えを出してくれた。
「やっぱり、アレイスターのクソ野郎は、街中に5000万もばら撒いた見えないほど小さな監視メカで、隅々まで知り尽くしている」
<
顕微鏡で見る微生物のように70ナノメートルのシリコンの球体状ボディの側面に針金状の繊毛が左右二対六本飛び出して、海中でクラゲが泳ぐように、空気中を漂うよって移動する。
空気の対流を利用して自家発電を行うため、半永久的に情報収集が可能であり、収集したデータは、体内で生産した量子信号を直進型電子ビームで繋げて全<滞空回線>でネットワークを形成している。
そしてその小さな体には<書庫>に収められているものとは比べ物にならない『最暗部』の情報がいくつも隠されている。
もちろん一般の学園都市住人はその存在を知らないし、仮に存在の情報を掴んでもそのナノサイズの小ささから捕獲するのは困難。
その上、覗き見防止策としてか、体内に納められた量子信号は外部から不用意に『観察』されるとその情報を変質させてしまい、内部に納められた情報を容易に閲覧できない。
しかし、この素粒子を吸い掴んでしまう<ピンセット>なら<滞空回線>の情報を抜き取ることができる。
「だが、ダメだな。確かに<滞空回線>には結構な情報が収められているが、これだけでアレイスターと対等にやり合える立場に立てるとは思えねぇ」
だから、このデータにプラスして、もうひと押しする必要がある。
「ああ、上条詩歌を手に入れる。『0930事件』に今回の事件での入手情報を見たが、彼女を手に入れれば、<
「そう」
ドレスの少女は、ご愁傷様、とその『学生代表』へ言葉を送る。
自分の能力<
彼らは例え『最も近しい人』でも、躊躇いなく攻撃を仕掛けてくるようなドロドロとした物を胸の内に抱えている。
そう、より能力が強いほど、Level5であれば、その思想主義は確固たるもの。
他人が介入してもブレないくらいに。
「さぁって、今度こそ俺の女として本気で獲りに行かせてもらうぞ、上条詩歌」
垣根帝督は<ピンセット>を眺めながら、ゆったりと笑う。
「………で、過去のデータを洗ったって言ってたけど、上条詩歌の<幻想投影>や“身体データ”とかも調べたの」
「……いくら覗けるからってエロいことになんて使ってねーぞ。身体データも載っていたが、まあ、バストサイズが今も成長中というのには驚いたな」
「あら? これから戦うかもしれないからその戦力について聞いたんだけど。まあ、仕方ないわよね。ちょっと第7位の囮にしちゃった彼が可哀そうだけど」
「よし、<滞空回線>から現在位置も大凡割り出せたし、じゃあ、そろそろ行ってくる」
そわそわと席を立つ垣根帝督に、ドレスの少女はもう一度だけあの少女に、ご愁傷様、と呟いた。
道中
事件が全部終わった。
病院でサボっていた海原は満場一致で今回の事件の後始末。
結標は怪我の治療で、土御門は今頃義妹と遊んでいるだろう
特にやることもなくなり、一方通行はそこらのコンビニで購入した缶コーヒーで一服していると、電話が鳴った。
携帯番号の画面には土御門の番号を示す『登録3』が表示されていたが、実際に通話に応じると出たのは別人で―――それも聞いたことのない声だった。
『お疲れ様だけど、第1位。ひとまず、今回の騒動の一件はこれで終結した。ま、君達<グループ>の活躍は目立たなかったけど』
「……誰だ、お前」
あからさまに警戒する一方通行に、電話の声は気にせず、
『それでこちらも後始末で忙しいから手短にいこう。―――上条詩歌が狙われている』
「……それがどォした」
『おや? 反応が薄いけど。もしかして、これが偽情報だと疑っているのか? だったら、残念だと言っておこう。本当だ。あの子は、今、頼れるお兄さんが病院に運ばれて一人で、第2位を相手にしなければならないのだけど』
「だから、なンで俺がアイツを助けに行かなきゃなンねェンだ」
『別に、助けに行けとは言ってないけど。第2位は強いぞ。あの第7位と激突して、なお己の目的を達成したけど。どうやら『0930事件』で“君のように”覚醒しているらしいけど。ハッキリ言って不死身だ。―――そんな怪物相手に、“甘っちょろい”あの子が一人で相手取れるとでも君は思うのかな?』
つづく