とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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暗部抗争編 防衛

暗部抗争編 防衛

 

 

 

???

 

 

 

「詩歌お姉様、<妹達(ミサカ達)>が<原石>の子達を皆回収できたって! 学園都市(こっち)に戦力を集中してるから警備も薄くて全員無事! ミサカはミサカはミサカ達の分まで褒めてって撫で撫でを要求してみる!」

 

 

「わーダメ! ダメなんだよ! 今しいかを起こしちゃいけないんだよ! とうまが『ここ』にいるだけで不安定な状態になのに!」

 

 

時の流れからも、喧騒からも解き放たれたような、『不可思議な法則』に満たされた森林の中、2つの影はそんな会話を交わす。

 

 

「あの……フレメア、ちゃん。無事に保護されてました」

 

 

「あ、ひょうか! あの子、探してきてくれたの!」

 

 

「う、うん。今の、私じゃ、これくらいしかできないし……それで、ちょっと、危ないトコがあったけど、大丈夫…だったよ」

 

 

「おー、駒場の後を追いかけて勝手にここを抜け出した悪い子か! ってミサカはミサカはやっぱりミサカの方が大人だなって踏ん反り返ってみる」

 

 

「それならもう少し静かにしてて欲しいかも」

 

 

中空から控えめな女の子の声が聞こえて、突如この空間に現れるも、2つの影が怯えることはない。

 

<大天使>クラスの力を秘めているが、恐れるべき対象とは程遠い優しい性格なのはよく知ってるから。

 

 

「でも、しいか。ひょうかの『虚数』やアリサの『奇蹟』から方程式を得たって言ってたけど、本当に無茶苦茶過ぎるかも」

 

 

修道女は森を見上げて呟く。

 

この10万3000冊の魔道書の叡智を以てしても、この儀式構造は紐解けない。

 

でも、その魔術に関する部分は、自分もいくらか手伝ったので分かる。

 

古今東西『神木』を主とした神話や伝承は多岐にわたり、この森林を基盤領域とするのを得意とする魔術系統で有名なものと言えば、『ケルト』と呼ばれる十字教に滅ぼされた魔術を扱う呪術師――『森の賢者(ドルイド)』。

 

かの『騎士王物語』の大魔術師『マーリン』も『森の賢者(ドルイド)』だ。

 

『木』を操る魔術の本懐は、生命を操作することであり、『森の賢者(ドルイド)』の理念は『物質と霊魂は永遠であり、森羅万象は水と火が交互に支配し、その外形は変幻自在でありながら内容は永久不変、人間の魂は転生に委ねられている』、と。

 

現世での行いが悪ければ、その罰や報いとして、人間よりも低級な畜生へと転生され、また死後には、十字教で言う『神聖の国』と同じように、祝福に満ち足りた『妖精郷(ティル・ナ・ヌグ)』があり、そこでは魂が生前の主体、感情、習慣を持ち続けることが出来る、と信仰されている。

 

また、『森の賢者(ドルイド)』は呪術師だけでなく、哲学、数学、歴史学、地理学、法律学、詩学、演説法、それから特に自然学、天文学、医学にも通じており、戦争の調停者も行っていた。

 

そんな彼らが神聖視していたのが、(オーク)に寄生する宿木で、その宿主としている木には神が存在する。

 

つまり、宿木が生えている木は、『神から選ばれし木』であり、そこで決まった手順の儀式に基づいて、祭司が黄金の鎌でその宿木を刈り取り、地面に落さぬように白い布地で受け取った。

 

神々の不殺の約定から外れた宿木はそれ自体が魔力を宿した霊装で、その使用方法も様々だが、有名なのが『万能薬(パナケア)

 

不妊の動物に子を授け、あらゆる毒物に効く薬で、人の首にその首飾り(ネックレス)をかけただけでも病を癒やす。

 

ただ『森の賢者(ドルイド)』は、文字を記し本にまとめて残す習慣がなく、また社会に広がり薄まらぬように神秘性を維持するためにその全てを隠匿していた。

 

病的なまでに秘匿しており、技術の伝承は、全て暗号のような詩歌にまとめられて口伝で行われ、今や十字教により絶滅しているので、数少ない語り部の暗唱でしか記録が残っておらず、<禁書目録(インデックス)>でもその全容を完全に把握しているわけではない。

 

しかし、あの少女はその空気のように型に囚われない柔軟な思考とどんな形にも当て嵌まる彼女独自の生命の質から、不明な部分には他系統から引っ張ってきた魔術をパズルのピースのように埋め合わせて、この文明から失われた―――殺された魔術(ロストマジック)を己の混成独特創作術式(ハイブリットアレンジオリジナル)として甦らせた。

 

 

―――分かったのはそこまで。

 

 

今この儀式には、自分には通用しない別の世界の法則が組み込まれている。

 

かの『黄金』の結社の<シークレットチーフ>との『窓口』の役割を担ったアンナ=シュプレンゲルがたった一人で『全世界の魔術結社の設立の許可を出す』を成し得たように、これは0と1だけで表現できる域を超えている。

 

<禁書目録>の知る基本的な法則から崩れてしまっている。

 

サポートとして精々自分ができるのは、この彼女が作った『森の賢者(ドルイド)』が『幸福の象徴』としていた四葉のクローバーを十字架に見立てたお守りを握り締めて、彼女の前で祈りを籠めた聖歌を歌うのみ。

 

 

「もう、心配なんだから……早く、起きてきてほしいんだよ」

 

 

修道女の祈りにも、眠る聖母は黙すのみ。

 

 

 

 

 

街中

 

 

 

体育会系とは程遠い細身の赤髪の優男が街を徘徊する。

 

静寂な街中、この血が懐かしさを覚える匂いがする。

 

木の香り。

 

この近くに、森がある。

 

だが、目の前に広がるのは人っ子一人いないコンクリートジャングル。

 

関係者以外が立ち入らぬように誘導され、だから、ここが聖域であると当たりをつけられたのだが。

 

奇妙だ。

 

五感と六感に食い違いが生じている。

 

この場合、<木原>なら前者に従い、<鬼塚>なら後者を信じる。

 

だが、どちらの場合もこの理論的であり、直感的な『鬼原』には―――ここにいる、と答えが出ている。

 

であるなら、簡単だ、鬼塚百太郎のやる事は一つ。

 

研究者の欲求のままに、狩猟者の本能のままに、捕まえる。

 

全世界が欲し、<木原>も注目し、<鬼塚>を調伏した実に興味深い研究対象。

 

己が司る『野生』と関わりの深い『進化』へのヒントが隠されている<幻想投影(イマジントレース)>を、この手で解剖する(その肉を食らう)

 

急ぎもせず、躊躇いもせず、澱みなく静かな足取りで、鬼塚百太郎は無人の道路中央にゆっくりと進み出る。

 

全身の筋肉は適度に緩み、余計な力が篭った場所は何処にもない。

 

その一方で精神は凍えた湖水の如き静謐な鏡となって、周囲一帯の全景を映し出している。

 

聴覚より鋭く、視覚より明晰に、一切の死角なく、どんな些細な動きがあろうとも即座に見抜く野生の勘で気配を逃さず、一滴の水分さえ残らず枯れてしまう砂漠で喉の渇きを潤すものを求めるように、非自然な街の中に隠れた自然を辿っていく。

 

 

(木原・テレスティーナ・ライフラインが欲した存在、か……そういえば、先から妙な音がしますね)

 

 

この匂いに気を取られていたが、この常人の可聴域よりも広範囲に高音低音を聞き取る絶対聴覚の耳が何かを拾う。

 

いや、数時間前から拾っていたな。

 

けれども、何の効力をもたらすのかは不明だ。

 

簡単には解けない謎は、不気味に悩ませ、興味をそそる。

 

何であれ、知でくるなら解明し、力でくるなら破壊するまで、こちらを阻む対象さえ確かになれば、流れ作業で処す。

 

過大に畏れることもなく、過少に侮ることもなく、容赦なくただ排除する。

 

匂いが濃くなる。

 

この道で間違いない。

 

計画通りにいけば、裏の暗部は引っ掻き回され、表の人間も<鏖殺悪鬼>により混乱が起きている。

 

依頼された仕事であり、個人の|私用に邪魔するものは――――

 

 

 

「ったく……この付近でフレメアって子を捜してたら、厄介そうな相手に……不幸だ」

 

 

 

居た。

 

横断歩道を挟んで向こう側にいる少年を、鬼塚百太郎は、見定める。

 

ツンツンとした髪型が特徴で、意外と顔立ちは整っており、人好きしそうな印象のある顔―――だけど、ひどく情けなく、というか人を見てその態度は失礼にあたると思うが、幸せを逃がすように溜息をついている。

 

表情だけでなく、がっくりと折れた背も情けない。

 

折角の洒落たスポーツジャケットもその主人のみっともない有様では挽回もしようがあるまい。

 

一目で宝の持ち腐れという単語が思い浮かべられるような、いろいろとどうしようもない少年だ。

 

上条当麻。

 

事前に入手した、対象の最も近しい血縁者としてその素性は知っている。

 

無名の高校に通う一年生で、<幻想殺し(イマジンブレイカー)>という<失敗作り>のようなアンチイレギュラーな能力を右手に持つ。

 

ノーマルハイスペックな鬼塚百太郎には意味のない能力で、予測から<木原>な百太郎が敵ではないと判断を下し、

 

 

「ほう……これは簡単にはいかない」

 

 

その眼光を識っている。

 

直感から<鬼塚>な百太郎が、馬鹿っぽくてド素人な雰囲気『見せて』いることに警告を発する。

 

上条兄妹は揃っているから厄介だ。

 

普段、愚兄に守られているからこそ、華奢な容姿に惑わされ、賢妹の体がより一層弱く見え、強さをごくごく自然に隠される。

 

普段、賢妹に支えられているからこそ、低劣な成績に騙され、愚兄の頭がより一層悪く見え、賢さをごくごく自然に隠される。

 

油断大敵というが、一番怖いのは、自分の間違った判断。

 

大抵の相手に悟らせることなく、その術中に嵌めるとは、中々うまく出来たシステムだ。

 

そして、何よりその身体から滲み出る空気は――――闇が深い。

 

ひょうひょうとした遊び人である実兄と似た熾烈さを、覚悟する。

 

 

 

「さて、<木原>らしく、<鬼塚>を始めるとしよう」

 

 

 

 

 

第11学区 外周部

 

 

 

空が、まるで一線を引いたように晴れ間と雲天の青と白を分けている。

 

 

 

この白い線を平行に引いているのは、少し大型の戦闘機。

 

その機影は一つだけでなく、続々と総本山を目指して、空を過っていく。

 

世界各地から集まった戦力を、複数に分けて警戒されないギリギリの近場に、それぞれ名目を偽造させて、待機させていた戦闘機の短時間での軍勢終結。

 

時間を合わせるために、尋常じゃない労力から精緻な計画性と操縦技術と管理能力によって織り成した、行為によって生まれる芸術、空中の一大パノラマだ。

 

 

『<六枚羽>撃破を確認。これより当部隊は、空からの強襲へと作戦フェイズを移行します』

 

 

仲間達の健闘にパイロットはレバーを握る手に力を籠める。

 

敵機撃破の報告を受けて、すぐさま飛んでいけば、そこに立ち込めるのは1機250億の勝利の狼煙。

 

見たか、学園都市。

 

戦争とは、装備の優劣だけで決まるものじゃない。

 

『外』の技能と組織力労力資力等々、膨大かつ高度なマンパワー――超常的なものではない力、あくまで、一個の人間が集まることで発揮される偉大な、世界さえ動かすことのできる力で、この学園都市を制す。

 

部外者から見れば、公的機関に全く提出されていない飛行計画の元に、一ヶ所へ数十もの戦闘機が集中するという、軍事侵攻と取られてもおかしくないが、この施設や空港にもそれぞれ仲間が潜入している。

 

『中』への工作は難しいが、『外』は自分達の領域だ。

 

この<全道終着>第11学区侵攻特機隊の主力は、戦闘機部隊。

 

<六枚羽>撃破は、あくまで最後の障害を取り除くため。

 

ここで運良くも作戦通りに<六枚羽>を潰したが―――本当に勝つつもりであるなら、倒れた相手に、その傷口により徹底的に牙を突き立てて、致命的なまでに広げてしまうべきだ。

 

今日、勝てたとしても、明日には負けてしまうかもしれないのだから、動けない間に、二度と動けなくさせる。

 

空の守りを失った学園都市に、戦闘機部隊によるこの空からの爆撃は防げまい。

 

既に『外』と『中』を区切る壁のてっぺんからも煙が上がっており、<六枚羽>撃破後に同時進行している第13学区の地上部隊が、上手く攻略してようだ。

 

 

『―――ん。風が強いな。観測では今日は無風のはず』

 

 

そして、戦闘機部隊は壁を乗り越える―――

 

 

 

がくん!

 

 

 

―――直前で高度をいきなり下がり、落下した。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「―――ハッ、言われた通りに『煙』を吹っかけてやったが、だらしなく落ちやがって。なンだァ、こりゃ、やる気あンのかァ。『外』の奴らは夏場の蚊取り線香で落ちる蚊かよ」

 

 

<グループ>の一方通行の言う通り、一直線に突っ切っていた戦闘機が急にふらついて、壁を超えることなく、地面に落ちた。

 

 

「この煙に当てられたものは動力を失い、地上へ落ちます。超能力とはまた違ったスキルでして……一方通行さん。ウサギの伝承をご存知ですか」

 

 

燐光を放つ一枚の薄い石板を手にして、海原は言う。

 

この『ルーン』の炎に焼かれて、狼煙となって天高く舞い上がっているのは逆さまに吊るされた男の絵が描かれたカード。

 

『タロット』の<大アルカナ>の12番目――『吊るされた男』、自己犠牲の象徴。

 

そして、自己犠牲の象徴と言えば、ウサギ。

 

その空腹を満たすために、自ら炎に飛び込んで、『自分を食べて』と言い残して焼け死んだ。

 

この献身に胸を打たれた神、インドラは、ウサギを月へと送った。

 

自己犠牲(ウサギ)を火葬して、月を目指して空へと昇る煙を起こした。

 

だから、この煙幕は『天へと昇るウサギ』という意味を含んでおり、<破滅の枝(レーヴァンティン)>のマーキングのように、それに触れたものは、この今手にしている石板――<月のウサギ>による効果で(動力)を失い、墜落する。

 

正直、かなり誤魔化しを利かせているが、<聖母崇拝>から学習して、コツを得た『ルール系統の枠組みの柔軟化』で、その無理を通した。

 

戦闘機はまだ燃料には余裕があるというのに、一気に下降していき、壁を乗り越える前に不時着させられる。

 

それ以外にも、この<全道終着>第13学区侵攻特機隊は、空からの爆撃部隊だけでなく、陸から攻める部隊もいる。

 

だが、誰もこの壁を乗り越えていない、門を潜り抜けていない。

 

 

「ンで、そこで自分で自分の足を撃って、転がっている奴らは馬鹿なのか。それとも、テメェが腹黒いのか」

 

 

「はは、これもスキルなんですが、どちらかと言えば後者ですね」

 

 

ゲートの前に立ち塞がり、もう片方の手で<暦石>の絵巻を広げている海原の前で、傭兵部隊全員が携帯している武器で、己の足を撃って、行動不能の事態に陥っている。

 

そう、誰一人、死んでいない。

 

壁を越えて、街に攻撃を仕掛けようものなら、一方通行が全機撃墜部隊撃滅させていたが、出番などなかった。

 

それほどに圧倒的。

 

この『読み手』との抜群の相性によって、その力を発揮した<原典>による墜落術式と自滅術式はLevel5クラスだ。

 

一方通行も、風のベクトルを操作して、この狼煙を広域に巻き上がらせる援助もしていたが、実質、『外』の軍隊を相手したのはこの海原――――いや、

 

 

「オイ、そろそろウザったいから、その変装野郎の物真似をやめろ―――詩歌」

 

 

ギロリ、と同じ組織に属する優男の顔を真っ赤な目が射抜く。

 

その誤魔化しのきかない確信に、『海原光貴』は恍けようともせず、降参するように<原典>をしまって両手を上げる。

 

 

「おや? 言う事を聞いてくれたというか、やけに私の指示に協力的でしたから、てっきり海原(なかま)だと思われてると」

 

 

「ハッ、仲間だなンて冗談じゃねェ。アイツとは利害が一致してるだけだァ。それ以上でも以下でもねェンだよ。役立たずだったら切り捨てる。裏切ンならぶち殺す。だから、本物だろうが偽物だろうが関係ねェ。自分でやらねェなら、無理にでもツラをひっぺ剥がす。その『顔』もアイツのスキルだっつうのは知ってンだよ」

 

 

「おー、怖いですね……で、どこで分かりました? 割と演技には自信があったんですが」

 

 

「すぐだ。アイツが近づけば重圧を感じることがあったが、妙に大人しい。咆え癖のあった犬が、飼い主が変わっただけで態度が従順に変わったようになァ。っつか、軍一つを無力化するなンて、海原にしちゃあ出来過ぎだ。それにな、アイツは、俺の事を名前でなンて呼ばねェンだよ」

 

 

「ああ、それはうっかりです。でも、あー君が魔力のベクトルも感知できるようになっていたのが分かったのは収穫ですね」

 

 

そうして、マスクを脱ぎ取るように『海原光貴』の仮面護符を解除すれば、変装だけでなく服装も体格も変わり、そこにはやはり、一方通行の思った通りに今朝壇上で見たのと同じ姿の上条詩歌がいた。

 

 

「で、これは一体何の真似だ。三度目はねェっつたろォが。今すぐぶっ潰して病院送りにしてやってもイインだぜェ」

 

 

「残念ですが、私は<玉虫(サイキック)>と<木霊(オカルト)>を組み合わせた『分身体』です。あー君の相手は、『本体』の仕事です」

 

 

だからこれはノーカウント、と落ち着いた声で一方通行のやる気を殺がす。

 

 

「それで、私の仕事は、あー君に殺しをさせないためです。ここで、この部隊を殺して全滅させれば、学園都市が科学サイド全てを力で押さえつけることはできますが、まがりなりにも彼らは彼らの正義を掲げている。この方達の遺族へと負の連鎖が繋がりましょう。殺生は最小限に、けど、インパクトは最大限に。後は、先輩の外交に任せれば十分です」

 

 

「チッ、フランスでの仕返しかァ」

 

 

アビニョン侵攻で鎮火しかけていた火種を暗部介入により再燃をさせるような真似をさせないために。

 

そして―――

 

 

「もちろん、虐殺による反感を招くのを防ぐだけでなく、個人的にあなたの手を汚したくなかったのもありますけど」

 

 

そこで、くすりと少し嬉しそうに笑うと、

 

 

「でも、最初から海原さんじゃないと気づいていたのに、手伝ってくれるなんて、やっぱりあー君は『友達』ですね」

 

 

「……違ェ。単に雑魚の相手をすンのが、メンドくさかっただけだ。勘違いすンじゃねェ」

 

 

「ということは、私が止められると信じてくれたってことですね」

 

 

「………」

 

 

ああ言えばこう言う。

 

一方通行は閉口する。

 

図星を突かれたからではなく、暴かれたのではなく、ただコイツの偽善に付き合うのが面倒だからだ。

 

ああ、そうだ。

 

何と言おうが、コイツは都合の良い方に解釈する。

 

こっちの都合なんてお構いなしに、突き進む奴だというのは前々から分かっていたはずだ。

 

絶対的な悪を目指す己には、相容れない………

 

 

 

「あー君、上条詩歌はもうあんな目には遭いませんから」

 

 

 

……本当に。

 

 

「では、そろそろ時間切れです」

 

 

もうひとつお願いです、と。

 

 

「じゃじゃ馬な力ですが、詩歌さんは調教――調整が得意です。この『本』も大人しくするように読み効かせてありますが、借りたものですから早く返さないと。いつもの病院の――号室にショチトルさんとその友達と一緒に突っ込んでおいた本物の海原さんにね」

 

 

これを返しておいてください、と石板と絵巻を緑色の大きな葉でくるんだ。

 

繭か蛹、あるいは果肉によろわれた種のように幾重にも防護葉が重ねられた丸い球体を一方通行に預けると、『分身体』は光となって、散り去った。

 

 

「……チッ、海原とは仲間じゃねェつったのに。結局、アイツの馬鹿は直ってねェじゃねェか」

 

 

一方通行は、信頼して預けられたものに向かって、愚痴を吐き捨てる。

 

 

「で、覚悟しておけよ、あの優男――――」

 

 

 

 

 

 

 

その後、病院の一室に、雁字搦めに拘束されて、本物の見張り役を頼まされた知り合いに石刃で、

 

 

『借金を押し付けておいて今日まで一度もその顔を見せなかったとは、なぁ、エツァリ。女子中学生にうつつを抜かすのがそんなに忙しいのか?』

 

 

『い、いや、違うんですよショチトル! この街の『闇』に潜り込むので必死で! それよりもこんな事をしている場合じゃないでしょ! それから借金って何ですか!?』

 

 

『とぼけるな! 借金返済のために私が一体今日までどれほどあの小学生に馬鹿にされたことか……! 最新機種を扱えるからって何だというんだ!』

 

 

『その苛立ちは私に向けられるものではないような……』

 

 

『ええい! だいたいその気持ち悪い敬語もなんだっ!! エツァリ、お前の本来の喋り方はそんなものではなかっただろう!! いつからそんなすけこましになった!!』

 

 

『これは角が立たないように身につけた癖で。情報収集にはこちらの方が都合がよく。決して、女の子に気にいられたいとかそういうものでは』

 

 

『その口調で、これ以上弁明はするなよ、エツァリ。今にもその顔を剥いでしまいそうだ』

 

 

『え、ええっ! ちょっとこれは地の顔ですよ!?』

 

 

そのツラを剥ぐ――髭を剃る剃刀のように(拷問的に)撫でられていた時に救いの、

 

 

 

『海ァァァ原くゥゥゥゥゥゥゥゥん!! なァに遊ンでンのかなァ!!』

 

 

 

ではなく、窓からその顔面めがけて八つ当たり――じゃなくて、悪魔の宅急便で、とあるアステカの少年へ送り物が届けられた。

 

 

 

 

 

第13学区 外縁部

 

 

 

第11学区の<六枚羽>撃墜の戦火は、学園都市を囲む戦場に、劇的な変化を引き起こしていた。

 

第11学区、第13学区、第17学区、第19学区と4方同時に<全道終着>が進撃を開始したのである。

 

それと直面する立場である治安維持は未だに混乱中で対応が遅れており、まだ到着していない。

 

幼稚園や小学校などが多い第13学区は特に<警備員>の警護が厳重で、学園都市のイメージアップ戦略のパンフレットにもよく利用されている。

 

その隣にある第2学区は爆発物や兵器などの試験場で武器が貯蔵されており、今はそこに滞在している駆動鎧部隊はいない、また第15学区はマスメディア関連が集中している。

 

ここを占領し、学園都市攻略の足掛かりとする。

 

だから、ここから攻める<全道終着>第13学区侵攻特機隊は、目標達成の為なら『どんな手段も問わない』断固たる決意を持った精鋭たち。

 

だが、思想さえもぶっ飛んでしまうような痛快極まる衝撃に、自分達がいかに甘かったことを、指揮官らは思い知らされることになった。

 

有象無象が幾ら集まろうと、この漢をどかすこともできない、という事実によって。

 

 

 

「―――しまった! 第2位とやっていたら遅くなってしまった!」

 

 

 

音は上空から。

 

きゅるきゅるぎゅるぎゅると、爆弾の落下してくるような音。

 

だが、降りてきたのは片手に少年を持った漢で―――地表に激突。

 

 

 

っどおおおおおおおおおおおおおおおんっ!!

 

 

 

隕石落下に匹敵する。

 

堅牢な大地が、トランポリンのように波打ち、跳ねた。

 

跳ね上がり、漢は再び地面に落ちる。

 

<ブロック>に従う先頭隊が、第13学区攻略の主力部隊と切り離された。

 

 

「ちょ、ちょっと待つッす! 何で俺が連れてこられてんすか!?」

 

 

どういうわけか、Level5同士の戦いに巻き込まれて、ドレスの女に囮にされて、そのままあれよあれよと連れてこられた<スクール>に所属しているゴーグルの少年は音速を軽く超える速度に付き合わされ、もう立てない。

 

その状態で、戦場に飛び込めば、いくらなんでも理不尽だと騒ごう。

 

だが、『捕まえたけど、時間もないし、逃がすわけにもいかないのでそのまま連れてきた』少年の悲鳴を漢は気にもせず、

 

 

「垣根さーん! 俺ピンチっす! お願いですから助けに来てくださーい!!」

 

 

気にせず。

 

 

「子供達を狙おうとは、根性が全っ然! 足りてねぇな!」

 

 

そして遅れを取り戻すように――――

 

 

 

 

 

 

 

「す、すげぇ……全く意味がわかんねぇっすけど、すげぇ」

 

 

数分後。

 

腰を抜かすゴーグルの男の前で、<第七位(ナンバーセブン)>、削板軍覇は門前の広場で直立していた。

 

門の左右、学園都市の壁前方に積み重なった人間の山は、ダンプカー衝突にも耐えられた自慢の装甲をぶち抜かれた装甲兵が白目をむいて気絶という戦闘不能になったなれの果て。

 

そして、何もない広場とは、その場に在った兵器の悉くを打ち砕き吹き飛ばした、何もない破壊の痕跡。

 

光景の意味を知りながら、なおも装甲兵達は押し寄せる。

 

いくら仲間達が倒れようと、まるで意に介さず、断固たる決意のまま取り囲み、押し潰さんと殺到すると、一斉に短機関銃を発砲。

 

ドパパパパパッ!! と数秒で50発の弾倉を空にするペースでの9mm弾フルオート連射の嵐が殺到。

 

 

「躊躇いなく嵌め打ちするとは、やっぱ根性が足りてねぇな。あるいは我慢か? 我慢が足りてねぇのか? だから、こんなつまらねぇモンを起こしたのか!!」

 

 

けれども、蜂の巣になるどころか漢はビクンビクン震えるだけで倒れもしない。

 

9mm口径の弾丸がそれぞれ秒間10発連発で叩きこまれる衝突エネルギーが一体どれほどのものかは分からないが1発で金属バットでフルスイングに匹敵する猛打で総身を殴りつけている訳で、その学ランがたとえ防弾使用でも、こんな直立仁王立ちをし続ける現象は紛争でも見たことがない。

 

 

(……何故、死なんのだ、この男……まさか身体が鉛でできているのか!?)

 

 

「ちっ、そろそろうっとおしい!!」

 

 

そして、そんな彼らの走る足下、削板軍覇を中心とした地面が、

 

 

「だァァァらっしゃァァあああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 

拳を振り落としたと同時、瞬間的に山となって飛び出た。

 

幻術の類ではない。

 

説明の出来ない力が叩きつけられて、一気に空高く土砂を巻きあげたのだ。

 

ぶち当ったものをぶっ飛ばす何かは、次々と軍勢を吹き飛ばす。

 

乱戦、などという生易しいものではなく、世界中から集められた無数の傭兵達と、その前で孤軍奮闘する削板軍覇、ただ一人。

 

圧殺、という言葉を具現化したかのような、絶望的な多対一だ。

 

だというのに、実際には個人が軍勢を、圧倒、している。

 

 

「下がれ! あの少年に近づくな! あれはLevel5序列第7位の能力者だ!」

 

 

「くそっ! 第7位っつうことは、一番最下位で最弱じゃないのか!」

 

 

Level5の順位付けはあくまで貢献度であり、実力とは関係ない。

 

先もこの第7位は、序列では5つも上の第2位と大バトルを演じていたのだ。

 

ようやく第13学区侵攻隊は、このLevel5の中でもとりわけ正体不明な世界最大級の<原石>相手に、正面からのぶつかり合いなど論外であると悟った。

 

積極攻勢に出る必要性が生じたとしても、よほどの仕掛けで固めなければ悪戯に負傷者を出すのみで、効果など得られるはずがない。

 

故に<全道終着>第13学区侵攻特機隊は数の利を生かしての消耗戦に移行しつつ、少しでも潜入に成功し、<ブロック>と合流した先頭隊が作戦成功するための時間を稼ぐ、方針で動くことにした。

 

 

 

「―――待て! 冥土の土産だ。下がる前に本物の根性を見せてやる」

 

 

 

脅威に背筋を凍らせた途端、不吉に地面が鳴動し、初めて第7位が腰を捻り溜める構えを見せる。

 

傭兵達は、その数々の戦いを経て鋭敏となった本能から、徐々に不吉が現実の危機へと変じている事に気付いたが、既に遅い。

 

蜃気楼なのか、目の錯覚なのか、幻術なのか、削板軍覇の前で、重々しく景色が捩じれ始めたのである。

 

一回転の間に、より絞り込んで凝縮した何かが二次元的な壁ではなく、三次元的な塊となり、それを砕くイメージで。

 

 

 

「―――手巻きパンチ!!!」

 

 

 

何かが音速を遥かに超える速度で真っ直ぐ突き抜けた。

 

削板軍覇が反動でざざっと後退するほどの圧。

 

鼓膜を裂くような破裂と衝突が一点に生じ、後方の滞在基地に用意していた兵器が残らずスクラップとなった。

 

 

「ふぅー……これぞ詩歌さんから頂いた手巻きから思いついた学園都市第7位の新必殺技。体の前に敢えて不安定な念動力の壁を作り、それをさらに根性を籠めて巻いて凝縮させてから、全根性を乗せた拳で刺激を与えて壊すことによって、爆発の余波を遠距離まで飛ばす。<念動砲弾(アタッククラッシュ)>を超えた<念動弾廻(アタックトルネード)>とはこの事だァァああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 

ドバーン!! と語られる冥土の土産。

 

しかしゴーグルの男は冷静に、

 

 

「いや、それって無理っすよね。不安定な念動力の力場に刺激を与えるだけじゃ、そういう反応しないはずっすよ」

 

 

だが軍覇は、フッ、と純粋な笑みで、

 

 

「根性だ。手巻きのように丸めて拳に根性を叩きこむんだ」

 

 

「だから、精神論とかでどうにかなるモンじゃないッス。ちゃんと理論的に」

 

 

「根性だ。根性が熱くなれば人間は一段成長する」

 

 

「え、っと……これの演算は」

 

 

「根性だ」

 

 

「そうッスね……根性ッス」

 

 

例え常識が通じなくても、長いものに巻かれろは間違っていない。

 

激突の余波だけで、竹トンボのように高速回転しながら飛ばされた装甲兵達の一人は震える唇で、

 

 

「手巻きって……せめて、…ちゃんと……やられてか、った―――」

 

 

と力尽きて、気を失った。

 

計測不能な威力よりも、『お弁当の手巻き』が発想源となった正体不明な論理に、第13学区侵攻特機隊とゴーグルの男は気持ちが折れた。

 

 

 

 

 

第17学区 外縁部

 

 

 

第17学区は、学園都市で使われる工業製品の製造に特化した学区で、そのほとんどが機械による自動化されているため、人口は極端に少ない。

 

また接した第21学区は学園都市の水源とも言える場所で、そのライフラインを占領すれば、多大なダメージが与えられよう。

 

故に、ここを攻める第17学区には鋼鉄の城のように巨大な工場地帯を平野に解体し、貯水用のダムに穴をあけ、決壊させられるような重厚な直立戦車を主流とする機械兵部隊。

 

5、6mもの戦車のような無骨な体につけられた腕には、杭打ち機(パイルバンカー)重機関銃(マシンガン)狙撃砲台(ライフル)火炎放射(フレイムランチャー)といった兵器。

 

 

 

―――だが、<全道終着>第17学区侵攻特機隊は、たった2人の少女の前で停止していた。

 

 

 

「そ、その制服はまさか常盤台の……」

 

「ああ、その顔は<大覇星祭>でみた第3位と第5位……」

 

「Level5が、2人も……」

 

 

 

訂正。

 

なんと少女が2人も、<全道終着>第17学区侵攻特機隊の前に立ち塞がっていた。

 

 

「ぷふぅー♪ 御坂さん、とっても怖がられてるわぁ~♪ やっぱりぃ、乱暴力満載な素性は誰にでも分かるものなのねぇ~☆」

 

 

「食蜂の目はやっぱり節穴のようね! アンタも怖がられてんのよ! その黙ってても隠せない底意地の悪い性格を!」

 

 

追記。

 

少女達は大変仲が悪い。

 

先輩からもらった特注の木製ヘッドフォンを装着している御坂美琴と食蜂操祈は、直立戦車の軍勢を見もせず、口喧嘩に夢中になっている。

 

そんな態度に、じっくりと腰を据えられるほど傭兵の気は長くない。

 

ただ作戦遂行のため、この『外』の最新科学兵器として、才幹を振るう。

 

 

「集中砲火だ!」

 

 

彼女達のいる一点に向けられる力の応酬。

 

弾丸と炎と爆弾と掃射と、死という形で。

 

だが、その直前で砂鉄の粒子を巻く風が起こる。

 

風はすぐに暴風、さらには大嵐となってさらに周囲の金属物を巻き込み、2人の少女を完全に覆い隠した。

 

その寸暇の後、

 

 

 

ドガアアアアアン!!

 

 

 

と、巨大な炎がその表面で炸裂した。

 

でも、砂鉄の制御は揺るがない。

 

漆黒に吹き荒れる嵐は学園都市最高の電磁波制御の持ち主である<超電磁砲(レールガン)>によるもので、今はそれをさらに凝縮し結合を強化した微細な粒子の奔流は鉄壁の防御力を誇る。

 

今も決して威力の低くはない……どころか、街の一角をも消し飛ばしたであろう、直立戦車の放った集中砲火をまともに受けて、びくともしていない。

 

続いて灼熱の爆発が立て続けに起こるも、その熱に弱いはずの磁力のたずなを途切れさせることなく、一切の乱れも見せない。

 

 

「なら、今度は直接押し潰すんだ!!」

 

 

杭打ち機で仕留める。

 

そして―――凄まじい力の流れを感じた瞬間、大気を切り裂く大電流の爆音が轟いた。

 

 

 

パン! パ! パパッ! ガン!! ガガガガガガッ!!

 

 

 

それは最早、稲妻などという生易しいものではなかった。

 

練り上げられた無数の電撃が連なる、津波よりも高い高電圧の障壁。

 

全てを切り裂き、砕き、焼き払い、迫る、雷の大瀑布。

 

間近で迫れば、直視など不能。

 

最後列で第17学区侵攻特機隊は全員目と耳を塞ぎ、それが止むのを待つ。

 

過ぎ去り、荒野と化しながら進んだ電流のカーテンは前に飛び出した無人機械兵を破壊。

 

これは怪物(ただのLevel5)を超えた常識外の怪物クラス。

 

その耳につけた木で作られたヘッドフォンは駒場利徳が使用している物と同じで、第1位の<ミサカネットワーク>の並列演算デバイスと<幻想御手(レベルアッパー)>の共有ネットワーク技術を用いており、――――と投影接続し、演算補助及び生命供給を受ける<幻想進化(レボリューション)>。

 

ただし、<幻想御手>とは逆に相手に合わせる<幻想進化>を使うという事は彼女に過負荷(オーバーロード)がかかるという事であり、

 

 

「手加減なしで一気に決めるわよ、食蜂。アンタが傭兵達(ゴロツキ)の相手をしなさい」

 

 

「はいはい。パワーアップしている私の超天才力でちゃちゃっと終わらせるから、御坂さんはそっちの機械兵(ガラクタ)を片付けてよねぇ」

 

 

再追記。

 

この2人、性格的には仲が悪いが、能力的には相性が良い。

 

それに両者とも、この街が踏み荒らされるのを黙って見過ごす性質ではなく、あの兄妹の支援者だ。

 

まずは、あの雲川芹亜の言論スキルを遥かに超えた精神系操作を可能とする食蜂操祈がその手にある<心理掌握(メンタルアウト)>を制御するリモコンのスイッチを押し、

 

 

 

―――印象操作。

 

―――標的誤認。

 

―――好悪反転。

 

 

 

戦場全域に億千万の心網を張り巡らせ、全員を地面に伏せさせる。

 

次に御坂美琴が先の一撃で場に滞留している電磁波を繋いで、

 

 

 

―――電子操作。

 

―――電気遮断。

 

―――電波介入。

 

 

 

戦場全域に億千万の電脳の支配下に置く。

 

ゆっくりと両腕を広げていくのと、連動し、巨大な雷光の翼が開き始める。

 

それら全て<自分だけの現実>より、直接に外界へと繋がる神の見えざる手。

 

瞬間。

 

水面に落ちた一滴の波紋のように、その開花した不可視の手は駆け巡り、視界に存在する機械の動きが停止した。

 

 

 

 

 

第19学区 外縁部

 

 

 

第19学区は再開発に失敗し、第10学区と同じく寂れた学区。

 

蒸気機関や真空管などの技術を専門とする研究機関が立ち並び、全体的に街並みは前時代的で古い―――だから、その分警備も甘い。

 

そして隣接する第6学区、第14学区などには観光客や留学生が多く、ここで問題を起こせば、海外からの収入人材に少なからずの影響を与えるだろう。

 

しかも、第14学区の先の外来からのVIPを招く第3学区には、今、学園都市と同盟を組んでいる英国の第三王女がお忍びで来ている、と聞いている。

 

もし彼女に何かあったとすれば、同盟は決裂し、学園都市は孤立する。

 

都市内でのゲリラ戦に秀でて、政治的な判断もできる、孤高の狙撃手――砂皿緻密には及ばないもののそれでも歴戦の者たちが集まったのがこの<全道終着>第19学区侵攻特機隊。

 

<全道終着>第19学区特機隊の装甲兵達はその壁を、門を突破しようと―――だが、ここにも怪物クラスがいた。

 

予知により、警備拠点の薄い四方に配置されたのは、どれもが怪物以上の戦力を有していたが、ここにいるのは少年少女が一人、二人ではなく、誰もが歴戦の、と枕詞がつく戦闘集団―――鬼塚組。

 

その大幹部<十二支>は各々が恐ろしく強いを意味する『悪しき』と呼ばれるほど何かしら一芸を極めており、ご意見番とお目付役の『巳』と『未』を除いて全員が武闘派であり、その総戦力は学園都市の治安維持部隊である全<警備員>にも匹敵する。

 

そして、それらをまとめる現組長は―――

 

 

「かかか、これはこれは仰山きおったの」

 

 

「―――ぬっ! 貴様はあの<赫鬼>ッ!? ―――」

 

 

その時、カチッと音がなる。

 

特機隊の一人が迂闊に踏んだ地面が轟音と共に爆発し、夥しい数の金属の礫が、それこそ銃弾も同然の勢いで浴びせかけられる。

 

さらに、それが連鎖爆破し、第19学区侵攻特機隊全体を四方八方から滅多打ちにする。

 

 

「ほう、今のでミンチにならないとは……旦那。これはお嬢の報告通り、中々の防御力のある装甲です。『丑』の<鋼鬼鎧>とまではいきませんが手古摺りますな」

 

 

「なら良し。儂はそっちの方が加減など面倒な真似はせんで済むからな」

 

 

背が低く、片足が義足となっている眼帯の男、北野真臼。

 

<十二支>の『子』で戦闘に関する軍師役であり、爆弾と爆破が得意な『悪しき爆弾魔』で、過去には本家に仕掛けられた爆弾をそのまま本人に返して自爆させたこともある。

 

その愛用している<鬼髭鬼気一発>という樽型クレイモアは、鬼塚組の武器開発を一手に引き受けている狂職人の『午』の唯一彼の作品ではなく自前で、その調合は誰も把握していない(それでも狂職人は大凡は分かっているのだそうだ)。

 

その一掃炸裂によって一個に当たり直径2mmの鋼鉄球が1000個を周囲に撒き散らせば、普通の防弾チョッキでは一瞬で原型を留めない挽肉となり果てたであろうが、彼らの装甲は地雷を踏んでも生還できるほどの耐久性を誇っている。

 

と、その時、鬼塚組が耳を押さえた。

 

飛翔体が高速で落下してくる、風切り音が空の彼方から聞こえてきていた。

 

 

「うむ。この爆弾が落ちてくる音は間違いない。―――迫撃砲じゃ! 全員中に引っ込め!」

 

 

直後、足が力浮くような震動と爆音。

 

それが連発して轟き、鬼が島のような鋼鉄の砦の陣を揺らす。

 

十発、三十発を優に超える。

 

土埃と硝煙が舞い散り、そして、50発を超えた所で、ようやく鳴り止んだ。

 

 

「大丈夫ですか! 旦那!」

 

 

注意深く周囲の気配を探り、唯一避難せずに皆を押し込んだ組長の姿を探せば、ゆらりと影一つ。

 

 

「いやはや、派手な爆撃じゃったのぉ……―――まあ、この程度の爆弾で助かったが」

 

 

鬼塚鳳仙が、両手に抱えた砲弾を一つ二つと床に並べていく。

 

そういえば、ウチの旦那は狙撃系統で傷を負った事がないお方だった、と呆れ半分頼もしさ半分の様子で真臼はそれを指差し問う。

 

 

「旦那。これはキャッチボールするには大き過ぎませんか」

 

 

「何、近くに落ちてきたんで捕まえたんじゃが、直撃すると儂の『鬼が島』に傷がつくんでな」

 

 

それよりも御身を大事にしてください、と言いたいが呆れて声も出ない。

 

とにかく自分も耳鳴りはしている以外は、特に異状がなく、衝撃波のような音と振動から痺れた身体も立ち直る。

 

 

『―――親父。3km先の―――ビル屋上に狙撃手を確認した』

 

 

「おお、儂も5人確認したぞ。―――うむ、任せた。その肩を撃ち抜いてやれ」

 

 

『了解だ、親父。チャカを持てん身体にしてやる』

 

 

鳳仙は上を向き、手を振った。

 

 

 

学園都市の壁の頂上。

 

突風を受け、真っ直ぐ立ち、大型ライフル――<火鬼>の引き金に指をかける男の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

「くっそ。なんだあの男。こっちが確認しただけで7発も受け止めやがった! ありえねぇ! まあいい、今のは挨拶代わりだ。こ砲身が冷えたら、第二派で滅多打ちにしてやる」

 

 

傭兵は砲身の照準は調整せず、挑発的に指鉄砲を赤髪の大男へ向ける。

 

迫撃砲による精密砲撃は至難の業だ。

 

装填機構なんてものはない、言ってしまえばただの鉄筒である迫撃砲は、その中に砲弾を落とし、落下の衝撃で激発し、飛んでいく。

 

それが迫撃砲の仕組みの全て。

 

それを5人で織田の鉄砲隊よろしく交代交代で絶えさせることなく連射してみせたが、

 

銃弾のようなライナー性の弾道ではなく、高角度の放物線で目標を狙う迫撃砲では、どうしても集弾が散らばってしまう。

 

このおよそ3kmもあればその誤差は数百mにもおよび、精々広大な陣地でもない限り、目標地点に落すのは難しい。

 

おそらく、あの砂皿緻密でもなければ、無理だろう。

 

……いや、そういえば、あと一人、砂皿緻密に匹敵する―――

 

 

「うぐぉっ!?」

 

 

瞬間、傭兵は肩を押さえて蹲った。

 

狙撃だ。

 

下の正規兵のように動きの邪魔になるので特殊装甲はつけてないがそれでもこの防護服を貫くほどの威力に、この精度。

 

しかし、相手は落ち付いて考える間も与えずに次々と別の傭兵の肩を撃ち抜いていく。

 

 

「な……なんだ? どこから飛んできた?」

 

 

「あそこだ! 壁のてっぺんだ!」

 

 

「おい、あそこまで2マイル先だぞ」

 

 

距離3kmからの超精密射撃。

 

普通じゃない―――そうだ。

 

あれが孤高の狙撃手の砂皿緻密と肩を並べる<十二支>の『戌』、『悪しき狙撃手』。

 

なるほど、噂には聞いていたが、予想以上の化物だ。

 

そうして、火渡犬獣により迫撃部隊は行動不能に陥った。

 

 

 

 

 

 

 

東条には英国から来た生粋のお姫様の三女、蛸牛と烏山にはばあさん――親方最中の護衛を任せている。

 

 

「―――さて、そろそろこちらも攻撃に移ろうか」

 

 

鬼が島――砦が動く。

 

いや、よく見れば全て鋼鉄製の、大型コンテナと見える車輪付きの箱が無数、互いを太い鎖で連結した、幾重にも連なる円陣だ。

 

過去の戦乱時代で、鬼塚組と呼ばれる傭兵集団は各地を転々と移動したという。

 

その為に、戦に重要な陣造りも、『そのまま持っていく』というきわめて簡潔な方法をとっていた。

 

稼働する城壁のような多数にして一つが、堅守という言葉の具現―――<鬼輪(キリン)>。

 

馬車、車や戦車など代を重ねるごとに形が変わってきているが、現代において、その形は列車。

 

その円陣の連結が解除され、エンジンの制限が解除される。

 

 

「兄貴! まずは何処へ行きますか」

 

 

<鬼輪>の操縦手、猪南健。

 

<十二支>の『亥』で、『悪しき暴走族』。

 

<鬼輪>の先頭の上に直立する鳳仙はビシッと前方に指差し。

 

 

「決まっとる。獲物が仰山乗るとこじゃ」

 

 

突進に先んじて幾十もの鉛弾が撃ち込まれるが、砦の如き列車はびくともしない。

 

そのまま第19学区侵攻特機隊の直前で曲がり急ブレーキ。

 

最後列が勢いのままに流され、装甲兵達を薙ぎ巻き込みながら跳ねていき、やがて、再び○を描くように最後列が最前列と連結し、円陣の砦ができる。

 

ただし、今度は、装甲兵達は外ではなく、鬼が島の中―――本陣が、そのまま敵陣に食われた。

 

もう、逃げられ、ない。

 

 

「叔父様。場所を整えてきて参ります」

 

 

<鬼輪>から人影が飛び出した。

 

どう控えめに見ても10m以上の距離を跳躍しており、地面に着地した―――と思った時にはそれはもう、装甲兵の1人に接近し、その変形槍で肩の、関節部を刺し貫いていた。

 

 

「場所をあけなさい」

 

 

黒服に身を包んだ、東洋系の若い女性。

 

視線だけで相手を刺し殺しかねない、恐ろしく鋭い目つき。

 

髪は、床に届きそうなほど長い三つ編みが二つ。

 

 

「組長が参ります。死にたくなければ、武器を捨てて降参しなさい」

 

 

軍師である『子』、狙撃手である『戌』であっても、鬼塚組の大幹部クラスの武闘派は銃火器を持たない戦闘も得意だ。

 

真の強者は、近接戦を好むという独特の思想が根付いているからである。

 

その先端部分に四角い箱の付いた槍から放たれる殺気は、歴戦の傭兵達であっても息をのむほどの濃度。

 

迂闊に動けば―――

 

 

「ふさけるな! 貴様の方こそ――――「黙れ」」

 

 

一閃。

 

槍の届かない場所で、引き金を引く方が早い―――だけど、その銃器は肘の関節部の隙間を挿し込んだ刃先に阻止され、腕が切れた。

 

槍が、伸びたのだ。

 

『鬼彫製変形突撃槍』<兎角(とにかく)>は、あの『鬼彫製戦闘用義手』と同じく鬼塚組の大幹部<十二支>の『午』、<鬼彫>の狂職人の馬面一目の爆発的な高出力推進装置が取り付けられている。

 

その突きは、弾丸よりも速い。

 

『酉』と1、2を争う俊足を持つ、<十二支>の『卯』、因幡螺美(いなばらび)

 

その異名は『悪しき串刺嬢』。

 

そして、その強者が露払いをし足場を制圧してから無言で一礼して迎える主が、

 

 

「かかか、これでようやく舞台は整った」

 

 

『統括理事会』の1人―――だが、それは権力者というよりも、まるで世界の転覆を企む革命家の如き異相。

 

途方もなく濃密な圧迫感を放つこの男が、鬼塚鳳仙。

 

<獣王>の隔世遺伝した怪物で、早さでは<聖人>には及ばぬが腕力では――人類と数えるなら――世界上位に入る轟力無双。

 

その手の界隈の御伽噺のような逸話があり、西洋の蒼き傭兵と双璧をなす、極東の赫い極道。

 

逃げようにも鬼が島の<鬼輪>に包囲され、既に<鬼髭鬼機一発>が列車付近に仕掛けられ、上からは<火鬼>の狙撃手が狙いをつけている。

 

長大な鬼の金棒――<貪鬼>を振りかぶり、鳳仙が動く。

 

 

 

「―――あとは幕引きだけじゃな」

 

 

 

ドッパァ!! という轟音が、鬼が島で炸裂した。

 

 

 

 

 

あすなろ園

 

 

 

『うんうん。<大覇星祭>が終わってから、涙子さんの『能力開発』に付き合ってみましたが、上達してますね』

 

 

『でしょ! いやー、最近調子が良いなーって自分でも思ってたんですけど、これならあたしもいつか婚后さんを超えられるかなー、って』

 

 

『それは難しいです。光子さんも光子さんで頑張ってますし、その成長も著しい。正直、パワー勝負になると詩歌さんでも相手は難しいですね』

 

 

『あははー……ですよねー。うん、あたしが常盤台のトップランカーの婚后さんに張り合おうだなんて夢見過ぎですよね』

 

 

『ふふふ……―――じゃあ、少し自信がつけるように我が常盤台中学のトップランカーについてお話しましょう』

 

 

『え、御坂さん達の話ですか? 前に鬼塚先輩が四天王とかいってた』

 

 

『はい。御坂美琴さん、食蜂操祈さん、鬼塚陽菜さん。この三人の能力は(カエル)(ナメクジ)(ヘビ)と同じなんです』

 

 

『それって、つまり三竦みってことですか? ヘビは動けないカエルを一飲みにして、そのヘビの毒が効かないナメクジがヘビを粘液で溶かしちゃって、けど、ナメクジはカエルの舌で簡単に捕まっちゃうって話ですよね』

 

 

『ええ。さらに詩歌さんのイメージを詳しく補足すれば、カエルが美琴さんで、ナメクジが操祈さんで、ヘビが陽菜さんですね』

 

 

『あー……何だかそんな気がします。御坂さん、ゲコ太好きですし』

 

 

『ふふふ。美琴さんの<超電磁砲(レールガン)>は電磁波を操る能力ですが、磁力は熱により弱化し、その雷撃の一撃も陽菜さんの<鬼火(ウィルオウィスプ)>には負けます。でも、そんな陽菜さんを操祈さんの<心理掌握(メンタルアウト)>の前では、リモコンのスイッチ一つで支配されてしまいます。それで美琴さんの電磁バリアには操祈さんの精神干渉を遮断します。―――けど、これはあくまで能力だけと限定した想定の話です。涙子さん、涙子さんは“あの三人がまともに三竦みになると思いますか?”』

 

 

『えっ、それは……』

 

 

『確かに苦手な相手でしょう。けど、それでも彼女達は彼女達自身の力に絶対的な自信を持ってますよ』

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ! どうなってやがんだ! 作戦通りでは、あの<失敗作り(ウィルス)>による<乱雑解放(ポルターガイスト)>で、この街の能力者(ガキ)共はとても抵抗できる状態じゃないところまで追い込まれてるはずじゃねーのか!」

 

 

棚川中学の担任である大圄先生にお願いされて、詩歌さんの壇上演説を見に行くのにコンサートホールに付き添いして、ちょっと皆にお菓子でも何か作ろうかなって台所に入ったら―――あすなろ園が<警備員>とは異なる装甲服に身を包んだ男に占拠されてしまった。

 

 

「(春上さん、枝先さんからは何か)」

 

 

佐天は声を潜めて、隣の女の子に尋ねる。

 

今回、付き添ったのは、佐天涙子の他に春上襟衣に枝先絆理。

 

春上と枝先は特別に結びつきの強い念話が可能で、この騒動をあの男に気づかれずにいち早く察知して、キッチンの影に隠れられたのも佐天と一緒にお菓子作りをしていた春上が、子供達と遊んでいた枝先の危険信号を受け取ったからだ。

 

佐天は、このドア一枚先の状況がどうなっているのかが気になるが、

 

 

「(あの人、やっぱり<警備員>じゃないみたいなの。一人なんだけど、銃を携帯していて、それで先生の頭を叩かれて、子供達が怯えちゃってて、こっちは大人しくしてるしかないって絆理ちゃんが……)」

 

 

そっか、と佐天。

 

やはりここは<警備員>か<風紀委員>にでも連絡して、親友の初春や白井さんがすぐに助けに来てくれるのを待つしか……

 

 

「けぇどよぉ、流石にここにいるガキどもまではそうはいかねーだろ。俺だけでもたぁっぷりと可愛がってやれる。人質にとって、それを見せつける。マスコミも利用して、世界中に大々的学園都市のイメージダウンキャンペーンだ! ひゃっはー! ガキどもを拷問するのは久々だから楽しみだぜ!」

 

 

ひぅっ、と子供達の怯えが、ここまで震えが伝わる。

 

どうしよう。

 

まずい、このままじゃ白井さん達が来る前に子供達が危ない。

 

あの第13学区の門を危機一髪で潜り抜けたからか興奮した落ち武者ならぬ落ち傭兵は、嬉々として、嵌めを外す。

 

 

「(佐天さん! このままじゃ絆理ちゃん達が危ないの!)」

 

 

「(春上さん。落ち付いて。初春には連絡したから、だから……!)」

 

 

「(でも……)」

 

 

分かってる。

 

間に合わない可能性が高いことも。

 

そこで、佐天は周りに何か飛ばせそうなものを探す。

 

佐天涙子は、物体に『噴出点』を作る<空力使い>の能力者だ。

 

 

(この台所で手頃なのは、この消火器……でも)

 

 

ダメだ、と佐天。

 

常盤台中学の婚后光子なら、このドア越しから飛ばしたって、傭兵を一撃でのすだけの出力があるだろうけど、同じ能力でも佐天涙子の出力では間に遮蔽物が無くても、あの硬そうな装甲服には弾かれてお終いだろう。

 

だったら、ヘルメットを外している頭を狙うか?

 

それも、ダメ。

 

精度もそうだけど、奇襲でもない限り、頭をピンポイントで狙った飛来物は、首を傾げただけで避けられたらお終いだ。

 

その後は、男の短機関銃でバババーッと自分は蜂の巣に……

 

こちらのチャンスは一回きり。

 

それを使うにしても、使わないにしても、時間と共に状況は悪化していく。

 

佐天は、いつもポケットに入れている母のお守りを握り締めて、

 

 

(こういう時、詩歌さんや御坂さんなら……)

 

 

改めて実感する。

 

こういった相手に勇敢に立ち向かえる凄さを。

 

自分の身体が一番大事だ、と言ってくれた母さんだけど、自分は彼女達に憧れて……

 

 

『詩歌さん! あたし、いつか絶対に詩歌さんの役に立って見せます! もしあたしの力が必要な時はいつだって言ってください!』

 

 

『ふふふ、涙子さん。その時が来たら、頼りにしてますよ』

 

 

ごめんね、とお守りに言う。

 

怖くて足が竦みそうだけど、ここで立ち止まりたくない。

 

ここに頼れるヒーローはいない。

 

だから――――

 

 

 

「あたしが、佐天涙子が『棚川の英雄(エース)』になる」

 

 

 

その時、佐天は思い出す。

 

 

『もしも自分一人の手で足りない時。自分一人の足だけでは前に進めない時。どうしても自分の頭だけでは考えられない時は―――私が手を貸します。足を頭を貸します』

 

 

あの演説を、

 

あの言葉を、

 

あの勇気を、

 

 

 

――――大丈夫。私が力を貸します――――

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「おい。そこの一番年上のガキ。こっちにこい」

 

 

指名され、枝先は少しだけほっとした。

 

子供達じゃなくて、自分で。

 

パニックになって泣いてしまえば、事態は最悪になる。

 

枝先もまだまだ子供だけど、それでもここは一番上の自分が毅然としなければ。

 

そして、

 

 

「今っ!」

 

 

「うおっ! 何すん―――テメ、銃を!」

 

 

春上から念話で伝えられた作戦通りに、枝先は男の銃を持つ腕に飛び付いた。

 

 

「くそっ、が! 離しやがれ!」

 

 

(離すもんか!)

 

 

少しでもチャンスを作るために、男がもう片方の腕で背中を思いっきり叩くが枝先は必死にしがみつき、離れない。

 

そして、

 

 

「―――これでも喰らえぇっ!」

 

 

春上が扉を開け、佐天が――――放った。

 

傭兵は反応するが、そこには“何もない”。

 

だが、

 

 

「がっ―――」

 

 

硬いものが頭に直撃した。

 

消火器ではないが、バレーボールのような感触。

 

だが、その程度。

 

首も取れてないし、意識も飛んでない、ちょっと後ろにたたらを踏んだだけ。

 

すぐに傭兵は枝先を振り解き、血走った眼で短機関銃を佐天に向け、

 

 

「このガキ、よくもやっ――――あぐっ!?」

 

 

がくん、ときた。

 

視界が狭まっていく。

 

急に意識が飛ぶ。

 

何でもないのに、あの程度の衝撃で意識を飛ばすなんてありえるはずがない。

 

けど、息が、苦しい―――

 

 

「どうだ! 佐天涙子特製の二酸化炭素玉は!」

 

 

佐天の狙いは脳天を揺らしての気絶ではなく、高密度の二酸化炭素吸引による昏倒。

 

消火器は飛ばさなかったが、使わなかった訳ではない。

 

佐天は、大気を圧縮してそれを弾にできる<風力使い>の資質もある<空力使い>。

 

まだ空気中から二酸化炭素だけを抽出するなんて真似はできないけど、消火器―――そこに入っている火災消火のための二酸化炭素ガスを圧縮する事はできる。

 

 

『涙子さん。弱さを卑下するのではなく、苦手を意識するのではなく、今はもっと自分の持ち味を信じなさい。光子さんにはできないことを涙子さんはできるんですから。―――それに小さな力で、大きな力を倒すなんて面白いですよ。詩歌さんはそれが大の得意です』

 

 

あの時、空耳かもしれないがあの人の声がして、恐怖に震えていた気持ちが消えて、思考がクリアになり、能力演算にいつもよりも集中できた。

 

火事場の馬鹿力みたいなもんかな、と思うけど、もしかしたら、とも。

 

その声音は、灰かぶり(シンデレラ)に一歩踏み出す勇気をくれたものだから。

 

 

―――だが、まだつめが甘かった。

 

 

 

「がああああ! くっそ! こんくらいで倒れてたまるかっよ!」

 

 

 

興奮でアドレナリンが過剰分泌―――精神が、肉体を、凌駕する。

 

傭兵は、皆と喜びを分かち合っていた佐天に向かって、飛びかかっ―――

 

 

 

「ほう……寄ってみて様子がおかしいと思ったら、こういうことか」

 

 

 

―――ろうとして、捕まった。

 

眼鏡を光らせた常盤台中学で最恐と謳われた寮の管理人に……

 

その後、傭兵が“とてもコンパクトに折り畳まれて”、<警備員>に渡された。

 

 

 

そして、以後、佐天涙子は<空風飛弾(エアミサイル)>の『棚川のエース』と呼ばれるようになった。

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

「ミハエルさん、この人、本当に身ぐるみはいだだけで大丈夫なんですか?」

 

 

「ああ、この『鬼道術』という魔術(オカルト)……不可解な現象は、この武器と、その腕輪が原因だからな」

 

 

「売ったらどれくらいします?」

 

 

「やめろ。この娘は情報源でもあるが、<鬼道>との交流に必要なものだ」

 

 

「反応が途切れた! クソお嬢、奴の研究室から見つけた『ハーネス』の発信機が途切れた!」

 

 

「―――よし! ここからは私一人で行く」

 

 

「おい、どこに居んのか分かってんのか!」

 

 

「大丈夫さね。今日の私の勘は冴えてる。――――それにあの子が呼んでる」

 

 

 

つづく





【挿絵表示】


下手な物描きですが、向こうで載せていた表紙です。

データをチェックしていたら、発掘したので載せてみました。


と。


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