とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

241 / 322
暗部抗争編 裏切

暗部抗争編 裏切

 

 

 

???

 

 

 

「―――ば、化物!?」

 

 

銃を撃たれた。

 

だが、止められない。

 

この程度では、殺されない。

 

 

「ふん……」

 

 

腰を抜かし、怯える男を叩きのめす。

 

おそらく、あの子達を捕まえに来たんだろうが、もうすでに彼女に預けている。

 

こうして、傷ついた所を見られて、無用に心配させる必要もないので、先に預けておいて良かった。

 

存分に、やれる。

 

まだ、動ける。

 

 

「では……行くか。けじめを、つけに」

 

 

 

 

 

 

 

「……にゃあ」

 

 

 

 

 

路地裏

 

 

 

変わったな。

 

 

いや、変わってきてる、が正しいのか。

 

以前とは、空気が違う。

 

何というか、怖さ、がない。

 

慣れない人間が、昼間でも足を踏み入れるのを躊躇するような、暗い人気のない所を通ろうとする際に感じる不気味さや寂しさがない。

 

ゴミも転がっておらず、本当に、表通りとの違いは、明るさくらいか。

 

ゴミ捨て場にカラスが群がり、散乱した生ごみが辺りに悪臭を振り撒き、やたら低空で我が物顔で飛び回るカラスに辟易した事もあったし、悪酔いしてその場で盛大に胃の中身を吐き散らし、驚いた野良猫共が走り去って行ったりする雑然とした、あまり好きにはなれない立ち寄りがたいものが改善されてる。

 

ここに澱んだ空気が、新しい風に一掃されていくように。

 

裏社会の世界が少しずつ変わり始めている。

 

あの『三巨頭』がいなくなり、また路地裏世界はトップ争いで殺伐としたものになるかと思っていたんだが、平穏だ。

 

もちろんガラの悪い奴もいるけど、昔のリーダーがいた時のように、かたぎの学生を襲うような真似は見かけない。

 

むしろ、清掃活動とかしているトコなど、浦島太郎的体験をすることもある。

 

 

(一体、あれから何があったんだ? 半蔵がここまで上手くまとめられるとは……)

 

 

あの人は、女子供には手を出すなと声かけしていたけど、それは力とリーダーシップがあったからこそで、不満のあった奴もいるはず。

 

女や暴力でむしゃくしゃを晴らしたいって野郎も当然いた。

 

奥の方へ進めば進むほど、昼間から飲んだくれた目つきの悪いゴロツキ共がいたが、楽しく駄弁っているだけで、誰かに喧嘩を売ろうとする気配がない。

 

この辺りは<警備員(アンチスキル)>のパトロールから外れている場所だというのは有名な話で、袋叩きにされても誰も助けてくれず救急車は来なかったこともある。

 

なのに、浜面仕上はヘラヘラした顔で挑発的な視線を飛ばしてくる不良に出会っていない。

 

 

 

この、自分が、ここまで、誰にも、喧嘩を、売られていない。

 

 

 

「よう、浜面!!」

 

 

声を掛けられ、振り向けば、そこには懐かしい、恩人の顔。

 

自分の姿を見て、心底驚いて、次には、再会を喜びを浮かべる。

 

 

「……半蔵か?」

 

 

以前、同じ<スキルアウト>のメンバーとして、共に行動していた仲間で、自分達の参謀だった少年。

 

半蔵家の跡取りだか何だか知らないが、情報通で、今はここらのまとめ役のはずだ。

 

浜面はこの変わった路地裏について、半蔵に訊いてみる。

 

 

「なあ、どうなっちまったんだ? ここら辺はもっと殺伐としたモンになってっと思ったんだが」

 

 

「ああ。しばらくここから離れてたから驚いたんだろ。最近、新しく入った『統括理事会』が路地裏社会に詳しくて、<スキルアウト>を仕切ってんだが、そいつが結構話が分かる奴でな。つか、ヤクザなんだよ」

 

 

なるほど。

 

真面目で堅物なのよりも、昔ヤンチャしていた元ヤンキーな教師の方が打ち解け易いのと同じだろう。

 

今の社会は意見の多様性というが、道を踏み外さずエリートな人物が『上』に立つのが普通で、こちらの事情など一切考えてくれることがなかった。

 

けど、今、自分達と同じ裏社会側で、義を通す人間がこの街の『上』に立ったことで、自分らの事情に融通を効かせてくれたり、居場所を保護してくれたり、不満を聞いてくれたり、面倒を見たりしている。

 

完全に健全でクリーンとは言えないが、それでも理解者がいてくれるだけで、社会への反抗も小さくなるし、余裕が出ればモラルも出て、犯罪への歯止めになっている。

 

もちろん、反抗するものもいるだろうが、過剰な規則や制限は、かえって首を絞める事もあるのだ。

 

 

「……それに、あの『学生代表』もLevel差別に取り組んでいるようだしな。ここらが綺麗になったのも、つまんねぇ諍いが減ったのも、俺達みたいな馬鹿を馬鹿みたいに説得したからなんだぜ」

 

 

直接現場に赴き、一人の人間として口論を交し、時に少女だと思って舐めてお痛するような奴には拳を交し(その者達は、『ありがとうございました!』とフルボッコされた後に何かに目覚めさせる意識改革もさせたが)、今では力で押さえつけられていた外様を除く駒場一派だった人間は彼女についている。

 

 

「へぇ……あの子が」

 

 

自分達の都合で攫ったあの少女。

 

話は聞いた事はあるが、浜面が実際に会った事はたった一度しかない。

 

向こうはきっと自分の顔なんて覚えてないだろう。

 

でも、このLevel0の<スキルアウト>にも変化を及ぼすほど影響力。

 

それほどの天上人は、半蔵が言うからにはきっと良い娘なんだろう。

 

 

―――でも、もう少し早かったら、駒場さんは……

 

 

その先は、思考を閉ざす。

 

もし、と考えても、結局、もう自分は戻る事は出来ないのだ。

 

彼女は自分の都合の良い幻想じゃない。

 

勝手にこちらの希望を押し付けるのは間違っている。

 

 

「それで、浜面」

 

 

半蔵は神妙な調子に替え、

 

 

「戻ってこないか。あいつらだって、あの時は熱くなってただけで、もう誰もお前のコト責めてねぇさ。Level0でも強い奴はいるんだよ。あの第1位だって、俺達と同じLevel0に倒されたっつうしさ、もしかしたらソイツだったかもしれねぇぞ」

 

 

「……、」

 

 

確かに。

 

あの男は強かった。

 

ただ強いだけでなく、自分とは芯が違った。

 

確固たるものが一本通っていて、決して揺るぎない。

 

だから、囲んでも、浜面仕上は一度も倒せずに負けた。

 

だからといって、第1位よりも相手にしたくなかったと言えば……

 

 

「過去に縋るほど綺麗な道を歩んじゃいねぇさ。ま、俺が計画を練って、お前が足を確保して、駒場さんが襲撃の指揮を執って……ってやってた頃が楽しかったのは認めるがね」

 

 

「そうだな」

 

 

浜面は感情を消した声で言う。

 

 

「認めるよ。クソみてぇな生活だったが、まだあの頃は楽しかった」

 

 

「……なあ、お前に謝りたいって言ってる奴もいるんだよ」

 

 

……そう言われても、どこへ転がり込んでも同じな気がする。

 

今、ここは良い方向に変わり始めていて、<スキルアウト>の自分には戻れない。

 

だから………

 

 

「―――っ」

 

 

寸前の所で言葉を呑みこむ。

 

腰のポケットが震えた。

 

……分かってる、分かってるよ。

 

浜面仕上が今どこにいるのか、そして、ここに何をしにきたのかを。

 

ちゃんと分かってるから、

 

 

「……久々に、顔が見たくなったな。案内してくれねーか。皆がいる新しい『隠れ家』に」

 

 

 

 

 

風紀委員第177支部

 

 

 

『学生代表』狙撃未遂の聴取とか後始末で、てんやわんやな<風紀委員(ジャッジメント)>第177支部。

 

狙撃手の砂皿緻密はその手の界隈では有名な傭兵で、そのまま<警備員>ではなく、とある『上層部』の老人―――ハックした所、貝積継敏の元に(もう一人のステファニー=ゴージャスパレスは、じゃんじゃん巨乳<警備員>が護送に来た際、とても微妙な顔で迎え入れられた)。

 

 

「あーうー、始末書始末書! 事件を解決したというのに、やること山積みですわー! これじゃあ、大お姉様の元にみっちりしっぽり二十四時間体制で警備ができませんのよー!」

 

 

で、犯人逮捕でお手柄だった同僚の白井黒子も今回の件で色々と始末書を書かされている(基本的に<警備員(おとな)>は子供たちを危険な目に遭わせたくないので、例え能力者でも銃器を持った相手をさせるのは禁止)。

 

とりあえず、『学生代表』が無事でよかった、と初春飾利は思う。

 

 

「シャワーから、浴槽まで、もちろん、ベットも。ウうぇっへっへっへっへ……」

 

 

ついでに、この同僚を缶詰にできてよかった、と思う。

 

しばらくすればきっと頭を冷やしてくれる……だろう。

 

 

「あ、そういえば、そろそろ時間ですねー」

 

 

初春はスチール製の机の上に載った愛用のノートパソコンに、渡されたUSBを挿し込む。

 

この中にあるのは、あの人が音楽ソフトによる『共感覚』でネットワークを構築する<幻想御手(レベルアッパー)>を作成した木山春生と共に作成した音声ファイル。

 

これが一体何なのか、一度聞いてみたところモスキート音のようで初春には分からないが、初春にできるだけ学園都市全域に流してほしいと<風紀委員>としてではなく、初春飾利個人にお願いされた。

 

その<守護神(ゴールキーパー)>の腕を見込んで。

 

初春飾利は超人でもないし、Levelも低い。

 

だが、電子情報世界においては、非公式だがLevel5をも撃退してのけた<風紀委員>最強のハッカーだ。

 

 

(程度によりますが、これがバレたら私も白井さんと一緒に始末書ものなんですけどねー)

 

 

けど、やる。

 

今の自分の力がどこまで通用するか分からないが、これが少しでも支えになるのなら、初春飾利は全力であの人の力になる。

 

自分には全容を話してくれないけど、きっとあの人は皆の事を見ている。

 

 

(ま、発見されないかがハッカーの腕の見せ所でもありますし、そう簡単に痕跡残して捕まりませんけどねー)

 

 

 

 

 

隠れ家

 

 

 

場所は地下二階にある倉庫。

 

野球ができそうなほどの拾い空間を天井から吊るされた裸電球が照らしている。

 

半蔵が連れてきてくれた<スキルアウト>の隠れ家。

 

 

「後ろ暗いところのある奴が地下を好む理由って、本当かね」

 

 

「さあな。それが本当なら、そいつは無意識の内に天を避けているのか、あるいは地の底にあるモンを欲してるかのどっちかだろう」

 

 

だったら、ここでほっとしている自分は前者……いや、“どっちも”だろう。

 

 

「俺は屋上にある隠れ家候補を探してきたけど、そういったのは狙われ易い。どんなに侵入者用の罠をしかけてもその建物ごと吹き飛ばされたら終わりだからな。それに何分、大勢の人間を集めるのはここしか無くてな。ま、出口は数ヶ所あって、複数同時に封じられない限り脱出は容易だし、爆破などで生き埋めになる心配も少ない。ここは見た目以上に良く出来ててな、堅牢な城みたいなもんだ。吹き飛ばすのにも相当量の爆薬か、それに匹敵するようなモンが必要だろうよ」

 

 

久々に浜面と会えたからなのか、半蔵は饒舌だ。

 

長い道のりも飽きさせないように、また元気のない自分を励ますように、会話を途切れさせない。

 

多分、仲間達に会いづらいのだろうと思われているのだろう。

 

……良いヤツだ。

 

流石にここは違うんじゃないか、と浜面が言い出したくなった時に、会社が夜逃げした後のような様相の一軒のビルに立ち止まり、平然と三分の一だけ開かれたシャッターを潜り抜け、真っ暗な駐車場のような所を進み、さらに長い階段を降りて行くと、一気に広い空間に出た。

 

それが、この倉庫を利用した<スキルアウト>の隠れ家だった。

 

 

 

「はい、道案内、ご苦労様」

 

 

 

ここに浜面の前に懐かしい、また新しい面々が集まった時、出入り口の扉は激しく揺れた。

 

<スキルアウト>はもっとも近くの出入り口へと、視線を集中させる。

 

巨漢の男が扉に近寄り、荒っぽく何か叫んでいるが、浜面は何も聞こえない。

 

 

ああ、もう終わったんだと。

 

 

再び、扉が揺れた。

 

合金製の扉の向こうから、何か硬い物同士がぶつかるような、そんな衝撃音が何度も響く。

 

これではまるで、誰かがドアを壊そうとしている?

 

一際大きい衝撃音が響き、警戒する巨漢の前で扉は完全に外れた。

 

向こうには誰が、と確認しようとした巨漢の顔面に靴底が沈んだ。

 

それは外れた出入り口から突然飛び出してきた長い脚の仕業だった。

 

その衝撃に大きく仰け反り、潰れた鼻を抑えて苦しげに呻く巨漢。

 

悲鳴を上げても容赦せず、その隙を逃さず、次に現れた小学生くらいの少女が、巨漢の顎をかち上げた。

 

その小柄な身体に合わない強烈な一撃に天井に頭が突き刺さんばかりに飛んで、巨漢は周りのテーブルを巻き込みながら、床に落ちる。

 

 

「いきなり不細工な顔が見えたから思わず蹴っちゃったけど、問題ないわね」

 

 

「ええ、超問題ありません、麦野」

 

 

巨漢を蹴った張本人は、麦野沈利。

 

ドアを突き破り、その巨漢に追い打ちをかけたのが、絹旗最愛。

 

そして、押し開いた彼女らに続いて、木製達磨を抱えた滝壺理后も姿を見せた。

 

 

「大丈夫? はまづら」

 

 

敵対者だ。

 

<スキルアウト>らはそれぞれ武器を手に取る。

 

 

「麦野だと超殺してしまうかもしれませんし、ここは私が超手っ取り早く片付けます」

 

 

「ん、お願い、絹旗」

 

 

けれども、彼女達には凶器など目に入らないのか、あるいは見えているからこそなのか、最年少の絹旗は武器を持つ<スキルアウト>に接近。

 

途中、近くにあった数十kgはありそうな重さのテーブルを片手で持ち上げ、ものすごい勢いで投げつけた。

 

バガン!! という轟音が響き、何人かが巻き込まれた。

 

怯ませ、悪魔の如き素早さで、<スキルアウト>をワンパンチで気絶させ、薙ぎ払っていく。

 

まるでロープアクションのように12歳ぐらいの彼女にふっ飛ばされていくが、絹旗最愛は怪力なのではない。

 

Level4の<窒素装甲(オフェンスアーマー)>。

 

空気中の窒素を自在に操り、纏わすことで身に迫る危機を自動防御する強靭な装甲に、その極めて強大な圧縮した窒素の塊を御する事で自動車も持ち上げられ、弾丸すらもキャッチできる。

 

ただ効果範囲が、体から数cmまでが限界なので、見た目では『手で持ち上げているように』見えてしまう。

 

 

「逃げろ! 今すぐここから脱出しろ!」

 

 

恐怖で顔じゅうから脂汗を流す。

 

自分らには手に負えない常軌を逸した相手だと、彼らも察したのだろう

 

すぐに別の出入り口へ、

 

 

「本当、面倒な仕掛けがいっぱいだったけど、結局、この出入り口以外は全部封鎖したって訳よ」

 

 

最後に、破壊工作を得意とするフレンダが滝壺の後ろから登場。

 

以上、この4名が<スキルアウト>を袋のネズミに追い込んだ招かれざる客、<アイテム>。

 

そして、

 

 

 

「おーい、浜面。お前も早くこっちへ来い」

 

 

 

ここに裏切り者が1人。

 

 

 

 

 

車内

 

 

 

適当にそこらにあった車を盗難して浜面がハンドルを握って移動中。

 

 

「んー? 結局、これは何で動いてんのー?」

 

 

「あががが!? 虫歯はねぇですよ。だから、フレフレ、口を抉じ開けるのはやめあがががが!?」

 

 

「気になりますね。中身も超空っぽですし」

 

 

「空っぽ……って、お絹。ティンクルちゃんの中身は子供の夢とかそういう目には見えないもんが詰まってるものと思いやがれ!」

 

 

「だったら、夢魔(バク)? ―――あ、もしかして、今眠いのも、さっき枕代わりにした時に……」

 

 

「タッキーからもらったのは涎だけですよ。それから脱力してるのはいつものことでやがりますよ」

 

 

助手席には麦野が、その辺のタクシーと同じファミリータイプの4ドアなので少し窮屈かもしれないが後部座席に、絹旗、滝壺、フレンダ……あとその3人に遊ばれている喋る達磨人形。

 

突然、ビービーと鳴る電子音が麦野のポケットにある携帯端末から聞こえた。

 

 

「なあ、それ放っておいて良いのか?」

 

 

「良いって良いって。私らがやらなくたって別の誰かが対処してるよ」

 

 

その後もしつこくピリピリ音が出続けたが、痺れを切らした麦野が一喝。

 

当然、<アイテム>のスケジュール管理しているマネージャーのような電話の主も今、『左方のテッラ』の死体捜索で駆動鎧部隊が忙しく、手も足も出せずに大変なので、も、

 

 

「この依頼、トマス=プラチナバーグっつう『統括理事会』から直々のモンなんだろ。それに、私ら<アイテム>は学園都市内の不穏分子の削除・抹消がお仕事」

 

 

『っつてもねー。ここ最近、そっちの方が何か怪しいのよねー。あの大っ嫌いな<スクール>とも繋がってるって聞くし。この私の頭を悩ませるものは全て地球から消えてしまえばいいのだーっ!!』

 

 

「はいはい、<アイテム>の業務は『統括理事会』を含む『上層部』暴走の阻止もありますよー、この仕事が終わったらそっちの方もやりゃ良いんでしょ、ったく。ちょうど良く『餌』もいるし、すぐに終わるわよ」

 

 

がははははーっ!! とお山の山賊頭のような野蛮な笑い声に、『ホントにあれが組織のまとめ役でいいのか』という表情で麦野は通話を切る。

 

それから、浜面に、

 

 

「そういうわけで、浜面、今から路地裏を屯って、不良共の秘密基地を見つけましょ」

 

 

新たなリーダーとなった半蔵は人を引き付けられる求心力とか魅力とかそういったカリスマはない。

 

基本は、孤独を好み、所詮は、脇役に徹するのが彼のポリシーだ。

 

けど、<スキルアウト>らの影の参謀であり、賢い。

 

<警備員>に見つかるような目立つ場所に集会場を開く真似はしないだろうし、ちょっと探してみただけでは見つからないような基地を用意できるはずだ。

 

事実、ここ2、3日、<スキルアウト>の集会を探してきたが、見つかっていない。

 

だから、浜面仕上。

 

浜面はここら路地裏界隈に詳しいし、半蔵のやり口も知っている。

 

けど、麦野が頼んだのは、案内ではなく、餌役だった。

 

 

「浜面。アンタ、ここであった掃討作戦の後に追い出されちゃったんでしょ。蛸殴りにされて、放置されて、病院にも自分の足で行って……ま、リーダー役の人間がああなったら仕方ないんだろうけど、それでも浜面に全部責任を負わせるなんてねぇ。暗部が出たら、もうその時点で不良共にはどうしようもないっつうのに」

 

 

同情するように麦野が言う。

 

あの事件で、浜面は<スキルアウト>に恨まれている。

 

半蔵が庇ってくれた後も、見つかれば喧嘩を売られ、日ごろの鬱憤を晴らすようにサンドバックにされる。

 

今もそこらを彷徨えば、同じ目に遭うだろう。

 

誰も自分のせいで失敗した、だなんて思いたくない、責任を逃れたい、だから誰かを吊し上げて、不満の捌け口にする。

 

だから、浜面はこの街を捨てて、この街から逃げようとし―――

 

 

「でもな。まだアイツらが不穏な動きとかしてるって確定した訳じゃないし。もしかしたらその依頼人の方が」

 

 

「だったら、どっちも潰してやればいいだけ。別に浜面のためじゃないし、仕事だから気にしないでいいわよ。<スキルアウト>を潰すののあくまでついで。まあ、浜面には滝壺を助けてもらったし、口を割らすのにちょっと拷問(せっとく)が強引になるかもだけど」

 

 

―――<アイテム>になった。

 

 

「じゃあ、期待してるわよ、浜面」

 

 

冷徹な宣告の後、さらに温度を下げる麦野の声。

 

横から耳元に流し込まれるそれは、まるで愛の言葉のように甘く粘着質で、しかし、猛毒を孕んだ怪しい声音。

 

聞いてはならない、そう分かっているのに。

 

なのに。

 

その口の端が三日月に吊り上がるのを見てしまった。

 

もう、彼女から視線を外すことはできず、その言葉からは逃げられない。

 

 

「昔の仲間に会うのが怖いかもしれない」

 

 

けれど、と唇は動き。

 

絶え間ない猛毒を、垂れ流し続ける。

 

 

「あなたは何も悪くないし」

 

 

陰惨な笑みを浮かべる麦野の姿には、まるで現実味を感じられない。

 

 

「何も気にしなくてもいい」

 

 

何もかもが遠く、不確かで、曖昧。

 

 

「だって、もう浜面は<アイテム>なんだから」

 

 

髪と同じ茶色みがかった大きな瞳が視界に入る。

 

表情とは裏腹に、熱をもった瞳。

 

そのギャップがさらに頭を混乱させて、

 

 

 

「後の事は<アイテム(私達)>が後腐れの無いようにしてあげる」

 

 

 

結局、浜面はこのままアクセル全開に踏み込んで、<アイテム>を誰もいない場所へ連れて行く事は出来なかった。

 

 

 

で。

 

 

 

「そこ! コソコソ、と誘惑して、ラブコメってやがってんじゃありませんよ、むぎのん。ハマーは運転中なんだから、余所見させるなです!」

 

 

 

と、空気の読めない達磨人形が後部座席から苦情(どういうわけか、バックミラー越しの滝壺の視線が怖い)が来て、麦野はスライドするように自分から視線を外した。

 

そして、眼差しで追うだけでは足りなかったのか、麦野は手を伸ばして実際に達磨人形を掴み上げると、

 

 

「……おい、ラブコメって何の事だぁ? 木魚達磨!」

 

 

ミシリ、と。

 

 

浜面は忠告された通りに脇目を振らずに前を向いた。

 

すぐ横で怒っ気怒気(ドッキドキ)な空気を感じるも、浜面は見ない。

 

 

「は、ハマー、助けやがれです!」

 

 

「良し。安全運転だ。安全運転」

 

 

「ティンクルちゃんが大ピンチでやがりまままままあああああ」

 

 

運転に集中しているので、一体すぐ横で何が起きてるか浜面には良くわからないが、自業自得の達磨人形の声を、後ろの3人は聞こえない振りをした。

 

 

 

 

 

隠れ家

 

 

 

<スキルアウト>は、弱い。

 

無能力者は、超能力者に敵わない。

 

例え何人いようが、軍隊一つを持ってこなければ、彼女達に敵いはしない。

 

駒場利徳もLevel5に戦いを挑んで、散っていった。

 

 

「浜面……」

 

 

半蔵が唖然と、<スキルアウト>らがこちらを懇願するように見てる。

 

それを麦野達<アイテム>が見てる。

 

悪ふざけでも、喧嘩でもなく、浜面の体は小さく震えている。

 

 

「おいおい、何て顔してんだよ、雑魚供。お前らはそこにいる浜面を追いだしたんだろ。袋叩きしたんだろ。だったら、憎いだろ。復讐したいって思うのは当然だろ」

 

 

麦野の言葉に、<スキルアウト>らは口を閉ざした。

 

 

追いだした?

 

袋叩きにした?

 

憎い?

 

復讐?

 

 

言葉の意味に尻込みする。

 

考えた事がなかったと言わない。

 

憎くないなんて言えない。

 

仲間だった俺を、追放したコイツら。

 

そんな相手に対しての復讐、歪んではいるけれどそれは、道理に通った行動だ。

 

ここまできて、そんな覚悟は自分にない。

 

でも、可能性は捨てきれない。

 

恨む気持ちを溜め込めば、それはどんなきっかけで爆発するかも分からない。

 

その導火線を、彼女達は持っている。

 

後は、自分がこいつらから離れれば、火種が点けられる。

 

暗く落ち込み始めた心、それを全て把握しているというように、

 

 

「浜面、早くこっちに来い」

 

 

悪魔の如き女帝の笑みを浮かべる麦野が、悪魔の取引を持ちかけている。

 

ここでかつての居場所に決別するのだ。

 

そうすれば、もう自分は楽になれる。

 

本当に、ここから解放される。

 

 

 

 

 

それでも。

 

分かっていても、理解したつもりでも、身体は震える。

 

 

「……つっ」

 

 

喉がカラカラに渇き、上手く呼吸ができない。

 

それは、あの時、武装兵器相手に死を覚悟した時のようで、しかし二度と立ち止まる訳にはいかない。

 

進むにせよ戻るにせよ。

 

逃げられはせず、停止し続けるのも許されない。

 

麦野を除く他の3人、滝壺、絹旗、フレンダは何も言わない。

 

こういう時に何か喋れよ、と空気の読まない達磨人形も車を降りて以降、電池を抜いたように急に大人しくなっている。

 

俺はどうすればいいのか。

 

本当に、浜面仕上は何がしたいのか。

 

 

「つっ、きっ……!」

 

 

うまく言葉が出ない。

 

まるで空気そのものがなくなったような感覚に、知らず鼓動が早まる。

 

どれだけの間固まっていたのか。

 

どうしても動けないままでいる。

 

浜面は、本当にここに来るまで誰にも喧嘩を売られなかった。

 

誰でも良いからいちゃもんをつけられて、そいつらの基地に連れ込まれるのかと思ってたのに。

 

かつて、出ていく直前のこの路地裏にいる人間は、血走って濁った瞳で、それに自分は激しく罵られた。

 

しかし、今日ここに来てみたものは違う。

 

それはとても自暴自棄になったものたちのものには見えず、まるで赤ん坊のような、力強く澄んだ瞳だった。

 

俺を、浜面仕上をリンチした時の狂相とは程遠い。

 

そして、『すまなかった』と謝り、またやり直そうと手を差し出してくれた。

 

 

「うっ……くっ……!」

 

 

一度言葉を飲み込み、考えて、しかしそのままではいられず、何でもいいから言い放とうと口ごもったその瞬間。

 

 

「そろそろ時間切れね。ま、どっちにしろアンタらは仕事で潰さなきゃいけないのよ」

 

 

麦野が、動く。

 

こちらを待たずに導火線に火をつける。

 

 

「無理やりに命令してあげる。浜面、そこをどかなかったら、アンタも一緒に潰すわよ」

 

 

歪んだ笑顔で、優しく宣告した。

 

Level5の矛先が自分に向けられた!

 

身体が動かない。

 

あの時、殺されかけた恐怖は、あまりに根深い。

 

黒い銃口が脳裏に浮かぶ。

 

死が形をもって浜面仕上の人生に幕を降ろすために現れたかのような、等身大の恐怖。

 

そして、それらを蹂躙した圧倒的な超能力者、<原子崩し(メルトダウナー)>。

 

死の恐怖すらも呑み込んだ圧倒的な恐怖。

 

動けない。

 

何もできない。

 

逆らえない。

 

あの武装機動兵ですら相手にならなかった。

 

それに殺されかけた自分ならばもっと楽に潰せるだろう。

 

俺は、俺の物語は、ここでまた終わろうとしているのか。

 

ぐるぐると様々な感情が渦巻いて、混乱して。

 

 

「行けよ」

 

 

ドン、と背中を押して一言。

 

危うく前に転びかけた浜面は振り向けば、そこにはやはり半蔵。

 

そして、敵意の失せた<スキルアウト>ら。

 

 

「何躊躇ってんだよ、この馬鹿。死にたくなかったら、つまんねぇプライドや同情なんて捨てちまえ」

 

 

「どうしてだよ。俺はまた<スキルアウト>をダメにしようとしてんだぞ」

 

 

「そういうのは、お前の台詞じゃねぇよ。こうなったのもお前の抱えてるモンに気付けなかった俺の失態だよ」

 

 

半蔵はつまらなさそうに、

 

 

「安心しろよ。俺はお前を恨まねぇし、これでお相子になるならちょうどいいじゃねぇか」

 

 

他の奴らの顔を見る。

 

自分を袋叩きにした人間さえ、いや、彼らから先に武器を捨てている。

 

 

「…………………」

 

 

浜面は背中を押され、<スキルアウト>と<アイテム>の中間に、立ち止まる。

 

そりゃアイツらのしたことは……正直今でも許せない。

 

恨みをぶつける権利はあるだろうし、この復讐に正当性があるのは、アイツらだって分かってる。

 

納得はできなくても、理解はできる。

 

だから、悔やんでいる。

 

 

 

でも、ここでコイツらを同じ目に遭わせて何が変わるというのか。

 

 

 

自分はもう新しい場所を見つけてるし、今はもう戻る気はない。

 

恨みはある。

 

けれど、その先はない。

 

恨んでいるからっていちいちやり返していたら争いなんてなくならない。

 

 

(……いや、そんな格好良い理由じゃないな)

 

 

もう自分は帰らない。

 

それはあの時、この街を出ようとした時に決めたはずだ。

 

だから、これ以上、昔のことをウジウジと引き摺って悩むなんて、いかにも面倒だ。

 

俺は追い出された、でもこうして生きている。

 

少し寂しいが、ここは変わり始めている、自分がいなくてもやっていけてる。

 

だから、終わり。

 

それ以上、<スキルアウト>、望む事なんてない。

 

変えるのは――――

 

 

「なあ、止めようぜ」

 

 

―――こっちだ。

 

浜面は向き直る。

 

<スキルアウト>を後ろに背負い、<アイテム>に対峙する。

 

 

「こいつらは、関係ねぇよ。『外』の奴らとも繋がってねぇ」

 

 

この遺恨は、自分のもの。

 

その自分が、もういいと。

 

彼女達の能力も彼女達のもので、この甘ったれな自分のものではない。

 

復讐なんてさせたくないし、理由にも使わせない。

 

Level0(俺達)の命はこんなに軽くない。

 

だから、後は<アイテム>としての仕事で、今こうしてみれば、不穏なものは感じない。

 

きっと元があの駒場利徳の仲間だったからだろう―――けど、それは浜面仕上の私見だ。

 

 

 

「あっそ。じゃあ、アンタごとぶっ潰してあげるわね」

 

 

 

 

 

???

 

 

 

豪奢な高層ビルを丸々一棟占有し、維持費は全て税金から賄われている官邸のような、ある『上層部』の事務所。

 

その主は、まるでお城の謁見の間のようなワンフロアを丸々使った華美で広大な一室で、王様の寝具のような巨大なベットで寝転がっている。

 

あの『0930事件』で『悪魔』に襲撃された傷は既に癒えているが、この怪我のせいで一時期持ち場を離れたせいで、この立場が危うい。

 

『統括理事長』にとって、いくら『上層部』といえど、自分達は代えの効く駒に過ぎない。

 

……アレイスターめ。

 

そして、今、その内の一席が減らされようとしている。

 

 

「―――ちっ、狙撃は失敗か。こうなったら親方の方を狙えば……まあ、いいです。次は<アイテム>……『上層部』であっても牙をむく輩の始末ですが」

 

 

<ブロック>はこちら側。

 

<スクール>とも利害一致の関係で、相互不干渉。

 

<メンバー>は、あの男の裏切によって潰されるだろう。

 

<グループ>は―――あの第1位の『人質』を捕まえてから、自分の手で……

 

『学生代表』の小娘も、同じように。

 

だから、残るは<アイテム>。

 

学園都市の『上層部』の暴走を阻止する暗部組織。

 

もし、彼女らが敵に回れば、あの第4位に、数km先からでも狙え、装甲さえも壁にはならない、標的を始末する破壊光線を撃たれれば、終わりだ。

 

どんなに立て篭もろうが、防備を固めようが、常にどこから狙われるか恐怖が付き纏う。

 

あの第1位のように。

 

だから、やられる前にやる。

 

それが『0930事件』の人生で初めての失敗から学んだ事だ。

 

誰にも傍受されないある人物へ個人回線の携帯端末を取り出し、

 

 

「―――準備は整いましたかな、木原百太郎さん」

 

 

『ああ、作品を2つ壊されたが、作戦には何の支障はない』

 

 

「では、まずは<アイテム>。学園都市の第4位、<原子崩し(メルトダウナー)>と呼ばれるLevel5ですが―――できますかな」

 

 

『簡単だ。超能力者でも、能力者である限り、<鏖殺悪鬼(デーモン)>には敵わん』

 

 

頼もしい答えだ。

 

それでこそ援助してやった甲斐がある。

 

 

「すでに指定の場所へ送り込んであります。周囲への被害を考慮する必要はありません。思う存分暴れさせてください」

 

 

 

 

 

隠れ家

 

 

 

<アイテム>のリーダーで、Level5序列第4位の麦野沈利は、<原子崩し>と呼ばれる。

 

波も粒子も使わずに電子を操り、あえて『曖昧なまま固定された電子』は放てば、どんな盾があろうと容易く貫く粒機波形高速砲。

 

それは、第3位の<超電磁砲(レールガン)>でさえも瞬殺できる圧倒的な攻撃力を誇る超能力者。

 

麦野は、“まず軽いしつけ”で、その壁となり、大きく広げた浜面仕上という男の両手のどちらかを消し飛ばそうとした。

 

 

 

だからこそ、麦野沈利が一番に気付いた。

 

 

 

「逃げて……私が、麦野を抑えるから」

 

 

彼女の声に、数瞬躊躇い、信じていいか迷いを見せるもこの振って湧いた好機をこの路地裏で培った嗅覚で嗅ぎ取り、一か八か<スキルアウト>はその出口へ動く。

 

 

「滝壺……これは一体何の真似?」

 

 

だが、麦野は彼らを視線で追う事もなく、その声の主の方に向けば、そこには白い粉末<体晶>を摂取し、その力を発動させた<アイテム>の真の要、滝壺理后。

 

電子線は浜面に直撃するどころか掠りもせずに、あろうことか、封鎖した出入り口の一つに穴を開けてしまった。

 

滝壺の<能力追跡(AIMストーカー)>は一度記録したあらゆる能力者の位置を検索できるサーチ能力。

 

彼女がいるかいないかで、『追跡する側』と『追跡される側』が逆転する。

 

 

「はまづらの言う通り、彼らは違う」

 

 

「滝壺……!」

 

 

浜面も滝壺を見る。

 

下っ端で元<スキルアウト>の仲間だった浜面とは違い、組員の滝壺には発言力がある。

 

いつものとのんびりとした滝壺の調子とは違い、その機械質な輝きを放ち、だけど熱のこもった瞳に、絹旗とフレンダは固まる。

 

麦野沈利とは違い、滝壺理后に能力体術共に物理的な戦闘力はない。

 

だけど、精神的な干渉であるなら、どうにか可能かもしれない。

 

<能力追跡>のサーチ能力の応用で、AIM拡散力場に干渉し、そこからさらに『逆流』して、相手の能力を乗っ取る。

 

今まで滝壺は<能力追跡>をそういう使い方をした事はなかったが、この力を使っての補正、麦野の電子線を正確に相手へ照準を合わせてきた。

 

だから、逆に外す事も出来る。

 

もしこれが順当に成長すれば、Level5の『八人目』になれる可能性を秘めている。

 

だが、今は未完成で、能力以外には干渉できない。

 

 

「私は、あの時、むぎのを一人、研究所に置いてきて、後悔した。むぎのに甘えて、足を引っ張ってしまった。――――だから、今度は仲間として、むぎのの手を引く」

 

 

「滝壺さん……」 「滝壺……」

 

 

その言葉に、どんな意味が籠められているのか、新入りの浜面には分からないが、滝壺がただ浜面を庇うために邪魔したのではない。

 

 

「………」

 

 

敵意が引いていく麦野に、絹旗とフレンダの戸惑う様子が、その証拠だ。

 

 

「今回の依頼。何だか危険な気がする。だから、むぎの、もう一度考え直して」

 

 

滝壺の説得に、麦野は苛立つように眉根を寄せて、あーもう! とその髪をがしゃがしゃと掻くと、

 

 

 

「―――絹旗、フレンダ、今すぐ逃げた奴らを追い掛けて捕まえて来い」

 

 

 

「……超了解です、麦野」

 

 

「う、うん、分かったよ、麦野」

 

 

その指令に、絹旗最愛とフレンダ=セイヴェルンは訓練された優秀な猟犬の如く逃亡者の<スキルアウト>を追い掛け始めた。

 

いくら滝壺が説得しようにも、<アイテム>のリーダーは麦野だ。

 

 

(もう二度と、自分に任された任務を超失敗にはさせません)

 

 

(今度こそ、私が冷静に、麦野の仕事をする)

 

 

それに、絹旗とフレンダにも滝壺と同じ後悔がある。

 

滝壺、それから浜面にそれぞれ視線を一度だけ交わすと彼女達は部屋を出た。

 

そして、

 

 

「―――で、滝壺」

 

 

麦野は溜息をついて滝壺に近づき、

 

 

「滝壺―――!」

 

 

滝壺が反応する前に、浜面が声を上げる前に。

 

間近に迫るや否や、麦野が無造作に滝壺の頭を叩いた。

 

それを受けた滝壺の身体が一気に真横に飛んで、ガン! と散らばった机の山に突っ込んだ。

 

これはLevel5としての力ではなく、ただ純粋に麦野沈利の力。

 

能力を干渉する滝壺を腕力で叩き潰した。

 

 

「……一度だけわがままを許してあげる。だから、もう二度と裏切るんじゃないわよ、滝壺」

 

 

そして、

 

 

「はーまづらァ! 次はテメェだ。裏切ってくれたお礼に腕一本ぶっ飛ばしてやる。利き腕を失くしたくなければ、どっちを撃ち抜いてほしいか希望を言ってみろ!」

 

 

 

今度は浜面に矛を向けた――――その間に、立ち上がった滝壺が割って入り、

 

 

 

「はまづらも、早く、逃げて……」

 

 

 

つづく


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。