とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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暗部抗争編 魂胆

暗部抗争編 魂胆

 

 

 

車内

 

 

 

結局、『学生代表』の狙撃事件は“表側”の人間に処理されて、<グループ>の出番はなかった。

 

狙撃手の砂皿緻密を捕まえて、<スクール>について情報を吐かせたかったが……

 

その代わりに、土御門が個人的な情報筋(ご近所さん的ネットワーク)から<スクール>との関連性は否定され、どっかの馬鹿が暴走したに過ぎない、(今すぐ俺が殴りこむ、と言いたかったがそこは宥められ)あとで先輩が話をつけに行く……のだそうだ。

 

標的だった『学生代表』も事件後すぐにその場から消えており、一方通行のやる事は何もない。

 

どっかの組織に緊急潜入した海原光貴を救助するというのを保留していたような気がするが、<グループ>は自分の不始末は自分でどうにかするのが基本だ。

 

しいて言うなら、敵だと間違えてぶっ潰さないように分かりやすいサインを出しておいてほしい。

 

そういうわけで、<グループ>は今後の方針を話し合いながら、キャンピングカー内で昼食。

 

『肉ばっかりだと早死にするわよ』と結標は地中海にある産地直送ブランドの高級サラダ、

 

『肉も野菜も偏り過ぎは良くないぜい』と土御門はファーストフード店の巨大なハンバーガー、

 

で、一方通行は辛口のフライドチキンを頼んだ……はずだったが、

 

 

「オイ、土御門。これは一体何の真似だァ。こンなの頼んでねェぞ」

 

 

何故か一方通行には弁当の包み。

 

注文を取ってきて、持ってきたのは土御門。

 

最初はそれをどうせ義妹が作ったモンなんだろうよ、と思ったが、ポンと一方通行の前に置かれ、辛口フライドチキンが入っていたのと思しき茶袋にはハンバーガー。

 

 

「んにゃー。実は今朝の内に可愛い女の子からお前さんに届けてって頼まれてなー。しかも、その子は妹だし、土御門さん的には断れんですたい」

 

 

「へぇー、貴方でもそういうものもらうのね」

 

 

ああ……

 

ニヤニヤ顔しているシスコンサングラスと意外そうな表情をしているショタコン女をぶっ殺したい。

 

そして、こんな所まで弁当箱を送りつけたアイツにも文句を言いたい。

 

 

「というわけで、お前の昼飯はそれだ。ウチの舞夏に匹敵するくらい腕は確かだから味は絶品なのは間違いなし。もちろん、毒も入って無いにゃー。弁当箱もオレが回収しといてやるぜい。……残したら保護者の方がブチ切れそうだから、絶対に食え」

 

 

最後だけは真剣な様子(ここ最近、お隣さんが打倒Level5で大変うるさい)。

 

この調子だと、口の中に無理やり突っ込んできそうなので、しぶしぶと包みを解いて開けてみれば、そこにあったのは手巻きと、

 

 

『護衛ありがとうございます。あー君』

 

 

ひらり、とメモが机に落ちる。

 

 

(オレがコンサートホールに来るトコまで予測済みって奴かァ、オイ)

 

 

お釈迦様の掌で遊ばれたのは、砂皿緻密だけじゃなかったのか。

 

元より<グループ>の力は必要ではなく、出番はなかった。

 

怪しいと思っていたが、あそこに罠が仕掛けられていたのを土御門は知っていた節がある。

 

どうせ訊いてもこの嘘つきは適当にはぐらかすだけだろうが、脅迫状について情報を持ってきたのはこの男だし、狙撃されると分かってたなら即刻中止にさせるはずだ。

 

確かに、以前、アイツが攫われた時には<スキルアウト>共を相手にしたが、別にアイツがいなくてもやっていただろうし、そんな義務はない。

 

仕事でなければ、アイツの近くなんて行くつもりはなかった。

 

まさか、本当に“ただ演説を聞かせるためだけに”、土御門に協力してもらって、この危険な予告状で誘導したというのか。

 

 

 

つまり、最後の宣言は――――アイツからの挑戦状。

 

 

 

ったく、本当に厄介だ。

 

土御門も仕事と私事を分ける性質だとは思っているが、アイツが何か仕掛けてくるのが明らかだとすると考えるなら、土御門も知らず知らずの内に第1位をアイツの前に誘導するかもしれない。

 

そこでどうなるかは知った事ではないが、とにかくアイツの前に出るのだけはゴメンだ。

 

元より信用するつもりはねーが、土御門、それから結標に海原にも注意はしておこう。

 

でだ。

 

だとするなら、この嘘つき野郎が持ってきた弁当なんてそこらに放り捨ててしまえばいいのだが、

 

 

「何貴方。いつまでも固まっているようだけど好き嫌いでもあるの? それとも意識し過ぎ? あらいやだ。第1位って結構ガキなのね」

 

 

「おいおい。自分以外の野郎に弁当を作ったっつうだけでも大変だったのに、そいつぁ、マジでヤバい。米一粒でも残せば保護者が本気で殴り殺しに来るぞ」

 

 

結標は呆れた調子で、土御門はかなり真剣に。

 

その話を聞くだけで恐ろしい保護者は本人にその気が全くなく、他にも根性男の分も作っていたりしているのだが、彼的には弁当を作ってもらうだけでもその根性男と殴り合うほどの頑固反対もので(その際は本人から“物理的な”仲裁が入った)、米一粒たりともやりたくない―――それでもそれを不意にするのは絶対に許せない。

 

 

(……クソッたれ。アイツに色々振り回されンのは、回避できねェモンなのか。ここで食わねェと、余計な二次災害が起きそうだ)

 

 

これ以上、勘違いされるのは癪だ。

 

一先ず、栄養補給優先だと割り切っていこう。

 

ようやく一方通行は弁当に手を延ばし、片手でも摘まめるように切り分けられていない長いままの海苔巻きにガブリと噛みついた時、

 

 

(――――)

 

 

じんわりと何かささくれだったものが溶けだすのを感じた。

 

もし目を閉じれば、あの夏休み最終日の、仲良く食卓を囲んだ団欒が鮮やかによみがえりそうで……

 

口に広がるのは、キュウリにタマゴにツナマヨネーズに納豆にサーモン、とアイツらしい生活を思い出させる味は、久方ぶりに舌に馴染む。

 

自分には“そういうもの”が必要なのだと聞こえた気がした。

 

だから、映像が駆け巡る前に、思い返す前に、それらを無心にかぶりつき、とっとと腹の中に収める。

 

 

「どうだった?」

 

 

親指についた米粒を口に入れる一方通行に、土御門は言う。

 

 

「……マズくはねェな」

 

 

アイツには悪いが、思い出した。

 

アイツらの笑顔。

 

それを守る為なら、どんなことでもする覚悟を。

 

 

 

ピーッ!! と今日の学園都市は、一方通行、土御門元春、結標淡希、<グループ>に食後の休憩時間など与えない。

 

 

 

『きっ、緊急です! 第5学区『ウィルス保管センター』がクラッキングを受けている模様!』

 

 

『ウィルス保管センター』。

 

学園都市製のコンピューターウィルスを解析し、ワクチンソフトを作製する組織。

 

当然、未だに解析の済んでいないウィルスが存在し、その他にも、学園都市の研究機関が意図的に作り上げた実験用ウィルスも多数ある。

 

さらに、学園都市の『中』と『外』では科学技術に、2、30年分の差があり、もし『外』に漏れれば、この街ではどんなに型遅れであろうと『外』の機械では対応できず、それが『中』でもワクチンソフトの存在しないものであるなら、ネットワーク業界は大惨事になる。

 

そうならないために、また技術流出を防ぐためにも学園都市のセキュリティは『外から中へ』よりも『中から外へ』をブロックするのに力を入れている。

 

東西南北に4つある『外部接続ターミナル』という外界との情報空間の玄関口で外部との繋がりは一手に引き受けている………はずなのだが、

 

 

『『外部接続ターミナル』の緊急遮断を開始。第3学区・北部ターミナル遮断、第12学区・東部ターミナル遮断、第2学区・南部ターミナル遮断―――ッ!? 第13学区・西部ターミナルが応答しません! 遮断確認できず!!』

 

 

4ヶ所中1ヶ所、穴があいてしまった。

 

これは<警備員>では対応できない。

 

信号ミスで遮断できないというなら現場に行って大容量ケーブルを直接的に切断してしまえばとりあえずアクセスは封鎖できるだろうが、どうせお堅い役人達は予算の関係上で、そのような解決策を嫌い、じゃんじゃん暴走体育教師がいようにも十中八九許可は出さない。

 

一般人に解決できないレベルの仕事を解決するために暗部<グループ>がいる。

 

他にも同類の『組織』は複数いるが、部署があり、必ず動く保証はなく、また、その内のいくつかは学園都市を裏切っている可能性が高い。

 

 

『えっ―――!? 第23学区でもクラッキングを確認! 航空宇宙工学研究所付属の衛星管制センターが電子攻撃を受けています!!』

 

 

さらに別の場所でも。

 

気象衛星―――という建前の学園都市およびその周辺を常時監視するスパイ衛星。

 

その衛星『ひこぼし二号』には地上攻撃用大口径レーザーが搭載されている。

 

クラッキングを受けているアンテナは機密の多い第23学区の中でも、一般人の立ち入りは禁じられている。

 

 

「ハハッ、善人共じゃ対処できねェモンか―――楽勝だな」

 

 

「一方通行!!」

 

 

「俺は第23学区へ行って、衛星通信用の大規模地上アンテナをぶち壊してくる。だから、お前達はターミナルの方をやれ」

 

 

キャンピングカーの側面ドアを容赦なく道路へ蹴り飛ばし、一方通行は車外へ飛び出した。

 

 

 

 

 

???

 

 

 

「………この街は色々と刺激が溢れすぎてるけど」

 

 

前面を埋め尽くすようにテレビ画面が数多く積み重なったものがずらりと並び、リクライニングチェアで安楽椅子軍師は物憂げに眺める。

 

『学生代表』、その表側の後ろ盾は親船最中だけど、その裏側を支えているのは実質、この雲川芹亜というスーパー軍師系JK。

 

可愛い義妹(予定)のために、面倒な仕事をこなしている真っ最中。

 

今日の為に、お嬢様と何度か“お茶”してきているけど、私の素性は表向きごく普通の一般高の学生。

 

『統括理事会』を顎で使うなんて誰も信じないだろうし、知られるのも問題だ。

 

そういうわけで、私の素性を誰にも吹聴するな、というのが彼女と結んだ契約の一つ。

 

家族にも、だ。

 

本来なら、彼女にも知られたくなったが、彼女はとても賢いし、我が妹が材料をポロポロと落としていてくれたようで、バレるのは時間の問題だったし、こうして自分から教えて、自分の身分については『皆には内緒だぞ☆』とどこかの魔法少女ばりに極秘だと言い含めた。

 

これから長い付き合いになるのだから、先手を打つのは重要だ。

 

だから、彼も知らない。

 

プロファイリングで彼女の性格から察すれば、言わなくてもいい事は言わないで済ませる配慮ができる子だ。

 

秘密にしてほしい事は秘密にしてくれる。

 

まあ、そういう甘っちょろい所も彼女の魅力なんだが。

 

どんなに不穏な会話をしようが、傍から、彼から見れば、お姉さん系先輩が妹と仲良く会話しているようにしか見えないのがミソだ。

 

これで自然と好感度は上昇するに違いない。

 

あとはどうにか『お義姉さん』と呼ばせられれば……(そこも契約に入れようとしたが却下された)。

 

―――おっと、今は仕事中だった。

 

 

『珍しくやる気のようだな』

 

 

「まあな。学園都市と、私の未来がかかっているのだからな」

 

 

画面の一つに映る老人から『いつもこの調子だったらな』と愚痴がこぼれる。

 

 

「まあ、すでに首脳陣のブレインである天才の私からすれば、学園都市よりも義妹攻略の方が難しいんだけど。―――ここの選択肢は、っと」

 

 

『お、お義姉ちゃんって呼んでもいいですか?』

 

 

そして、画面のいくつかはゲームだ。

 

並列分割思考で次々と絶賛攻略中。

 

『やっぱり駄目だ』と老人は目を覆う。

 

 

「良し。この調子でなら本番も問題無しだけど」

 

 

『……『ニート軍師を働かせる100の方法』』

 

 

「何? その不吉なマニュアルは。気になるんだけど」

 

 

『攻略されるのはどちらの方かな』

 

 

「嫁姑戦争はもう始まってるというのか!」

 

 

ガタッ、と背を深々と預けていた席から身を乗り出し芹亜は画面の向こうで老人が持つ攻略本を注視。

 

 

『私に挨拶しに来た時、先輩でお困りでしたらどうぞ、と渡されたんだよ。うむ、実に興味深い内容だ』

 

 

この老人まで味方に引き入れようとしていたとは……

 

やはり、最大の障害となるのは、妹。

 

彼女をいかに手中に収めるのかが、勝利への鍵か。

 

今すぐその内容を把握して対策を立てたいところである。

 

 

「ちょ、ちょっとその内容を見せて欲しいんだけど」

 

 

『駄目だ。仕事が終わってからにしろ』

 

 

「ちゃんとブレインとしての仕事はまじめにやってるけど」

 

 

この後、成金男と“話し”をする予定だし、妹攻略と同時並行に、“彼ら”の攻略も着々と進んでいる。

 

でも、それはあくまで『中』での話であって、学園都市内部に限定した政治力しかない。

 

 

『『外』で起きている事はどうするつもりだ?』

 

 

雲川芹亜は『外』からやってくる脅威に関してはほとんど無力だ。

 

『0930事件』もそうだし、今、もうすぐ迫ろうとしているものにも。

 

各国で、この日本も含めて、一番に欲するのは、最先端科学技術により生み出された兵器でも技術でもない、学園都市が独占した門外不出の技術―――『超能力』

 

この街の能力者を解析すれば、きっと手に入れられると信じ―――そして、それに最も適した存在がとうとう表に出た。

 

能力を理解し、投影し、発現させられる能力者が。

 

 

『<幻想投影(イマジントレース)>……<幻想殺し(イマジンブレイカー)>と同じく<原石>。発火や発電などといった『発現が分かりやすい』とは違い、それは元々非存在だった超能力の存在が前提でなければ、解明できないものだ』

 

 

触れただけでどんな能力も投影できる、または殺せる能力は、その周囲の環境に能力者がいなければ一生気づけないだろうし、元より知らないはずの存在を己の<自分だけの現実>に組み込めるのだろうか。

 

だが、<原石>とは天然のダイヤのようなもので、世界的に見ても50程度しかいない程稀少、少し調べたところ、彼ら兄妹がこの街に来る前に済んでいた街にはいない。

 

曲がりなりにも学者として、<第七位(ナンバーセブン)>の原理解明に躍起になっているが、あの兄妹もまた、下手をするとそれ以上に底が見えない。

 

 

「ふん、ブレインとして言うけど。学園都市よりもあの義妹の方が難しい。<幻想投影>も<幻想殺し>も単に<原石>というカテゴリに当てはまらないのだよ。……詳細は分からんが、あれらはきっと……我々が考えているよりも、もっともっと面白いものだろう」

 

 

全ての物事を見透かしたように振る舞うブレイン、雲川芹亜でも『分からない』と素直に降参。

 

知恵で攻略するのが仕事で、少し考えれば何でも分かってしまう彼女からすれば、未知というのはとても興味のそそられる、あれこれ推理しただけで楽しいものだ。

 

それにあの兄妹は能力関係なしに、大好きだ。

 

妹はからかいたくなるほど可愛いし、兄には攻略本などなくても無血開城していると言ってもいい。

 

知っているだけで何もできない、テレビの向こうから見ることしかできない自分にとって、その画面の中で数多くを救ってきた彼らは、憧れのヒーローそのもので、いつのまにやら自分はその熱狂的なファンになってしまっていた。

 

 

「とにかく、私は私の仕事をする。あの二人にはできないような問題に対処してやるさ。先輩としてな」

 

 

 

 

 

研究所跡地

 

 

 

「そういえば、挨拶してなかったね。こりゃ失礼した。私は鬼塚陽菜―――「知ってるわ」」

 

 

<ゴブリン>が建物内へ駆け込んだ後、忘れていた自己紹介をしようとしたら、途中で遮られた。

 

 

「でも、そちの方は妾の事は知らないんでしょう」

 

 

「まあねぇ。分家についても昔話くらいしか知らないよ」

 

 

「<北斗七星>の『破軍』―――鬼道奉先」

 

 

「うわぁ、親父と同名かよ。やりづら」

 

 

「違う! 妾は、三国で最強の呂奉先の方よ」

 

 

「読みは同じじゃん」

 

 

「違うわ!」

 

 

「でも、女の子にその名前はなくない?」

 

 

「別に……奉先は代々『破軍』を継いだ者が名乗るものなのよ」

 

 

「だったら、その前にはちゃんと名前があったんだよね」

 

 

「うっさいわ本流!!」

 

 

どん! と方天画戟が叩きつけられた。

 

再会し、再開される鬼の大乱闘。

 

爆風で加速させつつ、鬼塚陽菜は相手から視線を逸らさない。

 

 

(邪流の<鬼道>……)

 

 

本流の<鬼塚>。

 

傍流の<鬼山>、<鬼海>。

 

そして邪流の<鬼道>。

 

これは<鬼塚>の歴史を知る蛇巻亀岩という最老から聞かせてもらった昔話。

 

『鬼の一族』の中で、彼らの身体能力は並程度で、視覚を除く、絶対聴覚、絶対嗅覚、絶対味覚、絶対触覚のみが本流から受け継がれており、戦いになると草食動物のように敵の気配を察知して逃げていた。

 

『『真眼(しんがん)』の“身”体の“贋”者』の皮肉も込めて、読みは同じだが『身贋(しんがん)』と臆病者扱いで、彼らも姑息な手段や政治の方が得意で故に勇猛な『鬼の一族』の邪流。

 

だが、もし『身贋』と呼ばれる彼らがいたら、学園都市との大戦はなかったのかもしれぬ、と蛇巻は言う。

 

<鬼道>は、『鬼』の恐ろしさを誰よりも知るが故に本家が戦えば只事では済まされないと予測でき、だからこそ戦争を起こす前に政治工作で回避しようとする、血の気の多い『鬼の一族』の中では平和的な一派だ。

 

大陸へ渡ったのも、過去の世界大戦で『真眼』の<鬼塚>が戦いに投入されないように、外国に交渉へ行ったからであるが、結果的に失敗してしまい、その後の消息を絶った。

 

そう、<鬼道>は『鬼の一族』の中で最初に敵陣へ乗り込む勇敢な者達だったのだ

 

“鬼”にあるまじきことに不戦の“道”を示すのが<鬼道>。

 

だからといって、鬼塚陽菜はかつて本流のために命を懸けてきた同胞だろうと、牙をむくものに容赦はしない。

 

悪しき“鬼”と畏れられ、地獄の戦場に万の“塚”を造るのが<鬼塚>だ。

 

 

(とりあえず、一度ぶっ殺させてもらうぞ!)

 

 

呼吸と共に、気を取り込む。

 

臍の下まで息を落とし、丹田にて気を凝縮。

 

一周回るごとに大きくなる螺旋の如き方向性(ベクトル)で、身体全体に気を循環させ、力を充填。

 

相手の流れを読む柔の業とは対極の、剛の業。

 

どのように己の力を絞りだせるかが、基本にして極意。

 

鬼塚陽菜の拳打の威力は、持って生まれた<鬼塚>の性能だけに依拠するものではない。

 

硬く、重く―――一打必壊の意を込めて、自分の全てを乗せる。

 

身体が生み出すエネルギーのありったけを、インパクトの一瞬、一点にフォーカスさせ―――密閉した瓶の中に火薬を爆発させるように―――対象を粉砕する。

 

元より、本流の悪しき鬼として、筋肉の制御をするリミッターを外せ、その際に身体にかかる負荷に耐えれるほどの常人よりも頑丈な骨肉と関節部を持ち、高い集中力を持つ『眼』まで揃っている。

 

だから、この一打は体当たりのように全身で激突しているようなもの。

 

そして、刹那の段を超える六徳へさらに格を上げた<鷹の眼>をもつ陽菜はそれを、動作を瞬発に強制接続し連続でこなす。

 

 

「鬼塚流武術、鬼芥子(おにげし)

 

 

ぎゅるん、と鬼の棍棒がしなった。

 

その冴え渡る根捌きが描く<貪鬼>の軌道は、相手を芥子粒にしてしまうほど隙間のない息を突かせぬ猛烈な連撃。

 

 

「鏡花水月―――<劾想夢(がいそうむ)>」

 

 

しゃらん、と<貪鬼>に解体されたはずの奉先の姿が消える。

 

夢を操作する腕輪の『宝貝』―――<劾想夢>。

 

その効果は、夢見と夢写し。

 

夢を通して、相手の記憶を読み、自分の夢を現実に映し出す。

 

驚く間もなく、『鬼道奉先』の姿が何人分も現れ、揃って艶美な舞を魅せて陽菜を翻弄する。

 

 

(分身の術ってか。朝賀っちの<擬態光景>みたいな)

 

 

「くふふ、妾の<劾想夢>は夢であり、夢で非ず。ほうれ、足元が凍るぞ」

 

 

しゃらん、とまた腕輪が鳴り、陽菜の足が踝まで氷の呪縛で地に縛られた。

 

夢とは情報。

 

実際には、肉体的に足は動かせるのに、この腕輪の音を通し、夢を直接脳に見せられて錯覚し、精神的に動かせない。

 

強力な夢見の催眠術で隙を作り、

 

 

「蒼天烈火―――<火尖槍>」

 

 

切断、刺突、打撃、薙ぎ、払いに万能な<破軍方天画戟>の型の内、槍形態の<火尖槍>。

 

体内の生命を蒼き魔炎として放出する。

 

 

「これが<鬼道>が地獄の果てに得た力――『鬼道術』よ」

 

 

『鬼道術』。

 

『倭人伝』で、卑弥呼は人々にまやかしを見せるために使った道術は『鬼道術』という。

 

才能のないものが身につける魔術。

 

『鬼の一族』に見限られ、鬼の使者が、鬼という死者として大陸へ取り残された<鬼道>。

 

 

そこで、邪流は偶然にも道術と適性が合った。

 

『身贋』として、視覚を除く五感が鋭敏、<鷹の目>を持ち得なかったからこそ、目には見えない『氣』を捉えやすかった。

 

そこから戦いの術を身につけ、自信を持ち、好戦的になっていき、やがて―――本流を超えた、と思うようになった。

 

 

「じゃあ、これが私がこの街で得たモンだよ」

 

 

四面楚歌に、四方八方の蒼炎槍に対し、長金棒を旋回。

 

まるでわたあめを棒で絡み取るように、それが纏う紅蓮の焔が、蒼身の炎を虚実問わずに焼き喰い尽くす。

 

弱肉強食。

 

より勢いの増した焔は、瞬時に渦巻き、長金棒の先端から赤き鬼の巨大な腕の肉として固まり、鎧袖一触。

 

どれが本物か判らないのなら、全てを潰す。

 

まるで玩具の人形を払うように赤鬼の剛腕は軽々と撥ね飛ばし、撥ね飛ばされた躯は、たちまちほかの躯も連鎖的に巻き込んで、あたかもビリヤードの盤面の如く、一気にまとめてぶち抜く。

 

爆発はせず、実体としてまで具現化させた炎の打撃。

 

高密度で高温な熱の塊は床を削り蒸発。

 

 

―――しゃらん。

 

 

(やだねぇやだねぇ。これって食蜂っちみたいな精神系の方かよ)

 

 

夢現しは無尽の如く。

 

だが、今の一撃で鬼はここに煉獄を喚起した。

 

高温に熱され、景色が歪む。

 

鬼塚陽菜の姿が―――ぶれた。

 

 

「鬼塚流武術改、『真朱月没(しんしゅつきぼつ)』」

 

 

お返しとばかりに、陽菜の身体も分裂。

 

蜃気楼と爆破加速の併用。

 

撹乱しながら次々と紅蓮の棍棒は鬼道奉先を焼き砕いて、

 

 

 

ガキィィィンッ!!

 

 

 

本物の<破軍方天画戟>と灼熱の<貪鬼>が真っ向から激突。

 

至近距離の炎熱にも、奉先は怯まなかった。

 

そして、槍の型<火尖槍>の穂先より大きな火炎が噴き上がり、紅蓮の<貪鬼>も一際強く空を灼く。

 

<火尖槍>と<貪鬼>がそれぞれに疾る。

 

<貪鬼>は一点一瞬に収束し、抉り込むように直線的に、<火尖槍>は優美ながらも鋭い弧を描くように曲線的に。

 

軌跡を上下に移し、体勢を自在に変化させ、あらかじめ申し合わされた演舞の如く鮮やかに鬼の少女達はいずれも劣ることなく縦横無尽に撃打を交わす。

 

三合、六合、十合。

 

その間、『真眼』の<鷹の眼>と『身贋』の<火眼金晴>は互いに視線を外す事はない。

 

 

(私みたいな火炎に、美琴っちや食蜂っちのような電撃と催眠術まできて、詩歌っちと同じテクニックタイプ……常盤台四天王(私ら)をまとめて相手してるようなもんだよ全く。でも、ま、格まで同じかといわれればそうでもないと思うけど、ね―――)

 

 

「―――ふん、ぬらばっと!」

 

 

最後に強い激突の反動で、奉先の身体が飛び、また両者の間合いが開く。

 

 

「……やはり、本流と力勝負では敵わんか」

 

 

奉先の唇が、ほころぶ。

 

繊細さと大胆さの入り混じる白兵戦を繰り広げながら、桃色の少女はいかにも嬉しそうに笑う。

 

 

「しかしっ! <火尖槍>と打ち合えても、そんなほそっちょろい鬼の金棒じゃ、妾の<破軍方天画戟>絶招<雷公鞭>は防げぬ」

 

 

陽菜の瞳が鋭く光る。

 

『宝貝』―――仙人が道術の奥義を駆使して作成された神秘の『霊装』

 

その中でも、<破軍方天画戟>打鞭の型<雷公鞭>は最強の破壊力を持つ。

 

 

「守ってくれる仲間も来ない。用意した伝家の宝刀も防げない。ここで『真眼』は終わりよ。妾、『身贋』こそが本物也」

 

 

今ここに一族の宿願を。

 

陽菜が動き出す前に、またもや涼やかな腕輪の音色に動きを封じられる。

 

身体に巡らせている氣を点火。

 

『鬼の一族』の血脈に通じる、血液が残らず溶岩と化し、全ての神経が燃え上がった灼熱の感覚。

 

臍の下、丹田で巨大な炎が熾ったように、その熱量が<雷公鞭>という回路(サーキット)で変換され、奉先の全身が紫電に包まれる。

 

力が、漲る。

 

途轍もないエネルギーと共に、<火眼金晴>の双眸が輝き増す。

 

 

「ああああああああああああああっ!」

 

 

この一振りこそ、元素まで分解させる雷神の一撃。

 

 

 

「魂魄招雷―――<雷公鞭>!」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

雷が。

 

圧倒的な雷が、空間を焼き尽くす。

 

大気に満ちる自然の氣の乱気流が、竜巻となって立ち上る。

 

まさに天罰と言わんばかりの光景を前に、奉先は息を荒げながら佇んでいた。

 

<鬼道>は非力だ。

 

もちろん常人と比べれば高い身体能力だが、『鬼の一族』の中では低能。

 

だから、この金属輪<劾想夢>による自己暗示で、本流の<鬼塚>と競い合えるまで、『破軍』と相応しいと言えるまで、奉先は無理に己を底上げしていた。

 

それに、流石に<雷公鞭>を使う事は大きな負担となるようで、汗の滲む手を握り締めながらその裁きの雷を見守り続ける。

 

そして―――奉先は、輝き続ける雷の中で、陽菜の氣が消えたのを感じ取った。

 

荒れ廻り続ける雷に照らされながら、ひとり呟く奉先。

 

 

「終わったわね」

 

 

―――これであの男に頼まれた仕事は終わった。

 

―――後は、―――の仕事……

 

―――この街を相手取るのは大変だし、今ので消費した氣を回復した後に……

 

 

そんな事を考えていると、背後から近づく気配を察知する。

 

 

「おやまあ、今頃になって戻ってきたのね、金猿」

 

 

左腕をぶらりと垂らし、右手で銃身の折れ曲がった銃器を肩に置いた金髪坊主―――無悪はついてねぇ、と悪態吐く。

 

 

「それでどうする? 親玉の敵討ちに、妾と一戦交えるつもりかしら?」

 

 

「しねぇよ」

 

 

あまりにもあっさりとした答えだったので、奉先は一瞬戸惑ったが、『なるほど、目の前に現実に心が追いついてないのね』と判断した。

 

鬼は身内の戦いに介入しないのに、危機に陥ると助けに入る。

 

だから、鬼の側には強者が集まる。

 

誰よりも鮮烈に生き、その輝きで敵味方問わずに魅せる姿。

 

確かに、あの真っ向からのぶつかり合いは久々に爽快だったわね……

 

……? あら、いけない。何を考えているのよ、妾は。

 

雷を見て余計な感傷に囚われるが、すぐにそれを排除する奉先。

 

今もこちらを警戒しているのだろう。

 

決して、こちらの制空圏より踏み込まず、今もこのホールに立ち入らない無悪の判断に、奉先は僅かに感嘆しながら呟いた。

 

 

「賢明ね。でも、安心するといいわ。『真眼』が死んだ今、あなた達小鬼をこれ以上どうこうする気はないわ」

 

 

「はあ? さっきから何言ってやがる?」

 

 

何かを警戒しているはずなのに“自分を見ていない”無悪に、奉先は違和感を覚え―――

 

 

 

 

 

「クソお嬢は、まだピンピンしてるぞ」

 

 

 

 

 

その言葉を聞いて、完全に動きを止めた。

 

さっきと同じように、現実を受け入れられない下っ端の妄言だろう、と思えれば、どれだけ楽だろう。

 

しかし、何故か、彼女の心に警報が鳴る。

 

 

(まさか! 確かに氣は消えてる。『真眼』は消えたはずだ)

 

 

何度も自分に言い聞かせるが、それでも不安は消えず、奉先は雷の檻から目を逸らす事が出来ない。

 

 

「忠告しておくが、クソお嬢は正真正銘の悪しき鬼だ。ここの7人いるLevel5とやり合えるだけの力があるっつうのに、8人目に入ってねーのは、クソお嬢がクソ馬鹿だからだ」

 

 

鬼塚陽菜。

 

学園都市最強の火炎系能力者。

 

そして、Level5第3位の御坂美琴よりも前から、上条詩歌の『能力開発』でその才を開花させた者。

 

そうして、『もう二度目はゴメンだ』と無悪はまた引き返す。

 

やられるまでは手を出さないのが、自分達<ゴブリン>のやり方だからだ。

 

そして、雷を焼きつける奉先の網膜の中に、ありえない影が揺らめき―――飛んできた。

 

物干し竿のような長棍棒―――<貪鬼>が。

 

彼岸に供えられる線香のように、

 

寿命の長さを示す蝋燭のように、

 

奉先の横に突き立ったその先端は赤熱していた。

 

 

「効いたねぇ」

 

 

「……う、そ……」

 

 

その声を聞いた瞬間、奉先は全身を震わせた。

 

 

「驚いてるとこ悪いけど、お前さんは、勘違いしてるよ」

 

 

かの『最悪の人造兵器』の一撃から生還した時のように、陽菜の身体は燃えていた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

舞い咲く火の粉に、塊のような炎が混じり、溢れ出る。

 

煌めく双眸が輝きを増し、異様なほど視界が澄んでゆく。

 

髪留めが灰になり、乱れ靡く灼熱の長髪が、強い紅蓮の光が引いていく。

 

魂さえ滅却される雷光の中から、鬼道奉先は異様なものを目の当たりにする。

 

全力で戦っていたと思っていた相手が、さらに、劇的に変容していく。

 

気が―――氣が―――鬼に。

 

 

「うん、上手くいった。どうやら死ぬ想いをしなきゃ、火事場のクソ力のトリガーが作動しないけど、あれから詩歌っちに付き合ってもらったおかげで、どうにか意識は保ててる」

 

 

地に振り下ろされる足は、静かに速く重く、

 

紅蓮の色を帯びる髪から溢れ出る炎は周囲に火の舌を伸ばし、

 

触れる前に切れるほど鋭い灼眼の煌めきは揺るがずにこちらを見ている。

 

見た目は少女そのままの、真の化物へと―――そう、<焔鬼>に成った。

 

 

「さて、伝家の宝刀って、切り札っつうよりさ、私からすりゃ、お宝の装飾品ってモンさね。<鬼道>の人が知ってるか分からんけど、これは元々、<鬼塚>の当主の試験紙」

 

 

『鬼の角』と呼ばれる霊験あらたかなものを、先祖代々からの専用の職人に打ち付けてもらった金棒、<貪鬼>。

 

金剛石よりも頑丈なこれを“ぶっ壊せれば”、大抵の敵は倒せるだろう、っていう試験紙。

 

武器に頼りきりになったとしても、四六時中武器を携帯する訳にもいかず、いざという時、武器がなければ何もできなくなる。

 

故に、長くて重いという金棒の長所でもあり短所でもある点を逆手に取り、長くもなく重くもない無手、つまりは原初の獣を目標に掲げ、いついかなる時、裸一貫でも、この手を牙として、この足を爪として戦えることこそが最強。

 

この<貪鬼>を基準にし、<貪鬼>を己の力で壊せるようになるまで力の極意を身につけなければ、組長を名乗れない。

 

さらに、陽菜からすれば、

 

 

「だから、これを戦場に持ってくるのは、武器っつう意味合いより、お守りかな。実用的な目的としては、温度計。私ってどうも“加減が苦手”でねぇ、それを制御するための目安に、この<貪鬼>を使ってんの。もし、これが赤くなったら注意信号(イエロー)。形を保てなくなるほど溶けちまうようなら、危険信号(レッド)。分かりやすいでしょ? <ゴブリン>の奴らにも、これがぶっ壊れたら、緊急避難命令ってことで逃げろって言ってあるんよ」

 

 

<貪鬼>で攻撃するよりも、<鬼火>の方が、破壊力があり、視界が攻撃範囲だ。

 

鬼塚流武術を修めていても、それが本当の化物には通じないのは、幼少のころにすでに思い知っている。

 

鬼塚陽菜が、<貪鬼>を扱う時は、手加減しているようなもの。

 

かつて、駆動鎧相手に本気を出して、近くにいた無悪を巻き込んでしまった事があるが、敵の攻撃よりも、味方の自滅の方が被害が大きいなんて、馬鹿な真似をしないために抑えようと。

 

だから、もしこれに格下相手以外で頼る事があるのなら、それは、周囲に仲間がいる時か、撤退戦の殿、そして、<キャパシティダウン>か<AIMジャマー>で調子が絶望的に最悪か、能力の通じない難敵―――つまりは、ほとんど負け戦の時だ。

 

奉先はその話を聞いて思考が停止する。

 

まがりなりにも<火尖槍>と打ち合ったそれを壊す?

 

『宝貝』――この<破軍方天画戟>のように新たな武器という力で成し上がった<鬼道>からすれば、こんな武器の扱い方なんて考えられない。

 

 

「馬鹿じゃないの! アンタら本流は皆馬鹿じゃない!! 極意を習得するために、鬼の金棒を破壊するだけの力を得る? そんなの、アンタ自身が鬼以上の化物になるってことよ! そんなの無理……」

 

 

「じゃないんだよ。私は特別だけど。私の親父も若いころに拳でブチ壊したってさ。まあ、そういう事で、<ゴブリン>に守ってもらおうなんて、ハナから考えちゃいないよ」

 

 

というか、もし<七人の侍>を束ねた<幻想共有(キャパシティリンク)>でも倒せなかった自分がやられるような相手なら、それはもう<ゴブリン>の10割負けだ。

 

<ゴブリン>に求められたのは、強さよりも危機回避能力であり、危険を感じたらすぐに逃げるのが基本の<スキルアウト>、元<七人の侍>の長である無悪有善の<脅威(メナス)>はそれにうってつけの相手だった。

 

 

 

「ようやく、無悪も離れたようだし、お前さんはどうやら、“加減しなくてもいい”ようだから――――マジでヤッてやる」

 

 

 

凄まじい力に満ちた火の粉を混ぜた吐息を零し、陽菜は目を閉じ、また刮と開く。

 

空気が一瞬、<焔鬼>に集まり、破裂した。

 

 

「っな、ぬ!?」

 

 

<鬼道>最強の<雷公鞭>でさえ倒せなかった『真眼』の悪しき<焔鬼>。

 

奉先は思わず<破軍方天画戟>で身を守ろうとするが、熱波に飲まれ、床と水平に吹っ飛び、背中から分厚い壁を突き破った。

 

 

 

 

 

???

 

 

 

「がっ……」

 

 

<メンバー>のリーダー『博士』は愕然と、竦む。

 

 

「残念ですね、『博士』。『雉』がいるかぎり、空気中に散布されている<オジギソウ>も吹き飛ばされるんですよ」

 

 

柔らかな語りが、朗々と響いた。

 

全長2mもの巨大な怪鳥の突風に、空気中の微粒子ごと人間を掻き毟れる『博士』のナノデバイス――<オジギソウ>も彼方へ。

 

<メンバー>の一員だった少年も這いつくばり、全身から血を零して動かず、その頭を、男の足裏で踏まれている。

 

<メンバー>は<猟犬部隊>に代わる『統括理事長』の手足だ。

 

それなのに、この男は……

 

疑問と、部下と思っていた木原百太郎の裏切りに、『博士』は声も出ない。

 

呆然としていると、百太郎はそんな『博士』に落胆したように目を細めた。

 

 

「がっかりですよ、『博士』。こんな簡単に<メンバー>を潰せるなんて、想定外です。危機管理の態勢がなっていません。正直拍子抜けですよ」

 

 

溜息を漏らして、

 

 

「もし、私を部下だと思っていたのなら油断し過ぎです。<木原>が裏切るなんて当たり前。必要なら主に反逆し、上を駆逐する。――――そして、常に相手の想像外の手段を講じる」

 

 

我欲を通し、体制に逆らう、そんなのは不謹慎で、不合理。

 

『博士』には理解できず、けれど、この状況は看過できない―――だが、もう終わった。

 

<メンバー>は、あの『犬』とかいう化物に部下を喰われ、同じ化物の『雉』に<死角移動(キルポイント)>も<オジギソウ>も封じられて、『鬼塚百太郎』だと思っていたのが『猿』と呼ばれる肉体変化系能力者のDNAを模した『オリジナルと全く同じ身体性能を持つ』能力改造獣だった。

 

以前紹介されたゴリラよりも強大な巨獣ではなく。

 

ずっとこの時のために、騙されていたのか……

 

ずっとこの男は反乱する機を窺っていたのか……

 

だとすると、まさか―――

 

<死角移動>が使っていたノコギリで十字架に磔にされるように壁に両の手の平を杭打たれた『博士』はただでさえ青白いかんばせから、さらに血の気が失われる。

 

 

「説明しろ。理解が困難だ。なぜ、こんな真似をする。意味が分からない。これは重大な背信行為だ。そもそも“アレ”を外に持ち出すのは危険だといったのは貴様だぞ!」

 

 

厳しく問うても、『犬』、『雉』、『猿』を侍らす、本物の百太郎の余裕は崩せず、その笑みは嘲弄するように。

 

 

「それが何か?」

 

 

 

 

 

 

 

あの兄が『統括理事会』として本格的にこの街に参入してきた時から、この場面は予想していたし、以前から準備は進めていた。

 

 

「『犬』と『猿』がやられたのは想定外だったが、やはり、<鬼道>では<鬼塚>と同じ鬼としての格が違うのか」

 

 

超能力という力の改造を

 

鬼道術という技の修行か、

 

それとも、機械との融合か、

 

 

 

どの答えが、『鬼』――かつて、<獣王>と恐れられた怪物は一体どうすれば生まれるのだろうか。

 

 

 

先祖帰りの実兄すら超えた力を持ち、父の宿願だった真祖の鬼。

 

それは一体どんなものだろうか。

 

幼き頃からずっと求めてきた文明の破壊者の解を、今ここに導き出す。

 

紫苑とは、鬼の醜草。

 

親を亡くした2人の兄弟。

 

兄は親を忘れるために萱草(かんぞう)の『忘れ草』を、弟は親を忘れぬために紫苑の『思い草』をその墓石に捧げた。

 

先代の鬼の血を基本に身体を造り、『Five_Over』という『博士』が研究開発していた武装を取りつけ、その中枢に人間の脳味噌を用いた半生体機動兵器。

 

鏖殺悪鬼(デーモン)>。

 

それが今、目覚めようとしている。

 

 

 

つづく


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