とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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暗部抗争編 潜入

暗部抗争編 潜入

 

 

 

第10学区 雑居ビル

 

 

 

学園都市でやりたくない職場の上位である学園都市唯一の少年院が窓から見える不人気で人の寄りつかないビル。

 

ここと街の絶景を一望できる高級ホテルを選べというなら、間違いなく後者を選択するだろうが、捨てる神がいれば拾う神もいる。

 

このビルを好む人間もいる。

 

ここには、『死角』、がある。

 

客に嫌われる立地条件の悪さ、清掃業者も私設警備もいない、内部に防犯カメラなども当然設置されず、誰の目もない。

 

このビルの一室、狭い部屋を占領している9mmのサブマシンガンをメイン武装した集団が十数人。

 

 

(……これは、参りましたね)

 

 

この中に紛れ込んだ異物、<グループ>の海原光貴。

 

今の彼は『海原光貴』ではなく、雑魚だと思って、その顔を新たに借りた襲撃者の一人、『山手』という……この組織の中枢を担うボスクラスの人間。

 

これでは、頃合いを見計らってパシリでも買って出て、集団の輪からこっそり外れようとすれば、確実に怪しまれる。

 

懐に忍ばせた黒曜石のナイフ――金星の光を浴びせた物体を片っ端から分解する魔術<トラウィスカルパンテクウトリの槍>は一撃必壊の極めて強力なものだが、『雑魚でも一人ずつ順番に攻撃しなければならない』、と一対多の戦いには向いていないので、皆殺しにして強引に突破はできない。

 

かといって、“もう一つの手段”は、海原の消費が激しいので、倒せても逃げ出す体力もなくなるし、使いたくない。

 

出来る限り、この状況を自分にも相手にも穏便に切り抜けたい……のだが、

 

 

「山手、どうした」

 

 

「いや、何でもねぇよ」

 

 

細身だが全身を硬い筋肉で覆われた長身の女性。

 

ここにいるから裏稼業の暗部なんだろうが、表向きは<警備員>としての顔もあり、それを利用して、治安本部からの情報を得ている。

 

 

「しっかりしろよ。君の力が、計画の成否を、握っているんだからな」

 

 

その彼女特有の一言一言を丁寧に区切る――先生が幼子にやさしく話しかけるような――発言から、『山手』はボスクラスの中でも重要人物らしい。

 

本当に、ついてない。

 

潜入捜査のポジションとしても最悪だ。

 

 

「他の連中も動き出したようだな」

 

 

おそらく、席順からしてこの中でトップである熊のような大男が言う。

 

 

「今、学園都市全域の、警戒レベルが、上がってるはず。私達の行動にも、少なからずの、影響が出る」

 

 

「楽に進まないのは想定内だ。学園都市を出し抜くっつーのは難しい。ま、だからといって不可能じゃねぇんだが」

 

 

この組織は、<ブロック>。

 

海原の<グループ>と同等の機密と権限を持ち、何かを計画しており、それを成就させるため、捕まった<人材派遣>という不安要素を爆撃で力任せに除外した。

 

今日中に、アクションを起こす。

 

それは学園都市を……

 

海原の手にひらに嫌な汗が溜まる。

 

 

「例の『電話の声』も、駆動鎧部隊という手足がアビニョンの後始末で動かせねぇから、今は口だけも同然。何言われたって、止める事は出来ねぇんだよ。本当に難儀だよなあ。普段は上に踏ん反り返ってるが、いざ俺達が暴走すりゃあ責任取りにその首を刎ねられんじゃねぇのか」

 

 

それに『0930事件』で、『猟犬』と『狩人』もその主人ごと壊滅してるので、邪魔にはならない。

 

<グループ>にもいるがいつもこちらの動きを把握し、機械音声で指示を出している『電話の声』というのが、どういう組織なのか、単独なのか複数なのかは海原も分からないが、彼の言う通り、<ブロック>の反逆行為は止められない。

 

 

「ようし。俺達もそろそろ動き始めるぞ。何が<ブロック>だ。このまま一生奴らの下働きで終わるつもりはねぇからな」

 

 

と、熊のような大男は言うが、すぐに席を立つ事はなく、その場でぐるりと周囲を見回す。

 

 

「じゃあ、念のために恒例の『安全確認』をやっておきたい」

 

 

大きな両手をパンパンと叩くと、その合図に合わせて陰気な少女がゆったりとした動作で前へ出てくる。

 

 

「鉄網。……お前の<意見解析(スキルポリグラフ)>で、この中に裏切り者がいないか確かめてくれ」

 

 

「了解した。それが私の仕事だからな」

 

 

<意見解析>は触れた相手の心を読む能力。

 

今の『山手』、海原光貴には最悪だ。

 

<ブロック>の3人に、その下っ端構成員が十数人、そして、新たにやってきた外様の2人。

 

ここで姿がバレれば、海原は殺される。

 

 

「おっと。一応伝えておくが、『読み取り』を拒んだ時点で裏切り者認定だ。俺は不透明なのは好きじゃないからな」

 

 

逃げ道も封じられた。

 

このままだと海原は……

 

 

「佐久辰彦。年齢28歳、<ブロック>のリーダー。学園都市の外部協力機関との連携監視を主任務とする」

 

 

「手塩恵未。年齢25歳。<ブロック>の正規要員。<警備員>としての潜入工作員を担当する」

 

 

そんな内心焦る海原を他所に鉄網は<ブロック>の同僚一人一人と握手し、読み取っていく。

 

 

(ここは、読み取ると同時に握手した手を引き寄せ、彼女を人質に、盾にしながら切り抜ける)

 

 

ナイフと“もう一つのもの”の位置を確かめると鉄網の手を握った。

 

 

「―――ん」

 

 

ビクッ、と表情が歪み、鉄網の手が硬直。

 

一瞬、場が殺気立つが、海原はもう片方の手を、

 

 

「山手。年齢――――」

 

 

だが、海原が動くよりも早く、次には機械のような無機質な声が淀みなく述べられる。

 

緊張からか、ドクンと懐に仕舞われた物がざわめくも、鉄網の手はあっさりと離れた。

 

<ブロック>の『確認装置』の判定だ。

 

佐久を含む全員がその殺気を収める。

 

 

(何故……)

 

 

彼女の能力の条件がどういったものか知らないが、<意見解析>が不調だったのか、それとも……

 

だけど、それを口に出すわけにはいかない。

 

とにかく、助かったのは事実。

 

 

(それに、この懐かしさは一体……)

 

 

海原は、焦り、疑問、安堵をこの面の内に隠して、また次の相手を読み取っていく鉄網を見送った。

 

 

 

 

 

???

 

 

 

あの、馬鹿ッ!

 

一体どうして何故ここにいる!

 

しかもその“顔”で!

 

仕事でドジを踏んだんだろうが、ここで私でなかったらどう切り抜けるつもりだったのだ。

 

まさか、私を人質にするつもりじゃなかっただろうな。

 

貴様には私から奪った“アレ”があるんだろうが、そんな事をすれば、折角潜入できた苦労が台無しになる。

 

ああもう!

 

『確認装置』の代用に、こいつらに纏わりつく残留思念を拾ってイライラしているというのに、ここにきて―――の面倒まで見ないとならんとは。

 

世話のかかる!

 

こんな状況でなかったら、その顔面を解除手順なしに引き剥がしてやるところだ。

 

 

『うわぁ、―――お姉ちゃん。すごい。能力なしにドンドン言い当てていくんだね』

 

 

この慣れない、小学生が用意したどこの店にも売られていない最新製の耳に付けた極小スピーカーから驚きの声。

 

ふん、別にこの程度は造作もない。

 

自分からすれば残留思念というのはこの街で言うレコードやCDと同じようなもので、物質の表面についた細かな凸凹を私はなぞって情報を取得できる。

 

遺留品から、その人物が一体どのような死を迎えたかも、この目に見えない傷が残す記録、断末魔を再生すれば分かる。

 

あのカエル顔の医者が用意した義体は肌に合わん、とこの街の最新製とやらをひどく毛嫌いしている私を奴隷にした張本人の彼女に借金の件も含めて愚痴ったら、大至急、“こちらの世界に合わせた”物を作ってくれた。

 

 

『はい、これが―――さんの身体に合わせた『魔導変換義体』です。『AIM拡散力場制御義体』の―――さんバージョンです』

 

 

その場で日曜大工のようにトンテンカン、とは言わないが、それでも自分が黒曜石を削ったナイフのように作ってしまった。

 

生産者としての腕は、あの世界最高の<隠秘記録官(カンセラリウス)>のように速く、伝説上の<黒小人(ドヴェルグ)>の技術に匹敵…………それは、言い過ぎ、か?

 

ホント、随分早かったが、質は上々なのは確かだ。

 

どうやら、片腕を失ったとある男の一件から考えていたので、その原型は頭にあったそうなんだが……まあ、その話は良い。

 

この『木』を素材とした義体は、根から地中の、葉から空気の、生命(マナ)を自分のものとして吸い上げる仕組みらしく、“アレ”を抱えていた時とは逆に少しずつだが体調を回復していく。

 

そして、これは体質の問題もあるんだろうが、生命と共に、過ぎ去った生命の欠片――残留思念の方も吸収していくのか、より拾い易くなった。

 

そう、自分とは“相性が良過ぎた”。

 

おかげで受信感度が良くてまあうるさくなったというか、本来の仕事がしやすくなったというか、今頃、小学生に見張られている能力者のように、触れれば、その人間が今までにその身体に刻んだ残留思念を読み取れるようになった。

 

 

―――って、というか、お前は知ってるはずだろうが小学生。

 

 

『うん。ごめんね、からかいの甲斐のあるお姉ちゃん。それより、ちゃんと“アンテナ”は置いてくれた? 携帯の時のように壊さなかった?』

 

 

舐めるな。

 

あれは貴様の説明が悪かったからで、普通の機種なら扱えるんだ。

 

頼まれた仕事はもう果たしてる。

 

部屋に放置されたビジネスデスクの上には、銃器といった武器に、変装用の小道具、ハンドクリームなどが散らばっていて、一台のノートパソコン――その隣にゲコ太とか呼ばれてるカエルのストラップが転がっている。

 

あとはそのノートパソコンを――――

 

 

 

「待たせたな」

 

 

 

 

 

病院

 

 

 

『……驚きです。この『魔導変換義体』とあなたは、相性がいい』

 

 

『それは、どちらかといえば、こちらの台詞なんだが。とにかく、相性がいいのは確かだ。少し身体が軽すぎてまだ馴染めないが、魔力の通りもいい』

 

 

『先生が造ってくれたのは、生活するための、最低限の機能しかありませんでしたが、それは身体を壊さないためにセーブしたものです。松葉杖のようなもの。でも、あなたの体質と『魔導変換義体』の組み合わせは、武器にもなりえる。―――拳銃も管理を怠れば、暴発し、持ち主を傷つけます。製作者としては、元の義体に戻ってほしいです』

 

 

『却下だ。使い方次第なんだろう? わかってる。大体、身体に武器を仕込まれたこともあるんだ。この程度、どうってことはない』

 

 

『でもですね。本人の意思次第ですが、あなたは私にこれを武器として使わないと約束できますか?』

 

 

『……生きていくだけの能力で、これから始まる時代の変化を生き抜く事ができると思うのか? 無くなった者たちの声を聞ける私にはな、無力な己の不甲斐なさを噛み締めて命を落としてきた者達の断末魔を知ってるんだよ』

 

 

『あの人から、あなたの事を任されています。きっとその人は、何より身体を大切にしてほしいと思ってるはずです』

 

 

『ふん。一度も見舞いに来なかった奴の事など知った事か。それにな。お前にだけはその台詞を言われたくない。私だってな――――』

 

 

 

 

 

雑居ビル

 

 

 

「待たせたな」

 

 

部屋の入り口に現れた新たな人物。

 

大男の二人の内片方が、こちらに、佐久に片手を上げる。

 

 

「遅かったな、美濃部。そろそろ始める所だったぞ」

 

 

「<全道終着(アスファルト)>の連中と足並みをそろえるのが大変でね。だが、ご希望通りになってるはずだ」

 

 

<全道終着>?

 

海原は、その聞いた事のないコードネームに眉を顰める。

 

そして、美濃部が部屋に入ろうとする前に、用心深い佐久辰彦は、もう一度、鉄網に、

 

 

 

「―――テクパトルぅぅぅぅぅぅぅっっ!!!」

 

 

 

瞬間、飛び出した鉄網が石の刀剣を振り抜き、美濃部を入り口、廊下の窓を突き抜けるように吹っ飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

「おい! 今のは一体なんなんだ?」

 

 

熊のような大男、<ブロック>のリーダー佐久辰彦は、その身体に染みついた反復動作で、瞬時にホルスターから銃を抜いたが、それを撃つような真似はしなかった。

 

 

「まさか美濃部が偽物だったのか!! いやだとしてもあれは……」

 

 

この部屋にいる全員は、今まで戦闘能力がなかったはずの非力な少女、『確認装置』が馬鹿力で大の大人を吹っ飛ばしたのだ。

 

誰だって驚くし、夢かといわれれば納得してしまう。

 

下部組織の人間だって呆然としてしまうし、ここは一体『確認装置』か『外の協力者』のどちらを味方にすればいいか判らない。

 

 

「―――っ! 佐久!! <警備員>が、ここに、やってくる、との情報が、入った!」

 

 

「何だと!?」

 

 

携帯よりもやや機能が充実したビジネス用の小型端末からハッキングした情報に、手塩が声を上げ、佐久がぎょっとその画面を見られる位置に回り込む。

 

 

「くそっ! 撤退だ! 今すぐここからポイントBに撤退する! いつの間にネズミがここを嗅ぎつけやがった! ―――おい! アイツは何処に行った!」

 

 

美濃部と共にこの場所へやってきたもう一人の男が、今の混乱でいなくなっていた。

 

 

「あの野郎! <警備員>と繋がってやがったのか! 許さねぇ!」

 

 

海原は、今しかない、と裏切った仲間に怒りに我を忘れて追い掛ける風に部屋を飛び出す。

 

 

「待て! 行くな山手!」

 

 

「駄目だ。もう、行ってしまった。佐久、どうする?」

 

 

手塩が質問すると佐久はいなくなったドアの向こうを睨みつけながら、

 

 

「最悪、山手がいなくなってもどうにかなるからな。『確認装置』ももう必要ねぇ。そして、俺の命令を無視した。“出会ったら即射殺しろ”。それより、<警備員>の相手が面倒だ。今すぐここから撤退するぞ」

 

 

自分達は自分達の仕事をする。

 

テーブルの上のノートパソコンを厳重に仕舞うと、<ブロック>は安全地帯へ移動を開始した。

 

 

 

 

 

雑居ビル 路地裏

 

 

 

「―――貴様! その武器はまさか!」

 

 

美濃部が取り出したのは、スーツの内に忍ばせていたナイフ。

 

鋼から造られた物ではなく、非合理にも黒曜石を徹底的に磨いて造られたとある部族が用いる石のナイフ。

 

それを美濃部は陽に向けて、天に伸ばす。

 

それに反射させた金星の光は、目晦ましを意図したものではなく、あらゆるものを分解させる必殺の一撃。

 

だが、

 

 

「遅い!」

 

 

鉄網の体表に、毛細血管が浮かび上がる。

 

それは、黒い負の念。

 

体温計の目盛りのように、指先、爪先、四肢の先端から全身の血管を黒く染め抜き、力が充填。

 

地面を蹴り、壁を蹴り、美濃部の照準から逃れる。

 

あまりの踏み込みに、その場所に大きな凹みを作り、激しく空間を振動する。

 

<業魔の弦>

 

かつて、和弓魔術を操る闇咲逢魔が使った禁術は、『悪魔憑き』。

 

亡者の魂を己の中に取り込んで、純粋な力に変えるもの。

 

今の鉄網はそれとほぼ同じ、残留思念をその義体に取り込んで力に変換している。

 

 

「―――うおおおおぉぉぉっ!!」

 

 

裡に留められぬ恨み、そして、怒りの咆哮を上げ、石の刀剣――<マクアフティル>を握る掌に力を込める。

 

先程地面を蹴った時のように、生命力の残滓――残留思念を取り込む。

 

そうすれば、彼女の身体の三分の二を占める『魔導変換義体』に禍々しい黒の紋様が浮かび、尋常なまでの活力が湧いてくる。

 

あの甘っちょろくて優しいお人好しが、戦闘に活用できる武器になると危険視した意味をようやく実感する。

 

今、己の身体は爆発する寸前の火種のように破壊力を秘めているのだ。

 

 

(これは、飛んだじゃじゃ馬だな……!)

 

 

制御し切れぬほどの馬鹿力で、鉄網は<マクアフティル>を振るった。

 

腕がもげ落ちそうな勢いで動く。

 

剛腕の打撃は、黒曜石のナイフを捨て、平べったい学生鞄のような物体を盾にした美濃部をそれごとぶっ飛び、転がる。

 

 

「何て、馬鹿力だ!? こんなの知らな―――ぐっ、腕が!?」

 

 

なんと、盾にした物体は破壊されなかったが、それでも腕に伝わる衝撃のみで両腕の骨にひびを入れた。

 

鉄網も勢い余って何歩か蹈鞴を踏む。

 

相手が怯んでいる内に、止めを刺しておきたかったが、未だ武器としての使用に慣れていない、ここまでの全力活用が初めてだったせいか、この猛烈に侵食される感覚に、死者の念には耐性ができているはずなのに目眩が。

 

少しでも多くの力を得るために、雑念の濾過を省いてしまったからだ。

 

いくら慣れていても、生者と死者の気は相容れない。

 

多用すれば、自滅する。

 

などと、考察していると、振り切った時に引っ掛けたのか<マクアフティル>の鋸状の石刃に千切れた耳たぶがぶら下がっているのに気付く。

 

 

「やはり、貴様は……!」

 

 

腕を抱えて、こちらを睨みながら立ち上がる美濃部へ、鉄網は刀剣を軽く振るって、戦利品の耳を投げつける。

 

肉片は彼の胸板にぶつかり、そして重力に引かれてずるずると落ちていった。

 

 

「まさか指揮官のお前が、学園都市の暗部に潜りこんでいようとはな。危ない橋は先兵に渡らせて組織に引き籠っているのが貴様のやり方だったはずだ」

 

 

そうだろ? と鉄網は“美濃部だった男”に声を掛ける。

 

 

 

「なあ、テクパトル」

 

 

 

テクパトル、そう呼ばれた男の顔は、美濃部の顔が剥げて、中から日本人のものではない褐色の肌を覗かせている。

 

 

「上司に対して随分なご挨拶だな、ショチトル」

 

 

美濃部は。

 

いやその皮を被っていたテクパトルは、半端に壊れた顔をベリベリと引き剥がすと、その顔は完全に別人のものに、さらに体格までも変わる。

 

この二十代後半の男が使ったのは、アステカの魔術。

 

人の皮膚から護符を作り、その人自身に化けて、組織を内部から腐敗させることを得意とする。

 

そう、鉄網――<死体職人>ショチトルもまた、鉄網に化け、<ブロック>の内側に侵入していた。

 

 

「貴様にしては迂闊だったな。この街は私達魔術サイドの人間にとっては死地。たかがナイフ一本で攻略できるような場所じゃない。貴様の描くのがどんなに机上の空論なのか」

 

 

鉄網に変装する皮膚の護符を外し、ショチトルは彼女本来の浅黒い肌に、ウェーブのかかった黒髪を露わにする。

 

 

「おいおい、ショチトル。たかが先兵に過ぎないお前に『改造』を施し、<原典>を埋め込んだのは誰だ? そう、俺だ。立案者で実行者の俺が“たかがナイフ一本”で乗り込んでくるはずがないだろう。最も、“今も生きている姿”を見る限り、<原典>を奪われたのは確かなようだがな」

 

 

アステカの組織<翼ある者の帰還>を実質的に支配していて、ショチトルにかつて道具として『改造』した男、テクパトル。

 

もし<原典>を埋め込められたままだったら自分はもう死んでいる。

 

 

「あれはエツァリにくれてやった。私には向いてないし、そもそも必要ない。―――今、ここで貴様を殺すにはな」

 

 

<原典>という強大な力を失い、武術の心得もないショチトルには、こうしてテクパトルを追い詰めるだけの馬鹿力がある。

 

近づいて、頭を叩き割ればそれで終わり。

 

しかし、全身に悪寒が走る。

 

残留思念を取り込み過ぎたかと思ったが、それだけではない。

 

先程テクパトルが盾に使い、破壊されなかった四角い物体。

 

ズキン!! とそこから放たれる何かが脳の奥深くに突き刺さり、感染していく汚れた痛み。

 

ショチトルにとって、これは初めてのものではなく、かつて文字通り身に染みて味わったものだ。

 

 

「強がりを言うな。この力がどんなに凄まじいものか知らぬはずがないだろう」

 

 

四角い物体の下面の細いスリットからまるでトースターからパンが飛び出すように、極薄数mmの石板が伸びる。

 

その一面には、文字とも記号とも絵画ともとれる我らアステカ民族特有の情報記録媒体が刻まれている。

 

 

 

「―――そう、この<原典>の力を」

 

 

 

ただ、見ただけ。

 

ただ、その一文字を読んだだけ。

 

それだけでショチトルは立ち眩みし、酩酊状態のように脳に直接衝撃が来た。

 

間違いない。

 

これは写本でもなく、本物、<原典>だ。

 

己の身体を捧げても、手懐けられなかった毒。

 

 

(だが何故、奴は平気でいられる!? <暦石>はエツァリでさえも、読んだだけで命を削られたものだぞ!)

 

 

<原典>を読んで平気なのは、<禁書目録(インデックス)>と<幻想投影(イマジントレース)>……

 

だとするなら、テクパトルは何らかの手段で石板の知識の毒を処理する細工を施して実戦投入をしているのか。

 

しかし、自分がわざわざその肉体を贄にしなければなかったものを無条件でやれるものとは……

 

 

「それにな、もうすぐこの街は終わる。俺が手を下すまでもなく内憂外患で終わりだ」

 

 

余裕を取り戻したテクパトルの口は饒舌。

 

 

 

「だからな。潰れる前にショチトル、貴様とエツァリ、組織の裏切り者の首を取りにきたんだよ」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

袂を分かったとはいえ、兵器として身体を弄繰り回されたとはいえ、かつての仲間だったものを殺す事に、完全に迷いがなかったわけではない。

 

しかし。

 

今この男は、殺す、と宣告した。

 

 

 

エツァリお兄ちゃんを!!

 

 

 

『ふん。一度も見舞いに来なかった奴の事など知った事か。それにな。お前にだけはその台詞を言われたくない。私だってな――――お兄ちゃんに守られてばかりは嫌なんだよ』

 

 

 

「そんなこと絶対にさせるか……!」

 

 

浅黒いの体表に毛細血管が浮かび、赤黒く充血している。

 

残留思念を充填しきった『魔導変換義体』で、ショチトルは思いっきり地面を蹴った。

 

砲弾の如く、ショチトルは真っ直ぐに―――テクパトルの元へ突進する。

 

 

―――一体どこの奴にその身体を『改造』させたんだショチトル!

 

 

テクパトルは両目を見開き、ショチトルの『魔導変換義体』による信じ難い動きに唖然とする。

 

 

―――違う! これは私が私を貫くために私が望んでもらった力だ!

 

 

『魔導変換義体』を、上条詩歌が造ったこの切り札を、テクパトルは知らない。

 

策士だろうが、<原典(ぶき)>を持っていようが、使おうとしない、読もうとしないなら、この突撃には対応できない。

 

盾にしようとも、それごと奴の身体を打ち砕く。

 

 

 

 

 

―――なのに。

 

 

 

 

 

だというのに。

 

振り下ろす寸前で、<マクアフティル>の刃は止まっていた。

 

 

「……ぅ……ぁぅ……ぅぐ……」

 

 

石の刀剣の狙い澄ました射線上で、少女が囁く。

 

テクパトルとショチトルの間に、先程一緒にテクパトルと入ってきた男―――の皮を被った少女が割り込んでいたのだ。

 

 

「―――そいつごとやればよかったのに。その勢いならおそらく、この俺もついでで殺せたぞ?」

 

 

テクパトルは、笑う。

 

 

「やれるはず……ないだろ」

 

 

苦悶のように、ショチトルの唇から零れる。

 

 

「友を、トチトリを……殺せるはずがないだろ……」

 

 

踏みとどまった少女は、自分の方が泣いているようだった。

 

 

「最後に一つ、教えておいてやろう。<原典>の代償を払っているのはコイツだよ。わざわざこいつを読むような命知らずな真似などするものか。<ウサギの骨>に適した形に『改造』した。コイツの身体はもう骨の半分は黒曜石と交換されてる」

 

 

瞬間、ショチトルの背筋から、全ての温度が消えた。

 

人語ではない何かが、戦友の口から聞こえ、考える頭が、心が、残されていないのが分かってしまった。

 

<死体職人>という残留思念を読み取れるショチトルには、すぐに。

 

まともな人間なら、麻酔を使わず、自分の骨を生きたまま提供するなんてありえない。

 

人に対する扱いじゃない。

 

もうトチトリの心は砕かれ、廃人に……

 

最悪の再会に絶句するショチトルを見て、テクパトルは堪え切れないといった調子で笑いだす。

 

 

「ほら、久しぶりの友との再会だ。何か交わす言葉はないのか? え?」

 

 

ぐぷっ、とショチトルは急制止した反動からか口から血を吐き、友の顔を赤く染めた。

 

それがまるで、既に枯れ果てたトチトリの代わりに血の涙を流しているようで……

 

そして、石の刀剣を手から落としてしまったショチトルから、トチトリの首に腕を巻いて抱き寄せテクパトルが大きく後方へと飛ぶ。

 

 

「そうか。ないのか。だったら、これでお別れだ。安心しろ、寂しくないようにエツァリもすぐにあの世へ連れてきてやる」

 

 

<月のウサギ>。

 

五つ目の太陽が作られた時の話で、その時一緒に生まれた月が、神々の想定以上の、太陽と見分けがつかなくなってしまうほどの輝きを放つので、神々は月にウサギを投げつけて月の光を弱めた。

 

これはその神話の応用。

 

<ウサギの骨>に見立てて『改造』されたトチトリの骨を“投げつける”ことは、月の輝きを落した―――『あらゆる敵を撃ち落とす飛び道具』による長距離砲撃。

 

 

 

ゴパッ!! と。

 

テクパトルの手から<ウサギの骨>が放たれた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

一直線に進んだ。

 

雑居ビルも、その先の建造物も、何の障害にもなることなく。

 

 

「現れたか――――」

 

 

テクパトルはニヤニヤと笑いながら、トチトリの後にすぐ割り込み、ショチトルをさらっていった男を見る。

 

 

「――――エツァリ」

 

 

山手――海原光貴――そして、エツァリ。

 

複数の名を騙り、複数の皮を被ったアステカの魔術師。

 

 

『―――テクパトルぅぅぅぅぅぅぅっっ!!!』

 

 

鉄網が叫んだその名はかつての仲間のもので、そして、振りかざしたのは<死体職人>が使っていたアステカの剣。

 

それで、分かった。

 

ここに来て、さらに確信。

 

そして、硬直。

 

<ウサギの骨>の破壊力、仲間達が本気で殺し合いしていたのもそうだが、それより、テクパトルの傍らにいるトチトリの―――人差し指。

 

 

「テク、パトル」

 

 

ぶるぶると、エツァリの唇が震える。

 

ぷらん……とそこだけ指の抜けたゴム手袋のようで、次の瞬間、内側から不気味な軋音を立てて膨らんで元の形を維持する。

 

<原典>の自律維持機能、だ。

 

人の形が保持に必要だというのなら、人骨を黒曜石に交換する。

 

そこに、一体どれほどの激痛が。

 

死ぬよりも辛いのに、生かされ続けるのはどれほどの苦しみか。

 

この地獄から逃れられぬというのなら、自我を放棄するしかない。

 

 

「しっかし、本来なら他天体に直撃する一撃でなければならないんだが、この程度とは……これは、どうも素材となる<ウサギの骨>がまずいらしい。“ちゃんとトチトリを『改造』したはずなんだがな”」

 

 

彼らの会話を最初から最後まで聞いてないが、今ので全てを悟った。

 

トチトリの苦痛を受信し、腕の中で震えるショチトルを、最後に残った理性で降ろすと、エツァリは山手の顔に手を掛け、

 

 

 

「テクパトルぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」

 

 

 

仮初の仮面を剥がし、怒りの沸点をとうに超えた、その本性を露わにする。

 

例えこの身を滅ぼしても、倒さなければならぬ敵がいる。

 

懐から大蛇のごとく蠢く<暦石>――<原典>の絵巻を己の意志で掴み、人間の枠を超えた、人間が踏み入れてはいけない領域の力を手にする。

 

『武器を持つ敵対者への反撃』

 

ショチトルの『改造』に使われ、今、自分が手にするこの力は、相手が武器を持つ限り、その武器で自害させるカウンター。

 

 

「いいね。これでこそ俺達の戦いだ。先程のは野蛮民族のやり方だ」

 

 

だが、ここにいるテクパトルもまた<原典>を使うもの。

 

同じ<暦石>から派生した魔道書の石板をかざし、

 

 

 

「叡智を尽くし、アステカの舵を奪い合おう」

 

 

 

爆音と共に、再び<ウサギの骨>の閃光が複数放たれ、それをエツァリが巻物を大きく広げさせ、打ち払う。

 

その際に、巻物の表面から鱗粉のように粉末が飛び、それを操って砂塵の如き竜巻をぶつける―――も、テクパトルの石板がそれを弾く。

 

<原典>と<原典>。

 

そこに優劣は存在しない。

 

しかし、勝負の天秤は傾く。

 

 

「場数の違いだな。それに、<原典>の対策もなってない。これを武器とするには、知識逆流の防止策を張っておかないと自滅するぞ」

 

 

<原典>は人間に使われるものではなく、使う人間を選ぶもの。

 

例えば威力のあるマグナムは、その分扱いも難しく、危険。

 

だから、未熟者が使い方を誤って暴発などすれば、逆に撃ち手の方が怪我をする。

 

<原典>は、魔術世界でその一冊は兵器、存在自体が狂気。

 

ただし、下手な人間が読んで、機嫌を損ねれば、狂死する。

 

テクパトルは<原典>という持ち手部分を高温に熱したマグナムを、他人に持たせて、撃たせているようなもので、直に持つエツァリは持つだけで火傷し、その撃った反動を御し切れない。

 

頭痛がする。

 

己の性能を大きく凌駕する力は、術者の心身を蝕む。

 

それでも、エツァリは<原典>の毒に苛まれながらも、反動を堪え、さらに力を振るう。

 

巻き物で、閃光の連射を防御し―――だが、それでも完全に反応できたわけではなく、何発かもらってしまう。

 

<原典>の自律維持からの補助のおかげで、かろうじてエツァリの身体は原形を保っているが、その分、ごっそりと精神を削られる。

 

もう、立ち上がる体力もないほど追いつめられる。

 

 

「何故、トチトリを、そして、ショチトルをこんな目に……ッ! 一体、組織に何があったんですか?」

 

 

「なぁに。一つの大きな戦いが終わった。それだけさ」

 

 

テクパトルは笑いながら言う。

 

世界の警察を名乗る無礼者と<翼ある者の帰還>の戦争。

 

それさえ終われば、自分達は元の穏やかな生活に戻れると信じて―――しかし、そうはいかなかった。

 

あれほど苦しい戦いが終わったのに、自分達の地位も立場も暮らしも、何一つ変化ない。

 

結局、あの戦いは上の長老達の利益にしかならなかった。

 

 

「ああ、俺達には無意味だったんだよ結局は。くだらん寝言で扇動されたに過ぎなかったんだよ。老人達は処刑しても、俺達が今まで戦ってきた指針も方針も全部無意味だったに変わりない。今の我々はどこへ進むべきかもわからない迷子なだけだ」

 

 

もう、自分達が守りたかった家はないんだと。

 

仲間達を犠牲にしてまで手に入れたかったものは得られなかった。

 

 

「これで終わりだ。エツァリ。組織も、この街も、全てな……」

 

 

そして、すでに笑みの崩れているテクパトルは今度こそ決着をつけるとその必殺の一撃を込めた手をかざし―――ぎょっとした。

 

先程まで隣にいたトチトリの姿が無い。

 

この<月のウサギ>と経路(パス)を繋ぎ、精神崩壊させた彼女が自分の命令を無視して動くなんてありえない。

 

テクパトルは手をかざしたまま、周囲を見回し―――背後から襲いかかられた。

 

 

「んなっ―――!?」

 

 

勢いよく、テクパトルの背後からのしかかる。

 

それは骨の半分を黒曜石に替えられた、トチトリの肉体だった。

 

虚ろな眼で口を小さく開けるその様は、死人ようだ。

 

 

「何をする! 離せ! 俺の言う事が聞けないのか!」

 

 

先程腕にひびを入れられて、拘束を振り解くほどの力はない。

 

もがくテクパトルを羽交い締めにして、顔をエツァリの方へ、その先へ向ける。

 

 

「すまない、トチトリ。―――こんな扱いをさせて」

 

 

エツァリの背後、友に謝るショチトルの手には、エツァリの手から延びる絵巻の先端が握られていた。

 

 

「まさか、貴様。それを―――!」

 

 

「この私を『改造』した貴様なら良く分かってるだろう? コイツに武器は通じない。刃を向けた相手を自滅させる」

 

 

エツァリ一人では本領を発揮できなかった<暦石>の力。

 

他人の武器に『干渉』して、己の肉体の一部として乗っ取り、その破壊力を借りて敵を滅ぼす自殺術式。

 

武装解除しなければ、逃れられない。

 

ショチトルが吐血した血液という体の一部でマーキングされた、テクパトルの武器――トチトリ。

 

条件は整っている。

 

 

「ショチトル!?」

 

 

「終わらせてくれ、エツァリ。トチトリは私が抑える」

 

 

所詮は、虎の威を借る狐。

 

もしテクパトルが<原典>を読んでいれば、抵抗できただろう。

 

しかし、テクパトルは代償を恐れて、武器としたトチトリに代わりに読ませるだけで、本来の読み手はトチトリ自身だった。

 

<原典>は『その知識を最も広める者に味方する』性質を持ち、読まずに『死蔵』する相手を本当の読み手とは認めない。

 

だから、トチトリの所有権を奪えば、いや、彼女の意識をほんの少しでも制御から外せば、己の人骨を贄にするような、友を撃つような真似は死んでもしない。

 

そして、半々で暴発する危険性のあるマグナム銃の引き金を、誰よりもその威力を間近で見てきた臆病者のキツネが引けるはずがない。

 

自分が『改造』した者達に反逆されたテクパトル。

 

 

「<原典>も、彼女達も武器じゃない。それを見誤り、無残に扱ったのがあなたの間違い」

 

 

「やめっ、やめっ―――やめろぉおお!!」

 

 

エツァリは立ち上がり、黒曜石のナイフを取り出し。

 

真っ直ぐに。

 

 

「これで終わりです。あなたも、組織も」

 

 

突き刺し、終わらせた。

 

これ以上、迷子になるしかない無意味な戦いを。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「あれ? もう終わったようだね」

 

 

テクパトルの戦いが終わり、トチトリが解放され、ショチトルが気を失ってしばらくして現れたランドセルを背負うセミロングヘアを二つに結った少女。

 

 

「君は……」

 

 

「私は木原那由他。そこで寝ているショチトルお姉ちゃんの相方(バディ)かな。ショチトルお姉ちゃんと頼まれごと遂行中に何かトラブルが起きたようだから咄嗟に<ブロック>に誤報を流したんだけど……おかげで失敗しちゃったかな」

 

 

名由他という少女は言う。

 

今、学園都市は大変な危機に見舞われようとしている。

 

本来、自分とショチトルはその連鎖の一つを阻止しにきた。

 

<グループ>のエツァリでさえも、何かが起きようとしているのは察知しているがその全貌を把握していないそれを、こんな少女が……

 

いや、今はそれよりも。

 

トチトリ。

 

テクパトルの支配からは抜け出せたが、<原典>の呪縛は未だに絡みついたままだ。

 

テクパトルが落した複数の石板を収めた学生鞄のような物体から、不自然に細長い、こちらに手招きするような影が伸びる。

 

ここで、その毒の触手を握れば、脳は汚染する。

 

だけど、そうしなければ、トチトリは助からない。

 

エツァリは迷わず、その手を差し伸べようとした時、

 

 

「ああ、誤報流した後、SOS信号を放ったから、―――来るよ」

 

 

何が、と聞く前に―――現れた。

 

 

「なっ……」

 

 

咄嗟に構えたエツァリの眼前に、薄らとした少女の形をした輪郭が浮かび上がった。

 

 

 

 

 

避暑地

 

 

 

<避暑地>と呼ばれる第22学区の地下数百mの地下街にあるVIP専用の核シェルター。

 

本来は『統括理事会』の一人の私物なのだが、滅多に使われる所ではないので、馬場芳郎はセキュリティ解除して、勝手に占領している。

 

別荘のように豪奢な内装に、ネット回線も『統括理事会』レベルの特殊回線と繋がっている。

 

札束の山に、一年分の食糧まで完備されており、情報で相手を制すハッカーである彼にはこの上なく格別な環境だ。

 

 

(ここならきっとLevel5でも入れまい。僕の安全は確保されている)

 

 

あのトラウマになった<大覇星祭>での一件以降、とにかく安全地帯に引き籠って、こちらのノートパソコンから操作可能な『博士』手製の機械獣で仕事をする事に徹するようになった。

 

 

さて。

 

 

『三匹の子ブタ』というお話をご存知だろうか。

 

子ブタの三兄弟が、オオカミが壊せないような家をそれぞれが造り、藁の家、木の家が吹き飛ばされたけど、最後の煉瓦の家は壊せなかった。

 

今の馬場は、その『煉瓦の家』を見つけたんだと思っているのだろう。

 

 

だが。

 

 

本当に、それは『煉瓦の家』なのだろうか。

 

そもそも、馬場が恐れる『オオカミ』の侵入を防げる家などあるのだろうか。

 

 

 

ゴバッ!! という爆音が炸裂した。

 

 

 

馬場の前方、<避暑地>の壁がグシャグシャに弾けて、大穴を開けた。

 

 

「はいはい。ここに不法で引き籠っている子ブタさんがいるのは分かってるんよー」

 

 

力任せで強引突破したのは、『オオカミ』ではなく、『鬼』。

 

破壊力だけならLevel5にも匹敵するその力は、分厚い核シェルターでさえもぶち抜くほど強力だった。

 

 

「ひ、ひぃぃぃ!?!? お前は<赤鬼>―――」

 

 

「ん? 何だい、どこかで会った事があるのかい? まあ、どっちにしたって逃げるのは無駄」

 

 

馬場は一目見ただけで恥も外聞も捨てて、地面に転がり、とにかく誰でも良いから助けを呼ぼうとするも、軽い爆発で吹っ飛ばされて、呆気なく気絶。

 

 

「何つーか、いきなり爆撃ってやり過ぎじゃねーか?」

 

 

「んー? 記憶にはないんだけど、昔に馬鹿にされたような気がしてねぇ。主に胸の事で。ま、とにかく、ここのデータを調べて、とっとと行くよ」

 

 

 

つづく


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