とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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暗部抗争編 狙撃

暗部抗争編 狙撃

 

 

 

車内

 

 

 

「………」

 

 

ぎゅうっと、ブーツのベルトを締める。

 

かつてある企業に雇われの護衛――<黒鴉部隊>のリーダーが着用していたのと良く似ている、プロテクター付きボディスーツを着た鬼塚陽菜。

 

視線の先には当主の証でもある金棒――<貪鬼>。

 

各代ごとに形が変わるもので、今代、つまり、父のようなパッと見で『鬼の金棒』と思い浮かべられそうなトゲトゲの凶器とは異なり、金棒というより棍棒。

 

同じ素材で出来ているが、細く、長く、4つに分けられ、携帯しやすい金棒で―――太くて大きな硬い温度計。

 

全てを連結させれば、物干し竿になるだろう。

 

これが活躍するのは、もちろん洗濯物を干すためではなく、昔に仕込まれた格闘技――便宜上、鬼塚流武術と呼ばれるもの。

 

普通のものとは一線を画し、基本的に誰でも学べて、個人差はあれど誰でも再現できるような、そうした普遍性はない。

 

秘奥と呼べるものならなおさら。

 

前提条件が、あまりにも厳しく、紙飛行機にジェットエンジンを載せても、空を飛ぶどころか粉々になるのと同じ理屈。

 

それを見ただけで、誰にも扱えるようにアレンジしてしまい、己の業として吸収してしまったとある親友もいるけれど、あれは例外。

 

というか、あの寮監の要求に応えた親友の学習能力と指導能力なら、これを全国のちびっこたちにも広めてしまえそうだ。

 

やらないだろうけど。

 

とにかく、ぶっちゃけ、どこかの流れを読んでうんちゃらかんちゃら小難しい理屈を並べる拳法と同じく何でもありの自家伝喧嘩殺法なわけだが、基本的に棒術なのである。

 

<貪鬼>を太股のホルスターに通すと、異形の戦鬼が完成だ。

 

はい拍手。

 

まあ、私が伝家の金棒を抜くような時があれば、多分、それは負け戦だよ。

 

でも、こいつらを連れているんだから、準備は万全にしないとマズい。

 

これも上に立つ人間の苦労だ。

 

 

「おい、親友(ダチ)の演説、見ていかねーのか。カーナビで見れるぞ」

 

 

試合前のウォーミングアップでだらけたキャッチボールをするように、運転手でサポーターの不良金坊主が声を投げかける。

 

 

「必要ないね。見るまでもない」

 

 

「テロられっかもしんねーんだぞ。っつか、あそこまで無防備だなんて、どうぞ撃ってくださいつってるようなモンだ」

 

 

「『鬼の一族』ってのはちぃっと感性が特殊でね。やられるまでは、突き放すのが信頼の証ってやつさね」

 

 

中継しなくていい。

 

特に、心配してないから。

 

演説の方なら言わずもがな、テロに対しても。

 

親友が、この日の為に色々と準備してきたというなら、それはむしろ相手の方を心配すべきだ。

 

美琴っち、食蜂っち、軍覇っちが彼女についたのは賢い、それ以外の皆さんは、お気の毒。

 

あれは、ただの優しい聖母さんではない。

 

何せ親友の得意料理は見た目真っ白だけど、何日間もぐつぐつ煮込んだ、子供が嫌いなお野菜も気づかぬ内に美味しい美味しいとおかわりさせてしまうホワイトシチュー。

 

上条詩歌を敵に回すというのが、どんなに恐ろしい事か、長年、喧嘩してきた私は良く知っているのだ。

 

Level5も一筋縄じゃいかないんだろうが、力でくる輩では決して勝てはしないんだよ。

 

 

「―――じゃあ、行こうか」

 

 

暗闇から暗闇へ小鬼(ゴブリン)を従える。

 

ぎらりと金棒の表面に映る陽菜の顔は、微笑んでいるようにも見えた。

 

 

(まあ、それでも見に来る奴がいるなら、そいつはよっぽど心配性なんだろうねぇ)

 

 

 

 

 

コンサートホール

 

 

 

統括理事会の野外公演など面白いものではないが、祝日だけあって、このコンサート広場には下手したら万にも届くほど何千もの人間が集まっており、実況放送も含めると何百万もの人間が彼女の演説を聞いているだろう。

 

この位置から文化祭で使うような簡易舞台までの距離は100m前後。

 

その壇上にいる初老の女性――親方最中が立つ周囲には黒服の護衛が四方に四人控えているが、今、演説している少女には誰もいない。

 

少なくとも壁になれる位置には。

 

 

「あの、馬鹿がァ」

 

 

一方通行は吐き捨てる。

 

呑気に演説しやがって、向こうのVIP様も服の厚さからして防弾装備が無いのが丸わかり、お好きな場所を撃ち抜かれても文句言えない。

 

統括理事会の潮岸という男は、襲撃が怖いのではなく備えてないのが不安で、あのフランスアビニョンでの一件以降、駆動鎧を四六時中着込むだけでなく、核シェルター内に引き籠っている、と聞いている。

 

 

「確認しておくが、盾になる気はあるか?」

 

 

こちらに向けられた同僚――土御門元春の言葉に、一方通行がジロリと隣を見れば、彼が顎で指しているのは親方最中。

 

 

「ねェよ。統括理事会はクソ野郎の集まりだ。そンな奴らの面倒まで見切る気はねェよ」

 

 

トマス=プラチナバーグという統括理事会は、ろくな会話などした事が無く、ただ部屋を見ただけだが、その成金の悪趣味な飾りから、悪意もなく他者を貶める野郎なのはすぐに分かった。

 

あの裏取引を見て生かしたのは間違いだったと今更ながらに後悔している。

 

 

「学園都市の上層部って言うのは、二種類ある」

 

 

コンサートホールの広場の人混みに紛れながら、土御門は一方通行に聞こえる程度の小さな声で言う。

 

 

「真っ先に死ぬべきクソ野郎と、真面目に働いているのにクソ野郎と同列視されている善人だ。そう言うやつは目の上のたんこぶ扱いされ、世渡りが下手で貧乏くじばかり引かされるんだがな」

 

 

貝積継敏、潮岸、鬼塚鳳仙、トマス=プラチナバーグ、薬味久子、親船最中………。

 

貝積は基本善人なんだろうが、ブレインとして付いている雲川芹亜が賢し過ぎるので、そう簡単に信用できない。

 

鳳仙は基本悪人だが、カタギとの線引はきっちりとしており、けれども、まだ底知れぬ新入りは、信頼できない。

 

他は論外。

 

その中で、親船最中は実戦的な力は皆無だが、信用できるし、信頼もできる善人だ。

 

今のこれも学園都市の大半を占める未成年の子供達に選挙権を与えるためでもある。

 

もし選挙権が無ければ、明日から消費税を30%に増税しますという大人の上から決めた政策にも反論もできない

 

それにもし選挙権があれば、平和的に『戦争』も止められるかもしれない。

 

 

「現実を見ろよ馬鹿とお前さんは言いたいんだろうが、開拓者は最初笑われるもんだ。多くの人間を導いた特別な有力者の功績は大きいが、それが『自分の力が無い』と勝手に思い込んでいる奴らの意識が変えて、大勢を動かし、歴史を変えていくんだ」

 

 

蝶の羽ばたきは些細なもの。

 

だけど、それが連鎖していき、世界を巻き込む嵐となる。

 

 

「大体、上条詩歌は甘くて優しいが、馬鹿じゃない。暴力という言葉を知らない訳でもない。むしろ人一倍不幸を理解してる。自分の後ろ盾に任せる人物の善悪も分からんような奴じゃないのは、お前も良く分かってるだろう?」

 

 

それに彼女にはちゃんと頼れるガードマンが側にいる、と土御門は最中の後ろ、舞台裏へと何か、誰かを見るように。

 

 

「チッ。面倒臭ェ」

 

 

 

閑話休題

 

 

 

さて。

 

一方通行と土御門がここにいるのは、演説を聞くためではない。

 

人材派遣(マネジメント)>。

 

強盗や窃盗などで足りない人材を補充し、また仕事に必要な道具、情報まで揃えて、紹介料を稼いでいる裏の仲介人。

 

ここ最近、彼らの活動が活発になっており、今から十数時間前にも、何らかの犯罪集団の足りない面子を補充した。

 

この時期に、わざわざ金を払って『外』から即戦力を手に入れたとなると、近いうちに必ず事件を起こす。

 

それを調査し事前に防ぐのが、社会の裏にいながら、表舞台を守るために活動している4名の小組織―――<グループ>だ。

 

その内の一人を土御門元春が仕事場で“回収”し、海原光貴がそいつの“家宅捜索”で発見したのは、わざと財布の中にあるお金と混ざらないように棚の中にしまってある5枚かの紙幣。

 

学園都市造幣局が発行している紙幣には、偽造防止用のICチップが付随されており、それが細工されているのなら専用の機械で読み取れば、隠れた情報が見つかるかもしれない。

 

土御門と連絡を取り合ってすぐに、<人材派遣>の部屋が証拠隠滅とコソコソと嗅ぎ回る海原(ネズミ)の撃退にとおそらくその犯罪組織からの贈り物(ロケット弾)が爆発したが、

 

幸い、海原の咄嗟の起点により重要物件だと思われる紙幣5枚は無事で、結標淡希を連れた土御門達に回収された。

 

襲撃を受けた海原に関しては、現場に残った脹脛のあたりの皮膚をごっそりと剥ぎ取った死体が見つかり、その人物とすり替って、組織に潜入しているだろう(あくまで予測で、どこにいるかも分からないが、ヒントもないので助けに行くのは保留。というより、自分の不始末は自分で何とかするのが<グループ>の共通した考えだ)

 

そして、紙幣は見事にビンゴだった。

 

<人材派遣>が紹介した商品(じんざい)は、スナイパー砂皿緻密。

 

経歴実力については書かれてある事をそのまま鵜呑みにする訳にはいかないが、紹介料だけで70万とられるとは『目玉商品』に違いない。

 

武器は、<磁力狙撃砲(MSR-001)>。

 

電磁石を用いてスチール製の弾丸を飛ばす学園都市製のスナイパーライフル。

 

発射初速は290m/sで、単純な威力なら普通の狙撃銃よりも劣るが、火力を使わないので反動が無く、照準の『ブレ』を極力抑えられる。

 

それに、音が無い。

 

遠くからの暗殺には最適な狙撃銃だ。

 

 

 

そして、その犯行計画――その狙撃ポイントがコンサートホールである事から犯人連中に関わっていると思われるのは<スクール>。

 

<グループ>と同じ、学園都市の裏に潜んでいる暗部だ。

 

 

 

元より、これをきっかけにあの<人材派遣>の男を生け捕りにした。

 

先日、ネットワークを介した電子メールではなく、直接窓から、とある少女の部屋に紙飛行機が舞い込んだ。

 

土御門が言うには、犯行声明というより熱烈な恋文(ラブレター)だ。

 

その能力でお手製の紙飛行機型恋文は、とある少年の右手によって跡形もなく消し去ってしまい、もうこの世に現物は存在しないが、その内容は……

 

 

『どうしてもというから読ませてあげたのに、何折角の投影できる証拠品を、っつか、妹の手紙を勝手に台無しにしちゃってんですかー!』

 

 

『だって、そりゃ、『俺の女になれ』なんて書かれてたから、つい、お兄ちゃん的にカッとなってゲンゴロしちまったというか……』

 

 

『もう! 別に女(友達)になってくれなんて珍しくないでしょう? それに手紙(果たし状)だなんて中々古風で良いじゃないですか。本当に(能力的に)とても興味深い手紙だったんですよ。それに(賛成票を説得するように)仲良くなるきっかけになったかもしれないのに』

 

 

『な、何ですとマイシスター!? お兄ちゃんはこんな(保護者的に)危険な奴と会ってほしくないのでございますよ!!』

 

 

『別に(能力が)危険なのは重々承知です。それでも、多少の(襲撃の事を指しています)火遊びをしてでも、一度でいいから会って話したいんです。それなのに――さんったら全く。これに関してはこれ以上口を挟まないでくださいね』

 

 

『ううぅ、年頃の女の子はちょっと危ない系のお兄さんに惹かれちゃうと雑誌で見た事があったがまさか本当だったなんて………ふ、不幸だーーーっ!!』

 

 

……とまあ、壁の向こうで微妙に噛み合ってない感じのやり取りがあった後、部屋に号泣しながら駆け込んだ隣人から話を聞く所によると、第2位は、<幻想投影>の力を、そして、上条詩歌という少女を大変気に入っており、是非とも自分の女として手に入れたい、のだそうだ。

 

 

「欲しい女の子の元に、花ではなく弾を送りつけようとは。一体第2位は何を考えてんだか。同じLevel5として、何か気付いた事はあるか?」

 

 

「知らねェし、知りたくもねェし、知る必要もない。ここで捕まえたスナイパーの奴から雇い主の事全部吐かせて、ぶっ潰せば、考える必要がねェからな」

 

 

それに一方通行としても好都合だ。

 

彼女に必要な票が“確実に一つ減る”。

 

自分は彼女を守りに来たのではない。

 

この己以外の誰も傷つけるこの血みどろの手は、救いを掴むものではなく、絶望に引き裂くものだ。

 

自分はここに攻めに来た。

 

第2位を、そして、アイツを。

 

だから、自分達のポジションは、壇上から離れている。

 

人混みから離れて、誰にも邪魔されずにすぐ移動できる。

 

 

「スナイパー除けに<妨害気流(ウィンドディフェンス)>を張ってあるみたいだ。あちらさんも一応はスナイパーを警戒しているようだな」

 

 

事前に携帯電話のGPS地図を使って、位置情報を確かめれば、狙撃可能地点は約32か所。

 

壇上の部隊のバックにはステンレス製のボードがあるため、後方180度は死角になるため、さらに絞れて、正面の15ヶ所。

 

そこを一つ一つ潰せば、スナイパーを捕まえられる。

 

しかし、だ。

 

既に狙撃体勢に入っているであろう歴戦の狙撃手がそんな隙を見せるとは思えない。

 

広場から少し離れた位置に、『空気清浄機』と側面に書かれた荷台に巨大な扇風機を取り付けた特殊車両が止まっている。

 

<妨害気流>。

 

風の影響を受けやすい狙撃の狙いを逸らさせるための気流を生み出す。

 

あの『山盛り灰皿(ホワイトスモーカー)』が愛用の煙草浄化装置のように、恐らく四方に一台ずつ配置して会場を取り囲むように風が渦巻いているだろう。

 

 

(それだけじゃねェ……なンか妙だ。アイツがわざわざ予告されて、流れ弾の危険があるっつうのに、それでもイベントを中止せずに、ここに学生共を集めた。考えられンのは………)

 

 

囮。

 

自分が狙われているというのなら、己を舞台に立つ主演女優のような大振り身振りのパフォーマンスで、より目立たせて、他に狙いを外させない。

 

 

「うわぁー、詩歌お姉様、格好良い! ってミサカはミサカはドンドンパフパフーって拍手してみたり!」

 

 

「にゃあにゃあ! 詩歌お姉ちゃん、こっちこっち! ――お兄ちゃんもっと高く上げて欲しいにゃあ!」

 

 

「二人とも……あまりフードを引っ張らないでくれ……」

 

 

壇上でのアイツの演説が終わった直後。

 

大男の肩を占領してはしゃぐ、大変見覚えのあるガキ二人。

 

 

「ここまで大衆を動かそうとは、流石、私の好敵手だ。今からメイドお手製弁当に『上条詩歌とライバルな現役女子中学生メイドの手作り☆』とでもラベルを付けたら完売するんじゃないか、舞夏」

 

 

「雲川ー、良い案だけど、向こうがライバルとして認識してるか微妙だぞー? お前がやればできる子なのは分かってるけど、ぶっちゃっけ、この前の野球も、守備のファインプレイが無かったら普通にヒットじゃなかったかー」

 

 

「うぐっ、痛い所を突いてくるな、土御門。だが、あれは勝負に負けたかもしれないが、試合には勝ったというつまりは引き分け的な―――」

 

 

「二打席連続三振で、試合の方も負けたけどなー。これで六連敗かー」

 

 

「いや、彼女に正体は知られてないはず。きっと。だから、まだ公式では五連敗でストップ。うむ、良い塩梅だった、土御門。こうして、私のプライドは傷つけられてより強度が上がるというわけだ! 素晴らしい!!」

 

 

「強度は上がっても、胸囲じゃ随分差をつけられてるぞー」

 

 

「土御門……そろそろプライドが傷つき過ぎて人間不信に陥りそうだぞ」

 

 

「だったら、真面目に働けー」

 

 

メイド弁当を売り子をしているメイド二人組。

 

幸い、どちらも壇上に視線を向けているので背後にいるこちらには気づいていない。

 

しかし、この局面でこいつらと遭遇するなんて、神様ってやつはふざけてるのか?

 

と、土御門と一緒に頭を抱える。

 

そして、ますます気になる。

 

アイツが流れ弾の危険性を万が一にでも許すのか、と。

 

 

「(ン? あの装置、最新型かァ? ベクトルがランダムじゃねェぞ)」

 

 

「(何? ―――! 確かに第三世代かと思ったが、あれは第一世代だ。あれじゃあ、ランダムな気流じゃなくて、単調な一方通行しか流さない。プロのスナイパーなら簡単に読めちまうぞ!)」

 

 

慌てて再確認した土御門がギョッとする。

 

最新型ではなく、二世代前の型落ちした旧型を使っている。

 

一定のリズムで、一定のベクトルで回っている。

 

この程度の人工的な突風のガードでは、何度も困難な狙撃を成功してきた砂皿緻密には攻略されてしまう。

 

準備できなかったのか。

 

舐めているのか。

 

いや、どちらも違う。

 

 

(射的場の屋台に用意される景品みてェに大人しくしているタマじゃねェ。きっと、<猟犬部隊(ハイエナ)>どもを『犬小屋』に閉じ込めたような腹黒いモンを仕込ンでンに違いねェ………)

 

 

0930事件で、あの<偽善使い(フォックスワード)>のやり口は大体把握している。

 

にっこり笑って、人を罠に嵌める―――まるでお釈迦様が掌で斉天大聖を弄んで、戒めたかのように。

 

 

 

 

 

???

 

 

 

依頼主の計画通りに、チェックインはせずに、電子ロックを解除して侵入したホテルの一室。

 

最初の障害となる窓ガラスの切断。

 

セキュリティを潰し、テーブルやベットなどを土台で作った射撃台の高さに合わせた位置に、ダイヤモンドの刃先のサークルカッターと呼ばれる機材を一回転させ、窓ガラスの表面にコンパスのように浅く傷をつけて、下手に割って破片を地上に落とさぬように穴を開ける。

 

狙撃手(スナイパー)の砂皿緻密がもう何千回もこなしている作業だ。

 

そこから、鋼の箱のような強力なソレノイドコイルの銃身、人間の足首ほどの大きさのある磁力狙撃砲の銃口を入れる。

 

そして、近くにはスーツケースほどの巨大な磁力狙撃の動力源の巨大バッテリーが転がっている。

 

予め狙撃ポイント付近の屋根の上に設置した風力計から電波で受信、転送されてきたパソコンに表示された数値を見るかぎり、この風はとても素直、読みやすい。

 

わざわざ<警備員>の警備配置された<妨害気流>を破壊するという危ない橋を渡るまでもない。

 

射程距離も、事前に渡された情報と、自分の足で歩いてきた歩数計から平均的な歩幅から算出した数値と、ほぼ一致。

 

ただ、<人材派遣>が見落としたのか、ここら一帯の街路樹は環境がいいのか、かなり大きく、射撃の邪魔になる。

 

おかげで実際に見て複数用意された中からいくつか没とさせてもらった。

 

やはり、視点の違いで、こうしたミスがあるのだから、現場を見ておく事は、間違いではない。

 

銃の性能と弾の精度で補える射距離は2000m、それ以上は射撃手(スナイパー)の経験と運が大きく作用する。

 

今回の距離はおよそ1000、幸いにも2000以下で、さらに専用の機材のサポートまで付いている。

 

この程度の距離は、自分には他愛もない。

 

それでも油断せず、手を抜かない。

 

自分の中で良い仕事とは、地味な努力の積み重ね。

 

楽をしようと少しでも怠れば、致命的な失敗をする。

 

どこの世界もそのようなものだ。

 

長距離精密射撃は、繊細。

 

その人のセンスと資質(あと性格も重要ではないのかと同僚を見て思う)、そして、与えられた機材に対する高度な習熟が求められる。

 

高倍率の光学照準器はわずかなズレでも着弾点がずれるし、それこそ気温が高いというだけで、cmの単位からmの単位で標的から外れてしまう。

 

時にmmの仕事を求められる自分には、その差はかなり大きい

 

それに、この距離になると、同機のものでもネジの締めつけの強さ次第で、弾の行く先に差が生じる。

 

一応、コイツを受け取る際に試射して、癖は掴んであるが、ここへ持ち運ぶ際に分解し、組み立てた。

 

念の為の点検で、レーザー式のボアサイダーで部屋の奥、5m先の“当たり”を確認すれば、分解前とほぼ同じ――今までの己の経験則通りの――歪みの数値だ。

 

電子制御式の光学照準器の先に映るのは、今、学園都市を賑わせている『学生代表』の少女。

 

 

(こんな所に立たなければ、狙われなかったものを……)

 

 

出る杭は“撃たれる”。

 

スコープ越しに捉えた彼女は、抱き締められそうなほど間近に感じられる。

 

 

おっと、と。

 

 

引き金を引く前にこちらの予定より早く演説を終えた少女がしゃがみ、何か落したのか演壇に姿が隠れてしまう。

 

ふぅ、息を吐く。

 

仮に音速で進む弾丸でも、1000mからでは、撃ってから着弾するまで、実に3秒近い時間がかかる。

 

この通り、急に予期し得ない動きをされれば外してしまう。

 

だから、狙いは、演説台から戻る時。

 

ゆっくり歩いて帰るその時。

 

 

「疲れますねー、砂皿さん」

 

 

緊迫した空気を弛緩させるような気の抜けた声をあげたのは、たまには里帰りしよーかなー、と勝手についてきた(一応)同業者、ステファニー=ゴージャスパレスだ。

 

長身のモデル体形で、それなりに華のある色白の肌を持つ金髪美女……正直、身を隠さなければならない暗殺者としては向いていない個の強い容姿と性格。

 

 

「っていうか狙撃って数mmの鉛弾しか使えないなんて面倒じゃないですか? 風に吹かれたら弾道が逸れるし、標的がくしゃみしただけで外れるし、相手の付けた防弾チョッキに邪魔されるし。この街の能力者なら効かない可能性もあるんですよ。その点、ミサイルならライフルの限界距離1000mの5倍以上の距離から狙えるし、作戦の幅も広いと思いません」

 

 

こんなのどうですかー? とステファニーは携帯できる地対空ロケットランチャーを見せびらかすが、当然、砂皿はスコープを覗き、未だに演壇の下に潜っている標的から目を放さない。

 

雇われスナイパーとして生計を立てているが、無闇に犠牲を増やすのは趣味ではない。

 

そもそも、ここでそんなド派手な真似をすれば、自分達は学園都市に出る前に確実に捕まる。

 

やはり、一流の狙撃手に性格は重要だと再認識させられる。

 

こいつには傭兵としての生き方を最低限教えたつもりだが、絶対に狙撃手にはなれないだろう。

 

というか、こいつ、この前、依頼を失敗したのを忘れたのか?

 

いや、忘れているはずがないだろう。

 

だから、こうして、この前の華僑系のマフィアで報酬ゼロで尻拭いしてやった一件の借りを返します、と『外』――自分の世界にはいない能力者が住まう街へ自分のガードとして(勝手に)ついてきたのだ。

 

狙いをつけるのに全神経を集中させる狙撃手は身の回りの注意がおろそかになり、隙ができる。

 

故に、こうして狙撃手の周囲を護衛する役がいるのも珍しくはない。

 

ただ、砂皿緻密という男が、過去に味方に足を引っ張られ戦場で窮地に陥って以来、こうした仕事場は、チームを組まずに単独行動を常とする。

 

けど、今、こうしてステファニーを連れてきている。

 

タダ働きの借りだというが、己の報酬もいくらか折半しないとならないだろう。

 

こうしたノリの軽い会話も、集中には邪魔だ。

 

それでも連れ来たとなると……

 

 

(やはり、自分は疲れているのか)

 

 

狙撃手は、見つかったらおしまい、白兵戦となったらまず勝てない。

 

顔でも覚えられれば、報復させられる。

 

だから、不意を突き、一撃で始末しなければならない。

 

ステファニー=ゴージャスパレスの得意分野は、中距離か至近距離からの高速戦。

 

10m圏内で、拳銃で手足を打ち抜き、または組んで格闘術で制し、相手を無力化する。

 

『必ず殺さなければならないという』決め事はない。

 

殺し一本しかない砂皿には、持ち得ないもの……

 

もし、彼女のスキルを会得すれば、手足を撃ち、殺さずに無力化できる戦術が組み立てられただろう。

 

 

「……やっぱ、あの男、気に食わないですよねー。依頼も念の為の安全策だとか言って、他の組織を迂回するという面倒なやり方でしたし。直接的に正面から顔も合わせてないですからもし、何があっても関係ありませんでしたって言い張れますよね……絶対、コレ失敗したら間違いなく見捨てますよ、アイツ」

 

 

「ふん、そんなのは分かってる」

 

 

『ターゲット狙撃に関して、周囲への被害を考慮する必要はありません。その過程で誰を何を巻き込もうが、カバーします。―――ですから、あの調子に乗った候補者にここで確実に鉛玉をぶち込んでください』

 

 

砂皿緻密が<スクール>という組織を偽造()して、あの『統括理事会』、トマス=プラチナバーグからきた依頼は『『学生代表』を射殺しろというもの』。

 

それがこの街の12人いる長の中で少数の反対派としてのものか、それとも単なる個人としての私怨、または危機感によるものなのかは知らない。

 

けど、契約してしまった以上は、ビジネスを果たさなければならない。

 

 

(本当に……考えさせられる、疲れる仕事だ)

 

 

ひょっこりと顔を出し、再びスコープ――砂皿の視界に姿を現した『学生代表』の少女。

 

ここで、もしも、彼女にもう二度と壇上に立ちあがりたくない、『学生代表』を辞退すると思わせるほどの怪我を負わせれば、それは『学生代表』を殺したという事になるだろうか。

 

成功すれば、怪我を負ったものの、少女は生きたまま、そして、また挑戦しようにも周りの人間が、家族が、両親がそんな危ない橋を渡らせるのを反対する。

 

心身の傷も時間の流れと共に癒され、きっとその先には平穏な暮らしが待っているはずだ。

 

そして……失敗しても、政治道具にされる哀れな少女の命が助かるだけ、砂皿緻密の手で無用に死ぬ人間がいなくなるだけだ。

 

でも、今、ないものねだりしても仕方がない。

 

 

「どうしたんですか? 砂皿さん、難しい顔をして」

 

 

「何でもない」

 

 

心配そうに横眼で様子を窺うステファニーに、砂皿は一言。

 

もしかすると、ステファニーは自分がこの仕事に疲れている事に気づいているのかもしれない。

 

でも、こうした演説するものを狙撃するのは珍しいものではない。

 

今回は、たまたまそれが若かっただけ。

 

 

 

砂皿緻密は、いつも通りに引き金を引いた。

 

 

 

 

 

3秒後。

 

上条詩歌は、背後からスチール製の弾丸に左胸を撃ち抜かれ(通過し)その場に倒れて、即死した(そのまま舞台裏へ戻っていった)

 

 

 

 

 

コンサートホール 舞台裏

 

 

 

「ナンバー9。狙撃確認。飛来した角度、音のした方向から目標は地点C」

 

 

『ナンバー2、了解ですの』 『ナンバー11、こちらも確認した』

 

 

『広報委員長』九条葵の<基礎強化(フィジカルブースト)>の『順風耳』と『千里眼』のセンサーが反応、及び逆探知。

 

口囃子早鳥の<念話能力(テレパス)>でその情報は全員に伝達される。

 

 

「ナンバー8。空域内の最前列の人たちは、気づいていません」

 

 

『保健委員長』里見八重の<感覚遮断(センスパラライズ)>のパニックによる二次被害拡散の阻止。

 

 

「ナンバー3~……“花火”打ち上げ準備万端~……」

 

 

「ナンバー10! 詩歌様を狙う輩に天誅を!」

 

 

空力使い(エアロハンド)>による花火打ち上げ。

 

 

 

 

 

高層ビル

 

 

 

誰も、今の狙撃に気づいていなかった。

 

いたのかもしれないが、パニックになっていない。

 

磁力狙撃砲は、暗殺に特化し火薬を使わないため、自分に撃たれなければ誰にも気づかれないほど静か。

 

だから、撃たれたはずの少女が平然と歩いていれば、観客は気付いていない。

 

砂皿も目の錯覚かと思った。

 

 

―――どうして?

 

―――何故、標的が動ける?

 

―――その心臓を撃ち抜いたはずなのに?

 

 

いくつもの疑問が砂皿を釘つけにする。

 

 

 

ドドドドン!

 

 

 

コンサートホールの外縁に花火が上がり、世界が絢爛な極彩色に染まる。

 

突然のサプライズに、学生達は驚き、次に―――現れたのを見て歓声を上げる。

 

 

「どうして……!?」

 

 

銃を構えながら砂皿は呻く。

 

漆黒の髪を高く結い上げて、金銀の簪で飾り、ほんのりと化粧も施されてる。

 

暖かな色合いを基調としながらも様々な着物を肌に重ねて羽織り、帯も豪奢。

 

まるで祭りの装いで、これは、まるで余興のようで。

 

少女は周りを圧倒させながらも、いつもの調子で笑顔で手を振り―――瞬間、こちらと視線を合わせた。

 

 

 

 

 

コンサートホール

 

 

 

(―――簡単な手品です)

 

 

舞台上で、ファッションモデルのように色々とポーズをとりながら、“今起きた事件の代わりに”、好印象に顔を覚えてもらうにこやかに選挙運動。

 

今頃、狙撃手さんは驚いているだろうが、実は、マジシャンが脱出する時に使うような演壇の下には穴が、壇上の中に舞台裏へと続く通路がある。

 

セブンス=ディスティニーの<運命予知(ラプラスフォーミュラ)>で“この日”起こりうる事件を予測して、ある程度の対策を立てた。

 

セブンスは久々のフルでの占いに、今はぐっすりと眠りについている。

 

何も自分は本当にノーマークでこの演説に臨んだ訳ではない。

 

 

(出雲姉妹の朝賀さんと伽夜さんの<擬態光景(トリックフィールド)>、<影絵人形(トリッキードールズ)>なら立体映像を投影するホログラフによる隠蔽、『舞台裏へ戻る幻影を見せる』事も、ちょっと大変ですが出来ない事ではないです)

 

 

いくらLevel4の双子の能力でも、近くにいれば、音などから、その五感で立体映像の偽装に気づくかもしれない。

 

でも、その場にはいない狙撃手はあくまで視覚でしか、標的を感じ取れない。

 

不安定な風の動きも、<妨害気流>による微調整で一定の規則で流れるようになっているので見破れない。

 

今朝の内に危険だと予測された付近に、『自然委員長』緑花四葉の<植物操作(グリーンプラント)>で街路樹を異常生長させ、障害を増やし、狙撃ポイントも事前に大体は絞れており、今の一発で確定だ。

 

 

 

 

 

高層ビル

 

 

 

―――マズい。

 

 

 

と、砂皿緻密が思った時、一発だけ他のとは外れ、爆発していない『花火』がこちらへ飛んできた。

 

 

「砂皿さんどいて!」

 

 

ステファニーが先程の地対空ロケットランチャーで撃ち落とそうとする。

 

しかし、『常盤台生徒会長』音無結衣が念動系の<振動使い(サイコキネシス)>によるコーティングで固め、婚后光子の<空力使い>のジェットエンジンの推進力を動力とする『花火』はたかが平気で壊せず、止められず、破壊の暴力を突き破られ、部屋に―――

 

 

「ッ!?!?」

 

 

咄嗟に頭を抱えて床に伏せこんだ彼らの、部屋の中心で、そのくす玉状のものが炸裂。

 

勢い良く噴き出した白煙に、部屋一面が真っ白に包まれる。

 

視界も利かない密室の中で、傭兵の勘というべきか、静かに近づく気配を感じる。

 

 

「―――」

 

 

窓を見れば、今の衝撃で気絶した砂皿緻密の姿。

 

頭がカッとなりステファニーはもう一つの武器――軽機関散弾銃を構える。

 

マシンガンとショットガンを掛け合わせたステファニーのカスタムガンは至近距離から撃てば、装甲車をあっという間に蜂の巣に出来る。

 

 

(そういや、噂によれば、とあるお嬢様学校の女子生徒達は、ホワイトハウスを短時間で制圧できるらしいんですよねー)

 

 

ドバッ!! と。

 

 

砂皿のいるであろう窓際の方角を除く全方位に、怪物兵器が火を噴く。

 

連射し拡散する大量の弾丸が床を、壁を、扉を灰色の空気を巻き込みながらごっそりと抉る。

 

元この学園都市の<警備員>だったステファニー=ゴージャスパレスは強大な能力者の強大な力を良く知っており、油断すればこちらが武器を持っていてもやられる。

 

例え能力の恐怖を熟知していても、それを知らなければ弱点も見抜けないし、対応できない。

 

だから、容赦しない。

 

最初からフルスロットル。

 

相手はこの混乱の隙をついて、仕掛けてくるはずだ。

 

自分はここに恩人砂皿緻密のためにいる。

 

だから、彼がここから逃げるまでは―――

 

 

 

7秒。

 

 

 

それが、視界を奪われた人間が起こす混乱のピークだ。

 

訓練されたプロは、視界を奪われ、突入を察知した場合、留まって迎え撃つか、いったん退避して体勢を立て直すか、その7秒間で判断する。

 

それよりも早ければ突入に対する警戒が強く、それよりも遅ければ冷静になる余裕を与えてしまう。

 

 

 

……7……6……5……4……3……2……1……

 

 

 

――ゼロ――

 

 

 

 

 

 

 

喉を焼き、目に突き刺さるような痛みを伴う煙幕の中で、ステファニーは、突然現れたその気配にぞくりと身を震わせた。

 

 

(……能力者……?)

 

 

スルリと背後を駆け抜けたその気配は、蛇。

 

水に潜む蛇、それは河童。

 

まるで仄暗い川底を遊泳する河童は、絶望的なまでの恐怖の尾を引き、再び濃密な煙の中に静かに消える。

 

 

「……無闇矢鱈撃ちおって……お前は鬼と同じか……」

 

 

「……誰っ!?」

 

 

「……ナンバー11……火力馬鹿が嫌いな水氷系の能力者だ……」

 

 

声の聞こえる位置が移動する。

 

それはまるで、ひたりひたりと背後から一気に獲物の人民牛馬を引き摺りこむ河童のように、こちらとの距離を詰めながら、逃げ場を封じていく。

 

 

「……ふざけてんじゃねぇですよ!」

 

 

ギリギリと、ステファニーの奥歯が軋む。

 

 

「自分の能力を種明かしして、まさかもう勝ったつもりでいるんですか。この部屋に水はないんですよッ! なのにどうやって、私を倒せるっつうのかよォォおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 

威嚇射撃の牽制ではなく、ありったけの散弾をぶち込むために人差し指を動かす。

 

 

ボバッ!! と空気が破裂。

 

 

莫大な暴威を秘めた弾丸の嵐が部屋を逃げも隠れもできないように木端微塵にし―――天井の火災装置が反応した。

 

雨のように、シャワーが降り、煙幕が晴れる。

 

これでもう隠れられない。

 

終わりだ。

 

次にその姿を見つけた時には―――止まった。

 

 

「な、に……?」

 

 

ステファニーは驚いた顔で、突然火を噴かなくなった軽機関散弾銃を見る。

 

凍っていた。

 

細長い機関銃が、そのストラップごと白く曇り、亀裂が入り、機関銃を持つ両手をまとめて冷気が包む。

 

 

「言っただろうが、水を降らせてどうする。あの暴君の<鬼火>程の熱量でなければ、皿の水を蒸発できんぞ。大体、水ならそこら中にあるだろ」

 

 

目の前にようやく姿を現したウルフカットの少女から落胆したような言葉。

 

がぼがぼがぼ!? とステファニーの口の中に“空気中の水分”を凝集させた水塊に呼吸困難に。

 

それでも陸で溺死する前に根源を断つ、と飛びかかろうとしたステファニーは―――倒された。

 

 

「ナンバー2――及び、<風紀委員(ジャッジメント)>ですの。あなた達をテロの容疑者として逮捕します」

 

 

武器を失い、呆然としたステファニー、そして砂皿はツインテールの少女の太股に巻いた革のベルトの金属矢に標本のように拘束。

 

狙撃されてからウルフカットの娘を連れて移動したが、空間系移動能力者の移動速度は、磁力狙撃砲とほとんど同じで、場所さえ分かれば5秒もいらない。

 

去年のLevel5の『双璧』に続く今年の黄金新人(ゴールデンルーキー)空間移動(テレポート)>の白井黒子と<水蛇(ヒュドラ)>の近江苦無。

 

二人、いや、お嬢様達の手により、砂皿緻密とステファニー=ゴージャスパレスは捕まった。

 

 

 

常盤台中学のお嬢様達は、生身でホワイトハウスを攻略できるらしい。

 

 

 

 

 

???

 

 

 

携帯から彼女の中継される映像を見て、衣装替えの意図―――あの去年と同じ夏祭りの姿に、少年は笑みを浮かべる。

 

 

(やっぱり、こいつが……)

 

 

ますます欲しい。

 

事後承諾で勝手にこちらの名を騙った成金男への意趣返しに、狙撃予告、と利用させてもらったが、それを期待通りに見事に封じて見せて、こちらとしては嬉しい限りだ。

 

これなら教える必要もなかったかもな。

 

この調子で野暮用を済ませて俺が迎えに行くまでは、頑張ってくれ。

 

 

「何見てんっスか、垣根さん。って、あ、これって今大人気の詩歌ちゃんじゃないっスか!」

 

 

「ああ、この娘って、街で話題になってる。そういえば、あなた、Level5の投票はどうするつもりなの?」

 

 

横からうるさいゴーグルの男とドレスの女が現れて、垣根帝督は携帯を閉じる。

 

 

「遊んでる暇はねぇぞ、オマエら。今がチャンスなんだからよ」

 

 

ここまで計画通り。

 

アビニョンの不始末と『左方のテッラ』とかいうテロリストの捜索で、今、駆動鎧部隊はいない。

 

そして、『学生代表』への―――『統括理事会』の親船最中もいる―――コンサートホールへの狙撃予告の脅迫状(ラブレター)のおかげで私設警備の人間がそこへ緊急招集された。

 

この街のVIP様への特別保証だ。

 

狙撃暗殺が成功してもしなくても―――むしろ個人的に失敗してくれた方がいい―――予告状を出した時点で、“撃たれるかもしれない”と思わせただけで周りの人間は慌てる。

 

会場を警備させるために、またもしもの時、その治療先の施設を守るために、余所から人員を引っ張ってきたり、必要ならば特殊な研究者や機材も片っ端からかき集める。

 

自分が本気になれば大抵の施設は力技で制圧できるのであくまで保険だったが、おかげで、目当ての物のある第18学区・霧ヶ丘女学院付近にある素粒子工学研究所はがら空き……―――のはずだった。

 

 

 

「おっ―――この感じ。お前さん、Level5だな」

 

 

 

研究所の門の前に、第二位の垣根帝督が率いる<スクール>の前に立つひとりの漢。

 

純白に色を抜いた学ランを肩に羽織り、額に鉢巻きを巻いた彼は、真っ直ぐ、垣根帝督を射抜き、

 

 

「別に賛成しろというつもりはねぇが、最初っから拒否とは、根性がねぇな。ここで空き巣泥棒みたいな事を企んでねーで、一度彼女と直に話しあってもらおうか」

 

 

学園都市第七位、削板軍覇。

 

 

「ああ、別に怪我させるつもりはねぇが、巻き込まれる前に逃げた方がいいぞ。こっから先は根性無しどもには立ってられねぇからな」

 

 

拳を握る。

 

ただそれだけで、暗部の人間であるゴーグルの男とドレスの女は2、3歩後退する。

 

ここから先は常識外の怪物の領域だと分かるのだ。

 

それに垣根は咎める事もなく、

 

 

「おいおい、手紙を送りつけたお返しが、男かよ」

 

 

ここまでやるとはな、とぼやく垣根の顔は、何故か言葉に反して嬉しそう。

 

賛成派に回っているLevel5が彼女に惚れ込んでいるのは聞いていたが、まさか全面協力態勢に入っているとは―――だが、面白い。

 

障害があればある程面白い。

 

 

「じゃあ、新たに手に入れたコイツの準備運動に付き合ってもらおうか」

 

 

白き翼を背に生やし、垣根帝督はゆったりと笑った。

 

 

 

つづく


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