とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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第13章
暗部抗争編 演説


暗部抗争編 演説

 

 

 

七の階段を上る少女、一人のヒーローにシのダンをウたれる―――七運。

 

 

 

ビル 屋上

 

 

 

まるで恋したかのように、その目を輝かせる。

 

その『上』――統括理事長アレイスターから送られたメールの写真を見て、自分の中で全てが繋がった。

 

あの夏祭りで出会った本物。

 

0930事件で得たあの感覚。

 

そして、この『学園都市統括生徒代表』。

 

きっと彼女を手に入れれば、『生徒代表』の権利もついてきて、己のLevelが1つ上がったも同然―――つまり、Level6、あの『第一候補』を超えられる。

 

 

「………はい、完成っと」

 

 

ビルの屋上に立つ、高級ブランドのジャケットを纏う痩身の少年。

 

彼が覗く学生寮は過去に<猟犬部隊(ハウンドドック)>が侵入を試みて、その寮の管理人によって一人残らず仕留められたという話を聞いた事がある。

 

まあ、あの大奥のように男子禁制の<学舎の園>にあるもう一つのよりはマシだが。

 

どちらにしても、そんな常識が自分に通用しないのだが。

 

さて、と狙いをつける。

 

白い紙飛行機。

 

しかし、これは本物の紙が使われたのではなく、己の能力によって生み出したもの。

 

こんな事に能力を使うのは初めてだが、自分は自分のやりたい事をやる。

 

可聴域外の高周波による共鳴振動で、鳥や虫の羽のように―――というより、尾びれで水面を叩いて滑空するトビウオのように空を飛んで、真っ直ぐ目的地へと向かう。

 

このとびきりの、もういっそ愛の告白とも言える殺し文句と借りた銀の簪を乗せて。

 

 

 

「楽しみにしてるぞ、<幻想投影(イマジントレース)>―――上条詩歌」

 

 

 

 

 

路地裏

 

 

 

今は空きとなった廃墟ビルの半端な階の真ん中に、鎮座したコンテナほどの巨大な装置。

 

分厚い金属でできたそれは、『実験動物用の電子炉』――3500度もの高温で、動物の死骸を細胞レベルで、DNA情報すら残さずに殺菌処分する代物だ。

 

火葬場なんかと違って、骨は残らない、この巨大なハンドルの付いた金属蓋の中から出てくるのは全て等しく灰だけだ。

 

これが与えられた『雑用』の一つ、下っ端の浜面仕上は『仕事』で出た“得体の知れない物体”を焼却処分する。

 

何の難しくはない。

 

ただ黒い分厚い合成布の寝袋を中に入れて、分厚い金属蓋を閉めてロックを掛けて、スイッチを押すだけ。

 

でも。

 

<スキルアウト>の頃にはやらなかった、知らなかった、考えたくなかった―――買い出し(パシリ)()などといった『雑用』で、最も考えさせられるこの時。

 

 

『うわー、分かってない、超分かってませんね、浜面。センス超ゼロです』

 

 

映画を見たいというから大人気のDVDを借りてきたら思いっきり駄目出しされ、

 

 

『結局、この店を選んだ私の勘が大当たりだったわけよ! 浜面これも追加!』

 

 

災害に保存食を備えているわけでもないのに、袋にぎっしりなサバ缶を思いっきり荷物持ちされたり、

 

 

『私はシャケ弁を買ってこいっつったんだよ、浜面ァ!!』

 

 

売り切れたシャケ弁の代わりにちょっと豪華な白魚のフライがメインの弁当を買ってきたら思いっきり蹴られた。

 

 

『はまづらー、がんばれー……』

 

 

そんな自分を励ましてくれるのもいるけど、思いっきりだれている。

 

この4人の趣味嗜好の要求に応えるのは難しく―――だから、一番最初に覚えたのは“これ”だった。

 

奴隷となって扱き使われるのは大変なのに、このスイッチを押すだけの簡単な仕事なのに、一番嫌だ。

 

彼女達<アイテム>がどんな仕事をしているか下っ端の浜面は知らない。

 

けど、考えてしまう。

 

組織のリーダーの麦野沈利は、寝袋の中身について深く考えない方が気が楽だ、と忠告してくれたが、それでも浜面仕上は考えてしまう。

 

この法的に『人間』とは認められなくなった『灰』は、元はどんな奴だったんだろう。

 

自分と同じ下っ端Level0か、大物の高位能力者か、

 

自分達と敵だったのか、味方だったのか、

 

そんなの考えた所で分からない。

 

もしこれが生ゴミの自動処理(オートメーション)にぐちゃぐちゃにかき回され、ホームセンターなどの店頭で、肥料として売られても浜面には分からない。

 

DNA鑑定されても、科学的にはもうこれは人ではないのだ。

 

 

「ちくしょう。人の命って、こんなに安いもんじゃねーだろ」

 

 

ゴミ捨て場で、浜面は灰の袋を抱えて立ち尽くす。

 

『人間』“だった”ものを、生ゴミの中に混ぜて捨てるに躊躇いを覚える。

 

同情した訳でもなく、単に、次は自分かもしれない、と考えてしまって怖かった。

 

自分が死んだ時も、こうして誰にも分からないように灰にされ、ゴミと一緒に処分されると思うと気持ち悪かった。

 

 

「ちくしょう……」

 

 

浜面は、やはり川に流す事にした。

 

自己満足に過ぎないと分かっている。

 

環境汚染でもあるが、ゴミとして捨てる事は出来ない。

 

と、目から零れそうになるモノを堪えようと、空を見上げた時、

 

 

 

「うわー、落ちる落ちます落ちちゃってるぅ~~!」

 

 

 

キラッと流れ星が、

 

 

「何だあれ? ―――って、こっちに来てるし!?」

 

 

「! そこの方! 是非踏み台―――受け止めて!」

 

 

「ヤだよ!! 今、踏み台つったろ、って―――」

 

 

「ティンクルキック!!」

 

 

と、顔面に着地したのは、なんとも奇妙な。

 

ミルク色がかったピンクのガラス玉のお目々に、木魚に手足がついた感じの二頭身な、全長も30cmに足りているかという木製の自動人形だった。

 

 

 

 

 

病院

 

 

 

10月9日―――学園都市の独立記念日。

 

柔らかい日差しが伸びるのんびりとした朝、とある名医のいる病院の玄関で、カエル顔の医者が0930事件の一件で入院した患者――打ち止め、と呼ばれる10歳ぐらいの少女――を見送る。

 

 

「じゃあ、あとは任せても良いかな?」

 

 

「……はい、先生……」

 

 

顔をすっぽりと覆い隠すコート。

 

出迎えに来たのは、ただそこにいるだけで威圧感を与えてくるような『青田坊』と呼ばれてる大男。

 

しかしながら、幼子にはこの身体がアスレチックさながらの遊具のように肩といった所に乗られたりもしている。

 

厄介、というわけではないが、彼女が連れてきた問題児な患者で、口下手だけど見た目の割に人が良く、子供好きだ。

 

このように、今日は保護者な少女が出張っていて、彼女の代わりに迎えに来てくれている。

 

 

「ミサカは一人でもタクシーに乗れるもん、ってミサカはミサカは胸を張って宣言してみる」

 

 

「ま、頭の中のウィルスも完璧に駆除できたし、もう心配はないんだけどね。この通り元気が良過ぎて、目を離すとどこかへ行ってしまうからね?」

 

 

「……わかり、ました……気を、つけます……」

 

 

その時、『青田坊』の背に張り付いていた8歳ぐらいの金髪の少女がよじよじと肩まで登るとソプラノの声で、

 

 

「にゃーっ!」

 

 

「な、何だ何だこ奴どこに隠れてたか、ってミサカはミサカは驚いてみたり。……? 何だ子供か」

 

 

「こ、子供じゃない! にゃあ! 私はお姉さんなのだ!! だから、こうして迎えに来てやったのだ」

 

 

「何を! ミサカの方が大人だぞ、ってミサカはミサカは超上から目線で偉ぶってみたり」

 

 

「大体、そんなことしても(物理的に)立場は私の方が上だ!!」

 

 

……とある電磁的ネットワークの中で、その発言には物議を醸し出しているが、この娘とは同ポジション争いになる、と目が合った瞬間に分かったのだろう。

 

肩の上で暴れている少女、フレメア=セイヴェルンを無理に上から目線で、ふんぞり返り過ぎて倒れそうになっている打ち止め。

 

このままだと後ろに倒れてしまう。

 

せがまれたとはいえ、連れてきたのは間違いだったか、と思いつつも『青田坊』は、ひょいっと打ち止めの後ろ襟をその顔よりも大きな手で摘まむとフレメアとは反対側の方に乗せる。

 

 

「なっ、―――お兄ちゃん、裏切るのか!!」

 

 

「ふん。同じ(物理的な)立場に立てば、ミサカの方が―――」

 

 

「こんな子供はすぐに降ろしてやる!!」

 

 

「それはこっちの台詞だガキめ!! ってミサカはミサカは最後まで言わせろと難癖付けてみる!!」

 

 

フードを抑える。

 

自分の頭を挟んでお互いの髪の毛を掴んで取っ組み合いになりかかっている少女達。

 

よりヒートアップしてしまっているが、まあ、これなら喧嘩していても移動はできる。

 

彼女から甘いだけじゃダメです。ちゃんと叱れるようにならないと、としばしば苦言を呈されるも、この程度は別に苦でもない。

 

子供はちょっと手を焼かせるくらい元気(ヤンチャ)の方が良い、それが持論だ。

 

カエルはその様子に苦笑しながら、

 

 

「そろそろ、行かないと始まっちゃうんじゃないかな? きっとあそこは大混雑だと思うしね?」

 

 

「はい、急ぎます」

 

 

そうして、巨大な身体を巡って領土争いされている男は、叱る事も、怒る事もなく、その身体のように大きな包容力で受け止めて、のしのしと移動し始める。

 

 

 

 

 

 

 

ふぅ、と見送りが終わり、カエル顔の医者が溜息をつく。

 

仕事場である病院に戻ると、気分転換に、談話室に設置された紙コップ式の自販機で、焙煎された豆から擦り潰す所から始める本格派のコーヒーを注文。

 

これで、次は<妹達>を一刻も早く退院させるように調整に取り掛かる―――

 

 

 

―――前に、背中に硬い金属質――銃口を突き付けられ、その思考が強制に打ち切られた。

 

 

 

けれど、彼は背後からの浅い呼吸音で大凡を察したのか、両手を上げることなくいつもと調子は変わらずに、

 

 

「……随分なご挨拶だね、一方通行」

 

 

「チッ。丁寧な挨拶なンざしてる暇はねェ」

 

 

右手にはこの病院では珍しくもない現代的なデザインの杖、そして、身体で隠した左手には拳銃。

 

彼は患者だ。

 

だから、助けを呼ぶことなく、騒がぬように囁いて、

 

 

「打ち止めが会いたがっていたよ。もう少し早く出てきてくれればよかったのに」

 

 

「黙れ。お前の知った事じゃねェだろ」

 

 

「そうでもないさ。患者(あの子)が会いたがっているなら、それを揃えるのが医者(ぼく)の仕事だ」

 

 

「チッ。……今はおままごとに付き合ってやる余裕がねェから、このタイミングを待ってたンだよ」

 

 

その口調から焦っているのが分かる。

 

冥土帰しは、白衣のポケットから、USBメモリを取り出す。

 

 

「これを組み立てるのは難しいよ? 僕は必要な機材は全部自前で作ってしまうからね? 同じ電極を作るとなると工作機械の作成から始めないといけない」

 

 

一方通行が欲しがっているものは分かっている。

 

その首に付けた、見た目アクセサリな<ミサカネットワーク>を活用した代理演算装置の電極チョーカーの設計図だ。

 

一方通行は<グループ>によって、その性能を15分から30分に引き上げられ、“首輪”にさせられた。

 

短い制限時間に、『上』に使用制限を掛けられるなど、この世界では命取りだ。

 

 

「用意がイイな」

 

 

「だから言っただろう? 患者に必要なものは全部用意するのが医者の仕事だ。―――それに、詩歌君からもそうお願いされている」

 

 

その言葉に、一方通行は本当に忌々しそうに表情筋を歪める。

 

この電極の作成者は2人、このカエル顔の医者と、あともう1人いる。

 

 

「彼女じゃなく、僕に接触するだろうとは思ってたけどね? でも、これを作る設備がRFOと呼ばれる施設にある。一度、詩歌君に相談したらどうだい?」

 

 

「……必要ねェ」

 

 

設計図を受け取り、拳銃も仕舞われた。

 

ピー、とちょうど自販機から終了の合図の電子音が響く。

 

でも、取引が終わっても、話はまだ終わっていない。

 

 

「どォして、アイツを止めなかった。テメェもアイツが“こっち”に行くのを嫌がってたじゃねェか」

 

 

「そうだね。僕は大人として止めたんだけどね。彼女達は決めた。一度決めた以上、彼女はとても頑固だ。けどね、そうなった一因は君にもあるんじゃないかな?」

 

 

もう、一石は投じられた。

 

表と裏の境となる水面に。

 

波は荒立て、深く暗い水底もざわめき始める。

 

そして……

 

 

 

『あー君、絶対に私の幻想を投影してみせる……!』

 

 

 

それを投げさせたのは、自分だ。

 

彼女は自分でこの水底に飛び込んだ。

 

『上』でふんぞり返っている大人達の思惑もあるが、自分もそれに少なからず関わっている。

 

 

「僕は別に詩歌君の邪魔をするのを止める気はないよ。Level5の君にはその権利があるよね?」

 

 

『上』から、おそらく他のLevel5にも伝達された『学園都市統括生徒代表』――以後、『生徒代表』の極めて異例な選挙。

 

1票につきLevel1、『生徒代表』になるにはLevel5、最低でも7人から5人以上の投票を得なければならず、その賛成票に、彼女の資格(Level)が関わっている。

 

もうすでに動き出した候補生は、

 

第3位の<超電磁砲(レールガン)>、

 

第5位の<心理掌握(メンタルアウト)>、

 

第7位の<第七位(ナンバーセブン)>、

 

の3名から票を得ており、今のところはLevel3。

 

12人いる『統括理事会』からも過半数に認められ、立候補してまだ日は浅いのに、およそ180万の学生から、100万以上の支持もされている。

 

いや、もうすでに8、9割は硬いかもしれない。

 

けど、そこまでだ。

 

一方通行は賛成するつもりはないし―――まだ、投票していない。

 

他のLevel5の3人(1名は行方不明だという噂されている)からも、だ。

 

 

「でも、詩歌君と会って一度話し合ってみたらどうだい? いつまでもこうして逃げられはしないよ。―――それは君も良く知ってるだろう?」

 

 

だから、いい加減に避けるのはやめたまえ、と言葉を続ける事は叶わなかった。

 

すでに、背中から気配は消えていた。

 

ベクトルを自在に操る<一方通行(アクセラレーター)>で、影すら絶って、病院から飛び出した。

 

 

「……、やれやれ医者(ぼく)の話を聞かない子が多すぎる。これ以上の心労は身体を壊してしまいそうだね? お願いだから、今日で決着をつけておくれよ、詩歌君」

 

 

誰もいなくなった空間でポツリ、とカエル顔の医者は呟くと自販機から取り出した苦いコーヒーを口に含んだ。

 

 

 

 

 

ファミレス

 

 

 

憂鬱だ、と浜面仕上は思った。

 

ガラッガラに空いた、独占状態の店の中の一角を占領し、注文もせずに買わせてきたシャケ弁やサバ缶を食べて、メニューではなく映画情報誌を読み漁り、どこからか電波を拾っている―――ここが頑固なラーメン屋だとしたら間違いなく退場だ。

 

秋物の半袖コートを着込み、ストッキングで足を覆う麦野沈利、

 

金髪碧眼の女子高生、フレンダ=セイヴェルン、

 

ふわふわニットのワンピースを着た、12歳ぐらいの大人しめの少女、絹旗最愛、

 

脱力系の少女、滝壺理后。

 

そんな変人女4人が、今の自分の上司でもあり、科学サイドを左右させる学園都市非公式組織<アイテム>。

 

主な業務は、統括理事会を含む『上』の暴走阻止だが、とある施設設備を破壊していく襲撃者(インベーター)の相手などといった学園都市に害なす敵を処理することも請け負っている。

 

特に、今の時期はお手軽な防衛機能であった駆動鎧部隊がアビニョンに向かっているので、代わりに『外』の対応で忙しい。

 

浜面はその下部組織の下っ端で、パシリや足などの彼女達の雑用を担当。

 

以前は、あと少しで新たなる『三巨頭』、路地裏世界でLevel0の武装組織<スキルアウト>の頂点に立てる所までいたが、とあるLevel0に敗北したことをきっかけに転落、路地裏から追放。

 

紆余曲折あって、男一人では居心地の悪く、色々と悩みごとの多い、女ばかりの職場にスカウトされた。

 

 

(……かといって、止めます脱走します、なんてことしたら、絶対に撃ち抜かれるんだろうな)

 

 

落ちて落ちて落ちていって辿り着いた所は、地獄の悪鬼どもがいる底でした。

 

浜面は鬼に虐げられる罪人のような心境で、せっせとテーブルとドリンクバーの往復する役目を果たす―――はずだった。

 

 

「ハマー、ティンクルちゃんも健康100%野菜ジュースお願いです!」

 

 

拾った、というより、落ちてきた二頭身木魚系マスコットが生意気にも注文してきた。

 

っつか、人形(おまえ)が健康に気を使う必要はねーだろ!

 

キックの件も含めて、浜面は玩具にも教育が必要かと考え始める。

 

 

「玩具が超喋った……? 浜面が持ってきたというからくだらないものかと思いましたが、超B級ですね。中身はどうやら空っぽのようです」

 

 

「何ティンクルちゃんの中身を覗いてやがるんですか!? それに空っぽじゃないのです。乙女の秘密でいっぱいなのです! ほら、おキヌに釣られてハマーも覗きやがるつもりですよ?」

 

 

「うわぁ、浜面。そんな超特殊性癖があったんですか? 超引きます」

 

 

「ティンクルちゃんもハマーはごめんです」

 

 

「誤解だ……っつか、誤解以前に外見パッ○マンにどんな劣情を抱けっつうんだよ」

 

 

その滑らかな喋りに驚き、次いで冷静に観察するこの中で最年少の絹旗。

 

年相応の人形遊びをする子供の正常な反応とは程遠い

 

ちょっとは子供らしく興奮しろよ、お前。

 

じゃないと、今更何だが普通の感覚を忘れそうになる。

 

 

「繋がったAIM拡散力場は感じられない。これ単体で動いてる。どんな技術(テクノロジー)で動いてるか不明」

 

 

「動くから何だって言うんです? ティンクルちゃんは動かなければティンクルちゃんにあらず! ついでにタップダンスにも自信があります!」

 

 

「おー、すごい……動くオモチャとかこの街には多いけど、この動きは特注品? もしくは不思議の国から来たオモチャ?」

 

 

「……どちらかっつうと後者だな」

 

 

誰ともなく滝壺が投げた問いに、この中で最も付き(憑き)合いの長い浜面が適当に答える。

 

 

「もしかして、このオモチャが学園都市を侵攻中?」

 

 

「いや、流石にそれはねーだろ」

 

 

電波を拾う滝壺さんもどうやら困惑気味で、思考も少々飛躍し過ぎ。

 

けど、口ではそういうも、さほど敵意も脅威も感じてないのか警戒しておらず、ぐてーと机に突っ伏してる。

 

 

「ティンクルちゃん……1+1は?」

 

 

「2――と見せかけて、ここは田んぼの田でやがりますねタッキー!」

 

 

「うん、花丸正解」

 

 

「えっへん! ティンクルちゃんは便利で可愛いだけじゃなくて頭脳明晰の名探偵なのです!」

 

 

この算数の問題に、とんちのような答えを返して満足したのか、ぽんぽんと頭を撫でる。

 

 

「分かんない。でも、危険な感じはしない」

 

 

得意そうに目をピカピカと光らせる木魚人形に、この中でも穏健派な彼女はあっさりと、この状況を受け入れた。

 

うん。

 

やっぱり、滝壺は良い子だなぁ。

 

ちょっとだらけてるが。

 

 

「結局、滝壺がそう言うなら能力者が動かしてるもんじゃないんだけど、素材的にサイボーグって感じじゃないし、火薬の匂いもないから爆弾でもないよねー」

 

 

「ティンクルちゃんの匂いは癒し系です。安全安心設計が売りで子供に大人気なのです!」

 

 

「重さも……メアが持ってる人形とほとんど変わんないし、多分」

 

 

「ぬな!? 体重は乙女のトップシークレットでやがりますよ、フレフレ! ティンクルちゃんの重さを量っちゃ駄目です!」

 

 

「もう、大体分かってんだけど」

 

 

「ひ、秘密です、絶対秘密にしやがれです!」

 

 

テーブルの上であわあわする木魚をバスケットでドリブルするようにフレンダがからかっていると、

 

 

「うぎゃ!?」

 

 

グワシッと隣から伸びた手が鷲掴み。

 

そのまま小っちゃな手足をパタパタさせているオモチャを、麦野沈利はメンチを切るように凄む。

 

 

「なーんか、気に入らないのよねぇ……」

 

 

その圧力は、人間をバリバリ食らう悪鬼のようで、ちょっと力を入れただけで頭が破裂してしまいそうだ。

 

 

「むぎのんはティンクルちゃんを食べる気でやがりますか? でも、ティンクルちゃんはマスカットじゃなくてマスコットです!」

 

 

「勘違いすんじゃないわよ。っつか、むぎのんっつうな。それに、マスコットならプチッと潰してやりたいわね」

 

 

「い、いやです! 潰されるのは、ごめんこうむるです! 怖いです!」

 

 

両目を短い間隔で、連続的に点滅させながら、ティンクルとかいうオモチャは怯えるも

女帝からは逃れられない。

 

とある一件で、メルヘン撲滅魔(法少)女狩りに目覚めた麦野は、それはそれはイイ笑みを浮かべて、

 

 

「安心しろ。すぐに終わる」

 

 

「う、うわ~ん。放しやがれ~。怖い~」

 

 

「ほれほれ~、早く逃げないと潰れちまうぞ~」

 

 

お医者さんに注射される子供のように泣き叫ぶ木魚人形に、嗜虐心を擽られたのかますます麦野は笑みを深める。

 

今の店内はガラガラで、他の三人も特に助ける気はない。

 

浜面としても、この妙に懐かれた―――

 

 

「ハマー! ヘルプヘルプ! ティンクルちゃんピンチなのですよーっ!」

 

 

こっちに助けを求めるな!

 

所詮は下っ端の自分が、この女帝を抑えられるはずが無い。

 

それでも……必死に懸命に、短い手足で抵抗する。

 

意志があり、あくまで木造り人形の身体のティンクルという存在の本能なのだろうかと、まだその熱のある木肌の感触を思い出しながら、浜面は少しだけそんな事を考えた。

 

 

「そういや、結局『学生代表』の投票はどうするんだ?」

 

 

『学生代表』、とその言葉に麦野はチッと舌打ちして、渋面を作る。

 

浜面は言ってから、後悔した。

 

麦野は、年下の<超電磁砲>が自分の第4位よりも上の第3位に位置づけられているのが気に食わない。

 

それに今回の候補者の少女を見た時、その携帯端末を思い切り握り潰した。

 

だから、頑固反対派に火をつけてしまえば、今度は自分がその末路になりそうだ。

 

だが。

 

もし賛成票を投じる気が無くても、自分から反対票を投じる権利はないため、候補者に諦めてもらわなければならない。

 

尚、その方法は“どんな手段でも構わない”。

 

 

「……知るか。こっちは忙しいんだ。構ってやる暇はねぇよ」

 

 

と、ポーンと木魚人形を浜面に投げ返す。

 

 

(? てっきり、今からそのガキをぶっ殺してやる、とかいうと思ったんだが……)

 

 

何だか、その拍子抜けした。

 

それは他の三人も同様だったようで、唯一、反応が違うのは命からがら拘束から脱出したティンクルだけだ。

 

 

「むぎのん! 投票はちゃんと行かないとダメでやがりますよ!」

 

 

「ああん! この木魚達磨が偉そうなこと言ってんじゃねぇぞ! っつか、むぎのん言うなっつってんだろ! <原子崩し(メルトダウナー)>打ち込んでやろうか!」

 

 

「きゃー、ハマー助けてー」

 

 

「何でお前は助かったのにまた火をつけっかなーっ!!」

 

 

でも、もう何だか気が削がれてしまったのか、盾にした浜面ごと光線を撃ち抜く事はせず、玩具相手に何やってんだか、と息をつくと矛を収める。

 

この木魚達磨がどんなものか、<アイテム>に相談しても結局わからなかったが、この反応からすると害はないのだろう。

 

まあ、何だかんだで気に入られているようだし、この女ばかりの職場では重宝するかもしれない。

 

と、麦野は勢い良く席を立ち、

 

 

 

「じゃあ、仕事に行くわよ。―――『外』の奴らと繋がりが濃厚な<スキルアウト(雑魚)>狩りに」

 

 

 

 

 

コンサート広場

 

 

 

まず、後見人の親船最中がステージ上で応援演説を行った。

 

その交渉で『統括理事会』の椅子を一つ得たという手腕、弁舌はこれからの世界情勢、学生の利権を話していたのに関わらず―――どういうわけかステージを見上げる学生達の口元には堪え切れない笑みが浮かんでいた。

 

その様々な優秀な天才性に人格を持ち上げ、時に、常盤台中学というブランド校のお嬢様にはない主婦な俗っぽく――親しみを誘い(『これならいつでもお嫁さんに行けますね。ああ、でも、まだ彼氏がいないんでしたっけ』との発言で何人かの男子学生が立候補しようかと手を上げようとしたが、ステージ奥から飛んでくる重圧に黙った)、見事に推薦演説を終えた。

 

その演説が成功だった事は、ステージ下から湧き起こる拍手を聞けば間違いなかった。

 

こちらもまた拍手と共に、彼女への感謝を胸の中で送った。

 

そうして、演説が終われば、いよいよ演説の時間が訪れた。

 

温まった客席から、一斉に学生の視線の集中砲火を浴びせられるも、落ち着いた様子で――ステージ奥で何故かハラハラしてるざわめきを背に感じ取り、くすりと――上条詩歌は演壇に向かった。

 

その整った容姿に、学生達は束の間ざわめく。

 

空気的にはライブステージに詰め掛けたファンのノリに近い(実際、<大覇星祭>やチャリティライブなどでファンになったものが多い)。

 

街で最もレベルの高い学校で理論・実技ともトップクラスな最優の首席であるにも関らず、Levelで人を判断せず、今まで数多くの学生達を導いてきた詩歌は、その容姿も相俟って、立候補してから急速に人気を伸ばし、今や学園都市で知らぬものはいないほどの知名度。

 

でも、詩歌がそこで真剣な眼差しで、広場中の学生の顔を見回してみせれば自然と声は静まった。

 

 

「皆さん、こんにちは。上条詩歌です」

 

 

まず、ただの上条詩歌としてその場の、街の全員に名を名乗った。

 

学生(こども)にも教師(おとな)にも。

 

表側にも裏側にも。

 

魔術側にも。

 

万が一にも演説の原稿は用意したけど、舞台裏で、頭の中にあった無駄に飾り付けられた言葉全部と共に破り捨てた。

 

そんな幻想(ことば)はきっと皆の胸に届きはしないだろうから、未練なく、それどころかすっきりとした気分でこの場にいる。

 

 

「最中さんの演説で難しい部分を話してくれたので、同じ事を二度も話すのは興ざめですから、短くまとめて話したいと思います」

 

 

いつもの会話をするような調子。

 

詩歌はこの広場にいる一人一人の顔を見つめるようにしながら静かに、声の大きさではなく、その声の強さで遠くまで聞こえるような言葉を紡ぐ。

 

色々な顔が、一つとして同じものの無い顔がこちらを見上げていたけれど、詩歌がその眼差しに震える事は、やはりない。

 

 

(詩歌―――)

 

 

そう、遠く、高く、違う場所にいようと支えてくれる存在が、すぐ側にいる。

 

 

「私は、皆の事を応援したい。自分を励ますあなたを。友達を励ますあなたを。いつだって一生懸命でいられ、誰もそれを馬鹿にしない。私が願うのは、そういう世界です。そのために私はなんでもやろうと思ってます」

 

 

だけど、と前置きの台詞から続けて、

 

 

「学園都市の皆には、二本の腕と二本の手足、それに考える頭がついてますから、大抵の事は一人で出来るはずです」

 

 

詩歌はそこで一度言葉を切って、もう一度全学生の顔を見渡した。

 

案の定、彼らの顔にはどこか突き放すような詩歌の物言いに対する戸惑いが見てとれる。

 

でもそれは予想通りの反応で、むしろそれに満足し、詩歌は次の台詞を続けるために大きく息を吸い込んで、両目に力を込めた。

 

 

「でも、もしも自分一人の手で足りない時。自分一人の足だけでは前に進めない時。どうしても自分の頭だけでは考えられない時は―――私が手を貸します。足を頭を貸します。この手も足も頭も、確かに決められた数しかないけれど、それでも上条詩歌は学園都市生の声に応えて見せます」

 

 

その意を示すように拳を固める。

 

やがて、もうひとつの世界とも手を伸ばすのだから、まずはこの位の数に応えられなくてどうするのだと、思いながらこの瞬間、自分に向けられるすべての眼差しを受け止める。

 

 

「どうしようもない時に、決して自分一人だと思わないで! 私がいるから、私と手を繋いで! どんな不幸でも応援し、共に戦います! 私一人では足りなくてももう片方の手で他の皆の手を借りて神様よりも力になって見せる!」

 

 

そして、詩歌は拳を振り上げて、

 

 

「私が、その資格があるか示すために、今日中に、この両手でLevel5と手を繋いで見せます!!」

 

 

最後に一声咆えると、盛大な拍手が向けられる中で一礼して演説を終えた。

 

 

 

 

 

???

 

 

 

「………『学生代表』、ねぇ。まあ、詩歌先輩なら応援しても良いかなぁー♪」

 

 

「そうね。……の事もあるし、今日は態勢を整えて万全な状態で臨めるように私達がサポートしましょう」

 

 

2人のお嬢様が肩を並べる。

 

本当はもう1人いたのだが、勝手にどこかへと流離ってしまった

 

けれど。

 

これ以上は必要ない。

 

基本を突き抜けて極めたものと応用の自由度が高いもの。

 

分野も真逆―――つまり、それぞれの苦手分野をカバーし切れるという事……

 

この2人がそれぞれの得意分野を分担作業で力を合わせれば、と条件付きだけれど。

 

 

「そうねぇ……―――ふふっ」

 

 

ふと、金髪の少女が堪え切れずに零したかのような笑みに、茶髪の少女が反応する。

 

 

「? 何よ?」

 

 

「いーえー、何だかこれって―――仲間同士の会話みたいだって思ってねぇ……」

 

 

「……“みたい”ってねぇ。一応建前上、アンタと私は同じ仕事を頼まれた仲間でしょうに」

 

 

通う学校も同じで学年も同じ、分野は違えど同じ強度を誇る。

 

そして、同じ先輩に師事され、指示され、彼女を支持する。

 

だから、肩を並べていてもおかしくはない。

 

普通ならば。

 

 

「そうだけどぉ。御坂さんとこんな会話しているのがちょっと不思議で―――らしくないかしら?」

 

 

「………」

 

 

らしくない。

 

ふ……まあ、そうだろう。

 

確かにそうだ。

 

先輩がいなければ、喧嘩ばかりだった二人だ。

 

そう簡単に仲良くなるなんて考えづらいものだ。

 

うん……

 

 

(今度はなに企らんでんのかしら! 今更和平交渉のつもり!? どんだけ味方ヅラしようが、アンタにはチャリティで嵌められた前科があんのよ! ええ、絶対あんただけは生涯信用しないっつうの!!)

 

 

「ま、別にいいんじゃない」

 

 

考えられんことなのだ。

 

残念な事に。

 

とても残念な事に。

 

7人しかいないLevel5の御坂美琴と食蜂操祈。

 

第3位の<超電磁砲(レールガン)>と第5位の<心理掌握(メンタルアウト)>。

 

この二人を組ませるには、間に緩衝材が必要である。

 

 

(ふふふふふ、まんまと騙されてるわぁ、御坂さん♪ 電磁バリアがあるのが厄介だけどぉー☆ この調子で言葉の誘導力で乗せて利用するだけ利用して、面白おかしくとことんイジり遊んであげるわぁ♪)

 

 

「うふふっ、何だかちょっと照れるわねぇ」

 

 

二人とも内心を隠し、表面上は穏やかに微笑みを交す。

 

これを先輩である上条詩歌は大変仲がいいですね、と評するが、今、ここですれ違う人々はお嬢様オーラとはまた別の、何だか目には見えない妙な圧を感じて、美琴と食蜂から一定の距離を取っている。

 

近づくのは危険であると彼らは分かっているのだ。

 

 

「ふふ」

 

 

「ふふふ……」

 

 

「うふふふふ……」

 

 

「ふふふふふふふ……」

 

 

不気味な笑い声が周囲に響き渡った。

 

 

 

つづく


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