とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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正教闘争編 裏話 負け犬

正教闘争編 裏話 負け犬

 

 

 

???

 

 

 

『今回の仕事に滝壺の出番はないわね』

 

 

 

この力は、相手が能力者であるなら、一度記憶しただけで地球の裏側であっても特定できるが、何もないただの人間ならその効果は発揮できない。

 

能力以外にも、爆弾設置や破壊工作なんてスキルはなく、暗部の人間なのに荒事は苦手。

 

能力者の索敵察知と照準補助が自分の仕事で、『外』の人間相手には足手まといにしかならない。

 

だから、お留守番。

 

 

『一般人とはいえ、あいつらは武器を持ってる。ゲリラ戦になるでしょうし、誰かを守りながら戦うのは全員の危険を招くわ』

 

『滝壺さんは能力を超無茶な使い方しますからね。たまにはこういうのも良いでしょう』

 

『いつもこっちは助けられてんだから気にしないでゆっくり休んじゃえ。こっちには麦野もいるし大丈夫だって』

 

 

だが、

 

 

「どうして……」

 

 

組織のサポーターの男が皆殺しにされていた。

 

 

「我々の本来の獲物は君じゃないんだが、仮にも同盟を組んでいる身でね。大人しく奴らが来るまで待っていてくれないかな。生憎、『槍』も『ウサギの骨』も捕縛用には向いてないんだ」

 

 

 

 

 

路地裏

 

 

 

「あー、疲れた~。早くウチに帰ろ帰ろ」

 

「ったく、あの先生、宿題出し過ぎだよね~」

 

「署名、お願い……します」

 

「署名お願いします……くっ、何で私はこんな真似を」

 

「これも学校の業務の一環だからだよ、奴れ―――引率のお姉ちゃん」

 

「今、奴隷と言おうとしたな貴様! だいたい私は―――って、あいつは!?」

 

「ねぇねぇ、みんなこの前の『ARISA』の新曲聴いた? 詩歌さんや御坂さんが出てたチャリティマッチの―――」

 

「聴いたよ、ルイコ。もうダウンロードして―――緊急ニュース? え、フランスに―――」

 

「こらー。お前達、今日はとっとと帰るじゃん」

 

 

 

バットケースを肩にかける<スキルアウト>。

 

清掃活動をしながら署名運動をしている怪しげなフードを被った大男や褐色の外国人に小学生の集団、学校帰りの黒髪ロングな少女達と擦れ違いながら喧騒から遠くへ、人の目から隠れながら、誰にも見つからぬように路地裏を彷徨いながら、学園都市の外を目指す。

 

彼は、決して、主役(ヒーロー)なんかじゃない。

 

薔薇色の学生生活なんか望んでいたわけではないけれど、神様に見放されているみたいに演出に欠けた退屈な日々。

 

平凡に生まれ平凡に育ち平凡に死ぬのが俺にはお似合いなのかなぁと、人生を悟り―――別に言い方をすれば、諦め、俺は<スキルアウト>になった。

 

何の面白味もない学生生活に別れを告げ、表の世界と離れた裏の隠れ家へ。

 

イラついては安酒をガバガバ飲んで気を紛わせ、虚しくなれば皆でワイワイ騒ぎ笑っていれば、もうつまらない表の世界のことなど忘れてしまう。

 

そうして何年も過ごし、仲間が集まれば、やはり人間、欲が出てしまったのか、才能ある能力者(奴ら)を見返してやろうとこの街に革命を起こしてやろうと考えた。

 

だが、そんなのは所詮一度ゴミとして捨ててしまったものを焼却してからも未練がましく取り戻そうとする馬鹿な行為であり、また、拳銃や武器を扱える俺たちの世界が裏だと思っていたが、所詮、本当の闇と比べれば、十分に光が少ないだけで十分な表の世界だった、と井の中の蛙な俺。

 

半蔵が命懸けで、あの学園都市最強のLevel5とやり合っていたというのに、すぐにでも応援に駆けつけるべきだった俺はあのLevel0を、複数の仲間と武器を用意していても足止めもできず、門番としての仕事すらも果たせずに―――そのせいで、1人で暗部の奴らと戦っていた駒場さんは殺されてしまった。

 

所詮、<スキルアウト>の俺が半蔵に加勢したとしても、Level5に遊ばれるだけだろうが、それでも『“俺たちと同じLevel0”に倒されてしまった』なんて、言い訳の余地もない、Level5と決死の覚悟で戦った半蔵達と比べれば、いや比べるまでもない最悪の敗北よりも全然マシだ。

 

何やってたんだテメェは! と言われても何の反論もできない。

 

駒場利徳(リーダー)の死で終わった革命失敗の責任追及される戦犯者は、当然のことに全体の危機的状況に気づかず、のんきにその部隊を率いて、Levelに負けた格好悪い負け犬―――浜面仕上であり、罵倒や失態を擦り付けられ、路地裏の世界から追放された。

 

駒場さんの後に一時的にリーダーになった半蔵が<スキルアウト>を抑えてくれなければ、きっと今も体を動かせないほどボコボコにタコ殴りの集団リンチされていたから、それでもマシなんだが。

 

かといって、今更、学生生活に戻ることなどできるはずがなく、もうこの街には居場所はない。

 

だから―――

 

 

 

 

 

 

 

雨が降ってきた。

 

おそらく通り雨だろう。

 

傘もなく、屋根のある場所にも行けない浜面仕上は当然濡れ鼠となり―――けど、その顔は久々に上機嫌に笑っていた。

 

何となく、この雨が汚い自分を洗ってくれている。

 

そう思えたからだ。

 

それに、

 

 

(あと少しだ。あと少しで俺は、ここから出られる……)

 

 

バットケースの中に入れたものがようやく役に立つ。

 

今、学園都市の至る所で流されているニュースは誰の耳にも入る。

 

あれが本当ならば、今頃、学園都市はフランスに目を向けるのに忙しく、出入りの警備も薄いはずだ。

 

だから、今なら、いける。

 

井の蛙であったが、それでも、ここから脱出できる抜け道くらいは知っている。

 

そして、通り雨が過ぎ去った時、浜面はようやく目的地に辿り着き―――

 

 

「よしっ! あとはこいつで騒ぎを起こして、俺は―――あれ……? お、おい!?」

 

 

そこに、一人の少女が倒れているのを見かけ、無意識に駆け寄る。

 

久々に触れる人の体温と感触に、

 

 

 

―――厄介事だ、と浜面仕上は直感した。

 

 

 

体が濡れた冷たさとはまた別の冷たさに強張る。

 

ピンク色のジャージ、黒髪の大人しそうな少女が濡れたまま荒く息を吐きながら、熱に浮かれているように目を瞑り、倒れている。

 

自分と同じで、傘はない。

 

だが、いかに急な通り雨だからといって、近くの建物に駆け込めばいいし、<警備員>などに助けを求めればいい。

 

こんな人気のない路地裏は、雨を凌げる場所ではない。

 

 

 

もしかすると彼女は逃げていたのかもしれない

 

 

 

そして、雨が降ったのは極めて短時間。

 

それにジャージは放っておけばすぐ乾く速乾性がセオリーだ。

 

びしょ濡れになれる時間も限られている。

 

つまり―――

 

 

 

「ダメ……逃げて……」

 

 

 

瞬間、爆音にしては鈍く低い音と共に、向こうのコンクリート製のフェンスが外側から吹き飛んだ。

 

浜面は爆風に煽られ、少女の体がその足元まで転がり……土煙りの向こうに異様な人影を見つけた。

 

全身余すところなくアスファルトのような暗灰色の分厚いプロテクターを装着し、頭部と顔面の全てを覆うヘルメットを被った数人。

 

大型マシンガンを携えて、変声機を通した機械的な声で、

 

 

『おいおい! ありゃあ事前情報の中にあったリストにはいなかった顔だぞ! ここら辺は人払いが済んでいたはずじゃねーのか……!?』

 

 

『<警備員>の警報も耳に入らなかった馬鹿か応援に駆け付けた暗部の人間のどちらかだが、問題ない。学園都市の威力偵察と能力者の確保が最優先だ』

 

 

威力偵察とは、偵察ではあるが、敵勢力にあえて攻撃を加えることで、その反応、もしくは反撃の度合いから敵の戦力を測る手法。

 

 

『わぁかってるって、威力偵察だろ……? だからさぁ、あまりにも歯応えがなくて攻撃ついでに死んじまったら仕方ねぇってことだよなぁ!?』

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

喧嘩で培ってきた経験で、勝てない相手の見極めはできる。

 

走り、浜面は曲がり角を見つけ、まずは少女の身体を放り込み、それから自分も飛び込んだ。

 

 

「おいおい、戦争はフランスで起きてんじゃなかったのかよ……ッ!?」

 

 

幸いにして直撃はもらっていない。

 

しかし、何なんだあのマシンガンは。

 

今も路地裏の側壁を砕き、あのコンクリートの壁を撃ち砕いた。

 

ひょっとしたら軍のヘリや車に積んであるような、据え付けの機関銃ほども威力があるかもしれない。

 

明らかにこの街の<警備員>が学生に向けて使うような武器ではない。

 

あの暴走巨乳<警備員>を相手していた浜面仕上だから言える。

 

 

「奴らは……『外』から来た……」

 

 

少女は言う。

 

学園都市の『外』は、2、30年は時代遅れで、彼らの着ていたスーツもそうなのだろうが、どちらも同じで、浜面仕上には関係ない。

 

正直、<警備員>が付けている奴よりは実戦的に禍々しく見える。

 

 

「まさか、この前この街にテロってきたどっかの宗教団体の奴らか?」

 

 

「わからない。でも、危険」

 

 

「そりゃあ、あんな物騒なもん向けて人に安全なやつはいねーよ」

 

 

もう報復どうこう言っていられる余裕はなく、近くの建物――隠れ家に空き巣同然に転がり込む。

 

この辺の地理なら路地裏時代に把握している。

 

弱肉強食の路地裏社会では、勝ち負けになんて拘れば、その先は死だ。

 

大切なのは勝敗ではなく、みっともなくても良いから生き延びることだ。

 

 

(ちくしょう……! どうせ俺は負け犬だ……!)

 

 

シッ、と少女は人差し指を立てた。

 

探り撃ちが止んだ。

 

サイレンサー付きとは言え相当の音にもかかわらず、あるいは負け犬根性のセンサーが敏感なのか、よほど高感度のマイクでも仕込んであるのかのように、あんな大層なものを着込んでいるおかげで、普通ではない重さの足音ははっきりと聞こえる。

 

 

『隠れているのは分かっている。聞こえているはずだ』

 

 

確実にこちらへ近づいてきている。

 

 

『大人しく投降しろ、滝壺理后。貴様の力が我々には通用しないことは知っている。しかし、その能力は貴重だ。生かしたまま連れて帰りたい』

 

 

「っ……」

 

 

少女、滝壺理后が小さく身をすくめる。

 

 

『君の安全は保証しよう。大人しくこちらへ姿を現せ。そうでなければ、そこにいる男共々処分することになる』

 

 

罠だ。

 

そういうのは簡単だ。

 

だが、本当にこの少女の身の安全を保障してくれるのなら、この状況であるなら出て行ってしまった方が安全なのではないか。

 

とりあえず、この滝壺理后と呼ばれた能力者は殺されない。

 

だが、自分は?

 

 

(クソッたれ……)

 

 

最善の判断に従おうが逆らおうが、どちらにしても自分は殺される。

 

でなければ時間を稼ぐしかない。

 

ここは幸い、学園都市の外周部、<警備員>の門所に近い。

 

奴らが暴れてからそれなりの時間が経っているはずだ。

 

距離を考えても、そろそろ誰かが通報していてもおかしくないはずだが……

 

 

(……っ……落ち着け。時間なんて稼いでどうする。<警備員>が来たって、あんな奴らの相手が出来るはずがねーだろ。それに、そもそも……)

 

 

相手はサイレンサー付きの音の少ないマシンガンを使っている。

 

聞こえているか聞こえていないか、どちらにせよこの状況が分からぬまま様子を見に来たのが、そこらの不良や学生だとするなら余計な犠牲が増えるだけだ。

 

そして、何より、“<スキルアウト>の浜面仕上よりも、この能力者の滝壺理后の方が優先される”。

 

彼女が降伏したいと望めば、その時点で自分は何もできない。

 

だから、

 

 

「(……駄目だ。確証を得られるまでは出るじゃねぇ)」

 

 

「(えっ……)」

 

 

「(あんなクズ共の言いなりになる必要なんか、ねぇよ。なんだったら、俺の力で可能な限り君を守る)」

 

 

格好いい事を言っているが、これは単に“能力者を自分の手元から離さないための浅ましい我欲だ”。

 

幸い、この状況から察すれば、自分はイレギュラーで、どんな力をもっているか、この滝壺にも、奴らにも正体不明。

 

だったら、自分を強大な高位能力者だと騙せばいいのだ。

 

あの革命を邪魔した序列第1位のLevel5のように、浜面仕上はテメェらの企みを見抜いてここにいるんだと。

 

 

「(……本当に? あなたから……)」

 

 

「(滝壺さん。あんたの能力はあんな奴らの都合の良い道具なんかじゃねぇ)」

 

 

そして、大事な者のためにその身一つで、自分たちに挑んだあのLevel0のように、この少女を助けに来たんだと。

 

無論、嘘。

 

自分で言っていて吐き気を覚えるほど、地獄に行けば間違いなく閻魔様に舌を引っこ抜かれる最低な嘘だ。

 

何も能力もないくせに、何の理由もないくせに、ただ自分が生きたいから。

 

何が何でも生き残るのが、この路地裏のルールだ。

 

しかし、今彼女が黙って自分を見つめている視線は、たまらなく苦痛で、本気で息苦しいとさえ思える。

 

それでも、浜面は、

 

 

「俺は、他人に、勝手な理想を押し付ける奴が嫌いだ。昔の俺を思い出すからな。あんたの力はあんたの物なんだ。そこに甘ったれなクソ野郎がどうこうしていい権利はねーんだ」

 

 

『それで? そのクソ野郎に殺されるおまえは何様かな』

 

 

嘲り声に浜面は顔を向け……次の瞬間に、驚きを通り越して呆れた。

 

ほんの数m先にある建物の壁が、単純にそのパワーでほんの一瞬で突破された。

 

まさかの身体増幅機能。

 

マシンガンなど使わずとも、彼らの手は、ビスケットを砕くようにコンクリートを砕けるのだ。

 

0930事件で学園都市を襲ってきたのは、この街と同じ自分の常識の物差しでは測れないような化物。

 

不思議な事なんて、何もない。

 

『外』にも、こういうのがいてもおかしくない。

 

だいたい理由なんかがなくても、そういうものが今、現実に、目の前にある。

 

 

道化(ヒーロー)の浜面仕上様に決まってんだろッ―――!!」

 

 

瞬間とも言える速度でバッとケースから取り出し、革命に使えず、この街からの脱出のために拾い、煙幕まで取り付けた『棒火矢』を発射した。

 

 

 

 

 

???

 

 

 

「あー……やだねぇやだねぇ。礼儀作法は固っ苦しくて、体まで固くなっちまうよ。本当、急にこの街に来たかと思えば学校にまで口出してくるとはどこのモンスターペアレントさね」

 

 

「学校というよりお前に口出されてんだ。きっちり真面目にやってりゃ、問題なかったっつうのに。教師にもう一度授業を受けさせてくれなんて、涙の出るモンスターペアレントだ」

 

 

助手席で愚痴る真っ赤なじゃじゃ馬ポニー娘に、隣でハンドルを握る金髪坊主の男性が応じる。

 

 

「はいはい学校生活を途中でドロップアウトした不良のご高説は耳が痛いねぇ」

 

 

「クソ腹が立つお嬢様だな。俺だって、テメェが通っているような上等な学校だったら、きっちり真面目に授業受けてんだ。<スキルアウト>は自由なのはいいが、学べるモンなんて遊びのことしかねぇ。んなのこの街じゃなくたってどこだって手に入れられる」

 

 

「だから、実験動物に志願したってか。それで、仲間を失っていちゃあ、意味がないさね」

 

 

「……分かってる。つまらん意地だっつうのはな。だから、責任は取る」

 

 

「言っておくけど、<警備員>に捕まった奴らは出せないよ。ありゃあ、もうお上さんの領分。新参者のウチらは、口を出せないし、アンタらのやったことは、アンタら自身が起こした罪だ。きっちり罪を洗い流してもらうまでね」

 

 

「ああ、それでいい。アイツらを玩具にされないようにしてくれんなら、クソお嬢様の下働きでも、露払いでもやってやる」

 

 

かつて、己の妄念で起こした事件で捕まった仲間は、独房の中だ。

 

だから、助け出すためには、働なくてはならず、この申し出がなければ、今頃、強引にでも脱獄させようと計画を練っていただろう。

 

それに、もうそれだけでなく、己は……

 

 

「えー、私はきちんとお給金が欲しいですよー、お嬢様~。それに私元々お嬢様に仕える予定だったんですよー」

 

 

「まあ、俺たちバックアップは受けてるけど、自前の金はないからな。この隠遁生活でスカウトされたのはラッキーだ」

 

 

と、後部座席から明るい声と陰鬱な声。

 

彼らはあの事件で逃げ延びた者であり、元々は情報収集のために送られたとある組の先兵だった若き者たちだ。

 

 

「だったら、きっちり働くんだねぇ。能力があろうがなかろうが、その働きによって、評価する。つまりは、私次第。怠けてたら、その分の給金は私の小遣いに回すつもりだ。うん、容赦なく」

 

 

「はい、お嬢様。この私が長年溜めた貯金を無理やり生活費用として搾取しやがった野郎は既に見限ってますので、今の主はお嬢様1人です。ですから、元リーダーの分は私に」

 

 

「ああ、俺も、『軒猿』のスキルと能力を当てにされて、買い出し(パシリ)ばっかりやらされてたからな。今度こそ、きちんと扱ってくれる主を捜しておりました、お嬢様」

 

 

あの事件で、その組のお嬢様に盾突いた彼女たちだが、上司に怒られ、今では改心。

 

()の切れ目が縁の切れ目とばかりに、かつてのリーダーは都落ちである。

 

 

「お、お、おお、おう……心からお嬢様って呼ばれるとこんなに気持ちいいもんだねぇ。うん、お前ら2人昇進してやらなくもないけど……」

 

 

「弱っ!? まあ当然だろうとは思っていたが、よっぽどけなされ続けてきたんだな、このクソお嬢様は」

 

 

「よし。あんたは下っ端に決定。面倒な雑用は全部押し付けても構わないよ」

 

 

「おまっ、それはいくらなんでも横暴過ぎるぞ!?」

 

 

「うるさいっ!! この中学校生活で、年に何回か<警備員>に女装野郎だと間違われて連行されれば誰だってそうなる!!」

 

 

なんと哀しい慟哭だ。

 

なんだか、視界がぼやけてくる。

 

一応、まだこの街に来る前は、普通に組の全員に可愛がられていた女の子だったんだが、今では組の全員に可哀そうだと。

 

顔は整っているんだが、それよりもこの凶暴性が目立つから仕方ないと諦めるべきか。

 

と、

 

 

「いえいえ、お嬢様は顔の造詣もお綺麗ですし、まさに宝塚の男装の麗人よりも雄々しく、十分に魅力的なのですよー」

 

 

「えっ……。う……。あ……。いや……その……。まあ、イヌっちなら、『軒猿』の能力的にも、メイドの身分的にも、学校生活にも付き合えそうだし、私の側近……いや、いっそ将来の右腕辺りに取り立ててなくもないけど……」

 

 

ちょろいぞ、こいつ。

 

物理的な防御力は高いくせに、褒められただけで陥落するとは、本気で大丈夫か。

 

だいたい、雄々しい男装の麗人と女装野郎はほとんど言い方を変えただけだ。

 

というか、そう簡単に右腕を決めるな。

 

 

「諦めろ。この世界は弱肉強食。もう格付けは済んでいる。それに堕落していた俺達を拾い上げたのは彼女だ。そのことは貴様が誰よりもよく知っているはずだ」

 

 

こちらの考えを読んだのか、今度は最後尾で寝ている金髪の侍。

 

確かに、認めてはいる。

 

認めているからこそ、文句が出るのだ。

 

 

「テメェら……正確には、俺たちの雇い主はこのクソお嬢様じゃねぇんだぞ」

 

 

「だけど、決定権は私にある」

 

 

ゆらり、と少女は笑う。

 

獣のように。

 

鬼のように。

 

 

「私はチマチマとしたのは苦手だ。だから、それをやれ。大人達は『外』で忙しいが、幸い、アンタらはそういうのが得意な人材だ。期待している。そして、先頭に立って、相手を叩くのは、次期組長である私の仕事だ」

 

 

「……はっ、だったらチマチマとした雑魚は<ゴブリン>に任せておけ、クソお嬢」

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

「―――行くぞっ」

 

 

煙幕棒火矢を仕掛けると共に、浜面は少女の手を引き飛び出した。

 

一歩目を踏み出す頃には、アサルトライフルの凄まじい合唱がそこら中から響き渡った。

 

 

『クソ、無闇に発砲するな……!』

 

 

背後から銃声。

 

銃弾の空を裂く音、音、音。

 

浜面の肩口に、瞬く間に鮮血が滲み、広がっていく。

 

当たったわけではない。

 

かすってもいない。

 

近くを弾丸が過ぎただけで、大口径の機関弾は肉を切り裂いた。

 

そして浜面は少女と共に、無我夢中で建物のドアを蹴り破り、表の道路へ飛び出した。

 

 

「無事かっ」

 

 

「うん……! でも、あなたの……」

 

 

「よし無事だな」

 

 

振り返れば、能力者の少女に傷はない。

 

怪我をしたのは自分だけで、命には別条はない。

 

作戦は大成功だ。

 

次々と用意した煙幕棒火矢を打ち込み、撹乱。

 

そして、地の利はこちらにある。

 

あとは近くの<警備員>のいる場所へ向かえば……

 

 

「ここで二手に分かれるぞ」

 

 

「……え? でも……」

 

 

「アイツらの目的は、アンタだ。……こんな言い方は卑怯だが、俺は1人の方が行動しやすい。だから、お前は一人で逃げるんだ」

 

 

「……だめ! だって、あなたは……」

 

 

「もちろん逃げるだけじゃない。俺は囮になって、逃げる振りをしながら、あいつらを1人1人誘き出して確実に潰す。さっきは囲まれてたからああするしかなかったが、一対一なら俺の能力で倒せたんだ」

 

 

「………………………」

 

 

議論する暇などない。

 

遠目で分かる。

 

黒い煙の上がる関所だった建物は荒れ果てている。

 

そう、もうここら一体の人払いは済んでいて、逃げ場などないのだ。

 

ここで“彼女を囮にして、自分はこの地区から遠く逃げる”。

 

だから、意地でも信じさせて……

 

 

「クソッたれ……」

 

 

浜面は無理やりそこらの小道に彼女の小さな体を押し入れようと―――

 

 

 

「嘘。あなた、能力者じゃない」

 

 

 

「―――ッ!!」

 

 

その言葉に揺らぎはない。

 

彼女の目はうっすらと笑っていて、浜面仕上が能力者ではないことを確信している。

 

 

「私には、分かる。あなたに、AIM拡散力場の強い波長は感じられない」

 

 

「は、ははっ、何言ってんだ! 俺は……」

 

 

「大丈夫Level4だから、捕まっても、私なら、多分大丈夫。殺されることはないと思うし、きっと麦野達が助けに来てくれる。“だから、私が囮になる”」

 

 

「……ッ!!」

 

 

その言葉に肉体は安堵を抱いて、精神は自己嫌悪に歪んだ。

 

能力者は、Level0を見下しているんじゃなかったのか。

 

あの男たちだって、彼女が能力者だから生かそうとし、自分は無能だからという理由で殺そうとしている。

 

それが当たり前のルールなんだ。

 

しかし、彼女は仲間が助けてくれると信頼しているのか、それとも己の力なら逃げ切れると思っているのか、分からない。

 

とにかく言えるのは1つ。

 

 

 

この高位能力者の少女は、Level0の浜面仕上を助けるために、犠牲になろうとしているという事だ。

 

 

 

なんと割に合わない。

 

普通は、いくらでもいるLevel0が希少なLevel4のために体を張るべきだ。

 

もしかして、さっきの交渉材料を手元に置いておきたい我が身可愛さに出したホラを信じたのか。

 

だとするなら、滑稽だ。

 

滑稽過ぎて笑える。

 

 

「……ふざけやがって」

 

 

『俺の妹はテメェらの都合の良い幻想なんかじゃねーんだよ!! 甘ったれ癖を直してから出直してきやがれ、このクソ野郎が!!』

 

 

あの時、自分とはまったく違うLevel0の有り様が脳裏に浮かぶ。

 

 

「ふざけやがって―――ッ!!」

 

 

そして、ギリギリと奥歯を噛み締め、ゆっくりと深呼吸してから、

 

 

「さっきも言ったが、俺は、他人に、勝手な理想を押し付ける奴が嫌いだ。昔の俺を思い出すからな。あんたの力はあんたの物なんだ。だから、こんな甘ったれなクソ野郎のために使うんじゃねーよ!!」

 

 

「えっ……」

 

 

浜面仕上は滝壺理后の身体を近くの路地裏へ突き出すと再び戦場へと戻る。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

ボッ、と分厚い銃声と共に髪が揺れた。

 

 

 

振り向けばそこにはやはり、

 

 

『ここら一体は制圧してある。お望みなら殺してやっても良いんだぞ。吹き飛ばした肉体の破片を処理するのが面倒なだけだ。手間をかけさせるなよ、小僧』

 

 

滝壺理后と別れた後、浜面仕上は残り全ての棒火矢を打ち上げながら逃走。

 

さぞ誰の目にも目立つ狼煙が上がっただろう。

 

しかし、それでも<警備員>が来ないとなると、この男の言うとおりにここに助けは来ない。

 

 

(やっぱり俺はヒーローじゃなくて、ピエロがお似合いかよ!)

 

 

完全に包囲された。

 

完全なるワンサイドゲームだ。

 

 

『分かったら手を挙げろ。ゆっくりとだ。二度目はないぞ。不審な動きかどうかを判断するのは俺たちだということを忘れるな』

 

 

『あー、くそ! 面倒だ。ここでこの猿は始末しちまおうぜ……!』

 

 

『独断専行はするな。もし能力者だとするなら価値がある。目標の選定に手を抜けん』

 

 

『はぁ? その面明らかに雑魚キャラじゃねーか。さっきの煙幕だって狡い真似だしよぉ。能力者以外の目撃者なんだし、とっとと始末しちまおうぜ』

 

 

『その対象に貴様も含まれたいのか』

 

 

冷静な声の、おそらくこの中のリーダーが大型マシンガンの銃口を、先頭にいる一体に向ける。

 

応え、これ見よがしに不服そうな舌打ちをするも、彼は銃器を下に向ける。

 

正面から見ると、その武器は人間に向かって発砲すれば、たちまちハチの巣になるのが良く分かる。

 

 

『<アイテム>は女4人と聞いたが、貴様は何者だ』

 

 

これは浜面への問いかけだ。

 

だが、答えられない。

 

答えられるはずがない。

 

だが、好機だと浜面は意識を切り替えた。

 

どうせ失敗すれば死ぬんだという背水の陣が、彼の思考を冷静にさせた。

 

すぐに殺すつもりはない、交渉ではなくとも、口がきく猶予があるなら、まだなんとかできるかもしれない。

 

 

「俺は、この街の暗部の人間」

 

 

浜面は言った。

 

 

「<アイテム>とはまた別の、組織だ。あの娘は俺の事を知らないはずだ」

 

 

マシンガンが上空を向き、一発。

 

空気を切り裂き、窓ガラスが揺れ、地面が震えるような爆音。

 

間近であったため、耳鳴りがひどい。

 

あんなもの一発でもまともに貰えば、致命傷になりかねない。

 

そうして、威嚇が終わり、硝煙漂う熱をもった銃口が再び浜面に向く。

 

 

『見え透いた嘘はよせ。こちらの協力者から、ここに送られた暗部の人間は<アイテム>だけであるのは確認済みだ』

 

 

無機質に変声された機械の音。

 

だが、道化はそれを馬鹿にする。

 

 

「で? それはどこからの情報だ?」

 

 

『……何?』

 

 

「お前らの目で、ここに<アイテム>しかいないってことを確認したのか?」

 

 

『……』

 

 

即答はない。

 

つまり考えた。

 

嵌ったのだ。

 

それをさらに浜面はせせら笑う。

 

 

「どの情報筋か知らねーけど……もっと信頼できる人間を使った方がいいんじゃねぇか?」

 

 

学園都市の暗部の組織は、複数あるというが、そのどれもは極秘裏の扱いだ。

 

それを『外』の部外者が知るとなれば、相当イリーガルな伝手を必要とするはず。

 

そんなものについて、あえて信頼や信用と問いかけられ、胸を張って答えられるはずがない。

 

先の軽い口調の一体が口を挟む。

 

 

『……ブラフに決まっている。どうせこいつは身動きは取れない。拷問にかけよう。俺に任せてくれ。死なないように、死ぬより苦痛な思いを味あわせてやるからよぉ!』

 

 

「つくづく馬鹿な奴らだよ。俺も最初は半信半疑だったが……、こうもうまく引っかかってくれると、いっそ笑える。拍子抜けも良いところだ。やっぱ、テメェらは流行遅れの『外』の連中だ。この街に入ってくる前に、よく考えたんだろうな?」

 

 

『……何がおかしい。答えろ』

 

 

目撃者は、殺す、と奴らは言った。

 

つまりこいつらは公の存在ではない。

 

そもそも軍用としてここまでの性能の存在を、技術の流出を、学園都市が許すはずがない。

 

 

「だから、これがお前達の存在を掴むための罠だという可能性を考えなかったのか?」

 

 

『っ……』

 

 

脈ありだ。

 

やはり、この連中は正体を知られることを相当に恐れている。

 

どこの組織だろうが、科学の総本山の学園都市に真っ向から喧嘩を売れるものなどいない。

 

 

「なんで、<警備員>を襲撃してまで人払いしたこの場所に、見も知らぬ(滝壺理后)回収(救出)しに来た理由が他にあるなら言ってみろ」

 

 

そんなのいくらでもあるだろう。

 

実際、自分はただ人目を避けるように路地裏にいたから事件に巻き込まれただけなのだ。

 

決して、ヒーローなんかじゃない。

 

彼女を助けたのだって、もとは自分のためだ。

 

冷静に考えれば、こんな『棒火矢(おもちゃ)』片手に、こんな機動隊を相手にするなど自殺行為だと考えつくはずだろうが、こんな状況でそうと念を押されれば、その言葉を信じざるを得ない。

 

会話という状況下で応えられなければ、自ずと相手の言い分を認めるのと同じことになってしまうからだ。

 

そして、銃器を突き付けられてなお、怯えぬ、もう怯えるなど振りきって自棄になっている浜面仕上の姿、死さえ覚悟したその目がそれを真実だと裏付ける。

 

 

『……わかった』

 

 

だから、あとはこれ以上証拠を残さぬよう、立ち去るだけ。

 

だが、彼らの装備と精神性は、浜面の持つ常識を遥かに逸脱していた。

 

こと交渉にあたったリーダーの男は、冷徹な思考も併せ持っていた。

 

 

『今、この地区が情報封鎖されているのは事実だ。ならば、奴らが海外へ意識を向けている内に、ここにいる全ての人間を殲滅する。元より、能力者の捕縛はリスクの高いのは百も承知。決死の覚悟で仕掛けている』

 

 

『ヤー! ヤー! だから言ったんだぜ! いいんだな!?』

 

 

『ああ、後続部隊にも応援を呼べ。ただし、機密保持が最優先だ。1人残らず確実に息の根を止めろ』

 

 

そして、リーダーの男はゆっくりと引き金を絞りながら、マシンガンの銃口は微塵も揺るぐことなく、その虚ろな空洞でもって、最初の犠牲者に必殺の凝視を送る。

 

 

 

「左に飛び込めぇッ―――!!」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

その時、耳を聾する轟音が轟いた。

 

大型マシンガンのフルオート射撃ではない。

 

そんなサイレンサーで抑えられた発砲音程度とは比較にならないほど盛大な、四足の火虎の猛々しい咆哮。

 

 

「オララララララララッ!!」

 

 

そんな脅威の予兆の音も聞こえず、姿も見えなかった。

 

だが、爆炎が駆け抜けた路上を抉るように焼き尽くす―――否、爆炎と見えたそれは、迸る灼熱を纏った大型装甲車の疾走であった。

 

間一髪、横へ飛び込んだ浜面は回避が間に合ったものの、その装甲に自信を持っていた部隊は、傲慢にも銃を向けようとしたため遅れてしまった

 

確かに小銃弾程度なら問題はないだろう。

 

だが、襲撃者が雄叫びと共にハンドルを操った装甲車のぶちかましは、ミサイル直撃にも匹敵する爆炎の大打撃。

 

いくら装甲を纏っていようと、人の身でこのダメージは殺しきれない。

 

 

「あ」

 

 

怒涛の勢いで通過した火炎装甲車。

 

鼓膜を叩く爆発にも等しい轟音。

 

浜面仕上は、ただ茫然と、体も動かず、呼吸も瞬きもできない。

 

装甲車が急停止し反転してから、浜面はようやく我に返った。

 

駆け抜けた後、視界に移るのは、焦げ跡と、立ち上がる力さえ失せて仰臥したままの転がる装甲兵達。

 

目を瞬き、深い呼吸を繰り返しながら、震える足を力いっぱい握り締める。

 

あまりに唐突。

 

あまりに呆気ない幕切れ。

 

まさか、嘘が本当になってしまったのか。

 

異常事態に頭が麻痺し、これをどう捉えていいのか、浜面には分からなかった。

 

腰が抜けて、そのまま座り込もうとするが、そんな暇もなし。

 

事態はさらに急転。

 

 

「おー、あれでまだ動けるとは相当なもんだねぇ」

 

 

まだ、彼らは息絶えていない。

 

今の加速装置を使っていない疾走は手心を加えていたのだろうが、それでも莫大なエネルギーを伴う無機物に、蹂躙されたのだ。

 

弱弱しく痙攣しながらも、ゆっくりと上体を起こしにかかっている。

 

しかし、そんな無類の強度を誇る装甲よりも、今、聞こえた軽い声の方が問題だ。

 

 

(鬼塚……っ!?)

 

 

<スキルアウト>では『三巨頭』よりも恐れられる<赤鬼>。

 

あれに火をつけるそれ即ち破滅で、装甲服を身に纏おうがそんなのは紙装甲だ。

 

あの革命の際、<微笑みの聖母>を丁重に扱ったのは、駒場利徳の性分もあるのだろうが、それよりも彼女の親友であることが大きい。

 

<赤鬼>がキレて、壊滅した<スキルアウト>組織は、一つ二つどころではない。

 

さらにはあれが不良なんかが可愛い小犬に見えるほどの強大なる極道の1人娘であることも重々知っている。

 

なので。

 

以前は気安く話し掛けられただろうが、彼女の信頼を裏切り、その親友に手を出したのを知っていて、見つかりもすれば……

 

 

「あ、おーい、浜面っち―――ってありゃ?」

 

 

浜面仕上は逃げだした。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

『な、なんだっ……こいつらは!?』

 

『おい……この服、車体と衝突しても平気じゃねーのか』

 

『ま、まさか……マ、ジで罠だったのかよ!!』

 

『落ち、着け……もうすぐ援軍が来る、はず……』

 

 

たった一度の有り得ぬほどの威力の蹂躙走破は、肉体だけでなく、精神さえも踏み潰した。

 

それもそうだろう。

 

なぜなら彼らは敵機を感知して間もなく、やられたのだ。

 

<擬態光景>に<沈黙>による隠蔽工作に、さらには<脅威>による不意を突くルート選択による奇襲は、単なる衝突の効果を倍に高めた。

 

ついでに、彼女達の知る由もないが、浜面のまさかのハッタリもその衝撃を倍増させたであろう。

 

さらに、

 

 

『………部隊壊滅。至急撤退せよ……繰り返……Level5……足止め……失……滅………』

 

 

まあ、一言でいえば、不幸だった。

 

 

「さぁって、この学園都市に喧嘩を売ろうとしたその面を拝ませてもらおうか」

 

 

「はいはーい! ここはわたくしにお任せあれ、お嬢様―――「待て」」

 

 

しかし、浜面仕上が稼いだ時間は不幸中の幸いももたらした。

 

 

 

「蒼天烈火―――<火尖槍>」

 

 

 

聞き覚えのない声に全員が空を見上げた途端、青白い神聖な炎柱が降り、鬼塚陽菜を呑み込む。

 

爆炎が大地を焦がし、その熱波で周囲の人間は吹き飛ばされそうになる。

 

だが、蝋燭の火を吹き消すように片手で薙ぎ払っただけで霧散。

 

そう、暴力をそれ以上の暴力で捻じ伏せる学園都市最強の火炎系能力者、<鬼火>。

 

地獄の鬼からすれば、煉獄の炎でなければ生温い。

 

 

「お前さんかい? この私に派手な炎をぶつけてきたのは」

 

 

切れ長の瞳に、深紅のチャイナドレスで、年は陽菜よりも2、3は上であろう。

 

ほっそりとした手首には、しゃらしゃらと音の鳴る金属の輪をはめており、鬼塚陽菜の紅の髪とは似て非なる桃色の髪。

 

しかし、その手に持つのは、そんな可憐な容姿とは合わない、槍部分の穂先の根元の片側に『月牙』と呼ばれる三日月形の刃が取り付けられた―――『方天画戟』。

 

 

「へぇ~、妾の<破軍方天画戟>を受け止めるとは、なかなかやるじゃない。褒めてあげるわ」

 

 

「そりゃどうも。で、誰だい? こいつらの知り合い?」

 

 

「雇い主であり、同盟相手と言ったところかしら、本流の『真眼』」

 

 

ケラケラと<赤鬼>は笑い、その瞳に戦意の焔を込め、また、その相手の相貌も徹頭徹尾に鋭い。

 

 

「……本流の『真眼』、だと」

 

 

その言葉に、金髪坊主の無悪有善が反応する。

 

 

「? 有善の知り合いかい?」

 

 

「うわー、こいつ、またですよー、お嬢様。きっとまたお嬢様にちょっかい出そうと外からへんてこなもん連れてきたに違いありません。ですから、とっととクビにしましょう。クビに」

 

 

そして、それを機に、評価を叩き落とそうとする元部下銭本戌子。

 

 

「うっせぇぞ! クソ犬が! 黙ってろ! それより、このクソお嬢様を本流の『真眼』っつうってことはアンタ、傍流の『剛腕』、『怪脚』の二分家の人間か?」

 

 

とりあえず、飼い(雇い)主が変わり、キャンキャン咬み付くようになった犬のしつけは後回しにして、無悪は彼女に問う。

 

 

「否、妾は『鬼の一族』の邪流の『身贋』」

 

 

「何……? あの脱兎の臆病者。確か、前の世界大戦であそこは滅んだはずだぞ」

 

 

その発言の単純な不快感から僅かばかり眉を動かすも、大して動じず。

 

 

「何も知らぬ金猿ね。まあ、良い良い。それにそれはこちらの台詞でもあるけど、ね。爺様から聞いてるが、学園都市に敗北して、今や絶滅危惧種だそうじゃない? 本流の血筋もいつ絶えてもおかしくない。―――そう、今日この日にも」

 

 

己の身長よりも長大な<破軍方天画戟>が、寒気がするほど不気味な輝きに底光りし、そこから発せられるオーラに、<脅威>が震える。

 

 

「―――クソお嬢」

 

 

無悪が声を上げる。

 

気をつけろ、ぐらいのニュアンスを込めた呼びかけ。

 

 

「ったく、クソクソうっさいねぇ。そんなにクソ出したいんなら、とっとと便所にでも行ってこい」

 

 

軽口を返すも、陽菜もまた、この肌に走る悪寒。

 

いや、悪寒のような軽々しいものではない。

 

まるで死神の指が背を撫でたような不快感を覚える。

 

だから、そこで危機感を隠すための笑顔を作った。

 

 

「仕事を果たさなきゃいけないし。今日は、<鬼道>代表として、本家様への軽い挨拶に済ませておくわ」

 

 

構え、姿勢を低くし、眼が赤く、瞳が金色に輝く。

 

<鬼塚>の凶眼<鷹の目>―――ではない。

 

それは、こう呼ばれる。

 

<火眼金晴>、大陸に伝わる妖瞳の具現。

 

 

 

「魂魄滅雷―――<雷公鞭>!!」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

無我夢中で逃げる。

 

もう自分にできることはない。

 

あとは早く、この街から出る。

 

あの子のことが気がかりだが、<アイテム>だか仲間の所に、きっともう逃げ果せているはずだ。

 

本来の予定とはズレてるが、それでも浜面仕上は学園都市の『外』を目指した。

 

 

(よし、この抜け道を行けば―――)

 

 

と、ビルが鳴動するほどの爆音と同時、真昼よりも明るくなった。

 

一瞬の出来事に、雲もないのに雷でも落ちたのかと思わず訝ってしまう。

 

 

「な、何だ、今の……!」

 

 

まさか<赤鬼>か、と考えたが、彼女の爆発にしては煙や炎の類が一切見えず、それが逆に不気味に思える。

 

まあ、どちらにしても、あの鬼塚陽菜なら問題ない、とようやく街の外へ飛び出した―――その時、

 

 

「っ……」

 

 

再び爆音。

 

しかも、今度は近い。

 

そして、重量物が地面に落下する音、その震動が足元から伝わってきた。

 

浜面がその方向に恐る恐る振り向くとそこには、鋼鉄の巨人。

 

この道の果てに、強化ガラスの無機質な炯眼が1つ。

 

 

「は、ははっ……今日は一体何なんだよ! まさか俺が知らない所で、この浜面仕上の人生が、巨大な陰謀に巻き込まれてたり、とんでもない策士に狙われてたり、そういう風な感じってか。ははは。はははははッ!!」

 

 

今そのヘッドマウントディスプレイのレンズには、この巨躯に怯える虫けらが映っている。

 

徐々に現していくその全身を言葉で表現するなら、直立戦車―――それが三機。

 

全高は5、6mで、戦車のようなゴツゴツとしたシルエットに、両サイドには腕、だけどその先は右杭打ち機(パイルバンカー)に左重機関銃(マシンガン)、または狙撃砲台(ライフル)火炎放射(フレイムランチャー)……など各種武装は異なるが、移動はその下に生えている人と同じ二本足による流暢な歩行。

 

だが、驚くべきはそれが学園都市製のものではないことだ。

 

浜面仕上は知っている。

 

結局は断念したが、あの革命の前、少しでも対能力者に備えようと<警備員>の『駆動鎧』の情報を入手していた。

 

だが、あれはそのどれにも当て嵌まらない。

 

しかし、それに近しいレベルだ。

 

仲間の半蔵が言うには、関節式機動器というのは、レトロチックな動きをするもので、ダンサーがロボットダンスを踊る際、関節を一ヶ所ずつを動かすことで人間らしさを殺しているからこそ、『外』の大衆に広まっているロボット的なイメージを表現している。

 

けれど、あの滑らかなスマートな動きはその域を出ている。

 

全体で20t近く、腕一本、脚一本が数tにもなる質量をそう自在に制御できるだけのCPU、動力、その負荷に耐えられるだけの材質なんて―――学園都市製以外では虚構の話のはずなのに。

 

もしかすると各種性能機能に開きがあるのかもしれないが、そこまで専門家でもない浜面に判断できるはずがないし、どちらにしてもただの人間には脅威だ。

 

 

 

「たまんねぇな。これが浜面仕上の人生のフィナーレかよ」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

網膜が焼かれたかと思った。

 

鬼塚陽菜は目頭を押さえて膝をついていた。

 

近くには、元<七人の侍>で現<ゴブリン>の無悪有善、銭本戌子、そして、抜き身の日本刀片手に血まみれで倒れるミハエル=ローグの姿が気を失って倒れている。

 

間近に閃光爆弾が炸裂したかの光量にやられたのだ。

 

特に、<鷹の目>という超人的な視覚を持つ陽菜には大ダメージだ。

 

おかげで敵にはまんまと逃げられた。

 

しかし、それでも幸いだ。

 

 

「おい、大丈夫か!?」

 

 

大型装甲車<白虎>に控えていた烏帽子十影が飛び出す。

 

 

「ああ、トカゲっち、大丈夫大丈夫。それより、勝手にこの私より前に飛び出した大馬鹿野郎のミハエルっちの様子を見てくれ……丁重にな」

 

 

「おう」

 

 

ミハエルの得意とする術式、あの<超電磁砲>の雷撃を断ち切った<雷切り>、全身全霊の一振りがなければ、いかに<鬼火>の熱流防護があろうとその周囲一帯の地形を吹き飛ばした衝撃波にやられていたのかもしれない。

 

しかし、その代償で彼は血の塊を口から吹き零す。

 

拒絶反応。

 

陽菜達はよく知らないが、彼はそういう力を使うたびに、命を削るほどの負担がかかるらしい。

 

 

「クソが……こんな所で躓いていられないっつうのに、無茶しやがって。そういうのは私の仕事だろうが」

 

 

未だ両目を開けられない陽菜は、奥歯を砕かんばかりに苦渋を噛み締めた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「―――ったく、妙な変身野郎の相手を切り上げて、来てみりゃあ。ここにもまた無人機が3機いたのかよ」

 

 

一番先頭の機体のマシンガンを内蔵した鋼の腕が、一撃で消し飛んだ。

 

それに動揺するもすぐに後方の一機が奇襲者を察知し、狙撃砲弾の照準を合わせて、

 

 

「超ゴキブリみたいなやつらですね。そこの悟ったような超馬鹿面な男も含めて」

 

 

呆れてしまう。

 

自分よりも小柄な小学生のような女の子が、ビクリとも微動だにせずとはいかないが、少し後ずさってライフル弾を受け止めてしまった。

 

 

「結局、これでゴミ回収はお終いなわけよ」

 

 

金髪外国人の少女のスカートから携帯型小型ミサイルが飛来し、着弾。

 

3機目の火炎放射が内側から爆発を起こし、破裂。

 

 

「そうね。これで、ブ・チ・コ・ロ・シ・終了だ」

 

 

三条の電子線がこの無人機を跡形も残さず、消滅させて、彼女達は、この戦場を平然と歩いてくる。

 

きっと、こんな爆風と轟音が支配する状況に何度も遭遇してきたのだろう。

 

特に、先頭にいる見事なプロポーションから苛烈な印象をぶつけてくる女性は頭一つ飛び抜けている。

 

そして、

 

 

「はまづら。やっと見つけた」

 

 

「何、で、お前がここに……? まさか、こいつらが」

 

 

先程、逃がしたはずの少女、滝壺理后。

 

あの機動隊に手も足も出せなかった戦闘能力皆無な彼女が、あの一団に混じっている。

 

 

「へぇ、この冴えない男が滝壺を助けたの? 正直、信じらんないんだけど」

 

「超楽しみにしてたB級映画が超駄作だったくらいにがっかりです、滝壺さん」

 

「滝壺がああ言うから期待していたのに、結局、裏切られたってカンジよ」

 

 

………………何か会って早々無茶苦茶言われてるが、一応は命の恩人なので黙っておこう。

 

 

「大丈夫だよ、はまづら。私はそれでもはまづらが格好良い事を知ってる」

 

 

誹謗中傷の後の優しさが身に染みる。

 

それが止めとなったのか、今日一日何がか色々と感情がぐちゃぐちゃになって、涙が出てきた。

 

その様子に、<アイテム>のリーダーの麦野沈利は興味を抱いたように、ふんふんと首を振って、

 

 

「滝壺があんなに気にいるとはねー……うん。ちょうど変身野郎に雑用潰されちゃったし、アンタ、ウチの雑用やらない?」

 

 

「は?」

 

 

「ちなみに断ると、面倒な口封じしないといけないから、命が欲しけりゃ、大人しく首を縦に振りなさい」

 

 

「はあああああああああああああああ!?!?!?」

 

 

こうして、<スキルアウト>から居場所を失った負け犬のLevel0、浜面仕上は学園都市の『外』に出ることは叶わず、暗部<アイテム>の雑用兼運転手に(強引に)スカウトされた。

 

 

 

つづく


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