とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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正教闘争編 さらなる狂乱へ

正教闘争編 さらなる狂乱へ

 

 

 

病院

 

 

 

さて、と。

 

上条当麻は考える。

 

あの激戦の後、気を失った自分は、さらに超音速旅客機に乗せられ、意識は飛び、危うく『最後の審判』に掛けられてしまいかけたが、生きているはずだ。

 

決して、死んではいない。

 

もしかすると魂だけはまだ天国にいるかもしれないが、この見慣れた部屋はいつもの病室。

 

事件性のある厄介な患者だと思われているのか、他の患者からは隔離されている個室。

 

そこまで事情を把握したからには、当然、当麻はもう自分は目覚めたことを自覚している。

 

 

「すぅー……zzz」

 

 

無論、こうして視界の端で、ひょこひょこと揺れる長い耳に意識が釣られそうになる。

 

……まあ、それはそれとして、この病院が大変優秀であることは分かっているのだが、来るたびに毎度毎度の激しく精神HPを削ってくるハプニングが多発するこの愚兄にとったら鬼門的な土地の特性を含めて、ここのカエル顔の医者とは一度真剣(ガチ)に話し合いたいと思う。

 

もし以前と同様に衣装提供したというのなら、拳を交えて言及することを辞さない。

 

 

「すぅー、すぅー……zzz」

 

 

ふわふわした微笑みを浮かべながら、安らかな寝息を立てる上条詩歌。

 

幸い、一目見れば、彼女が自分とは違い、傷一つなく、もう怪我は完治している。

 

だけど、なぜ看破できたといえば、詩歌の姿が制服でも患者服ではなく、ウサ耳をつけ、赤色のレオタード、網タイツ、背中まで大きくさらすような、つまりはバニーちゃんな防御力だからである。

 

下手なグラビアアイドルが裸足で逃げ出すような反則的なボディに、その処女雪のような白い肌と大変良く育ってます大きな胸をした半分しか隠さないマシュマロのようにきめ細かく、めちゃめちゃ柔らかそうな谷間をのぞかせる。

 

うちの妹の可愛さは、もはや人間国宝の域だといってもいいが、このバニーコスは耐性のないものが見れば、即刻オオカミと化してしまうほどある種の破壊兵器だといってもいい。

 

と、その寝顔がどういうわけかちょうど自分の左胸の心臓のある位置に乗っかっていた。

 

 

「―――……ん……ん? 起きていたようですね。当麻さん、おはようございます」

 

 

「……おはようございます、詩歌さん」

 

 

添い寝、というより、押さえ込みに近い体勢で、蒲団の上から詩歌はのしかかっていた。

 

どうして気づかなかったのか自分でも不思議に思う。

 

こんな風に抱きつかれたら邪魔で寝にくいはずなんだが、窮屈さを感じることはないのだ。

 

 

「では、まだ時間がありますのでおやすみなさい」

 

 

「寝るな! いくら兄妹でも許容し切れねーぞ!」

 

 

ただし、だからといって、二度寝していいはずがない。

 

 

「ウサギさんはさびしがり屋なんです。一人じゃ眠れないんですよ。当麻さんの好みの赤にしましたから、これで許してください」

 

 

「知るかよ! っつか、その服、またあの医者の趣味なのか!?」

 

 

「寝ている詩歌さんをどうするかは当麻さん次第です。眠っていて抵抗のできないのを良いことに……」

 

 

「どうもしないッ! どかすだけだ!」

 

 

「……だったら、さっきまで何でどかさなかったんですか?」

 

 

うぐ……と言葉が詰まる。

 

妹の安眠を邪魔したくなかったというのもあるが、きっちり左腕ごと抱き枕にされているので、使えるのが“右腕しかない”からだ。

 

 

『本来の性能が回復していれば、“<幻想投影>を殺してしまう”危険性があるのに、<幻想殺し>の側に置いているんですから』

 

 

結局、<幻想殺し>については分からなかった。

 

さっきまでは考える余裕がなかったので気にしなかったが、いざ考えるとなると、どうしてもテッラの言葉が、右手で触れることを躊躇わせてしまう。

 

 

「? 当麻さん、何かあったんですか?」

 

 

「―――いや、何にもねぇよ。ただこっちも起きたばかりだから、寝惚けてるだけだ」

 

 

 

が、

 

 

 

「寝惚けて……? にしては様子が―――!? ……は、はい、起きているようですね!」

 

 

「頭が!! 当麻さんの頭がバッチリと起きました!!」

 

 

覚醒。

 

これ以上にない覚醒。

 

蒲団越しとはいえこう腕や、胸に、腹に、足に、極上に柔らかい質感がくっ付いていると……………ヤバい―――じゃなくて!

 

例え何があってもそれは生理現象である。

 

決して欲情―――

 

 

「ふふふ、当麻さんが隠し事しても、無駄無駄無駄です。今も、こうお腹が押し上げられています」

 

 

「現実から目を背けてんだから、言葉にしないでもらいますか、マイシスター!?」

 

 

実の妹にこんなのを実況されるなんていったいどんな拷問なんだよ!

 

 

「詩歌さんはちゃんと理解してますよ。男は皆オオカミと言いますし」

 

 

「そんなオオカミはこの右手でぶち殺す!」

 

 

「あう」

 

 

ゴツン、と右の拳骨を落とすと、すぐさま詩歌を持ち上げ、隣のベットの中に移動させ、布団を被せて蓋をする。

 

異様な疲労感で体は重いが、そんなのを感じさせないほど機敏な動きである。

 

 

「なんという理不尽。力任せに強引にどかすなんて」

 

 

羞恥心と罪悪感でいっぱいいっぱいだったんです。

 

 

「詩歌さん的に、当麻さんとの添い寝は安眠疲労回復効果抜群なのに」

 

 

「そんなイジけた声を出すなよ」

 

 

「イケズな兄を持てば仕方のないことです。でも今日の詩歌さんは叩かれた頭を撫で撫でで妥協しましょう」

 

 

むぅ、と頬を膨らませる詩歌だが、彼女も流石に恥ずかしかったのか、黒髪の間からのぞく耳までも顔が少し赤い。

 

 

「ったく、甘えん坊だな、詩歌は」

 

 

「……私だって、まだ子供です。……お兄ちゃんに甘えたい時だってあります」

 

 

今回、<C文書>を消滅させ、この騒動の核を失くしたが、最後の最後で邪魔が入り、親船最中のいう『第二の火種』を残してしまった。

 

そのことに詩歌は責任を感じているのかもしれない。

 

 

「安心しろ。お兄ちゃんはちゃんと詩歌の側にいるから」

 

 

当麻は小さく笑うとベットサイドに腰掛けながら、詩歌の頭を丁寧に右手で撫でる。

 

<幻想殺し>について、当麻は知らないこともあるが、今はこれでいい。

 

この手で触れられることこそが―――上条詩歌は幻想ではない―――という何よりの証明。

 

ゆっくりと『右腕』に妹の存在を覚えこませるようにその感触を確かめると、詩歌はくすぐったそうに笑いながら、少しずつ瞼を下していき………また眠ってしまった

 

当麻と違い、一見、無傷なように見えるも、当麻のように肉体の疲労ではなく、詩歌は精神を疲労しやすく、かなり疲れきっているのだろう。

 

と、

 

 

 

トントン。

 

 

 

「し、失礼します」

 

 

ドアをノックする音に続く、耳に優しい声が響く。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「あ、え、っと、眠っているんですか?」

 

 

入ってきたのは五和だ。

 

彼女は控えめな様子で詩歌の様子を窺いながら、それが安らかな寝息を立てていることを知ると小さく息をつく。

 

 

「無理もないですよ。あの『後方のアックア』を倒した後、『ガウェイン』の捨て身の天罰を止めたんですから」

 

 

「ま、まあな。全く、詩歌は無茶ばっかりするんだから、お兄ちゃんは心配で心配で」

 

 

と、反射的な反応で五和が戸を開けるまでに、見られたらまずい余計なオプション(ベットに体は覆われているがウサ耳が飛び出していた)を隠し終えた当麻は平静を装いながら、曖昧に笑って、五和を迎え入れる。

 

五和は極力詩歌を起こさないようにと、ベットを挟んで離れた位置のあるパイプ椅子に音を立てぬように腰掛ける。

 

そして、控えめな声で今回の件について、いつ詩歌が起きるか冷や冷やしている当麻に報告。

 

怪我は負っているが、とりあえず民間人と天草式、ローマ正教に死者は出ていない。

 

『ガウェイン』も別室でカエル顔の医者が診ているようだが、命に別条はなく、

 

『後方のアックア』はいつの間にかどこかへと消え去り、

 

『左方のテッラ』も学園都市の爆撃を受けたようだが、今のところ『教皇庁宮殿』から遺体は見つかっていない。

 

 

「……しっかし、その、スゲェな。<神の右席>が2人に、<聖人>が1人を倒しちまうって……なんつーか、歴史的瞬間に立ち会っちゃったんじゃないのか、これ?」

 

 

「いっ、一番の立役者は上条兄妹ですよ!?」

 

 

愚兄は五和のサポートを得て『左方のテッラ』をぶん殴り、『ガウェイン』の渾身必軍の一撃を二度も殺して、

 

賢妹は土御門が作った好機を生かし『後方のアックア』を打倒し、『ガウェイン』の自爆暴走を祈りで止めた。

 

当麻も死ぬ気で頑張ったし、『ガウェイン』と対峙した神裂火織も凄かったのだろうが、同等以上の実力者である<二重聖人>とほとんど単独で互角に渡り合った詩歌が一番だろう。

 

当麻は見ていないのだが、太陽と月が衝突したくらいの神話級の戦いで、陰陽博士の策がなければどちらが勝てたのかも分からないほどの激戦だったらしい。

 

 

「というか、世界で20人といない<聖人>を打ち破る事自体奇跡なのに、それを三連続、その上、味方の損害がゼロなんて言うのは誕生日とクリスマスとお正月が一遍に来てプレゼントとお年玉とご馳走が空からバラまいちゃうような大盤振る舞いであって……ッ!!」

 

 

魔術業界についてはあまり詳しくない愚兄が察するに、五和の顔を真っ赤にして、意外に大きな胸の前でわたわた両手を振る反応からして、天草式的に今回のは大金星だというのが超アバウトだが何となく分かった。

 

……ちなみに、実際の所、『左方のテッラ』の<光の処刑>について見抜いたり、『ガウェイン』に<聖人崩し>で止めを刺したり、詩歌、当麻、神裂に次ぐ大活躍だったのだが全く自覚がない。

 

天然馬鹿と真面目謙虚人間はどちらも自分の功績には鈍感である。

 

で、

 

 

「(あれー? 撫で撫でが止まってますねー? もしかして、五和さんとのお話で忙しいのでしょうか? 疲れているとはいえ当麻さんばかりに任せっぱなしはいけませんね。よし私も起きましょう)」

 

 

と、是か非でも布団の中で包まっていてほしい赤バニー娘から、当麻の耳にしか聞こえない絶妙な寝言が。

 

 

「あははー! 詩歌は可愛いなぁ! お兄ちゃんはいつまでも撫で撫でしたいなー!?」

 

 

当麻はほとんどもう押さえつけるように、だけど、丁寧に優しく甘えん坊の眠り姫を撫で撫でする。

 

ここは何としてでも、五和が、第三者がいるまでは、あの喫茶店の店員のように妙な誤解を招かせぬよう、寝ていてもらわないと。

 

そんな鬼気迫る様子が逆に不審に目を引き、五和は控えめながらも、

 

 

「あっ、だ、ダメですよ折角寝てるんですから!!」

 

 

急に不自然に頭を撫で始め暴走している(ように見える)当麻を止めようと、その左肩と右手を掴む五和。

 

結果、2人の顔があとわずか5cm弱まで急接近。

 

ぶっちゃけ目の前に広がる五和の顔は驚きで真っ赤に染まっており、その顔と顔の間には柔らかい壁があるような感覚を得たが、それでも当麻は金縛りにあったように固まって動けない。

 

 

「…………………………………」

 

 

この背後からの重圧(ビハインドプレッシャー)に。

 

ひょっとすると後ろにいるのは眠り姫ではなく、赤ずきんに出てくるオオカミ……―――いえ、眠り姫でございます!

 

 

 

 

 

 

 

当麻固まる→五和さらに緊張→その空気を察知し詩歌不機嫌→当麻さらに固まる……と妙な悪循環ができている病室の手前。

 

直線的な廊下に立ち尽くしている神裂火織。

 

一応、学園都市を離れる前に、見舞いをしようとしたのが、何だかタイミングを外され行き辛く(五和に先を越されて)、どうしようかとこれまた真面目な神裂さんは立ち尽くしているわけで。

 

 

(……どうしましょう。昼にはロンドンへ戻らなくてはいけないのでスケジュール的には今しかないのですが、しかしまさにこの瞬間、五和がいるようですし……)

 

 

<最大主教>に断りを入れず出て行った手前、まっすぐにイギリス清教に戻り辛く、戦乱を回避するためにも、一度学園都市を経由し、そこで土御門に交渉をお願いし、無事に帰れる所までこぎつけたのだが……

 

 

「ねーちーん……。そうこうしている内に日が暮れちゃうぜーい?」

 

 

ビクゥ!! と神裂の肩が大きく動く。

 

唐突に真後ろから声をかけてきたのは金髪にサングラスの土御門元春だ。

 

彼も今回、直接戦闘に参加していなかったとはいえ、決して軽くはない怪我を負ったはずなのだが、そんな様子をうかがわせない含み笑いを口元に軽く手を当てて隠しつつ、

 

 

「折角激務の中で日本にやってくる機会に恵まれたんだから、ここらで今までインデックスや天草式が世話になったお礼を言わなくっちゃいけないよにゃー」

 

 

「そっ、そんなことは分かってます!」

 

 

しかし、何というのやら、一対一でも気恥ずかしいというのに、今は五和がいるし、向こうは兄妹2人だし、機を見て、彼らが1人になった時に……

 

 

「で、堕天使メイドセットは持ってきたんだろうな?」

 

 

「ぶふげは!? も、もも持ってくる訳がないでしょう!!」

 

 

この嘘つき二重スパイには、それはもう色々と、宇宙ロケットに乗っけられ大気圏でミサイルをすべて撃ち落とせなど口車に乗せられかなり過酷な肉体的労働をさせられているわけだが、精神的羞恥は許容限界のそれを上回る『堕天使メイド』。

 

この銃刀法布かれている日本でも、<七天七刀>以上に税関が厳しいだろうし、そんなの常時携帯しているはずがない。

 

もしそんなばかげた計画を実行に移すのならば、それこそ一対一で。

 

ここ最近、自分がいない間に天草式がファンクラブと化しているのに頭を悩ませている神裂だが、それで女教皇として戻ってまだ一日も経っていないのに、五和の前でそんな醜態をさらしてしまったら………もう何も言えない。

 

想像するに恐ろしい情景を思い描いてしまったのか、神裂は高速で首を横に振り、頭の中の映像を振り払う。

 

しかし土御門は『何も言わなくてもいい、ちゃんと分かっている』、と訳知り顔で鷹揚に頷きながら、

 

 

「そんな生真面目で恥ずかしがり屋のねーちんのために……」

 

 

じゃんじゃじゃーん!!

 

さあさあ、本日の土御門テレホンショッピングが御用意したのはこちら『堕天使エロメイドセット』。

 

従来の『堕天使メイド』より胸の開き具合とスカート部分の透け具合がアップ!

 

しかも古く平安の時代から伝わる大変霊験あらたかな代物である『因幡の白兎の耳(ぶっちゃけ白ウサ耳)』もセット!

 

これらを身につけるだけで金運アップ! 恋愛運アップ! さらにさらにピラミッドパワーと宇宙パワーの相乗効果で全属性防御付加、かつ、クリティカル率アップ―――

 

 

「だから、そんなの着れるはずがないと言ってるでしょう!!」

 

 

いきなり訪問販売を始めようとした土御門の手を、神裂は渾身の力で押さえつける。

 

<聖人>パワーで掌を押し潰されそうになりながらも、やや引き攣った笑みを崩さずに土御門は、

 

 

「じゃーどーすんの? ぶっちゃけどうするつもりなのねーちん。まさかテメェ、ここまで引っ張っておいてフツーににっこりと微笑んでちょっとほっぺた赤くして小首を傾げて感謝してますで終わりとかじゃねーだろうな。気づけよ馬鹿ねーちん! そんなんじゃもう収まりがつかない所まで話は進んでんだ!! 焦らしに焦らして肩透かしなんて許されると思うなよーっ!!」

 

 

ビッカァ!! と土御門の全開のサングラスフラッシュ――サングラッシャーに神裂の正常値がダウン。

 

『哺乳類の証であるおっぱいで挟んで擦る誠意』というのが、天草式時代に蝶よ花よと純粋培養に育った神裂火織18歳には不可解ではあるが、借りが膨らむばかりなのは理解している。

 

今回もまた上条兄妹には何度も自分たちの命を救ってもらったわけで、この恩人に、天草式十字凄教を代表して女教皇の自分が何かしなくてはとは分かっているのだが。

 

 

「全く、ねーちんのスローペースはほとほとにしてほしいにゃー?」

 

 

チッ、と軽く舌打ちすると土御門は、『な、何のことですか』とうろたえる神裂に、

 

 

「(……あの奥手少女、五和ちゃんなら堕天使エロメイドぐらいやりかねんと言っておるのだよ)」

 

 

「(……ッッッ!!!???)」

 

 

そんなことがあるわけがない。

 

あの教皇代理が率いる男衆はとにかく、ウチの子に限って、そんなふしだらな真似は……

 

 

「何故言い切れる?」

 

 

しかし、そんな神裂の不安を煽るように、土御門はにゃーにゃーと含み笑いを漏らしつつ、五和の潜在能力について土御門なりの評を語り始める。

 

確かに、五和は奥手であるが故に大胆な行動には出ないだろうと思われがちだが、実際の所、キオッジアやアビニョンでもおしぼり作戦など控えめだけど果敢にアピールしており、それがただ空回りしているだけ。

 

すなわち、『堕天使エロメイド』という大胆不敵な最強装備を身にまとった瞬間、そこに生まれる攻撃力は一体どれほどになるであろうか。

 

 

「だから、自分の恥ずかしさばかりが先だって、感謝の気持ちがもう全くゼロなねーちんとは違って、カミやん達への感謝の気持ちの方が強い五和は多分気にせず、普通に堕天使メイドぐらいならやるよ。それが堕天使エロメイドにパワーアップしようとな。この違いが何であるか分かるかにゃー?」

 

 

「な、何ですか。違いというのは……」

 

 

「つまりねーちんは五和に負けているんだにゃー。女の器レベルで」

 

 

!?

 

別に、『自分よりも優れた天草式はいない』と言うつもりはさらさらないのだが、女教皇の自分がプライドだけを優先して、仲間である彼女にやらせてしまうのでは、皆を導くことなどできはしない。

 

これでは自分ばかりが幸せになって、他人に不幸を押しつけていた頃と変わりないではないか。

 

ただ、堕天使エロメイドごときでそこまで言われる筋合いはないと思うのだが、それでも土御門が当然とばかりに突き放されてしまうと色々と揺らいでしまう神裂。

 

 

「あーあ、これじゃあ天草式が詩歌ちゃんにハマるのも無理ないにゃー。だって、詩歌ちゃん、女の器レベルがねーちんよりはるかに大きいし。写真が広まってるって知っても『それで皆さんが幸せになるなら』って笑顔で承諾してくれるぜい(カミやんにバレたら笑顔でブッコロされそうだが)」

 

 

さらに追撃。

 

この男が扇動しているのだが、それに釣られていってしまっている天草式も天草式で、巡り巡って、それを許してしまったのは神裂の女の器の小ささのせいであると。

 

元々上条兄妹に負い目のあることも重なったせいか、あっという間に神裂の頭はパンク寸前。

 

これは土御門の策略に違いないとは分かっている。

 

論点は、あくまで感謝の示し方であり、女の器は問題ではない。

 

なのに、堕天使エロメイドはないと言い切れるだけの具体的な反論のビジョンが頭に思い浮かべられない。

 

 

(よ、弱気になってはいけません!! これは土御門の罠!! いや、しかし、ううん、ええと……冷静に。とにかく一度冷静になって考え直すのです!!)

 

 

「ん? あ、あれ。ねーちん?」

 

 

内面世界で空回りし、段々と周りが見えなくなっていく神裂の様子に、うろたえる土御門。

 

こういう時こそ、あの『スイッチング・ウィンバック』だ。

 

神裂は無表情のまま病院の廊下で静かに正座。

 

華道の作法のように緩やかな動きで、どこからともなく取り出した20枚近い屋根瓦を積み上げて……

 

 

 

「ぬううううううううううううううううううん!!」

 

 

 

バキゴン!! と真上から手刀ではなくグーで、瓦を粉砕するどころか床にまで拳をめり込ませる。

 

そう、これは山盛りの瓦を殻に篭った自分に見立てて叩き壊したという儀式だ。

 

ガラガラと崩れていく瓦は以前の自分で、神裂火織は、今、極めてクールに生まれ変わったのだ。

 

 

「大丈夫。私はちゃんと考えてます」

 

 

ただ、その目つきは妙にスワッていて、面白半分に追い詰めていた土御門はだらだら冷や汗をかきながら内心ちょっとヤバいと焦っている。

 

だが、逃げる前に、神裂のゆらりと伸ばした。

 

まるで土御門の首を引けばスッパリと切断できそうな日本刀のように、掌を上に向け五本の指を真っ直ぐに揃えてから、首の頸動脈辺りに添えてから、

 

 

 

「土御門。覚悟が決まりました。例の物を」

 

 

 

それからおよそ十分後。

 

ゲラゲラ笑う土御門をぶちのめし、女性としての引き出しを増やし、また一段レベルアップした天草式女教皇・神裂火織は上条兄妹の病室へ突貫。

 

その後、赤バニーガールの上条詩歌が評価をLevel5と上斜め方向に修正して張り合ったり、

 

五和は賢妹と女教皇の紅白めでたいお揃いのウサ耳姿に『常識外の怪物』の領域を目の当たりにして蚊帳の外へ、

 

クロスボンバーならぬクロスボディプレスと双方に(何でとは言わないが)ツンツン頭を挟んで揉みくちゃにされた上条当麻はミーシャ=クロイチェフとも風斬氷華とも違う、第三の天使の影に今後しばらく怯え続けるほどのショックを受けたり……といったいどんな大混乱が起きたかについてこれ以上の詳細は女教皇の名誉と尊厳を守るために割愛させていただく。

 

ただ言えるとするのならば、ウサ耳の『クリティカル率アップ』は正しかった。

 

 

 

 

 

バチカン

 

 

 

部下から連絡があった。

 

<C文書>による信徒のデモ扇動を起こした<神の右席>である『左方のテッラ』は粛清したが、生死不明。

 

だが、<神の右席>であり<聖人>の『後方のアックア』と<聖者の数字>を刻んだ<人造聖人>の『ガウェイン』が敗れた。

 

 

「くそ……!!」

 

 

憤るローマ教皇。

 

向こうの戦力を見誤ったせいで、重大な戦力を失ってしまった。

 

上条兄妹。

 

稀有な力な持ち主とはいえ、それだけであの歴戦の常識外の怪物がやられるとは思っていなかった。

 

しかしあの兄妹を守るために、多くの人間が立ち上がった。

 

単純な友達や仲間による、彼らの勢力が。

 

 

「……、」

 

 

ローマ教皇、マタイ=リースは静かに後悔する。

 

『偉大なるローマ正教が収める世界に混乱を生じさせる者は、如何なる者であろうとその元凶を速やかに排除すべし』、と。

 

科学サイドの台等を容認できず、いかに相談役の人間に口車に乗せられたからといって、許可を出すべきではなかった。

 

あの兄妹を襲撃したことも、彼はもともと乗り気ではなく、アックアのように殺さず終わらせたらと望んでいた。

 

 

 

その時、バチカン、聖ピエトロ大聖堂に足音が響く。

 

 

 

「ははっ、連中もなかなかやるなぁ。アックアを倒したとは、ますます俺様の伴侶に相応しい。まぁ、障害があればある程、面白い。それに、だからこそ叩くための大義名分が仕上がる訳なんだが」

 

 

 

声の主の正体に気づき、ローマ教皇は苦渋の表情を浮かべる。

 

 

「右方のフィアンマ……。ま、さか、『奥』から出てきたのか……」

 

 

「これはこれは険しい顔を浮かべているな教皇。だが、いかんなぁ、そういう反応は。指導者の資質は窮地の時こそ露になるっていうのにこれではその器に見合わんぞ。それでは俺様と『神上』の婚姻の儀は任せられんな」

 

 

ローマ教皇の顔を見て、心底落胆しているような顔を浮かべている1人の青年は、フィアンマ。

 

 

「どうする……つもりだ」

 

 

慎重に、絞り出すような声でローマ教皇は尋ねる。

 

『前方のヴェント』は療養中、

 

『左方のテッラ』は生死不明、

 

『後方のアックア』は行方不明。

 

残る実質的にローマ正教の決定権を握っている教皇の相談役の<神の右席>はこのフィアンマ。

 

その存在は<神の右席>の中でも不気味。

 

一体どんな能力を持っているか不明だが、『天罰』、『優先』、『減刑』とあれだけ我の強いメンバーをまとめ上げ、<神の右席>の最終的な決定権を握っていたリーダー。

 

 

「やはり、俺様の伴侶は俺様が相手しなくてはならんようだ」

 

 

ヴェントを使った学園都市への奇襲も、

 

テッラが出した世界的な集団操作も、

 

アックアの圧倒的な才能も、

 

これ以上にない科学サイドの総本山学園都市の動きをあと一歩で封じれたであろう圧倒的な策が、ことごとく失敗に終わっているが、フィアンマに、ローマ教皇のような動揺の色は見られず、それどころか軽い調子で、

 

 

「だが、まずは迎え入れるのに準備をしなくてはな。よし、準備が整い次第、イギリスを討つ」

 

 

なに? と訝しむローマ教皇をほとんど無視するようにフィアンマは語る。

 

このアビニョンでの闘争をきっかけにロシア成教を取り込んだ後、イギリス以外のヨーロッパ全域を完全に掌握し、諸外国に命じて、イギリスへの人員、物資、金銭のそれら全ての流れを断ち、奴らを干上がらせる。

 

基本的にイギリスは島国なので、逃げ場を失くしてしまえば、数ヶ月で力を失ってしまうだろう。

 

しかし、これはいささか妙だ。

 

確かに学園都市との間にパイプがあるようだが、イギリスを攻め落としたところで科学サイドに致命的なダメージは与えられないだろうし、仮に人質に取ったところで彼らは『イギリスを助けるために』と何の躊躇いもなしに攻め込んでくるだろう。

 

逆に学園都市を先に攻め落とせば、あとは三大宗派同士の争いになり、三大の1つよりも組んでいるローマ正教とロシア成教の三大の2つの方が有利。

 

イギリス側が強気になれるのは、科学サイドの総本山である学園都市が味方に付いているからであって、それが無力化されたとなれば、素直に降参するだろう。

 

だが、フィアンマは言う。

 

 

 

「学園都市なんて、こっちは眼中にないんだよ」

 

 

 

瞬間、最後の相談役の言葉が部分的にではなく、その単語一つの全てが理解できず、ローマ教皇は息が止まった。

 

だが、それをあっさり無視してフィアンマは続ける。

 

 

「イギリスには『あれ』があるんだよ。俺様が俺様自身の『右腕』で俺様の花嫁に全力で応えてやるためにも、どうしても必要な『あれ』がな。」

 

 

「何を、言っている……?」

 

 

「んん? 理解できるように教えているつもりだがな。まあ、安心していろ。あながちお前の願いから外れた行動って訳でもないよ。『あれ』さえ手に入ってしまえば、学園都市だろうが科学サイドだろうがまとめて粉砕できるだろうしさ」

 

 

理解できないまま、再度、ローマ教皇は問う。

 

 

「何だ……? 『あれ』とは……?」

 

 

「ああ」

 

 

そして、『右方のフィアンマ』は変わらぬ軽い口調で口を開き、そこから出てきた言葉は――――

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「さぁって、モノ造りの基本はまず『素材』が重要デス」

 

 

その声に『左方のテッラ』は目覚めた。

 

術式の効果もうまく発揮できないような酩酊状態で、<地殻切断>をもろに受けたはずだが、生きている。

 

 

「全く皆さんはモノを大事にしないんデスからモッタイナイ。丹精込めて造った<聖騎士王>も『ガウェイン』も壊されちゃいましたしネ。これから始まるビックビジネスに新たなコマを用意しませんと」

 

 

が、声は出せず、何もできない。

 

どういうわけだが、<光の処刑>による『優先術式』も発動できず、小麦粉もなくなっている。

 

ただ頭の受信機能だけが働いている状態で―――十字架に磔にされたまま、下には地獄の大釜が。

 

 

 

―――死者の国へと続く大穴が。

 

 

 

「『地』を司る<神の薬>を組み込んでようやく完成シタこの<正教聖杯>の性能試験が成功すれば、これはもう<聖騎士王>を塗り替える戦争兵器の誕生デスヨ。試作に1個だけ造った携帯型の量産品も良い値段で売れまシタし………」

 

 

ああ、とテッラは思い出す。

 

これは<光を掲げる者(ルシフェル)>の『マーリン』にテッラが依頼した<正教聖杯>ではないか。

 

『ローマ十三騎士団に眠る称号持ちの英雄を現世に呼び出す死者転生』という未完のまま封印されていた禁断の『霊装』。

 

これならば、過去の『ガウェイン』にも匹敵した常識外の怪物どもを戦力に加えられる。

 

しかし、そのためには……

 

 

「別にムシでも体の代わりにはなるんデスが、この<神の右席>で抜け殻とはいえ<天使>に近い“素材”を扱えるなんて、久々に腕が鳴りマス」

 

 

……今、この男は何を言った?

 

 

「ハハッ、奮発デスヨ。テッラさんは素材にもなってくれる依頼主デスし、ここは『ガウェイン』以上の武勇を誇ったローマ十三騎士団初代『ランスロット』の英霊の生贄になってもらいまショウ! <天使>に近い肉体をもった、最強の騎士が誕生するはずデス!」

 

 

かくして、大釜の聖杯に満たされた赤い溶液の中に『左方のテッラ』は沈んだ。

 

底の見えぬ水面に浸された足から何千という小さな口に咀嚼されていくような感覚。

 

バリバリと生きたまま食べられていく。

 

<天使>を堕天させるような罪深き所業。

 

消滅の直前、首だけになった彼は超然と見下ろしている世界最悪の魔導師と目があった。

 

この、おぞましい死を迎える自分を見て、彼の瞳は嗤っていた。

 

それだけで、自分の魂は『神聖の国』などとはほど遠い、地獄の底へと縛りつけられるのだ、と悟る。

 

この『マーリン』はローマ正教から去ったのではなく、この『聖杯』を未完成のままにするためにローマ正教が追い出したのだ。

 

きっと過去のローマ正教はこうなる事を予期していたのだろう。

 

最後に脳髄が咀嚼されるように侵食される。

 

 

 

(……失敗しました。この堕天使を呼び戻すべきではなかった)

 

 

 

―――それが、緑色の聖職者の最後の思考だった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「―――『右方のフィアンマ』、それを黙って見過ごす私だと思ってるのか!!」

 

 

その言葉は、ローマ教皇は絶句させた。

 

この男は、本当に十字教徒なのか!

 

もし『あれ』を奪えば正真正銘の戦争が起こる。

 

あんな常識外の怪物が激突する闘争とは次元が違う本物の。

 

科学サイドと魔術サイドに分かれて大規模な世界で三度目の戦争が起こる。

 

<神の右席>を束ねる男だろうが関係ない。

 

2000年もの歴史と20億の民を背負っているローマ教皇として立ち塞がらねばなるまい。

 

 

「一から十二の使徒へ告ぐ。数に収まらぬ主に仰ぐ。満たされるべきは力、われはその意味を正しく知る者、その力をもって敵が倒れることをただ願う」

 

 

フィアンマを閉じ込めるサッカーボールのような牢獄。

 

これから始まるのは物理的な束縛ではなく、相手の肉体と精神を切り離し、その肉体の中で永劫に空回りさせる『傷つけぬ束縛』。

 

それは、『神の子』を裏切り、強い自戒の末に首を吊って自殺したユダと同じ『己自身に対する孤独』、一縷の希望すらも見えない、暗く深く寒く苦しい世界を、空転された40年間も味あわせる。

 

例え、常識外の怪物だろうがこの束縛からは逃れられない。

 

これが旧教最大最高の要塞である聖ピエトロ大聖堂と、さらにバチカン市国そのものが巨大霊装として何重にも補強されたローマ教皇の力―――

 

 

 

「残念だが……たった20億人、たかが2000年ではな」

 

 

 

―――が、全ては消失された。

 

法王級をはるかに超える魔術に関わった周囲の施設が連鎖的に炸裂する破壊の嵐に巻き込まれて、

 

バチカンに仕掛けられた領土保護の防護陣ごと教皇が広場の石畳まで100m以上吹き飛ばされ、

 

この十字教で最も巨大に要塞である聖ピエトロ大聖堂が三分の一も紙細工のように引き裂かれた。

 

そう、全てはフィアンマの右肩に『何か』が出現した瞬間に。

 

 

「これは『神上』の力と似たようなものだ。相手が強大であればある程、その力もまた力を増していく。たとえ<聖人>だろうが、<神の右席>だろうが人間ごときに勝てるはずがない。ああ、だからこそ俺様の最大の理解者になれる。この右腕と生涯を共にする伴侶に相応しい。―――だが、俺様の方は互角ではなく、上回る」

 

 

ゆっくりとローマ教皇が転がる広場へフィアンマが歩いてくる。

 

その右肩には本来の腕とはまた別に、出来損ないの翼のような、不恰好な巨人の腕のような、歪な光の塊が伸びている。

 

 

「しかし、すぐに空中分解してしまうのは難だがな」

 

 

フィアンマは己の右腕と、肩から生えた何かを交互に眺め、車のエンジンの調子が悪いと気づいたように嘆息する。

 

砕けた石畳に体を預けるローマ教皇は呻くように、

 

 

「それは……腕……まさか、その力は……」

 

 

「そう。右腕というのは奇跡の象徴だ」

 

 

『神の子』の右手はかざすだけで病人を癒し、死者を蘇らせる。

 

十字を切るのは右手であり、洗礼の聖水を振りかけるのも右手だ。

 

そして、<神の如き者(ミカエル)>の右手は、多くの堕天使を葬り、かの<光を掲げる者>さえも斬り伏せるほどの圧倒的な力が備わっている。

 

これが『右方』、燃える赤(フィアンマ)を象徴する男の力―――<聖なる右>。

 

 

「だが、当然ながらそんなに莫大な力をもつ<聖なる右>ってなぁ。まともな人間にゃ扱いきれんのだよ」

 

 

一般の信徒が十字を切ったり聖水を携えたりするのは、神話の人物が振るう力の片鱗に過ぎない。

 

 

「俺様の伴侶も同じような欠点を抱えている。やはり、肉体がただの人間をベースにしているようでは、このような力は本気も出せない。分かるかい、ローマ教皇さん。俺様はただの人間なんだよ、困ったことに」

 

 

人間離れした所業すらも児戯と称し、まだ己は人間であると蔑むフィアンマは退屈そうな調子で告げる。

 

つまり、素晴らしい『右腕で振るうべき奇跡』の結晶そのものを握っているが、それを溜めて操作する出力端子がない。

 

わざわざハイビジョンカメラで撮影した映像をモノクロのテレビで見るような無駄遣いだ。

 

だから、欲しい。

 

人の造り上げた聖堂など、ただ組み上げただけの神秘など、造作もないとばかりに一蹴した『右方のフィアンマ』は欲する。

 

 

「あらゆる奇跡の象徴たる<聖なる右>。どんな邪法だろうが悪法だろうが、問答無用でたたきつぶし、悪魔の王を地獄の底へ縛り付け、1000年の安息を保障した右方の力。そいつを完璧に引き出せる『右腕』の内部構造を知りたいんだよ」

 

 

<幻想殺し>。

 

<聖なる右>と同系統に力を発揮する<幻想投影>でさえも計り知れぬ、あらゆる神秘も魔術も打ち消す右腕。

 

 

「俺様なら、扱える。この<神の如き者>なら、完璧に扱ってみせる」

 

 

だから、そのための下準備が必要だ。

 

無論、『材料』だけが揃っていようと、術式は制御できず、『調理法(レシピ)』――人の領域を超えた圧倒的な知識の宝庫、世界中の魔道書をかき集めた、あの『魔道図書館』――<禁書目録>をまず手に入れる。

 

そのために準備が出来次第、まずはイギリスに仕掛ける。

 

 

「やら、せるか」

 

 

血塗れの体であるにもかかわらず、ローマ教皇は立ち上がる。

 

<神の右席>という相談役の指示に従い、その一員となって『神上』を目指せば、より多くの信徒が救えると信じていた。

 

ローマ教皇は自分の地位や立場を押し上げるために、そんなものを目指していたのではない。

 

罪のない子羊が踏み台にされるような世の中をつくるために、ローマ教皇になったのではない。

 

だが、

 

 

 

「楽しいな。圧倒的な勝負というのは、馬鹿馬鹿しくてもやっぱり楽しい」

 

 

 

ゴバッ!! と右手に呼応して動く、空中分解した第三の腕の猛威が再度炸裂。

 

交錯することさえも叶わず、ただ圧倒的な力が、ローマ教皇を吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

???

 

 

 

「この問題点はどうにかせねばならんな……」

 

 

学園都市の一角にある、核兵器でも破壊できない強度を誇る、たった1人の『人間』のために用意された『窓のないビル』

 

その中で、学園都市統括理事長・アレイスターは問題を歓迎するように笑う。

 

学園都市内であるなら、このばら撒かれた極小機械によりすぐさま重要なレポートを出力できるが、今回はその範囲外、日本からも離れたフランスのアビニョンだ。

 

とある愚兄ととある賢妹に備わっている力は、様々な化学式を躍らせ、吸入する酸素と排出される二酸化炭素の量から脳の作動状況を逆算し、学園都市に蔓延するAIM拡散力場の相殺・相生具合のデータから、その力の質と量を導き出している。

 

徹頭徹尾、科学によって測定する結果、一つの結論。

 

 

「やはり、一度離した方が、プランの進展には好都合であるな……」

 

 

あれは互いが互いの鞘であるのなら、抜き放さなければその真価は発揮できないし、その刃を研ぐことも磨くこともできない。

 

あの0930事件で、『幻想化』して一度離した結果、特に<幻想投影>はそのエネルギーが増加している。

 

 

「だとするなら、その前にLevel6になってもらわないとな……」

 

 

巣から飛び立とうとする鳥の足に、タグをつける。

 

大人にも子供にも、男性にも女性にも、聖人にも罪人にも見える『人間』はさらに笑みを深くし、一つの計画を進行させる。

 

 

 

 

 

バチカン

 

 

 

「ほう。全部一人で受け止めた、か。大した野郎だ」

 

 

下っ端の衛兵はおろか、大司教や枢機卿といった重鎮からも『こんなところで危機的状況に陥るはずがない』と信じられてきたローマ正教の本拠地バチカン。

 

聖ピエトロ広場は粉微塵に破壊され、余波でさらに複数の建物が倒壊し、その不破神話はもろくも崩れ去った。

 

だが、それでもこれは抑えられているのだ。

 

ローマ教皇がその身で、外壁の向こうにあるローマ市街さえも巻き込む破壊力を秘めた<聖なる右>の盾になって……

 

 

 

 

 

 

 

家屋の外壁に寄りかかるように倒れる重傷のローマ教皇。

 

あの隠そうともしない爆発は、周辺の人間にはテロだと勘違いされ、大騒ぎとなっており、救急車のサイレンがどこからか聴こえる。

 

だけど、見回しても、このあたりの一般市民の家屋に倒壊しているものはなく、いくつか窓を割ってしまっているようだが、死者も出ていない。

 

そのことに善人のローマ教皇は小さな満足感を得てわずかにほほ笑んだ時、ふと小さな路地裏からこちらの様子を窺っている2つの目。

 

薄汚れた身なりの少女。

 

そう、あの時に、ボールを拾ってあげれなかった子だ。

 

 

ここは危ない。

 

 

と、言おうとしたが、この体ではまともな言葉を発せない。

 

それを見て、少女はローマ教皇に何かを叫ぶ。

 

包帯も消毒液もないが、おそらく意識を飛ばせぬように、自分のできることを精一杯しているのだろう。

 

それがローマ教皇にはありがたかった。

 

莫大な悪意に触れた直後の、この小さな善意は身に染みる。

 

 

「はん。ご立派なことだね」

 

 

声が聞こえた方に首を向ければ、そこには黄色い服に身を包んだ女――『前方のヴェント』がそこにいた。

 

 

「迷える子羊を救って名誉の負傷、傍らには御身を心配してくれる小さな思い、か。それでも人に選ばれることはお嫌いなの? 選挙で決まったローマ教皇さん」

 

 

「……、イギリスだ。フィアンマの狙いは、イギリスにある……」

 

 

息も絶え絶えに、ほとんど血の塊を吐き出すように、ローマ教皇は口を開く。

 

が、

 

 

「この私に、命令形はない」

 

 

舌を出されて、簡単に切り捨てられる。

 

<神の右席>のメンバーは実質的に教皇よりも上なのだ。

 

相談役に命令を与える権利はない。

 

けれども、

 

 

「だが、クソ野郎どもを殺すために合致するなら見逃してやっても良いってトコか。あの愚兄に義理立てとか関係なく、奴らは気にいらない」

 

 

その時、ヴェントの言葉がわずかに止まる。

 

薄汚れた身なりの少女が、挑むようにこちらを睨んでいるのだ。

 

 

「良い悪意。そして、運も良い」

 

 

ヴェントはそれをうっすらと笑って褒める。

 

本来の『武器』である<天罰術式>が手元にあったのならば、少女はすでに死んでいるだろうし、また、向こうから騒ぎを聞きつけたローマ教皇の忠臣とも言える書記が駆けつけてきている。

 

そうして、これ以上は何も言わずに、ストリートチルドレンよりもはるかに見知った顔でヴェントは、家屋と家屋の隙間にある路地へと姿を消した。

 

 

 

 

 

病院

 

 

 

あの後、病院に運ばれた私は、無事に手術を成功し、幸い何の後遺症もなく、次の日には退院できるだろう、とこの街の最高の名医は教えてくれた。

 

学校の仕事をほっぽり出して、一番最初に見舞いに来てくれた娘には泣きつかれて、秘書の小男には叱られてしまった。

 

そして、次に来たのは、昔、ある一件で世話した荒くれ者で、勝手に色々とお節介を焼いてくれたらしい。

 

そうして、最後にアビニョンでの一件の報告を受けると私は、秘書にしばらく一人で考えたいので重要な案件を除いて訪問者は断るように、とお願いしてから、ベットに横になり、静かに瞼を閉じた。

 

おそらく神経質な彼のことだから、病室のドアの前に立って、看護師さえも入れさせないかもしれないのが不安だけど。

 

だから、結果的に彼女を1時間以上も待ち惚けにさせてしまった。

 

 

「え、っと、親船さん。見舞客が来てますけど……」

 

 

起きたと合図を送るとすぐにそう断りを入れて、身形を整えてから入室を許可して、入ってきたのは、無事にあの闘争から帰還してくれた少女であった。

 

 

「お休みのところ申し訳ありません。本来ならあとでお伺いを立てるべきでしたけど、親船最中さんにどうしてもお願いしたいことがあって、秘書の方に無理を言って待たせてもらいました」

 

 

私に闘争した痕跡すら見せないように彼女は無傷で、また病院に新品の予備を用意してあるのか、それともクリーニングに出したのか彼女の制服姿には汚れたところもない。

 

 

「いえ、それなら私の方から……そもそもあなたのことは彼にも言ってあったはずなんですけど」

 

 

私は、融通の利かない秘書を視線を送ると、彼は罰悪そうに後ずさりながらも退室はせず扉の前に張り付く―――と、彼女は腰を90度に折って、頭を下げ、

 

 

「お願いします、親船最中さん。私の後ろ盾になってもらえませんか?」

 

 

その澄んだ響きの声は、過去の自分を思い起こさせた。

 

 

 

「私は作りたい。夜の闇を照らす、星空を」

 

 

 

これから始まるさらなる狂乱に統括理事会の1人、親船最中は再び立ち上がる。

 

 

 

つづく


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