とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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正教闘争編 常識外の遭遇

正教闘争編 常識外の遭遇

 

 

 

???

 

 

 

風のように駆け抜ける。

 

完璧に風景に溶け込み、何者にも気付かせる素振りすらさせない。

 

例え、その道の専門家であろうとその痕跡すら匂わせず、戦士の目であろうとその正体を映すことは敵わず。

 

風のように駆け抜ける。

 

 

(間に合ってくださいッ!! 今、あそこにいるのは――――)

 

 

 

 

 

フランス アビニョン

 

 

 

「わ、私ったら……何て破廉恥な真似を……」

 

 

どーん、と路地裏で真っ暗に落ち込む五和。

 

天の助け? で舞い降りた(と言うより墜ちてきた)あの方に、出会って早々醜態? を晒してしまった。

 

王子様“を”助けた、と逆の図だけど五和はそれはそれで嬉しいと思える性質だけど、できれば……ふと、ジャケットが目に入った。

 

天草式は衣服を用いた術式もあるので、分かる。

 

その組み込まれたプログラム保護に、この生地は驚くほど優秀。

 

川に落ちたと言うのに、濡れてもおらず、触ってみれば水気は一滴も感じない、完全撥水。

 

で、

 

 

「……」

 

 

……彼が着ていた

 

川に落ちたけど……まだ、体温とか、匂いが……少し、残ってる……

 

気を緩めちゃいけないのは……分かってる……でも、少しだけなら

 

……私には、サイズが大きくて……でも、あの背中には……

 

 

 

………………………………………

 

 

 

「おーい、五和、コイツらがお前の為に着替え持ってきてくれたよーだぞー」

 

 

上条当麻、と合流した教皇代理建宮斎字ら(あれから対馬に怒られて渋々)天草式を引き連れて、男衆に監視を任せながら女である対馬と共に彼女のいるであろうスポットへ。

 

どうにも天草式は10分で着替えられるらしいが、それを少々オーバーしていて、この街の現状を考えて捜しに来―――

 

 

「……………はぅ……………」

 

 

「???」

 

 

―――たら、ジャケットを抱きしめて顔を埋めている五和がいた。

 

 

「あの……、五和さん?」

 

 

「ひゃあああああっ!?」

 

 

「え!? 何!? 当麻さん何か拙いことしましたか!?」

 

 

声を上げたこっちが驚くような勢いで悲鳴を上げられ、顔を真っ赤にしたまま首をブンブン、手をバタバタ、でももう片手はジャケットをギュッと。

 

 

「あああ、あのっ!? こ、これはその、ちちちち違うんでぇすっ! 着替えてて抱えてたらついふらふらと―――」

 

 

必死に否定する五和に、愚兄はまさか……

 

 

「すみません! まだ着替え中だったんでございませうね! 当麻さんはなにも見てませんのでご安心をっ!!」

 

 

紳士的なお兄さんを目指す当麻さんは先程の何の配慮もなく率直にスケスケ状態を指摘してしまった醜態を晒すまじと両目を腕で隠して、180度ターン。

 

愚兄の今までのラッキーイベントの経験から察するに、きっとあれはまだ着替えが済んでおらず、前を隠すのにジャケットを使っており、けどその自分も実感した事だがあれは触り心地が良くて、一瞬気を抜いてしまったそのタイミングに、運悪く? 遭遇。

 

つまりは、事前に声をかけなかった自分が悪い、と勝手に自己解釈した当麻。

 

何だかわからないけどこれはチャンス! と五和は頭は混乱しているものの、鍛えられた体は反応が早く、ババッと……

 

 

「……五和、これ着替え」

 

 

でも、残念なことに同僚、乙女心に理解力のあると定評な対馬さんの目までは誤魔化せなかった。

 

男衆がここに来なかったのは不幸中の幸いである。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

アビニョン。

 

フランス南部に位置する国内屈指の観光街。

 

ヨーロッパ文化に大きな影響を与え、その中心部となる旧市街は全長4kmほどの城砦で囲まれており、限られた空間内に多くの建物が詰め込まれており、迷宮のように小道が入り組んでいる。

 

その発展の中心は、ローマ正教の最大施設――『教皇庁宮殿』。

 

何故、バチカンにしかないはずの『教皇庁宮殿』がここアビニョンに存在するかと言うと、13世紀末にローマ教皇とフランス国王の間で諍いがあり、最終的にフランス側が勝利し、ローマ正教にいくつかの命令が下された内の1つ、『本拠地から出てフランスにやって来い』――『アビニョン捕囚』という複雑な事情が背景にある。

 

フランス側は、ローマ教皇を手中に収めることで、そのさまざまな特権や恩恵を都合の良いように利用しようとし、そのために用意した幽閉場所が『教皇庁宮殿』、そこで68年間、クレメンス5世、ヨハネス22世、ベネディクトゥス12世、クレメンス6世、イノケンティウス6世、ウルバヌス5世、グレゴリウス11世……と数代のローマ教皇を縛り付けた。

 

でも、アビニョンに幽閉されていたローマ教皇だが、枢機卿の任命式や様々な公会議などの代表的な例があるが、本拠地であるローマ教皇領でないとこなせないような執務もあり、アビニョンでは、それに必要な土地、建物、『霊装』の条件を埋めることはできず、だからと言ってフランス国王が折角招き入れたローマ教皇をバチカンへ帰すわけがない。

 

だから、大型サーバーにアクセス用のコンピューターを接続するように、アビニョンに同じ設備を用意できないローマ正教は『小細工』――術的なパイプラインをアビニョンとローマ教皇領との間に繋ぎ、アビニョンからでもローマ教皇領の設備を遠隔操作出来るようにした。

 

『アビニョン捕囚』が終わり、ローマ教皇が本拠地に戻る時に、そのパイプは何重にもわたって切断された、はずなのだが、今回ローマ正教の動きから考えると、彼らはそのパイプラインを再び繋ぎ合わせた。

 

しかし、これは『アビニョンからバチカンの施設を遠隔操作できる』と言う事で、『アビニョンでなければ発動できない』と言う訳ではない。

 

ここからは仮説に入るが、<C文書>はその一度発動したら取り消せない効力の強大さ故に、発動には慎重にならなければならず、バチカンでの使用承認を得るには、かなり時間が掛かる。

 

ローマ教皇の独断は認められず、ローマ正教上層部の141人いる枢機卿の意見を纏めないといけない、それこそ上層部内にも派閥争いがあるだろうし、1、2週間では決まるものではなく、最低でも何ヶ月、下手したら年単位の時間が掛かる恐れがある。

 

だからこそ、今までそんな簡単に<C文書>が使用されてこなかったわけなのだが。

 

けれども、アビニョン経由の操作はイレギュラーで、一々承認を得る必要は無い、という情報がある。

 

ただし、その代わり、バチカンで使用するみたいに一瞬で発動するわけじゃなく、一定の『準備』が必要で、執行猶予の間に<C文書>の行使を止めれば、この混乱を収められるかもしれない。

 

 

「………で、どうやら同じ<C文書>回収のようだし別行動も何だ。そのツチミカドの出方次第だが、今回もまた<天草式>と手を組まないかのよな?」

 

 

パラシュートが落下した辺りは、デモ暴動を恐れて人は建物の中に引き籠っており、偶然にも<天草式>の拠点附近であったらしく、最初は敵襲かと思って見に来たら当麻だった。

 

とりあえずゆっくりできる場所へと天草式の拠点に移動し、両者の事情を話し、情報交換した後、建宮はそう提案。

 

当麻としても、フランス語はさっぱりだし、パスポートも持ってないから一人ぼっちになったら日本に変える手段もないし、<天草式>の提案は願ったり叶ったりだ。

 

 

「まぁ、こっちとしてはありがたいけど」

 

 

この<天草式>がまるまる占拠したホテル内をぐるりと見回せば、複数の人影。

 

大勢、と呼んでも良いくらいに、老若男女、合わせて50名前後の人間が壁に寄り掛かったり、ソファに座ったり。

 

でも、あちこちに散らばっている天草式の面々は、一様に、こういった場所には見せない其々が剣や槍を手にしていた。

 

普段は『隠し持つ』ことを旨にしているが、それではある程度の強度や威力を犠牲にしてしまう。

 

例えば、五和の槍は、接続連結式(アタッチメント)で短い棒に幾つにも分けて、バックにも収納できるようになっているが、どうしても強度が弱くなってしまう。

 

しかし、今はスプレー状の固定剤を柄の全体に吹きかけ、樹脂の塊で一回り太くした上に、紙ヤスリを使って丁寧に磨き挙げられており、五和と同様に天草式もその武器を隠密用から戦闘用に切り替えている。

 

 

「この騒動主導者、今回の黒幕ってヤツは、もう分かってんのか? お前らの話を聞くと<C文書>はあの『教皇庁宮殿』なら誰でも扱えんだろ」

 

 

何をすればいいのかを何も知らずに落された当麻だが、こうして<天草式>と会えて、そして、今の彼らの様子を見て、大体の事情は把握したつもりだ。

 

 

「まあ、そこまでは調べがつかなかったが、今この街にはローマ十三騎士団と、その<聖者の数字>を宿した<聖人>の副総長に、<神の右席>が“1人”ここアビニョンへ来ていると“前日”の調査で分かってる」

 

 

なっ、と当麻の予想以上の事態に目を大きく開ける。

 

<聖人>といえば、魔術世界では核兵器クラスと例えられる程の戦力で、また<神の右席>はあの『前方のヴェント』と同じローマ正教の最終兵器。

 

そんな常識外の怪物が“2人”もこのアビニョンに揃っているなんて……

 

五和がちょっと残念そうな口調で。

 

 

「……女教皇様(プリエステス)の協力を仰げれば良かったんですけど。どんなトラブルだって女教皇様がいれば……」

 

 

女教皇様、とは神裂火織。

 

彼女もまた世界で20人といない<聖人>で、<御使墜し(エンゼルフォール)>の時には<天使>である<神の力(ガブリエル)>と打ち合えたほど。

 

だが、確かに神裂の協力があれば心強いが、色々と事情があり、今の<天草式>と女教皇様の間には溝がある。

 

それに<イギリス清教>としても、政治的判断で、『小宗派の暴走』と尻尾切りにできる<天草式>はとにかく、単体で莫大な力を持つ<聖人>という本格的な戦力投入は避けたい所で、今のところはデータ整理能力に優秀なオルソラ、シェリーらの解析した情報供給しか援助を受けていない。

 

 

「女教皇様は、来ない……だから、闇雲に突っ込んだ所で、結果は目に見えてるってヤツなのよ。イギリスからの情報は得た。最適の準備も整え、最適な作戦を練り、最適の戦いに臨む為の、やるしかない時がいつか……それは、今なのよな」

 

 

と、その時、唐突に当麻の胸ポケットにあった携帯電話が鳴った。

 

土御門元春からだった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

『詩歌ちゃん! 大丈夫か!?』

 

 

土御門さんから、連絡が入った。

 

彼も怪我する事なく、“色々とあったものの”無事着し、今は私と同じく『教皇庁宮殿』へと向かっている。

 

『アビニョン捕囚』の事を知らない当麻さんは、フランス行きの意味を分かっていないようなので自分だけパラシュートが変な所に落ちたと勘違い(でも、当麻さんの不幸っぷりを考えるとあながち勘違いでもなくなるかもしれない)しているだろうし、当麻さんの英語力で海外を渡り歩けるか不安だったけど、天草式の五和さんに拾われ、今は私達と同じ暴動阻止のために派遣された信頼できる天草式の皆さんと行動を共にしているので一安心(ただフラグ的な意味でものすっごく不安になりましたけど!)。

 

ただ、『教皇庁宮殿』までの道のりは険し過ぎる。

 

ここアビニョン旧市街は全長4kmほどの城壁に囲まれた小さな街だけれど、道が狭い。

 

高さ15m以上の壁に、3m前後しかない道幅。

 

さらに今は、何百人、何千人もの暴徒の群れが満員電車のようにこの狭い場所に詰められ、分厚い壁と化し正面突破を阻んでいる。

 

 

『日本人だ!』

 

『学園都市か!?』

 

『潰せ。躊躇うな。あれは敵だ!!』

 

 

と、血走った目でフランス語で叫びながら、自分達の身体で自分達を傷つけながら、『教皇庁宮殿』への道を体を張って辿りつけさせまいと“誘導されている”。

 

アビニョンに潜んでいる<C文書>の術者が、パラシュートで降りてくる私達を、最低でも、明確に捉えたのではなく、学園都市の超音速旅客機が減速し何かを投下したのは察知されたのかもしれない。

 

そう、このタイミング、このポイントへ起こされたこれは彼らからの迎撃だ。

 

所々、絶対数を超える暴動もあり、人を完全に通り越せさせない身体の壁で埋め尽くされている。

 

彼らにとっては、このアビニョン市民は都合の良い、移動式シャッターとしか思っていないのか。

 

 

(くっ……)

 

 

悲鳴が、聞こえた。

 

包帯を巻かれたこの暴動の被害者たちは、暴力に遭い、気力を失ったような焦点の合わない目をしている。

 

誰もが、苦痛と恐怖に呻いていた。

 

これがこの街だけでなく、世界中に起きている。

 

腹の底に、この暴動がこうも無差別に傷つけていく現実が滲みてきた。

 

怒りで、全身の毛孔が開くかのようだった。

 

 

『君は、確か娘の……―――ッ!! まさかこれはッ!?』

 

 

落下直後、出会ったあの東洋人の神父。

 

その男は、私を見て、次に血を吸い、赤く染まる小麦粉と回復させた子供達を。

 

再びもう一度こちらへ視線を移し、

 

 

『神意は、生命にこそ宿る。私はどうやら君に色々と聴かなければならないが、その前にやるべき事ができた』

 

 

そして、その男は大声で背後に向けて。

 

 

『おい! 向こうへ行ったぞ!!』

 

 

ガシャガシャ、と鎧が音を立てて、その気配が見当違いの方向へ離れていく。

 

 

『ここを戦場にして荒らされては困る。だから、こちらも詮索をしないから、私に任せて君も早くここから立ち去ってくれるとありがたい。正直、どちらにとっても邪魔ものだ』

 

 

最後に、ただのローマ正教徒なら知る由もないはずの、私が絶対の信頼のおける先生の名前を口にした。

 

 

『何よりも救うべきは生命だ。それが<冥土帰し(ヘブンキャンセラー)>先生から教わった最も大切なことだ、といえば信じてもらえるか』

 

 

私は、その神父の目を見て、一礼してその場を離れた。

 

あの神父が何者か、何が目的なのかは分からない。

 

ただあの人の教えを受けたのならば、彼らを見捨てることはない。

 

 

(とにかく、今の私がすべきことはこの暴動を止めること。迅速に。<C文書>をバチカンへ持って帰る前に、この不幸を治める)

 

 

けれども、この『教皇庁宮殿』への道を遮る暴動はローマ正教に意図的に起こしているものであって、自然に治まるものではなく、ただ興奮が冷めるまで待つだけでは事態は好転するはずもない。

 

スパイとして優秀な土御門元春、隠密が得意な天草式でもこの暴動を避ける事はできるが、潜り抜ける事は困難だ。

 

さらにはこの街にはローマ正教十三騎士団がいる。

 

 

『だから、逆転の発想ってヤツだな。『教皇庁宮殿』へ行けないのなら、『教皇庁宮殿』に行かずに問題を解決できる方法を使えば良い』

 

 

このアビニョンの『教皇庁宮殿』が重要視されている理由は、バチカンの施設を遠隔操作できるから。

 

だから、そのアビニョンとローマ教皇領――今のバチカンを結ぶ術的なパイプラインを切断すれば、アビニョンでの<C文書>の利用ができなくなる。

 

どんなに警備が強くても、自分達のすべきことはあくまで暴動の阻止であり、彼らの撃破ではない。

 

おそらくこの暴動も『教皇庁宮殿』周辺は厚くても、パイプライン周辺は薄いだろう。

 

もうすでに土御門が風水を見て、『教皇庁宮殿』とバチカンを結ぶ条件のパイプラインには当たりを付けている。

 

だが、それには1つ問題がある。

 

<C文書>が使えなくなれば、『教皇庁宮殿』にいる術者は気付くだろうし、そうなればすぐにバチカンへ逃げていってしまう事だ。

 

暴動に紛れて隠れてしまえば、<C文書>を見つけるのは不可能に近くなる。

 

ならば、

 

 

『私が『教皇庁宮殿』に行きます』

 

 

『教皇庁宮殿』で捜索しながら待ち伏せ、いざ逃げようとした術者を捕まえる。

 

この<幻想投影>は特異な波長は感知できるし、自分ならこの暴動を“飛び越えられる”。

 

二面作戦。

 

 

「<調色板>」

 

 

暴動という障害を前にし、ヘッドホン――<調色板>を装着。

 

その存在を限りなく薄くすることで、対象物を『見ている』という認識を阻害する<視覚阻害(ダミーチェック)>を展開しながら、詩歌は磁力を同時操作して暴動に邪魔されぬけど建物の上にはでない高さ6~7mほど宙に浮き、加速。

 

音もなく、ただ風そのものになったような速度からさらに躊躇なしに速度を上げる。

 

超電磁砲(レールガン)の弾体になったようなもので、つまり、少女がその気になれば、速度は容易に音速を超える。

 

とりあえず、ローマ正教十三騎士団に聞こえない、建物に振動を感知されぬように気を配り、音速は超えないように制限しながらも、最低でも50m/sの速度を保つ。

 

曲がり角に差し掛かるたびに減速し、慣性の流れを巧みに操作しながら危なげなく、高速でこの迷宮街の景色を背後へと流していく。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

脈と言うのは大地にある力の流れ。

 

流れている力には様々な種類や方向があり、宗派にとって、重要なものと不要なものも文明の違いで読み方も違うため多々ある。

 

謂わば、食材の調理法のようなもので、昔の日本では食さえなかった豚肉も、フランスでは高級食材であったというように『沢山ある力の中から、必要だと感じた物だけを引っ張ってくる』のが地脈使用法の基本である。

 

陰陽博士の土御門から言わせれば『大地に貴賎はなく、勝手に価値を付けているのは人間達』で、このアビニョンとバチカンを結ぶパイプラインも、大地そのものを削り、川を埋め立てるなど、バランスを崩して大惨事を起こさぬように魔術的な計算に基づいて地形を崩して地脈を歪ませ、自分達に重要な脈の味を濃くし、不自然に作り上げた国家大プロジェクト級の賜物である。

 

だから、<御使墜し>の原因を看破した土御門元春には、その歪な人に誘導された地脈の位置を特定できた(ただ、その能力者としての体質のハンデで、魔術使用には……)。

 

パイプラインの破壊には、神道・仏教・十字教を一通り修めた天草式の内、誰かが行う。

 

 

(<幻想殺し>、か……)

 

 

上条当麻は少し右手に目をやる。

 

これは魔術だろうが、能力だろうが、異能に関するものなら触れただけで破壊する。

 

だけれど、まだその正体は分からない。

 

オカルト的な考え方からすると、人間の『生命力(マナ)』は異能の部類に入るのだが、そしたら握手しただけで人間を殺してしまう。

 

何か、妙な『例外』がある。

 

そして、おそらく地脈も例外の部類に入るだろう。

 

地面に触れれば、地脈が殺され、地球が粉々になるのは考え難い。

 

でも、あのAIM拡散力場という異能の塊、<風斬氷華>は無意識のうちに恐れていた。

 

この右手にはどんな仕組みがあるのだろうか。

 

仕組みがある事にどんな意味があると言うのか。

 

上条当麻はこの<幻想殺し>の正体について、詳しい事は知らない。

 

もしかしたら記憶を失う前に自分は知っていたのかもしれないが、記憶を失った後に残された『知識』の中には、答えどころかヒントもない。

 

 

『私は、<幻想殺し>についての開発は特に関わってません。ただ、私と同じように勘で異能の気配を察知したり、『干渉』はできたようですが……<幻想投影>に<幻想殺し>は投影できない、唯一の例外ですから、開発の協力にも限界があり、当麻さんが何を知っていかはこれ以上は分からないです。……まあ、私も<幻想投影>について全てを知っている訳ではないですが……』

 

 

そして、ずっと付き合ってきた詩歌も良くは知らないと言う。

 

時々、その開発に付き合った時は、常人には視認不能な雷光の一撃にもその右手は反応したり、右手で処理し切れないほどの力も五指で捻って、『干渉』していたというが、その奥に潜む者については予測しかできない。

 

もし。

 

以前の上条当麻はそれについて知っていたと言うのなら、上条詩歌にさえ相談しなかったというのなら―――異能であるものなら触れただけで一蓮托生な賢妹が、一撃必殺な愚兄の力に触れるのを遠ざけるために全容を教えたがらなかった―――のかもしれない。

 

あくまで憶測に過ぎないが、この謎を知る術は今のところはない。

 

ともあれ、今はパイプラインを切断するのが先決だ。

 

気を取り直した当麻は、暴動と騎士団を警戒して大所帯で目立つ行動を避けるべく、少数に分けて、このアビニョンにある小さな博物館へと五和と2人でやってきた。

 

この街並みに統一感を出す為か、博物館とはいうが大きく独立している訳ではなく、他の建物と同じように左右に聳える砦のような建物。

 

正面の入口にはフランス語の看板があったが、木製のドアの手前には金属製のシャッターが下り、『閉店』と言う単語が書かれたプレートが引っ掛けられていた。。

 

今は平日の昼間なのだが、暴動を恐れて早めに店じまいしてしまったのだろう。

 

 

「でも、土御門が言うには、この博物館の中を見えないパイプラインが通ってんだろ?」

 

 

でも、これでは中に入りようがない。

 

ここは天草式の鍵穴スキルが―――

 

 

「えいや」

 

 

五和が可愛らしい掛け声で、槍の先端をシャッターと地面の隙間に差し込む。

 

そして、てこの原理っぽく槍をシャッターを動かす歯車がベキリと砕けるほど“力任せ”に甲高い防犯ベルに“構わず”、つまりは、“強引に”五和はシャッターを押し上げ、続く木のドアも同じくてこの原理でこじ開けた。

 

 

「さ、早く早く」

 

 

ええと……五和さん?

 

あなたはフツーのオンナノコのはずだよね……?

 

周りに非常識な女の子がほとんどの愚兄だが、折角見つけたオアシスが蜃気楼だったのかもしれない。

 

当麻の視線に意味を察する事なく、キョトンと五和は薄暗い窓の全部塞がれた博物館の中へ。

 

普段は蛍光灯の明かりがあるのだろうが、今は非常口を示す申し訳程度の光量しかないものの。

 

 

「土御門が言ってたのは……」

 

 

「ここまでくれば私でも分かります。こっちみたいですよ」

 

 

1つ配置から不規則に外れているある床の一画から五和は魔術師として何かを感じ取っているようだ。

 

彼女が言うには、かなり近づかないと感知できないくらいに隠蔽されているけど、他宗教には一種の術式に対する浄化作用が働かせているローマ正教に加工された、西洋十字教社会特有の『脈』の鼓動が満たされている。

 

当麻には何の変哲もないちょっと不自然だけど普通の床にしか見えないのだが。

 

 

「……教皇代理やツチミカドさんはまだ来ていませんが、敵に気付かれる前にやってしまいましょう」

 

 

本来、まるまる一本のパイプの切断には、莫大な人数が必要でそう簡単にできるようなものではないが、今回はあくまで『教皇庁宮殿』とバチカンを結ぶラインを使えなくさせる事が目的なので、ちょっとだけ傷つけて、ラインの方向をズラすだけで十分だ。

 

ただ……

 

 

「え、ええ。今必要なのは……カメラに、スリッパに、パンフレットに、ミネラルウォーターに、白いパンツ」

 

 

ピタッとバックを探る五和の手が止まる。

 

 

「え? 今なんか妙な単語がひとつ混じってなかったか?」

 

 

「ど、どうしてもこの術式の構成には、必要なんです……!」

 

 

と何を気にしているのか良く聞こえてなかったので当麻は何ともいえないが、何となくこっちをできれば見ないでください! 的な真っ赤な顔で泣きそうなアイコンタクトをされたので当麻は回れ右。

 

ついでに、<幻想殺し>による術式破壊を避けるために遠くへ離れる。

 

 

(―――当麻さんはなにも見ていません。っと、そうだった)

 

 

五和がここでパイプラインを切れば、<C文書>の効力はなくなる。

 

つまりは、ここでの暴動も治まるはずだ。

 

だが、それは『教皇庁宮殿』にいる黒幕が失敗に気づく事であり、形勢が不利だと悟れば急いでバチカンへと逃げ帰るだろう。

 

その前に、別動の土御門と待ち伏せしている詩歌と連携を取って、<C文書>を奪取。

 

時間が勝負。

 

だから、ようやく一息つける建物内に来れたし、万全の準備を整えようと、

 

 

(詩歌は……待ち伏せしてんだからマズイよな。となると……)

 

 

当麻は少しだけ考えて携帯電話の登録メモリを呼び出し、そこにある1つの番号に電話をかける。

 

 

 

 

 

 

 

「御坂か?」

 

 

『なっ、何よ』

 

 

その声の主は御坂美琴。

 

 

「ちょっと教えてもらいたい事があるんだけど、今大丈夫か?」

 

 

『へ、へぇ。それって私じゃないとダメな訳? 他の人でも別に良いんじゃないの。例えば、詩歌さんとか』

 

 

「いや、詩歌より御坂の方が良いんだ。今は御坂にしか尋ねられるヤツはいねーんだ」

 

 

『へへへへへへぇ! そ、そう! 詩歌さんより私にしか応えられないものなのね! 

何? 言ってみなさいよ!』

 

 

「えっ、とな……この<着用電算>の使い方を教えて欲しいんだけど」

 

 

『はぁ? 何分からないの? アンタにも使えるようにしてあるのに?』

 

 

そうは言っても、説明されてないから仕方ないじゃん、とこの不親切な対応に一言申そうと、

 

 

『説明書はちゃんと読んだの?』

 

 

「……、説明書?」

 

 

?を浮かべる当麻に美琴は疲れたように、

 

 

『はぁ……その様子だと気付いてないみたいね。まあ、良いわ。とりあえず、ジャケットの左ポケットに入れてあるからそれを見てちょうだい』

 

 

「え、ええと……ない」

 

 

左のポケットには何もなく、右のポケットも探してみるが何もない。

 

無論制服のポケットにも。

 

考えられるとすれば……

 

 

『全く、アンタにも理解できるような説明書を作成するのに時間がかかったんだから、ちゃんと感謝して―――』

 

 

「すまん、御坂。もしかして、川に流しちまったかもしれねぇ」

 

 

『はぁぁっ!! 川に放り捨てたって!? ふざけんじゃないわよ!!』

 

 

「捨てたんじゃありませんよ御坂様! ただいきなり空から落とされて、そのまま川に飛び込んでそれで……」

 

 

これが電話で良かった。

 

もし面と面とあっていたら間違いなく電撃をブッ飛ばしてきたに違いない。

 

とにかく、今度何か奢ることを約束し、機嫌を宥めつつ、

 

 

『はぁ……もういいわ。空から落とされたとか色々とこっちが聞きたい事があるけどどうせいつもの事なんでしょう。とりあえず、<着用電算>、ジャケットのチャックとボタンを全部留めて。そうすれば、電子回路が接続して基本機能が働くから。使わない時はボタンを1つでも外せば、オフになるわ。それで加速―――』

 

 

その時、当麻の思考が途切れた。

 

電話の向こうで美琴が説明してくれているが、当麻は応えない。

 

前兆の感知。

 

何か得体の知れない常識外の怪物の息遣いが聴こえたような気がした。

 

 

「行きます!」

 

 

見れば、バックから取り出した小物を円形に配置し終えた五和がその中央に、泥に沈むようにその槍の先端をズブリと床に突き刺した。

 

そのまま天草式の少女は口の中で何かを呟きながら、ゆっくりと、ゆっくりと、さらに槍を沈めていく。

 

足が動き、その踵が床を蹴り、槍に添えた手の指先でトントン、と小さく叩きながらリズムを取る。

 

もう槍は半分以上、柄尻は彼女の胸元まで落ちている。

 

後は巨大な鍵を回すように、槍を捻るだけ―――と、その時すでに当麻は動いていた。

 

 

「五和っ!!」

 

 

ゴッ!! と。

 

唐突に博物館の外壁が引き裂き、五和目掛けて一直線に飛んでくるそれは巨人の白刃。

 

 

「おおおおおおおッ!!」

 

 

当麻はそれと五和との間に割って入り、右拳を叩きつけた。

 

『白い刃』は比喩ではなく本当に、粉々に砕け散り、白い粉末となって、周囲一面を霧のように覆う。

 

 

「ほうほう。不意を突いたと思ったんですが、中々いい反応です。まあ、それなら至近距離で放てば良いだけなんですけどねー」

 

 

襲撃者の影が、徐々に浮かび上がる。

 

 

「お前は……」

 

 

「初めまして。私の名前は『左方のテッラ』」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

周囲のポイントを探り、いざ『教皇庁宮殿』へと―――暴動の物音が、止んだ。

 

 

(まさか、誘い込まれた!!)

 

 

不自然なまでに周囲に人の気配がないこの空白―――と気付いたその時、

 

 

「―――うむ」

 

 

詩歌は、その声に呼び止められて、全身の毛孔が開いた。

 

『抜山蓋世』、と。

 

その力は地盤をも引き抜き、その気は街全体を覆うような強大な密度をその身体に凝縮したような気配。

 

だから詩歌は、動けなかった。

 

 

「気付かれたか。―――だが、もう遅い」

 

 

まだ数十mはあるが、その間合いはすでに、その者が後2歩も詰まれば、次の瞬間にはやられているからだ。

 

 

「あなたは……」

 

 

「『後方のアックア』。以前、貴様の兄にはそう名乗ったはずだがな」

 

 

 

つづく


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