とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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閑話 ミラクルライブ

閑話 ミラクルライブ

 

 

 

スタジアム

 

 

 

            1 2 3 4 5 計 H E

『愚蓮羅岩』      6 0 1 0 0 7 6 1

『TKDバスターズ』   2 0 7 0 / 9 9 1

 

 

MVP:2安打2打点。ホームスチールを成功させ、逆転タイムリーを放つなど大活躍した御坂美琴選手。

 

 

激闘が終わり、しかし、まだ観客は帰らない。

 

興奮、驚愕、感動、ついでに萌え、と試合の余韻を名残惜しむ、為だけでなく、これから始まるものの為に。

 

むしろここからが本番なのかもしれない。

 

今日、チャリティマッチが行われたのは、“あくまでも”先月のテロで受けた傷を癒す為、これから始まる戦争への余計な不安を無くす為、である。

 

この会場のあちらこちらには復興資金や<置き去り>達の保護施設への募金を募っていたり、またLevel差による格差を埋める為の署名などが設置されている。

 

そして、『統括理事会』が用意した特別ゲストは、常盤台中学だけじゃなくて………

 

 

 

 

 

 

 

戦いの爪痕1つ残さず、平地に整備されたグラウンド。

 

今か今かと観客達は満員御礼、カメラの数も試合の時よりも増している。。

 

このスタジアムの外には、ここには入れなかった人達のために巨大な画面が数ヶ所設置されているのだが、どこも大勢の人でひしめき合っており、駆り立たされた<警備員>は混乱を抑えるだけで精一杯。

 

しかし、それも『奇蹟』が始まれば、すぐに鎮まりかえる。

 

開け放たれた天井。

 

観客の1人がハッとして、上空を見上げた。

 

夕と夜の境界線が見える空に、一条の輝きが走ったのだ。

 

 

「あっ―――」

 

 

思わず漏らした呟きが合図だった。

 

最初の光条に続き、1つ、また1つと光の線が地上からロケットのように天に逆らって伸びて―――墜ちる。

 

 

「―――」

 

 

まるで光のシャワー。

 

放射状に拡がり、降り注ぐ瞬き。

 

その美しい光景に見とれ、全員が言葉を失い―――次の瞬間に驚愕する。

 

そう、このスタジアムこそが空から舞い戻る流星の真下の落下地点だからだ。

 

 

「く、来るぞ!」

 

 

ビリビリと大気が振動し、急速に地響きのような音が大きくなる。

 

しかし、はるか上空から降る流れ星はドームに―――受け止められた。

 

 

「えっ―――」

 

 

否、よく見ると、ゆっくりと沈んでいくように墜ちている。

 

停止したのではなく、減速しているのだ。

 

大気を揺さぶる振動も、まるで空気に溶け込むように消えてしまっている。

 

流星の金属片はそのまま宙で決まった部位と組み合わさり、巨大な円盤―――ようやく観客達はそれが一段目のステージだという事を知る。

 

そして、静かに、そっとグラウンドの中央に着地―――その出来上がったばかりの無人のステージ上に、いつのまに3人の美少女も空間を渡って、登場していた。

 

 

 

「ふぇ~……婚后ちゃ~ん、高く打ち上げ過ぎだよぉ~……修正するのが大変だったよぉ~……」

 

「お~っほっほっほ! わたくしが本気を出したら成層圏まで突き抜けてしまいますわよっ!!」

 

「それで狙いがズレてたら、どうするおつもりでしたの!? 思い切りやりなさい、と言われましたが、いくら何でもやりすぎですのよ!!」

 

 

 

空から落下する分解されたステージを受け止めた、<振動使い(サイコキネシス)>。

 

ふわふわと浮かぶ、焦茶の髪をヘアバンドでおでこを払い上げたそこには泣き顔丸見えの『のほほん生徒会長』、音無結衣。

 

大出力で、外からここまでステージを打ち上げて飛ばして運んだ、<空力使い(エアロハンド)>。

 

さらさらな黒髪を靡かせ、堂々とステージの前面に大見得を切りながら、扇子を片手に高笑いをあげる『トンデモ発射場ガール』、婚后光子。

 

空間距離の法則を曲げ、上の2人と共にここへやってきた、<空間移動(テレポート)>。

 

かんかんに2つに束ねたツインテールを昇らせながら、街の治安維持を司る<風紀委員>として叱責する『腹黒テレポーター』、白井黒子。

 

その泣き上戸、笑い上戸、怒り上戸の三人一組は、それぞれ決まった、土台の縁の円周を三等分する位置へと移動し―――空間を凍りつかせるような冷気が、会場を、観客の息を呑み込む。

 

 

「あぁ―――」

 

 

気体から、液体へ。

 

液体から、固体へ。

 

凍り、凍り、凍り、凍り、凍り、凍り、凍り、凍り、凍り、凍り。

 

領域内への水が凍結し、空へと昇り、青き巨蜂の天蓋へと吸い込まれる。

 

あれは巨大な氷塊だ。

 

その強大さは天をも覆い隠すほどで、そのまま落ちれば折角のステージは陥没、スタジアムさえも踏み砕かれ倒壊するであろう。

 

 

「うわっ―――」

 

 

それを突き破る噴火の咆哮。

 

轟音と共に常識外の爆炎の火柱が氷の月を融解し、圧倒する。

 

焼き、焼き、焼き、焼き、焼き、焼き、焼き、焼き、焼き、焼き。

 

木端微塵に散る摩天楼。

 

砕かれた氷は会場に降ることなく霧散。

 

気を抜くと魂が抜き取られそうになるほど美しい光景。

 

星状に象られたダイヤモンドダストが太陽の如き炎塊に煌めく氷雪の世界。

 

しかし、呆ける暇も与えずに、1つ残らず熱破。

 

獲物を一気に飲み込むクジラのように空に踊る炎は儚き結晶を喰い尽す。

 

空気を凍らせる極寒と空気を燃え上がらせる灼熱の衝突。

 

そこから生じた水蒸気の霧は観客全員の視界を白く埋め尽くす帳となり―――晴れた先には、より堅固に形成され、不純を含まない純粋たる氷の円盤、2段目のステージが、そして、その対極の両端には2人の美少女が立っていた。

 

 

 

「おい、ド派手過ぎるぞ。舞台まで溶かしたらどうするんだ! いい加減に加減というのを知れ、鬼!」

 

「逆に地味過ぎだったら盛り上がんないじゃん? こういうのはちっとやり過ぎるくらいがちょうど良いんだよ」

 

 

 

水を統率する<水蛇>。

 

そのウルフカットは、学内最小の忠狼のトレードマークで、新入生最強、『無最の騎士(ジャック)』、近江苦無。

 

炎を解放する<鬼火>。

 

燃え盛る火のように真っ赤なじゃじゃ馬ポニーで、猛禽類の眼差しの最高学年最凶、『最強の暴君(キング)』、鬼塚陽菜。

 

学内の老人と若人の一組は、それぞれ右と左に―――と今度はスタジアムの照明が落ちた。

 

一気に明かりの量が減り、グラウンドの壁、端々から黒い物体が浮かび上がる。

 

 

「へっ―――」

 

 

地表に蠢くそれは影。

 

外から届く僅かな光でさえも包み込もうと盛り上がる漆黒の大波。

 

夜になり花弁を閉じる蕾のように中央ステージをすっぽりと収めてしまう。

 

そして、この黒き花が枯れていく過程を早送りで見ているかのように小さく萎んで消えていき―――照明が点灯。

 

すると照らされた所からステージ外のグラウンドは色鮮やかな花畑に彩られて、そして、

 

 

「おおっ―――」

 

 

現れたのは、輝く光で造られた絢爛な3段目のステージ。

 

そこにはいるのは楽器を手にする6人の美少女達。

 

 

「いぇーい! 緑花四葉です! 頑張りますのでよろしくです!」

 

 

グラウンドを花畑にした<植物操作>。

 

両端を触覚のように結った生い茂る葉のように健康的な緑髪をぴょこんぴょこんと揺らしながら、自分の担当する花のマークをあしらったリードギターを片手にステージ上を跳ねまわる『腹ペコ自然委員長』、緑花四葉。

 

 

「朝賀なの。いぇーいなの」 「伽夜です。いぇーいです」

 

 

光を材料にして舞台にした<擬態光景>に、影を黒子にして準備をした<影絵人形>。

 

赤みのある黒髪の『きまぐれ美化委員長』、出雲朝賀と青みのある黒髪の『きまじめ文化委員長』、出雲伽夜。

 

双子の姉妹は、大きなドーナツのような特注円盤型電子キーボードの中央で、背中合わせに特殊な連弾演奏を担当。

 

 

「セブンスダ。よろしく、ナ」

 

 

この未来を予知していた<運命予知>。

 

褐色の肌に、適当にまとめて結った黒髪の外人、珍しくも起きていて、だらりとベースを抱えている『まどろみ図書委員長』、デスティニー=セブンス。

 

 

「は、はぅ! き、緊張しますぅ! で、でも頑張ります!」

 

 

瞬間麻酔で、体調管理を診る<感覚遮断>。

 

ふわふわ蝶のように丸く結われた黒髪、うるうる潤目の小動物の童女、リズムギターを盾にする『おどおど保健委員長』、里見八重。

 

 

「僕はドラムを担当する九条葵でっす! 頑張るんでよろしくー!」

 

 

広大感知網と強靭な肉体を持つ<基礎強化>。

 

黒の短髪から伸びる2本の触覚、ボーイッシュに(ただし、どこかの誰かとは違い、人並み程度の膨らみはある)ヘッドフォンミラーグラスを装着し、用意されたドラムの中央でドラムスティックを器用にくるくる回す『僕っ子広報委員長』、九条葵。

 

5つの楽器を6人で担当する<六花>の楽団。

 

リードギター、キーボード、ベース、リズムギター、ドラムス、と円周五等分にそれぞれ配置するのを確認すると四葉は、ピンッと独自に開発し、力を込めた種子を3段目ステージの中央へ。

 

 

「うおっ―――」

 

 

それは地面に着地した瞬間、爆発的に大樹にまで生長し、光のステージの中に構成骨子を強化するように巣食い、2段目の氷のステージにまで根を張り、

 

 

「きゃっ―――」

 

 

黒き砂鉄が切断。

 

白き稲光が燃焼。

 

まさに一瞬の出来事。

 

目を眩ませている一瞬の間に大樹は枝切り、伐採、破片は塵へと変わる。

 

光が霧散し、3段目のステージは巨大な切り株へと成り変わり、その上に再び雷火をイメージにしたより豪華絢爛な光の4段目ステージへと仕立て上げられた。

 

そして、閃光共に降臨したのは、対外的にも有名な常盤台中学を代表する三大美少女。

 

 

 

「お待たせ会場の皆さん♪ 主役の真打ち登場よぉ~☆」

 

「出しゃばるんじゃないわよ! 私達は脇役のコーラスでしょうが!」

 

「ふふふ、脇役じゃないです、私達は皆主役ですよ」

 

 

 

精神攻撃系を得意にして、組織派の<心理掌握>。

 

煌めく黄金、割れんばかりの歓声に、優雅に微笑みながら手を振る最上の女王(クイーン)、食蜂操祈。

 

物理攻撃系を得意にして、孤高派の<超電磁砲>。

 

柔らかな鮮茶、その反対側で、やや緊張気味のMVPと大活躍で有名な超能力者でもある最高の姫君(エース)、御坂美琴。

 

神でさえもその身に写し取る特異にして、皆の最先端を行く<幻想投影>。

 

全てを受け入れる純黒、2人のLevel5の間に入るは、人気第1位の最優の聖母(ジョーカー)、上条詩歌。

 

対照的な美を持つ双璧と、それらを調和する美を持つ完璧、この圧倒的なカリスマ性を秘めた3人が並び立つことによって一層、その魅力が輝く。

 

 

 

―――うおおおおおおぉぉっ!!!!!

 

 

 

湧きに湧いて、湧きまくる。

 

現れた美少女達が来ているのは、制服ではなく、ユニフォームでもない。

 

ビビットな緋色を全体の基調とし、大きな黒い花の頭飾りがチャームポイント。

 

彼女達の健康的な体のラインが出るよう上半身の両側にベルトとニーソックス、ヒールをナポレオンジャケット的マニッシュなラインで引き締め、前面が開いておりふわっと大きく広がるスカートを腰に据え、艶やかな印象もアピール。

 

さらに彼女の1人1人が輝く綺羅星であると、スカートの裏地は満天の星空をイメージに染め上げられている。

 

可愛らしくもセクシーな二面性のあるコスチュームに身を包んだ彼女達のこれ以上にないくらいの登場演出は夢か幻か。

 

ライブコンサートと化したスタジアムは熱狂の渦。

 

オーディエンスも最高潮だ。

 

ステージ上の14人は誰もが個性的でバラバラなのだが、そのカオスで動きは不思議なくらいに調和がとれている。

 

みんなそれぞれ楽しんでいるのだ。

 

そして、このトップアイドルグループ並の存在感を放つ主役級の、それもこれから先にあるかも分からない今日限定、天下無双絶対可憐乙女集団の豪華過ぎる合作共演は、主菜ではないのだ。

 

もうこれだけでもお腹一杯の大盤振る舞いだと思うのだけれど、あくまでも前座なのだ。

 

 

 

「ああっ―――」

 

 

 

観客達はついに言葉を失う。

 

電磁浮遊し、ゆっくりと舞い降りる希土類(レアアース)の円盤。

 

主に踊りと演出を担当する『仕丁』の『金』の1段目。

 

主にアクロバティックな踊りを担当する『隋臣』の『水』の2段目。

 

主に音楽を担当する『五人囃子』の『木』の3段目。

 

主に踊りとバックコーラスを担当する『三人官女』の『火』の4段目。

 

そして……この雛壇ピラミッドの最頂部、『お内裏様』の『土』の5段目のステージには『TKD14』と同じコスチュームに身を包んだメインボーカルとサブボーカルの2人。

 

まず言っておく、これはただのステージではない。

 

この場で気付く者など設計を指揮した最新の賢妹か<禁書目録>ぐらいのものだが、もしここに陰陽博士がいれば、まさしく『魔術』と『科学』の革命だと驚愕するであろう。

 

『陰陽道』の<五行思想>に<相生>という順送りに相手を生かしていく概念がある。

 

それによるとこのピラミッド雛壇ステージは、

 

初めに、『金生水』の理を以て、1段の『金』から2段の『水』への流れが相乗され、勢いが増す。

 

さらに、『水生木』の理を以て、2段の『水』から3段の『木』への流れが三乗され、勢いが増す。

 

そして、『木生火』の理を以て、3段の『木』から4段の『火』への流れが四乗され、勢いが増す。

 

最後に、『火生土』の理を以て、4段の『火』から5段の『土』への流れは五乗され、勢いが増す。

 

皆を『活かし』て応援し、主役の歌い手を『生かす』というメッセージが込められた神懸かり的な設計。

 

そう、これは『能力』と『魔術』で起こした奇蹟だ。

 

 

 

「皆さーん! お久しぶりでーす!」

 

 

 

決してこれは幻想なんかじゃない。

 

世界の命運をかけた『オービット・ポータル社』が建設した宇宙エレベータ――<エンデュミオン>倒壊事件以来、彼女は行方不明になっていた。

 

しかし、実はその裏、事件の中枢に関わったある少年少女達の活躍により、<エンデュミオン>から助けられていた。

 

しばらく、色々と複雑で口には出せない様々な事情があり、療養期間も含めて世間からは隠遁していたけれど、今日このチャリティイベントの為に、そして、『歌で皆を幸せにしたい』という夢を叶える為に帰ってきたのだ。

 

突如としてスターダムに上り詰め、スターダストのように消え去った『伝説の歌姫』、『ARISA』。

 

少し、印象が変わったのかもしれないが、ファンには彼女が本物であると分かる。

 

街の、世界の皆を勇気づける為に開催されたこのライブこそが『ARISA』の目指した、彼女の復活に相応しい最高のステージだ。

 

そして………

 

 

 

「アリサ、アリサ! とうとうあの約束を果たせるんだよ!」

 

「うん! インデックスちゃん! 一緒に、皆と一緒に歌おう!」

 

 

 

彼女の隣に立つ銀髪の美少女。

 

推薦と強い本人の希望によりサブボーカルに抜擢された『叡智の聖女』、インデックス。

 

『この曲ができたら一緒に歌おう』、この約束を果たす為に彼女はステージへと上がる。

 

『ARISA』はこのチャリティイベントが終われば、身上の都合により、世界ライブ巡業という名目で、学園都市を抜けなければならないのだ。

 

いつここに帰って来れるかも分からず、そう、これが約束を果たせる最後のチャンスになるのかもしれない。

 

だから、インデックスはその完全記憶能力を生かし、たった一夜で彼女と歌う為の歌を完全にマスターした。

 

 

「ありがとう、皆さん」

 

 

それは『ARISA』も同じであり、あの時、自分を救ってくれ、こんな機会まで用意してくれた詩歌に、助けてくれた美琴、そして、『TKD14』にも感謝の一礼。

 

ああ、おそらくこれ以上のものにはこれから一生巡り合わないだろう。

 

この<相生>の想いが込められた『奇蹟の舞台』にいるだけでこの身体の端々にまで活力が漲り、きっとこの気持ちは皆にも伝わっていってくれる。

 

だから、私はこれまでの感謝と共に、全身全霊で歌を歌おう。

 

 

 

「それでは聞いてください! まずは一曲目――――」

 

 

 

 

 

スタジアム 特設観戦室

 

 

 

息を呑むとは、まさにこの事。

 

強烈な音圧に空気を一新されたかと思うと、苛烈な音の流れがこの空間を彩り、制圧していく。

 

ぐっと踏ん張っていないと、体も意識も吹っ飛ばされそうになり、音は耳から、腹から、中に入り込んで、体中の骨を揺さぶる。

 

体は芯から熱くなっているのに、鳥肌が収まらない。

 

今まで感じた事のない感動と湧きあがる興奮、それが一種の夢現の酔いをもたらし、少しだけ恐怖感を覚える。

 

けれど、それがむしろ心地良く。

 

内側に流れ込んだ歌声とリズムが、頭と体を駆け巡ってじっとなどしていられない。

 

気付けば、この場にいる全ての者達が一緒になって配給されたペンライトを振り上げていた。

 

必死に声援をあげながら、置き去りにならないようこの会場全体の流れと一体になって、リズムにノッていく。

 

理屈など関係なく、今この時だけはこうするのが自然である。

 

音楽とは、頭で聴くものではなく、体で感じるもの。

 

そして、ここで伝播された『奇蹟』はきっと彼らの支えになってくれるはずだ。

 

でも、ここに例外が1名………

 

 

「……死にたい」

 

 

滂沱の冷汗でがくがく震える愚兄、上条当麻。

 

ごめんなさい、世界。

 

今ほど自殺願望を抱いた事はない。

 

不幸な事に、賢妹のように、『イ・マジンガーX』の時の記憶が吹っ飛んでいなかったのだ。

 

普段なら絶対やらないような羞恥心満載の大見得を切ったり……まではいい。

 

だが、そこから先が問題だ。

 

後輩の前で全裸のド変態になり、共に地獄に落ちようと脅したり、

 

そして、実の妹に対して、あんな事まで………

 

とりあえず、恥を被った御坂には感謝し、謝罪しよう……あとでぶっ殺されるかもしれないが。

 

人は酔った時に本性が現れるというが、もしそうだとしたら絶望だ。

 

よし、俺はもう二度と酒は飲まない。

 

そして、こんな風に陥れたあの悪の組織とやらにはいつの日か復讐してやる。

 

今ならショ○カーに改造人間にされた仮面ラ○ダーの気持ちがよく分かる。

 

彼らは試合が終わると、付き合ってくれたお礼だと<鬼蜘蛛>とかいう試作品の補助具に忌々しい呪いのX仮面とこの特一等席を用意した後、正気に戻る前に悪の組織らしくスタコラサッサと逃げていってしまった。

 

 

(まあ、過ぎちまった事を悔やんでもしょうがねぇ。不幸中の幸いか、俺の正体に気付いていたのは、御坂だけで、詩歌に気付かれなかったのが本当に良かったぁ。あとでインデックスと一緒に口止めしとかねーとな)

 

 

でも、と。

 

このミラクルライブと妹と本気でぶつかり合えたのだけは良かった。

 

それだけは彼らに感謝しても良い。

 

それでこのトラウマ級の黒歴史がチャラになるとは思わないが。

 

 

「お疲れさんね、当麻君。それから今日は付き合ってくれて、ありがとう」

 

 

と、徐々にショックから復活しつつある当麻に、同じチームメイトでもあった『セクシー・ベル』、御坂美鈴が声をかけてきた。

 

 

「礼なんてそんな。俺も楽しかったですし、ただ……精神的に一生引き籠りたいくらいに傷ついていますが」

 

 

「またまた照れちゃって~、結構似合ってたわよ~、あの『イ・マジンガーX』」

 

 

ぐはっ、と悪気のない美鈴の発言に当麻、心の中で吐血。

 

もうあれは上条当麻ではなく、『イ・マジンガーX』、誰が何と言おうと別人であると割り切っていこう。

 

そうして、ミラクルライブの歌にまた精神HPゲージを回復していっていると、美鈴はライブで笑顔で歌う娘を見つめる目を細めて言う。

 

 

「……実を言うとね、私は美琴ちゃんを連れ戻しに来たの」

 

 

その言葉はライブの熱気に混じることなく鮮明に響いた。

 

 

「戦争が始まると危なくなるからね。ニュースじゃ国内の他の都市よりは学園都市の方が安全って言ってたけど、別にそれなら海外へ逃げちゃえば良いんだし。ま、私の大学の事は残念だけど、とりあえず長期休学って感じかな。別に留年でも困らないし」

 

 

そこまで言って、彼女は笑った。

 

一端、ライブから視線を外し、当麻と視線を合わせてから笑う。

 

 

「んでもまあぁ、もう止めたわ。どこへ逃げても本当の安全地帯なんてない。そこにいる人間の気持ち一つでいくらでも変わる。なら、下手にあの子の居場所を移すよりは、君や詩歌ちゃんの側に置いておいた方がまだ安心だし―――それに友達もいるみたいだしね」

 

 

あの時、チームの為にと祈った娘の顔、そして、今を精一杯楽しく踊ったり歌っている娘の顔。

 

今日の試合を見て、昔、周りの輪に入れないと聞いていたけど、もう十分に和ができている。

 

これをただの親の独断で断っていいものではない。

 

きっと美琴にこの話を持ちかけても、彼女は断るに違いなく、あの捕球に失敗した瞬間、もう自分の気持ちに蹴りをつけたのだから……これで、良いのだ。

 

 

「つまり、これからも美琴ちゃんの事をよろしくね、ってことだよん。―――きゃー、美琴ちゃーん!」

 

 

そう結論付けて、美鈴はライブ観戦に戻る。

 

当麻も一保護者として、少し美鈴の気持ちが分かった。

 

愚兄もまたこれが終わったら賢妹と話し合いたい事があるのだから……

 

けど、今は楽しもう。

 

はい、とだけ答えると当麻もライブ観戦へ加わる。

 

 

「うおおぉっ! 詩歌ーっ!」

 

 

両親、特に父用にこのライブ映像、詩歌の晴れ姿はバッチリ撮っており、後で保存用、観賞用、普及用にダビングするつもりでいるが、生で味わえるのはこの時でしかない。

 

落ち込んでいる暇も、考え込んでいる時間も、感傷している隙もない。

 

今はこの『奇蹟』を忘れないよう頭ではなく、心に刻みつけるのだ。

 

 

 

 

 

???

 

 

 

ミラクルライブ終了後。

 

 

『………それで、上手くいったようだけど。どうだった、新入りの組長さん?』

 

 

「それは重畳。試合には負けちまったが、能力者と肌を合わせて、色々と良く分かった」

 

 

このチャリティマッチ。

 

裏では1つの『賭け』が行われており、また1人の母親を救うために、そして回収運動を止めるために駆け引きも行われていた。

 

御坂美鈴は、一般人ではあるが回収運動の保護者代表の立場にあり、学園都市は多くの学生が離れて行っては困るのだ。

 

だから、元々、彼らは拉致ではなく、したのは保護。

 

あのまま夜道に放置されてたら、この街の『闇』に葬り去られていただろう。

 

 

「しっかしまぁ、『賭け』には負けたから、とやかく言うつもりはないのだが、儂は餅は餅屋、学生の本分は学業、荒事は荒くれ共に任せればそれで良いと思うがね」

 

 

自分達は、迂闊に戦争には出せない学生達の代わりに、外敵勢力との矢面に立つ戦闘屋として、この学園都市に呼ばれたのだ。

 

その報酬として、バックアップと『統括理事会』の一席を貰い受けたが、過去にここと抗争した事のある自分達は、別にいなくなっても構わない、つまりは心置きなく消費できる便利な用心棒、といったところだろう。

 

まあ、こちらもただで使われる気はないが。

 

 

『それでも彼女はやると決めたのだから。もうすでにあの案は確定している。それにこの試合でその才能は分かったと思うけど』

 

 

「確かに。ありゃあ、お前さんの言う通り、大器だ。しかもまだ未完ときている。儂はあれほどまでに畏れた才は今まで会った事がない」

 

 

きっと将来は世界に影響を及ぼし、歴史に名を刻むような大人物となるだろう。

 

けれど、まだ若い。

 

もし時が許されるのであれば、後5年、いや最低でも2、3年は晩成させておいた方が良い。

 

 

『それで話を変えるけど、『彼ら』の居場所が分かったのだけど』

 

 

「おお、そうか。――――」

 

 

そして、通話を切ると、彼は何気ない仕草でキセルを取り出す。

 

 

「は、御館様、ここに」

 

 

男の背後、暗闇の中から突然、1人の影が浮かぶ。

 

彼はそれを見もせずに、キセルを咥えながら、

 

 

「猿、今すぐにこの場所へ向かい。この小僧たちを丁重に連れて来い」

 

 

「御意」

 

 

「それで烏から報告された例の件は」

 

 

「『軒猿』を働かせていますが、未だ消息はつかめず。―――ただ、『あの男』の目撃情報を得られました」

 

 

「ほお……」

 

 

報告が終えると、影は暗闇へと潜り、男は煙を吐く。

 

男が溜息をつくのは格好が悪いが、こうすれば見かけ上の体裁は繕える。

 

しかしながら、その額には皺が寄ってしまう。

 

今日の最後のあの兄妹対決を観戦して思ったが、やはり血を分けた者同士がやり合うのはやり難い。

 

できれば、避けたい所だが……

 

 

「けど、けじめは取らんと、なぁ……」

 

 

そう呟くと男はキセルを仕舞った。

 

躊躇いの煙はすでに空気に溶けて消えた。

 

 

 

 

 

 

 

と、シリアスパートはここまで。

 

 

「さー買った買った! 今日限定『『ARISA』+『TKD14』』グッズだーっ! 『ARISA』のグッズはもちろん! 萌えに燃えた『ヤキュウケン』やミラクルライブを収録したDVD、カレンダー、ポスター、キーホルダー、ステッカー、テレホンカードや彼女達が来たのと同じユニフォームやライブ衣装などなど。一番のお勧めは、1セット5枚でたった1000円! ナンバー0上条詩歌、ナンバー1御坂美琴、ナンバー2白井黒子、ナンバー3音無結衣、ナンバー4緑花四葉、ナンバー5出雲朝賀、ナンバー6出雲伽夜、ナンバー7デスティニー=セブンス、ナンバー8里見八重、ナンバー9九条葵、ナンバー10婚后光子、ナンバー11近江苦無、ナンバー12食蜂操祈、ナンバー13鬼塚陽菜の制服、体操服、ユニフォーム、ライブ衣装! さらにジョーカーに『ARISA』に『INDEX』! 集めればカードゲームも遊べるブロマイドトレーディングカードだ!!」

 

 

ばんばんばん!! と手に持ったハリセンを机に叩きつける謎の覆面大男『キャプテンファルコン』。

 

 

チャリティイベントが終わり、もう帰宅時間は過ぎているのだが、このこっそり裏で情報を流していた怪しげな露天商には、もうどこが先頭かも分からないほど満員電車状態。

 

 

「DVDにカードを5セット!」

 

「キーホルダーにカード8セット!」

 

「こ、この集合写真のテレホンカードを! あとカードを3セット!」

 

「背番号1番、御坂さんのユニフォームとカードを20セット!」

 

 

押し潰され、すり潰され、揉みくちゃにされ、洗濯機に入ったらこんな感じだろう。

 

それに、人口密度が高くて、酸素も薄い。

 

一応、10月で夜中なのだが、この熱気は寒さを吹っ飛ばし、暑いを通り越して熱いくらいだ。

 

それでも彼らはあらん限りに手を挙げ、時に、途中でカードパックを開けて悲鳴を上げて恍惚の表情を浮かべていらっしゃる者までいる。

 

 

「押すんじゃねぇ! きっちり整列して並べ! 割り込みは厳禁だ! 買ったらすぐここから出ろ!」

 

「はいはい、数に限りがあるんで、カードパックの方は1人10パックまでの制限でよろしゅうお願いしますぅ」

 

 

それを<警備員>ではなく、『愚蓮羅岩』にも出場していた『バッファローマン』や『鳩ぽっぽ』と彼らが率いる全身タイツの下っ端ショッカーが人波に埋もれながらも、どうにか整列させている具合。

 

しかも、(どこかの理事長の息子と似た青年のように)大半がブロマイドトレーディングカードが目当てで、もう一度並んでくるためここの人口はますます増加する一方。

 

それに満面の笑みでゴロゴロと転がっているのまでいるのでより渋滞に。

 

それに辟易してきたように部下の1人が、

 

 

「大将。そういやこれって、許可取ってるんすか?」

 

 

「大将と呼ぶな、今は社長と呼べ」

 

 

バシンッ! とその怪力で思い切りはたかれた同僚の代わりにもう1人の部下が、

 

 

「お頭――「今の儂は社長だ」――し、社長、これ、一体いつ作ったんです? というか、こりゃ下手をすると<警備員>が」

 

 

「何を言っている? 儂らはただ彼らに希望を与えているのだ。学業で疲れた時、人間関係で衝突した時、些細な不幸に見舞われた時、これらはきっと彼らに力を与えてくれる、それがアイドルというものだ。儂らはそれを手伝うという誇れる仕事をしているのだ。だから、公式だの非公式だのそんな小さい問題になど気にするな」

 

 

キリッ、と高潔な眼差しでこちらを見つめる真剣な表情。

 

正直、問題だらけな気もするが、出している物は全部健全、ついでにこの男のカリスマ性もあってか、若い部下は年甲斐もなく心を打たれて、『感動しました』、と。

 

が、

 

 

「社長……俺達、皆に希望を配ってたんすね。もちろん、この売り上げは募金に――「するはずがなかろう」」

 

 

うん? 正気か? と言わんばかりに首を傾げられてしまう。

 

 

「こんな野郎共の欲望で成り立ったお金を無邪気な子供達のために使う訳にはいかん。きちんと募金は募金で分けとる。まあ、儂にとってみれば金はどんな儲け方をしても金だがな」

 

 

なんて言い分なんだ……

 

さっきと言っている事がだいぶ違う。

 

そこで顔を上げて慄きながらも、ハリセンでぶっ飛ばされた部下が、

 

 

「流石社長……悪の地平線をぶっちぎっていますね」

 

 

今回のチャリティマッチ。

 

本当の目的はこれだったのかもしれない。

 

じゃなきゃこんなの準備できないし、それにここにいるのはあの堅物委員長を除く話の分かる部下しかいない。

 

何にしても、自分達はこの『社長』からお給金をもらっている訳で、サラリーマンの逃れられない使命として『物は良いようだな』と無理に納得して、と―――

 

 

 

「これで背番号0のユニフォームと残り全部のカードパックを俺によこしな」

 

 

 

ドン!

 

 

常識(ルール)など通用しない』と言わんばかりに、マナー違反も甚だしく列も無視し、強引に割り込み、制限も無視して、札束を机に叩きつけたホストっぽい服を着こなし、謎のフルフェイスマスクの青年。

 

 

 

「ここに詩歌さんのグッズが売られているというのは、本当か!!」

 

 

 

ドドン!

 

 

『常識など存在しない』と頭の辞書に書かれているような漢一匹が、群衆半分を吹っ飛ばして登場。

 

こちらも何故かフルフェイスタイプのヘルメットを装着している。

 

 

 

「チッ、海原の奴から連絡があって来てみりゃあよォ……ったく、アイツは無防備過ぎンだ。とりあえず、テメェらぶち殺して全品没収だ」

 

 

 

ドドドン!

 

 

『常識などぶち壊す』と天井をぶち破って、真っ白な細身の少年が降臨。

 

そして、もちろんこの少年もフルフェイスタイプのヘルメットを装着済み。

 

 

 

「おいおい、いきなり割って入って何様のつもりだが知らねーが、ここにあるのは全部俺のもんだ」

 

「何……聞き捨てならねぇ台詞だな、オイ」

 

「ギャアギャアうるせェぞ、三下共が」

 

 

 

その三竦みの発するオーラは尋常ではなく、社長と側近の2人を除いて、腰が退けてしまう……も、

 

 

「ちっ、面倒になってきた。仕方ねぇなぁ……ここは悪の組織らしく丁重にお持て成しさせてもらおうか」

 

 

と『キャプテンファルコン』が指を鳴らすと、わらわらわらわらと何故か全身タイツを着込んだ団体さんが彼らを取り囲んで―――しかし、次の瞬間、

 

 

 

『<警備員>じゃん。ここに非公式のグッズが売られてるって聞いて飛んできたじゃんよ』

 

 

 

「「社長!」」

 

 

「もうバレたかっ!? 作戦変更! 儲けは少ないが戦略的撤退だ!」

 

 

外が<警備員>の車両で囲まれている!?

 

フルフェイスヘルメットの3人もそれに気付いて………

 

その後、すったもんだの大乱闘があり、大半のグッズは<警備員>により回収されたが、謎の3人の能力者との衝突もあり、残念ながら売人組織を逮捕する事は叶わなかった。

 

そして、プレミア価値が高まったグッズの一部は、あるシスコン軍曹経由で、イギリスへと渡り、『女教皇様! 我々もアイドルユニットを!!』と『NSR14』が結成され、『科学』と『魔術』の偶像戦争が始まるきっかけになった………かどうかまでは定かではない。

 

 

 

 

 

病院

 

 

 

夜の病院、ある少女の身体の調整を見ていたカエル顔の医者は、<警備員>からの連絡に軽く息を吐く。

 

 

「今日の調整はここまで。どうやら乱闘騒ぎが起きたらしい。余計な事はしないで早く寝るんだよ?」

 

 

言葉に少女は小さく頷き、小さな唇を動かし、

 

 

「あの人は……どこに行っちゃったんだろう? ってミサカはミサカは尋ねてみたり」

 

 

おそらく、誰にも答えられない質問………だったら、良かったんだけどねぇ。

 

カエル顔の医者は顔には出さず、溜息を吐く。

 

つい先日、彼の自慢の教え子がその姿を目撃したと報告があったが、今日未明、<警備員>の黄泉川愛穂から、彼らしき人物が非公式のアイドルグッズ販売店に現れたとの報告があったのだ。

 

いや本当に彼は何をしているのだ。

 

彼ではないと思う、そう信じたいが、そうだとしたら、それは君のキャラじゃないだろう。

 

実は、ノリにノッてはっちゃけさせて財布の紐を緩めようと、あのスタジアムに販売されていた飲料に微量にお酒ではないけど酔っちゃう気分になるような摩訶不思議なお水、<鬼の泪>が混ざっていたのだが、彼の知る由はない。

 

どちらにせよ、答え辛い質問には変わらず、それでもカエル顔の医者は、

 

 

「……すぐに戻ってくるよ。すぐにね」

 

 

「うん……ミサカも会いたい。それで、詩歌お姉様と一緒に遊びたい、ってミサカはミサカは頷いてみる」

 

 

おやすみ、と言って彼は病室を出る。

 

そして、そっと彼女の言葉を胸に刻む。

 

彼は、患者に必要なものなら何でも揃える人間だ。

 

例えどんなにはっちゃれていようとも……

 

 

 

つづく


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