とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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閑話 壁への挑戦

閑話 壁への挑戦

 

 

 

グラウンド

 

 

 

「てりゃ!」

 

 

あの後|(美琴がLevel5の頭脳を尽くして、どうにかして詩歌の誤解を解いた)、『イ・マジンガーX』への指名権はキャンセルし、適当に『鳩ぽっぽ』と『タイガーマスク』に其々1枚ずつユニフォームを減らし、『続く緑花四葉がどうにかバットに当てたものの、超重剛球のパワー負けでファーストゴロに処理されて、スリーアウトチェンジ。

 

4回表。

 

3回で、一気に3人もの選手交代に、『TKD14バスターズ』の守備シフトも変わる。

 

ショートに入った四葉はそのまま、婚后と九条と代わった出雲姉妹は、ライトへ朝賀、レフトへ伽夜。

 

分かり易くまとめれば、

 

ライト―――――出雲朝賀、

 

センター――――音無結衣、

 

レフト―――――出雲伽夜、

 

ショート――――緑花四葉、

 

サード―――――御坂美琴、

 

セカンド――――近江苦無、

 

ファースト―――食蜂操祈、

 

キャッチャー――上条詩歌、

 

そして、ピッチャーは………

 

 

「いっひひひ、浮気性の恋女房、他の女との一夜は楽しかったかい?」

 

「……はぁ、人聞きの悪い事を言わないでください。私は皆に対して全力で付き合っています。ただし、心に決めた人は1人ですが。まあ、この甲斐性無しの駄目夫にはそろそろ離婚を考えたい所ですけどね」

 

「詩歌っちが一途なのは百も承知の助だよ。でも婚后っちと楽しく円満なバッテリー夫婦やってたから嫉妬しちまったんよ。うん、ネトラレってヤツ? 俺が出張している間に他の奴と~ってな感じで嫉妬の炎がメラメラ~ってね」

 

「ええ、光子さんは陽菜さんと違って素直ですし、サイン無視して全球ストレートなんて馬鹿げたことしませんでしたしね」

 

「ごめんごめん、いや、なんとなく真っ向勝負をしたかったんだよ……彼らとは」

 

「陽菜さんのその癖は直りようにないですね。知ってましたが。とりあえず、変化球は要求しませんから、私のサインをちゃんとよく見る事と全力で投げる事です。いいですね?」

 

「了解。ちゃんと恋女房にこれ以上呆れられないよう反省してきたよん。勝負するのは良いけど、それで負けるのは絶対に嫌だからね」

 

「よろしい。先の本塁打から体調は回復しているようですし、問題はないですね」

 

「でも詩歌っち。受け損なんないでよ。大火傷じゃ済まないから」

 

「愚問ですね。陽菜さんもちゃんとサインを“見て”くださいね」

 

 

 

 

 

 

 

(うん……若いわね。肌の弾きっぷりが半端じゃない)

 

 

9番『セクシー・ベル』はバットで軽く肩をトントンと叩きながら、さりげなく二の腕や太股と全身をチェック。

 

大した努力もせずにあの老いという自分が必死に逃げているモンスターを軽く撃退する『空飛ぶお嬢様』の娘なだけあり、こちらが羨ましくなるくらい非の打ち所のないほど瑞々しく、こちらの大人の身体に負けないほどグラマラスに、そして、先からスーパープレイ連続させる機能性まで、実益も兼ね備えたパーフェクトボディ。

 

ついでに、堂々と脱げるという辺り、楚々したように見えて要所要所意外に攻撃的な水着を好む主婦友と、母娘として通じるものがある。

 

 

(血筋によるのもあるんだろうけど、この身体は流石に単純なダイエットじゃ無理よね……本当、どんなストレッチをしてるのかしら……? 確か、寮の管理人さんに稽古をつけてもらってるって聞いたけど、美琴ちゃんが『私には無理。絶対無理。あんなの稽古じゃなくて、地獄。一度参加させてもらった事があるけど3日間は筋肉痛でまともに動けなくなったわよ!』って言ってたわよね……)

 

 

あの元気いっぱいに育ってくれた彼女があそこまで言うのだから、それはそれは恐ろしい特訓なのだろう|(それに対して、母の方はプールでも水死体モードを満喫するしかしていないのだが)。

 

しかし、だ。

 

『美人(だけど実はねぇ)』

 

『(子持ちにしては)若々しい』

 

『(おばさんなのに)大学生に見える』

 

などなど、余計なワードが見え隠れするイメージを払拭するためにも、これが終わったら、試しにそのメニューを聞いてみようかしら―――後に、それが原因で1週間、主婦友と一緒に水死体ごっこをせざるをえない、しかできない状態に追い込まれるのだが―――とその思考を一旦停止して、

 

 

(それにしても、変わったプロテクターね……まるで鎧みたい)

 

 

前回の学園都市謹製の野球用の防具とは趣が異なり、今、キャッチャー詩歌が装着しているのは、テレビのドラマやアニメとかで戦場の兵士が着るような特殊装甲服のようなゴツくはないけど、雰囲気的に防御力が滅茶苦茶高そうなもの。

 

それにしきりにマスクの据わり具合を気にしており、その後ろにはキャッチャーミットの予備が複数個用意されている。

 

 

(……一体、次はどんな球が来るのかしら?)

 

 

あの『空力飛球』の快速球を全て完全にキャッチしたこの娘が、ここまで警戒態勢を取るなんて……

 

『セクシー・ベル』は気持ち若干腰を退けながらも、打席に入った。

 

 

 

「行くよ、これぞ私の真の球」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

ズ ド ン !!!!!

 

 

 

キャッチャーミットから爆音が炸裂。

 

 

「うわぁ……」

 

 

唖然と、引き気味の声が漏れる。

 

何とかバットが振れるかもしれない、と思えた初回のとは違う。

 

投げた瞬間にはもう見えず、空気か、それともミットかの摩擦で、プスプスと焦げた匂いが漂う。

 

<鬼火>、鬼塚陽菜の『豪火球(ファイヤーボール)

 

心なしかすれた声で審判がストライクを宣言し、キャッチャー詩歌はいつになく淡々とした動作でピッチャーにボールを戻す。

 

ピッチャー陽菜がイージーな返球をグラブに収める乾いた音が、沈黙に支配された球場に、やけに大きく響いた。

 

あんなの女子中学生が投げて良い球じゃない。

 

本当……あの娘から6点も取れたわよね。

 

バッター『セクシー・ベル』を始め、観客までも呆気にとられている中、2球目のモーションに入る。

 

熱流渦巻くトルネードから繰り出されるジャイロ回転で、純白のボールをキャッチャーミット目がけて放り込む。

 

困惑としているバッター『セクシー・ベル』の目前をあっさりと通り過ぎ、キャッチャー詩歌の構えるミットに、ず ど ん !! と重々しく突き刺さった。

 

ピッチャー陽菜の素人目には映らないようなスピードと、迂闊に触れたら火傷じゃ済まされない大威力の剛の球を、身体全体を使って、ミットの真ん中で柔らかく完全捕球するキャッチャー詩歌。

 

打てる気どころか、バットを振れる気さえ起こさせなくなる。

 

詩歌があんなに防具を気にしていた理由も頷ける。

 

そして、スタジアムから声を消え、そのスペックを把握していたであろう『TKD14』は平然と、それに初回に点を挙げた『愚蓮羅岩』の一部の連中も流石に取り乱した様子はないものの、一球ごとに威力を増していく投球に目を瞠っている。

 

9番『セクシー・ベル』見逃しの三球三振。

 

 

「かかか、イイ球だ。だが、先程の一発も含めてもう一発打たせてもらおうか」

 

 

だが、『キャプテンファルコン』。

 

先の回で上半身のユニフォームが没収され、露わになる肉体。

 

見るだけで重々しくなるような筋肉と、その抑えきれぬ噴気で熱された赤銅の肌、そこに刻まれた無数の傷跡から、その豪傑が絶する修練と戦績を積み上げてきた事が容易に想像がつく。

 

だが、厚い鉄板にナイフで引っ掻いた所で裂く事ができないように、多少血を流したかもしれないが、それらの傷は内部にまで到達しているものはない。

 

正真正銘の怪物。

 

そのキャッチャーと審判が後退しなければ危険なほど巨大な棍棒の一振りは、大木でさえ根こそぎ薙ぎ払う。

 

婚后光子の<空力使い>からの豪快速球――『空力飛球』でさえ、ボール球には一切手を出さなかった見切りの選球眼。

 

前の打席での勝負を避け、奇策を弄さざるを得なかった、未攻略の打者。

 

 

「私の初回の借りを含めて、全力で引導を渡してやる」

 

 

詩歌が念のため新たなキャッチャーミットと交換し、座る。

 

これまでの投球練習が終わり、身体のエンジンが温まり、集中力(トルク)が増した、この本調子に戻ったここからが、勝負が始まる。

 

 

 

(さあ、何の遠慮もいりません―――)

 

(―――ああ、全力全開一球入魂!)

 

 

 

まるで怪物の檻にでも入れられたかのような、そのスタジアム全体を静寂に包みこむ気迫。

 

剥き出しにされた野生の戦意がバチバチとぶつかり合う。

 

ボールを構え、モーションに入る。

 

ゴオッ! と緋桜が螺旋に靡く。

 

先のその身体を大きく捻るトルネードをさらに巻き込んだ全開のフルトルネード。

 

元の並はずれて優れた身体能力に、最強の火炎能力者の爆発力を一点に叩き込む――『魁炎旋風(ファイヤトルネード)』。

 

 

 

「喰らえ―――」

 

 

 

解き放たれた。

 

大気を焼き焦がし、空間を揺るがせる。

 

弾丸の如く火炎を纏うジャイロボールがストライクコースど真ん中に構えたミットに、

 

 

 

ズ ド ン !!!!!

 

 

 

突き刺さった。

 

完全捕球に成功したはずなのに、手が痺れ、腕や肩に衝撃が伝わる威力。

 

少し遅れて、審判が『ストライクッ!』とコールする。

 

 

(ふぅ……1球ごとにキャッチャーミットだけでなく、保護用の手袋まで取り換えないといけませんね。―――とそれよりも……)

 

 

焦げたミットと手袋を外し、新品に、手袋はさらに二重に填める詩歌は、下から様子を窺い見る。

 

『キャプテンファルコン』はバットを振らずに、それを見送り、口の端を少し吊り上げていた。

 

その目は反応できなかったのではなく、何かを推し量っていたかのようにも見えた。

 

イヤな予感がする。

 

そして、それはすぐ第2球にも実現。

 

 

 

(確かに、速い―――じゃが、“見え”とる!!)

 

 

 

第1球よりさらに力を込めて、解き放たれた。

 

だが、迎え撃つは弾丸の嵐の中でさえ無傷で生還できる豪傑。

 

刹那、六徳、そのさらに上の―――虚空まで見取る凶眼は見切り、

 

 

 

ギィィィィンッ!!

 

 

 

怪鬼に振られた<貪鬼>が、『魁炎旋風』を捉えた。

 

当たった!?

 

あの『空力飛球』よりも速く、そして、重い『魁炎旋風』を。

 

痛烈な当たりは、サード方面へ向かって飛翔する。

 

 

「美琴さん!!」

 

「はいっ!」

 

 

すかさず飛び出すサード美琴。

 

しかし、勢いに乗った打球は彼女を抜き去り、

 

 

 

ガァァァンッ!!

 

 

 

万事休すかと思われた打球は、辛うじてファールラインを切れ、スタンドの壁にぶち当たった。

 

どっと溜息が洩れ、次には大歓声がそれを消し飛ばした。

 

 

「かかか、ちょいっと早く振り過ぎてしまったな。いかんいかん」

 

 

興奮で目を爛々と輝かせながら、棍棒をピッチャー陽菜を指す。

 

 

「じゃが、次の一球で終わりだ!!!」

 

 

「っ!!」

 

 

さらなる闘気が溢れだし、そこから伸びた影が、マウンドごと陽菜を呑み込まれるような錯覚に襲われる。

 

最初の打席で、分かってはいた。

 

今対峙しているのは、己よりも強大な、さらにその先を行く『鬼』であると。

 

圧倒する側の自分が圧倒される。

 

暴力をさらなる暴力で捩じ伏せた自分が、それを上回る暴威に潰される。

 

ゴクリ、と息を呑む。

 

だが、キャッチャー詩歌は駆け寄ることなく淡々とその場で、ただサインを出す。

 

 

 

「ん―――あれは!?」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

(何!? 敬遠のサイン、だと)

 

 

何度確認してもサインは変わらない。

 

決して、逃げ出せない状況下で出されたのは、敬遠のサイン。

 

婚后光子と『タイガーマスク』の時とは違い、本当の敬遠のサインだ。

 

相方の顔を窺えば、可愛さ余って憎さ100倍の笑みを浮かべており、視線はこう語っていた。

 

 

『(全力を出せと言ったのに、まだ手を抜いているようですね、それともこの程度なんですか? はぁ、勝負から逃げたければ、尻尾を巻いて逃げても良いですよ、このチキン)』

 

 

逃げ道は用意してやるから、好きにしろ、と………

 

 

『(……っのにゃろ……! 上等だ!!)』

 

 

恋女房からの強烈過ぎる発破。

 

だが、今の寝惚けた自分にはちょうどいい目覚ましだ。

 

心配そうにこちらを窺っている他のチームメイトに『私を信じろ』、といつもの好戦的な笑みを吹っ飛ばす。

 

そんな考えが伝わったのか、守備陣は特に何も言わず、黙って守備位置に付く。

 

 

『(この鬼塚陽菜に火をつけたんだ。死んでも文句を言うんじゃねーぞ、詩歌っち!!)』

 

 

敬遠のサイン。

 

だが、当然それは無視。

 

彼女はただサインを“見ろ”とだけしか言っておらず、従えとは言っていない。

 

だから、無視する。

 

向こうもそれは分かっている。

 

だから、敬遠のサインを出しているのに、立つことはせず、ど真ん中にミットを構えている。

 

常盤台の黄金バッテリーは、堂々と真っ向から壁をぶち破る。

 

闘志を取り戻し、今まで以上の気迫をたち上らせるピッチャー陽菜は、バッター『キャプテンファルコン』ではなく、キャッチャー詩歌の構えるミットだけにその全集中を注ぐ。

 

 

(………来るか!!)

 

 

『キャプテンファルコン』も今まで以上の強さで棍棒を握り締める。

 

ただ一撃必壊の意をその打法に込める。

 

 

 

「喰らえ、これがこの鬼塚陽菜の超本気―――」

 

 

 

第3球目が解き放たれた。

 

純白の白球が、一瞬で焦げて、黒球に。

 

そこから放たれる相手を威圧する極上の球威―――『終焔竜巻(ファイナルファイアトルネード)

 

『キャプテンファルコン』も全力でその球を打ち砕きに、鬼の一振りを―――

 

 

(なっ、ここに来てさらに伸び―――ッ!!)

 

 

予想以上にそのジャイロは上昇し、棍棒を掠めるように衝突し―――弾き飛ばし、そのままキャッチャーミットに、

 

 

 

ズ ド ォ ォ ォ ン ッ !!!!!

 

 

 

轟音轟かせながら、その身体を後ろの審判とまとめて、見事に完全捕球したはずのキャッチャー詩歌を後方へ吹っ飛ばした。

 

 

「っつつ……念には念を重ねて、もう一枚手袋を重ねておいてよかったです」

 

 

学園都市謹製の新品のキャッチャーミットには穴が開き、3枚重ねた保護用グローブの内、2枚までが捻り焦げていた。

 

未だ手が痺れるが、大丈夫だ。

 

 

(かかか、この<鬼塚>一族代々伝わる得物に罅を入れるとは……まっことに驚きじゃ)

 

 

だが、まだまだ未熟者じゃな、と今の『終焔竜巻』に全てを燃やし、燃料切れになりかけている愛娘を見つめ、『キャプテンファルコン』は闘志を発散させるように軽く息を吐く。

 

そして、遅れて審判が手をあげ、

 

 

「ストライク! バッターアウト!!」

 

 

観客からの超大歓声がグラウンドを震わせた。

 

そして、その後、残り火のような力を振り絞り、後続の『鳩ぽっぽ』をキャッチャーフライに打ち取り、完全燃焼。

 

 

「ごめん……ちょっと限界だ……ぐぅー……」

 

 

そこで陽菜は最終回を残して降板する事になる。

 

鬼塚陽菜に代わって、デスティニー=セブンスが4番に入る。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

愚か過ぎる賢者。

 

それが私の彼女に対する評価だ。

 

 

『――――です。これから一週間、よろしくお願いします』

 

 

<盛夏祭>という学生寮のイベントに備えて、と我が友でもある土御門舞夏からの紹介で、常盤台中学から我が繚乱家政婦女学院へ体験入学してきた変わり者がいた。

 

その者は大変優秀、さらにはお嬢様に似合わず働き者でもあり、たった一日でほとんどの業務を覚えてしまった。

 

それに、よく天才にありがちな孤独に陥ることなく、2日目には自然と彼女の周りには人が集まり、相談事までされるほど信用を得ていた。

 

3日目には他所様なのにエリートメイドの称号まで得ていた。

 

この街のLevel5とは違う、成績といった目に見えるような形ではない、その中身に惹かれる。

 

しかし。

 

その頃からサボりがちだった私が言えるような事ではないと思うが、いくら天にも人にも愛されようと、たかが体験学習でエリートはないだろう。

 

それに聞けば、将来は学校の先生を目指しているのらしい。

 

……それが気に喰わない……

 

だって、彼女はいなくなってしまったあの人に、『自身の立場すら顧みずに生徒達の命を守ってくれたヒーロー』に似ているんだから………

 

そんな訳で唯一異議を唱えた私は彼女に、裁縫、料理、掃除、教養、格闘、と伝統的なメイド5本勝負を挑み――――負けてしまった。

 

この、自他共にあらゆる分野に才能があると認められ、かの有名な万能人『レオナルド=ダヴィンチ』再来とも言える天才が、生まれて初めて、同年代の女の子に、完全敗北したのだ。

 

まあその才に奢ることなく、日々磨き続けた彼女だし、負けるのも覚悟していたが、その日からしばらくは私は悔し涙で枕を濡らす羽目になり、珍しくも姉が慰めてくれたという驚きの体験は今も覚えている。

 

で、そこから、メイド5番勝負で拳を合わせた素敵恥ずかしな青春体験のをしたおかげからか胸のもやもやはとっくに晴れており、色々と考えを変えて、まずはモチベーションをあげる為に目標を決めた。

 

そう、勝手ながら、彼女をこの私が認める天才の宿敵認定させてもらったわけなのだ(しかし、それでも彼女がいなくなったら元のサボり魔に戻ってしまったけど)。

 

けど、そこでふと、思う。

 

最先端を行く彼女は一体何を、誰を目標にしているのだろうか、と………

 

 

 

 

 

 

 

『ピッチャー『キャプテンファルコン』に代わって、『メイド仮面』なんだよ』

 

 

前回かなりの乱打を喰らったものの未だに『キャプテンファルコン』は健在。

 

 

「頼む、私に、上条詩歌と勝負させて欲しい」

 

 

「うむ……よかろう」

 

 

だが、『メイド仮面』本人の強い希望により、その彼女の秘めた闘志をその瞳に見たこのチームのキャプテンはセカンドへと下がり、マウンドを譲った。

 

 

「じゃが、勝算はあるのだろうな? あの小娘は中々の大器だぞ」

 

 

「ふ、当然知っている。彼女は私の宿敵なのだから。あの完璧超人に勝つ。それが天才としての何よりの証明になる」

 

 

もう、おそらくは自分に打席は回って来ないだろうし、それに、キャッチャーとしてリードしているがそれは自分が望む対決とは少し違う。

 

つまり、これこそが自分と上条詩歌の、姉の思惑など関係のない本当の対決。

 

 

「くく、あの時、私のプライドをへし折った借りを今ここで返させてもらおうかね」

 

 

『メイド仮面』――雲川鞠亜、『完璧』という壁に挑戦するために、舞台に上る。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

ピッチャーが代わった事に、初め詩歌は驚いたものの、すぐに分析に移る。

 

どんな相手であれ、今は“どうしても”点が欲しいし、その為にはトップバッターである自分が攻略し、先陣を切らなくてはならない。

 

 

(……ウィンドミル、でしょうか?)

 

 

大きく腕が旋回し、縦一文字のアンダースローが閃く。

 

まるでこちらに見せるためにやっているかのように、不敵で挑発的な表情での投球練習。

 

どうもあのマスクのせいで正体までは分からないが、こちらを意識している所を見ると自分に因縁のある相手なのだろうか?

 

どちらにしても満を持して登板した『メイド仮面』の投球は見事なもので、そしておそらくは、力押し一辺倒の豪速球タイプの『キャプテンファルコン』とは対照的に硬軟織り交ぜる技巧派タイプであろう。

 

先からストライクゾーン目一杯の所を通る絶妙な制球力だ。

 

それに球質も中々の曲者だ。

 

繰り出される球はホームプレート一歩手前で浮き上がり、バッターの腰から肩まで突き上がる。

 

 

「プレイッ!」

 

 

投球練習が終了。

 

もう少し研究したかったが、一礼して、3番詩歌は左打席に入る。

 

ゆったりと自然体のフォームでバットを構え、マウンド上の『メイド仮面』を見る。

 

感覚を薄く薄く日本刀のように研ぎ澄ましていく。

 

そして、ピッチャー『メイド仮面』はゆっくりと腕が旋回―――

 

 

(速い―――!?)

 

 

と、思いきや急加速。

 

ソフトボールのウィンドミルはその名の通り、風車のように腕を前方から上方へ一回転させ、そこから生じる遠心力を球に加える投法。

 

遠心力、彼女が野球ではなくソフトボールのウィンドミル投法を選んだ点はここにある。

 

遠心力を倍増できる<暴風車軸>で、腕の振りを速くし、投球練習で見せた球以上のノビとキレで、ボール球からストライクゾーンへと急浮上。

 

 

 

ズバンッ!

 

 

 

結局、詩歌はバットを振る事もできずに、見逃した。

 

その驚いた表情に、『メイド仮面』の胸に喜びが広がる。

 

 

 

「ふふ……だけど、この程度で満足してもらっては困る」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

復活した白井黒子と共に次の回に備えて、グラウンドの隅に用意されたブルペンでキャッチボールをしていた御坂美琴が横目でグラウンドの様子を窺う。

 

 

(凄い球ね。自分の能力を巧く使っているんでしょうね)

 

 

でも、心配はしていない。

 

どんな球であろうと、美琴のよく知る上条詩歌は適応力と分析力が特に天才的、攻略法を見つけ出すのは得意中の得意。

 

あの『キャプテンファルコン』のマサカリ投法を真っ先に攻略し、次の打席では徹底的に何度もカットし、ついには粘り勝ちした、この『TKD14』の中で最も相手にしたくない打者であろう。

 

あの『メイド仮面』の球は確かに凄いけれど、あの超重剛球や分裂魔球と比べれば、さほど脅威とは思えない。

 

何度か詩歌と陽菜の喧嘩――野球勝負に付き合った事があるが、あの『豪火球』を投げる陽菜に詩歌は一度も三振した事がない。

 

きっと次にはバットに当てるだろう。

 

 

「お姉様? どうなされたのですか?」

 

 

「あ、ごめん黒子。じゃあ、そろそろいくわよ」

 

 

そして、美琴は投球モーションに入り、球を黒子の構えるミットを目掛けて、

 

 

 

ズバンッ!

 

 

 

「ストライク!」

 

 

 

「え……」

 

 

同時に聞こえたミットの音。

 

続くのはバットの快音ではなく、審判の声。

 

見れば、バッターボックスで上条詩歌が尻餅をついていた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

後がなくなったツーストライク。

 

『メイド仮面』はすぐにテンポ良く第3球を投げ―――詩歌はタイミングが全く合っていない。

 

いきなり三球三振か―――

 

 

「ボールッ」

 

 

審判がボールを宣告。

 

詩歌が腰砕けになりながらも、ギリギリの所でボール球を見切り、バットを止めた。

 

キャッチャー『バッファローマン』のミットの位置を見る限り、今のはストライクを取ろうとしたらしいが、ボール一個分だけ外れていた。

 

 

「タイムお願いします」

 

 

首の皮一枚残った、と一端打席を外れて深呼吸し、頭のスーパーコンピューターを全開で働かせる。

 

これなら先程の『キャプテンファルコン』の方が攻略しやすかった。

 

 

(厄介なくらいに器用です。まさか、モーションがスローになるなんて……)

 

 

そう、ピッチャー『メイド仮面』の2倍速で回っていたはずの風車のスピードが途中で遅くなったのだ。

 

しかも、ボークに近い反則スレスレにまで。

 

バッターにとって打ちにくい球に最も必要なのは球速でも変化でも制球でもなくタイミングを外す事だ。

 

<暴風車軸>は遠心力を倍増、または“半減”できる。

 

ウィンドミルの途中で加速、減速を細かく刻み、リズムが崩れた所を、その驚異的な洞察力から見定め、ボールが放りこまれる。

 

 

(リズムが合わないというならば………)

 

 

「ありがとうございました」

 

 

一礼し、打席に入る。

 

そして、最初からフラミンゴのように一本足で構える。

 

 

(ほう、そう来るか……)

 

 

モーションの緩急でタイミングを惑わす<暴風車軸>に対し、詩歌が取ったのは足を高く上げ、タイミング取り易くする打法――一本足。

 

もし手元に来るまで揺るがず一本足で待てるならば、どんな球種にもタイミングを合わせられる。

 

ただ、その為にはボールが来るまで一本足の状態で微動だにせずに保たなければならないが、詩歌にはそれだけの強靭な足腰と重心を偽装するだけのボディバランスを持っている。

 

 

「しかし、その程度で攻略できる私ではない!」

 

 

最初は遅く…――速く! ――遅――速く!! と円弧を描く。

 

詩歌はその変速のモーションに釣られる事なく、姿勢を不動のまま、ボールが指先から放たれた瞬間に―――

 

 

 

ふわり、と。

 

 

 

<暴風車軸>は自分の身体が生み出す遠心力に作用する。

 

ウィンドミルのモーションだけでなく、リリース直前の球の回転数まで自在に変更可能で、何種類ものストレートを投げ分けられる。

 

先程までの急激にホップするボールではなく、ハーフにし、手元でオジギするチェンジアップ。

 

モーションは最後に加速したが、ボールは遅いとあべこべ。

 

モーションの緩急だけでなく、ボールの緩急にタイミングを外され、詩歌の上げた右脚が地面に―――

 

 

(良し、これで仕留め―――な!?)

 

 

―――着くかと思いきや、真横に伸ばされ、堪えた。

 

まるでフィギュアスケートのY字バランスのように。

 

 

「ふ―――」

 

 

全くフォームの芯を崩す事なく、タイミングを外された後に再修正。

 

驚くべきバランスからなされた突然変異染みた変則的な二段一本足で、緩急を狂わすウィンドミルにも適応し、『メイド仮面』との駆け引きを制した。

 

 

 

カキィンッ!

 

 

 

打球は『メイド仮面』の仮面すれすれを通る真正面のピッチャー返しはそのまま外野へ突き抜け―――しかし、そこに『壁』がいた。

 

 

(え―――)

 

 

その者は、球が放たれたと同時に動いた。

 

誰もが三振するだろうと予想する中、唯一、打つだろうと“確信”していた。

 

 

 

パァンッ!

 

 

 

「残念だが、ここは通さねぇ……!!」

 

 

3番上条詩歌、ショートライナーでアウト。

 

ヒットになるはずだった打球を『イ・マジンガーX』に好捕。

 

ファインプレイに助けられ、流れも断ち切られ、続く4番セブンス、5番出雲伽夜を『メイド仮面』を打ち取った。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

5回、最終回表。

 

ここで『愚蓮羅岩』打線を1点以内に抑えれば『TKD14バスターズ』の勝ちだ。

 

そこで、3番から続くクリーンナップを抑える為に出てきたのはやはり………

 

 

「………美琴さん、準備は万全ですか?」

 

「ええ、黒子に付き合ってもらってばっちりですよ、詩歌さん」

 

「それは頼もしいですね。……できれば、援護しておきたかったんですけど」

 

「何言っているんですか。詩歌さんらしくないですよ。私がここできっちり3人で抑えてみせます」

 

「ふふふ、本当に頼もしいですね。……うん、来年からは3年(私達)がいなくてもやって行けそうですね」

 

「……、」

 

「そんな顔をしないでください。喜ぶべき事なんですから、笑ってください。そして、この試合、悔いの残らぬよう全力を尽くしましょう」

 

「詩歌さん……」

 

「……ただ、美琴さんがまさか男の人を裸にしようとしたのが、不安に」

 

「詩歌さんッ!! 違いますッ!! あれはあの馬鹿が勝手に暴走した事であって………」

 

 

 

 

 

 

 

サード美琴→サードセブンス。

 

ピッチャー陽菜→ピッチャー美琴。

 

守備交代し、義姉妹バッテリーがその半分以上が説得を占めたサインの確認を終えて、プレイボール。

 

クローザーに学園都市でも有名なLevel5でもある電撃姫――<超電磁砲>の登場に、球場に全体が息を呑み、底に興奮が渦巻いていく。

 

 

「よろしく、お願いします」

 

 

3番『ミス・ドラゴン』。

 

常盤台学生寮最恐で、彼女達の身近な大人でもある寮監と同等の鋭さを持つ薄氷の如き視線でマウンドを刺す。

 

まだ彼らは試合を諦めておらず、逆転を狙う。

 

 

 

(外すなんて考えない。私はただ詩歌さんのミットに全力で投げ込む―――)

 

(―――さあ、最後にド派手な花火をあげて。度肝を抜いてやりましょう)

 

 

 

長年バッテリーを組んでいたかのように目で会話し、ピッチャー美琴、頷き、始動。

 

足を腰の位置にまで上げて大きく振りかぶり、そこから流れるように滑らかに体が沈む。

 

グローブを抱え、弓のように腕をしならせながら、地面すれすれから投じられるアンダースロー。

 

その発射点から、キャッチャーミットまでには一本のラインが通っており、電撃を纏わせ、磁力を帯びたボールは一直線に飛んだ。

 

 

 

ズザザザザ!! と地を這い、砂塵嵐(サンドストーム)を起こし―――

 

 

 

「ッ!?」

 

 

 

ズ パ ン ッ !!!

 

 

 

―――4回と同様に完全武装したキャッチャー詩歌のミットに寸分の狂いもなく吸い込まれていった。

 

固い絆で結ばれた義姉妹2人の<超電磁砲>から繰り出される『超電磁球(ライジングショット)

 

目にも止まらぬ球ではなく、目にも映らぬ豪速球。

 

 

(速い!? 威圧は1段劣るようですが、先のお嬢よりも1段速い! それにしても、よく捕れるものです……)

 

 

キャッチャーを、衝撃で大きく見開かれた目で見る。

 

いくら防具を着込もうが、能力者の、婚后光子、鬼塚陽菜、そして、御坂美琴の球を、1球でも捕球に失敗したら下手をすれば大怪我を負うようなものを平然とした顔で見事に完全捕球している。

 

きっとピッチャー達にとって、全力投球できるのは、彼女へのとてつもない信頼感があってこそだろうし、また彼女も信じているのだ。

 

やはり、彼女達の力と、彼女のそのリーダーシップは認めざるを得ない。

 

続けて第2球、第3球……と美琴は詩歌のミット目がけてボールを投げ込み、『ミス・ドラゴン』はバットを振るうも、振った時には既にボールはミットの中に。

 

3番『ミス・ドラゴン』三振、まずこれでワンアウト。

 

 

(お嬢が降板したっすけど……Level5これがこの街の頂点に立つもの……)

 

 

さらなる美琴の投球に4番『バッファローマン』は凍りつく。

 

キャッチャーミットに必中すると分かっていても、なりふり構わずバットを短く持ってどうにか当てようとしても、振り遅れてしまう。

 

こんな球、『キャプテンファルコン』のような目でもなければ打てはしない。

 

最後は、『空力飛球』と同様に、バントしたが、結局高々と打ち上げてしまいキャッチャー詩歌の真上に。

 

それを凹んだ金属バットを片手に巨漢は何も言わず、審判がコールをあげる前にベンチへと戻る。

 

これで、ツーアウト。

 

後1人でゲームセット、そして、その後1人は………『イ・マジンガーX』。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

(ホント、どーしてまあこういう場面に現れるのかしらね、アンタは)

 

 

ピッチャー美琴は半ば呆れたような目で右打席に入る『イ・マジンガーX』を見る。

 

そういう運命だが何だかは信じていないけれど、どうもこの男は大ピンチ逆境の時にやってきて、

 

 

『きっとあいつなら何とかしてくれる』

 

 

と、不思議と思わせるような奴なのだ。

 

普段は駄目駄目なくせに、いや、今も正直言って普段以上に駄目駄目な気がするが、それでも、信じてしまえる。

 

しかし、それでも負ける訳にはいかないし、何よりこっちにも頼もしい―――と、

 

 

「プレイ!」

 

 

審判が声をあげる。

 

それを聞いて、ピッチャー美琴は一回深呼吸をすると、キャッチャーのサインを………

 

 

 

…………………

 

……………

 

………

 

 

 

 

(あ、あれ?)

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「タイム、お願いします」

 

 

と、美琴がプレートを外すと、詩歌がマウンドへ駆け寄る。

 

 

「詩歌さん、どうしたんですか? 中々サインが決まらないようなんですけど……」

 

 

あれから数分、先程まで数秒でテンポ良くサインを出していたキャッチャー詩歌は、答えの出ない数式に挑むかのように長考に入り、固まってしまったのだ。

 

これに、まさか捕球で怪我を……なんて、美琴は心配したが、

 

 

「すみません。……原因は分からないんですが、どうもあの『イ・マジンガーX』にだけは私のリードが通用しない気がするんです。あ、決して美琴さんに問題がある訳じゃないんですけどね」

 

 

私に問題がある、と珍しく歯切れ悪い回答。

 

鬼塚陽菜のボールも、婚后光子のボールも、詩歌のリードを読まれたかのように打たれた。

 

それだけでなく、初回の守備も超剛重球を打ったのに、危うく、アウトにされかけたし、先の回も、抜けた、と思ったらそこに待ち構えられていた。

 

あれは、『壁』。

 

上条詩歌にとって、あの男は『壁』なのだ。

 

その進む道を阻む『壁』であり―――彼女を災いから守護してくれる『壁』。

 

2点差のリードで、あと1つのアウトで勝てる試合。

 

しかし、ここで1点でも入れられ、もし詩歌を指名されれば、残りライフは0になり、完全に水着姿に。

 

そうなれば、事前に教員達から、お嬢様の風紀的にそれは許容できないのでベンチに下がるように、とお達しが来ている。

 

つまり、詩歌はベンチに下がざるを得ない――『TKD14』から核が消える。

 

美琴達が全力でボールを投げ込めるのも、彼女があってのことだし、打線の中心でもある詩歌を失えば戦力は半減する。

 

故に1点も失えない。

 

だから、慎重にならなければ。

 

この『キャプテンファルコン』と同様に、事実上未攻略の打者で、試合の流れを左右するムードメーカーを………

 

 

「……ここは、美琴さんがサインを出してくれませんか?」

 

 

「え……」

 

 

美琴は驚く―――もやっぱりそうなの、と納得する。

 

この姉にとって、アイツは、自分にとっての彼女と同じようなものなのだろう。

 

だから………なのだ。

 

そして、詩歌はチーム全体の勝利のために、他人のはとにかく、私情で動くような性質ではない。

 

 

「わかりました。なら――――」

 

 

しかし、それでも私は、皆の事を支えてくれる彼女に、その背中を見ている皆のためにも、その『壁』に勝負してほしい。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

あの後、ベンチ裏に引っ込んだバッテリーが出てくると装備が入れ替わっていた。

 

 

「じゃあ、私がキャッチャーやりますので、リードは全部全力投球でお任せします」

 

 

プロテクターを装備したキャッチャー美琴はそう言うとすたすたとホームベースへ。

 

観客に相手チーム、チームメイト達もそれに驚いているようだが、美琴はそれを見ると大声で、

 

 

「さあ、皆! 後1人! しまっていくわよーっ!!」

 

 

それだけで何かを察した守備陣は、何も異論は出さずに自分の位置に付く。

 

ピッチャー詩歌は、ふぅ、とそれらの様子、幼馴染の妹分の背中を見ると表情を引き締めて、マウンドへ向かう。

 

 

(全く……こうなったら、ちょっとだけわがままに、皆に甘えてみます)

 

 

プレート上の砂を払い、皆の球を受け止めてきたキャッチャーミットではなく、両利き用のグローブを右手に嵌める

 

 

「……」

 

 

無言でその様子を見ている『イ・マジンガーX』。

 

ピッチャーが詩歌に代わり、より彼の気が昂っているのが感じられる。

 

それにキャッチャー美琴はマスクを被りながら、ただ一言だけ。

 

 

「……打つの?」

 

 

「ああ、打つ」

 

 

迷いのない返答。

 

本当にその格好なのが残念なくらいに、真剣な表情だ。

 

どうして、コイツが自分達と……妹と戦うのかは分からないけれど、彼にも何か理由があるのだろう。

 

 

(とにかく、私は私がやる事を全力でやるだけ)

 

 

詩歌と陽菜の喧嘩勝負に付き合いキャッチャーの経験はある美琴。

 

それでもリードできるほどでもなく、この勝負に自分のリードは必要ない。

 

ただ、全力で球を受け止める。

 

まだその背中しか見えないだろうけど、それでもその背中を押す事はできるのだ。

 

 

「さて……」

 

 

軽く投球練習を終え、ピッチャー詩歌はその縫い目を数えるようにボールの感触を確かめる。

 

上条詩歌は何であれ、一度学習したものは、かなりの精度で模倣するだけでなく、自己流にアレンジし、己のものにする事ができる。

 

 

「プレイ!」

 

 

審判の声が上がり、始動。

 

いつの間にグラウンドは静寂に包まれ、2人の勝負が始まる。

 

第1球。

 

斜め45度に腕が伸びるスリークォーターからボールはバッターの反対側、無人の左打席―――からパンッ! と弾かれた。

 

<発火能力>からの爆発と熱気から<空力使い>の『噴出点』の再現。

 

鬼塚陽菜との野球勝負によく使う手で、『空力飛球』の原型ともなった『爆力飛球』。

 

針の穴を通すような制球力と、Level5以上の能力の制御力。

 

そのままボールになるかと思われた球は、アウトロー――ホームベースの角を舐めるような絶妙なコースで―――

 

 

キィン!

 

 

バットの音が響く。

 

 

「ファウル」

 

 

腕を伸ばしながら打ち払い、一塁側のフェンスに直撃して、跳ね返った。

 

あの『空力飛球』を捉えた『イ・マジンガーX』だ……タイミングが合っている。

 

第2球。

 

ピッチャー詩歌の柔軟な身体がフルトルネード投法よりさらに螺旋巻き、力を一点へと溜め、緋桜が舞う中、一本背負いのように腕を振り下ろす。

 

『火炎旋風』。

 

鬼塚陽菜の球威、球速、ノビキレ申し分無しの破壊力抜群のジャイロボール。

 

 

「ふ―――」

 

 

『イ・マジンガーX』のバットが動く。

 

 

キィン!

 

 

“ジャストタイミング”のスイングが、ボールの下を擦って、バックネットに突き刺さるファウルになった。

 

初回、鬼塚陽菜の剛速球を打ち砕いたのだが、速球が得意なのだろうか。

 

何にせよ、これでツーストライクまで追い込んだ。

 

第3球。

 

ピッチャー詩歌の健脚がその大マサカリ投法よりもさらに急角180度、バレリーナのように天を突き、ボールを万力の握力で押し潰すように握る。

 

 

(何!? あれは儂の!?)

 

 

『分蜃魔球』。

 

『キャプテンファルコン』の高速で無数に分裂するように不規則に変化するナックルボール。

 

それをさらに蜃気楼の力場までも作り出し、視覚的に球の数は倍増に―――

 

 

カキィン!!

 

 

“迷いのない”一振りはボールはサードを超えて、レフト左へ転がり、ファール。

 

……また、タイミングが段々と合ってきている。

 

 

(コイツ、詩歌さんの球を簡単に)

 

 

第4球。

 

ピッチャー詩歌の健脚が再び高々とあがり、十分に力を溜め、全体重を一点に込める『超剛重球』―――と思いきや、そのまま投げた。

 

 

(まさか、あれは―――!?)

 

 

『背面投げ』。

 

『メイド仮面』の変速モーションの詩歌なりのアレンジだろう。

 

背中を見せ、腕を大きく後ろに振り、その反動で球を投げる。

 

投げ方が投げ方なので球に力を込められないが、相手の意表は付け、タイミングを狂わせる。

 

キャッチャー美琴のミットをほぼ見ていないのに、その球はふわり、とストライク―――

 

 

「―――ぶち殺す!!」

 

 

その眼光を目にして、キャッチャー美琴は背筋が竦んだ。

 

そこには、バットを深く構え、タイミングを“惑わされず”に待ち構えている―――

 

 

 

グワキィィンッ!!!

 

 

 

―――ボールを彼方へと運ぶ。

 

 

「ッ!?」

 

 

けど、引っ張り過ぎたのか、スタンドに入ったもののポールから逸れて、ファール。

 

 

(嘘……ここまで1球も届いてない)

 

 

制球、球速、球威、変化、タイミング―――その全てを労し、全てが違う球なのに打ち取る事はできず、一度もボールがキャッチャー美琴の元に届いてすらいない。

 

リズムが狂えばスローボールを打てないというのならば、逆にリズムさえ合えばどのような球でも打てるのではないのか?

 

この男は、詩歌がリードしているというだけで相手ピッチャーの球とリズムを合わせられた。

 

今になって、詩歌の言う危機感が分かったような気がする。

 

そして、リードを任せた事を安堵する。

 

まさに、竜王の如き威圧感を放つこの男に、自分はストライクゾーンにボールを要求する事などできない。

 

 

(ダメダメ逃げちゃ! 私が遠慮させないように強気に詩歌さんを押さないと!)

 

 

けど、詩歌は笑っていた。

 

わがままを許容してくれたみんなに、背中を押す妹分に、そして、この勝負に感謝するように。

 

美琴はそれを見てミットを構える―――ど真ん中に。

 

そして、上条詩歌は右手にはめた両利き用のグローブを左手にはめる。

 

『爆力飛球』、『火炎旋風』、『分蜃魔球』、『背面投げ』、と色々策を労したが、やはりここは自分の最も得意球で行こう。

 

 

(行きます。―――さん)

 

 

名を呟き、ボールに魂を込める。

 

キャッチャーミットは、動かない。

 

そうして、奇を衒う事のない基本に沿った綺麗なオーバースローから、この試合に終止符を打つ最後の第5球がその右手から放たれた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

その一球を球場の誰もが見ていた。

 

御坂美琴も、白井黒子も、音無結衣も、緑花四葉も、出雲朝賀も、出雲伽夜も、ディスティニー=セブンスも、里見八重も、九条葵も、婚后光子も、近江苦無も、食蜂操祈も、鬼塚陽菜も、『キャプテンファルコン』も、『鳩ぽっぽ』も、『ミス・ドラゴン』も、『バッファローマン』も、『タイガーマスク』も、『魔人アシュタロス』も、『メイド仮面』も、『セクシー・ベル』も、『ホワイトラビット』も、『ARISA』も―――そして、迎え撃つ『イ・マジンガーX』も。

 

 

 

上条詩歌が投じたのは、どこからどう見ても、縫い目の見えない、白いボールだった。

 

 

 

『イ・マジンガーX』――いや、上条当麻は踏み込んだ。

 

投じられた、白い輝きを見て、これこそが何の幻想(かざり)もない妹のボールだと感じ取った。

 

決して落ちる事のない、美しい回転のストレート。

 

ああ、綺麗だ。

 

打ちたい、ではなく、打つ、でもない、ただ隣で見ていたい。

 

その白球の行く末を、自分は見守りたい、と。

 

だけど、ただ見惚れている訳にはいかない。

 

踏み込み、スイングを始動させる。

 

 

 

(届け―――)

 

(―――打つ)

 

 

 

ボールはド真ん中。

 

真っ白で、美しいボール。

 

だが、愚兄は気付いた。

 

目に映るボールの大きさが、変わらない。

 

そう、一瞬、時が止まったかのように。

 

白い一球は、愚兄のスイングが緩やかに回ったその遙か上を通り過ぎて―――御坂美琴のミットに静かに収まった。

 

 

 

「ストライク! バッターアウト! ゲームセット!!」

 

 

 

詩歌が、緊張の糸が緩んだように、はぁっと大きく天井を見上げ溜息をつく。

 

美琴は勝利を祝して、ミットを掲げてマウンドへ走っていく。

 

他のチームメイトも一緒に駆け寄っていく。

 

当麻はそれを見つめながら、この試合、初めてしてやられ、三振したボールを思い返す。

 

 

 

……あの一球は、まるで……まるで、巣を飛び立ち、大空へ舞う鳳凰の羽のような一球だった。

 

 

 

つづく


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