とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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間章 戦前
閑話 鬼は内


閑話 鬼は内

 

 

 

とあるバー

 

 

 

学園都市第7学区の地下街の迷路のように入り組んだ先にある一角。

 

夕方4時から翌朝8時に営業の学生達り禁止の大人の社交場。

 

そこに、とある学生寮の管理人とその旧友がカウンター席に腰掛けながら酒を呑み交わしていた。

 

 

「あっはっはー! そうだったの! どうも調子が変だと思ったらアナタふられちゃったのねぇー! ご愁傷様」

 

 

「うるさい…それ以上、笑うと、首を捻り切るぞ」

 

 

ギロッ、と刺すような視線に思わず冷汗が……

 

彼女の得意技は首狩り。

 

今思えば若気の至りのようなもので、戦場を共に素手で渡り歩き、かつてそれで世界中の数え切れぬほど格闘家達を瞬殺してきた。

 

今はここで規則を違反した学生達に対して大活躍中であるらしい。

 

 

「やめなさい。アナタが言うと冗談にならないわ、それ」

 

 

「ふん。久々に再会したとはいえ酒の席で、酒癖の悪いお前に話したのが間違いだった」

 

 

アルコールが入ったからか、少し滑りやすくなってしまった自分の舌を恨むように渋面を作る。

 

トップクラスの女戦士も、生物学的にはやはり、女。

 

思ったよりも失恋のダメージが響いているらしい。

 

確か、もうすぐアラサーだったはずだし、行き遅れなダメージも……

 

 

「何か、失礼な事を考えてないか」

 

 

うん。

 

酒の席で気が乗っているのもある。

 

久しぶりに会って、こうも珍しく意気消沈している彼女をからかうのは面白かったが、これ以上は命懸けで死闘を繰り広げる危険性があるのでやめておこう。

 

とにかく、早く話題を変えよう。

 

 

「そういえば、面倒見てる子がいるらしいわね? 『弟子は取らない主義』じゃなかったの」

 

 

「そうだったが……結局は根負けだよ」

 

 

「へぇ……確か、その子って、お嬢様学校の生徒じゃなかったの? それなのに、アナタが折れるなんて、ねぇ…」

 

 

「ふ、私も最初はそう思ったさ。だがな――――」

 

 

『たとえ世界が敵にまわろうと自分の正義を貫くだけの力が欲しいんです』

 

 

その少女は、平穏だと思っていた世界が裏返ったように、突然、大切な人が『疫病神』だと蔑まれ、迫害され、そんな彼を少女は守る事ができなかった。

 

だから、如何なる時も決して揺らぐ事のない、“不幸”を打ち砕く為の少女自身の力と勇気が欲しかった。

 

そして、それは自分自身が、かつて力を求めた理由と同じだった。

 

 

「彼女は強い。才も、力もあるが、何より、その心が強い。彼女の師となり、弟子にもったおかげで初心に帰る事ができた。それに逆に教えられた事も多くある。そして、本当に強くなった。今ではもう体術に関してなら教える事はない」

 

 

その自慢の一番弟子について語る彼女の顔は滅多に浮かぶ事のない誇らしげな色が見え、そのことに興味がそそられる。

 

 

(なるほど、流石はお嬢のご学友。と、さて、そろそろ女将からの……)

 

 

「少し、聞きたい事があるんだけど………」

 

 

 

 

 

とある学生寮 当麻の部屋

 

 

 

ある休日、学生寮に通い妹の詩歌だけでなく、その後輩の美琴と、その悪友の陽菜がやってきた。

 

そして、常盤台の暴君で有名な陽菜がこう言った。

 

 

「女子力って何だろう」

 

 

「……」

 

 

「いかにも女の子っぽいとか、女の子らしくて魅力的とか……、そんな感じ?」

 

 

一応、台所には詩歌とインデックスと美琴もいるのだが、彼女達はとある<警備員>から譲り受けた最新鋭の試作品の電気調理器具の不具合の点検ついでに、お菓子作りをしており、そして、陽菜の視線は一直線に当麻へ向けられている。

 

 

「いや、男の俺に聞かれてもな」

 

 

「でもさ、ああいうのって男の子から見てどうなのか、ってパラメーターなんだと思うんだよね。草食系男子とか肉食系男子とかなんて、元は女の子からの評価なわけなんだし」

 

 

まあ、そう言われてみれば確かにそれは一理あるかもしれない。

 

 

「例えばの話だけどさ。当麻っちは美琴っちみたいなツンデレな猫系とインデックスっちみたいな素直な犬系だったら、どっちが女の子っぽいと思う?」

 

 

ピシャーン!! と。

 

雨雲1つないはずの室内に、雷鳴轟き稲妻が迸った――ような悪寒を察知した当麻。

 

見れば、ギロッ、とキッチンから当事者たちからの視線が肌に突き刺さるような強さで向けられていて、それは言外に『とうま(アンタ)。もし、短髪(シスター)を……』と語っている。

 

そして、唯一事を穏便に済ませられそうな妹に助けを求めようとすれば『どっちなんですか、当麻さん』と微笑みながらただならぬ眼光を発していらっしゃる。

 

これは危険だ。

 

どちらを回答しても命の危険があると判断した愚兄は、この緊迫とした空気の中でどうにか当たり障りのないコメントで切り抜けようと……

 

 

「ケ、ケーキが好きだとか、可愛いぬいぐるみを集めているとか、そう言うのが所謂女の子っぽいんじゃねーのか。一般的なイメージとして」

 

 

ヘタレ、とぼそりと聞こえてきたが気にしない。

 

男としてのプライドなど犬にでも食わせてしまえば良い。

 

 

「まあ、女の子っぽいって言うのは、要するにどれだけ男の子から離れているかっつうもんで、男の子にしても、自分とは正反対の存在にドキドキするモンなんでしょ。そうでなきゃ男友達同士で遊んでいればいい訳だし」

 

 

「言いたい事は分かるが、それで結局、女子力がどうしたんだ」

 

 

「最近、栄えある常盤台のお嬢様の私に対する態度にあまりに問題があるので、とあるくのいちから逃げ回っている知人Hを脅――じゃなく、お願いして意識調査を行ってみたんだけどね」

 

 

そう言って陽菜は、携帯を操作して、とある<スキルアウト>から送られてきたメールの文面を表示し、

 

 

「これを見てくれない」

 

 

 

<スキルアウト>100人に聞いてみました。

 

Q:鬼塚陽菜に女子力はあると思いますか?

 

 

大いにあります 0人

 

まあまああるんじゃね 2人

 

あまりない 7人

 

皆無(ゼロ)、というかマイナス|(注:回答者は実名表記) 0人

 

未回答・その他 91人

 

 

 

(なるほど、言いたくないけど、男として嘘を付けないから、回答拒否か……)

 

 

「私としては回答の『あまりない』の意外な多さに、何か意味が隠れていると思う訳なんだけどねぇ」

 

 

どう考えてもこの『未回答・その他』に真実が集約されている気がするが。

 

なんというか、<スキルアウト>の皆さんはある意味正直だと言うのは良く分かった。

 

あと、そのHさんにはご愁傷様だと言っておこう。

 

 

「それで、当麻っちはどう思う?」

 

 

「……、」

 

 

さて、ここで何と答えれば良いのだろうか。

 

この裏路地の界隈で『三巨頭』と呼ばれる不良を素手で打ちのめし、その名を聞くだけで震えあがらせる<赤鬼>で、そもそもこのアンケート回収も半分恐喝させてやらせた時点で、お嬢様どころか女の子すらも超越した組長(ドン)以外に答えはあり得ないのだが。

 

けれど、ここで下手な回答で、うっかり禁句を口にすれば、部屋が全焼する可能性がある。

 

 

(意識調査なら回答拒否もできたのに……不幸だ)

 

 

幾らデリカシーのない当麻でも命が関わるなら慎重にもなる。

 

時限爆弾を解体するように恐る恐る言葉を選びながら、

 

 

「いや、そう言われても……悩んでんのは分かるんだけどな。何でそれを俺に?」

 

 

「この問題に一番適任なのが当麻っち以外に思い付かなかったから。だって、ほらウチ

のご指名一番人気の詩歌っちの兄やってるしね。だから、当麻っちの意見を参考に今後の展望を見据えていこうと」

 

 

告白回数の事を言っているのだろうけど、その言い方だとホステスみたいで誤解を招きそうで嫌だし兄として訂正を求めたいが、とりあえず納得だ。

 

あのお嫁さんにしたい女子学生で第1位の妹は、身内から見ても贔屓目なしに、(怒ると怖い点を除いて)非の打ち所が無いほど最高水準の女子力の持ち主だ。

 

その兄をやっている当麻ならさぞかし女子力の審美眼は優れている事だろう、と思われても仕方ない。

 

まあ実際は腹ペコ居候やビリビリ後輩、巫女クラスメイト、健康マニアの委員長、ウエスタン侍、おばあちゃん思考のシスターなど、妹も含めて、ほとんどイロモノしか………

 

 

「はい、当麻さんに陽菜さん。共同制作の手作りケーキの完成ですよ~」

 

 

と、噂をすればなとやら台所からラズベリーやストロベリーなどをふんだんに盛り付けた、目にも鮮やかな色合いのフルーツケーキと紅茶をお盆に乗せて、詩歌が、その後ろに続いてインデックスと美琴も参上。

 

 

「ふふふ、今日は2人が手伝ってくれるのでちょっぴり張り切って作ってみました。どうですか当麻さん」

 

 

「おー、詩歌、こりゃスゲー。流石、女の子だな。御坂もインデックスもご苦労さん」

 

 

何もなかったテーブルも、まるでお嬢様御用達の喫茶店に出てきそうなお洒落なスイーツによって一気に華やいだ。

 

やはり、こう言う菓子作りは相当女子力のポイントになるのではないのだろうか。

 

 

「べ、別に! 今日は暇だったし、調理器具の調子を見るのを手伝って欲しいって詩歌さんに頼まれたからしょうがなく手伝っただけで、アンタの為にケーキを作りに来たわけじゃないからね! ……ま、でも、そっちのシスターはほとんどつまみ食いしかしてなかったみたいだけど」

 

 

「それは聞き捨てならないんだよ短髪! 私だって、最近しいかにお料理ならってて、お皿に盛り付けしたり、味見とかもきちんとできるようになってるんだよ」

 

 

何だか後ろで猫と犬がバチバチと青い火花が飛んでいる気がするけどスルーして、その合間にさりげなく四角いテーブルの当麻のいる窓側、愚兄のすぐ隣へ詩歌は陣取り、

 

 

「それで向こうでもお話が聞こえていましたが、陽菜さん。まずこれをどうぞ」

 

 

「お、ありがと、いただきまーす」

 

 

とん、と目の前の机に置かれたケーキの皿。

 

早速一緒に渡されたフォークを使わず手掴みで、大口で頬張る陽菜。

 

当麻も相伴にあずかり、一口食べ―――何故か他の3人が微妙な表情を浮かべているのが視界に入り、気付く。

 

言わねばならぬ事があると。

 

 

「……おい、早速だが1つ言う事がある」

 

 

「ん?」

 

 

もぐもぐと口を動かしながら小首を傾げる陽菜に、同じく微妙な顔で見つめながら言い難そうに、

 

 

「折角、アイツらが作ったケーキなのに。特に感動も無しに食べ始めるのは……」

 

 

そして、ルームメイトがバッサリと。

 

 

「女の子を意識しているなら、せめて、可愛いね、良くできてるね、とか褒めましょう。食器を使わず大口開けてかぶりつくなんて、行儀が悪過ぎですし、花より団子を通り越してワイルドです」

 

 

うんうん、とインデックスも美琴も頷いて賛成の意を示す。

 

 

「う、あ……た、確かに……いつもの監視の目が無い反動でつい、ね……」

 

 

流石に悪いと思ったかの苦笑いを浮かべる。

 

陽菜は何かをイメージするように目を伏せ、こほんと咳払いを1つ。

 

 

「ふふふ~♪ 可愛い可愛い可愛いよぉ~♪ 小っちゃくて~、食べるのがもったいないなくてお持ち帰りするくらい可愛いぃ~♪ でもこのままだとお腹と背中が裏返っちゃいそうだから食べちゃおうっと!」

 

 

今度はフォークを使って、パクリ。

 

 

「うん! ほっぺたが熔けちゃうほど美味しい♪」

 

 

駄目だ。

 

前が見れねぇ……

 

当麻は天井を仰ぎ、その頬に一筋の涙が伝う。

 

鬼の霍乱などちゃちなレベルではない。

 

その様は、知人の<スキルアウト>が見たら感激のあまり|(血反吐を吐いてのたうち回りながら)咽び泣くだろう。

 

というか、お腹と背中がくっつくじゃねーのかよ、お腹と背中が裏返ったらグロ過ぎる。

 

おかげで、ほっぺたが溶けちゃうも別の意味で聞こえて怖―――

 

 

「―――で、お嬢様をイメージしてみたんだけど、どう?」

 

 

と、そんなツッコミポイントをスルーして本人は堂々と批評を求める。

 

 

「言葉遣いがおかし過ぎます。ウチにそんな人はいませんし、講義で習ったのと全然違います」

 

 

と、美琴の弁。

 

 

「なんか最後の聞き方がもう雰囲気的にオジサンっぽいんだよ」

 

 

と、インデックスの弁。

 

 

「不自然過ぎて演技してるのがバレバレだぞ。と言うか、そのぎこちない笑みはなんだよ。何か企んでいそうなあくどい感じがして気味が悪いぞ」

 

 

もし、ここに彼女の知り合いの<スキルアウト>がいれば、常盤台中学出身のお嬢様の産地偽装疑惑から産地偽装確定に変わっているだろう。

 

 

「あちゃー、詩歌っちのように笑ってみたんだけど駄目だったみたいだねぇ。こりゃ、お手本の選択をミスったか?」

 

 

「名誉棄損で訴えても良いんですよ♪」

 

 

ごごごごごごごごごごご………

 

 

と、まあ、|(当麻の視界の端で隣にいる妹が恐ろ可愛い笑みを浮かべているのをスルーしないで欲しいが)、もう肌に合わないと諦めたのか、グサッとフォークをぶっ刺し、ガブリと残りのケーキを丸のみにして、あっという間に胃の中に収めてしまう。

 

そして、ちっちっち、と指を振るように偉そうにフォークを揺らしながら、

 

 

「別に食べ物だけが女子力の全てではないと思うしねー」

 

 

「まあ、それを言っちゃあそれまでなんだが、実際問題、お前はそれ以外の部分にも問題があるだろ」

 

 

「ふふん、甘く見るなよ。この鬼塚陽菜、昔は母さん達のエリート教育を受けて、お裁縫はもちろん、礼儀作法も完璧、炊事洗濯火器親父を身に付けたザ・大和撫子なんだよ」

 

 

火器はNGだと思うが、このお家柄上必要なのかもしれない。

 

しかし、親父は撫子的に完全にOUTだ。

 

 

「まあ、講義で見る限り、一応、基本だけは身についているようですけど、普段からやるかやらないかは別問題ですしね」

 

 

「結局、駄目なんじゃねーか」

 

 

と、当麻が呆れ果てて、ケーキをもう一口パクリとした時、

 

 

「ええ、全くその通りですよ、お嬢」

 

 

ガチャとドアが開いて、見知らぬ女性が入ってきた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

紺のスーツをカチッと着込み、栗色の髪をアップにして後ろで纏めている。

 

背筋も杓子定規を入れているように真っ直ぐで、漂うオーラは並大抵の風格ではない。

 

出来る美人大学生と言った所だ。

 

 

「失礼。こちらから聞き捨てならぬ発言が聞こえて、つい勝手ながら戸を開けてしまったのですが、部屋へ上がらせてもらってもよろしいでしょうか?」

 

 

「ええ、どうぞ」

 

 

詩歌が許可するとその女性は綺麗に一礼すると、靴を脱ぎ、部屋へ入る。

 

 

 

―――強い、と。

 

 

 

彼女に害意がない事は分かっているが、それでも当麻は反射的に身構えてしまう。

 

自然体で振る舞っているにも拘らず、緩やかな足さばきと隙のない立ち姿。

 

何時如何なる時にでも臨戦態勢を取れるようにという心構えから来るものだろう。

 

全身が想像を絶する修練で練り上げられているも、ポテンシャルは巧妙に隠されている。

 

 

「生活態度が大変よろしくないと学校側からご指摘されていましたが……弛んでいるようですね。女将が嘆いておりましたよ」

 

 

綺麗だけれど近づきたくない。

 

そんな凍てつく吹雪のようなオーラを周囲に発散させており、お茶をしていたインデックスや美琴も固まってしまう。

 

 

「うげ……月姫(かぐや)、さん。まさか、ここまで嗅ぎつけてくるとは……」

 

 

玄関側、当麻の対面で呆然と呟く陽菜の様子を見れば、知り合いだと言うのが分かる。

 

陽菜は慌てて熱い紅茶を一気に流し込んでケーキを呑み込むと、窓から飛び出そうとするが、生憎まだテーブルには他の4人のケーキと紅茶があり、回り込む先には食事中のインデックスと美琴がいて……

 

 

「当麻さん、ベランダは絶対死守です」

 

 

「くっ、詩歌っちめ。迷いなく親友の逃げ道を封じようとするとは、なんて薄情過ぎる奴だよ」

 

 

先程の下手なものまねで機嫌を損ねているのか詩歌は何も言わずににっこりと微笑み|(どことなく黒い気がしたが当麻は何も見なかった事にした)、当麻は返事もせずにすぐにべランドの前へ。

 

いやでも、そもそもここ7階だというのに、飛びだそうとした事についておかしいと考えるべきだと常識人の当麻さんは思うのだが。

 

それほどまでに逃げたい相手なのか?

 

 

「お嬢。締め直してあげます。覚悟は……いいですね」

 

 

「イヤだ! 私はフリーダムに生きるんだ!」

 

 

陽菜は降参せず男らしく正面突破を敢行。

 

おい、女子力はどこいった、とツッコミたくなるが―――その前に。

 

 

 

ズタァンッ―――!!

 

 

 

突如響き渡る衝撃音。

 

牽制でいれた陽菜のジャブは速かった。

 

当麻の目にも、純粋にそれはわかった。

 

だが、彼女のさばきはさらに速かった。

 

拳の先を掌で受け、その肘の内側を掌底で打つように掴み、一気に180度、胸に肘を添えながら上体を捻り込む、全身を使って陽菜の背中を床に叩きつけた。

 

 

(っ……)

 

 

これはまるで当麻が詩歌との稽古でやられているのと同じ再現映像みたいだ。

 

だが恐らく、その詩歌と同格の陽菜すらも御する腕前は、<大覇星祭>で対峙したあの寮監と同等クラスなのかもしれない。

 

というか、一応、ここ自分の部屋なので暴れるのは遠慮してもらいたい。

 

当麻は心中で不幸だ、と呟く。

 

 

「―――まだ、まだっ!!」

 

 

床に叩きつけると同時に肘が鳩尾に突き立てるかなり凶悪な技をもろに喰らったが、流石は<赤鬼>。

 

咄嗟に打点をずらし、受け身を取ったのか、顔をしかめながらも、ぐるりと陸に揚げられた魚のように抗い外すと、スタートダッシュの体勢で起き上がる陽菜の予想外の反撃――かとおもいきや、

 

 

 

「逃がしません」

 

 

 

うつ伏せになった陽菜の左腕を掴み、左足を抱えて、背中に片膝を当てて、そのまま―――

 

 

  ボキボキ  グキグキ  バキバキ

 

 

「せ、背骨が折れ――「締め直すんです」――ッ!」

 

 

  グワァギィ!!

 

 

―――思い切り締めあげた。

 

 

「あれは、竜神流裏整体術48手の1つ、『弦月送り』!」

 

 

弦月とは、月が半円に輝く時、弓とそれに張った弦になぞらえたかのように見える――所謂、半月の事で、弓張や破月とも呼ばれる。

 

今の陽菜はまさにそれだ。

 

当麻にはその拷問関節技(ストレッチ)のような一族に伝わる整体術(ストレッチ)を体験しているから、今の陽菜の痛みが身に沁みて良く―――

 

 

(って、あれ? ということは……)

 

 

と、当麻が気付くと向こうも、

 

 

「おや、この裏整体術を知っているとは、ひょっとしてあなたは竜神家のものですか?」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「申し遅れました。私、『鬼塚組組長秘書』の竜神月姫と言います」

 

 

竜神家、上条兄妹の母、詩菜の実家である。

 

つまり、この竜神月姫さんは、当麻と詩歌と遠からずの血縁関係があるのだろう。

 

自分達と同年代の陽菜を出産時から世話してきたわりに大学生くらいの若々しい姿も、あの母と同じ竜神家のものだとするなら納得だ。

 

だけど、月姫は自分達に会いに来たわけではなく、こちらからも自己紹介をすると、ここへ来た理由を――後ろで伸びている鬼塚陽菜を捕まえに来た理由を話してくれた。

 

 

「………お嬢が、名門校へ進学したと聞いた時は、それはもう大騒ぎで、特に女将は感激のあまり涙を零すほどでした」

 

 

理由は『友達が行くから私もそこに行くよ~』なんてものだが、この陽菜が『5本の指』の常盤台中学に進学した事は、彼女の実家では大ニュースだったらしく、記念にお祭りを開いたくらいなのだそうだ。

 

そして、娘が絶対可憐な雛罌粟(ひなげし)のようにお嬢様をなる事を望んでいた彼女の母は、ようやくあのやんちゃ娘が女の子らしい女の子になってくれる―――と思っていたのだが、

 

 

「しかし、それは儚い夢のようでした。化粧や装飾品などにとあげた入学祝いは、大型バイクとその改造費へと消え去り、授業を受けているにも拘らずお淑やかになる事は無く、破天荒な所業の数々に、女将は別の意味で涙を零す事に……」

 

 

ああ、と当麻は思った。

 

常盤台中学は確かにお嬢様養成所と呼ばれてはいるが、実際には、いきなりドロップキックをかましてきたり、ニシキヘビを巻きつかせて来たり、このビリビリのように扱いの大変難しいイロモノ―――

 

 

「ねぇ、今すっごく失礼な考えてなかった?」

 

 

「いやいや当麻さんは決して男心を裏切られ傷つけられたなんて失礼な事は考えていません事よー」

 

 

「なーんか怪しいわね……」

 

 

バチッ、と美琴の前髪から火花が出るが大人の目を気にしてか保留にして矛を収めてくれた。

 

 

「………それで昨夜、師匠――私達の寮の管理人に話を聞くと、それは真実であったと」

 

 

「ええ、嘘であって欲しかったのですが、まさか『常盤台の暴君』と呼ばれていようとは……」

 

 

『常盤台の姫様』、『常盤台の女王』、『常盤台の聖母』と比べてなんて勇ましい、悪く言えば荒々しい、乙女の欠片もない『常盤台の暴君』。

 

大事な娘がそう呼ばれているなら母親として、かなりショックだ。

 

 

「組長と英虎は呑気に構えておりますが、<鬼塚>は本家直系の血筋により成り立つもの。このまま本当に暴君となってしまっては、一生婿殿が見つからず、組内で派閥闘争が起きかねません」

 

 

「ちょいちょいちょい待てーい! そんなに!? 私、そんなにやばかった!? そんな事ないよね!?」

 

 

がばっとあまりの発言に復活した陽菜。

 

 

「お嬢、大和撫子でしたら『やばい』などと言うヤクザ言葉は使うべきではありません。ただでさえ女性的成長が可哀想なのに……くっ、こうなったら、徹底的に再教育を!」

 

 

「いやいや~、こう見えても私はいろいろ努力してるんよ。大人になったらバインバインのスタイル抜群のお姉さんになってモテモテに……ね、皆さん?」

 

 

同意を求められるも、婿殿とか組について良く分からないけど……そのフラットな地平線については、と。

 

 

「え、何で視線を逸らすのさ、当麻っち!?」

 

 

「悪い……何も言えねぇ」

 

 

「ほら先輩はイケるって、ね、美琴っち?」

 

 

「すみません。私の口からはちょっと……」

 

 

「よ、よーし、インデックスっち。この後お好み焼きをご馳走しちゃうよん♪」

 

 

「ゴメン、ひな。何だか胸がいっぱいで今は何もいらないかも」

 

 

3・連・敗☆

 

ぐふっ、と先程の殺人関節技よりも深いダメージが陽菜の胸をぶち抜いた。

 

 

「よ、よぉ~くわかった! こうなったら私と女子力で勝負しやがれ!!」

 

 

 

 

 

虎屋

 

 

 

女子力とは何か?

 

何故姿勢や掃除、料理が大切なのかと言うと、これ即ち気遣う心。

 

自分の事を考えているようで、実は相手の目にどう映っているかを考える乙女心。

 

相手の目に自分と言う存在がどれだけ心地良く映し出せるかと言う、究極の思いやりの心。

 

 

「―――と言う訳で、簡単なレクチャーは終わりましたので、これから陽菜さんの女子力を見極めるためにお好み焼屋『虎屋』での接客による女子力勝負を始めたいと思います」

 

 

と、審査役の1人、上条詩歌が笑みを浮かべる。

 

『虎屋』を貸し切って行われる接客勝負|(今日はこの店の主人の東条英虎は体調不良で休んでいるらしい)で、勝者には金一封、さらに陽菜が勝てば、花嫁修業の再教育は免除、ただし負けたら大人しく月姫の下で女子力を磨く。

 

そして、鬼塚陽菜と対決するのは、

 

 

「……何で当麻さんが」

 

 

上条当麻。

 

2人とも貸し出された『虎屋』の和服に割烹着と言った制服に着替えている。

 

 

「ただの試験というより、しのぎを削り合う方が張り合い出ますからね」

 

 

なるほど……一理あるかもしれない、が。

 

 

「でも、これって女子力対決だろ? 当麻さんは男の子なんですけど」

 

 

「女子力の基本は第一に、家事力です。今の時代は男の子も家事力は必要ですよ」

 

 

お嬢様で主婦な超ハイスペックな賢妹。

 

 

「そうなんだよ。とうまもちゃんと美味しいご飯を作ってくれないと困るかも」

 

 

「詩歌はとにかくとして、インデックスも対決に加わった方がいいんじゃねーの?」

 

 

胸はいっぱいだったが、香ばしい匂いに今はお腹が空いている食べ専門のシスター。

 

 

「はいはい、男ならつべこべ言わずにとっととやんなさいよ」

 

 

「なあ、その言葉遣いはお淑やかなお嬢様としてありなのか、御坂」

 

 

家事力はあるのだろうが勝気で、自分への思いやりや尊敬の念を滅多に見せない後輩。

 

 

「お嬢のわがままに付き合わせて申し訳ありません。謝礼は払いますので」

 

 

「あ、いえお金は別に……」

 

 

暴力沙汰とはかけ離れたごくごく普通で真面目なOL秘書にしか見えないがヤる時はヤる鬼塚組の幹部さん。

 

以上、審査兼客には竜神月姫、上条詩歌、御坂美琴、インデックスの4名。

 

 

「はっはっはー、これで私が勝利すれば、男の子よりもこの巌の如き女子力があるって証明されるんよ」

 

 

「逆に負けたら、男子以下の女子力だと言われるけどいいのか?」

 

 

「ふ、ふふん、そう言っていられるのは今の内だよ」

 

 

少し動揺したようだが、良く見れば、姿勢が綺麗である。

 

武道をやっていたからでもあるのだろうが、過去に花嫁修業を受けていた陽菜は、特に何を意識する事なく背筋がしゃんと伸びている。

 

やはり、やる気になれば、それなりにできるのかもしれない。

 

 

(ま、こっちは負けても何も失うものは―――)

 

 

と、考えたのは甘かった。

 

そう、もう勝負は始まっているのだ。

 

 

「でも、これじゃあ当麻っちに緊張感が出なさそうだから……」

 

 

ごそごそと何やら取り出し、

 

 

「この日本昔話の『こぶとり爺さん』をモデルにした鬼塚家特製の兵糧丸、『鬼の(こぶ)』の試食ね」

 

 

「…………………兵糧丸?」

 

 

目の前に出されたのは、おにぎり大の何か。

 

たとえるなら、そう、何でもかんでもぶち込んでおからを握り固めた魚の練り餌のような物体。

 

 

「うん。『虎屋』の新たなる看板メニューとして私が直々に考案・監修したもので、今度、<屋台村>で売りに出そうかと考えている、一食で一日分の必要栄養素をほとんどまかなえるスーパーカロリーメイツだよ」

 

 

人差し指を立て、得意げになって話しているが、これ1つで1日分のカロリーを摂取できるのは女子的に残酷ではないだろうか。

 

いや、そんないちいち細かい所よりも追求しなければならない所がある、

 

 

「これの原材料は?」

 

 

「『鬼の泪』と並ぶ鬼塚家の秘伝レシピでね、ワラビにゼンマイ、マイタケ、シメジに、エノキダケ、熊肉、鹿肉、何かの肉……んー、後は諸事情により伏せさせてもらいます」

 

 

「そうかそれなら仕方ない……じゃなくて、その何かの肉も気になるんだが、その非常に気になる諸事情とやらを教えてくれ」

 

 

「お客様、申し訳ありませんが、これは18歳未満には大変刺激が強いものでして質問への解答はお断りさせてもらいます」

 

 

「規制が入っているってどんなものを入れてんだよ!!」

 

 

当麻は訴えるように審判団を見ると、向こうは向こうで鬼塚家の事情に詳しい月姫から『鬼の瘤』について審議の説明が、

 

 

『え、マジ……そんなものまで入ってんの。うわー、ご愁傷様』と絶句し、珍しく当麻を心配している美琴。

 

『うーん、私の知ってる兵糧丸とは全然違うんだよ。別モノかも』と食べ物の話なのに、食欲が失せた顔を浮かべているインデックス。

 

『なるほど。これは絶倫――いえ、大変滋養強壮に良さそうですね、メモメモ』と真剣にレシピについて―――

 

 

「って、詩歌さん!? 一体何を書いてらっしゃるのですか!? お兄ちゃん、これからの献立が気になってしょうがないでございますよ!」

 

 

「大丈夫です、当麻さん。どんな料理にもちゃんと愛情は籠めますから」

 

 

「籠めてくれるのは嬉しいが、愛情では隠しきれない限度もあるんだぞ!?」

 

 

「それに、まあ、命に別条があるものは入れていないようですし、これで公平性が保てるなら良いでしょう。うん、実際食べてみてのデータも欲しいですし」

 

 

「お兄ちゃんは実験動物!?」

 

 

「認めます」

 

 

「ちょっと待ってくれ、マイシスターッ!? お兄ちゃんの話は………」

 

 

愚兄は身振り手振りと全身を使って訴えたものの結局……

 

 

「認められちゃったわね……」

 

「しいか、本当に大丈夫?」

 

 

と、何やら不安を駆り立てる声がボソボソと聞こえる。

 

不幸だ……

 

まだ試合前なのに当麻は悲愴な顔を両手で覆う。

 

 

「おや? まさか、当麻っちって好き嫌いがあるほうだった?」

 

 

「いや、これは好き嫌いで済ませられるレベルじゃないだろ」

 

 

「大丈夫。全部化学調味料を一切含んでいない天然物だよ」

 

 

「天然物とかそう言う問題じゃなくてだな」

 

 

「女の子の手料理には男の子は泣いて喜ぶ所だよ」

 

 

「見た目的には動物の餌にしか見えないんだが」

 

 

「腹に収まれば、見た目なんか関係なく全部一緒だよ」

 

 

「……、」

 

 

さあ。

 

さあさあ、いつも通りの展開になってまいりました。

 

このままスルーしてしまえば、後で『不幸だああああぁぁっ!!』となるに違いない。

 

流石に危ない薬物は入っていないんだろうと信じてもいいが、罰ゲームに使っている時点でこの『鬼の瘤』は―――と、そこで気付く。

 

 

「……東条さんは許可出したのか?」

 

 

強面の見た目の割に気の良いこの『虎屋』の主人。

 

あの人は関係上、この暴君に甘いかもしれないが、常識的な飲食店の店主であるので、二重の意味でマズければきっと止めてくれる―――

 

 

「ん、東条ならこれを食べて寝込―――」

 

 

―――道半ばで倒れ込んでしまったようだ。

 

1日の栄養素を補えるのに、1日ダウンしたらカロリーメイツとして用を成さないのではないだろうか。

 

 

「良し、じゃあ勝負だ!」

 

 

「審判団! 今の発言聞いてましたか!? 当麻さんは再審を! 罰ゲームについて再審を要求します!!」

 

 

「面倒なので却下です。それほど嫌なら勝てばいいんです。勝てば」

 

 

「くそっ」

 

 

安易に勝負を受けた30分前の自分を叱ってやりたい。

 

 

「こうなったら上条当麻の底力を見せてやる!」

 

 

上条当麻と鬼塚陽菜の負けられない戦いが始まった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「それでは店内掃除から始めてください」

 

 

まずはお掃除。

 

店内を半分にして、どちらが丁寧に、そして早く綺麗にできるかを競い合う。

 

そして、終わった方から審査員兼客から好きな、自分に有利になる2人を次の客引きができる。

 

 

「とうま、張り切ってるね。それに何かスムーズでイイ感じかも」

 

 

「普段は私があらかたしていますが、当麻さんは家事が全くできない訳ですからね。むしろできる方ですよ」

 

 

その通り。

 

当麻はお隣さんのシスコン軍曹のように全く妹に任せっきりの兄ではなく、詩歌が来ない日は自分で自炊する主夫である。

 

 

「でも、やっぱり陽菜さんの方が早いわね。何だかんだで清掃活動や授業と言った学校行事は真面目にこなす人だから」

 

 

「ええ、筋は通すのは組長として当然です。今はズボラで気が抜いているようですが、家事については私と女将が仕込みましたから、やればできるのでしょう」

 

 

常盤台中学のマナー教育だけでなく、昔取った杵柄もあり、ましてやこの『虎屋』は彼女のホームグラウンドだ。

 

当麻よりも手際良く、隅々まで掃除を終わらせていく。

 

 

「でも、これは家事力ではなく、女子力を見るものです。もし本質を見誤れば、最後の最後で手痛い目に遭うでしょうね」

 

 

「お嬢……」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「これで終わり!」

 

 

掃除完了。

 

担当したエリアには自分が見る限りにはチリ1つ落ちていない。

 

向こうも頑張っているようだが、こっちと比べれば二馬身くらい遅れている。

 

それにこの『鬼の瘤』の未知なる味のプレッシャーで焦りも出始めて、若干仕事も荒い。

 

きっとこれで少なくても家事スキルは落ちていないと認められたはずだし、このままいけば勝てる。

 

 

(だが、私は勝負事には手を抜かない)

 

 

学校での講義だけでなく、あの実家で受けた花嫁修業まで受けるとなると精神的にキツ過ぎる。

 

あの鬼塚組大幹部の『辰』、通称<十二支>の委員長的存在で組長の左腕、竜神月姫は教育となれば一切手を抜かない、陽菜の父で歴代組長の中でも3本の指に入る『現鬼塚組組長』、自分以上に遊び人の鬼塚鳳仙にさえも仕事をさせるくらいに厳格だ。

 

そんな彼女がどうして父を放置して学園都市に来ているのかが疑問だが、もし再教育となれば色々と行動が制限されてしまう。

 

 

(故に、選ぶ審査員は美琴っちに、注文できる品も1人につき3品までだから、インデックスっち。詩歌っちと月姫さんは小姑のように細かな点を突かれそうだけど、この2人なら審査基準はかなり余裕。余程の事が無い限り、楽勝でイケる)

 

 

陽菜は一瞬ニヤリと勝利を確信するも、すぐにバイトで鍛えた接客用スマイルを装備し、

 

 

「お待たせしました~。御坂美琴様とインデックス様の2名様。こちらへどうぞ~」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

向こうのテーブルで陽菜が其々のメニューを焼き始めた頃、ようやく当麻は掃除が終わり、審査員兼客、詩歌と月姫を席へと招き入れ、メニューを渡す。

 

 

「では、このミックスと、あとビール――いえ、今は仕事中でした」

 

 

「えっと、ミックス単品でよろしいでしょうか?」

 

 

ええ、と首肯する仕草は、二十歳を超えているかどうかの女子大生にしか見えず、ちょっと年上のお姉さんにどぎまぎした当麻だが、月姫のまなざしは鋭く、まるでお忍びで支店へ視察に来た本店マネージャーのように様子を窺っている。

 

やはりこの人の前に付け焼き刃程度の似非店員の誤魔化しは通じず、ただでさえも後れを取っている当麻にはかなり不利だ。

 

かと言って、美琴やインデックスだと別方向で厳しくなりそうなのだが。

 

 

「私もミックスで。あと―――」

 

 

ゆたかな髪がやわらかな弧を描き、自分と同じ色のまなざしを合わせ、詩歌は穏やかな笑みと共に付け加えた。

 

 

「―――スマイルをお願いします♪」

 

 

「は、はあ……?」

 

 

妹からの突拍子もない注文に愚兄は目が点となる。

 

それに対し、にこにこ、と期待に満ち溢れる瞳でもう一度、

 

 

「スマイルをお願いします」

 

 

0円スマイル。

 

それは、『お客様は神様』の接客業では必須メニューであり、例え、身内が相手でも要求されたらお断りする事は許されない。

 

普段は兄と妹の関係だが、今は店員と客なのだ。

 

それにこの勝負は、女子力、つまり、思いやりを試す場だ。

 

まあ正直、自分のスマイルに価値なんてあるか分からないが、応えられる範囲内なら応えていこう。

 

と、当麻は詩歌の頬笑みに釣られるように自然に笑みを浮かべ、

 

 

「これでよろしいでしょうか?」

 

 

「はい、素敵です、当麻さん」

 

 

「そ、そうか……」

 

 

計算尽くではなく素直な気持ちからくる可愛さと本心からの賛辞に思わず素で応えてしまう。

 

わがままだけど、女の子らしく、見目麗しく、完璧であると分かってはいたが、ほんのり朱に染まり、一層魅力的に思える彼女の微笑みに、内側から擽られるような高揚感を覚える。

 

お前もな、詩歌、と当麻は口には出さないが内心でこっそりと呟いた。

 

で、

 

 

「折角ですから、マヨネーズでお好み焼きの上に名前を書いてもらいますか?」

 

 

「おう、ひらがなで『しいか』で良いか?」

 

 

で……

 

 

「ちょっとあふいです。ふーふー、してください」

 

 

「了解。すぐに冷ましてやっからな。あ、舌大丈夫か? 何なら水持ってくるが……」

 

 

…………………

 

 

そういえば、ここ最近、甘やかしてないなー、甘えてないなー、の反動があったのかデレるデレる。

 

『ああ、これが働く喜びなのか』、『お客様の笑顔は何よりの報酬』というような妙な実感や奉仕精神まで湧いて来る。

 

こう完璧な妹が素直に下手に出る優越感たるや、愚兄としては胸を打つものがあり、今の状況は当麻の理想とする兄像そのものである。

 

 

(ったく、詩歌はお兄ちゃんがいないとダメだなー)

 

 

そして、徐々に調子の乗って来て……

 

 

「ちょっと動くなよ。頬にソースが跳ねてるからな」

 

「ん、制服のリボンが左に1mmほど傾いて見えるな」

 

「それから、そのワイシャツのボタン、少しほつれてないか」

 

「後は特に変なところはないな……よしっ!」

 

 

と、今では良くできた給仕といえるのかは微妙だが、完璧な妹をしっかりフォローする兄として何も言わずとも積極的に思いやりと真心をこめて甲斐甲斐しく世話をしている。

 

 

「あ、その少し……恥ずかしい、です……お兄ちゃん」

 

 

その予想外の事態に、今では逆に詩歌の方が圧されているくらいである。

 

しかし、今の状態に酔っている当麻は、もう勝負の事など忘れており、その羞恥に照れて赤くなる妹に、可愛いなぁ、と微笑ましく、少し鼻血が出そうになる――――で、

 

 

 

「……兄妹だと分かってはいますが、人目を憚らずいちゃつくなんて、最近の若い者は……私が学生時代の時はもっと……」

 

 

 

ただならぬ重圧を放つ未だ独身のもうすぐアラサーの女幹部さんが。

 

 

 

「お客様。ブン殴り代行サービスがございますがいかがなさいますか?」

 

 

 

リア充は爆ぜろと拳骨を固める凶悪なお嬢様が。

 

 

 

「そこの変態シスコン野郎に1発お願いできますか」

 

 

 

ビリビリバチバチと火花を散らす後輩が。

 

 

 

「ひな、私の分も追加して欲しいんだよ」

 

 

 

ガッチンガッチンと歯を鳴らす修道女が。

 

 

 

「あ、れ……? 視線がとっても痛い……何だか皆さんお揃いに怖い顔を浮かべて、どうしたんでせう?」

 

 

 

鼻血は引き、一気に頭の血まで引くほどの強烈なプレッシャーに当麻はようやく頭が冷えた。

 

だが、今更、人前だと気付いても時すでに遅く。

 

その後、上条当麻の両頬に『こぶとり爺さん』のように大きな瘤ができたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「はい、ということで厳選なる審査の結果、家事力対決の勝者は鬼塚陽菜さんに決定しました」

 

 

「いぇい!」

 

 

勝利のVサインを高々と決める陽菜。

 

これで晴れて自由の身。

 

あとはそこでちょうどいい感じにKOされ、大きく開けている愚兄の口に『鬼の瘤』を捻り込んでやって、そして、

 

 

「はいこちらが勝者に贈られる金一封、50万円です、どうぞー」

 

 

この前、夏休みのバイト代を全て注ぎ込んで改造した大型バイクを1台破損させてしまったせいで、金欠になった陽菜にとって、なんという恵みだろうか。

 

がッツポーズをして、差し出された金一封を―――取ろうとした瞬間、

 

 

「おや?」

 

 

月姫が懐を探る。

 

あれ、ない、と首を傾げて、

 

 

「申し訳ありません。彼に渡すはずだった謝礼を紛失してしまったようです」

 

 

今日の女子力対決にわざわざ付き合ってくれた上条当麻へのお礼がない。

 

ああ、おそらく彼の不幸体質だろう、と陽菜は思う。

 

スーパーで安売り卵を買えば、帰った時には全割れしてたり、ATMにカードを入れたら飲み込まれるなど、アンラッキーな事態に巻き込まれやすい彼の事だ。

 

たぶん損失してしまった謝礼は見つからないだろうし、ご愁傷様、と言うしか、

 

 

「お嬢。このままでは流石に悪いですから、賞金50万を折半させてもらって」

 

 

ガシッ! と金一封を奪い取り、

 

ドンッ! と一気に爆破加速。

 

店前に爆音が響き渡り、置いてかれた者達は砂塵に呑まれる。

 

あっという間に昇りつめた雑居ビルの屋上から見下ろし、陽菜は、

 

 

「所詮、世の中は弱肉強食! 情けなど、いらぬっ……! 敗者に施しなどいらぬ!!」

 

 

世紀末系の非常に漢らしいことを叫んだ陽菜が、奪い取った金一封の封筒を開けて、

 

 

「よ~し、これから安いジャンクショップに行って新しい……あれ!?」

 

 

中に入っていたのは、お札―――と同じサイズの白紙の束で、1枚目には『残念でした』、と……

 

そして、砂煙が晴れた崖下には、竜神月姫が陽菜の持っている封筒と同じ、本物の金一封をひらひらと振っていた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「謀ったなっ!?」

 

 

「ええまあ、そちらはこんな事もあろうかと用意していた偽物(フェイク)ですよ、お嬢」

 

 

「何故そのような真似を!?」

 

 

月姫は気絶している当麻の代わりに詩歌に本日の謝礼としてその金一封を手渡し、本気で残念そうに溜息をつく。

 

その詩歌も、美琴も、インデックスもとても微妙な面持ちでこちらを見上げており、その視線には大変身に覚えが……

 

 

「お嬢。多少、家事ができるからなんて、それは当然の事です。女将が心配していたのは、ちゃんと思いやりのある女の子としてお嬢が育っているかどうかです。それなのに、最後の最後であのような真似を……何だかもう悲しくて悲しくて」

 

 

マジ泣きする女幹部さんの背中をさすりながら、詩歌が今回の趣旨について説明する。

 

 

「ふふふ、今までの家事力対決は、本当の女子力を見極めるに相応しい試験から気を逸らす為の余興で、私達が見ていたのは、今日わざわざ付き合ってくれた殿方――当麻さんにどれほど気遣いができるかです。なのに、陽菜さんがした事と言えば、罰ゲームで余計なプレッシャーを与えたり、自分第一で考えたり、とまあ勝負事でしたから仕方ないと見ていたんですが、最後のアレはぶっちぎりでアウトです。まさか一瞬たりとも躊躇いを見せなかったのは驚きです」

 

 

つまりは、どんな時でも少し躊躇うくらいでいいから思いやりの心を持つ事が重要であると。

 

詩歌の言葉に、インデックスと美琴も若干、苦い笑いを浮かべる。

 

 

「ですが、まあ、私は、陽菜さんは本当に困っていたら見過ごせない人だと信じていますし、ありのままでも十分に魅力的だと思いますけどね。女の子としてではなく、人としてですが」

 

 

こうして、『常盤台最強の暴君』鬼塚陽菜の女子力テストは残念ながら失格という結果に終わってしまった。

 

 

 

 

 

???

 

 

 

「カカカ、最後の最後でコケるとは陽菜のヤツもまだまだ小童だったか。まあ、儂だったら逃げるのではなく、喧嘩して奪い去っていたが」

 

 

第7学区全体を一睨できる一室で、和服に身を包んだ赤髪の男は笑う。

 

歳の頃は30代の半ばほど、口の周りに整えられた髭を生やし、筋肉質の肩幅の広さ、逞しく引き締まった胸板の厚さ、老いて益々背筋の伸びたようなその風格。

 

その剃刀のように鋭い視線に晒されれば、街の不良の三白眼のメンチなど尻尾を巻いた仔犬のうる目程度に成り下がってしまう。

 

だが、今の面白おかしく笑っている様子はただの気の良いおじさんのようで、彼は基本的に穏やかな気性の持ち主だ。

 

弱い犬ほど良く吠えると言うなら、強者こそ感情を制御する術に長けている。

 

そして、彼の近くにはただ立っているだけで威圧感を与えるプロレスラーのような大柄な巨体の男が控えている。

 

 

「大将。そんなに笑って、一体何を見ていたんですかい?」

 

 

ここは高層ビルで、双眼鏡も無しで見えるとすれば、米粒程度の人波くらいだ。

 

だが、この赤髪の男にはただ目を細めて、

 

 

「ヤンチャで可愛い愛娘だ。母さんとお竜は心配していたようだが、儂から見れば十分に女の子だと思うがね」

 

 

「そりゃあ大将からすれば、三船のクズでも悪ガキで済ませられるんでしょうが」

 

 

「それもそうだな。って、丑寅テメェ、ウチの娘が女子じゃねぇとでも言いてぇのか?」

 

 

「いえ、お嬢が可愛い娘だってのは大将の仰る通り。ですが、ちーとばっかしヤンチャ過ぎる気がしやせんかい。学校からもそう言われてたじゃないですか。トラさんまでも振り回されちまうくらいですから」

 

 

「カカカ、そりゃあ若いんだから仕方ねぇ。若い頃はちょっとやり過ぎるくらいがちょうどいいんだ」

 

 

そして、赤髪の男――『鬼塚組組長』鬼塚鳳仙は窓から視線を外す。

 

 

 

「さて、そろそろ挨拶回りといこうかい。『統括理事会』の“新入り”としてな。着いて来い、丑寅」

 

 

「うす」

 

 

 

鬼は内。

 

学園都市は当代最強の<鬼塚>を内へと呼び寄せた。

 

 

 

つづく


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