とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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時期的にまだ半年早いですが、第十章の記念に載せてみます。

楽しんでもらえたら幸いです。


閑話 大聖夜祭 サンタクロースリレー

閑話 大聖夜祭 サンタクロースリレー

 

 

 

特設会場

 

 

 

クリスマス・イブ。

 

魔術とは関係のない一般人にとってもこの重要な祝日であり、家族や大切な人との仲を深めたり、また、勇気を振り絞り新たなカップルが生まれる機会でもある。

 

と言う訳で、宗教とは関わりの少ないが、大半が学生の学園都市も、このイベントには賑々しく装いを変えている。

 

繁華街にはきらきらしたモールが吊り下がり、赤いサンタ服を着て、肩に大きな袋を担ぎ、ついでにお腹に詰め物までしたバイトがあちこちを走り回っている。

 

と、

 

 

 

キイイイイイィィィンン―――!

 

 

 

特設会場に仕掛けられたスピーカーから少し耳障りなハウリング音が飛び出し、

 

 

 

「……あーあー、テステス。あーあー、果ってしないぃー」

 

 

ハウリングが消えると同時、常盤台中学で最もお調子者の調子外れの声が響き渡る。

 

 

「うんうん、感度良好。という事で……会場の皆さん、元気かな? お祭り大好き! ホントは出たかったけど、今回のイベントの司会を任された鬼塚陽菜です! 夜露死苦ね!」

 

 

―――うおおおぉぉぉっっ!!

 

 

最高位の火炎系能力者の力か、それとも、本人の陽気な気質か、はたまた、全世界中から押し寄せてきた会場の熱気か。

 

吐く息が白くなり、木枯らしの身を切るような今年一番の寒さを吹き飛ばしている。

 

 

 

「では、夢とロマンを賭けた『大聖夜祭』を開催します」

 

 

 

『大聖夜祭』。

 

学園都市主催、十字教協力の科学と魔術の混沌な一大イベント。

 

知人、親友、恋人、仲間、家族、など最大1組4人までなら老若男女裏表誰でも参加OK。

 

そして……

 

 

 

 

 

「優勝者には、統括理事長、及びローマ教皇、そして、生徒代表から願い事を1つ叶えてもらえる権利を与えられますので、出場選手の皆さんは頑張ってねっ!」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

クリスマス・イブはのんびり過ごすと決めていた。

 

その日が近づくにつれ、どういう訳だがクラスメイトの男子から刺すような目で睨みつけられたり、教室の隅で女子同士が目配せしあったり、また、海外の知り合いからその日の予定を聞かれたり、と。

 

おそらく、当麻さんがクリスマスに恋人を作らず一人身で過ごすが決定し、その寂しさから、青髪ピアスが創設したクリスマス撲滅委員会の仲間入りするとでも思っているのだろう。

 

全く、そんな事するはずがない。

 

あの日々その魅力に磨きがかかり、けど、ものすっごい鈍感な妹が|(愚兄にだけは言われたくないが)、どこかの野郎と過ごすとなれば、委員会の仲間入りも吝かではないけど、詩歌は多方面からのお誘いを全てお断りしているので、この平々凡々たる一般市民は、ごくごく普通に家族と仲良くクリスマス・イブを過ごす……つもりだったのだ。

 

 

『優勝者には、統括理事長、及びローマ教皇、そして、生徒代表から願い事を1つ叶えてもらえる権利を与えられますので、出場選手の皆さんは頑張ってねっ!』

 

 

この了承した覚えのないイベントが起きなければだが。

 

これは『生徒代表』たるご本人さえも了承した覚えはないそうだ。

 

聞く所によると『友人が自分の写真を勝手に使って応募してアイドルになりました~』と同じように、

 

 

『おそらく、あのニート軍師が勝手に仕掛けてきたんでしょう。全くこっちからは“うっかり”招待状を送りませんでしたけど、自分から声を一言でも掛けてくれれば明日のクリスマスパーティの参加を認めてましたのに……フフ、フフフ』

 

 

だそうだ。

 

流石に恋人になって、または結婚してくださいは断られるだろうが|(強制だったとしてもこの手で絶対に握り潰すつもりだ)、『詩歌ちゃんと、夜のクリスマスデートをさせてください、お義兄さん』なんて、青髪ピアスみたいな野郎がこの街の最高権力者達とご本人にお願いすれば、叶えられるかもしれない……

 

これは、あくまで可能性の話だが、この万年不幸な当麻には気休めにならない。

 

それどころか、『上条詩歌、お前を俺の嫁にする』と兄である自分の前で堂々と宣言された経験が甦り、当麻は即座に行動を決めた。

 

然るに、愚兄が取るべき行動はただ1つ―――

 

 

「俺達でこの『大聖夜祭』を絶対に優勝する!」

 

 

 

 

 

 

 

パンッ!! と空砲が鳴り響いた瞬間、当麻は一気にスタートを切った。

 

7つの試験会場で合格者は1組と、何とも過酷な多くの参加者が振るい落される『大聖夜祭』の予選――『サンタクロースリレー』。

 

第1走者は計50kgもの重りが腹部に取り付けられたサンタ衣装を着込んで、500mを全力疾走し、梯子で10mもの高さの煙突を登る。

 

そして、建物内の下に降りるとゴールまで5mもの長さの暖炉の下を匍匐前進で進む。

 

それを能力・魔術の一切の使用を禁じた素の体力のみで行う。

 

まるで、軍隊の新兵訓練のような障害物ばかりだが、これは、あくまでサンタクロースに必要な体力が試される競争なのだ。

 

 

『おおーっと! 上条当麻選手! 血も涙もなく、この一戦に全てを掛けた、クリスマスは1人で過ごす寂しい独身男達の夢もロマンを根こそぎ狩り尽くす気満々です!! 流石、幻想殺し(フラグクラッシャー)!!』

 

 

体力と逃げ足は自信のある上条当麻は、スタートダッシュを決めてトップに躍り出て、50kgの負荷などどこ吹く風か、そのまま加速し一気に後続との距離をどんどん突き離す。

 

そして、一番に梯子に手を掛けると後ろから、

 

 

「貴様が旗を独占するから俺達にチャンスが巡ってこねーんだよおおおおぉぉーーっ!!」

 

「そうだそうだ! ちょっとで良いから分け前を寄越せええええぇぇぇーっ!」

 

「誰も幸せにならない虚しさだけが残る男友達だけのクリスマスはもう嫌だああああぁぁぁーっ!!」

 

「上条に鉄槌を! 俺らにクリスマスを! 可愛い女の子サンタとの出会いをおおおおぉぉーーっ!!」

 

「詩歌ちゃんを下さい、お義兄さん!」

 

 

「うるせぇ! 野郎共(テメェら)の幻想はぶち殺す!! 最後のヤツは後で物理的にもぶっ殺す!」

 

 

魂の絶叫から放たれる怨嗟の声を蹴散らし、罪人たちがその足を引っ張り合う『蜘蛛の糸』のようにならないよう、独走のまま上へ上へと昇っていき、煙突の穴に飛び込んだ。

 

 

「とうまっ!」

 

 

「インデックス! 次頼んだ!」

 

 

 

 

 

 

 

クリスマス。

 

洋の東西を問わず、1年で最も夜が長くなる冬至は、魔術的に意味を持ち、事、神の子の降誕祭となれば、十字教徒にとって宗派を問わず重要で神聖な日。

 

その事はもちろん全世界の魔術の知識を網羅しているインデックスは重々承知だ。

 

でも、この街の一般的常識とはいささかズレがある。

 

 

『ふふふ、この国のクリスマスは………』

 

 

と、その常識を先日、詩歌から初めて教えてもらって以来、クリスマスが特別な1日になる予感が胸に宿り、その日はこの1年で知り合った大勢の人達と盛大なパーティを開こうと言う話になった。

 

わいわいがやがや楽しく美味しいローストチキンやケーキ。

 

ちょっぴり愚兄と2人っきりで過ごしてみたい気もするけど……

 

やっぱりあの兄妹と一緒にお祝いしたい。

 

しかし、それはここに来て困難になった。

 

愚兄の危惧するこの大会の優勝権限。

 

インデックスの知る限り、あの兄妹の人気は街を通り越して世界規模だ。

 

学生寮でお留守番していたら当麻目当ての人間がやってきたり、前にちょこっと詩歌の学生鞄からラブレターが溢れ出ていたのを目撃した事もある。

 

もし、これがクリスマスパーティと言う2人を標的とした“抜け駆け防止策”がなければ、社会化現象になるほど大変な影響力を及ぼしただろう。

 

魔術とか宗教とかは関係なく、ただ純粋に彼らとの出会いを祝福するささやかな願いの為にインデックスは全力を出す。

 

 

「もう、待ち切れないんだよ!!」

 

 

暖炉を出た先にいたのは、第2走者を任されたインデックス。

 

インデックスは当麻から渡されたたすきを掛けると、暖炉の前に置かれた机に向けて目を爛々と輝かせる。

 

彼女に割り当てられた役割はクッキー600枚と牛乳2Lの完食。

 

日本ではあまり馴染みがないかもしれないが、クッキーと牛乳の早食い早飲みはサンタクロースに必須のスキル。

 

何故なら、北欧では夜中にプレゼントを届けてくれるサンタクロースの為に、子供達がクッキーと牛乳を用意しておく風習がある。

 

それで、サンタクロースはその子供達の行為を無にしないよう、そして、一晩で多くの家を訪ねる為に、用意されたクッキーを全て迅速に平らげなければならない。

 

しかし、この白い悪魔ことインデックスにとって、これは文字通り朝飯前だ、と思いきや、

 

 

「むぅっ!」

 

 

だが、一口入れた瞬間、まるで電流でも走ったようにインデックスはビクリと全身を震わせた。

 

 

「インデックス、どうしたっ!? まさか魔術師かっ!?」

 

 

それを見た当麻は、何か異変でも起こったのかと、勢い込んで叫ぶ……のだが、

 

 

「……この艶を見たからそうでないかと思ってたけど、この味。間違いないね、この前しいかが持ってきてくれた『黒蜜堂』のクリスマス期間限定のクッキーなんだよ!」

 

 

続くインデックスの台詞に、ツッコミを入れる前に脱力し、そのままがっくりと肩を落とした。

 

インデックスのふわふわのスポンジのような多幸感の詰まったふにゃけた笑み。

 

1年前は魔術のことしか頭になかったインデックスだが、ここ最近はアニメやゲームなど俗に染まりつつあり、美味しい物情報は重点的にチェック済みである。

 

そんな当麻を他所に、インデックスは次々と……

 

 

『早い早い! 見る見るうちにクッキーの山が小さくなっていくぞ!! これが食い放題を実施している飲食店を恐怖のどん底に突き落とした白い悪魔の『無限の胃袋』だあああぁぁ!!』

 

 

まだ後続がこの部屋に辿り着いてすらいないのに、全て完食し、

 

 

「おかわりっ!」

 

 

『インデックス選手! 何とおかわりを要求だ! でも、これは大食いではなく早食いですっ! ポイントにはなりません!』

 

 

そのまま、ノンストップに隣に置かれた別チームのクッキーにまで手を伸ばす。

 

余程、『黒蜜堂』の素材一つ一つにまで拘ったクリスマス期間限定の最高級クッキーが気に入ったようだ。

 

が、その食欲には確かに驚愕を覚えるが、これはリレーである。

 

なので、ここは量より早さを求められているという事を忘れていると、

 

 

「何やってんのよ! 他のに手を伸ばしてないで、早くこっちに来なさい!」

 

 

建物の入り口を開け放ち、第3走者――御坂美琴の叱責が飛んでくる。

 

インデックスは食事を邪魔された事に不満げに『むむ、短髪』とクッキーをヒマワリの種を口いっぱいに詰め込んだハムスターのように頬張りながら視線で訴えるが、それでも渋々立ちあがって、美琴にたすきを渡す。

 

 

「ったく、ちんたらしてんじゃないわよ。この部屋にどんどん追い着いて来てるじゃない。このメンツでぶっちぎって予選突破しなかったら、流石に詩歌さんもあきれて、明日のパーティはおかわり禁止にするって」

 

 

「そ、それは大問題なんだよ! みこと、ダッシュダッシュ!」

 

 

「ねぇ……暴食の方がシスターにとっちゃ大問題じゃないの?」

 

 

『大聖夜祭』は最大4人まで参加できるが、3人またはカップルで、優勝賞品ではなくクリスマスイベントに参加して思い出を作りたい者いるので、この『サンタクロースリレー』は好きな所でたすきを渡す事ができる。

 

なので、各々が自由なポイントで交換できるのだ。

 

無論、公平に規す為、競技内容についてはスタート直前まで徹底した情報封鎖がされていたが、そこは<風紀委員>の後輩にちょこちょこっと……

 

 

「御坂さーん、頑張ってくださーい!」

 

「ファイトー、ゴールまであと少しですよ!」

 

「お姉様あああぁぁっ!!」

 

 

『あはは……』と応援席からの声援に照れ隠ししながら応えるが、

 

 

「はぁ……」

 

 

御坂美琴の口から白い吐息と共に溜息がこぼれた。

 

 

「おいおい、御坂! もっと気合を出していこーぜ! お前だって、詩歌に余計なクソ野郎がくっつくのは嫌だろ?」

 

 

狼になる危険性のある野郎共は当然の如く却下し、長年、詩歌と姉妹のように連れ添った美琴なら、当麻の考えにも同意してくれると思ったのだが、どうも調子がおかしい。

 

 

「まあ、そうだけど……。そうなんだけどね。はぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

昨日、携帯電話を睨んで色々と葛藤していた美琴の元に、その人物から電話がかかり、初めは『も、もしかして……っ! いや、そんな訳が……コイツには散々裏切られてきたし』と脳裏で、何度も会話のシミュレーションを繰り返し、『よし、電子ロックの外し方でも何でもバッチこい!』と出てみたら『御坂、明日暇か? 暇なら明日一緒に………』―――そこで、美琴はもう一度、電話を置いてイメージトレーニングを復唱しながら深呼吸。

 

正直、今までの経験からして期待半分だったのだが、ロマンチックなクリスマスムードにあてられて、いつもとは違うかもしれない。

 

クリスマスに皆で集まって遊ぶ予定になっているから、その前日のクリスマス・イブにパーティしようは無いだろう。

 

と言う事は、二人きりで食事をしたり、街中を一緒に歩いたり、夜遅くまで、じっくりといろんな話をして、段々と二人の距離は自然に近づき……帰り道でいつの間に手を繋ぎ合っているような仲まで進展。

 

そしてそのまま………と、そこまでシュミレートした瞬間、ぽぽぽぽんっ!!? と周囲のジングルベルの鐘の音が別の鐘の音に聞こえてしまって、ショートしてふにゃーをしてしまいそうになったが、そこはLevel5の理性で堪えた。

 

が、自我を取り戻すのに時間がかかり過ぎたようで、『あー、やっぱり用事があるのか? 無理ならいいんだけど』と、電話を切られそうになったので『ちょっと待てゴラアアアア!! OKよ! OK! 明日暇だから何でも付き合ってあげるわよ!!』……

 

そういう訳で何に付き合うのかも聞いていなかったのに了承し、待ち合わせの公園に来てみれば、そこにはあの銀髪シスターと『よし。野郎共の幻想をぶっ殺しに行くぞ』――である。

 

その瞬間、美琴の中でロマンチックなクリスマス・イブの幻想が砂上の楼閣と化してさらさら流れていってしまった。

 

最高潮まで舞い上がってから落されたような気分である。

 

 

(……でも、これって、優勝したら……)

 

 

それでも仄かにやる気の炎が灯される美琴であった。

 

 

「よーし、いっちょやったるかー!」

 

 

いちごのように青春は甘酸っぱいものだ。

 

美琴は500m先で待っている最終走者の元へ急ぐ。

 

ここから先は、サンタクロースの強さが試される。

 

人里離れた村にいる子供達にも分け隔てなくプレゼントを届ける為、サンタクロースは獣道を行く事がある。

 

その時、そのプレゼントを、またはトナカイを狙って、飢えた野生の獣が襲い掛かってくるかもしれない。

 

そう、子供達をがっかりさせないよう、そんな獰猛な獣からプレゼントを守れるくらいに、サンタクロースは強くなければならないのだ。

 

なので、この建物から次のゴール地点の建物までの500m間には―――

 

 

「グルルッ!」

 

「ガウガウッ!」

 

「アォーーーンッ!」

 

 

危険な鳴き声を発しながら現れたのは、全長およそ2m、体重70kgにも及ぶ、黒でも茶でもない神秘的な白い毛を持つ幻の狼――既に絶滅したはずのニューファンドランドオオカミ。

 

学園都市の最新技術によって甦ったそれの好物は、かつてと同様にトナカイの肉。

 

トナカイを相棒にしているサンタクロースにとったら天敵……なのだが、

 

 

「キャウン!?」

 

 

『ビリっと痛い電磁波を警戒してか、御坂美琴選手に近づけません! むしろ尻尾を巻いて逃げています! 電撃姫はそのオーラだけで狼共を退けています! でも、怖がれたのが地味にショックだったのかちょっと涙目です!』

 

 

学園都市最強の電撃系能力者の放つ電磁波に臆して、まるで仔犬のようにブルブル震えている。

 

 

「落ち込んでねーで狼がビリビリにビビっているうちに早く詩歌のとこまでダッシュだ! つか、そいつら全然可愛くねーだろが!」

 

 

「例え可愛くなくてもキツいのよ! もう! アンタは黙って後ろで見てなさい!」

 

 

そのまま無傷で、けれど、小動物どころか大型肉食獣にまで避けられた事実に精神面で大きな傷を負いながらも、最終走者が待つゴールの建物へとたすきを外しながら駆け込んだ瞬間、

 

 

「詩歌さ――~~っ!?」

 

 

出会い頭に最大速度の突進。

 

顔を強張らせる美琴にタックルの如き勢いで覆い被さられる。

 

美琴の鼻先が、何だか温かくて良い匂いのする、とびきり柔らかなものの真ん中に思い切り埋められ、

 

 

「ふふふ、ご苦労様です、美琴さん」

 

 

頭上から降ってくる、天使のような声。

 

はっと我に返った美琴が、がばっと顔を上げると、そこには極上の生クリームのように甘くとろける微笑みを顔いっぱいに浮かべる幼馴染の姿があった。

 

 

「狼さん達は電磁波がどうしても気になっちゃうんです。だから、美琴さんが嫌いなんじゃないんですよ」

 

 

傷心した美琴を癒すように、ぎゅ~~っと抱きしめながら諭しかける。

 

けれど、忘れていけない。

 

このイベントに召集を掛けたのは愚兄だが、リレーの順番を考えたのは彼女である事を。

 

 

「べ、別に気にしてません! 詩歌さんは、早く最後の試験をやっちゃってください」

 

 

「はい、了解です」

 

 

ちょっと泣きそうな妹分が可愛いなぁ、ともう少し抱き締めていたかったが、今は競争中。

 

当麻の為にも、そして、やるからには2位や3位ではなく、完全勝利を目指す。

 

最終走者――上条詩歌が建物の奥へと向かうとそこには年老いたふくよかで優しそうな長老サンタクロースとその側に控える公認サンタクロース達。

 

さて、最後に試されるのは、コミュニケーション力。

 

長老サンタ達の前で、自己紹介をすれば良い。

 

 

「Ho-Ho-Ho」

 

 

全サンタクロースに必須の共通言語――サンタ語で。

 

これで見事通じたならゴール、失敗だとスタートからやり直し。

 

 

「Ho-Ho-Ho?」

 

 

「Ho-Ho」

 

 

「Ho-Ho?」

 

 

「Ho-Ho-Ho」

 

 

『さあ、最後の試験。先程から、上条詩歌選手、ホゥホゥホゥとだけ言っているようにしか聞こえませんし、私も全く何を言っているか分かりません! でも、これはれっきとしたサンタ語です!』

 

 

詩歌と長老サンタはホゥホゥ言い合っているようにしか見えないし、両者とも笑っているので真面目かどうかも分かり難いが、雰囲気的に会話し、意思疎通している事だけは分かる。

 

 

「しいか、頑張れ。あと少し、あと少しなんだよ」

 

 

「そ、そうなのか……?」

 

 

当麻の隣にいる、世界中から集められた10万3000冊もの魔導書を読破する為に、体系化されていない言語までマスターしている<禁書目録>――インデックスは、もちろんサンタ語をマスターしており、今も発声方法の違いによりその意味を聞き取っている。

 

でも、お願いだから、日本語に訳して欲しい、と当麻は切に思う。

 

じゃないと、応援ではなく、この独自言語にツッコミを入れたくなる。

 

まさか、常盤台中学は、世界に通用する人材を育成する為にサンタ語まで教えてんじゃねーだろうな、と訝しむも、自分と同じように詩歌の後ろでどう応援すべきか、分からずとりあえず固唾を飲んで見守っている美琴の姿を見て、ほっと胸を撫で下ろす。

 

だが、俺の妹はいつのまに、そして、何の為にサンタ語をマスターしていたのかと不思議に思う。

 

と言うか、これ、ちゃんと競技になるのか?

 

そんな愚兄の想いは他所に自己紹介は最終段階に入り、

 

 

「Ho-Ho-Ho-Ho?」

 

 

「Ho-Ho-Ho-Ho-Ho♪」

 

 

「Ho! ――Merry_Christmas!!」

 

 

詩歌の返答に、満足そうにゆっくりと首を縦に振ると長老サンタは、詩歌に何やら袋を手渡す。

 

 

『はい! 合格サインが出ました! Gブロックの予選突破通過したはチーム『臥竜鳳雛』です! おめでとうございます!! 皆さん、盛大な拍手を!!』

 

 

そうして、最後が何だかよく分からなかったけど、体力・早食い・強さ・言語で争われたGブロックの予選を当麻達はぶっちぎりのトップで突破したのであった。

 

だが、これはあくまで準備体操のような予選(余興)。

 

次回の本選へ進む為の足がかりに過ぎないのである。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

『大聖夜祭』の本選は『聖夜戦争』。

 

予選を勝ち抜き、『プレゼント』を手に入れて本戦に進んだ7組で行う争奪戦。

 

1組最大4名で、1人の『サンタ』と騎馬を作る『トナカイ』によって構成される。

 

『サンタ』だけが『プレゼント』を入れる事のできる大きな靴下の形をした『袋』を所持する事が許され、他の『サンタ』が持つ『袋』の中にある『プレゼント』を奪い取ることができる。

 

『プレゼント』はオレンジ色の半透明の球で、中には星形の特殊な電波発生源が埋め込まれており、チームに1つ渡されている発信機で、半径500m圏内にある『プレゼント』の位置を特定できる。

 

7つの『プレゼント』を最も多く『袋』に納めたチームの優勝。

 

第5、7、18、22学区全体がフィールドで、色々と『罠』が設置されている。

 

 

『まー、ぶっちゃけ騎馬戦だねぇ。でも、殺しを除いて何でもアリ、ド派手になること間違いなし! でもご安心を! 『サンタ』仕様と『トナカイ』仕様に分かれてる学園都市Level5序列第2位の<未元物質>謹製のコスプレ装甲服は、見た目に反して防弾、耐熱、緩衝とどれも優秀! めっちゃくちゃ防御力が高いです! あ、『サンタ』仕様のは地面に落ちたら圧縮して、30秒間締め付けられて身動きが取れなくなりまーす。そして、見事予選を勝ち抜いた本戦出場グループは―――』

 

 

大画面の第5、7、18、22学区の地図に其々名前だけ表示されていく。

 

 

『まずは、三沢塾からスタート。今大会で最も優秀な性能を持つ最有力の優勝候補――『英国華撃団』!』

 

 

『サンタ』――???、『トナカイ』――???、???、???の全4名。

 

総合評価|(A・B・C・D・Eの五段階。+|(-)はある条件下により倍加(縮小))

 

『筋力』――A+  『知力』――B

 

『耐久』――A   『幸運』――A

 

『敏捷』――A+  『異能』――B

 

 

『地下街からスタート。ここぞという時の突破力はピカイチ! サーチアンドデストロイの破壊光線――『アイテム』!』

 

 

『サンタ』――???、『トナカイ』――???、???、???の全4名。

 

総合評価。

 

『筋力』――C   『知力』――B

 

『耐久』――B   『幸運』――B+

 

『敏捷』――C   『異能』――B

 

 

『長点上機学園からスタート。全てがミステリアス。チーム名すらも不明。だが、優勝候補最右翼の『十字教連合』を破って予選突破した男女2人組!』

 

 

『サンタ』――???、『トナカイ』――???の全2名。

 

総合評価。

 

『筋力』――?   『知力』――?

 

『耐久』――?   『幸運』――?

 

『敏捷』――?   『異能』――?

 

 

『断崖大学からスタート。哀ではなく愛を求めて彷徨うバーサーカー! 今大会のダークホースとなるか――『クリスマス撲滅委員会』!』

 

 

『サンタ』――???、『トナカイ』――???、???、???の全4名。

 

 

『筋力』――D   『知力』――E

 

『耐久』――D   『幸運』――E-

 

『敏捷』――C   『怨念』――A+++

 

 

『学舎の園からスタート。学校の枠を超えて<大覇星祭>で活躍した学生で組まれた優等生集団――『学園選抜』!』

 

 

『サンタ』――???、『トナカイ』――???、???、???の全4名。

 

総合評価。

 

『筋力』――B+  『知力』――B

 

『耐久』――A   『幸運』――B

 

『敏捷』――B   『異能』――A

 

 

『――病院からスタート。おいおい大丈夫か!? 平均年齢がな、何と一桁台! 大穴最年少チーム――『子連れ悪党』!』

 

 

『サンタ』――???、『トナカイ』――???、???、???の全4名。

 

総合評価。

 

『筋力』――E++ 『知力』――A

 

『耐久』――E++ 『幸運』――D

 

『敏捷』――E++ 『異能』――A++

 

 

『そして、――学生寮からスタートするのが………』

 

 

 

 

 

とある学生寮前

 

 

 

「……で、とりあえず、予選は突破しましたが、これからが本番です。勝って兜の緒を締めろと言いますし、しっかり気を引き締めていきましょう」

 

 

愚兄の|(しょうもない)熱い思いに集ったメンバー『臥竜鳳雛』。

 

 

「では、始まる前にもう一度だけフォーメーションを、確認します。まず、最も衝突が激しい『トナカイ』のセンターは当麻さん」

 

 

「おう」

 

 

あらゆる異能をその右手で打ち消す、<幻想殺し>の上条当麻。

 

 

「そして、最も当麻さんの右手に縛られ難く、かつ、ガードが薄くなる『トナカイ』のレフトには美琴さん」

 

 

「はい」

 

 

電気を介するなら何でもできる電撃姫、<超電磁砲>の御坂美琴。

 

 

「次に、魔力なしでもその知識で力を十分に発揮できる『トナカイ』のライトにはインデックスさん」

 

 

「うん」

 

 

10万3000冊の魔導書の管理人、<禁書目録>のインデックス。

 

 

「最後に、私、上条詩歌が騎手、『サンタ』を務めます」

 

 

あらゆる異能をその身に投影する、<幻想投影>の上条詩歌。

 

体形のバランスを見て、体重が最も軽いであろうインデックスが騎手をやるのがベストかもしれないが、『プレゼント』を激しく奪い合うであろう『サンタ』には高い格闘技術が求められる。

 

それに、ガマクなど体術を達人級に極め、体重移動を自在にできる詩歌なら、全体の負荷を実際の体重以上に減らせるだろうし、当麻へ体重を集中させる事で体力に不安のあるインデックスへの負担をほとんど0にできる。

 

故にこれがこのメンバーでベストな布陣。

 

 

「………作戦は以上です。では、陽菜さんの説明と事前の情報通りなら、この『聖夜戦争』は相当危険です実戦のつもりで真剣にやり、でも、楽しんでやりましょう」

 

 

と、騎手として騎馬の上で指揮をする詩歌は発破を掛ける。

 

だが、全員納得したのかと思いきや当麻だけが不服そうに詩歌をじっと見ている。

 

 

「どうしましたか?」

 

 

「その『サンタ』のコスチューム、エ――ちっと露出が多くないか?」

 

 

「まあ、そうですね。でも、動きやすくて布地は厚いですし全然寒くないですよ」

 

 

きょとんと素で返されて当麻はどういうわけか鼻骨の辺りを押さえながら天を仰ぐ。

 

そんな当麻を見かねたのか、横からインデックスと美琴が、

 

 

「しいか、とうまが言いたいのはそういう事じゃないんだよ」

 

 

「詩歌さん、その服ちょっと派手過ぎやしませんか?」

 

 

2人にも言われてようやく詩歌は、ああ、と頷く。

 

『サンタ』は地面落下束縛システムがあるからか、きぐるみのような『トナカイ』のコスチュームとは装飾がだいぶ違う。

 

だが、比べると明らかに布地の面積が少ない。

 

語彙の乏しい愚兄が必死にそれを形容するならば、バニーガールの格好にフリフリのミニスカートとガーターベルトを追加し、それを赤白のサンタ風にアレンジしたような感じ、と言えば良いのか……

 

タイツも半透明な肌色なせいか、胸元が大きく露出し、ボディラインもくっきり見えて、どこに防御力があるのか不明だし、機能美とは真逆に追求したようなコスチューム。

 

サンタと言うより、まるでフィギュアスケート選手が着る試合服のようである。

 

 

「んー……ああ、そういう事ですか。まあ、でも、お祭りですから、このくらい派手な方が良いんじゃないんですか。詩歌さんとしましても、美琴さんとインデックスさんのトナカイマスコットはバッチグーです! それに、今更別のものに変えて欲しいと申し出るには、この服をわざわざ作ってくれた帝督さんにも悪いですし……」

 

 

(よーし、これが終わったら、この服の製作に全面協力したメルヘン野郎と拳を交えた話し合いをしなくっちゃなー)

 

 

はい、準備運動(シャドーボクシング)に入りましたー、とシュシュと拳で何度も標的の顔を打つべし打つべし打つべし……競技とは関係ないが当麻さんの闘争ゲージが上昇していく。

 

 

「あと、もしかしたら良い武器になるかもしれませんしね。もちろん、ちょっぴり恥ずかしいですけど……でも、優勝の為ならこれくらいなんでもありません」

 

 

いつも通りの口調であっけからんと言葉を放ちながら“いつも通りに”詩歌はのほほんと微笑んだ………

 

 

 

『………色々と深い事情があったにせよ君は『生徒代表』になった。そして、少なからずの恩恵も得ているけど。――ああそうだな。利息分以上働いてくれたし、無論、期待に応えてくれた君に私も大変感謝している――け・ど、君は『生徒代表』。学生との交流は大事だ。ということで、心苦しいけど。これは責務を果たす為にも辞退できない。――先輩ならどうにかできたはず? ――はっはっはー、残念だけど、止められないものは統括理事会のブレイン軍師系スーパーJK芹亜お義姉さんでも止められない。私は所詮、統括理事会の一角に過ぎないからな。――ん? 寝言は言うな? これは止められたはず? 招待状を送らなかった事に対しての腹いせか? ――ふっ、馬鹿を言ってはいけない。確かに、それが本当にうっかりだったかはとても議論したい所だけど。お義姉さんが君に対してひどい事をするはずがないじゃないか。――実は先輩が忙しいと思って気を使った? ――ああ、安心したまえ。私も花の女子高生だ。クリスマスの予定はきちんと空けてある。だから、もしもの時は私がお兄さんを慰めてあげるけど………』

 

 

 

「……ええ、あのニート軍師に|(罰ゲームを)『プレゼント』する為に、今日、色々と準備してきましたからね……。フフフ、優勝したら何が良いかしら(ハート)」

 

 

……その目に絶対零度の冷たさを宿しながら。

 

静かに闘志を燃やす愚兄に、静かに笑みを凍らせる賢妹。

 

どちらもヤる気満々。

 

しかし、何、この兄妹、すっごく怖い、とチームメイトのインデックスと御坂美琴は手抜きはできない、したら、大変な事になる、とただ頷くことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

チーム名『臥竜鳳雛』。

 

『サンタ』――上条詩歌、『トナカイ』――センター・上条当麻、レフト・御坂美琴、ライト・インデックス。

 

総合評価。

 

『筋力』――C   『知力』――A

 

『耐久』――C+  『幸運』――D++

 

『敏捷』――B+  『異能』――EX

 

 

 

つづく


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