とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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大覇星祭編 ナイトパレード

大覇星祭編 ナイトパレード

 

 

 

公園

 

 

 

事件は終わった。

 

主犯格のリトヴィア=ロレンツェッティと運び屋のオリアナ=トムソンを捕まえ、<使徒十字>も無事回収。

 

もうこれ以上、この事件に2人がやるべき事はない。

 

後は、<必要悪の教会>のステイル=マグヌスと土御門元春の仕事だ。

 

しかし、2人にはまだやらなくてはならない事があった。

 

 

「さて、当麻さん。あと少しで、ナイトパレードです」

 

 

只今の時間、午後6時ちょうど。

 

あと30分で、<大覇星祭>の目玉の1つ、華々しい夜の宴、ナイトパレードが始まる。

 

 

「それから携帯電話をご覧ください」

 

 

と、詩歌に促されて当麻は携帯電話を開く。

 

 

「うげっ」

 

 

そこには、2人の両親、上条刀夜と上条詩菜、それから、ビリビリ、御坂美琴に居候のインデックス(こちらは着信だけ)の履歴がびっしりと。

 

これは色々と面倒な事になりそうだ。

 

おそらく、詩歌の方もそうなのだろう。

 

 

「これは一刻も早く、彼らに説明した方が良いでしょう。しかし、私達には姫神先輩とナイトパレードを見る約束をしています。というわけで――――」

 

 

 

 

 

病院 屋上

 

 

 

「――――病院の屋上でパーティって、また、お前は……」

 

 

ここは上条兄妹が共によくお世話になっている病院の屋上。

 

その真ん中に大きな机と椅子が置かれ、軽いお摘み代わりに屋台の売れ残りやお菓子、それから酒類はないがソフトドリンクが用意されている。

 

 

「まあ、世界と学園都市の命運を賭けて、頑張ったんですから、これくらいのご褒美は大目に見てもらいたいです。それにこうしておけば、皆にも言い訳ができるでしょう?」

 

 

確かに、証明やら飾り付けや、この場所の使用許可など、ちょっとすぐには準備できそうにない物があるが、そこは病院に来る前にここに勤めているカエル顔の医者――冥土帰しに色々とお願いしたのだ。

 

患者のためなら何でも揃える彼にとってみれば、こんなのは朝飯前であるのだろう。

 

しかし、

 

 

「でも当麻さんはクタクタですよ~。事件で走り回った挙句、1階から屋上までペットボトルやら売れ残りやらを何往復も運んだんだからな」

 

 

前にも思ったが、詩歌は事件が終わった後でも元気が良すぎないか?

 

一体、その華奢な身体のどこにそのバイタリティーが隠されてるんだ。

 

絶対に、一般と比べてミトコンドリア数が倍以上あるに違いない。

 

 

「だから、私が半分持つと言ったじゃないですか? 当麻さんがそれを良いというから」

 

 

と、呆れ顔で詩歌は当麻をジト目で睨む。

 

それに、少し怯みつつも。

 

 

「いや、それは、妹に重い荷物を持たせるのは兄として如何なものあろうか?」

 

 

「それは認識錯誤も甚だしいというものです。私も当麻さんほどではないですけど力には自信がありますよ。―――それに」

 

 

「それに?」

 

 

「前にも言いましたが、私は当麻さんの妹です。兄妹の苦楽は半分ずつ背負っていこうと決めたじゃないですか?」

 

 

とりわけ最後を、妹は嬉しそうに言った。

 

そう、今日の兄妹喧嘩で2人は決めたのだ。

 

不幸も幸せも分かち合おうと。

 

しかし、何だかそれは約束というよりも誓いのような、それに、あの時の……

 

 

「ん? どうしたんですか、当麻さん? 顔を赤くして」

 

 

「いやいやいやいや、何でもありません事よ」

 

 

屋上の冷たい風が冷ましてくれなければ、真っ赤になっていたのかもしれない。

 

あの時の事を思い出すだけでかっと顔が熱くなり、内心は悶絶するような気持ちに囚われる。

 

これの正体は、分からない。

 

……でも、もしかしたら、この正体は、前の自分が遺した欠片、なのかもしれない。

 

どうしてもそれを意識してしまう、とても単純で、とても複雑な気持ちの欠片。

 

 

「ふむ。どうやら、余程疲れているようですね。仕方がないですね」

 

 

よかった、と当麻は安堵の息を突く。

 

あれ以来、どうもあの光景がちらつくのだが、どうやら今の詩歌も目には見えないが疲労困憊であるらしい。

 

おかげで、その洞察力も半分以下に減衰している。

 

と、そう考えている当麻の額に、

 

 

――――トン。

 

 

軽く、だが、深く浸透するほど鋭い指突。

 

一瞬、当麻はよろけるが、すぐに沸々と身体の奥から……

 

 

「竜神流裏整体術禁じ手『玉手箱』です。これはアドレナリンを活発化させる秘孔を突く事でどんなに疲弊していても、たちまち元気になれる。……その寿命を代償に」

 

 

『玉手箱』。

 

日本昔話でもお馴染みの浦島太郎で乙姫から手渡される『絶対に空けてはならない箱』。

 

そこには、その者の『寿命』が詰まっていると言われており……この禁じ手も同じく……

 

 

「寿命!? 何で、その禁じ手を今使ったんだよ!?」

 

 

「ふふふ、寿命というのは嘘です」

 

 

というのはもちろん冗談である。

 

が、

 

 

「けど、数時間後に壮絶な苦痛を味わう事になります。それ故、『死んだ方がマシ』と言われる竜神流裏整体術の中で禁じ手となっている訳ですが」

 

 

「なあ、その我が家代々伝わる整体術について色々と言わなきゃいけないような気がするんですけど! それって本当は暗殺術じゃねーのか!」

 

 

何はともあれ。

 

ツッコミするだけの元気は出てきたようだ。

 

 

「まあまあ、ここは病院。何があっても大丈夫です」

 

 

軽く流す詩歌に、『やっぱ、この病院、俺にとっちゃ鬼門じゃねーのか』と今度、ここの風水を土御門に見てもらおうと誓う当麻。

 

 

「それに、そんなに疲れてる顔してちゃ皆が心配しちゃいますよ」

 

 

「だったら、最初に一言断りを入れてくれ。じゃねーと、吃驚すっから」

 

 

でも、幾分か体が軽くなったのは事実。

 

ついでに、ツッコミをして発散できたのか、頭の熱も下がってきた。

 

怪我はしているけど、新しい体操服に着替えた。

 

これなら、皆を誤魔化せるかもしれない

 

そこで詩歌は困ったように微笑し、漆黒に染まり始めた星空を、どこか遠く、昔の記憶を思い返すように見上げ、そして、ひどく切なげに、ポツリ、と、

 

 

「本当に、いつまでも、こうしている訳にはいかないんです。そろそろ当麻さんには良い人を見つけてもらわないと、………妹として、腰が落ち着かないんです」

 

 

「は? 何つった?」

 

 

その言葉は、夜の冷たい風に流され、全部聞きとる事は出来なかった。

 

でも、それきりで、詩歌は身を翻し、皆を迎えに行った。

 

何となく、その妹の背中を追ってはいけない気がして、ただ1人、当麻は屋上で、ポツン、と突っ立っていた。

 

 

 

 

 

病院

 

 

 

姫神秋沙は、1段1段、屋上への階段を上っていた。

 

その身体は専門的な巻き方で包帯が胸元から下腹部まで覆っているが、生命維持に必要な期間は血管1本すら残さず修復されており、翌日の朝には退院しても良いと許可さえもらっている。

 

曲がりなりにも1人の女の子である姫神は、体に傷痕が残るかどうかすごく不安だったのだが、それについてはカエル顔の医者が、

 

 

『ふふ、僕を誰だと思っているのかな? と言いたいところだけど、それについてはここに来る前から詩歌君が治療してくれたから心配ないよ。まあ、それに僕は、患者に必要なものであるならば何でも用意すると決めているんでね。ふふふふふ、患者に頼られるって言うのはたまらないね?』

 

 

と、大丈夫なようだ。

 

そして、屋上でナイトパレードのパーティを行うと聞き、階段を上っているという訳である。

 

あの絶体絶命とも言える危機的状況の中で、命を繋ぎ止めておくだけの応急処置ではなく、骨まで見えるような深い傷口を痕残さず回復させる治療をこなして見せた彼女の才能に、少し姫神は嫉妬する。

 

だが。

 

それ以上に――――

 

 

「お、姫神! 怪我、大丈夫か?」

 

 

屋上に出ると、そこには上条当麻がいた。

 

他に誰もいない。

 

彼は、真っ直ぐ姫神の下に駆け寄り、心配そうに怪我の容態を訪ねる。

 

 

「うん。大丈夫。それで詩歌さんは?」

 

 

「詩歌なら、皆を迎えに行ったぞ。それよりも早くこっちに来て椅子に座っとけ。お前、一応怪我人なんだから」

 

 

ほっ、とする。

 

カエル顔の医者から言われていたが、こうしてあの時駆け付けてくれた当麻に伝えられると、本当に無事だった、と実感できた。

 

そうして、当麻によって強引に椅子へと座らされた姫神は、1度は沈黙を貫こうと思った事柄を口にする。

 

 

「それで。あなた達は。やっぱり事件に巻き込まれてたの?」

 

 

う、と当麻は言い詰まり、姫神のじーっとした視線にやがては堪え切れなくなったのか、がしがしと頭を掻いた後にその問いに応える。

 

 

「まあな。詳しい話は言えねーが、<大覇星祭>を利用して、ローマ正教の魔術師達が攻め込んできたんだよ。それで、ステイルや詩歌達と一緒にそいつらをひっ捕らえた、っつう感じだな」

 

 

そう、と呟き、姫神は瞑目する。

 

結局、当麻と詩歌が戦っていたのはそれが理由だったのだ。

 

姫神秋沙個人が傷つき倒れたのは、理由ではなく、その『大きな目的』を果たす過程に、起きた不幸な事故だった。

 

だとするなら、何故、彼女はああまでして命を賭けるほどの接点のない姫神を助けたのか?

 

それは、つまり、

 

 

(誰でも。良かったんじゃ)

 

 

あの少女も、そして、目の前にいる少年も。

 

姫神秋沙を助けたのではなく、その場にいた者なら、どんな人間だって救ったのではないか。

 

もし、姫神があの時、事故に巻き込まれなければ。

 

彼らの意識の端にも、自分の存在は映らなかったのではないか。

 

命を賭けて助けてもらった、という行動は、こと上条兄妹に関しては何のアドバンテージにもならない。

 

何故なら彼らにとってそれが日常的な行動であり、付き合ってきた時から見ただけでも、週に一回のペースで他人の人生を何度も殴って直しているぐらいだ。

 

 

(私は)

 

 

姫神秋沙は夜天の空を眺めながら、考える。

 

自分には、この忌々しい力しかなく、彼らの為に役立てる力はない。

 

彼女のような魔法使いになれはしない。

 

 

(私は。本当は)

 

 

自分が、あの兄妹といても良い理由が1つも思い浮かばない。

 

自分は、ただ彼らに助けてもらうだけで、その代償の分を無駄にしてしまっている。

 

彼らの行動は彼らに対して、何の利益も与えてはくれない。

 

 

(本当は。助けてもらうべきじゃ。なかったんじゃ)

 

 

ゾッとする言葉だと思う。

 

でも、今回の事件、皆無事だったから良かったものの、もし、彼女が死んでしまっていたとしたなら、自分はもう彼に合わせる顔がない。

 

いや、もう危険な目に合わせた時点で無いのかもしれない。

 

 

「……私は。あなた達の迷惑にしか。なっていないのかもしれないね」

 

 

冷めた言葉は外よりも自分の胸の中で強く響く。

 

だから、とその氷のような凍てつく真実を口にするのを遮るように愚兄は、

 

 

「そんな訳ねーだろ。俺も、詩歌も姫神といて嬉しいぞ」

 

 

え? と。

 

その愚兄の言葉を姫神は理解できなかった。

 

 

「今回の事件。俺と詩歌は、別に魔術師が攻めてきたとか、学園都市が制圧されそうになったとか、そんなつまらねー事の為に戦ったんじゃねーよ。姫神たちと過ごす<大覇星祭>が台無しにされんのが許せないから戦ったんだ。だから、こうして姫神と一緒にナイトパレードを見れて良かったと思ってるぞ。きっと、詩歌もそうだ」

 

 

姫神秋沙は、その話を聞いていた。

 

 

「だって、詩歌のヤツ事件解決したばっかだってのに、こんなパーティの準備したんだぜ。きっと姫神とナイトパレードでワイワイと騒ぐのが楽しみだったんだよ」

 

 

ただ黙って、ずっと聞いていた。

 

彼らは、大勢の人間を救ってきたから分かりにくいかもしれないが、それでも姫神個人を想う気持ちが薄らぐ事はない。

 

絶対に、迷惑だなんて考える筈がない。

 

そんな2人だからこそ、自然にあんなに人が集まってくるのだ。

 

誰も口にしなくても、その絆は確かにあって、その絆があるからこそ、この兄妹は何度も立ち上がっていける。

 

何かどうしようもない感覚が胸の内から、顎を、口元を震わせる。

 

一体これが何なのか、姫神には分からない。

 

しかし、

 

 

「お、ようやっと笑ってくれた」

 

 

「え?」

 

 

「自分じゃ気付いていねーかもしんねーけどさ。姫神って、嬉しい時になると口元がちょっとだけ綻ぶんだ」

 

 

当麻には分かった。

 

瞬間、彼と真正面から目を合わせている事に気付き、沸騰したように顔が熱を持つ。

 

 

「ん? どうした姫神、風邪でも―――ぐほっ!?」

 

 

その顔を覗き込もうとした当麻の腹に、姫神の右拳が素晴らしい勢いで命中。

 

思わず蹲った当麻の頭上から、姫神の声が降り注ぐ。

 

 

「……鈍感」

 

 

え? なんで? と頭を上げた当麻の視界に映ったのは、口元を綻ばせ、心の底から嬉しそうに笑う姫神秋沙の姿だった。

 

姫神は思う。

 

彼らと出会えて、そして、その絆に繋がれて、本当に良かった、と。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「とうま!」 「アンタ!」

 

 

どうしてこうなったのだろう? と当麻は思う。

 

皆で和やかに今日一日の色んな出来事を労うパーティの筈だったのに。

 

どうして、わたくし、上条当麻は彼女達の前で正座を強いられているのでしょうか?

 

 

「……それで、とうまは私には一言も言わずに、しいかと一緒にまた事件を解決してたって訳なんだね?」

 

 

左には、いつもの修道服に着替え直したインデックスが、もの凄く冷めた視線で当麻を見下ろしている。

 

 

「……ったく、毎回毎回、詩歌さんもアンタも、所構わず危険な所に突っ込んでいくんだから」

 

 

右には、体操服姿の御坂美琴が、バチンバチン、と前髪から熱い火花を散らしながら憤怒の視線で当麻を見下ろしている。

 

まさに氷河と火山に囲まれているような気分だ。

 

しかし、2人に慈悲という文字はなく、このままだと半分は氷漬けにもう半分は大火傷を負う羽目になるかもしれない。

 

 

「……で、でもほらあれだ詩歌も無事だったし。事件も全部解決した訳だから今はこれを祝してパーティを――――」

 

 

「とうま!」 「アンタ!」

 

 

大人達は、何があったのか気付いているようだが、とりあえず、子供達の事を信じてそれほど追及してくる事はなかった。

 

が、

 

残念な事にこの2人は、『パーティの準備をしてました』、で納得してもらえるはずがなく。

 

今、その怒りやら心配やら色々と積りに積った負債を当麻の両肩にどっと押し寄せている訳である。

 

で、もう1人の当事者はというと、

 

 

「今日は『玉入れ』の時といい、色々とありがとね」

 

 

「うん。私も。助けてくれてありがとう」

 

 

「いえ、そんな!? 制理さんに秋沙さん。頭をあげてください」

 

 

と、何だか和やかというか、より親密になっているというか、少なくてもこっちよりは100倍マシだという事は間違いない。

 

今も何だか親達のグループに混じって、仲良く歓談中になっているし……

 

こっちは親達がいる手前、『かみくだく』や『かみなりパンチ』が襲い掛かってくるという事はないが、その代わり、重圧と共にガミガミとスピーカーが2方向から……

 

 

「聞いてるの!!」 「聞いてんの!!」

 

 

「不幸だ……」

 

 

当麻は嘆く。

 

早くナイトパレードが始まって、コイツらの気を逸らしてくれ、と。

 

だが、やはり当麻の不幸は並大抵のものではなく。

 

 

「それでアンタ。お昼に詩歌さんが言ってたあ、ああああ“アレ”ってなんなのよ!!」

 

 

「へ?」

 

 

顔を真っ赤にして、思いっきりどもる美琴を見ながら脳内で検索。

 

すると、

 

 

『でも、もしうまくいったら、さっきの“アレ”。今度は、当麻さんの好きな所にしてもいいですよ』

 

 

―――ぼん! と当麻の脳内コンピューターが煙を吹く。

 

その様子に険しい表情で目を細めながら、インデックスが、

 

 

「やっぱり、とうまはまいかが言ってた変態シスコン野郎なんだよ。昨日もしいかのお尻を触って鼻血出してたし」

 

 

「ば! おま! 何でそんな事を」

 

 

「まさか、そんなセクハラ行為までやっていたとはね」

 

 

「誤解だ! ビリビリ! それは―――」

 

 

「誤解じゃないよ。本当の事なんだよ!」

 

 

「アンタは紛れもなく変態シスコン野郎よ」

 

 

2人はこれまでにないほど蔑んだ視線で当麻を見下す。

 

そして、ここには2人以外にも詩歌や両親達がおり、もしこの騒ぎを聞きつけられれば……そんなこと考えたくもない。

 

 

「なあ、頼むからこっちの話も―――」

 

 

当麻は慌てて2人の口を塞ごうとするが時すでに遅く、

 

 

「へぇ。上条君。実の妹に手を出す為に。戦ってたんだ」

 

 

いつの間に背後に、あの黒騎士も真っ黒な哀愁オーラを漂わせる姫神の姿が。

 

当麻はもう何だか怖すぎて、涙も、そして、悲鳴すら出ない。

 

そして、

 

 

「何言ってんだよ、姫神!? 俺はそんな事の為に―――」

 

 

「上条」

 

 

その隣に吹寄がいた。

 

どこぞの世紀末覇者のように固く握りしめた拳の、その凄まじいオーラに屋上が、建物全体が震動する。

 

もう、何も言わなくても、その視線だけで分かる。

 

今日が貴様の命日だと。

 

 

(今度から、この病院に来るのやめようかな)

 

 

インデックス、美琴、姫神、吹寄。

 

この4人に囲まれ、まさに四面楚歌。

 

オリアナ=トムソンと黒騎士に挟み撃ちされた状況よりも、本気で命の危機だ。

 

もし、ここであの時のように降参か死かを選択できる自由があるなら、間違いなく当麻は賢い選択肢を選ぶ自信がある。

 

だが、今与えられた選択肢はただ1つ、死のみだ。

 

そして、助けを呼ぼうにも周囲には、

 

 

「あらあら。大勢の女の子に囲まれて修羅場だなんて、本当に当麻さんのアレは刀夜さん譲りね」

 

 

「か、母さん!? 何でそんなに怖い顔をしてるのかな!? 私は母さん一筋だよ!」

 

 

「美琴ちゃーん! 将来のためにもしっかりやるのよー!」

 

 

大人達は駄目だ。

 

誰も助けに来てくれそうにない。

 

 

(やっぱり、ここは詩歌に――――)

 

 

と、その瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

午後6時30分ジャスト。

 

 

ドガッ!! と。

 

 

強烈な光が地上から放たれ、夜の闇を一気に拭い去る。

 

それはこのナイトパレードの為に学園都市の至る所に飾り付けた電球、ネオンサイン、レーザーアート、スポットライトなど、その他ありとあらゆる電飾の光だ。

 

さらに、

 

 

ドドドォ……と。

 

 

夜空の空気を重い爆発音が震わせ、色とりどりの無数の花火が途切れることなく次々と打ち上げられ、鮮やかに輝いては消えていく。

 

これは、この<大覇星祭>の主役達の想いが集って産まれた光の饗宴。

 

その幻想的ともいえる光景にここにいる誰もが目を奪われる。

 

インデックスは楽しそうに声を上げながら華やかな空を見上げ、

 

御坂美琴は夜空をキャンパスにして描かれたカエル顔のキャラクターを見て熱狂し、

 

姫神秋沙はほんの少し口の端を上げながら見入っていて、

 

吹寄制理は満足気に頷いている。

 

そうだ。

 

これが自分が求めていた。

 

そして、命を懸けてでも守りたかったものだ。

 

その喜びを最も分かち合える―――――

 

 

(あれ? 詩歌はどこに行った?)

 

 

 

 

 

窓のないビル

 

 

 

ここは学園都市統括理事長が住んでいるとされている建物。

 

単純な核爆発の高熱や衝撃波程度なら吸収拡散される特殊建材で作られた最強クラスの要塞。

 

通路も階段も出口もエレベーターに通気孔すらもないその中で1人、『人間』アレイスター=クロウリーはいつものように逆さまの状態で静かに液体で満たされた容器の中で佇む。

 

 

「ふむ」

 

 

男か女か、大人か子供か、聖人か囚人か、賢者か愚者か、アレイスターを表現する言葉はどれもが不適切で、どれも適切ともいえる。

 

とにかく『人間』としか表現のしようがない、その者は、今回の事件――<使徒十字>による学園都市の支配下と世界の利権の確保についてポツリとその感想を呟く。

 

 

「……随分と、大きく揺らいでしまったものだな」

 

 

その言葉には明らかに呆れの色しかなかった。

 

当人のオリアナやリトヴィアの個人的な力だけで、ここまで事を大きくする事などできるはずがない。

 

おそらく、ずっと前から<使徒十字>による学園都市制圧をローマ正教は計画していて、それに2人の利害が一致して行動したという見解が正しいだろう。

 

昔から、ローマ正教にはそうした陰りのようなものがあり、元々世界全体の半分以上を支配していた十字教の基盤が少しずつ自然科学へと移行していくのを止められず、今では世界の支配権を二分する所まで揺らいでしまっている。

 

それだけではない。

 

今の教会世界で、ローマ正教は、“見かけ上は”世界最大宗派だが、真の力関係(パワーバランス)は、ローマ正教は、イギリス清教とロシア成教と同等。

 

つまり、20億人も集めておきながら教会世界では、3本柱の内の1本ぐらいにしか力がない。

 

もし、イギリス清教やロシア成教がローマ正教と同じ信徒を掻き集めたらこの力関係は一体どうなるだろうか。

 

最近、『ローマ一三騎士団』や『アニェーゼ部隊』などに代表されるローマ正教内の主力戦力が撃破、または離脱している。

 

さらに、イギリス清教が『オルソラ=アクィナス』や『天草十字凄教』など新たな戦力を積極的に取り組み始めている。

 

これらの事態は、今までかろうじて保たれていた魔術世界の天秤に、大きな変動をもたらそうとしている。

 

そして、世界のトップの座を意地でも守り抜きたいローマ正教は、その変動を警戒しているのだ。

 

今回の事件も、そうした背景があるのだろう。

 

しかし、この『計画』は失敗に終わり、<聖霊十装>の1つを失ったローマ正教を治める教皇なり枢機卿なりといった面々は、今頃どんな顔色を浮かべているのだろうか。

 

全く、その対極の科学世界を万全の態勢で集中管理している学園都市と比べるとなんと醜悪で愚かしいものか。

 

 

「しかし、だ」

 

 

つまらなそうにアレイスターは呟く。

 

醜くしがみつく者達だからこそ、そのしがみつき方はなりふり構うようなものではないだろう。

 

きっと、<使徒十字>だけが彼らの切り札ではなく、もっと強力な切り札が控えているだろう。

 

もしかすると、今度はあの世界最悪の魔導師が来るかもしれない。

 

 

(となると、こちらの計画も早める必要があるかもしれんな。全く、元々このような些事の為に使うような安い計画ではなかったのだが……)

 

 

世界中にとある量産型能力者――<妹達>を配置させ、すでに<虚数学区・五行機関>の第一段階は準備完了。

 

これが発動すれば魔術世界は間違いなく崩壊する。

 

が、

 

 

(鍵となる<幻想殺し>の成長が未だ不安定。そして、<幻想投影>の成長も停止している。これでは果たして使えるかどうか)

 

 

元々、様々なイレギュラーを想定して長期的に進めていた計画だ。

 

それも無理はないか、とアレイスターは考え、

 

 

(ならば)

 

 

心の声と同時に、四角い画面に新たな映像が現れる。

 

そこに映っているのは、ねじくれた銀の杖――<衝撃の杖(ブラスティングロッド)>。

 

 

(私自身が打って出る可能性も、考えねばならないのかもしれんな。ふ、ふふ)

 

 

闇の中で、『人間』は笑う。

 

果たしてそれは、世界最高の科学者によるものか。

 

果たしてそれは、世界最強の魔術師によるものか。

 

賢者にも愚者にも見えるその『人間』の胸の奥にあるものは彼以外誰にも知られる事なく、ただ彼に笑みを生む。

 

 

 

 

 

病院 とある病室

 

 

 

<大覇星祭>。

 

ごく普通に一般的な学校に所属していない自分には全く縁のないイベントだ。

 

別にいつもよりも人が多くて面倒だ、としか感想はない。

 

今のナイトパレードとかいうのも、“反射”が使えなくなった自分には煩くて良い迷惑だ。

 

 

(ま、邪魔する気はねェけどなァ)

 

 

しかし、

 

 

『待ってよー、ってミサカはミサカは追い駆けてみたり。良いじゃんミサカはお土産を見てただけなんだから置いてかないでってば、ってミサカはミサカは必死に抗議してみるけど立ち止まる気配は無しかよ』

 

 

クソガキの相手で、イベントに参加してないのに疲れた。

 

こう騒がしくては寝れないかもしれないが、早くベットで横になりたい。

 

と、ようやく自身の病室に帰還

 

自分の病室の戸をあける。

 

クソガキとか無断でここに出入りしているヤツがいるが、ここは一応、個人部屋。

 

だから、無人だと思っていた………

 

 

「すぅ…すぅ…すぅ……」

 

 

ベットの上で寝込んでいる彼女を見かけるまでの話だが。

 

 

(どうして、コイツがここにいンだよ……)

 

 

何だか頭痛持ちになったように、頭を抱えながら近付いて、見下ろす。

 

気持ち良さそうな寝顔だ。

 

いつもの彼女は大抵、能天気に微笑んでいるが、この初めて見た寝顔は、乱れた髪が頬にかかってたりして、少し幼く見え、いつもより素直な魅力を見せてくれている。

 

………がしかし、だ。

 

 

「おい、起きろ。テメェがここにいンだよ」

 

 

自分の安眠を妨害するのには邪魔だ。

 

というか、これは不法侵入に入るのでは。

 

クソガキの相手をしたばかりなのに、この神出鬼没で自由奔放過ぎるコイツの相手をするようなら、流石に世の中の理不尽にブチギレそうだ。

 

声をかけて起きないようなら実力行使も止む無し、と考えていたのだが、

 

 

「ふぁ~……どうもすみませんね、あー君」

 

 

のんびりと口元を手で隠し、あくびしながら上体を起こす。

 

そして、にこぉ~、というような寝起きのふにゃけた笑顔でこちらに向き。

 

 

「肉体的にも精神的にもお疲れ気味でして、避難先のあー君の部屋で勝手に休ませてもらいました」

 

 

「一体いつからこの部屋はテメェの避難場所になってンだよ」

 

 

怪我して能力の大半を失ってしまったが一応、自分は『実験』に参加していた研究者でさえ手がつけられなかった学園都市序列第1位。

 

そんな凶暴な獣の住処とも言えるここに寝ていられるとは一体どういう神経をしているんだ?

 

 

「まあまあ、今日は、色んな試合で競争したり、迫り来る魔の手から学園都市を救ったり、可愛い女の子達の恋愛相談に乗ったり、と大変だったんですよ」

 

 

「そーかいそーかい。そいつァご苦労なこった。分かったからとっととどきやがれ」

 

 

「ぶぅー、あー君は女の子の扱い方を学ぶべきです。これでは、打ち止めさんを任せて良いか不安です。大人になった打ち止めさんが不良になったらどうしましょう。あ、寝ている私を襲わなかったのは、へたれじゃなくて紳士として評価してますよ」

 

 

大きなお世話だ。

 

しかし、どうも彼女は自分の事を親友のように気軽に接してくる。

 

本当に、この扱いは困る。

 

 

「すみませんね。色んな方からナイトパレードのお誘いがありまして。でも、私がいるときっと邪魔になりますから……それと、説明するのが面倒だったというのもありますが」

 

 

意外だ。

 

彼女はきっと引く手数多の人気者で、邪魔だと思うヤツは、今、ここで寝床を奪われている自分を除いて誰もいない、と思っていたのだが。

 

 

「いえ、彼女達が私を嫌って敬遠している訳ではないです。でもね、きっと妹の私があの場所にいると、彼女達の成長に邪魔になるんですよ」

 

 

どこか達観したように彼女は言う。

 

何やら訳の分からない事を。

 

というか、今の発現の中に1つ気になる事が、

 

 

「妹?」

 

 

「ああ、そういえば言ってませんでしたっけ? 私には、無理、無茶、無鉄砲の三無い主義。普通なら考えもしない事を、考えもしない方法でやらかして、その度に周りを振り回すどうしようもなく世話の焼けるお兄さんがいるんです」

 

 

今、そのお兄さんは妹の助けを得られず、非常に大変な目にあっている。

 

そして、彼女は自身の父親と母親についても話してくれた。

 

もう、親の名前すらも忘れてしまった自分には共感する事は出来なかったが、それでも彼女が両親を尊敬している事だけは十分に伝わった。

 

その穏やかな物腰と、温かで優しい眼差しは生まれもってのものと感じさせ、きっと、これからも、彼女のそうした美徳は失われる事はないだろう。

 

しかし、

 

 

「……実は私、昔、この日に、ちょうどナイトパレードの時に、母さんから厳しい現実を突きつけられて挫折したんですよね」

 

 

その彼女の横顔が今、ほんの少しだけ薄れ、その分、悲しさと淡い儚さを滲ませていた。

 

でも、それを垣間見えたのは一瞬の事で、

 

 

「と、そんな話はさておいて。今日は<大覇星祭>に参加できなくて寂しくしているだろうと思い、今年はとにかく来年に向けて、あー君の学校を色々と準備してきましたよ」

 

 

そこで、彼女は無断で中に物を入れていたのか、ベットに備えつけられてあった引出しから2枚の用紙を取り出し、その内の1枚を手渡す。

 

 

「1つはRFO。そこは、私達がとてもお世話になっている先生が廃校だった場所を復帰させた場所なんですけど、教育機関というより、リハビリ施設と言うべきですね。でも、そこは上は中1、下は小学低学年と、可愛くて、小さい子達がたくさんいます。これなら、あー君の光源氏計画には最適です」

 

 

「……テメェとは、もう一度ガチでやり合わなきゃいけないようだなァ」

 

 

ブチッ、と思わず首元の電極に手を掛けたが、ギリギリの所で踏み止まる。

 

そんな事も知らずに『あれ? 気に入りませんでした?』ともう1枚の用紙を手渡す。

 

 

「あー君も私と同じ可愛いは正義、『ちっちゃいものクラブ』の一員かと思ったのですが残念です」

 

 

色々と討論を繰り広げたいところだが、もう面倒なので何も言わず用紙を受け取る。

 

 

「……では、もう1つ。ここは、あー君もお世話になっている黄泉川先生が勤めている高校でして、設備は一般の学校ですが、そこに努めている先生は生徒想いで優秀な方たちばかりです。それに、私が来年、通う予定の高校でもあります」

 

 

(コイツが通う高校……)

 

 

手元の用紙を見る。

 

そこには何の変哲もないごくごく普通の一般校の写真が載せてあった。

 

そう、自分には決して手の届かない平穏が……

 

 

「ねぇ、あー君。あー君は、慣れましたか?」

 

 

その問いに、一方通行は片方の眉だけを上げる。

 

端的すぎる質問の意味は、しかしすぐに伝わっただろう。

 

彼は以前、詩歌に命を救われ、表の世界へと引っ張り上げられた。

 

しかし、深海魚は、普通は暗い海の底で生きていくものだ。

 

それを日の光が届く浅瀬という環境に放り込めば、最悪、身体が破裂する。

 

今の一方通行は浅瀬に連れて来られた深海魚。

 

さらに、一方通行のこれから進む道は間違いなく地獄。

 

そうなるのであれば、死こそ救いではなかったのか?

 

 

「はっ、そうそう変わる訳ねーだろ。特に、良い方にはなァ」

 

 

吐き捨てるように、嘲笑うかのように、その言葉を口にする。

 

彼が犯した罪を、彼が一番許せない。

 

しかし、彼女の目を見て、続ける。

 

 

「……だが、今、俺はここにいる――――そういう事だ」

 

 

簡単にこの世界と、彼女と、慣れ合うつもりはない。

 

でも、少しでも、ほんの少しでも、変わろうとする気はあるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

「そうですか」

 

 

その時、心の重荷が軽くなった。

 

そして、やはり、この性分は変えられない事を改めて実感する。

 

自分はきっと、これからも自分勝手に人助けをしていく。

 

それが、どんなに恨まれようともこの基準点は揺るぎない。

 

自己犠牲のできる正義の味方よりも、物分かりの悪い偽善使い。

 

それこそが、上条詩歌の在り方。

 

 

 

 

 

 

 

『では、あまり皆を心配させる訳にはいきませんので』

 

 

と、彼女は立ち去った。

 

最後に、『ありがとう、あー君』と言い残して……

 

一体何があったのかは知らないが、また事件に巻き込まれたのだろう。

 

アイツは、人の都合も考えずに人助けをしていくような奴だ。

 

これまでも、そして、これからもその在り方は変わらない。

 

だからこそ、自分は……

 

 

「まァ、それほど悪いもンじゃねェしな……」

 

 

窓から吹き込んでくる生温かい風が髪を揺らし、色とりどりの綺麗な光が真っ暗な部屋の中を照らす。

 

少しだけ……そう感じる。

 

一方通行は今しばらく、外の賑やかな喧騒に耳を傾ける事にした。

 

 

 

つづく


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