とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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大覇星祭編 Fortis

大覇星祭編 Fortis

 

 

 

道中

 

 

 

見た目はどこからどう見ても小学低学年なのだが、立派な教師――月読小萌。

 

教育熱心な小萌先生の現場教育者エナジーは、出来の悪い子ほど高まるもので、自身が担任を務めるクラスの中の三大馬鹿(デルタフォース)、その中でも特に上条当麻が相手だと思わず、プンプンのしかめっ面ではなく、ニコニコニコニコの笑顔になってしてしまうものだ。

 

その問題児の妹風にいえば『馬鹿な子ほどかわいい』である。

 

そんなお馬鹿、もとい、かわいい問題児が、先程、3人の女の子に追われていたのを見て、『全く、上条ちゃんはクラスに参加しないで、またイチャイチャと……』と不純異性交遊を正す為に現場教育者エナジーがMAXに。

 

当の本人からすれば、美琴、インデックス、黒子にトリプルバトルを仕掛けられて、割と生死を賭けた逃走劇だったのだが、普段の行いのせいで、彼女は生徒の危機には気付かなかった。

 

まあ、小萌先生が割って入ったおかげで、1対3のトリプルバトルは終了となり、結果的に教え子の命を守ったともいえる。

 

だが、『実妹にまでフラグを立てた』という発言に、現場教育者エナジーがMAXを振り切る事に。

 

 

『上条ちゃん、とうとう妹の詩歌ちゃんにまで!?!?』

 

 

『違う! 違います! 違いますよ! 誤解ですって! ああ、せめて話だけでも聞いて!』

 

 

その後、幾分か鬱憤が晴らせて溜飲が下がり冷静になった少女達は其々の用事で去っていったが、小萌先生は、己の教師人生を賭けて、彼を更生させよう、

 

 

「もう! 姫神ちゃんのせいで、すっかり上条ちゃんを見失ってしまったじゃないですか!」

 

 

と、そのお楽しみタイム―――ではなく、とても世話がかかる生徒の説教を邪魔した黒髪体操服の女子生徒――姫神秋沙に向かって叫ぶ。

 

しかし、可哀そうな事に彼女には威厳と言うものが全くない。

 

彼女がいくら叱ろうと傍から見れば、仔犬がきゃんきゃんとじゃれているようにしか見えないのだ。

 

つまり、周囲の人間からすると、姫神と小萌先生は、担任と生徒ではなく、子供とそれの世話するお姉さんとしか映っていない。

 

 

「でも先生。次の競技の時間が。迫っているし」

 

 

だが、それでもやはり、お世話になっている先生。

 

それに、姫神は、夏休みの間、彼女に衣食住の面倒を見てもらった事があり、敬意を払うのは当然の相手である。

 

 

「むっ! 分かっているのですよ。だからさっさと叱ってさっさと皆の所へ戻ろうとしたのにーっ!」

 

 

そして、今、彼女達が歩いているのは、第7学区と第5学区の境目。

 

この辺りは学校からも競技場からも離れている為、周囲と比べれば人通りは少ない。

 

それでも、それはあくまで周りと比べればの話で学園都市産のキーホルダーやジグソーパズルなどの露店が立ち並び、そこでお土産を買うお客さんがそこそこいる。

 

 

「分かったのです。上条ちゃんは競技場で待つ事にするのです。それよりもほら、姫神ちゃんも急がないと駄目なのですよー」

 

 

「うん」

 

 

姫神は透明のカップに入ったフルーツジュースをちびちび飲みながら答える。

 

だが、どことなく生返事な気がする。

 

姫神は表情の変化が乏しく、その感情を読み取るのはなかなか難しい事なのだが……

 

 

「……姫神ちゃん? 何か悩みごとでもあるのですかー。だったら、先生が相談に乗るのです!」

 

 

そこはやはり小萌先生である。

 

 

「そういうのじゃないけど」

 

 

姫神はどこか雲を掴むような要領を得ない声で、

 

 

「上条君。少し様子が変じゃないかなって。何か。上の空みたいな感じに見えたんだけど」

 

 

と、小萌先生も教え子の様子を思い返し、

 

 

「うーん。言われてみれば、焦ってたようにも見えましたけどー。でも、単に次の競技が迫ってるからじゃないですかー?」

 

 

「……。でも。あの感じは」

 

 

姫神はそこで一度言葉を切った。

 

あのどこか張り詰めた雰囲気を、彼女は過去に体験した事がある。

 

そう、あの三沢塾の時だ。

 

自分を守る為に、そして、妹を守る為に。

 

神にも近しい力を持った錬金術師に対し、右手一本で立ち向かった時のものだ。

 

でも、

 

 

「やっぱり。気のせいだったのかな」

 

 

「??? 何がですかー?」

 

 

今は<大覇星祭>。

 

皆で楽しく思い出作り。

 

ちょっと危険なのかもしれないが、命のやり取りをするようなものではない。

 

と、考え込む姫神を見て小萌先生は何か思いつき、

 

 

「ようは、姫神ちゃんは上条ちゃんの事が気になってるのですか?」

 

 

「―――。」

 

 

ピタリ、と姫神の動きが止まる。

 

珍しく動揺したのか、手に持っていたフルーツジュースのカップを危うく落としそうになって、慌てて掴み直した。

 

 

「事実であるのに間違いはないけど。その言い方だと。直球過ぎて色々と誤解を生むかもしれない」

 

 

実は、姫神も妹に手を出した発言に思わず、当麻に平手打ちをかましてしまったが、その事はまあ、脇に置いておく。

 

 

「違うのですか?」

 

 

子供のように、と言っては失礼なのかもしれないが、可愛らしくちょこんと首を傾げる小萌先生。

 

だが、

 

 

「……。では。小萌先生も上条君の事を気になっているの?」

 

 

ズベン! といきなり何もない所で小萌先生がすっ転ぶ。

 

チアガール姿ので危うくミニスカートの中が大衆へ晒されそうになるが、ギリギリセーフ。

 

そして、彼女は勢い良く顔をあげると、

 

 

「なっ、何を言っているのですか姫神ちゃん! 先生は担任と書いて上条ちゃんの担い方を任されている者なのですよ! き、ききき気になると言ってもそれは上条ちゃんの将来についてであって、そんな直球な言い方されるとかえって複雑な意味に取られかねなくて―――」

 

 

「それと同じ」

 

 

生徒に諭され、小萌先生は少し黙る。

 

姫神はカップを持ってない方の手で小萌先生を起き上がらせると、怪我がないか確かめる。

 

そして、この小さな担任に怪我がどこにもない事に安堵の息を吐くと、

 

 

「でも。さっきみたいな言い方は避けた方が。良いかもしれない。私と上条君は。それほど仲良くもないし。変な誤解をされたら。困るのは上条君の方だし」

 

 

その発言に、む? と小萌先生の顔色が変わる。

 

 

「ははぁ。姫神ちゃんはそんな風に考えてるから、上条ちゃんの前ではナイトパレードの話題は避けていたのですね。あれだけ事前に配られたパンフレットを念入りに見てたくせにー」

 

 

ナイトパレード。

 

午後6時半から始まる某夢の国のような学園都市全体のパレード。

 

事前に大覇星祭運営委員などが準備し、この街の至る所に飾り付けられた、電球、ネオンサイン、レーザーアート、スポットライト、その他ありとあらゆる電飾の光が瞬き、夜空をあちこちから打ち上げられた花火で彩る。

 

そして、夜間外出に厳しい学園都市もこの日だけは夜遊びを推奨。

 

クリスマスやバレンタインとまではいかなくても、この素敵な夜は学生達にはうってつけの青春イベントである。

 

さらには、花火が打ち上げられている間にカップルが成立した者は、永遠に結ばれるなんて伝説もあるため、ある意味、競技よりも苛烈な戦いが始まるかもしれない。

 

が、

 

 

「無理だよ」

 

 

姫神は、一言で言った

 

 

「私なんかが。いきなり誘ってみたとしても。上条君は面食らうに決まってる。似合わないもの。それにきっと。上条君の事だから。詩歌さんと。見るんじゃないかな?」

 

 

本の僅かに細められた彼女の目は優しい光があったが、影もあった。

 

自分の恩人でもあるあの兄妹は、普通の家族よりも深い、誰も立ち寄れないほどに深い絆で結ばれている。

 

あそこまで固い絆は、姫神は他に知らない。

 

だから……遠くで見ているだけで、良いと彼女は思っていた――――が、

 

 

「そんな事はないのですよ。上条ちゃんは先生もちょっと心配するくらいのシスコンですけど、姫神ちゃんの事を邪魔だなんて思ったりは絶対にしませんよ。むしろ、喜ぶに決まってます。詩歌ちゃんもきっとそうです。あの兄妹は、本当に似た者兄妹ですからね。皆が笑ってくれる事が何より大事に思っているに違いないのです」

 

 

自分よりも格段に背の高い教え子の顔を見上げるように、

 

 

「だから、姫神ちゃんもあの2人の輪に入っても全然問題もないのですよ!」

 

 

その言葉に、姫神は何か胸の内がすっとしたような気がした。

 

顔は未だに無表情ではあるが、ほんの少しだけ驚きの色が見える。

 

姫神は、フルーツジュースの入った透明のカップを軽く揺らす。

 

それから、小萌先生に向かって、本当に少しだけ目を細めて笑みを作ると、

 

 

「じゃあ、詩歌さんだけ誘う。上条君は誘わない」

 

 

「むっ! 折角先生が弱気な姫神ちゃんの背中をグイグイと押しているっていうのに、一体何を意固地になっているのですかーっ!?」

 

 

「とにかく。誘わないの」

 

 

むーっ!! と顔を真っ赤にする小萌先生を見て、姫神秋沙は感謝する。

 

ほんの少し、あの2人に近づける勇気を貰った、と。

 

 

 

 

 

ビル工事現場

 

 

 

文字通り、燎原の火の如く、燃え盛る火炎がビル工事現場を赤く赤く染める。

 

鉄骨さえもその熱によって、あたかも絵の具で塗り潰したように真っ赤に照らし、溶けていく。

 

上条詩歌の立てた計画は単純。

 

上条詩歌が土御門元春から投影した<赤の式>で、人気のない場所まで強引に吹き飛ばす。

 

そして、そこでルーンを貼り、己に有利な陣形を築き、待ち構えていたステイル=マグヌスが圧倒的な力を見せつけて捕らえる。

 

如何に加減されていたとはいえ、不意を喰らい、武器も失った彼に、この死地とも言える場所で、紅蓮の魔術師に敵う筈がない。

 

ステイルにしても、急場しのぎではあるが、この幾重にもルーンが貼られた結界内では、たとえ<聖人>の神裂火織であろうと、致命傷を与えられるものだと思っていた。

 

現に黒騎士は武器を持つ事すら許されずに、一方的にステイルの切り札――<魔女狩りの王>によって、身体を焼かれていく。

 

 

(ちっ、これはどういう事だ)

 

 

だが、死なない。

 

摂氏3000度の炎に包まれているというのに、未だに身体の原形を留めている。

 

焼かれていない訳ではない。

 

侮っている訳でない。

 

全力で殺しに来ている。

 

だが、焼かれているのに、その最初の戦闘の時より遙かに上回る驚異の再生力によって、殺す事ができない。

 

 

「    ッ!!!」

 

 

そして、狂うように吠え猛る黒騎士は、身を灼かれながら炎の巨神の体内を突き抜けていく。

 

 

「ッ! ―――灰は灰に(Ash To Ash)塵は塵に(Dust To Dust)吸血殺しの(Squeamish)紅十字(Bloody Rood)!」

 

 

すかさず、ステイルは2本の炎剣を振り払う。

 

迸る火炎と熱気の渦が、黒騎士の体を切り裂き、さらに遅れて発生した高圧の爆風が、残った身体を跡形もなく吹き飛ばす。

 

が、

 

 

「なっ!?」

 

 

がしっ、と首元を何かに掴まれた。

 

振り返ると、無数の黒い虫の大群にせり上がって再生した黒騎士がいた。

 

人差し指と薬指がまだ完全に再生しきっていない汚泥のような手が、ステイルの首を掴んでいた。

 

 

(一体何をコイツは取り込んだんだ!)

 

 

ステイルの身体が、真横に放り投げられる。

 

人間離れした膂力で投げ飛ばされた身体は熱によって溶けかかっていた鉄骨を陥没させ、炭の山となった地面を転がる。

 

 

(ぐ、ぁ……)

 

 

横倒しになった視界。

 

混濁する意識。

 

手足の動きが麻痺し、すぐに立ち上がる事ができない。

 

大柄な体格とは裏腹に、ステイルは近接戦に使うような体力に恵まれている訳ではない。

 

それはステイルが身体を鍛えていないからではなく、彼の扱う術式の代償だ。

 

ルーンのカードを用意したり、暗号化した呪文を使うのは、それだけで莫大な魔力を供給する必要がある。

 

そして、今ステイルが顕現させている<魔女狩りの王>は教皇級、消費する魔力は洒落にならない。

 

魔力精製の作業を行いながら戦闘を行う彼は、内と外、体力と精神力から二重に生命力を消費している。

 

 

「   ッ!!」

 

 

「―――<魔女狩りの王>!!」

 

 

止めを刺そうとした黒騎士を、今度はステイルが吹き飛ばす。

 

炎の巨神の手に薙ぎ払われた黒騎士は全身を灼き尽くされるが、それを上回る速度で人間の形を取り戻していく。

 

もう、何度殺したか分からない。

 

だが、このままいけば、間違いなくステイルの中の生命力が尽きる。

 

もうすでに理性を失っているのか、その動きは最初の頃の洗練された武芸の冴えは失っている。

 

今も、何度焼き尽くされたにもかかわらず、鉄の棒を拾い上げ―――

 

 

「    」

 

 

その時、黒騎士の身体から滲み出るように黒い霞が現れる。

 

そして、その鉄の棒へと覆い被り、侵食。

 

これが、その身、その心、その魂を穢した代償に手にした力。

 

己の漆黒の憎悪を練り込む事で鉄の棒を、禍々しい狂気の槍へと変ず。

 

 

(く、そ……)

 

 

対して、ステイルの体はもう限界に近かった。

 

それでも、彼は、ゆっくりと地面から起き上がる。

 

今、ここで倒れていたは、志願してまでこの化物と対峙した意味がなくなる。

 

 

「僕は、貴様が何を捨てようと興味がない。だが、彼女を穢そうというなら話は別だ。たと不死であろうと、1つずつ、あらゆる方法を試して殺す。灰になるまで、灰になっても灼き尽くす」

 

 

手をつき、足をつき、ふらふらとした動きで、

 

それでいて、決して身体と心の軸は折れずに、

 

目の前の人知を超えた化物をその灼けつく視線で見据え、

 

 

「……<魔女狩りの王>―――」

 

 

その憎悪の重圧を跳ね返すように叫ぶ。

 

何故なら彼の<魔法名>は――――『Fortis,931』。

 

彼が己の身を代償にし、己の心に誓いを立て、己の魂に焼印した<魔女狩りの王>に望むものは、決まっている。

 

 

 

 

 

「―――我が名が最強である理由をここに証明しろ!!」

 

 

 

 

 

そして、2人が、己の全てを賭け、それに生涯の全てを注ぎこんだ漆黒と紅蓮の2つの力が激突。

 

手を緩めたつもりは、微塵もなかった。

 

それなのに、その漆黒の槍を灼き尽くす事ができない―――。

 

 

「『F rt s, 51』ッ!!」

 

 

その時、途切れ途切れながらも、己と同じ誓いの声が聞こえた。

 

ほんの一瞬。

 

己が立てた誓いを思い起こした理性が、無意識の内に、その<魔法名>を唱えた。

 

 

「―――ガアアァアアァァッ!!!」

 

 

その塵のような理性を振り絞り、失われた武芸の冴えを甦らせる。

 

轟然と槍が唸り、炎の巨神を吹き飛ばす。

 

その斬撃は、まさに神業。

 

立ち塞がるものなら炎でさえも断ち切る修羅の魔槍。

 

地獄の業火を前に、その得物を大きく振りかぶり、

 

 

 

ドッ!! と。

 

鮮血が、散った。

 

 

 

黒騎士から放たれた漆黒の魔槍は、炎の巨神――<魔女狩りの王>を突き抜け、その後ろにいたステイル=マグヌスの体を貫いた。

 

肉を抉り、骨を砕き、その身に穴を空ける。

 

ステイルは、すとん、と両膝を折って真下に崩れると、横倒しに地面に伏した。

 

地面はその体から零れる血を吸い上げ、赤く染まっていき、<魔女狩りの王>は、苦しそうに身をくねらせた後、四方八方へ飛び散るように消滅した。

 

 

「     ッ!!!」

 

 

今ので最後の理性を全て喰い尽され、完全に獣と化した黒騎士は、狂気の叫びを高々と轟かせる。

 

もうソレは、目の前の敵を見てすらいない。

 

ただ、勝利の余韻に浸る。

 

 

「――――」

 

 

言葉はない。

 

呻き声すらも、ない。

 

それが、最後まで、炎に己の全てを費やし、最強の守護者たろうとした男の――――敗北の瞬間だった。

 

 

 

 

 

第5学区 廃墟ビル

 

 

 

オリアナ=トムソンは倒れた。

 

彼女はピクリとも動かない。

 

直前で加減はしたものの、その衝撃は凄まじく、咄嗟に<麹塵>で作り上げたエアバックを展開していなかったら、骨が数本、折れていただろう。

 

そして、術者の意識が途絶えたのを機に、この建物一帯に張られていた結界が霧散したのを詩歌は感じた。

 

 

(ふぅ、これで最低限のノルマは達成です)

 

 

戦闘前に、人手が不足している、とオリアナに言ったのは本当だ。

 

当麻が陽動役、詩歌が<追跡封じ>――オリアナ=トムソンの相手をし、そして、ステイルが黒騎士と呼ばれる男を相手にする。

 

それはステイルたっての希望だった。

 

詩歌の作戦に従う条件として、ステイルが黒騎士を相手にする。

 

理由は教えてくれなかったが、もしかすると、因縁がある相手だったのかもしれない。

 

しかし、何か、嫌な予感がしたので、彼には内緒で当麻に陽動役が終われば、すぐさまステイルの応援に向かってくれと頼んだが、間に合っただろうか……

 

とりあえず、オリアナの体を安全な場所へと運び出し、

 

 

「―――ッ!!?」

 

 

瞬間、感じた。

 

この周辺一帯に広がるドス黒く濁ったナニカを。

 

これは、知っている。

 

夏休みの最終日。

 

あの不死身の怪物と同じ悍ましい魔力とよく似ている。

 

それが今、この街のどこかで暴れようとしている。

 

 

(まさか―――)

 

 

すぐさま、その根源へと、感知した詩歌は廃墟ビルから飛び立った。

 

 

 

 

 

ビル工事現場

 

 

 

荒れ果て、全てが焼き焦がされていた。

 

戦闘の残り火が周囲に燻り、焦げ臭い匂いが鼻をつく。

 

 

「ステイル!!」

 

 

当麻は、その中心で倒れているステイルの元へ走った。

 

脇腹に拳一個分の穴を開け、大量の血を出している彼は、微かながら呼吸をしていた。

 

そして、当麻の姿を見て、ゆっくりと瞬きした。

 

 

「……僕は、良い。自分で、何とかする」

 

 

彼は血で濡れた唇を動かし、

 

 

「それよりも、早く黒騎士を追え。オリアナは、君の妹が捕らえてるはずだ。そして、<使徒十字>は土御門が………」

 

 

「でも!」

 

 

当麻が応急処置セットを取り出そうとする、その手をステイルの血で真っ赤に濡れた手が遮る。

 

 

「良く聞け、上条当麻。ヤツはな―――――」

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

人通りのほとんどない道を選んで、賢妹は駆ける。

 

しかし、見る者がいたならば、その光景に目を剥いただろう。

 

真っ白な体操服に身を包んだ少女。

 

華奢な姿はいっそ妖精のようにも映るのに、そんな印象を裏切るほど、必死だった。

 

その強化された身体が生み出す速度は、二足歩行ばかりか、地上をいく生物の限界を遥か上だと、そう言ってもおかしくない。

 

たまに力が入り過ぎるのか、方向転換のたびに、蹴立てるアスファルトには罅が入る。

 

そうした力のロスさえも、彼女にとっては苛立たしい。

 

 

「間に、合って」

 

 

跳ねる。

 

異様なほどに鋭く、その身体は斜めに跳ね上がった。

 

建物を迂回するのではなく、飛び越えるショートカット。

 

風力発電の支柱を蹴ってさらに跳躍。

 

もはやその姿はまともな人間なら視認する事も難しい。

 

もし頭上を通っても、それに浮かぶ雲と太陽ぐらいしか捉えられないだろう。

 

上条詩歌はただ必死に駆け抜ける。

 

ただひたすらにその根源へ。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

愚兄は、街を走っていた。

 

高校男子を遥かに上回る速度で、人の波を突破していく。

 

彼は、ひどく焦っていた。

 

 

「……詩歌」

 

 

ぎり、と鋭い歯が擦れる。

 

血が一条、唇より垂れて、首筋を伝い、その体操服を汚す。

 

ステイルから、話は聞いた。

 

あの、黒騎士の事を。

 

もし、これが彼女に知られれば、きっと――――

 

 

「頼むから、ソイツとやり合うんじゃねーぞ」

 

 

思いが、口からこぼれた。

 

凄まじい速度をますますあげていきながら、胸中の願いを口走ってしまう。

 

不安を押し殺し、ただ上条当麻は地面を蹴る。

 

 

 

つづく


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