とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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大覇星祭編 兄妹喧嘩 2回目

大覇星祭編 兄妹喧嘩 2回目

 

 

 

道中

 

 

 

結局、上条当麻はこの場に留まった。

 

未だ目覚めない土御門元春を放っておけないし、巨大な看板に偽装された<刺突杭剣>もある。

 

それに、

 

 

「やっぱり、さっきのはお前だったんだな……」

 

 

ゆっくりと、背後を振り返る。

 

そこには、

 

 

「……詩歌」

 

 

妹の上条詩歌がそこにいた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

オリアナと黒騎士に囲まれた時、その危機から当麻を助けてくれたのは、詩歌であると、あの時すぐに気付いていた。

 

あの火の鳥は、詩歌の能力開発の際に何でも見たもので、ステイル=マグヌスの切り札――<魔女狩りの王>の簡易版である、と詩歌から聞いた事がある。

 

何度も再生はできないが複雑な命令コマンドをプログラムする事ができ、当麻と土御門を避けるようにオリアナと黒騎士に遠距離から奇襲を仕掛ける事ができたのだ。

 

 

「とりあえず、すぐにステイルさんに連絡した方がよろしいかと。今、当麻さんの足元に落ちてるのは、十中八九“偽物”です」

 

 

ハッ、と当麻は頑丈にグルグル巻きにされた布を解き、長方形の大きな看板を露わにしていく。

 

焦る。

 

<刺突杭剣>の形がどういったものかは知らないが、剣の形だとするならば周囲の注目を浴びる羽目になる。

 

だから、この看板は<刺突杭剣>の縦横を埋め合わせてカモフラージュしたものだと信じていた。

 

もし、これが<刺突杭剣>でなかったとするならば……

 

 

「……な、い」

 

 

ミイラ男のベールがはがれるように、白い布から出てきた物。

 

それは、ただの細く長い看板だった。

 

学生が作ったような、手製の、薄い鉄板にペンキを塗っただけの看板だ。

 

おそらくは<大覇星祭>期間中だけオープンされる、学生主導の屋台を飾る為のものだろう。

 

可愛らしい文字で『アイスクリーム屋さん』とだけ描かれていた。

 

そう、看板は偽装された<刺突杭剣>ではなかった。

 

どういう事だ。

 

オリアナが逃走の邪魔になると分かってて、その危険(リスク)を背負ってまでも持ち歩いていたものだったはずなのに、本当にただの看板だったと言うのはどういう事だ。

 

 

「やはり、騙されていた、ということですか……」

 

 

「……どういう事だよ、詩歌」

 

 

「当麻さん。本当に、<刺突杭剣>なんて代物の取り引きが、この学園都市で行われていると思いますか?」

 

 

詩歌は最初からこの状況を予想していたように語る。

 

魔術世界では核兵器にも等しい<聖人>を距離に関係なく一撃で殺せる<刺突杭剣>は、言ってしまえば『遠距離作動型核兵器強制停止スイッチ』のようなもの。

 

だから、

 

 

「当麻さん。常識的に考えて、<刺突杭剣>を最も欲しがるのは、どこですか?」

 

 

「え……?」

 

 

当麻達は、<聖人>を擁していない魔術集団であると予想した。

 

確かに、<聖人>を擁していないなら、<聖人>がいる魔術組織と戦ったときに一方的に相手の戦力を大幅に下げることができる非常に強力な武器になる。

 

だが、詩歌はそこよりももっと欲しがるであろう組織を知っている。

 

 

「私の答えは、この“学園都市”です」

 

 

あっ、という声が当麻から漏れた。

 

そうだ。

 

魔術と科学は少しでもバランスが崩れれば、一気に戦争に陥るほど不安定な関係。

 

それで、もし学園都市が魔術組織との戦争が起こせば、<聖人>が乗り込んでくる可能性が高い。

 

しかし、<刺突杭剣>があれば戦局が大きく変わる。

 

何故なら、科学側には何の効果もないため自滅の恐れはなく、けれども魔術側には破滅的なダメージを一方的に与える事ができるからだ。

 

詩歌の言う通り、学園都市こそ最も<刺突杭剣>を欲しがる組織のはずである。

 

 

「学園都市にとって最も有利になり、そして、その学園都市を毛嫌いしているローマ正教にとって最も不利になる<刺突杭剣>を、ローマ正教自身が学園都市で取り引きする。それで、もし、ミスを犯し、<刺突杭剣>が学園都市の手に渡れば、これは、自分の首を絞めるどころか、自分の首を撥ねるようなものです。明らかにおかしいとは思いませんか?」

 

 

「……そう、だな」

 

 

「まあ、可能性として、ローマ正教に所属している<聖人>は既に何らかの<刺突杭剣>に対する対抗術式みたいなものを開発したことだって考えられます。だとしても。誰かの手に渡ってしまったら、<刺突杭剣>にこっそり改変が加えられて防御不能になるかもしれない。そして、それが自分達に向けられるかもしれない。だから戦略的に非常に重要な<聖人>を失うリスクを踏むのに見合うメリットなんて、やはりほとんどないんですよ」

 

 

だから、ほぼ99%間違いなく、<刺突杭剣>は偽物。

 

でも、<刺突杭剣>が偽物だとして、何のためにローマ正教はそんなことをするのか。

 

詩歌はその答えも用意していた。

 

 

「<刺突杭剣>は魔術側にしか通用しない暗号のような言葉です。だから、この情報は魔術師達に向けて仕組まれたもののはず。では、この情報を受け取った魔術師はどう考えるでしょうか?」

 

 

「……当然、何とかして手に入れたい、と思う」

 

 

「そうです。でも、手に入れるに当たってこの霊装特有の問題があります」

 

 

そう、それは……

 

 

「この魅力的な霊装の奪取に最も有力な<聖人>を投入できないという事です。更に言えば、学園都市に<聖人>を近づけることもできなくなります。何かの弾みで<刺突杭剣>が暴発する可能性もないとは言い切れませんから」

 

 

つまり、

 

 

「これは偽情報(デマ)で、“本命”を成就する為に<聖人>が決して近寄れない状況を作り上げるものです。そして、オリアナ=トムソンらはその偽情報の信憑性を高め、陽動として自分達に目を向けさせる事で、その“本命”の準備が整うまでの時間稼ぎだと思います」

 

 

 

 

 

???

 

 

 

『第一段階は終わったわ。道中色々とあったけど、とりあえず必要なチェックポイントは全部済ませてあるから安心してくださいな、とお姉さんは言っているのよん。観光気分であちこち歩いたし』

 

 

『色々と言うのは、どのような?』

 

 

『んん? まぁ、あれよ。男の子にどつかれたり顔をぶん殴られたり服のボタンを壊されたりおっぱいを見られそうになったりかしら。いや、あれはホントに見られたかもしれないわ』

 

 

『……。清貧純潔従順を掲げる修道女にも拘わらず、そのあっけからんとした態度は』

 

 

『あら何よその侮蔑。旧約のアダムとイブだって素っ裸に葉っぱ1枚で世界を放浪したじゃない。あんな世界規模の羞恥プレイに比べれば全然大した事ではないと思うのだけど』

 

 

『……、』

 

 

『って、あら? もしもし、もしもーし? もう、何を不貞腐れているのよ。ほら、お姉さんもう聖書を馬鹿にしないから泣かなーい』

 

 

『別に、泣いてなどは。それより、ダメージの方は?』

 

 

『ない……とは言い切れない、わね。結構良いの貰っちゃったから』

 

 

『計画の方に支障は?』

 

 

『そちらはないわね。あなたが付けてくれた頼りになるボディガードもいるわけだし。ただ、ちょっと凶暴過ぎるのが難だけど』

 

 

『彼は我々の同志です。決して裏切るような真似はしません』

 

 

『ええ、そこは心配してないわよ。ただ、やり方が食い違うと言うか、それに……―――ああ、そうそう。看板は向こうに回収されてしまっているから』

 

 

『……あの、それは、どういう……』

 

 

『たぶん、もう中身についてもバレてしまっているでしょうね。お姉さんがダミーの1品を持って街中を逃げ回っていたという事も』

 

 

『―――、』

 

 

『ん、あら? あ、別に大丈夫よ。<刺突杭剣>の話がバレた所で、取り引きその者が左右されるような事態にはなってないのだし。減点1では失格にならない。そして、現実の戦いは競技とは違う。減点1を上手く利用する事で勝利をもぎ取る事もできるものよ。だから、仕事はキッチリとこなすわよ。この取り引きは誰にも邪魔させないし、誰にも邪魔できない。この取り引きで皆が幸せになるというなら、なおさら、ね』

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

あれから、バス爆破などオリアナ達との戦闘による被害から急行してきた<警備員>と鉢合わせになるを避けるため、すぐにその場を後にした。

 

土御門は詩歌に診てもらい、昏倒術式から復活し、彼の<肉体再生>と同調する事でこれまでの戦闘による負傷からも回復した。

 

今、土御門はステイルと共に其々の組織へ報告と情報収集を行っている……体で席を外してもらっている。

 

 

「――――当麻さん。もう私は我慢できません」

 

 

上条当麻は悔やむ。

 

心の底から悔やむ。

 

先程、上条詩歌が介入してくる前の最後の機会で、蹴りが付けられなかった事を。

 

あの時、吹寄制理が倒れた時から、ずっとこの時を予想していた。

 

 

「……分かっていないようですから、言っておきます。―――私は当麻さんの妹です」

 

 

「ああ、分かってる。だから………」

 

 

「だから、きちんと、当麻さんの不幸に付き合わせて下さい」

 

 

詩歌は当麻の体操服を掴んで放さない。

 

この距離でいるのが、2人でいるのが当たり前だとでも言うように。

 

こんな時だというのに……凄く嬉しい。

 

でも、だからこそ、

 

 

「……俺は、駄目なんだ。詩歌が不幸になってほしくねーんだ。危ない目に遭わせたくねーんだよ。もし、詩歌が酷く悲しんだり、強く傷つけられたりしたらって思うと、頭が滅茶苦茶になって暴れ出したくなる」

 

 

詩歌は強い。

 

それでも、不幸は起きうるのだ。

 

そして、上条当麻は不幸だ。

 

これまで何度も、自分が理不尽な目に遭ってきた―――だが、自分が傷つくよりも、詩歌が傷つく方が怖かった。

 

今まさに、上条詩歌を大事に思う気持ちが溢れるように増していく。

 

だから、恐れる。

 

また、この不幸が起きるのではないかと。

 

 

「詩歌。お前が戦う必要なんてないんだ。こっち側に来なくても良いんだ」

 

 

我儘だというのは分かっている。

 

当麻の『正義』を詩歌に押し付けているのは分かっている。

 

だが、当麻は己の身を削ってでも愚直にそれを押し通す生き方しか知らない。

 

 

「……このままではいつまでも平行線です。……ならば――――」

 

 

互いの目と目が合う。

 

その瞳には強い意思が籠っていた。

 

 

「――――喧嘩をしましょう。意地でも私の意思を貫かせてもらいます」

 

 

いつもの笑顔のまま、詩歌は――――

 

 

「―――がっ!?」

 

 

――――右フックを叩きこんだ。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

その衝撃で当麻の身体が吹っ飛ぶ。

 

3,4mの所でようやくたたらを踏みながらも立ち止まる。

 

 

「ここ最近忙しくて、組手してなかったからって忘れてませんよね」

 

 

何も構えず、ただ涼しげにこちらを見ている。

 

本気だ。

 

詩歌は本気で喧嘩をしようとしている。

 

オーラを隠すのが得意な彼女は、その容姿も相俟って、その身に秘めた強さを相手に感じさせず、初対面の人物には荒事とは無縁な弱者だと思われるが、本当は隙がない。

 

あるように見えて、隙は一切ない。

 

油断すれば、それは詩歌の思うつぼだ。

 

そして、相手の動きを投影し、幻想のように触れさせない、天分の彼女が繰り出す技巧を極めた体術は、今まで当麻が相手してきた誰よりも強い。

 

事実、当麻はまだ詩歌との組手では1度も勝てた事がないのだ。

 

だから、見逃せない。

 

隙を見せれば、やられる。

 

あらゆる挙動、指先の1つも見逃す事は出来ない。

 

が、そう警戒する事もまた―――

 

 

「当麻さん、これは喧嘩です。“何でもアリ”なんですよ」

 

 

―――詩歌の思うつぼだった。

 

 

「当麻さんのように一度も攻撃しないで勝つなんて言いませんが、手加減はしてあげます」

 

 

圧倒的存在感、圧倒的才能、そればかりに注意を向けてしまい、当麻は気が付かなかった。

 

詩歌は周囲の空間を把握、そして、能力演算し終えると、指を鳴らす。

 

瞬間、

 

 

「が――――!?!?」

 

 

突然、頭に衝撃が!?

 

と、思ったら、今度は腹に、背中に、肩に、足に………と全身くまなく滅多打ちにされる。

 

不可視の何か―――そう、威力はそれほど強くはないが、アニェーゼ=サンクティスの<蓮の杖>による座標攻撃のような……

 

 

「これは、<発火能力>の爆発と熱気を使った高威力の空砲です。まあ、高威力と言いましたが、調整したので、先程の一撃よりは弱いかと。――――でも、質よりも量。それを当麻さんの周囲に100発程度仕込んでおきました」

 

 

「なっ……!?」

 

 

ありとあらゆる方向から、不可視の、点攻撃。

 

まさに、<幻想殺し>とは最悪の相性。

 

当麻はその攻撃を防ぎ切れず、滅多打ちにされ――――

 

 

「おおおおおおぉぉッ!」

 

 

だが、雄叫びと共に当麻は右手を盾にして強行突破。

 

肉薄すればこの攻撃も使えない。

 

単純な膂力なら、当麻の方が上だ。

 

この兄妹喧嘩、負けるわけにはいかない。

 

強引にでも力づくで抑え込めれば……!

 

修練が生んだ勘で、突破を試みるが、

 

 

 

「駄目ですね。全く駄目です。迷いのある当麻さんじゃ私には勝てません」

 

 

 

いつのまに、目の前にいた。

 

 

「ッ!?」

 

 

突進した身体を腕1本で止められた。

 

体勢が悪かった。

 

重心が悪かった。

 

勢いが悪かった。

 

しかし、それでも、止められるとは思わなかった。

 

 

 

「全く、私が弱くないと何度言えば分かるんですかね? やっぱり体に教え込まないと駄目なようです!」

 

 

 

そう、油断した。

 

詩歌の笑顔が、そこで初めて、一瞬だけ砕けた。

 

 

 

「お兄ちゃんの……―――バカッ!」

 

 

 

強烈な頭突き。

 

当麻はそれを額に叩きこまれ――――押し倒される。

 

 

「なっ―――!」

 

 

柔らかなモノが、腹部にのっかる。

 

白く美しい肌が自分の上に跨る。

 

彼女の、体温を、感じる。

 

太陽の下であれほど闊達に見えた少女から、蕩けるような艶めかしさが付与されたように、鼓動が煩くなり、目が、離せなくなる。

 

そして、気付く。

 

 

―――困った。ああ、本気で困った。

 

 

本当に、本当に、心配そうだった。

 

ことさら表情を歪めたり、目尻に涙が溜まったりしてる訳じゃないのに……まるで百年も孤独だったような、不安ではち切れそうな顔をしていた。

 

 

「たとえ何があっても、私は後悔しない。お兄ちゃんの妹である事を後悔なんてしません。だから、これ以上、1人で不幸を全部背負い込もうとするのはやめて下さい」

 

 

「……詩歌」

 

 

長く束ねた黒髪がさらり、と流れ、地に垂れ、鼻孔を擽る。

 

それをかき分けながら、そっ、と手を差し出し、柔らかくて、とても優しい白い指がこちらの頬に触れる。

 

 

「私は、あなたが不幸になるのが嫌なんです」

 

 

今にも触れ合ってしまいそうな、互いの距離がかかりそうな距離で、淡く笑って。

 

まるで、それこそが世界で1番の願い事であるように。

 

少女は、本当に儚い笑顔を浮かべたまま、

 

 

 

 

 

「私は、あなたを幸せにしたいんです」

 

 

 

 

 

――――契約を交わすように、そっと、その唇を上条当麻の額に落した。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

時間が止まったかとさえ、思った。

 

思考をあやふやにさせるような、甘い幸せの香り。

 

埋もれるように柔らかな、濡れた感触が、そっと軽く触れている。

 

ただ、それだけで、

 

 

「うぁ……!」

 

 

ナニカが、こちらの内側まで優しく潜り込み、満たしていく。

 

身体の髄まで、快い痺れが響き、硬直する。

 

記憶を失い、初めて彼女に会った時のように、激しく心臓が高鳴る。

 

 

「だから、当麻さん、負けを、認めてください。私にも不幸を背負わせて下さい」

 

 

……不幸だ。

 

上条当麻が、彼女の兄だというのが不幸だ。

 

上条詩歌が、自分の妹だというのが不幸だ。

 

己の望み通りに事を進める事ができず、ただ降参するしかない状況に追い込まれる。

 

でも―――

 

 

「―――幸せだ。本当に、幸せだ」

 

 

―――彼女がいれば、全部幸せだ。

 

 

「俺も詩歌の兄である事は絶対に後悔しねーよ。でもな、俺はお前を不幸にしたくねーんだよ」

 

 

だから、言ってくれ。

 

自身に満ち溢れた賢妹の言葉を。

 

そして、押してくれ。

 

臆病な愚兄の背中を。

 

 

「大丈夫。私は強いです。そして、私達兄妹は揃えば、何だってできます。だから、絶対に負けません」

 

 

それは絶対の真理を口にするような自信に満ち溢れた笑顔だった。

 

それが、ようやく2人の喧嘩に、問答に、蹴りをつけた。

 

 

「そうか……そうだよな……ああ、俺の負けだ。詩歌」

 

 

―――もう、迷いはなかった。

 

 

「頼む。詩歌……力を、貸してくれ」

 

 

 

つづく


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