とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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大覇星祭編 悩める乙女達

大覇星祭編 悩める乙女達

 

 

 

道中

 

 

 

とうまが何処かへ行っちゃった。

 

さっきも短髪に連れ去られていったと思ったら、また私を置いてどこか行ってしまった。

 

たぶん、しいかのトコかな?

 

とうま、昨日、しいかと約束してたし……

 

でも、置いてかれるのはちょっと気に喰わない。

 

私だって、しいかの応援に行きたかったのに……

 

それに、私もとうまとしいかと一緒に参加したい。

 

 

 

 

 

 

 

「私、今日はずっとこんな感じなのかな」

 

 

とぼとぼ、と元気なさそうに隣を歩くインデックスを見て、小萌先生の熱血教育魂が燃え上がる。

 

目の前のシスターはどこの学校にも所属していない(ようだ)。

 

それでは、<大覇星祭>で上条当麻はもちろん、上条詩歌と一緒に行動するのは難しいだろう。

 

民間人参加の競技もあるにはあるが、それは『学生』と『民間人』を分けた上での事に過ぎず、一緒に参加するというのはできない。

 

小萌先生にはインデックスの気持ちが何となくわかる。

 

この手のイベントに1人だけ置いてけぼりにされるのは、結構きつい。

 

逆に言えば、たとえどんな形であれ関わる事が出来れば、きちんと満足感や一体感を得られるものなのだ。

 

 

(まったく上条ちゃんは分かってませんねー、こんな子を1人置いてけぼりにするなんて)

 

 

あっちのシスター(妹)ばかりに気を取られて、こっちのシスター(修道女)を蔑ろにするなんて……

 

と、小萌先生は不出来な生徒の有様に首を振りつつ、打開策を考えてみる。

 

妥協、ではなく、打開の策だ。

 

 

「大丈夫、シスターちゃんにも参加できるものはあるのですっ!」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

『私が競技を抜けるには、少し目立ち過ぎますからね。大人しく、インデックスさんと遊んでいます』

 

 

詩歌も当麻の案に乗ってくれた。

 

詩歌は、まだ1学年の当麻とは違い、最高学年で、学校の中心人物だ。

 

それに、借り物競走のごぼう抜きや、2人3脚でLevel5を打倒したなどの大活躍、それに、そのルックスも相まって、今や時の人状態だ。

 

もしかすると、『外』でも彼女のファンクラブができるかもしれない。

 

なので、競技を抜けたら、不自然に怪しまれる。

 

……と、詩歌なりに当麻の私情に付き合う理由まで用意してくれた。

 

詩歌ならその問題くらい難なくクリアしそうなのだが、それでも当麻の意思を尊重してくれた。

 

先程、我慢できずに当麻を困らせてしまった、そう不幸にさせてしまった、と。

 

詩歌はあの後、約束の事なんて口にしていないし、土御門とも連絡を取って、今回の件について詳しい内容を聞き、自身の役割を確認している。

 

罪滅ぼしとして、己を殺して当麻の私情に付き合ってくれている。

 

妹にここまで気を使わせてしまった事をとても不甲斐なく思い、けれでも、その気遣いまでも無駄にはできない。

 

そうして、当麻は、何事も元通りに、とまではいかないが、妹との関係性はほぼ修復。

 

 

(え~、っと。こっちか?)

 

 

で、今はインデックスの捜索である。

 

事情が事情とはいえ、何も言わず小萌先生に預けて、インデックスを放置していったのはまずいのかもしれない。

 

それを聞いた詩歌にほとほと呆れながら説教されたし、もしこの事をステイルの耳に入れば背後から炎剣が飛んできそうだ。

 

さらに、インデックスの不快ゲージがそのまま暴食ゲージに繋がったら、屋台一体に空腹少女の騒乱が発生するかもしれない。

 

なので、当麻は詩歌と共に割と大きな通りを早足で進んでいく。

 

と、不意に、

 

 

「ん? この声は……」

 

 

横合いからミャーと猫の鳴き声が聞こえた。

 

声を耳にしただけで多少の特徴が分かるほど聞き慣れた―――三毛猫(スフィンクス)の鳴き声だ。

 

 

「インデックス?」

 

 

2人は立ち止まり、音のした方を見る。

 

そこには、ビルに囲まれる形で、小さな公園があった。

 

 

 

 

 

公園

 

 

 

金属フェンスが普通よりも高く、それだけであまり立ち入りさせたくはなくなるような威圧感がある。

 

でも、入口からでは、葉の生い茂った危機が邪魔して中の様子を探るのは難しい。

 

その視認性の悪さが、さらに客足を遠ざけているようだ。

 

無理もない。

 

ここは厳密には公園ではなく、金属フェンスに針金で固定された看板『只山大学植物学部所有』を見れば分かる通り、植物を育てて生長データを採る為の場所だ。

 

<大覇星祭>期間中は、特別に解放されているようだが、部外者があまり立ち寄ってもいい場所ではない。

 

しかし、ここからスフィンクスの鳴き声が聞こえたし、携帯の迷子アプリの反応もここだ。

 

 

「おや? スフィンクス」

 

 

と、草木を分けるように、見慣れた三毛猫がひょっこり顔を出す。

 

そして、『姉さーん!』とばかりに、こちらに駆け寄り、詩歌の足元にすり寄る。

 

そのまま詩歌はスフィンクスを持ち上げ、抱き寄せると鼻と鼻を突き合わせ、

 

 

「にゃお~う」

 

 

(はい……?)

 

 

再び鳴き声。

 

が、さっきのとは異なる別の声だ。

 

……というか、

 

 

「にゃぁう」

 

 

「んにゃあ」

 

 

「ふなぁう」

 

 

「んにゃにゃにゃん」

 

 

妹の声だ。

 

詩歌は動物好きだし、三毛猫だけでなく、学生寮の裏庭に多くの野良猫や野良犬たちにえさを与え、ある程度の躾もしたり、飼い主になってくれる人を捜したりもしていると聞いた事もある。

 

だが、しかし――

 

 

「なーう」

 

 

「んにゃおーん」

 

 

「みゃおう」

 

 

「みゃん、んにゃにゃん……ふふふ、そうですか。インデックスさんはこちらにいるそうです。それから、当麻さんに置いてけぼりにされて大変ご立腹だとか」

 

 

「そ、そうか―――って、本当に会話してたのかよ!?」

 

 

何を話していたのか、いまいち理解できないが、ひょっとすると妹には猫語を操る特殊能力でも身に付いているのか!?

 

 

「はい。以前、動物と会話できる<精神感応>を使った事がありまして。それ以来、何となく会話できるようになったのですにゃー」

 

 

妹の新たない一面に当麻は驚愕する。

 

一体どれほどのスキルをこの子は持ち合わせているのだろうか?

 

まあ、なんにせよ少し笑顔が戻って何よりだ。

 

じゃあ、と当麻はそのまま茂みの奥へ―――

 

 

「あ、にゃにゃっ!?」

 

 

「ん? 何だ―――うおっ!?」

 

 

詩歌のいきなりの猫語に、思わず振り向くが、その時、足を樹木の足に引っ掛けてしまう。

 

そのまま、当麻は前へと転がりながら進み、視界が開けたその先に。

 

 

インデックスがいた。

 

何故か着替え中の。

 

 

 

「…………………………………………、」

 

 

 

当麻とインデックスは、お互いに目を合わせたまま動きを止める。

 

さらには、チア衣装に着込んでいる小萌先生がインデックスと向き合っていたが、彼女は当麻に背を向けているため、その存在に気付かない。

 

おかしい、と当麻は思う。

 

当麻の記憶の中に会った最新のインデックスの姿は、いつも通りの修道服だった筈だ。

 

それがどういう理屈で、修道服が綺麗に折り畳まれて地面に置いてあるのだろう。

 

そして何故、修道服の上には同色のパンツが置いてあるのだろうか?

 

で、今、インデックスは着替え中のようで、そのどこからか調達してきたのか白い短いプリーツスカートを穿き、緑色のタンクトップにようやく片手を突っ込んでいる所で、さらに、小萌先生がチアリーディング用の下着を穿かせようと―――

 

 

「にゃ~」

 

 

―――確認できたのはそこまでだった。

 

 

ガチン、と。

 

 

そして、ズボッ、と。

 

 

背後から顔を両手で挟まれ、その指先で両目を塞がれる。

 

いや、そんな生易しいものではない。

 

そのまま頭蓋骨を破裂させんばかりにこめかみを締めつけられ、眼球が奥の方へと押し潰される。

 

若干、身体も浮いている。

 

 

「ぐおおおおっ!?」

 

 

アイアンクローもきついが、これはそれ以上だ。

 

何せ頭の締めつけと同時に、目潰しまで同時に行っている。

 

正直洒落にならないくらいヤバい。

 

このままでは当麻は永遠に光を失ってしまうかもしれない。

 

 

「フフフ、インデックスさんが着替え中だから待つようにって言ったのに、当麻さんったら、ウフフフ」

 

 

いや、待て! そんな事は言われてない!

 

あ、まさかさっきの猫語がそうなのか!?

 

でも、当麻さんは猫語なんて理解できねぇし、つーか、日本語で言ってくれよっ!!

 

と、ツッコミたい所だが、あまりの激痛にその余裕は全くない。

 

さらに、

 

 

「……、ぁ、あ」

 

 

驚愕により一時停止していた少女の身体から、徐々に『一刻も早くコイツを喰い殺そう』という怒りのオーラが伝わってくる。

 

視界が潰されているため、より敏感に感じる。

 

このままだと…………死。

 

当麻は、全身から嫌な汗をダラダラと流しつつも、足が宙に浮いているためその場から逃げる事はできない。

 

そんな生徒の危機的状況に気付かず、小萌先生は全く気楽にインデックスへと話しかける。

 

 

「ごめんなさいですー。正規の更衣室はその学校の人間でないと使えないって決まりがあって。こんな所でお着換えさせるのは心苦しいんですけどー―――って、きゃあ!?」

 

 

全てを言い終える前にインデックスは当麻へ襲いかかる。

 

だが、下着は太股に引っ掛けたままだし、その進行方向上に三毛猫がいる。

 

 

「とうまーっ!! これで何度目か数えてみると良いかも!!」

 

 

しかし、羞恥で我を忘れているインデックスはその事に気付いていない。

 

 

「くっ!」

 

 

咄嗟に詩歌が片足で三毛猫をそっと押して、どかす。

 

 

「うおお! スミマセンの精神は旺盛だがしかしこれ以上喰われてたまるかーっ!!」

 

 

その時、当麻が暴れる。

 

何とか体を捻り、詩歌とインデックス(ダブルシスターズ)の必殺ツープラントから逃れようとする。

 

いつもなら、当麻が何をしようとも詩歌の拘束が外れる訳がない。

 

が、今、詩歌はスフィンクスを助ける為に一本足の状態だ。

 

そのせいで詩歌の体勢が崩れて、後ろ向きに当麻と一緒に倒れ込む。

 

さらに、インデックスの空中噛み付き(フライングバイト)の照準がずれ、

 

 

「きゃ―――」

 

 

「うお―――」

 

 

地面に後頭部を打―――てはいない。

 

ぽにょん、と何か大きめのクッションに受け止められた。

 

柔らかい。

 

それにいい匂いがする。

 

もしこれが枕だったら、どこでも良く眠れる極上の枕に違いない、と当麻は思う。

 

そして、追い討ちを掛けるように、

 

 

「ひっ……!?」

 

 

かぷり、とほっぺたに小さくて、しかし柔らかな感触が伝わってくる。

 

上下の硬い質感と、その隙間から温かくて湿った何かが当麻の頬をくすぐる。

 

相変わらず視界は塞がれているが、何か、こう、身体の上下をサンドイッチされているような……

 

とりあえず、この正体を確かめようと右手で頭にある『クッション』を、左手で頬にくっ付いている何かを探る。

 

左手にはさらっとした触り心地の良い絹のような感触。

 

右手には片手では収まりきれないほど大きく一度触れたらずっと離したくないような柔らかい感触。

 

それでいて、昔これをどこかでこの感触を味わった事があるような気がする。

 

何だか連想ゲームみたいだ。

 

詳しく確かめてみようと、すりすりと弄ったり、もにゅもにゅと揉んだりしてみる。

 

その度に、ふぁ////、とか、はぅ////、とか熱い吐息が当麻の頬と頭頂部を撫でる。

 

何だか妙な気分に……

 

 

「か、かかか上条ちゃんっ!!?」

 

 

小萌先生が顔を真っ赤にし、腰を抜かしながら、この目の前の現状に叱責してやろうと思うが、あまりの刺激に上手く言葉にできない。

 

 

「んん……」

 

 

だが、その声に反応して、下で何かがゴソゴソと蠢き、両目を覆っていたものが退かされ、ようやく視界が開かれる。

 

と、そこにいたのは、銀髪の……

 

 

「……ぃ、な、インデックスッ!!」

 

 

「……、」

 

 

当麻は顔を真っ赤にして叫ぶが、返事はない。

 

ササササ!! とインデックスは無音のまま身体を起こして、ものすごい速度で当麻から離れた。

 

しかし、ツゥー……っと、口元から当麻のほっぺたに唾液の透明な筋が糸を引く。

 

それを見て、カァー//// っと顔が真っ赤になり、あわあわとしながら口元を拭う。

 

普段なら叫び声の1つがあってもおかしくないはずなのに、インデックスは黙ったまま表情が見えなくなるほど俯いて、耳まで真っ赤になっている。

 

もしかすると、今まであまり意識していなかった噛み付くと言う行為について、何か考えているのかもしれない。

 

気が動転しているのか、衣服があちこち脱げ掛っている事にも意識が行っていないし、馬乗りの状態まま動こうとはしない。

 

視界の端に、小萌先生がいたが、彼女は両手をほっぺたに当てて『わ、わああー…』と絶賛混乱中である。

 

 

「い、いや、あの、インデックス、さん? 大丈夫ですって事故ですよ事故! こ、こんなのノーカウントなんだからそんなマジにならなくても……って、うわ! ちょっと待てインデックス、お前なんでそんな恥ずかしさから一転してお怒りモードの赤面顔になってるんだ! ひょっとして俺は今何か余計にマズイことを口走りましたかーっ!?」

 

 

無言のままブルブルと小刻みに震え始めたチア少女。

 

だが、今当麻が対応しなければならないのは彼女だけではなく……

 

 

「……当麻さん、重いです。どいてくれると嬉しいんですが………それから、いつまで揉んでいるつもりですか?」

 

 

聞き慣れた声。

 

そして、気付く。

 

この右手の感触は確か妹の…………

 

 

「い、いや、詩歌違うんだよ俺は別に詩歌の胸を触ってたんだがそれは詩歌の胸だと気付いて無くてただ何かを確かめようとだからそのあれだつまり色々とすんませんでしたーっ!!!!」

 

 

がばっ、と勢い良く、未だ馬乗り状態のインデックスを押しのけて即座に上体を起こし、前へと転がるように離れる。

 

当麻の下には詩歌がいた。

 

倒れた時に下敷きになったのだろう。

 

衣服が乱れ、ちらっとおへそが見えている。

 

そして、特に胸元の辺りが乱れており、倒れた衝撃でブラのホックが外れたのか、抑え込まれていたものが弾け、いつもよりも幾分大きい。

 

これを見て確信する。

 

先程、自分が描写すると18禁になるかもしれないほどハーレム状態であったのを。

 

アルマジロのようにグルグルと地面を転がり、そのまま土下座。

 

日本土下座協会で、トリプルアクセル土下座に次ぐ難易度を誇るローリング土下座を決行した、その瞬間、

 

 

「―――、上条」

 

 

真後ろから冷たい女性の声が背中に突き刺さった。

 

何としてでも死刑だけは免れようとしている当麻は頭を上げずに、そ~っと視線だけを上にスライドさせる。

 

吹寄制理。

 

体操服の上から運営委員の薄いパーカーを羽織っている彼女は、

 

 

「運営委員の仕事で、月読先生を捜してて、声が聞こえたからここまでやって来てみれば……また?」

 

 

まず初めに当麻と小刻みにブルブル震えているインデックス、そして、恥ずかしそうにブラを直す詩歌を見て、次に顔を真っ赤にしている小萌先生を見て―――

 

 

「皆の応援サボってナニやっているのよ、この学校の裏切り者が!」

 

 

何らかの能力ではなく、まんま握り拳の一撃を受けて上条当麻は地面に顔面ごと突き刺さった。

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

「お姉さんじゃなくて、お母さんっ!?」

 

 

「どう見ても20歳前後にしか……」

 

 

佐天涙子と初春飾利が、目の前の女性を見て、絶句する。

 

ばったりと彼女達の尊敬する先輩、御坂美琴に出会い、そのままの流れで、美琴の応援に来ていた御坂美鈴から『美琴ちゃんの母です、よろしくね』と紹介されたのだが、明らかに若過ぎる。

 

 

「あら、美琴ちゃんのお友達? 嬉しい事言ってくれるわねー」

 

 

この口調と言い、スタイルと言い、美貌と言い、はっきり言って、一児の母とは思えないほど若い。

 

まあ、これは美鈴が常日頃から美容パックやエクササイズなどをしてきた成果である。

 

流石、Level5の母、と何だかわけのわからない理由で2人は納得する。

 

美琴はそんな2人の様子を見ながら、『もし、詩菜さんに会ったら2人はどんな反応をするんだろう?』と思う。

 

自分の母、美鈴も若々しいが、上条詩歌の母、詩菜はそれ以上に若い。

 

しかも、それでいて、美鈴のようにアンチエイジングとかに特にこだわっていない。

 

だが、この学園都市には美琴も知らないようだが、さらに若い、幼女にしか見えない教師もいる。

 

 

「あーでも、言われてみれば、パーツパーツに御坂さんの面影が……」

 

 

興味が付いたらとことん調べる。

 

佐天は、両手の人差し指と親指を合わせてフレームを作り、美鈴の細部を観察。

 

明るく活発そうな雰囲気。

 

容姿も似ているし髪の色も同じ。

 

母娘の共通点をしっかりとチェック。

 

 

「“胸”以外」

 

 

そして、その佐天アイは、母娘の明確な差異(弱点とも言える)を見逃さない。

 

が、

 

 

「よーし、佐天さん。後でゆっくり話そうか。2人きりで」

 

 

ちょっと正直過ぎたようだ。

 

 

 

閑話休題

 

 

 

「そういや、美琴ちゃん。パパが来なくて正解だったかもしれないわよー?」

 

 

「??? 何で」

 

 

「だって、美琴ちゃん、当麻君の事が気になるんでしょ? 詩歌ちゃんから聞いちゃったわよー」

 

 

「ぶっ!?」

 

 

美琴はいきなり噴き出した。

 

それから顔を真っ赤にすると、頭1つ以上は背の高い美鈴の顔を思い切り見上げて、

 

 

「な、なななな何をいきなりぶっ飛んだ台詞吐いてんのよアンタ!!」

 

 

「えー? 美琴ちゃん。昔、上条さん家の子供になって、詩歌ちゃんの妹になるって、張り切ってたでしょー。当麻君のお嫁さんになれば、詩歌ちゃんと姉妹になれるのよー」

 

 

「わ、私は詩歌さんの事は尊敬してるけど、あの馬鹿の事なんて気にしてないわよ!!」

 

 

「気になるーん。『あの馬鹿』とか親しげな悪口が気になるーん。美琴ちゃんが罰ゲームで何をお願いするのか気になるーん。ほうら、パパ来なくて正解だったでしょ? で、結局どうなのよ美琴ちゃぁん♪」

 

 

と、そこにさらに追い打ちをかけるように、

 

 

「あ、御坂さん。この前、詩歌さんのお兄さんに色々と助けてもらったって言ってましたよね」

 

 

「そういえば、さっきの借り物競走でお姫様だっこされてましたよねっ!? あの時、お顔が真っ赤だったんですけど、それってまさか!?」

 

 

「ほほぅ、それでそれで?」

 

 

娘の恋話に興味津々の美鈴は、娘の後輩の佐天と初春からさらなる情報を聞きだし、

 

そして、顔どころか全身を真っ赤にさせてぶるぶると震える美琴を他所に話を全部聞き終わると、美鈴はさらにニンマリと、

 

 

「今日、上条さん家とお昼ご飯一緒に食べようって話になっちゃってるわけなのよん♪ だから、しっかりとアピールするんだよー、美琴ちゃん」

 

 

「うるさい黙れだから違うって言ってんでしょ!!」

 

 

噛みつくように叫んでくるが、美鈴は全く気にせず美琴の耳でこそっと、

 

 

「(ここで上条さんと仲良くなっておけば、後々美琴ちゃんの気になる『あの馬鹿』と何かあってもスムーズに事が進むじゃない? 娘のためを思っての事よー)」

 

 

「な、ななななな何かあるって何もあるわけないじゃない!!」

 

 

バッチンバッチンと青白い火花を散らしまくる美琴を見て、美鈴だけでなく、佐天と初春までもが微笑ましそうに美琴を見つめる。

 

まずい。

 

美鈴だけならまだしも、後輩の佐天や初春までも……

 

よし、ここは一刻も早く逃げよう。

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

分からない。

 

何で自分は、あんなに恥ずかしかったのだろう。

 

今まで、彼には色々と恥ずかしい目に遭わされてきたけど、どうしてもあれだけは気になってしまう。

 

あんな事があった、その戸惑いや衝撃も手伝っていたのかもしれない

 

だから、

 

 

 

 

 

「ねぇ、しいか。この気持ちって一体何なんだろう?」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

あれから、当麻と別れ、しばらく次に競技まで屋台を覗いていると、インデックスが、詩歌に問い掛ける。

 

まだ、インデックスも上手く把握していないのか、その問いはあやふや。

 

それでも、詩歌はインデックスの聞きたい事が分かった。

 

しかし、上条詩歌に相談。

 

インデックスの身近にいて、このような相談事が得意な相手……それは、上条詩歌しかいない。

 

インデックスにとって、詩歌は頼りになる姉でもあり、母なのかもしれない。

 

学園都市に来てから、インデックスは詩歌から料理や勉強や遊び、それにおしゃれ等、年頃の女の子の楽しみ方を教わるようになっていた。

 

詩歌はインデックスにとって自分の知らない知識の宝庫だった。

 

魔術の知識なら右に出る者がいないが、年頃の少女が知るべき当たり前の知識は知らない。

 

周りの人間は道具扱いし、彼女にそういった事を教えなかったからだ。

 

無論、教えた者もいたのだろうが彼女は、ついこの前まで1年周期に記憶を失っていた。

 

しかし、

 

 

(………)

 

 

それでも……上条詩歌に上条当麻への想いについて相談を持ちかけるのは酷な事だろう。

 

無知で、無邪気で、無垢なインデックスは、上条詩歌の想いに気付いていない。

 

奇しくも、自分の想いに、母、上条詩菜が呪いをかけ、絶望させられた<大覇星祭>の時に……

 

詩歌は少し目を細めると、インデックスの瞳を見つめ、

 

 

「……なるほど、インデックスさんは当麻さんの事が気になるんですね」

 

 

「――――っな!?」

 

 

何とか発声を抑えたもののインデックスの心に大きな波紋を産み出す。

 

それに対して、詩歌は静かな水面のように乱れずゆったりと頬に手を置き、

 

 

「ふふふ、今のインデックスさんの問いに私が明確な答えを与える訳にはいきません。残念ですけど、本に載っているような厳正な事実や理論などでは答えられるような分野ではありません。今、インデックスさんが抱いている気持ちは、あやふやで完全な答えのない、心や感情のお話です。……でも、少しだけ私の意見を参考にしてみるのは良いのかもしれません」

 

 

真剣に、詩歌は噛んで含めるように答える。

 

これは、インデックスの事を気に入っているからだけではなく、あまりに“未熟”だからだ。

 

これはもう1人の妹分の御坂美琴にも言える事だ。

 

詩歌は2人の事を気に入っているし、また、危険視しているが、それでも『恋敵』とまでは見ていない。

 

これは傲慢なのかもしれないが、10年本気で恋し続けた詩歌から見れば、インデックスも美琴も“子供”なのだ。

 

あくまで、『姫候補』に過ぎない。

 

<禁書目録>という道具としか扱われてこなかったインデックス。

 

<超電磁砲>という天才として周囲の人間の輪から孤立した御坂美琴。

 

そのせいで、人の『気持ち』や『想い』……その複雑さや強さというものを、ほとんど体験しておらず、詩歌の見た所、2人はその種の力に対処する事が全くできていない。

 

だから、教えてあげよう。

 

そんな感情や状況をあしらえるように、きっちりと教えて、備えさせておかないと、少なくても自分の気持ちが御せるくらいには。

 

そう、『無知』と『清らかさ』は違う。

 

少なくても今のままでは『姫』としては認める事ができない。

 

詩歌はインデックスの身体を柔らかく包むように抱きしめると、

 

 

「さて、このように身体を触れ合わせるっていうのが、親愛の情の表れである事は分かりますよね?」

 

 

「うん。握手とか、抱き合うとか、そ、それに……キス、とか////」

 

 

「はい、そうです。じゃあ、キスをこれから私がインデックスさんにするのは、構いませんよね?」

 

 

「ふぇっ!? え、う、うん」

 

 

詩歌の大胆発言に、一瞬、驚いたが、インデックスは恥ずかしながらも頷く。

 

 

「じゃあ―――」

 

 

手助けし過ぎているのも分かっている。

 

もちろん、これが自身の心の首を絞めていることは詩歌も分かっている。

 

だが、芽が出たその気持ちは、否定したり、止めたりする資格は誰にもない。

 

 

「―――当麻さんとは、簡単にできる?」

 

 

「えっ!? そ、そんなの駄目なんだよ!」

 

 

「あら? インデックスさんは当麻さんの事嫌いでしたか?」

 

 

「ん、え、とうまの事は嫌いじゃないけど…でも……」

 

 

インデックスは答えられず、徐々に顔を伏せ、詩歌の胸に顔を埋める。

 

 

「ふふふ、少し考えたら結構、恥ずかしいでしょう? これがこのお話の核心です。それに、キスって言っても、先ほどインデックスさんが当麻さんにしたように頬にするのと、口と口でするのとは、かなり意味合いが異なります」

 

 

「……く、口と、口……?」

 

 

インデックスは顔を埋めたまま、蚊の鳴くような声を辛うじて搾り出す。

 

真っ赤になった耳を見ながら、詩歌は、うん、と満足げに頷き、

 

 

「それでいいんです。簡単にさせては駄目なんです。それは私とでも同じです」

 

 

「えっ?」

 

 

思わず顔を上げたインデックスの目に、詩歌の浮かべる深く優しい微笑みが映った。

 

 

「インデックスさん。私はね、こう思ってます。頬にキスをするのは親愛。でも、口と口にするのは“誓い”です」

 

 

「“誓い”……?」

 

 

「そう。自分の全てを相手に預けても良い……そう誓う行為。それは親愛の情とは違う、もっと強くてどうしようもない気持ちを表す、決意の形。だから、その決意をさせるのに相応しい相手でなければ絶対にするべきではじゃないし、されるべきでもない。もちろん、人によって誓いを立てる頻度も守る力の強さも異なりますが」

 

 

「……」

 

 

その台詞は胸に、心に強く響いた。

 

まだこの気持ちが何であるか確信は持てないけれど、詩歌の言葉はそんなインデックスの中にも反響し、浸透していく。

 

そして、その深く透明な眼から、その底で渦巻いている狂おしい何かが――――とそれは一瞬の事で、本当にあったかどうかも確かではない。

 

ただ、何となく見えたような……そう幻想のような儚く弱弱しい物が見えた気がした。

 

しかし、インデックスにその正体が分かるはずがなく、詩歌はもう悪戯っぽい笑みを浮かべ、

 

 

「だから、インデックスさんは自分を大切にして、安売りしないように。あなたはとっても高い。これは私が保証してあげます。そ・れ・に、口と口でなくても乙女の唇は高いのです。事故だろうが何だろうが遠慮なく当麻さんの頭を噛み砕いても構いません。それでも、まだ気になるなら―――」

 

 

額が見えるように掻き上げ、

 

 

「―――その幻想をぶち殺す、ってね」

 

 

インデックスの額にそっと唇を落とした。

 

幸せになりたいから、人を好きになる訳ではない。

 

好きになって欲しいから、愛した訳ではない。

 

自分が彼の運命の相手にはなれない、なってはいけない事は分かっている。

 

その事は苦しいし、胸が張り裂けそうになる。

 

でも、恋は幸せばかりではない。

 

真っ赤で情熱的な恋もあれば、派手な黄色の楽しい恋もあるし、深い青色の悲しい恋もある。

 

あの錬金術師の恋はきっと青い悲恋であったのだろう。

 

そして、詩歌の恋もいつかそうなるかもしれない。

 

だが、上条詩歌は大好きな上条当麻を幸せにしたいのだ。

 

だから、彼と同じように最後は全てを塗り潰す嫉妬の黒色になってしまっては駄目なのだ。

 

叶わぬ、無謀な、不幸な恋に愚兄を巻き込まないように。

 

この賢妹が祝福できるくらいの幸せな恋が訪れるように。

 

その為なら、この想いは秘されたままでもいい。

 

 

「はい、これでおまじないは終わりです」

 

 

と、インデックスから身体を離したその時

 

 

 

「ねぇ、しいかって、とうまの事好きなの?」

 

 

 

ふわり、と風が吹いた。

 

今の会話で1歩成長したインデックスの無意識な問い掛け。

 

おそらく詩歌の想いには気付いていないだろう。

 

しかし、詩歌の答え次第で、インデックスの心に“呪い”がかけられてしまうだろう。

 

詩歌は、嬉しそうに、しかし何処か悲しげに、

 

 

「はい。当麻さんの事は『妹として』大好きですよ」

 

 

……嘘ではない。

 

嘘ではないが、言葉が……想いが足りない。

 

上条当麻の事を『女として』愛している筈なのに……

 

嘘吐きではないが詐欺師。

 

けれどそれでいい。

 

今の“未熟”なインデックスに“呪い”をかけるより誤解させておいた方がずっといい。

 

インデックスと御坂美琴の姉として、

 

上条当麻の妹として、

 

この対応は間違ってはいない。

 

 

「インデックスさん、お悩みは晴れましたか?」

 

 

「うん。まだちょっと分かんない事もあるけど、ありがとう、しいか」

 

 

「それは良かったです。と、もうそろそろ『バルーンハンター』の時間ですね。インデックスさん、応援よろしくです」

 

 

「うん! 精一杯応援するんだよ、しいか!」

 

 

「ふふふ、インデックスさんの応援があればもう百人力です」

 

 

明るく、華のように笑って、詩歌はぐっと腕を伸ばす。

 

が、

 

 

 

―――――ズキン―――――

 

 

 

一瞬、痛みが走った。

 

女としての上条詩歌の心に痛みが走った。

 

だが、あまりに小さく一瞬で本人でさえも、この信号(いたみ)に気付かなかった。

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

無事、インデックスを詩歌に引き渡した上条当麻だが、今度は吹寄制理にクラスの応援面子として強制連行されてしまう。

 

ぶっちゃけ、土御門とステイルがあらゆる方面からオリアナとリトヴィアの情報を収集しているのだが、当麻にそんな情報収集スキルも伝手もないので、これと言ってやる事がない。

 

詩歌にインデックスは任せたし、何だかこれってもしかすると一番役立たずなんじゃね、と今さらながらにして当麻は思う。

 

だが、その途中で、とある金髪の女性にぶつかる。

 

色の強い細かく手入れの行き届いた長い金髪と青い瞳。

 

見た目は18,19歳くらいだが、スタイルが抜群で、目に見えない妖艶さも纏っている。

 

塗装業の関係者なのか、野暮ったい乾いたペンキがあちこちにこびりついた作業服に身を包み、脇に真白な布で覆われた、長さ1.5m、幅70cmぐらいの看板を挟んでいる。

 

が、作業服はボタンで前を止めるタイプなのだが、大きく開いている。

 

『第2ボタンまで開いている』ではなく、『第2ボタン以外全部開いている』のだ。

 

大きな胸の谷間もおへそも丸見えで、ついでにズボンもかなり緩く、端から少しお尻が見えている。

 

そして、ぶつかった謝罪として握手した際、

 

 

 

バギン!! と。

 

何かが砕けるような、奇妙な音が響いた。

 

 

 

そう、彼女が持つ異能を<幻想殺し>が意図せずに打ち消したのだ。

 

その女性は無理に苦笑いを浮かべると、そそくさと立ち去ってしまった。

 

異能、つまりは『能力』か『魔術』。

 

だが、『能力』の線は薄い。

 

学園都市に所属する能力者とは、簡単に言えば学生だ。

 

<大覇星祭>期間中なら、普通は競技に参加するはずだ。

 

土御門舞夏のように例外もいるが、その塗装業者の格好は、メーカーのロゴなどを見るに『外から来た業者』のものであるような気がする。

 

テレビのCMでも時折見かける名前だから何となく覚えていたのだ。

 

当然ながら、元々学園都市の内部にいる学生がそんな衣服を手にする機会はない。

 

当麻は周りを見渡し、携帯を取り出し土御門の番号へかける。

 

情報を受け取り、もう一度確認。

 

彼女の正体が今自分達が追っている『運び屋』オリアナ=トムソンだと判明。

 

そして、最後に、

 

 

「………なあ、土御門」

 

 

『どうした? カミやん』

 

 

「妹の『世界』と『約束』。お前ならどっちを守る」

 

 

事件とは全く関係のない問い掛け。

 

だが、土御門は答えた。

 

 

『そんなの『世界』に決まってるにゃー』

 

 

ぶれない答え。

 

それが土御門元春の建てた誓い。

 

上条当麻は、今日、その強さを改めて思い知る。

 

今の当麻に必要なのはその強さなのだろうか。

 

 

 

『だがな、カミやん。兄なら『両方』を守ってこそ、最高に格好良いと思うんだぜい』

 

 

 

その時、当麻の選択肢に新たな道が浮かび上がる。

 

いや、元々あったのに今さら気付いたと言ったところか。

 

 

「そっか……そうだよな」

 

 

土御門やステイルの在り方を認めている。

 

だが、自分の取った道は違う。

 

この道は、おそらく彼らの選んだ道よりも険しい。

 

しかし、上条当麻はその道を進むことを決めたのだ。

 

だから、

 

 

「とっととこの事件終わらせんぞ、土御門。妹との約束を守んなきゃなんねーだからよ」

 

 

 

つづく


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