とある愚兄賢妹の物語 作:夜草
閑話 男はつらいよ
とある学生寮 当麻の部屋
ある平和な日のお話。
大覇星祭ももうすぐといった頃、平凡な兄、上条当麻と非凡な妹、上条詩歌が買い物から戻ってくると、飼い犬が出迎えるように奥からバタバタと足音を立てて、お留守番していたインデックスが走ってきた。
14,5歳ぐらいの、まだ顔に幼さの残る少女だが、こう見えても『魔導図書館』と呼ばれるほど頭の中に魔術に関する知識が詰め込まれている。
そんな彼女が言う。
「とうま! しいか! 何か『たくはいびん』とかいうので<マラキの予言>っていう預言書がやってきたよ! とりあえず判子は押しておいたから!」
ああ、今度は魔術か、と当麻は思う。
記憶喪失になってからというもの、『三沢塾』、『絶対進化計画』、『御使堕し』、『夏休み最終日』、『9月1日のテロ』、『法の書』、『残骸』と普通の人生を送っているのなら一生に一度あるかないかの大事件を嫌になるくらい当麻は味わってきている。
だが、そのおかげで救われた人達も大勢いいる。
当麻が不幸になったおかげで、その人達は笑顔になったのだ。
でも、思う。
少しは遠慮しろよ、
どうやってこの右手で神様をぶん殴ろうかと思案している当麻の代わりに詩歌が買い物袋を置いて、
「インデックスさん。学園都市が最先端の技術を開発していようと、その末端であるこの学生寮にまで配備されている訳ではありません。詐欺に対する防犯は1人1人の心構えから。今度からは、そんな明らかに怪しげな物品は勝手に受け取らないように」
めっとインデックスの額をちょんと指先で優しく押す。
傍から見れば、その光景は『やんちゃっぷりには苦労するけど、可愛いなぁ』と妹にデレッデレに溺愛する姉のようにも見え、その優しい笑みには、たっぷりと詰め込まれた母性が見え隠れしている。
お嫁さんにしたい女子学生第1位、また高貴なお嬢様達の集いの花園――<学園の園>裏ランキングでお姉様と呼びたい女子学生第1位、と色々と不安になるくらい人気絶頂の妹だが、母親にしたい女子学生でも1位なのかもしれない。
で も、
「うん、わかったんだよ、しいか。でも、あと『ほうもんはんばい』とかいうのと『ビデオつうはん』とかいうのもやってきたからとりあえず判子を押しちゃったよ」
「とりあえずで何でもかんでも人の判子を押すんじゃねえよ!!」
当麻が玄関から部屋へ入ると、隅っこの方に見覚えのない新品のマッサージ椅子が鎮座してあった。
この事態に当麻は頭を抱えながら、何とかできないものかとその請求書と契約書の束に目を通し、詩歌がキッチンへと今日買ってきた食材を冷蔵庫に納め、3時のおやつを準備していると、インデックスはガラステーブルの上に置いてあったケーキが入るぐらいの紙箱を手に取る。
白く真四角の箱なのだが、その箱の角は潰れており、古く黄ばんだお札を強引に剥がしたような痕跡がいくつか見られる。
箱の上に貼り付けられた荷札の紙のお届け物内容の欄には、漆黒の墨で『マラキの予言』と古文の教科書に出てきそうなあまりに達筆すぎて逆に読み難い文字が書かれていた。
送り主の欄の方はもう古語というより得体の知れない象形文字みたいなのが書かれていて、誰の名前なのか判別できない。
こんなの一体誰が送ってきたんだ、と当麻はさらに頭を抱えた。
「とうま、しいか、これ、開けちゃうよ」
待ちきれないのか一方的に言うと、2人の返事を待たずにインデックスは得体の知れない箱に巻かれた包装紙をビリビリと破って中身を取り出す。
と、それは何やら珍妙なオーラを漂わせる古い革張りの本だった。
当麻の野生の本能的な不幸センサーからは危険度イエローシグナルと、嫌な予感がビンビンである。
一方、キッチンから話を聞いていた詩歌の方は興味津々と言った感じで、そこからその表紙をなぞるように眺めて、
「<マラキの予言>って確か、十字教が認めている公式な預言書でしたっけ? にしては、新品のように見えますけど」
「うん。<原典>の著者はローマのアーマ大司教で1139年に書かれたものなの。でも、これはちょっと紙が新しそうだから、<マラキの予言>のシステムを利用して別の魔術師が作ったお手軽な預言書だろうね」
「??? 預言書、ねえ。誰が送ってきたんだそんなの」
当麻は頭を捻る。
『預言書』は、その魔術の叡智を書き込んだ魔道書と同じ本ではあるが、魔導書とは別物で、どちらかといえばルーンの魔術師が扱うカードや陰陽師の使う折り紙などと同じ魔術器具のような『霊装』である。
「でも、預言書ってなー。ノストラダムスブームは前世紀に終わったんじゃねーのか?」
「彼の<百詩撰集>は西暦3000年以上先まで予言が続いているんだけどね」
インデックスは<マラキの予言>の表紙を指で触りながら観察し、そこから読み取れる情報から解析していく。
その横で当麻はまだまだ疑心暗鬼と顔の表面にありありと浮かべながら、
「でも、予言なんてホントに当たるのかよ?」
世間を騒がせた恐怖の大王も結局のところ外れてしまっている。
『当たるも八卦当たらぬも八卦』と言った占いと同様に預言書もあてにならないのではないかと。
「一応、学園都市にも<
確かに、あの『海原光貴』のように<
お盆に、人数分のアイスココアとサクサククッキー生地のカスタードシュークリームを載せて、キッチンから出てきて、今インデックスの手元にある本を受け取って詩歌も検分する。
「そうだよ。未来を知るなんて簡単簡単。この預言書には、とある術式が組み込まれてるの。『周囲の情報を記録して、それらの情報を10年前に送れ』っていう命令文だね。後はこの本が壊れないように10年以上保存しておけばいいの。そうすれば『10年後の時点の『未来』から、10年前の『現代』へ情報を送ってきてくれる預言書』が作れるんだよ」
つまりは、『現代』にある預言書が『過去』へ情報を送り、また玉突きのように今度は『現代』が10年前となっている10年後の『未来』の預言書が『現代』へ情報を送ってくるという訳である。
「でも、10年後の時点の『未来』から10年前の『現代』へ情報を送ってきてくれるって、どうやって?」
「うーん。例えば、1ヵ月後に食料庫が空になる、という『未来』があるとしたら、それより前の『現代』でも、みんながいっぱい食べ物を口にしてるのを見て、『このペースでいくと1ヶ月ぐらいで食料庫が空になりそうだな』っていう予測が立てられるよね? それと一緒。『未来』にある<マラキの予言>の本のページが、予言内容に従って自動的に変化するの。『現代』から見ても簡単に予測できるぐらい、分かりやすい『予兆』を示してくれる変化をね」
そこで、シュークリームに飛び付いたインデックスの説明を引き継ぐように詩歌が、
「その『予兆』を感知して自動的に文字が書かれていく。つまり、ニュースの天気予報みたいに、気圧や温度などの『予兆』を読み取って、私達に雨や晴れかなどと予測してくれるようなもんですよ」
「ふぅーん、ってことは、預言書は魔術世界のテレビのニュースや新聞みたい存在で、日常的なもんなのか? 月極めで契約更新するような」
「まあ、そこまでしているかは知りませんが。……にしても、誰が送ってきたんでしょうか?」
まるでカフェテリアで軽い読書でもするように、アイスココアで喉を潤しながら、詩歌は<マラキの予言>の表紙をめくる。
「どうやら、悪意が在って送ってきたものではなさそうですし。占いみたいなものですか? とりあえず、9月19日の<大覇星祭>の内容を予言してみます」
「<大覇星祭>、ねぇ。もうすぐ始まんだなぁ」
インデックスが両手にシュークリームを持って1つにかぶりつきながら、そして当麻もシュークリームを手に取りながら、詩歌の両脇から<マラキの予言>のページを覗き込む。
『熱い戦いの始まりの時。偽りの笠を着せられた十字架を巡り、兄妹は世界の半分を賭けた戦争に巻き込まれるだろう』
「…………………………………、」
不幸センサーの警報が脳内でけたたましく鳴り響き、当麻は黙ったまま泣きそうな顔になる。
とりあえず、戦争に巻き込まれるって何?
ねぇ、<大覇星祭>って、普通の一般的な競技だよね?
だったら、世界を賭ける必要なんてないよね?
「占いのようなものですって。天気予報だって外れる時があるじゃないですか……まあ、当麻さんの場合だと<樹形図の設計者>並みなのかもしれませんが」
それって、100%間違いなしって事だよね?
「まあ、負けても世界の半分で済んだって事で良いじゃないですか。あはは」
世界の半分は、そんな軽く笑って済ませられるもんじゃねーよ!
「あ、まだ何か書いてあるよ」
シュークリーム1つを呑み込んだインデックスが細く白い人差し指の先で文字をなぞり、
『同日、愚兄は3名の美少女から抱擁と接吻を受けるだろう』
「…………………………………、」
詩歌とインデックスが黙ったまま体をぶるぶると震わせ始める。
当麻は2人が放つ怒りの空気を敏感に感じ取って、ズサササ、と距離を取りながら、
「ちょ、ちょっと待ってください2人とも! これは天気予報みたいに外れるかもしれないって詩歌が自分で言ってたじゃねーか。きっとまだ決定もしてない仮定の話じゃないですって、ほらむしろ恐るべき運命にこれから兄妹が周りの仲間達と抗っていく話なんですよきっと!!」
当麻は脅えながら、でもちょっぴり内心でやや期待が膨らませながら、ハタ迷惑な預言書に目をやると、
『しかも、その内の1人は実の妹である』
「え、なにこれ!? 本当で!?」
『さらに、どさくさにまぎれてその胸を鷲掴みに』
「あらあら。その日は勝負下着にした方が良いのでしょうか////」
「おい! そこであからさまに頬を染めて、恥ずかしがらないでくれ!」
「とうま……しいかに何をするつもりなの?」
「お、落ちつきましょうよ、インデックスさん。ほら、当麻さんの分のおやつもお納めいたしますから」
『1度に1人とも言ってない。2人から一遍に迫られて3Pもあるかもよ?』
「『かもよ?』って……こいつ、答えを知ってるくせに!!」
『ちなみに愚兄は2回絡み合うというか、美少女にサンドイッチされるシーンはある。ちなみにそれらの行為は誰かに見られている事を承知で実行される』
「まあ、当麻さんはいきなり複数人とか、屋外とか、……恥ずかしいですけど、頑張ります」
「いやおいちょっと待て。何で受け入れ万全なんだよ!?」
歯をギラつかせるインデックスもそうだが、頬をほんのりと朱に染める詩歌の目も覚ましたい。
と、その時、換気の為にと開けられた窓から風が吹いて<マラキの予言>を………
???
ここはとある学生寮の一室………ではない。
高級マンションの最上階に建てられた広大な敷地を持った邸宅。
上条当麻は、その邸宅の一室にいた。
彼は座椅子にふんぞり返って座り、その周りには3人の美少女が侍っている。
御坂美琴、インデックス、そして、上条詩歌だ。
美琴は左肩に頭を乗せて当麻の身体にしなだれかかり、インデックスは当麻の胸に身体を預け、詩歌は当麻の右腕に抱かれながら、彼が手に持つグラスに真っ赤な液体を注いでいる。
また、当麻の後ろには姫神秋沙と御坂妹が立っており、それぞれ大きな団扇を持って、当麻を扇いでいた。
「今日の特性ドリンクはスッポンの生き血を混ぜてみました。この前みたいにならないようにちゃんと味も、お兄ちゃんの舌に合うように調節もしてあります」
当麻は一口だけ口に含み、にこりと微笑む。
「うむ、中々の味だな、詩歌。褒めてあげよう」
よしよし、と当麻が詩歌の頭を撫でると、詩歌は蕩けるように相好を崩し、より当麻の右腕に身体を擦り寄せる。
「あの、それでしたら、今日も私を……―――」
「卑怯ですよ、詩歌さん、物で釣るなんて!」
「そうなんだよ。昨日だって、とうまに甘えたくせに!」
美琴とインデックスは詩歌の言葉を遮り、その柔らかい体を当麻の身体に押し付ける。
「と、当麻、今夜は私を可愛がって……」
「とうま、今夜は一緒に過ごして欲しいかも!」
美琴とインデックスは涙目で頬を膨らませる。
しかし、そんな2人に団扇で当麻を扇いでいた姫神と御坂妹が割って入る。
「それは駄目。今日は私が可愛がってもらえる番。割り込みは禁止」
「待って下さい、それでしたら、ミサカがミサカ達で1つというローテーションはあまりに不公平です。私達は全員同じご主人様の“妻”なのですから今すぐ見直すべきだと、ミサカはご主人様に全身を使って訴えてみます」
そう……この場にいる彼女達は全員、上条当麻の妻である。
上条当麻が持つ、女性を異常に引きつける力―――『カミやん病』が、<冥土帰し>という異名を持つカエル顔の医者によって、科学的に、また、医学的に証明された。
直後、『当麻以外の男とは付き合わない』と決意した女性が世界各地で大量発生。
それによる出生率減少による少子化を憂慮した学園都市の統括理事会が1つの法案を打ち建てた。
すなわち、『上条当麻に限り、一夫多妻制、及び、近親婚を認める』という法である。
そして、それから数年、彼は現在、述べ2万人を超える女性を妻としていた。
当麻の寵愛を受けようと、詩歌、美琴、インデックス、姫神、御坂妹は彼に抱き付く。
しかし、当麻の妻は彼女達だけではない。
突然、扉から室内に2人の女性が入ってきた。
神裂火織と五和である。
2人は其々きわどい堕天使エロメイドと大精霊チラメイド姿である。
「待って下さい。当麻の相手をするのは私達です」
「そうです。その為に勇気を振り絞ってこんな恥ずかしい格好までしたんですから!」
神裂と五和は露出過多な自分の服装を見下ろして、頬を染めながらも、訴えるように当麻を見る。
しかし、そこにさらに別の声が割り込んでくる。
「あなた様、そろそろ独り寝は寂しいのでございますよ」
「う~、私達の相手も忘れないでください」
開け放たれた扉の向こうに、今度は女神様ゴスメイドに身を包んだオルソラ=アクィナスと小悪魔ベタメイドのアニェーゼ=サンクティスが。
さらにそれで終わりではなく他にも多くの女性達がなだれ込むように次々と、当麻の部屋に入り込んでくる。
そして初めから室内にいた者も、後から入ってきた者も、一斉に当麻に押し寄せてきた。
「お兄ちゃん」「と、当麻」「とうま」「当麻君」「旦那様」「か、上条当麻」「ご、ご主人様」「あなた様」…………………………
当麻は数多くの妻たちに押し潰されながらも、困り顔の苦笑を浮かべる。
「仕方ねぇな。1人でお前達を相手にできないというなら、
まずは―――
その
幻想を
ぶち殺す!」
彼女達の頭を1人1人撫でながら、当麻は当麻は覚悟を決めたような顔つきになり、
「全く、モテ過ぎて不幸だ」
ここから先は18歳未満には、不適切な表現が含まれる為、閲覧禁止とさせていただきます。
とある学生寮 当麻の部屋
預言書のページを読み終わり、詩歌、インデックス、そして、いつの間にか部屋に入ってきた美琴、姫神、御坂妹達は当麻の方を振り向く。
彼女達の目は、絶対零度を超えるくらい、これ以上に無いくらいに冷え切っていた。
そして、代表して詩歌がポツリと、
「最低ですね、当麻さん……」
辛い!
女の子達から本気で軽蔑している目で見られるのは滅茶苦茶辛い!
「こんな預言書なんて嘘っぱちに決まってんだろ! 大体、まるで別人じゃねーか! 当麻さんはそんなに勝ち組野郎じゃありません事よ!」
そうだ。
この<マラキの予言>に記された内容はどう見てもおかしい。
上条当麻はそんな軽薄野郎ではないし、不幸が人生の伴侶であると言っても良いのに、こんなハーレムを築き上げるなんてありえない。
「でも、当麻さんはいつも事件に絡まれると女の子を引っ掛けてきますし……」
当麻の事を誰よりも知る妹からもそう言われ、記憶を失う前の自分は一体何者だったんだと頭を抱えたくなる。
「いや、それは偶々偶然というか、成り行きというもので」
「では、皆さん。多数決を取りましょう。有罪か無罪か」
「有罪なんだよ」
「有罪ね」
「有罪」
「有罪であると、ミサカ達の意見が全て一致しました」
満場一致の有罪判決。
当麻は逃げる隙も与えられず、ぐるりと周囲を囲まれて、
「と言う訳で、当麻さん」
にっこりと笑顔で、
「お・し・お・き・か・く・て・い・で・す」
ちなみに、この<マラキの予言>、異能を一切受け付けない<幻想殺し>の影響がある為、本来の歴史とは大きく外れている可能性が高いです。
つづく
おまけ
<マラキの予言>の開けられなかった袋とじ。
「どうぞ当麻さん、お召し上がりくださいませ(ハート) はい、あ~んですよ、あ~ん(ハート)」
口を開けて詩歌のご飯をほおばる。
うん、美味しい、と無言でうなづく。
「本当にそう思ってるんですか? 当麻さん、いつも、美味しい、しか言いませんし。何を食べたいかのリクエストもしてきませんし」
「そうだなぁ。詩歌は何が食べたいんだ?」
「私はなんでも。当麻さんが食べたいものであれば、喜んで作りますし、喜んでご一緒します」
「なんでもいい、って言うのが一番困るんだよなぁ。そんなこと言ったら当麻さんだって、詩歌さんが食べたいものだったら何だっていいんだよ」
彼女と一緒に食べられる料理だったらなんだっていい。
どんなみすぼらしいものでも、どんなゲテモノでも、詩歌と2人で楽しめるのであれば、いかなる天上の美味にも勝る神上の多幸感である。
「もう、当麻さんったら。一番困るのは作る詩歌さんの方なんですよ。もうっ!」
「悪ぃ悪ぃ、そう拗ねんなよ。まあ、その顔も可愛いけどな」
「むむむうううぅっ!?!? 当麻さんったらいつもいつもそうやってからかうんですから。まあ、当麻さんはいつも格好良いですけど! とにかく、お夕飯のリクエストを考えてくれるまでご飯はお預けです!」
「おいおい、それは勘弁してくれよ、詩歌」
ムキになる賢妹を適当にあしらいながら思う。
もちろん彼女だって、本気で怒っているわけではないし、お願いすれば、すぐにご飯を口に運んでくれるだろう。
ただ愚兄の目的が、ただ他愛のない会話を続けたいという、その一点にある事を、賢妹はちゃんと理解しているのだ。
春の陽射しがゆるりと降り注ぐ居間で、世界で最も愛し合っている2人は並んで寄り添い合う。
何を食べるかという、その気になれば1秒で決まる事を大切な人と共にじっくりと考えられる幸せ。
それはあまりにも甘い蜜にまみれた世界であり、何ら疑うことなく全力で耽溺してしまう。
そう、これは念願であった。
彼女と二人きりの、静かで平穏な時を過ごす。
「んー、あ。じゃあ、夕飯は詩歌を食べたいな」
「っ!?!?!? そ、それは毎日………いただかれてますじゃないですか////」
消え入りそうな声、頬を染める初々しい表情。
その反応を見たいだけに、自爆行為してしまった訳だが……………はい。
大変恥ずかしい事である事は自覚してる。
それに慣れてきた自分がちょっと怖いぐらいだ。
学生時代には受け身だったのに、今では攻めているくらいに、色々と彼女の弱点は知り尽くしている。
でももう、幸せだから色々どうでもいいんだ、いいんです、いいのであります。
「こちらに引っ越して正解です。街の喧騒を離れ、穏やかに愛する人と日々を過ごす……学園都市の外、ネット回線が届いていない片田舎の一軒家ですが、私は幸せです。これ以上は何も望めません」
……そう。
彼女と結ばれるには様々な障害があった。
それはもう色々と。
世界大戦を止めたり、地球滅亡を阻止したり、2つの世界の壁を壊したり……と寄り道の方が大変だった。
そのおかげで、科学と魔術も今では『とある1つの目的』で手を結び、今では若い世代が中心となって組織を回しており、随分な交流・発展を遂げているらしい。
それで、自分達はまだ引っ越してきたばかりだが、ここでの暮らしは性に合っている。
科学とも魔術とも離れた世界だが、当面はこのまま穏やかに過ごしていきたい。
「ふふふ、当麻さんは欲がありませんね。やろうと思えば、世界征服も夢ではなかったのに。けど、そんな無欲な所も大好きです♪ そして、上条詩歌は当麻さんと一緒にいられれば幸せです」
「ああ、俺も幸せだよ」
賢妹の頭を撫でながら、愚兄の方もまた満たされた笑顔で、
「金も名誉もいらない。詩歌さえそばにいてくれるなら、お兄ちゃんは他に何もいらない」
これが上条当麻の願い。
長い長い戦いを経て、それをようやく手にする事が出来たのだ。
なかよし賢妹愚兄の物語は終わり、これからはおしどり愚夫賢婦の物語が続いて行く。
それを噛み締めて、ゆっくりと瞼を開ける。
欲しかったものは未来に広がっている。
もう、この幻想が殺されることはないだろう………
『―――ニュースの時間です。世界規模の指名手配犯の通称『
………と良いなぁ。
『え、臨時の追加ニュースです。新世界連合より通達します。第一種戦闘準備に入りました。―――村の近辺に、いえ、その国民は至急、隣国へ避難を―――』
「おやおや、何でしょうか。新組織の立ち上げは物騒ですねぇ。でも、私たちがいるのはその隣国の隣国。誤情報に振り回されてますけど……まあ、そんなことよりも当麻さん、あ~ん(ハート)」
「いやいや、少しは慌てようよ、詩歌さん! 今のニュースが本当なら、またアイツら世界大戦を起こしかねんぞ!?」
今までここまで来るのに建ち上げたフラグは兄妹合わせると洒落にならないくらいだ。
傾国の、どころではなく、世界すらも傾ける傾界クラス。
選べる道は無数にある中で自ら踏み外した道。
後悔はひとつたりとてないが、痛痒を感じていないわけでもない。
「ええ、もう本当に。これで何度目になるかは数えたくはありませんけど、まさかここまでとは思いませんでした」
「それを言ったら当麻さんもだけど、このままにしておけねーだろ」
Level5やら<聖人>やらLevel6やら<魔神>やら……正直、個人で戦争が起こせるクラス、それらから逃げて、ここへ来たのだ。
あのかつて魔女狩りから逃亡した世界最高で最強の魔術師で科学者のアレイ
上条兄妹―――フラグクラッシャーの逮捕は今や、かつて上条勢力と呼ばれた新世界連合の至上目的に掲げられている。
「そうですね。ふぅ、おちおちゆっくりしてられる暇もないです。こうなったら、土御門さんでも誘って新たな国を建設しちゃいます?」
「あまり考えたくねーな、それ……とにかく、まずはあいつらをぶん殴って目を覚まさせてからだな」
ちょっとの時間平穏だった片田舎の隠れ家を後にする。
さて、頭の痛い戦いの始まり。
かつて味方だった者たちと激戦を繰り広げる羽目になるんだろうけど……実は少し楽しみだ。
「あの……お兄ちゃん? こんな状況で何ですけど、私と結ばれて、後悔してませんか?」
「してねーよ。こんなの不幸の内にもはいらねぇ。なんつったって、上条当麻は最強で、上条詩歌となら無敵だってな。あと、無事終わったら………式、あげようぜ」
「っ……! はい、あなた! たとえそれが死亡フラグだとしてもフラグを全部ぶっ潰してやりましょう!」
かくして、今や世界大戦の元凶である上条兄妹、いや、上条夫婦は共に、世界征服を目指す新たな戦いが始まるのであった。