とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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禁書目録編 慟哭

禁書目録編 慟哭

 

 

 

とある学生寮 当麻の部屋

 

 

 

『当麻さん、当麻さん! もうすぐ夏休みですね!』

 

 

『ああ、そうだな。詩歌』

 

 

『今年はたくさん遊びましょう! 去年は当麻さんの受験で忙しかったですし。ちょっとだけ淋しかったんですよ。当麻さん“で”遊べなくて』

 

 

『“で”って……玩具になれずに悪かったな! ったく、詩歌は……』

 

 

『ふふふ、だから今年は遊びましょうね! 祭に、花火に、それに海なんかにも行っちゃいましょう!』

 

 

『ここに海はねーだろ! つーか、そんなに遊んで大丈夫かよ。今年は詩歌が受験生だろ?』

 

 

『あら、当麻さんは私の浴衣姿や水着姿には興味がないと?』

 

 

『……別に、妹のを見たって仕方が――――』

 

 

『ほ・ん・と・う・に?』

 

 

『い、いや、とっても見たいです! 見たくて見たくて仕方ありませんです、はい!』

 

 

『ふふっ、そうですかそうですか。楽しみにしていてくださいね、当麻さん』

 

 

『はぁ~……どうしてこんな事に……。それで話しは戻すけど―――』

 

 

『去年、当麻さんに勉強を教えたのは誰ですか?』

 

 

『うっ……、詩歌様です』

 

 

『はいそうですね。去年は当麻さんのために各校の試験傾向を調べ上げ、独自に問題のピックアップも行ったんですよ。それでも、落ちると思いで?』

 

 

『分かった分かった。でもな……お前、ウチの学校で本当に良いのか? もっと上のとことか狙えんじゃねーの? 父さん、この前電話でお前に霧ヶ丘女学院に行って欲しいっつてたぞ』

 

 

『あれは単に女子校だからでしょう。常盤台中学は学園都市最高の教育機関です。卒業したらその時点でどこの社会にも通じる知識を修めたと言えるでしょう。だから、私はもっと他の事を学びたいんです。本当に大切な事を……それに、当麻さんの学校は面白そうですしね』

 

 

『そっかあ? 確かにウチは馬鹿が多くて面白そうだがなぁ……』

 

 

『そうですね。一番馬鹿な当麻さんの面倒も見なければいけませんしね』

 

 

『おい! 一応だが、俺は兄だぞ! 詩歌のお兄ちゃんだぞ!』

 

 

『ふふふ、そんなの知ってますよ。お兄ちゃん』

 

 

 

 

 

 

 

誰にだって幸せになる権利はある。

 

私はその権利を使ってここに来た。

 

いや、彼のいる元へ来た。

 

彼とただ一緒にいたかったから。

 

だから、私は幸せだった。

 

誰よりも認めてくれて、誰よりも私を見てくれて、誰よりも私を褒めてくれて、そして私に無条件で愛情を与えてくれる者と一緒に笑って過ごせる日々。

 

喜びも悲しみも分かち合い、楽しかったら2人で笑い、悲しかったら2人で慰め合う。

 

私はきっと誰よりも幸せ者に違いない。

 

そして、私を世界一幸せ者にしてくれた彼にもきっと世界一幸せになる権利がある。

 

だから、彼も幸せにしたかった。

 

その為なら……この想いを封じ込めても良かった。

 

この狂おしくて張り裂けそうな想いを、ずっと胸の内に秘め、告白することなく泡と消えさっても……彼が幸せになれるならそれで良い。

 

だって、彼が幸せなら私も幸せだから。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「当麻さんッ!!!」

 

 

当麻の部屋に駆けこんだ詩歌の目に飛び込んできたのは、眠っているインデックスの姿と彼女を守るように抱えている当麻の姿だった。

 

所々怪我をしているが当麻は無事でインデックスも気を失っているだけのようだ。

 

 

「誰ですか!?」

 

 

「ちッ、こんなときに……! <人払い>は掛けたはずだぞ!?」

 

 

次に目で捉えたのは、2mを超す刀を持ったポニーテイルの女性と右目の下にあるバーコードが特徴的な長身の男性の姿だ。

 

2人とも突然の闖入者である詩歌に戸惑いの視線を向けている。

 

 

「よかった……当麻さんになにかあったかと―――えっ!?」

 

 

詩歌はそこでようやく部屋の状態に気づく。

 

部屋はまるで戦争が起きたかのように荒れ果てており、天井には夜空が見えるほどの大穴が開いていた。

 

そして、当麻とインデックスに降り注ごうとしている何十枚もの光の羽がようやく詩歌の視界に入ってきた。

 

 

(何、あれ……?)

 

 

空から雪のように舞い降りる光の羽。

 

それには幻想的な儚さ、美しさがあり、見惚れそうになるが、詩歌の本能がそれには触れてはいけないと警鐘を鳴らしている。

 

舞い降りる何十枚の光の羽を当麻の右手一つでは防ぎきれない。

 

そして、ポニーテイルの女性とバーコードの男性の顔が当麻の最期であると告げている。

 

 

(どうして……何で……初めて見るはずなのに…あれのせいで…当麻さんがいなくなってしまうって感じるの……?)

 

 

詩歌の目から涙が零れてくる。

 

学園都市に来てから、1度も流した事がない涙が溢れるように目から零れてくる。

 

当麻の前ではいつも絶やさなかった笑みが崩れてしまう。

 

 

「ん?」

 

 

当麻はようやく詩歌に気づいたのか顔を上げ、詩歌と目を合わせる。

 

そして、彼の目が、詩歌が泣いている顔を捉えた。

 

 

(はは、やっぱり俺って不幸だ……。最後に見た詩歌の顔が泣き顔だなんてな……)

 

 

幼い頃にしか見た事がない泣き顔。

 

ここに来る前、彼女はいつも自分が“不幸”になるたびに泣いていた。

 

自分よりも痛そうに、苦しそうに、悲しそうに涙を流す。

 

そう上条詩歌は泣き虫だ。

 

でも、笑う時は本当に、本当に誰よりも幸せそうに笑う。

 

彼女の近くにいるだけで幸福になるほどの笑顔だ。

 

自分が『疫病神』と言うなら、きっと彼女は『福の神』に違いない。

 

だから、自分は“不幸”に負けないよう強くなろうとした。

 

彼女の笑顔を守るために……どんな“不幸”にも耐えてきた。

 

そのおかげで泣き虫な彼女の笑顔を10年間も守り続ける事が出来た。

 

しかし、その記録もどうやらここまで、か……

 

彼女は聡い。

 

そして、勘も鋭い。

 

きっと、詩歌もこの現状が救いようのない“不幸”だと気付いたのだろう。

 

そして、これから自分がどうするのかも分かったのだろう。

 

その結果がどうなるのかも……

 

 

(本当に馬鹿野郎だな、俺は)

 

 

詩歌が俺を幸せにしてくれたっつうのに、俺は俺のために、ただ妹の誇りである兄になる。

 

俺は上条詩歌の前では主人公になりたかった。

 

その為に、愛しい妹が“不幸”になろうとも、兄の尊厳を優先してしまう。

 

……結局、俺は『疫病神』だった。

 

どんなに“不幸”にしたくないと願っていても、結局は俺の手で“不幸”にさせちまう。

 

本当に、俺は最低な<偽善使い>だ。

 

 

(……でも、よかった)

 

 

できれば、泣き顔よりも笑顔を見せて欲しかった。

 

しかし、それは無茶な注文だろう。

 

何せ詩歌は泣き虫なのだから。

 

だが、当麻は“最期に”詩歌に会わせてくれたのを生まれて初めて神に感謝した。

 

当麻は詩歌に向けて笑った。

 

泣いている詩歌の代わりに当麻が笑った。

 

 

(俺さ……本当は詩歌の事が―――――)

 

 

しかし、とても穏やかで優しいのに、その笑みはどこかもの悲しかった。

 

死んでも隠し通すと決めた想いを呑み込み、そして、声を出さず、当麻は詩歌に告げる。

 

最期の言葉を……

 

 

 

 

 

―――――約束守れなくてごめんな。後は頼んだ、詩歌―――――

 

 

 

 

 

それを受け取った詩歌は、怒り、悲しみ、嘆き、苦しみ、絶望―――それら全てを視線に籠めて訴える。

 

心の底から、魂の叫びを発する。

 

 

 

何故そんな言葉を!! と。

 

ふざけるな!! と。

 

約束を破るのか!! と。

 

私を……置いていくのか!! と。

 

 

恨む。

 

もし約束を破ったら絶対に恨んでやる!

 

そこの傍観者共を恨む。

 

兄を不幸にさせた少女を恨む。

 

恨む恨む恨む恨む恨む恨む恨む。

 

約束を破った兄を、無力な自分を。

 

そして、“不幸” ―――こんな運命(シナリオ)を書き上げた神を恨む。

 

 

 

 

 

しかし、当麻は止まらない。

 

いや、止められない。

 

誰よりも大切な愛しい人の前では絶対に立ち止まることなんてできない。

 

たとえ裏切る事になろうと、上条当麻は上条詩歌の前では誰よりも格好良い主人公でいたいから……

 

まるで遺言のようにその言葉を詩歌に残し、当麻はインデックスを守るように覆い被さる。

 

そのとき、光の羽の1枚が、当麻の頭上に落ちようとしている。

 

 

「ああぁぁああぁああっ!!!」

 

 

詩歌は2人を逃げ場がないように光の羽が降り注いでいる場所へ全速力で駆ける。

 

無我夢中で。

 

それこそ、我が身を犠牲にしてでも、命を賭してでも助けようと必死に駆ける。

 

しかし、

 

 

「駄目です! あれには触れてはいけません!」

 

 

瞬間、詩歌はポニーテイルの女性に抱き止められてしまう。

 

怪力乱神のような力。

 

詩歌の猛烈な全力疾走を、彼女はそれ以上に迅速に動いて捕まえ、人知を嘲笑うかのような豪力が詩歌の華奢な体を締め上げる。

 

胸が圧迫され、呼吸が止まりそうになる。

 

だが、それでも、

 

 

「放せ! 助けるんだ!! 助けなくちゃいけないんだ!! だから、どけ! 私の邪魔をするなぁあぁぁっ!!!!」

 

 

前に進む。

 

全身に力を籠めて、暴れる感情を力に変え、1歩1歩前へと進む。

 

 

「まさか、神裂の<聖人>の力に抗うのか!?」

 

 

赤髪の傍観者はその光景に目を見張る。

 

超人的な力を圧すなんて、一体彼女のその小さな体のどこにそんな力が秘められているのかと。

 

しかし、それは長続きしなかった。

 

詩歌は振りほどこうと暴れるが、彼女はますます腕に力を込め、骨を砕かんばかりに拘束を強くする。

 

 

「お願いです! これ以上……私の目の前で犠牲者を増やさないでください!」

 

 

女性は泣きながら叫び、悲嘆を力に変え、詩歌を一歩も進ませない。

 

彼女の悲しみと、詩歌の怒りが拮抗。

 

そして、とうとう、残り数歩の所で、とうとう―――

 

 

 

上条当麻の頭上に、1枚の光の羽が舞い降りた。

 

 

 

たった一撃で当麻は全身の、指先一本に至るまでの全ての力を失った。

 

そのまま、インデックスを守るかのように覆い被さるように倒れる。

 

崩れ落ち、動力を失った当麻の体は人形のようだ。

 

詩歌が見ていたものが、救われる夢の人形劇で、操り糸が切れて人形が倒れてしまったから、すべてが終焉であるかのように。

 

追い打ちをかけるように、観客席と演劇の舞台を隔てる幕のように、光の羽はさらに当麻の全身へと降り注ごうとしている。

 

彼の右手、<幻想殺し>は神の御加護を打ち消す。

 

当麻は神に見捨てられた人間。

 

神の描いた演劇のシナリオに、救いの手など差し伸べられる事など書かれているはずがない。

 

 

 

「逃げてぇぇぇ!! お兄ちゃああぁぁんッ!!」

 

 

 

詩歌の叫びもむなしく当麻は少しも動かない。

 

光の羽が1つ1つ、背中に、腕に、足に、頭に、舞い降りるたびに当麻から放たれる生命の気配は色褪せてゆく。

 

その光景は、幼い頃に当麻が詩歌を庇って倒れた時と酷似していた。

 

詩歌にあの時のトラウマを呼び起こさせる。

 

無力だった、守られるだけだった自分を思い出させる。

 

詩歌の心を滅多刺しにする苦い思い出。

 

このままだと兄は―――死ぬ。

 

そして、あれに巻き込まれれば自分も助からない。

 

……助ける術なんてない。

 

 

「放せよ!! お兄ちゃんが! おにいちゃんが! お願い放して!!」

 

 

冷静な思考とは無関係に、詩歌の乾いた喉が先に悲鳴を搾っていた。

 

幸せにしたい。

 

誰よりも幸せにしたいと望んだ当麻を、どうすることもできない。

 

全ては簡単に失われる。

 

 

「おにいちゃん!!」

 

 

詩歌はただ声を上げることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

光の羽が全て舞い落ちると拘束は解かれ、詩歌は倒れ込むように当麻のもとへ駆け寄る。

 

 

「お兄ちゃん、ねえ、お兄…ちゃん、おにい…約束守れないなんて嘘でしょ! お兄ちゃん…今日の夕飯はお兄ちゃんの好物なんだよ! ねえ、早く起きてよ!! お願いだから早く起きてよ!!」

 

 

詩歌は呼び掛けるが、当麻は指先すら少しも動く事はない。

 

詩歌の様子に傍観者の2人は声をかけることすらできない。

 

 

「くっ……私は、また…私のせいで……」

 

 

特に詩歌を止めていた女性は唇から血が出るほど食い縛っていた。

 

もし、ここで詩歌が殴り殺そうとしても彼女は甘んじてそれを受け入れるだろう。

 

だが、今の詩歌の眼中にない。

 

そう、今の詩歌の内面を満たしているのは怒りではなく、

 

 

「あ、ああぁ、ああ」

 

 

絶望。

 

幻想ではない、現実の、覆しようのない不幸。

 

今の当麻は先ほど見た眠り続ける木山の教え子達と重なる。

 

詩歌に木山の絶望が重なる。

 

あの時、理解できなかった本物の絶望の味が脳を麻痺させる。

 

 

 

「いやああぁああああああぁあああああぁああああああああぁぁぁああぁああああ―――――!!!」

 

 

 

光の羽は消え去り、静寂な闇に包まれる。

 

そんな中、詩歌は街中に聞こえるかのような慟哭を上げた。

 

なのに、詩歌は何も聞こえない。

 

街中に轟いているのに、詩歌の耳だけは何も聞こえない。

 

詩歌の世界から音が消えたように、自分の慟哭は聞こえなかった。

 

それでも詩歌は、『人魚姫』のように二度と声が出せなくなるほど枯れ果てるまで吼える。

 

世界に、このシステムを作り上げた神に、

 

恨むように、

 

憎むように、

 

呪うように、

 

責めるように、

 

訴えるように、

 

声が枯れ果てても、ずっと天上を睨み、吼え続ける。

 

10年、泣き虫が溜まりに溜めた涙を流しながら。

 

悲しい悲しい慟哭を……

 

 

それは、この地獄のような悲劇と『上条当麻』への葬送曲だった。

 

 

 

 

 

 

 

中学生最後の夏休み初日、これから先の楽しい未来の始まりだったこの日、上条詩歌と上条当麻の絆が一度途絶えた。

 

 

 

つづく


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