とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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閑話 紅白戦決着

閑話 紅白戦決着

 

 

 

女王の広場

 

 

 

姫様というよりも、女王。

 

『姫のお部屋』よりも、この『女王の広場』の方が相応しい。

 

 

「くすっ……」

 

 

暴君(王様)の名を冠する中央の城へ守備を割かれ、ここには数人。

 

予測通りに、中央を奪われぬように唯一登録の出来る対『お嬢様』の『カエル』を他から引き抜いて派遣しているおかげで、こちらの防衛は薄い。

 

余裕だ。

 

この力は自由度があり過ぎて、リモコンなど専用の道具で『区切り』を設けないと扱いがちょっと大変だけど、

 

 

「道具力はないけど、先輩の同調力があるのよねぇ」

 

 

人差し指と中指を合わせて指して、ばきゅ~ん♪

 

元より<学舎の園(ここ)>は私の庭で、彼女達は自分の(コマ)だ。

 

印象・標的をオセロのように裏返し、将棋のように搾取する。

 

 

「有名な童謡ではあ、お城から飛び出した過激力溢れさせるお姫様は、狩人から逃げ延びても、最後は魔女の手に落ちるのよねぇ? 毒リンゴを見分ける判断力はおありかしらあ♪」

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

「―――って、二度も同じヘマはしないわよ!」

 

 

いくら偽兵潰しに神経を注いでいても、ここは敵陣なのだ、警戒を怠っているはずがない。

 

電磁波センサーではなく、五感により、その気配を察知した美琴はすぐに『メイド』のレッドカードから離れる。

 

 

「ふむ、やっぱり無理だったナ。<運命予知>の正答率は9割、その1割に賭けてみたんだが、Level5は流石に格が違うナ。それとも、これは私の予知が優秀だと見るべきカ」

 

 

この国のものではない褐色の肌に、背中に垂らす黒髪を大雑把に結っているのは留学生、<運命予知>のディスティニー=セブンス。

 

<六花>の一人であり、プライベートの時間はほとんど図書室の専用休憩所に篭っている図書委員長であり、怠惰な予言者。

 

学園都市では<樹形図の設計者>という未来予知を可能とする演算機械が存在するため、能力よりも機械、と。

 

あまり研究者達には取り上げられていない分野だが、空間移動系能力者と同じように希少な未来予知系能力者。

 

セブンスはその高位。

 

常盤台中学の全生徒の能力を知る幼馴染が言うには、それは予知と言うより予測に傾いており、理由や根拠もなしに想像だけで結末を手繰り寄せる第六感とは違うもの。

 

<運命予知>は、その五感を通して得て、言葉だけでなく声、臭い、テンポ、視界の隅に入る染み一つまでも無意識的に記録した全ての情報を有機的に混ぜり合わせ、その配置なら必然として導き出される結果が判明した―――その最長10時間先を予め知る。

 

つまりは、直感と言うより、高度な情報処理による予測で、先を導き出せる独特の演算数式から未来ではなく、結果を知る。

 

<樹形図の設計者>に近しいものであり、ただ機械とは違って未来を予想する人間であるため、その正答率は機械と比べると低く、その気になれば変えられるものだと。

 

 

「それで、エース。聡明なLevel5の頭脳なら分かるはずダ。このカードをかざせば勝敗が決定し、危険行為すれば失格。どちらの手段でも構わない。もし白組が勝利を知っているとすれば、死角はない。負けると決まった勝負に挑むほど愚かな事もないのでハ」

 

 

セブンスが言いたい事は美琴にも言葉通りに受け止められる。

 

<運命予知>が正しいといのなら、そうして勝負するというのなら、この勝負はほぼ確定している事になる。

 

そうでなければ、彼女は勝負に参加せず、今、この場で美琴の前に出てくる理由がない。

 

ならば負けは愚か。

 

負けると決まっている無謀は愚か。

 

 

「それでも負けるために挑むかナ」

 

 

予言者の言葉が終わり。

 

美琴は一息の後、告げた。

 

 

「ええ、挑むわ」

 

 

その答えにセブンスは瞬きする。

 

 

「未来が100%決まっているものだなんてありえないし、そんな予言に従うなんてまっぴらごめんだわ。たとえ無駄だったとしても、その行為を私は後悔しない」

 

 

『実験』を指示した超高度並列演算機(アブソリュートシュミレーター)――<樹形図の設計者>。

 

その悪夢の運命に囚われ、恐ろしさを知った美琴は、それでも未来を打破する事を諦めない。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「……マリアと同じ事を言う」

 

 

<樹形図の設計者>を目標とし機械を超える人間となり、その力で100%失敗のない完全なる世界を予知するのをこの力を得た己に課せられた使命だと、そして、実現しようとしていたラプラスの少女。

 

科学の未来予測の結晶たる<樹形図の設計者>は完璧なシステム。

 

それを越えようと彼女は日々、その力を理解し、より、先へと進もうと―――だが、進めば進むほど遠くなる。

 

そう、<樹形図の設計者>という人知を超えた、その先一生敵わないと知ってしまった人工知能がある限り、己に出番などなく、ただ中途半端に先を知ってしまっている故に、周りと初めての感動を共有する事が出来ない。

 

つまらない、と絶望し、そのまま、眠れる怠惰のまま意識を流して……

 

そして、ラプラスの少女は最高の教育機関に入学して早々に不登校になり―――

 

 

『いい加減に学校に来なさい!』

 

 

やがて、やってきた月一で相談役を引き受けている<落第防止(スチューデントキーパー)>の資格を有する先輩にぶん殴られた。

 

 

『もう、今年は問題児ばかりで。予知できるからと言って特別扱いされるほど世間は甘くないです』

 

 

入学早々、新入生歓迎会で、Level5の1人を不登校に追い込むほどトラウマを植え付けた彼女は、イレギュラーで、ここに来て初めて予知を外した相手。

 

それを見た瞬間、どうしてか、セブンスは感情を爆発させてしまった。

 

 

『うるさい! 私にはその先のつらい失敗が視える。何が視えた時でも私は皆と同じように笑える事はなかっタ。知ってるからダ。一緒に楽しめないんダ。世界最高の機械があるのだから、そんなのだったらこんな力などない方が良かっタ。ああ、何も視えない眠りこそが唯一私の人として生きられる術ダ』

 

 

目を瞑るだけでは盲目の人の気持ちが分からない。

 

その逆もまた然り。

 

しかし、

 

 

『悪いですが、私にはあなたが少しも特別には見えません。人間は誰だって先を見て生きています。けれど、未来なんて、漠然とした、確固たるもののない、ただ、こうありたいという希望に過ぎません。でも、それは個人個人違う。だから、皆、特別です』

 

 

未来を知るだなんて、幻想

 

なぜなら、常に進化し続けるのだから。

 

未完成であり不完全であるからこそ人間は行き果てる事のない無限の可能性を秘めており、つまり、

 

所詮は完全に完成されたものしかできない予知は、有限でしかない全能万能の不可能性の証明してしまう。

 

それは完全なる世界を目指していた少女からすれば、より否定されたもの。

 

だが、それは同時に温かみのある言葉でもあった。

 

 

『セブンスさんは皆よりも少し先の未来を当たり前に想っているだけ。そして、考え過ぎて、前を見過ぎて、肝心の自分が見えなくなっているだけです。使命とか忘れて、もっと現在(いま)に感動に素直になるべきですね』

 

 

するっとその言葉は心に入ってきて、その響きに心の水面を震わして、染みついた檻を落していく。

 

 

『……でも、やっぱり私には、周りと感動を共有できないんダ』

 

 

『先を知っていたとしても。原因と結果の間には過程があります。物事の面白さは全てそこにある。完全なる世界なんて、作れないのが普通です。でも、セブンスさんは、幻想(ゆめ)を作ろうとしていた。大事なのはその部分です。結末が分かっていても何度も読みたくなるような名作があるじゃないですか』

 

 

ゆったりとした彼女の言葉は、やはりゆっくりと胸の中に沈んでいき。

 

思い込みのフィルターが外れたその目はいっそう澄んで、涙が零れ出す。

 

 

『何度でも喜べばいいし、何度でも楽しめばいい。その過程を何度楽しもうがその人の自由です』

 

 

『なんダ……それでも、いいのカ。いいのカ』

 

 

求めていたものは、ずっと自分の中にあり。

 

だけれども、

 

 

『……だけど、視る未来は、ほとんどが変えられない悲劇ダ。私は、そんなのを見て、笑えない』

 

 

『うん。だから、あなたは励んできたのでしょう? 前の学校、研究所での過度の能力開発の記録は調べました。そして、それを一人で解決しようとした事も。残念ですが、それは一人では難しい。だから、今度からは素直に周りに相談しなさい。こう見えても先輩は、不幸には慣れてます。それに、その力を一緒に考える事もできます。ええ、お望み通りのレベルまでビシバシしごいて上げます』

 

 

悩みと弱さを指摘し、そして、導く。

 

独り善がりな思考を根元から叩き直す、辛辣だけど温かい言葉で、また力強い。

 

自然と、その手を握り―――瞬間、視える世界が広がった。

 

 

『過程、つまり、望む未来を思い描き、それに少しでも近づこうと進み続けた。自分の望む未来へと、現実へと導いて行ったその意志の力こそが、セブンス=ディスティニーの強さです』

 

 

その笑みを見た途端、明るい未来が見えて、

 

 

『ああ、今、綺麗な夕日が見えタ。そこで、私が笑っている』

 

 

『そんな幸福な未来を何度も見れるのは羨ましいですね』

 

 

この素直にさせてくれた先輩のいる常盤台中学を選んだ運命に感謝しよう。

 

 

 

 

 

 

 

………と、それも束の間、

 

 

『さて、もう二度とサボらないように少々スパルタで行きましょう』

 

 

『え……?』

 

 

『未来は変えられるものですが、過去は変えられません。ですが、反省する事は出来ます。困難な運命に立ち向かうため、そして、これまでの授業分、徹底的にしごいて差し上げます。ふふふ、半生かし(殺し)は得意です』

 

 

視た先の自分は、精も根も尽き果てて半分壊れた笑みだった、とその後すぐに気付いた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

あれから、未来予知に、願いの色が混じり、正答率は約90%で―――10%は運命を変えられる。

 

パンドラの箱に残された最後の希望を見つけられるようになった。

 

 

「―――だから、私は結果よりもその過程の方が素晴らしく見えるんダ……zzz」

 

 

「って、寝るんかい!」

 

 

ただ、成長したとはいえ元々<運命予知>はとんでもない情報量の為、本来なら脳がオーバフローしかねない。

 

 

予知()っただろう? 私が負けると……zzz」

 

 

「さっきのあれ逆なの!? というか、ちょっと、この流れで寝るつもり!? もう少し頑張んなさいよ!」

 

 

「頑張っタ。だから、後悔しない。何事も素直に……zzz」

 

 

……まあ、そこにその本人の気質も加わっているのだろうが。

 

学校の為に活動する委員長であるが、セブンス=ディスティニーは、最も働かない委員長だ。

 

そう、あれから素直に他人を頼る方法を覚えてしまった彼女は、基本的にやりたいことしかやらない(しかし、授業にはきちんと出席している)。

 

怠惰な予言者は近くの樹木の後ろに置いていた枕を取り出すと、

 

 

「では、エース、健闘――――zzz」

 

 

最後まで言わずに、途中で、そのまま熟睡。

 

ものすごくやるせない気分になりつつも美琴は二年生の中でLevel5に次ぐ<六花>は有能な学生達だが、その所属する『派閥』の女王様と同じく、個性的な曲者が多かった事を思い出す。

 

そうして、電撃姫が『まどろみ図書委員長』を抜き去った後、セブンスは少しだけ薄めを開け、

 

 

(ああ、良いものが聞けタ)

 

 

Level5などの頂点に立つ者達の言葉には、力が宿る。

 

そう、その言葉を二度味わいたかった。

 

 

 

 

 

王様の広場

 

 

 

「さあ、残り時間もあと少し今度こそ中央を取るよ!」

 

 

残り10分を切った時、『カエル』と『メイド』が主体となる白組の九条葵が率いる決戦部隊が攻める。

 

 

「死守です! ここが踏ん張りどころです! 絶対に死守ですわよ、紅組!」

 

 

数少ない紅組の『お嬢様』である婚后光子が空を駆け回り、全員に発破をかけていく。

 

まだ、応援が駆けつけておらず、集合しきっていない、人数差と役で負けているが、こちらの方が陣地では有利だ。

 

士気も負けていない。

 

中央広場に、撃沈を告げるピーピーという何十という電子音が響き渡る。

 

それは、防御側の『カエル』が攻略部隊の『メイド』に沈められる音であり、

 

攻め込んだ攻略部隊の『メイド』が、防御側の『お嬢様』に沈められる音でもあった。

 

白には『カエル』、『メイド』、『お嬢様』の三役が揃っており、増援を送っているとはいえ赤にはほとんど『カエル』と『メイド』しかおらず、圧倒的に不利なはず。

 

だが、その穴を婚后が埋めているのだ。

 

 

(湾内さん、泡浮さん。わたくしの為に敵に討たれてしまった者達の無念を晴らすために、ここは1人たりとも絶対に通させませんし、やられません!)

 

 

これは、かの三国志で一人で万の軍勢を足止めした張飛のように、単騎で万の軍勢を駆け抜けた超雲のように。

 

自分を庇って、白組に捕まってしまった2人の後輩(死んではいません)に、この婚后光子の気負いはまさに天を突くまでに高まっている!

 

ノればノるほど勢いの増す千両役者は個人で、紅組『メイド』から白組『カエル』を守り、また紅組『カエル』が襲いかかろうとするも、緊急回避のロケットスタートで遠くへ。

 

そして、

 

 

「あ、やっと来たよぉ~……」

 

 

ドシンドシン! と地面を振るわせ、空を飛ぶ『トンデモ発射場ガール』をサポートしていた『不動の生徒会長』の音無が声を上げる。

 

そう、そこには本陣から応援に駆けつけてきてくれた白の軍勢が駆け込んできてくれる光景が見えた。

 

 

 

 

 

女王の広場

 

 

 

この場を覆い、枝と蔓が絡み合う樹海のカーテンが進行を妨げ。

 

その隙間に入り込む影と光の幻影が感覚網を紛わせ。

 

視界を白に染め、冷気を閉ざした霧の中から狩人の目が光る。

 

 

「やけにギミック満載な陣地ね! ホントに!」

 

 

この場所は単に視界不明瞭ではない、お化け屋敷のように心理的に神経を削り、五感を惑わす。

 

障害物なら電撃でも何でもでぶっとばせばいいが、これまた目のつきやすい所に、踏み荒らすのも躊躇わせるような綺麗な花が生えていて、自然に能力を封じる方向に誘導される。

 

また、リングワンダリング。

 

試しに目を閉じながら歩けば分かるだろうが、人間は目標物があるからこそまっすぐ歩けるもので、目印になるものが定まっていない場合、まっすぐ歩いているつもりでも微妙に曲がっていく心理現象だ。

 

この木々を迂回せざるをえない森林では、この状態に陥る可能性が高い。

 

どこも似たような景色で北か南か、東か西かの方向感覚も狂わされ、下手をすれば今の現在位置がどこなのかもあやふやになる。

 

来るものを拒まず、されど、入れば、道を見失う迷いの森。

 

まさに、奇門遁甲の異空間。

 

きっとこれを指揮したのは精神的な嫌がらせが得意な女王様と、こちらの弱点を熟知している幼馴染だろう。

 

 

『ここでは私が有利。今度こそ討ち取らせてもらいます、御坂先輩』

 

 

そして、気配を最小限に抑え、迫る<水蛇>。

 

声が聞こえるも、障害にをうまく使ってやまびこのように反響させているのか、その位置を悟らせない。

 

この所々に陽日が差し込み、木陰のできる樹海の中は、あの虚光幻影な双子にとってみれば使える材料は多く、複数の分身が用意され、この舞台を演出するには十分だ。

 

これはさっきの要領で、その覆面をひっぺ剥がせば、見た目の区別はつくが、ここはうっすらと視界に人影が映る濃霧の中で、また微かにも物理性があるので、電磁波レーダーにも引っかかる。

 

 

『くすくす。御坂さんにこの迷宮力を突破するのは不可能よぉ~♪ 犬に噛まれる前に大人しく尻尾巻いて帰りなさ~い☆』

 

 

そして、今度はあいつ、食蜂操祈の甘い飴玉を舌に転がしているような声。

 

 

「にゃろ。これ作ったのアンタじゃないし、追い掛けてくるのも後輩なのに、良くそこまで偉く挑発できるわね」

 

 

『一人は皆の為に。皆は私の為に。そう、これは私の結束力のおかげなのよぉ』

 

 

「一体どこのガキ大将なのよ、アンタは!!」

 

 

美琴は強気に言い返すも、その足は止まってしまう。

 

濃霧が視覚、山彦が聴覚、冷気が触覚、花香が嗅覚、とそれぞれの感覚の働きを妨げて情報取得能力を奪い、この精神的負荷は能力に影響を与える。

 

レベルに関係なしに自覚的だろうが無自覚的だろうが、能力者は脳の演算を不可欠とする。

 

だから、強いトラウマやその時の衝撃で能力が不調になる事もあるのだ。

 

特に演算が複雑で厄介な白井黒子の<空間移動>は外からの強い音や光で、移動を失敗するという弱点もある。

 

まともにぶつかれば軍相手だろうと敵なしの<超電磁砲>の人間で、この精神的な疲弊感には流石に堪えて、地を這い迫る、目に見えぬ、また、音を殺す大蛇――近江苦無も警戒しなければならない。

 

 

「だったら、ここでやる事は1つね」

 

 

目を閉じ、息を止め、集中の邪魔にしかならない感覚をシャットする。

 

此処は用意周到に整えられた彼女に有利なフィールド、まともにぶつかる選択肢を奪われたままでは負ける。

 

だったら、

 

 

「力づくでも、こっちの土俵に引きずり込んでやるわ!」

 

 

迷いの森で心まで迷い続けていては、相手の術中により深く嵌ってしまう。

 

だから、まず真っ直ぐに揺るがない方針を決める。

 

まだ感覚が確かな内に、近くにある磁力に反応する建物を捉える。

 

この迷いの森でも、この方位磁石までは狂わされない。

 

 

『逃げるのですか! 御坂先輩!』

 

 

「Level5でも、逃げる時は逃げるのよ! ―――ええ!」

 

 

運動神経では負けるが、能力性能では負けない。

 

電磁能力をフルに使った美琴のスピードには近江は追い付けないのだ。

 

バン! と磁力のたずなに引っ張られ、地面から大きく飛び上がり、樹海を一望できる高さの所で、このヨーロッパ風でありながら実はしっかりと免震機構や鉄骨の入ったビルの壁へ足の裏を押し付ける。

 

美琴はそこで太陽の陽射しを全身に浴びながら、この街本来の空気を深呼吸して、

 

 

「これは戦略的撤退よ!」

 

 

白霧に閉ざされた迷いの森。

 

しかし、その中央――復活ポイントの空間だけはぽっかりと空いており、そこに眩しい金色の毛髪。

 

 

「これは本当に厄介な仕掛けよ。でもね、厄介過ぎんのよ!」

 

 

問題があったとすれば、Level5の御坂美琴でさえも感覚を狂わされる中で、あの同じLevel5でわがままな女王様の食蜂操祈がいるはずがない。

 

Level1からLevel5に駆け上がった鳥は天上へ昇るように彼女の支配力の及ばないフィールドである空へと飛び、獲物と狩人の立場を逆転し、主導権を握る。

 

 

「見つけたわ。もう逃げても無駄よ」

 

 

気づき、慌てて背中を見せて森の中へ逃げようとするももう遅い。

 

美琴は再び磁力を操作し、思い切り壁を蹴り、迷いの霧を断ち切るように真っ直ぐ跳んだ。

 

 

 

 

 

王様のお城

 

 

 

「えっ、切斑さん……これは一体どういう事ですか!?」

 

 

「……」

 

 

今やこの王様の城攻防線という舞台の主役といっても良い、白組『お嬢様』の婚后光子を、“応援に駆け付けた同じ白組『カエル』の切斑芽美が捕まえていた”。

 

自分と同じLevel4の<念動能力>の掌握力で空間ごと婚后の身体を抑えており、その精神的なショックもあってか、頭は今すぐ抜け出すべきだと分かっているのに、動けない。

 

周りを見れば、こちらと同じように、カードを取り出して紅組と戦おうとせず、何の迷いも見せずに味方を妨害する白組の部隊。

 

先程の偽物とは違いこちらは確かに本物で、だからこそ、この救援から助かったと思わせてから落とす裏切りは、人を疑う事をしないお嬢様達には効果覿面。

 

 

「待って、私は味方―――」

 

「どうして、同じ白組なのに―――」

 

「一体、これはどういう事!? 誰が味方なの―――」

 

 

この多くの人間が入り乱れる乱戦の中では、しっかり敵味方を見分けなければならないのが基本だ。

 

基本ができていなければ、混乱するのは当然。

 

味方同士のカードは反応しないので撃沈されることはないが、陣計はもう無かったも同然に崩れ去ってる。

 

だから、ここで指揮を執る自分までも倒れてしまっては……!

 

 

「静まりなさい! 冷静に周りを把握するのです! わたくし達が第一に警戒するのは白組で、守るべきは中央ポイントです!」

 

 

<念動能力>の呪縛を解き放とうと、婚后光子は<空力使い>の噴出点に力を溜めて、一気に―――

 

 

 

「こ、婚后さん、打ち取りましたぁ!」

 

 

 

ビー……と無情にも電子音が鳴る。

 

 

「なっ、里見さん、いつの間に……!?」

 

 

振り向くとそこには、愛くるしい顔立ちで黒髪を蝶の羽のように丸く結わいていて同じ高さに見えるが、その目の位置は胸の所と小さな童女―――だけど、同級の二年生。

 

先程、婚后光子と同じ『お嬢様』の白井黒子を沈めて本日大活躍中の、<六花>の幻の6人目、『おどおど保健委員長』、里見八重。

 

<感覚遮断>。

 

そのAIM拡散力場内にいる視覚を除くすべての感覚、味覚、聴覚、触覚、嗅覚を、さらには勘といった第六感、電磁波や熱探知などの能力者特有の感知網までも麻痺させる力。

 

普段の八重は『保健委員長』として、痛覚麻酔の効果に使っているが、その小動物のような臆病さ、慎重さから、優れた気配遮断を発揮する事もできる。

 

 

(はぅはぅ、これで見守る会の要注意人物の2人を撃破できましたぁ、詩歌お姉様ぁ)

 

 

優れたストーカー……隠密になれる逸材であるが、肝心の対象、そのAIM拡散力場という幻想の波長に敏感である<微笑みの聖母>には通じない。

 

だが、そこが良いのだそうだ。

 

そうして、中心人物であった婚后光子が撃破されて生じたどよめきに、

 

 

「広場の皆さん、頑張ってくださいです!」

 

 

『はらぺこ自然委員長』の緑花四葉がその力を発揮。

 

広場を囲う樹木の根が地中を巡る対振動構造で、音無結衣の<振動使い>による地雷震の威力をうまく吸収し、低減させてから、元気よくぴょんと、

 

 

「あちゃ~……これ以上力を加えたら危ないし、まずいよ~……」

 

 

「はい! 生徒会長さん! 撃退です!」

 

 

びー、と『メイド』の音無のランプが点灯し、がっくり。

 

 

「あぅ、お腹が空きましたが、あとちょっとだけ頑張ります!」

 

 

陣地形成の庭師、

 

舞台演出の双子、

 

敵機予報の占師、

 

隠密行動の薬師、

 

広大感知の僧兵。

 

物理系よりも精神系な女王の『派閥』、また、基本も得意だけど応用も特異な聖母の『能力開発』を受ける<六花>は直接的な戦闘より、全体的な戦略に秀でている。

 

そして、紅組『メイド』を指揮していた音無結衣が場を離れ、『カエル』の防衛ラインも白組の『メイド』達が相手して、その隙間を走り抜けた四葉は中央ポイントのセンサーマシンに駆け寄り、手に持った青色のカードをセンサーのタッチパネルに押し当てた。

 

 

 

ぴんぽーん!

 

 

 

周囲に電子音が響き渡り、そして、歓声と落胆の声が入り混じり、センサーマシンの上に置かれたモニターに映っていた赤色の常盤台中学の校章が、白色に切り替わった。

 

 

 

 

 

白組女王の広場

 

 

 

ビー!

 

 

 

それは間違いなく、撃沈を告げる電子音。

 

そう、『カエル』の“御坂美琴の胸から”聞こえた時、両手両足に白い手袋とソックスをはいた金髪の彼女がゆっくりと“カツラ”を脱いだ。

 

 

「苦無さんがあと少しという所で、一気に飛んだのは焦りましたが、事前に準備してあった保険があって助かりました」

 

 

それは、美琴の幼馴染の姉で、白組の『メイド』の上条詩歌だった。

 

美琴は目を見開き、そこで、ようやく、ジャージを羽織っていたので気がつかなかったが、真正面から向き合った彼女のベストの色が青ではなく、赤であると気づく。

 

 

「なん、で……食蜂じゃないの? そんな馬鹿な」

 

 

「『残念ねぇ、御坂さん。最後の最後で注意力不足よぉ~☆ ほらぁ、良く見なさいな』」

 

 

と、数ある特技の一つである声真似を披露してから、

 

 

「詩歌さんは『お姫様』の影武者です。幸い、操祈さんとは体形が似てますし、ちょいちょい、っとすれば、簡単になれちゃうんです」

 

 

ルール上、試合着は、全員体操服に統一されており、道具は禁止されているが、リボンやミラーグラスなどの装飾品は違反ではない。

 

金髪から黒髪に戻った少女は、片方の白い手袋を脱ぐと星型のコンタクトレンズを取るとそれはいつもの彼女の瞳だ。

 

 

「紅組の突破力は大変脅威ですが、来ると分かっていれば、やり方次第で対策は容易です。戦況を読むのも大事ですが、まずはルールを読むべきでしたね」

 

 

高位能力者の派手な能力にばかり気を取られ、誰でもできるような作戦に足元をすくわれた。

 

常盤台中学のお嬢様にありがちな失態である。

 

そもそも、迂闊に姿を晒すなんてありえなかったのだ。

 

なのに、金髪に、白手袋にソックス、星型の瞳、そして、巨乳……食蜂操祈の特徴という餌に釣られて、罠に引っ掛かってしまった。

 

 

「じゃ、じゃあ、あいつはやっぱり本陣に……」

 

 

「ふふふ、美琴さん。勝負は相手にありえないと思わせた方が勝ちなんですよ」

 

 

 

 

 

王様のお城

 

 

 

守備陣大損害、中央ポイントの奪取、登録に必須な『お嬢様』の全滅。

 

そして、最後の希望、『ゲコ太(エース)』、御坂美琴の撃沈。

 

残り時間を5分を切った。

 

もう、これは詰んでいる。

 

だが、

 

 

 

「私が、何で『お姫様』をやってるかと思う? 策を張り巡らそうが、お嬢様では私に近づけないからだよ!」

 

 

 

それは<空力使い>に匹敵する爆破加速で、空をかけて、降臨。

 

そう、『お嬢様』はいなくても、『お姫様』……いや、今は敢えて『女暴君(キング)』と言おう。

 

普通ならこんな危険な真似はしないが、この中央ポイント――王者の椅子に座るにはやはり、常盤台中学の最強である鬼塚陽菜が相応しい。

 

これが紅組の本当の最終手段。

 

 

「試合運びでは負けたよ。だけど、勝負には勝たせてもらう! 狙うは中央、『王様のお城』ただひとつのみ! 火傷したくなかったら、そこをどきな!」

 

 

大阪夏の陣で、最後の最後に、大将の首を狙い相手本陣へ命懸けの特攻を仕掛けた鬼神の武将、真田幸村を彷彿させる。

 

真っ正面から真一文字に中央ポイントのセンサーマシンのみに狙いを定めて突撃を敢行。

 

その凄まじい気迫に、負けムードだった紅組生徒の瞳に火が灯り、大将の道を開けるために再び立ち上がり、この紅蓮の炎に照らされた<鬼火>の赤揃えに加わっていく。

 

ただ、力。

 

ゲームの根底から、負け試合を覆す逆転劇が始まるか!

 

 

「通さないです!」 「と、通しません!」 「通さないよ!」

 

 

四葉、八重、九条の<六花>を中心とした白組の生徒達が立ち塞がる―――が、

 

 

「邪魔だ!」

 

 

進行方向を邪魔する障害物は一瞬で焼かれ、

 

 

「どきな!」

 

 

背後を取ろうとしたら、気迫で吹き飛ばされ、

 

 

「喝破っ!」

 

 

強烈な爆音に『順風耳』をやられ、

 

 

 

「真の強者は、目で殺す!!」

 

 

 

ここまで実戦慣れした猛者なお嬢様はいただろうか。

 

<六花>がやられ、最後は、その凶眼の一線から繰り出される本能的な恐怖に悲鳴を上げずに固まってしまう。

 

もう、『カエルとお姫様』の役など関係ない。

 

ぶつかればアウト、危険行為が反則だと分かっているが怖いものは怖いのだ。

 

それが彼女たちを怯ませ、一瞬の隙を作った。

 

 

(―――ちっ、残り1分を切った! くそ、間に合うか?)

 

 

1分を切っている。

 

1年生の中では気絶している者おり、2年生も腰を抜かしている、それでも白組の場慣れした3年生達が妨害を始める。

 

しかし。

 

かつて、とあるスポーツ特待校をたった1人で勝ってしまった彼女の執念は、勝負の最後の最後まで負けを認める事を許さない。

 

 

(―――まだ。まだ諦めない! 例え1秒前であっても、センサーが記録すれば、勝てる!)

 

 

自己暗示のように己に言い聞かせ、さらにその闘志に熱を打つ。

 

最低がLevel3以上の妨害を、力で強引に突破。

 

 

ピー! ピー!

 

 

そして、前後左右と紅組の生徒達がカードをかざして盾になり、撃沈されながらも、大将の道を開ける。

 

四方からの同時攻撃を退けて、守備網を掻い潜り、最後、地面を蹴り、思い切り飛び込みながら、

 

 

 

「っしゃああ!!!!! ここに我ら、貧乳同盟の旗をつきたてん! 見たか、腹黒船連合!! これが大和魂!! 撫子ジャパン!!」

 

 

 

バン!! と『お姫様』のカードをセンサーマシンのタッチパネルに叩きつけるように押し付けた。

 

 

ぴんぽーん!

 

 

周囲に電子音が響き渡り、赤から白に変わった校章が、また赤へと、鬼塚陽菜の<鬼火>の炎のように真っ赤に染め上げられた(同時、今の勝利宣言で、紅組の生徒は顔を真っ赤にして、ある意味感涙)。

 

逆転に次ぐ大逆転。

 

時計を見れば、あと20秒で――――

 

 

 

ぴんぽぱんぽーん!

 

 

 

あ、あれ?

 

試合終了のチャイム。

 

時計を読み間違えたか?

 

ま、まあ、この程度の誤差なら……

 

 

 

 

 

『白組『お姫様』食蜂操祈が、紅組『姫のお部屋』の占領に成功したため、今回の模擬戦『カエルとお姫様』は白組の勝利』

 

 

 

 

 

紅組本陣 姫のお部屋

 

 

 

ありえない。

 

と思う事なのかもしれないが、食蜂操祈は今回は裏で肉体労働で貢献していた(とはいっても、相手本陣まで自力で移動しただけなのだが)

 

 

『姫の所へは行かしません』

 

 

御坂美琴と近江苦無の際、実は近くに出雲朝伽の<擬態光景>による透化して隠された食蜂操祈がおり、里見八重の<感覚遮断>で<超電磁砲>のセンサーを誤魔化していた。

 

もし、あそこで気付かれれば負けていたが、そこは苦無の詩歌の助言通りの試合運びを見事に遂行。

 

その後、美琴は緑花四葉が制作した迷いの森で停滞してもらった。

 

そして、次に『カエル』奇襲作戦で、『お嬢様』を減らし、こちらの登録上書きを防ぐために対『お嬢様』の『カエル』の生徒が中央へと移動。

 

おかげで、食蜂の前、紅組『女王の広場』にはほとんど『カエル』はおらず、<心理掌握>で口囃子早鳥の<念話能力>に気づかれる暇も与えずに簡単に一瞬で占領。

 

登録もできたが、隠密行動がバレたらまずいので自重して、そのまま相手本陣へ。

 

 

『まだ、美琴っちがいる。美琴っちが前で睨みを利かせている限り、向こうはそう簡単に『メイド』を動かせない』

 

 

と、予想していたようだが、こちらは本陣を偽物をおいてがら空き、復活ポイントでも詩歌と苦無しかおらず、バンバンと中央に『メイド』を派遣しており、結果、占領に成功。

 

あとは、赤の『お嬢様』を撃退し、制限時間まで守備するか、

 

 

『ふふふ~、策は二段構えが基本ですよねぇ』

 

 

本陣から『お姫様』の鬼塚陽菜が強硬策を取り、空いた本陣を占領してしまうかのどちらか。

 

つまり、あそこで唯一対抗できる電子操作系の美琴が見逃した時点で、ほとんど勝負は王手飛車取りをかけていた。

 

まあ、囮を使って相手の情報を逆手に取ってそうなるように誘導していたのだが。

 

 

 

「いぇい♪ ちょっと疲れたけどぉ、相手が勝ったと思った時に逆転するこの快感力。最高だわぁ☆」

 

 

 

 

 

学舎の園

 

 

 

試合始終を見ていた綿辺先生は、とりあえず怪我人が出ずに無事ゲームが終了したと同時に、大きく溜息をついた。

 

 

「これで多くの事を学べたら良いのですが」

 

 

横に座っていた寮監が、微笑しながら答えた。

 

 

「ええ、この試合から学べることは少なくはないでしょう」

 

 

能力頼みに慢心していた輩には良い薬になっただろうし、最後まで勝負を諦めない意志の強さはこれからの人生で学ぶべき姿だろう。

 

 

「……今年は、どうなるでしょうかね、<大覇星祭>」

 

 

「さあ、他校も侮れません。……ですが、最も侮れないのは我が校でしょう」

 

 

と、それはさておき、

 

 

「最後のあれは品格の問題は見過ごせませんね」

 

 

「去年一昨年危険行為(レッドカード)をもらった枚数は、我が校のそれまでの過去の記録を全て合わせても塗り替えてますからねぇ」

 

 

「とりあえず、加減を覚えさせましょう。手加減抜き(スパルタ)で」

 

 

「それは良い考えですねぇ」

 

 

 

つづく


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