とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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幻想御手編 幻想猛獣

幻想御手編 幻想猛獣

 

 

 

水穂機構病院

 

 

 

木山から<幻想猛獣>が産まれた瞬間、<幻想御手>の患者達は一斉に苦しみ出した。

 

 

「どうしましたか!?」

 

 

「例の患者さん達が急に暴れ出して」

 

 

看護師は患者の1人を抑えながら医者に現状を説明する。

 

医者も説明を聞くと即座に患者の1人を抑え込め、容態を見る。

 

 

「意識が戻ったんですか?」

 

 

「いえ、さっきまで眠るようだったのに一斉に発作を…」

 

 

「全員同時に?」

 

 

「はい」

 

 

「これは一体……」

 

 

なんとか患者達を落ち着かせようとするが、<幻想御手>の患者は未知の症例であったため、何をすればいいか判断ができない。

 

 

「何が起こっているんだ……?」

 

 

医者はただ暴れる身体を抑えることしかできなかった。

 

 

 

 

 

荒れ地

 

 

 

美琴は目の前の現状に動けずにいた。

 

木山から産まれた<幻想猛獣>は美琴にとって未知のもので、興味がそそられてしまうのも無理はない。

 

しかし、それとは別に美琴の本能が警鐘を鳴らしている。

 

あれは“危険”だと

 

 

「キィヤアアアァアアァ」

 

 

<幻想猛獣>は美琴の姿を確認すると、巨大な火球を複数個、美琴へ飛ばす。

 

 

「~~ッ!? 何なのよアレ」

 

 

美琴は全ての火球を電撃で相殺すると、すかさず<幻想猛獣>に電撃の槍を繰り出した。

 

 

(爆ぜた!? 何も出てこないし、やっぱり生物じゃない?)

 

 

しかし、電撃の槍を喰らっても、<幻想猛獣>は一瞬で回復してしまう

 

どころか、頭を生やし、手を生やして巨大化していく。

 

 

「!?」

 

 

今度は電柱よりも巨大な土塊を形成し、美琴へ怒涛の如く放つ。

 

 

(先ほどの強化の反動で足がうまく動かない!?)

 

 

美琴は回避しようとしたが足がもつれてしまう。

 

 

「ッく」

 

 

近くにある瓦礫で防御しようとするが、突破されてしまう。

 

そのまま土石流のように美琴を呑み込――――

 

 

「やば――――」

 

 

ぶつかる瞬間、美琴は突然横から攫われた。

 

 

「ふぅ~、間一髪でしたね、美琴さん」

 

 

「詩歌さんっ」

 

 

眠っていた姉、上条詩歌によって。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「詩歌さん、無事だったんですね! よかったぁ~」

 

 

美琴は自分を助けた人物が詩歌だと確認すると安堵した。

 

 

「ええ、実は美琴さんが呼んだ時に目が覚めましてね。痺れが取れてから、車を出て、追っていたのですよ。さすがに道路から降りるのは骨が折れましたが」

 

 

詩歌は美琴を降ろすと愛おしそうに頭を撫でる。

 

 

「複数の能力を使う相手を無力化するとはよく頑張りましたね。さすが私の妹です」

 

 

「詩歌さん……」

 

 

詩歌に褒められ、美琴は顔を赤くしてしまう。

 

 

「本当なら、お姉さんらしく何かしてあげたいんですが、そういう訳にはいかないようですね」

 

 

詩歌は<幻想猛獣>を睨み行ける。

 

 

「どうやら攻撃はあまり得策ではないようですね。……あれを止めるために、同調を行います。そして、近づくために<異能察知(ディスカヴァリー)>を使います。美琴さん、サポートをお願いします」

 

 

詩歌はメガネケースを取り出し、その中に入ってる眼鏡―――<異能察知>を取り出した。

 

詩歌はかつて、美琴や陽菜の能力を使用した際に感じる電子線や磁力線、温度から、<幻想投影>にも何か察知できないかと考えた事がある。

 

そう考えた詩歌は冥土返しの協力と美琴や陽菜の時の経験を生かし、異能の波長であるAIM拡散力場を視覚的に見えるようにする補強器具、<異能察知>を作りだした。

 

これにより、詩歌は能力者が自然と発しているAIM拡散力場を見る事ができ、その大きさ、色で相手の能力を特徴づける事ができるようになった。

 

 

「大丈夫なんですか? 詩歌さん」

 

 

しかし、通常なら見えるはずのないものを強制的に処理させたり、莫大な情報量が注ぎ込まれるため、脳の負担が大きい。

 

<異能察知>の試作型の際は何度も酩酊感を味わったが、今、作り上げたものはそう長時間使わない限り問題はない。

 

 

「大丈夫ですよ。5分程度で終わらせますから」

 

 

(そういえば、当麻さんはメガネフェチではありませんでしたね)

 

 

そんなことを考えながら、詩歌は<異能察知>を装着する。

 

その瞬間、詩歌の視界が変わる。

 

景色の中に様々な色の波紋、AIM拡散力場が混じる。

 

 

「それでは行きます」

 

 

詩歌は視界が変わるのを確認すると<幻想猛獣>へと走り出した。

 

詩歌の接近を感じた<幻想猛獣>は攻撃を仕掛けるが、

 

 

「3秒後に右45度、上50度あたりに電撃を、5秒後に左30から40度に壁を形成してください」

 

 

詩歌の指示を聞いた美琴により、全て防がれてしまう。

 

詩歌はAIM拡散力場の動きから相手がいつ、どこから、どのように能力を使うかが推測できるようになる。

 

さらに、詩歌は、今まで多種多様な能力を使ってきた経験を生かす事で精度を上げ、推測を予知にまで昇華させた。

 

そのため、その力が行使される瞬間、まだ十分に形成されていないうちに迎撃する事ができる。

 

 

「5秒後にアレの右斜め一帯に電撃を」

 

 

美琴の電撃により、<幻想猛獣>が氷柱を形成される段階で破壊される。

 

詩歌はあるときは避け、またあるときは美琴に指示を出し、力が形成される前に迎撃させ、前に進む。

 

それは傍から見たら、無防備のまま、能力が飛び交い、荒れ狂う戦場で踊っているようにしか見えない。

 

 

「4秒後に前方に足場の形成を」

 

 

しかし、<幻想猛獣>の攻撃は詩歌に掠ることすらない。

 

<幻想猛獣>が腕を振ろうと舞を踊るようにかわされ、火球、土塊、氷柱も全て形成される前美琴に悉く破壊されてしまう。

 

 

「辿り着きましたね」

 

 

そして、詩歌は5分もしないうちに倒れている木山の所、<幻想猛獣>の前に辿り着き、<異能察知>を外した。

 

 

「それでは<幻想投影>を開始します」

 

 

詩歌は<幻想猛獣>に触れた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

努力はしてきたつもりだった。

 

毎日、陽が昇る前から真っ暗になるまでひたむきに打ち込んだ。

 

その積み重ねが自信にも繋がっていた。

 

けど…スポーツに能力の使用が認められるこの街ではそんなものは何の意味もなさなかった。

 

幾千幾万の努力がたった一つの能力に打ち砕かれる現実。

 

俺はその現実に………

 

 

 

私にはよく慕ってくれてる後輩がいた。

 

私と同系統の能力なのか、いつも私に助言を求めていた。

 

彼女の事を妹のように思っていた。

 

たとえ能力がなくてもこの関係は変わらないと信じていた。

 

けど……学園都市は能力が重要なステータスである街。

 

慕ってくれた後輩も私よりも上に行くとあっさり身離してしまう現実。

 

私はその現実に………

 

 

 

学園都市の能力開発から落ちこぼれた無気力な学生を見かけると俺はよく話しかける。

 

諦めるな、頑張れと……いつかきっとLevel5になれるとこの街の学生の大半が思い描いていた夢を俺も追いかけてきた。

 

虚仮の一念で授業をこなし、少しずつ、本当に少しずつ能力は上がっていった。

 

だがそんなある日、本物のLevel5を目にしてしまった……

 

それは馬鹿馬鹿しいまでに無茶苦茶で悪い冗談としか思えないような出鱈目な力。

 

そこに行くには突破の足場さえ掴めない高く厚い壁があるという事を俺はようやく理解した。

 

俺はそれからも落ちこぼれた学生達に声をかける。

 

どうしようもない現実に、俺は上を見ることを止め、前に進む事も止め、ただ下を見て話すようになった。

 

俺はその現実に………

 

 

 

私はこれから統括理事会肝いりの実験を任されることになった。

 

実験には<置き去り(チャイルドエラー)>と呼ばれる子供達が被験者となる。

 

詳細なデータを取り、細心の注意を払って調整を行うため、私はその子たちの先生をやることになった。

 

人にものを教えるのはあまり得意ではなく、子供の世話を見るのも面倒だと思っていた。

 

それに私は子供が嫌いだ。

 

騒がしいし、デリカシーがないし、失礼だし、悪戯するし、論理的じゃないし、なれなれしいし、すぐに懐いてくるし、それに研究する時間もなくなってしまった。

 

本当にいい迷惑だ。

 

 

 

……でも、どこか心地いいような気がした……

 

 

 

しかし……その子たちは、今は眠りについている。

 

永遠に続くかもしれない深い眠りに……

 

最初から犠牲になることが前提にされた実験のために……

 

この街は科学の発展のためなら、平気で何人も犠牲にしてしまうことが当たり前である現実。

 

その現実に私は……私はッ!!

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「――――はッ!?」

 

 

<幻想猛獣>から離れ、息を整える。

 

 

(今のは一体? それに最後のは木山春生の……)

 

 

詩歌は複製し、解析した途端、脳に莫大な情報量が流れ込んできた。

 

地獄のような絶望と共に……

 

 

(もしかして、投影した事でコレとネットワークが繋がったから……)

 

 

詩歌は突然の出来事に驚いたがすぐに冷静になり、そのことを自分なりに分析する。

 

 

(これが<幻想御手>の使用者達の苦悩。……そして、木山春生の絶望)

 

 

「何を……するつもりだ」

 

 

詩歌の足元で木山が目が覚める。

 

詩歌が何を見たのか気付いていないようで彼女はゆっくりと身体を起こすとこちらを見上げる。

 

 

「それは<幻想御手>によって産み出された怪物だ。おそらく、AIM拡散力場の集合体とされている<虚数学区>と原理は同じだろう。……さしずめ<幻想猛獣>とでも呼んでおこうか……」

 

 

木山は懐を探る。

 

 

「本来ならワクチンソフトがあれば何とかなったかもしれないが、未完成でな、とてもじゃないが使えるようなものじゃない……」

 

 

木山春生は疲れた。

 

長い時間、贖罪の十字架を背負い、この救いようのない地獄の中を彷徨い続けた。

 

もう、いいだろう……休んでも。

 

木山は拳銃を取り出す。

 

アレは<幻想御手>で自分と繋がっている。

 

不死身の怪物なのかもしれないが、自分さえいなければ――――。

 

 

「でも、<幻想猛獣(アレ)>を生みだししてしまった責任は取る」

 

 

責任を取るなんて半分は詭弁だ。

 

こんな偽りの自己犠牲でもなければ自分は言い訳もできない。

 

今、思えば自分はとても不器用な生き方をしてきた。

 

たとえどんなに頭が良かろうと、不器用過ぎたこの性分は変えられなかった。

 

疲れた。

 

こんな生き方はもう疲れた。

 

だから、この命を――――

 

 

「私はどうなっても――――」

 

 

自害しようとする木山の手を詩歌は叩き、拳銃を落とした。

 

 

「あなたが死んだら、あの子たちはどうするんですか? 誰があの子たちを助けるんですか?」

 

 

木山春生の絶望を投影した。

 

彼女の悲嘆の全てを見た。

 

完全には理解できてはいない。

 

所詮、自分は絶望を投影しただけ。

 

それでも詩歌は見た。

 

パンドラの箱、その絶望の底にあったたった1つの木山春生の希望を。

 

ただあの子達と笑っていたかったという、木山春生の希望を。

 

 

「何っ!? 一体どこでそれを」

 

 

「守られたり、助けられたりする側の気持ちを考えた事がありますか? 助けてもらったとしても、助けてくれた人が傷を負っていたら……その人が大切な人だったら……傷つくよりも辛く、一生癒えない傷を心に負うんですよ」

 

 

幼い頃、当麻が自分を助けてくれた時のことを思い出すたびに心が痛む。

 

たぶん、これは一生癒えない傷。

 

上条詩歌に木山春生の気持ちは分からないのかもしれない。

 

しかし、彼女が救おうとしている少女達の気持ちは触れずとも理解できる。

 

そして、あの子達を救うのに最も必要なものも知っている。

 

自分と同じ傷だけは付けてはいけない事も知っている。

 

あの苦しみを味あわせてはいけない。

 

 

「しかし、あれを止める手段はこれしかないんだ。ワクチンソフトもない。学生一万人の力を止めることなどできるはずがない! Level5がいようとどうしようもないんだ!」

 

 

木山は患者達を苦しめようと<幻想御手>を生み出したのではない。

 

事が済めば、すぐにでも解放するつもりだった。

 

でも、そのためのワクチンソフトを完成させる時間はなかった。

 

しかし、木山の訴えに詩歌は優しく微笑みながら答える。

 

 

「大丈夫です。これが幻想というなら<幻想投影《わたし》>に抑える事ができます。それにね――――」

 

 

詩歌は<幻想猛獣>の攻撃を防いでいる美琴の方を振り向く。

 

 

「美琴さんはわがままで、寂しがりやで、やんちゃでなかなか私の言う事を聞いてくれませんが――――」

 

 

詩歌はそこで一息つく。

 

 

「それでも美琴さんは私の自慢のかわいい妹なんです。この程度、止められないはずがありません」

 

 

詩歌は満面の笑みを浮かべ、誇らしげに語る。

 

その姿に木山はあの頃の自分と重なっているような錯覚を覚えた。

 

あの頃、子供たちの教師をしていた自分と……

 

 

「美琴さん、もうしばらくお願いしますね」

 

 

そして、美琴に声をかけ、詩歌は同調を開始した。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

美琴は先ほどの詩歌と木山の会話が聞こえたのか顔は赤くなる。

 

 

「まったく、こんな時にそんなこと言うなんて詩歌さんは……」

 

 

美琴は文句を言っているようだが、その顔は笑っていた。

 

 

「ntst邪kgdogj止ofks」

 

 

<幻想猛獣>は詩歌の同調を阻止しようと攻撃しようとする。

 

だが、詩歌は動じない。

 

詩歌は美琴が守ってくれるのを信じているのか少しも動じない。

 

 

「詩歌さんは強引で、傍若無人で、時々うっかりするし、よく暴走するし、本当の姉ではないけど――――」

 

 

美琴は砂鉄を操り、全ての攻撃を防ぐ。

 

詩歌の体に飛ばされた破片ですらも当てさせない。

 

 

「私にとって、本当に優しくて頼りになる姉よ。詩歌さんならきっと解決してくれるって信じてる」

 

 

美琴と詩歌は血は繋がっていないが、そこには確かに姉妹の絆があった。

 

 

 

 

 

水穂機構病院

 

 

 

「アケミ、大丈夫!? 落ち着いて」

 

 

佐天は他の2人の友達と共に先ほど意識不明になり、突然暴れ出した友達の身体を抑える。

 

 

「一体、どうなっているんだ。意識不明の患者達が急に暴れ出すなんて……どうしたら――ん!?」

 

 

医者が対応に困っていると患者達はだんだんとおとなしくなっていく。

 

 

「アケミ、良かったぁ……もう落ち着いたみたいね」

 

 

患者達は落ち着き、優しい何かに包まれているかのような表情をしている。

 

 

「先生っ!! 患者達の発作が止みました……!」

 

 

看護師が患者達が全員落ち着いたと医師に報告する。

 

 

「急に暴れ出したと思ったら、今度は安らかに眠っているだと……? 一体何が起きているんだ……」

 

 

 

 

 

荒れ地

 

 

 

「一体何が起きているんだ。……あれほど巨大化した<幻想猛獣>がどんどん小さくなってきている」

 

 

木山は目の前の現象が信じられなかった。

 

あれほど巨大に膨らんでいた<幻想猛獣>が最初の頃と同じように胎児と同じサイズになった、しかもワクチンソフトを使わずにだ。

 

その未知な事に木山がそのことに研究者として興味を覚えるのは無理はない。

 

 

「hfkjs自jfos動jhos不ksl」

 

 

<幻想猛獣>はついに動くことすら、満足にできなくなっていった。

 

 

「そろそろ頃合いですかね」

 

 

詩歌はそう呟くと美琴の方に振り向く。

 

 

「美琴さん、そろそろこの子に止めをお願いします。この子に…患者達に美琴さんの想いが伝わるような渾身の一撃でお願いします」

 

 

「わかりました。では、巻き込まれると危ないから、そこから離れてください」

 

 

美琴は詩歌が木山を連れて、十分に離れたのを確認すると手のひらに電力を集中させる。

 

 

「言っとくけど、私の本気を受けて無事だったのはアイツくらいのものよ」

 

 

美琴の手のひらから、木山との戦闘中とは比べ物にならない十億ボルトの電撃が炸裂する。

 

 

「!?」

 

 

<幻想猛獣>は最後の力を振り絞り誘電力場を形成する。

 

 

「なっ!!?」

 

 

(電撃は直撃していない! だが……強引に捩じ込んだ電気抵抗の熱で体表が消し飛んでいく!? 私と戦った時はのあれは全力ではなかったのか!!)

 

 

木山は美琴の圧倒的な力に驚愕する。

 

圧倒的な美琴の全力を誘電力場で防ぐ事ができず、<幻想猛獣>の身体は少しずつ消し飛んでいく。

 

木山春生が正攻法ではなく搦め手にしたのは正しい判断。

 

こんな馬鹿馬鹿しいまでに強大な力を真正面からなんて防ぎきれるはずがない。

 

――――そして、下手な小細工などでは蹂躙される。

 

詩歌が美琴と対峙した時、専守防衛に徹していたのはただ単純にその性能(パワー)が強大過ぎるからだ。

 

同系統の電撃系能力者なら対峙しただけで、その圧倒的な力量差を悟り、気絶する。

 

確固たる己を持つLevel5は伊達ではない。

 

 

「AIM拡散力場の集合体……か。悪いけど<自分だけの現実(パーソナルリアリティ)>を他人に委ねるような人達には負ける気がしないわ」

 

 

美琴は<幻想猛獣>に止めを刺すため、コインを取り出す。

 

 

「こんなところで苦しんでないでとっとと帰んなさい」

 

 

音速の3倍の速度で打ち出されたそれは彼女の通り名の由来となった超電磁砲そのものだった。

 

上条詩歌ではその一撃は放てない。

 

己の事は己が最もよく知っている。

 

詩歌がたとえ本物を投影できたとしても、それは美琴のもの。

 

だからこそ、この一撃は最強だ。

 

<幻想投影>では真似できないその人自身の可能性。

 

上条詩歌はその可能性の輝きを見たかった。

 

学園都市、能力者達の頂点Level5序列第3位<超電磁砲>、御坂美琴。

 

彼女の渾身の一撃は数多の能力者の絶望が生み出した<幻想猛獣>をぶち抜き、その核を消滅させた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「お姉様、詩歌先輩、大丈夫でございますか!?」

 

 

黒子が<空間移動>で負傷者を病院に送った後、現場に来てみれば、すでに戦闘は終わっていたようだった。

 

すでに、応援の<警備員>の部隊もきており、事態の収拾をしていた。

 

 

「あっ、黒子さんちょうどよかったです。少し借りますね」

 

 

本気を出したせいか、電池切れの美琴を介抱していた詩歌は黒子を見つけるとすぐに駆け寄り、黒子の<空間移動>を複製する。

 

 

「今からだと、いつものスーパーの特売にぎりぎり間に合わないかもしれません――――いえ、間に合わせてみせます! 将来の育児にかかる費用のために今の内から節制を心掛けないといけませんしね。それでは私は夕飯の支度がありますのでお先に失礼します」

 

 

そして、そのままどこかへ消えてしまった。

 

 

「一体彼女は何者なんだ……?」

 

 

木山は突然の詩歌の行動に混乱し、隣にいた美琴に話しかける。

 

 

「えーと……詩歌さんは一応私の幼馴染で、何ていうか……」

 

 

(何なの!? 夕飯の支度!? どういうこと!? ……私、一応詩歌さんの幼馴染なんだけど、最近の詩歌さんの言動が理解できない)

 

 

美琴は最近の詩歌の理解不能な行動に頭を抱えてしまう。

 

 

「彼女の名前は上条詩歌、<微笑みの聖母>と呼ばれる『常盤台の秘密兵器(ジョーカー)』ですわ」

 

 

頭を抱えている美琴の代わりに黒子が木山の質問に答えた。

 

 

「そうか……彼女があの、数多くの能力者を開花させてきたという<微笑みの聖母>か……なるほどな」

 

 

誰もが匙を投げだしたLevel0の才能を開花させ、教師・科学者を含め『能力開発』において右に出る者がいない停滞を前進させる最新で最優の賢者―――<微笑みの聖母>。

 

木山春生は詩歌の正体を知り、『先生』だった頃に聞いた事がある荒唐無稽な都市伝説に納得する。

 

 

「アンタ、これからどうするの?」

 

 

混乱から回復した美琴は木山にこれからの事を聞く。

 

 

「私はあの子達の事を決して諦めない。もう一度最初からやり直すさ。理論の組み立ては何処でもできるし、君の姉からやる気をもらったしな。刑務所の中だろうと、世界の果てだろうと私の頭脳がここにある限りやっていけるさ」

 

 

木山は立ち上がり、<警備員>に手錠をかけられる。

 

 

「ただし、今後も手段を選ぶつもりはないぞ。気に入らなければまた邪魔しに来たまえ。……まあ、なるべく穏便にすむ方法を考えるつもりだがな」

 

 

「私も、それにきっと詩歌さんもその方法なら協力するわよ」

 

 

美琴はこれから刑務所に送られる木山を見送る。

 

 

「しっかし、脳波のネットワークを構築するなんて、突拍子もないアイデアをよく実行に移そうと思ったわね」

 

 

「複数の脳を繋ぐ電磁的ネットワーク、<学習装置>を使って整頓された脳構造……これらの全ては君から得たものだ」

 

 

「は?」

 

 

ふとした疑問に対する思わぬ木山の返答に美琴は戸惑いを覚える。

 

 

「私、そんな論文書いた覚えがないわよ」

 

 

「そうじゃない……君のその圧倒的な力をもってしても抗えない。……君も私と同じ……絶望をもつもの」

 

 

木山は最後になにかを呟いたようだが美琴には聞こえなかった。

 

そして、美琴が訊き返す間もなく木山を乗せた車両は発進してしまった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「う~ん、木山は最後に何をいようとしたのかしら……?」

 

 

美琴が木山との会話について悩んでいると、後ろから忍び寄る影が一つ。

 

 

「お姉様ぁ~」

 

 

「ひぃっ!? 黒子、一体何よ?」

 

 

美琴が後ろを振り向くと邪なオーラを漂わせている黒子がそこにいた。

 

 

「どうやら今のお姉さまは電池切れのご様子ですわね」

 

 

黒子は手をわきわきしながら美琴に近づく。

 

 

「お肌に無数の擦り傷がございますし、ここは黒子が体の隅々まで看てさしあげますのよ」

 

 

「く……黒子? ちょっと待ちなさ――――」

 

 

美琴は黒子を制止しようと呼びかけるが、すでに欲望に塗れ、正気を失っていた黒子は美琴に飛び掛かっていた。

 

 

「ギャーー!! 助けて詩歌さんーーッ!!」

 

 

美琴は詩歌に助けを呼ぶが、すでに買い物に奮闘中の詩歌には聞こえず、そのまま美琴は黒子の手厚い看護を受けることになってしまった。

 

 

 

 

 

水穂機構病院

 

 

 

「ハァ、ハァ、ハァ…――佐天さん、どこにいますか?」

 

 

事件が解決した後、初春はすぐに友達が入院した病院へ急いだ。

 

そして、病院のエントランスで休憩をしている佐天の姿を見つけた。

 

 

「おっ、初春。こんなに急いじゃって……とりあえず、コレでも飲んで落ち着きなよ」

 

 

佐天はちょうど飲もうとしたお茶を初春に渡すと、初春はすぐに飲み始め、半分ほど一気に飲んでしまった。

 

 

「ありがとうございます、佐天さん。それでアケミさんの容態は」

 

 

初春は落ち着くとアケミの容態を佐天に聞く。

 

 

「ああ、アケミならさっき目が覚めて、今は医者に診てもらってるよ」

 

 

佐天からアケミの容態を聞いた初春はホッと一息をつく。

 

 

「それでさー、アケミ、なんか夢を見たらしいよ」

 

 

佐天はアケミが見た夢の内容について初春に話す。

 

 

「なんか自分が悩んで、苦しんで、一人で泣いていた時、微笑みを浮かべた女性が現れて優しく抱きしめて慰めてくれたんだって。でも、女性がいなくなったらすぐに、物凄い何かに喝を入れられて、目が覚めたんだって。変な夢だよねー」

 

 

さらに、と佐天は言葉を切る。

 

 

「しかも、その夢を他の人たちも見たっていうんだよ。同じ内容の夢を大勢の人たちが見るなんて不思議だね。それに全員がその夢のおかげですっきりしたと言っているんだよ!本当に不思議だと思わない、初春」

 

 

「本当に不思議な話ですね、佐天さん」

 

 

その後、2人はアケミのお見舞いの品を選びに商店を見に行った。

 

これで幻想御手事件は終わりを迎えた。

 

使用した患者達もやがては元の学園生活に戻る。

 

中には、手にした力が幻想であったと嘆くものでるだろう。

 

だが、この街の学生達はいつまでも嘆いているほどヤワではない。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、その裏側で、上条詩歌の地獄へのタイムリミットは着々と針を進めていた。

 

 

 

 

 

とある男子寮附近

 

 

 

「さあ、セールにも間に合いましたし、これから当麻さんの部屋に行き、夕飯を作りますか」

 

 

壮絶な事件の後にもかかわらず、詩歌は見事、セールに勝ち抜き戦利品を手に入れ、当麻の寮に向かっていた。

 

 

「インデックスさんは良く食べますから5人分位――――え……?」

 

 

しかし、詩歌が近くまで来たときに目に映り込んだのは、無残に荒れ果てた当麻が住む男子寮だった。

 

そして、当麻の部屋の位置から遠くにいるのに身が震えるほどとてつもない圧力を放つ光の柱が飛び出してきた。

 

 

「当麻さんッ!!!」

 

 

かつてないほどの危機感を抱いた詩歌は両手に持った買い物袋を放し、がむしゃらに全速力で当麻の部屋に向かった。

 

 

 

つづく


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