とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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閑話 白の後手必殺

閑話 白の後手必殺

 

 

 

常盤台中学

 

 

 

『完璧』を首席とする3年生、『双璧』を看板とする2年生、と近年の常盤台中学は歴代に類を見ない当たり年だ。

 

それは去年と同様に、今年度も教師が期待する黄金新人(ゴールデンルーキー)が2人いる。

 

そのうちの1人は、姫様(エース)従士(ページ)である<空間移動>。

 

<風紀委員>として、<警備員>以上に現場で働き、街の治安を乱す犯罪者の検挙率はとても高い。

 

そしてもう1人は、女王(クイーン)騎士(ナイト)である<水蛇>。

 

最大派閥に入り、学内の治安と秩序の為ならば、あの<赤鬼>と恐れられる番長にも勝負を挑む程。

 

どちらも優秀で基本は真面目、そして、『完璧』を先生と仰ぎ、トランプの札のように1(エース)2(デュース)11(ジャック)12(クイーン)と数の近しい者にそれぞれ『双璧』に忠を誓う―――

 

 

「わたくしに提案があります。どちらが上からを決めるに相応しい勝負はただ1つ! 敬愛するものの良い所を一つずつ言っていくゲームで決着をつけようじゃありませんの……!」

 

 

「流石は、我が宿敵にして、級友、白井黒子殿! しかし、我が忠誠は負けませぬ……!」

 

 

ツインテールの少女とそれより小柄なウルフカットの学年最少の少女。

 

2人とも先輩になったんですから後輩の面倒を見るのも良い経験です、と『能力開発』に付き合ってもらっている最上級生に言われてたのだが……

 

 

「……ねぇ、アンタ。まさかこの子に洗脳したんじゃないわよね」

 

 

「してないわよぉー♪ けどぉー、私の満載な魅力にあてられちゃったら仕方ないわよねぇ」

 

 

それはまだ夏休み前の一学期の一幕。

 

それぞれが級友や同室、派閥に同級などと個人個人での面識はあるが揃って会うのはこれが初めてだ。

 

正直、この女王に会うのはなるべく避けたかったが、姉に言われた事だし、彼女が後輩に何か変なことしないか心配だったのでこうして来て見れば、どういうわけか集まって早々話が妙な方向に転がってしまった。

 

学外派と学内派。

 

孤高派と派閥派。

 

従士派と騎士派。

 

この新入生の後輩2人、『腹黒テレポーター』の白井黒子に『切り裂きジャック』の近江苦無も、どうやら自分たちと同じように、同級の中で何かと比べられており、対抗意識が高いようだ。

 

 

「お姉様の立ち振る舞いは常に凛々しく、そして、相手への心遣いも忘れず、もちろん、素敵な内面だけでなく、その容姿も端麗。特にお姉様のとても奥ゆかしいお胸は………」

 

 

ああ、この後輩も洗脳したのかと言いたいけれど、真に残念なことにこれは素だ

 

 

「姫は最大派閥を纏めている実績もある、人の上に立つ長として、相応しい資質の持ち主であるのは明白であり、その容姿も可憐。花も恥じらうという言葉は姫の為にあり………」

 

 

……本当に洗脳してないのかしら、と疑念。

 

詩歌さんが『能力開発』に付き合っているから、その線は薄いんだろうけど、良くこの性悪な奴を褒めれるものだ。

 

このわがままな女王と生真面目な従者は相性がいいのか?

 

 

「はぁ、そろそろ詩歌さんが来るし、止めない?」

 

 

「退屈しのぎになりそうかと思ったんだけど。でもぉ、少し一年生に期待し過ぎたようねぇー♪」

 

 

美琴が後輩2人を止めるため仕方なく、協力を申し出ると、やれやれ、と食蜂。

 

 

「姫……!」

 

 

「良く考えてごらんなさい。そんな勝負、『全部』の一言で終わっちゃうでしょー☆」

 

 

断言。

 

冗談とかそんな気一切なしに言い切った。

 

よくぞここまで自信が持てるものだ。

 

で、

 

 

「それでこそ、我が主……」

 

 

「何たる盲点ですの……! この白井黒子一生の不覚!」

 

 

本気で、目から鱗、蒙が啓けた顔をする黒子に苦無。

 

 

「いつも以上についていけないんですけど……っ!」

 

 

此処に常識人は自分しかいないのか。

 

どこかの愚兄ではないが、この学校は変人……個性的な面々が多過ぎやしないか。

 

 

「まぁ、でも……反省しているようだし、頑張ってくれたようだから、許してあげるわぁ♪」

 

 

どこまで偉そうなんだコイツは。

 

 

「姫~~~っ!!」

 

 

「あなたのこういう所、犬より扱いやすいところ好きよぉ♪」

 

 

ペットのように良い子良い子と頭を撫でられるその様は、忠義の狼、というより小型犬な感じ。

 

そこから食蜂を非常に尊敬しており、その従者であることに喜びを感じているのが分かるけど、美琴思わず、

 

 

「光栄、なの?」

 

 

「光栄ですっっ!」

 

 

迷いなく即答。

 

一体、この子に何をしたんだ?

 

とても気になる。

 

というか、さっきから、こちらに向けられている『御坂さん、どう? 私の先輩力は』とそのドヤ顔が腹立つ。

 

 

「お姉様、わたくしも! 立っている大地から呼吸した全ての大気も愛しております」

 

 

で、こっちは忠義と言うより、敬“愛”。

 

ペットと飼い主と言うより、(黒子が)伴侶を目指している。

 

一応、同じ学校の同じ部屋で暮らす、離れようにも離れられないルームメイトだしパートナーだと認めているが、時々、というか、しょっちゅう、その奇行や言動にはついていけなくなる。

 

心酔してくるのは構わないが、黒子は実践してくるので、とても、正直訴えれば勝てるのではないかと思えるくらいに困っている。

 

どうして、こうなったんだろうか。

 

 

(とにかく詩歌さん早く来て~~!!)

 

 

と、猫がマーキングする際に擦りよるように黒子に抱きつかれながら、お姉ちゃんにSOS念波を送る美琴。

 

今年の黄金新人も扱いが難しいようである。

 

 

 

 

 

学舎の園 道中

 

 

 

蛇が蛙を睨む。

 

 

 

第一印象で子犬をイメージさせるようなギザギザのウルフカットで、まだ小学生にも見える小柄な体躯に幼さの残る顔立ち……少年っぽい印象のある少女。

 

<水蛇>、近江苦無。

 

今年卒業し、霧ヶ丘女学院へ進学した『魔眼』の真浄アリサから次いで『常盤台の騎士(ジャック)』となった水と忍の超絶技巧者(ハイマスター)

 

湾内の<水流操作>よりも性能が上で、水場がない場所でも、大気中の水分を操作することでその力を発揮できる高位能力者―――と、聞いている。

 

同じクラスの白井黒子が言うには『普通なら互角。だけど、もし何でもありの実戦形式で戦ったら、3:7で自分は負ける』らしく、その実力が新入生代表に相応しいものらしい。

 

 

「……詩歌先生から、御坂先輩への対処法は指南されています」

 

 

ゼッケンの色は赤。

 

近江苦無の役は『メイド』で、近づくのは不味い。

 

この『カエルとお姫様』のゲーム上、緑色のゼッケン『カエル』の美琴は普通なら今すぐ逃げるべきだ。

 

 

「へぇ……そう。でも、悪いけど、対処法程度で、一年生に後れを取るほどLevel5()は甘くないわよ」

 

 

「やってみれば分かります。<水蛇>が、<超電磁砲>に通じるかどうか……。いえ―――<超電磁砲>が<水蛇>に通じるかどうか」

 

 

「随分大きく出たわね」

 

 

聖母の指導を受け、女王の派閥で多様な技術を吸収する注目株。

 

彼女が忠義を誓う女王とはそりが合わないが、だからと言って、苦無と険悪な関係ではなく、先輩後輩関係だ。

 

しかし、美琴は逃げない。

 

負けず嫌いな面もあるのだろうが、ここですぐに背を向けて逃げるのは先輩としての行為ではない。

 

昨年、新入生の実力試しを真っ向から受けた上条詩歌から、そのような事は教わっていない。

 

 

「……」

 

 

御坂美琴が逃げないと分かったのか、近江苦無が構えをとる。

 

いや、それは本当に構えなのだろうか。

 

構えと言うには、あまりにも自然で、透明で―――その凛とした空気に、完璧に溶け込んでいた。

 

心中の雑念を忍の一文字で鎮め、術の筋道に魂の一切を込め、相手を断つ。

 

 

「……っ」

 

 

美琴もそれに気が付き、表情を引き締めなおす。

 

基本的に、忍びというのは、本気を出すのは『確実に負けない』戦いしかない。

 

つまり、今の苦無は、勝つ自信がある、ということでもある。

 

 

「なら、新入生最巧の実力を見せてもらうわよ」

 

 

美琴は敏感に、苦無の『本気』を感じ取り、彼女に決して負けない、凄まじい集中力を練り始める。

 

 

「では、こちらも常盤台最高の実力、拝見させていただきます」

 

 

バチンッ!

 

 

様子見なしに、雷撃の槍が苦無に襲いかかる。

 

 

「水遁―――」

 

 

前方にせり上がるシャボンの膜。

 

こんな薄い水の防壁で、<超電磁砲>の雷撃が―――と、

 

 

「なっ!?」

 

 

しかし、迫る雷撃は、その膜にあたって八方に散る。

 

 

「この水壁は、ほぼ完全な純水……純水はほとんど電気を通しません。御坂先輩の電撃はこれで封じます」

 

 

「へぇ、本当にそうかしらっ!」

 

 

負けず嫌いな美琴はさらに、力を込めて再度電撃の槍を放ち、純水の壁を力技で爆散し、二段目にせり上がっていた水の壁も―――が、今度は電撃を弾かずに呑み込まれた。

 

 

「そして、水壁第二膜。酸や塩基などを含んだ水は電解液と呼ばれ、電気を導く性質を持ちます」

 

 

「防御策は万全ってわけね……だけど! 攻撃してこない限り、私に勝ち目ないわよ!?」

 

 

「水の流れと、電解質の濃度を細かく調節して―――」

 

 

水成る蛇に光が通る。

 

水の塊が、大蛇となり、激しくうねりながら美琴へ飛来。

 

 

「そんなものっ!」

 

 

街中の建造物を強引に引っ張って壊すことはできない。

 

公共物の修復不可能な破壊は何であれルール違反の失格である。

 

磁力を握り、美琴の直前に展開された砂鉄の緊急防壁に、水塊が打ち砕かれ―――たが、

 

 

「っ!?」

 

 

近江苦無の放ったのはただの水塊ではない。

 

その本命は、水の中に含まれていた電気。

 

御坂美琴の雷撃の槍から吸収した電撃が、美琴自身に襲いかかる。

 

 

「私でも、水で吸収した電気ならばある程度は制御、できます……」

 

 

半分自爆のようなものだが、人体への攻撃はご法度。

 

けれど、審判の反応は、ない。

 

これは注意行為(イエローカード)にも危険行為(レッドカード)にもならない。

 

だが、逆に美琴の場合だとしたら、笛を吹かれていたのかもしれない。

 

弱者贔屓は、Level5という圧倒的実力者であるからこそのハンデだ。

 

きっと、苦無はそれを分かっており、だからこそ、攻め立てる。

 

勝負というのを知る彼女にはそれだけの技術がある。

 

電気は本来一瞬で流れてしまうが、それを留め、利用できるように、あの水の中に一種の回路を作り上げた。

 

そんな緻密な制御力を可能にするとは、今年の新入生で<空間移動>の黒子を上回る実力者で、水氷系能力者でも最巧な<水蛇>である。

 

しかし、美琴は学園都市最高の電撃系能力者。

 

当然、電流への耐性は高く、本気の電撃を跳ね返されたのならとにかく、この程度なら軽く受け切れる。

 

 

(……けど、厄介よね。ホント。超電磁砲は不味いし、この状況では、私が不利)

 

 

性能(パワー)ではなく、技術(テクニック)勝負に重きがおかれる競技。

 

それでもほんの少し怯んだのを見て、美琴の周囲を対電撃系能力者に用意した水の網が張り巡られる。

 

流れるように無駄なく速く、交差する網の目の面積は全て均一精確、その隙間と油断の二重の意味を込めての隙のなさは子供ですらも通れない。

 

 

(対策を講じ、手段を整え、攻略する。至極、真っ当ね……何で食蜂を慕ってるのか不思議でしょうがないわね)

 

 

鮮やかなお手並みだ、と美琴は素直に褒め称える。

 

<超電磁砲>を捕まえようなどと、彼女と同世代の人間にはほとんどいないだろうし、水氷系としては学園都市でも相当上位だろう。

 

並みの高位能力者ならこれで捕まってしまっている。

 

 

「でも―――私が操れるのは、それだけじゃないわよ」

 

 

無防備に美琴は水の織物に向けて、一瞬ニヤリとし―――光と共に散らせた。

 

電気を直接通すのではなく、高周波の電磁波を照射する―――電子レンジと同じ原理。

 

御坂美琴は無意識ながらも周りに微弱な電磁波を湯水のように放出しており、意識すれば第三の眼(レーダー)に―――そして、完全制御した高出力の電磁波は、水を容易く蒸発する事もできる。

 

人ならばアウトだが水を蒸発させても何の問題はないし、水を除去する程度なら加減も周囲に影響を与える事もなく容易だ。

 

そして、やられたらやり返す。

 

美琴はすぐさま砂鉄を操り、今度はこちらが、より速く、より正確に、この黒き檻の中に封じ込めようと、

 

 

 

「―――水遁『水切苦無』」

 

 

 

プレモーションもなしに砂鉄の檻がバラバラにされた。

 

これが近江苦無が、『切り裂きジャック』と呼ばれる所以である金剛石すら苦も無く水で切り裂く『水切苦無』。

 

その正体はウォーターカッター。

 

超高圧極細で水を噴射し、その勢いで切断、というよりは『水流の当たった部分を吹き飛ばす』。

 

ウォータジェットは勢い任せであるため、発射してすぐに(ミスト)となってしまい、射程が短く、日本刀というより忍刀と呼ぶべきか。

 

しかし、忍びの彼女にはこれが妥当であり、また余計にものを傷つけなくて済むため好都合だ。

 

また、それは次に繋がる。

 

 

 

「水遁『霧隠れ』」

 

 

 

砂鉄と圧し、そのまま霧散して、さらに拡張。

 

2人を―――いや、周囲も巻き込んで―――べっとりとした霧が包み込んだ。

 

視界が悪くなるほどの霧ではないが、湿度が異常に高く、近江苦無の姿が消えていた。

 

 

「これだと下手に電撃を扱うのは不味い、それに―――いない? いえ、これは……」

 

 

濃霧に視界が閉ざされ、音共に気配を断つ。

 

そして、何故か―――電磁波レーダーに捉えられない。

 

いや、レーダーの調子が何かに乱されているだけでなく、感覚もおかしい。

 

今も霧の水滴に湿って触っているんだけど、その感触がないような。

 

けれど、蛙が蛇に睨まれたかのように、危機感を覚える。

 

でも、その位置は悟らせない。

 

いつの日だったか教室の窓から体育の授業を覗いた事もあったが、近江苦無の運動能力は新入生一で、美琴よりも足が速い。

 

これではどこに逃げて良いかも分からず、このままでは彼女に接近を許してしまう。

 

そして、空気とミルクが撹拌されたみたいな乳白色の濃霧から朧げな人影が映りこみ、

 

 

「お覚悟を、御坂先輩……」

 

 

無音で静かに、蛇が獲物の蛙を呑み込むように。

 

<水蛇>近江苦無は『メイド』の赤色のカードを、美琴の『カエル』の緑色のゼッケンのセンサーが反応する範囲に―――

 

 

 

「お姉様!」

 

 

 

ヒュン! と現れた青色の、『お嬢様』のゼッケン。

 

 

「見つけましたわ、近江苦無!」

 

 

<空間移動>、それが彼女のお姉様に役立てる最大のアトバンテージ。

 

汎用性にも優れ、緊急の際には即座に駆けつけられる。

 

今も呼ばれていないが、情報伝達係の口囃子先輩からの連絡から美琴が敵に囚われたと聞き、すぐさま参上。

 

 

「―――白井殿っ!」

 

 

「霧に隠れようと、このお姉様の『露払い』、白井黒子が目を光らせている限り、お姉様をやらせませんですの!」

 

 

白井黒子が、御坂美琴を庇うように忍びよる近江苦無との合間に割って入ると、『メイド』に有効な『お嬢様』の青色のカードを突き付け、近江苦無は何とかそれを躱し、警戒を潜り抜けようと。

 

新入生同士の駆け合い。

 

軽快なドリブルと鉄壁のディフェンスの接戦を制したのは―――

 

 

 

ピー!

 

 

 

「くっ、あと少しで御坂先輩“も”仕留められたのに」

 

 

近江苦無の赤色のセンサー――――と、

 

 

「ですが、油断しましたな、白井殿」

 

 

「えっ、何故わたくしのも……っ!?」

 

 

白井黒子の青色のセンサーの“両方”が同時に反応し、撃退を示す電子音が鳴り響いた。

 

苦無は『メイド』であり、黒子は『お嬢様』であるのに、相打ち、だなんて……

 

これは何かの間違いであるはず。

 

 

「移動力があるというのは考えもので、これが罠だと考える間もなく、すぐに飛び込んでしまえるのですからな」

 

 

「何、ですって……?」

 

 

まさか、これの本命が御坂美琴を餌にして白井黒子を撃退する作戦だったとでも言うのか。

 

攻撃が通じず防戦一方に追い込まれると知っていながら、視界を閉ざして危機を演出し、そして緊急時には必ず駆けつけるであろう白井黒子を釣るために誘いをかけたのか。

 

 

「これだけのハンデに、最後の方は“2対1”でしたが、仕留めきれませんでした。流石は、御坂先輩。まだまだ若輩者の拙者には足止めが精々で、とても太刀打ちできませぬ。今回はこちらに運が恵まれた引き分け、という事で。では―――」

 

 

苦無がそう言い残すと、復活ポイントへ。

 

彼女は『メイド』だ。

 

ペナルティの後に復活できる。

 

しかし、白井黒子は『お嬢様』であり、復活できないのだ。

 

これは結果的にも、相打ちではなく、紅組の貴重な主戦力を削られてしまった。

 

濃い霧が晴れ、周囲には誰もおらず。

 

ただ失格となった白井黒子と、後輩に、いや、白組にしてやられた表情を浮かべる御坂美琴しかいなかった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

紅組の中で何人の人間が異変を感じ取れたのだろう。

 

いや、そんな者、いたとしても気にしていないだろう。

 

集団心理で、たとえ違和感を覚えたとしても全員と繋がったパスから、それがただの錯覚だと判断してしまう。

 

確かにこれは錯覚だ。

 

少数の『実』をかさましするための『虚』である。

 

先手必勝の奇策が決まり、このままいけば勝利は間違いなく、今やこちらが有利であるという優越感、そして、完璧に敷かれた防衛網に、一種の余裕のような空気が漂い―――それは油断を招く。

 

人の監視の目を誤魔化し、警戒を掻い潜る手段なんて、いくらでも存在するというのに。

 

 

「……どうやら、あれは緑花さんの仕業ね」

 

 

御坂美琴と近江苦無が対峙している頃、紅組『カエル』の切斑芽美、偵察及び予備戦力として密かに別ルートから進行。

 

いざとなれば<念話能力>で助けを呼び、婚后らの機動力の高い『お嬢様』が助けに来てくれる手筈となっているため、本人は隠れているつもりだが、その保険の後ろ盾に気を大きくしているせいか、あまり隠れていない。

 

それでもこのお嬢様の前に誰も現れない。

 

ただ彼女の前方にそびえるのは森のお城。

 

あそこは白組の復活ポイント『女王の広場』がある場所であり、それ以外は何もない路上のはずだったが、そこにあるのは元々あった街路樹がさらに増え、生い茂る樹木が影となり、先の見えない世界。

 

切斑も同じ女王の『派閥』であることから、彼女の能力について知っており、これが樹木医の資格を有する<六花>の自然委員長、緑花四葉の<植物操作>の仕業だろうというのはすぐに分かった。

 

あの薄緑色の髪を無造作に伸ばし、頭の左右に丸い髪留めに結われた髪の房がぴょこんぴょこんと揺らす彼女は、その体内の栄養素を消費する能力の性質故に常に腹を空かす、

 

 

『将来はジャックの豆の木を作るのが夢です!』

 

 

と元気いっぱいに語る姿は正直子供っぽいけれど、その能力は枯れ木に息を吹き返させ、種子から花を咲かす事もでき、いくつか緑化に適した改良種も開発するほど植物に関してはエキスパートだ。

 

下か土ではなく、ほとんど路面であるが、脇に一定間隔で植えられた街路樹を利用すれば、挿し木や接ぎ木、この程度の陣地作成も容易なのだろう

 

言うなれば、根から自らのクローンを作りだし広大な林そのものの一個体を形成する柳科のポプラの林のように、街路樹をネットワークのようにアーチ状に繋げて、そのライン上に樹の枝が多数、地面に着くほど伸びており、それを森のように見させている。

 

元に戻せるのだが、破壊の一歩手前の行為である。

 

となれば、あそこは緑花四葉の領域であり、また、その奥から赤の『メイド』が目立つ白組の生徒が交代交代に、隊列を組んで飛び出して、中央ポイントを侵略しようとしている。

 

そして、『お姫様』の食蜂操祈がそこにいる。

 

相手がどの役をやるのかは『お姫様』以外は知らされていないが、どのような選手が参加しているのかは知っている。

 

さらに、今までの出入りを見る限り、白組は『メイド』が多く、『カエル』が少ない―――と思っていた。

 

 

「そろそろ試合時間も半分を切りましたし、ここは―――えっ!? あの子は『お嬢様』でさっき―――!?」

 

 

御坂美琴の救援に駆け付けた白井黒子が撃退されたそのすぐ後、影と光が入り乱れる森奥から、部隊ではない、緑の軍勢が現れて、

 

 

「誤情報の伝達ごくろうさまなの」 「もう帰っていいですよ、切斑さん」

 

 

ピー! と電子音と共に、『メイド』の双子に両肩を叩かれた。

 

 

 

 

 

学舎の園 王様のお城

 

 

 

「さあ、さっきの逆襲だよ! 全員突撃! 切り込め!」

 

 

特攻隊を率いる九条葵が、胸のセンサープレートに差し込んであった緑色のカードを右手に高くかざすと同時に、“10名”もの『カエル』役の学生が一斉にカードを引き抜いた。

 

九条達が一気に『王様のお城』に向かって突進した時、紅組の脳裏に浮かんだのは『おそらく、また『メイド』の方がいらっしゃったのでしょう』という思い込み。

 

しかし、その軍勢は、赤い津波の鍍金が外れれば、明らかに違う。

 

全てが緑色のゼッケンプレートをつけた集団が一気に突っ込んできたのだ。

 

 

「これは一体どういう事ですの!? 何でこんなにも『カエル』が―――」

 

 

『王様のお城』を守るお嬢様達から悲鳴が上がった。

 

 

「『カエル』です! 『メイド』の方は前に出て! 『お嬢様』は下がりなさい!」

 

 

『お嬢様』の要である婚后が率先して叫んだが、その場にいた実戦不慣れで人に命令される事に慣れていないお嬢様達は、右往左往するばかり。

 

そして、音無結衣ら『メイド』はこの守備隊、紅組の中で最も少数であり、ここにはほとんど『カエル』と『お嬢様』しかいない。

 

そこに九条が隊を率いて飛び込み、『お嬢様』の1人である三年生が気付く前に、その青色のゼッケンに向かって、緑色の『カエル』カードを突き出し、

 

 

 

ピー!

 

 

 

電子音が鳴り響くと同時に、彼女は、ああ、と落胆の息を零す。

 

 

「ごめんね、これは勝負だから。僕も容赦できないよ―――転入生の婚后さん」

 

 

「九条葵。この大気圏まで突き抜ける婚后光子を捕まえようとでも」

 

 

「僕の千里先まで見える目と風の音を聞く耳から逃げられるとでも」

 

 

カードを構える九条の次の標的は、婚后光子。

 

 

「婚后さんは早くお逃げを」

 

「私たちが時間を稼いでいる間に」

 

 

そうして、緑の軍勢が次々とお嬢様を落していく。

 

 

 

 

 

学舎の園 紅組本陣

 

 

 

「やってくれたね!」

 

 

『王様のお城』の様子を映すモニタに、陽菜は勢いよく立ちあがった。

 

その様子に、周囲の生徒は一瞬、ビクッとなったが、陽菜はそれを気にも留めず、視線すらも投げかけない。

 

ただモニタの中で次々に撃沈されていく光景を見つめる。

 

 

「ああ、騙された! 向こうは『カエル』の役を減らして『メイド』が多いんじゃなくて、『メイド』と『カエル』は同数だったんだ! 白組が減らしたのは『お嬢様』の方だったんだ!」

 

 

「音無さんもおりますが、『メイド』の方は本陣に集中しているため少数で、この数には応対しきれず……」

 

 

陽菜はギリッ! と奥歯を噛む。

 

 

「『カエル』と『お嬢様』しかない状況で、『カエル』を相手にしろだと! 絶対に勝てはしない! さっきのあの『偽兵(メイド)』はアサカヨ歌舞伎双子の仕業で、その目的は『王様のお城』を奪う事じゃなくて、『お嬢様』―――戦線に復帰できない生徒の始末だ」

 

 

『カエル』では、中央ポイントの支配権は奪えない。

 

勝利に近いのはこちらの方だ。

 

だが、弱体化した。

 

これは確実に戦力を削られる。

 

『カエル』、『メイド』、『お嬢様』の三竦みのバランスの一角が崩れれば、相互支援はできなくなる。

 

モニタには、ようやく思考が再回転し始め、パニックを収めて態勢を立て直した防御側の『メイド』の音無が、『カエル』役の九条達を捕まえて、撃退し始めている光景が映し出されているが、もう遅い。

 

彼女達はたとえここで撃沈されてもまた戦線へと復帰できる。

 

しかし、ここで失った『お嬢様』達は復活できない。

 

グー・チョキ・パーを出せる相手に、ほとんどグー・チョキだけで戦わなくてはいけなくなる。

 

時間が経てば、こちらは数の差でも、役の差でも不利だ。

 

 

「紅組の損害、『お嬢様』の残基把握を大至急して! こりゃあ、急いで作戦を変えなきゃまずいさね」

 

 

「え、っと、湾内さんと泡浮さんが抑えてくれたおかげで婚后さんが逃げ延びています。ですが、生き残ったのは彼女ともう1人だけです。残る『お嬢様』は、復活ポイントにいるもう1人も合わせて3人しかいません」

 

 

「黒子っちは? あの子の<空間移動>があれば……!」

 

 

「白井さんは御坂さんの救援に駆け付けた際に、リタイアしてます」

 

 

「これもやられたねぇ。黒子っちは美琴っちの事になると自制がきかないから……いや、婚后っちがいるだけでもまだマシか」

 

 

「中央へ人員を送りますか?」

 

 

「そうだね、1人じゃ無理だ。時間ももうすでに後半戦に入っているし、占拠しているのはうちらだ。あっちだって今ので『カエル』の大半を失っているんだ。きっと復帰できる5分後に、一気に総力戦を仕掛けてくる。だから、その間にこの本陣の周囲を固めている護衛を全部回して増強するんだ」

 

 

大将の言葉に口囃子は目を見開く。

 

 

「鬼塚さん、それは危険です。あなたが倒れれば、その時点で負けになるのですよ」

 

 

「まあ、大丈夫さね。向こうだって、今ので『カエル』を失っているし、5分後、いや移動時間も含めて10分までは安心安心。それに、この鬼塚陽菜を前にビビらずにかかってこれる奴はそうそういないね。だから、ここにいるのはほとんど遊兵なんよ。中央での守備が大損害を受けた今、拠点防衛の人員は1人でも多い方が良いに決まっている。あの曲者揃いの腹黒船艦隊が本気で仕掛けてきたら洒落にならないよ。人数差なんて隙は見せちゃだめだ」

 

 

たとえここで大将が無事だとしても、中央ポイントを奪われたら、今のでたった3人にまで減らされた『お嬢様』では奪還は困難で、敗北してしまう。

 

残り時間はあと20分。

 

それに、

 

 

「まだ、美琴っちがいる。美琴っちが前で睨みを利かせている限り、向こうはそう簡単に『メイド』を動かせない」

 

 

 

 

 

学舎の園 道中

 

 

 

「やられたわ、これは出雲姉妹の仕業ね」

 

 

森林の拠点付近に潜む美琴の前方には、複数の“生徒の虚像”が出たり入ったりしているのが見える。

 

珍しい高位能力者の双子の<六花>の出雲姉妹。

 

 

『メイクアップ終了なの』

 

 

赤みのかかった黒髪のきまぐれな劇場演出家。

 

動かないが、光体を物質化し、光色を変更し、光の劇場を造り上げる<擬態光景>の美化委員長の出雲朝霞。

 

 

『スクプリクトセット完了です』

 

 

青みのかかった黒髪のきまじめな舞台裏監督。

 

色はないが、影体を物質化し、影形を操作し、影の黒子を作り上げる<影絵人形>の文化委員長の出雲伽夜。

 

彼女達は、あの水着モデルでも体験したような質感のあるホログラムを出したり、自動人形を用意できたり、そして、双子同士の脳波の波長を合わせれば、その色、大きさ、形、動きまである代理役者(モブ)を揃える事が出来る。

 

きっとそれを『メイド』の偽兵に見立てて、攻めさせる振りをさせていたのだろう。

 

声は出せないので本当にモブにしか過ぎないのだが、騒音撒き散らす戦場で、そこに少数の本物を混ぜて誤魔化した。

 

それでも音の異変に気づく者もいるかもしれないが、残念なことに優秀な情報伝達の口囃子早鳥の<念話能力>で本物と対峙している生徒の耳とも繋がっていて、その空耳として処理してしまった。

 

 

「実体化してるし、本物とそっくりなんだからこのままだとややこしいわね。でも、偽兵だとするなら……ちょろ~っと」

 

 

美琴は掌握している空間に意識を集中する。

 

ペンキ塗料を剥がすイメージ。

 

影はちょっと無理だが、電磁波操作と光子操作は似ており、かつての電子を操る<原子崩し>の力に干渉したようにすれば―――

 

 

「うん、これで見分けがつきやすくなったわね」

 

 

シュン―――とまやかしの虚光が消え、残るのは化けの皮が剥がれた真っ黒な人形のみ。

 

彼女たちの力は溜めれば溜めるほど効果時間は長くなるが、それはつまり、溜めなくては長時間の三次元投影は無理であり、これだけ多くの人型なら再起は難しいだろう。

 

足止めとか邪魔してくるかもしれないが、これなら見た目に惑わされることはなくなる。

 

と、

 

 

 

「ああ、そうだな、エース。その選択肢は正しい」

 

 

 

複数の動く人形に意識を集中させている状況、まさにその瞬間、美琴の背後から赤いカードを持つ人影が―――

 

 

 

 

 

???

 

 

 

「―――! メイクが取られたの。大問題発生なの」

 

 

「姉さん。ちゃんと仕事してなかったんでしょ。スクリプトを打ったのにこれではただの木偶の坊です。姉さんが手を抜くと足を引っ張られるだけでなく私の恥になるなので止めてください」

 

 

「したの! きまぐれシェフのシーザーサラダ風にちゃんとやったの。妹の分際で姉の仕事にいちゃもんつけるなんてナマちゃんなの。大体、そうやって身内を恥と思う心の方が恥ずべき事だと気づくべきなの」

 

 

「限度があります。不愛想で、不真面目な姉さんのどこを敬えば良いのですか。たった数分だけ早く産まれただけなのに偉そうにしないでください。というか、料理もまともにできないのに何言ってるんですか」

 

 

「かっち~ん、ときたの。無表情で、無分別な妹に、姉より優れた妹はいないというこの世の真理を教えてあげるの」

 

 

ぼっかすかと不愛想なタレ目の姉に無表情なジト目の妹はそのまま取っ組み合いの姉妹喧嘩が始まった。

 

目の形、髪の色以外は1mmたりとも違いのないほど、まるっきり同じパーツだが、その性格は水と油、その名の通りに朝と夜のように違う。

 

 

「ヘブンズフラッシュ、なの!」

 

 

「ならば、こちらはヘルズホール!」

 

 

天空から光の裁きが降り注ぎ、地底から負の連鎖が湧き起る。

 

そのクライマックス的な衝突は、<学舎の園>、いや、学園都市全体を巻き込む―――はずなどなく。

 

 

「ぷっ、我が妹ながらネーミングセンスがおこちゃまなの」

 

 

「姉さんにだけは言われたくありません」

 

 

眩い光線が迸ったり、真っ黒なオーラが見えたりしているが、それら全ては“見かけ倒し”のハッタリの過剰なエフェクトに過ぎないためほとんど実害はない。

 

間違っても魂が天に浄化されたり、怨念に呪われたりしない、するはずがない。

 

根性男の全く攻撃力のないバージョン、ある意味本物の<幻術使い(イリュージョニスト)>である(光や影を硬化できるがそれには時間がかかる)。

 

が、目立つ。

 

今はとにかく隠れて行動しているので、流石にまずい。

 

折角、周囲の眼を掻い潜り、あの関門を潜り抜けたというのに。

 

 

「ふふふ~、喧嘩しちゃだめですよ~」

 

 

指揮する黒髪の少女がやんわりと注意すると、双子は喧嘩を止めて、

 

 

「しょぃ姉」 「しぃ姉さん」

 

 

少女にはこの喧嘩の発端となった原因である<擬態光景>のカモフラージュが解けたのは、<超電磁砲>によるものであると予想がついた。

 

助言が与えられたとはいえ、<水蛇>(へび)<超電磁砲>(かえる)の相手は難しかったらしい。

 

 

「ふふふ~、策は二段構えが基本ですよねぇ」

 

 

けど、あそこにいるのは蛇だけではない。

 

 

 

つづく


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