とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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武装無能力者編 終炎

武装無能力者編 終炎

 

 

 

とある研究所前

 

 

 

学園都市に来てから2年が経ったある日、『外』から1つの連絡が入った。

 

『鬼塚組本家襲撃』、『組員ほぼ全滅』、そして、『東条英虎、幼い次期組長を庇い重傷』。

 

急いで街を出て、『外』の病院で見たのは、今まで見た事がない、全身に包帯が撒かれ、片目を失った無惨な叔父の姿だった。

 

その生命装置が付けられたベットの前で、無意識のうちに口が開き、足腰から力が抜け、体が傾く。

 

喜怒哀楽のどれも表す事なく、ただ只管に眠る叔父の姿に意識は釘付け。

 

魂が抜けたように、呆けた。

 

 

『……ウソだろ』

 

 

口から漏れたその響きは、あまりに弱弱しく、どこにも届かなかった。

 

ただ世界に溶けて消えた。

 

 

何故?

 

 

それが、その時の無悪有善の感想。

 

身体1つで組1つを壊滅できるほど強力無比で、頼もしく、自分の中で最強の存在である東条英虎が、負けるはずがない。

 

どれほど悪辣な罠に陥ろうとも、あの東条英虎なら、その罠ごと相手を喰い破ってくれる。

 

だから、これは全て、『虎』の足を引っ張った『鬼』のせいだと。

 

そして、その抜け殻のような五体満足の『鬼』の姿を見て、確信し、決意する。

 

 

叔父のように2番手に甘んじて、踏み台にはならない。

 

そして、『虎』が『鬼』に代わって、この鉄槌を下してやる。

 

 

 

 

 

 

 

「わかった」

 

 

無悪有善は懐から<体晶>という白い粉の入ったケースを取り出し、それを口の中へ放りこむ。

 

 

「貴様はやはり堕落した。あの老いぼれも一緒だ。残念だ。誠に残念だよ。その<鷹の目>も、<鬼火>も、俺が欲しかったものを全て持っているのに、潰さなきゃいけないんだからな」

 

 

サングラスを壊れるほど強く握り、その激情が込められた双眸をあらわにする。

 

 

「俺は、貴様のように才能がなかろうと、力がなかろうと、堕落する事だけはしなかった」

 

 

そして、陽菜も戦闘狂の血が騒ぎ、普段の軽薄な笑みとは比べ物にならない獰猛な笑みを浮かべる。

 

 

「気に喰わないねぇ。アンタのその物言い、その目。“貴様は雑魚”……と見下している感じがして、滅茶苦茶気に喰わない!」

 

 

トントンと爪先で地面を叩き、肩を回してから、大きく両手を広げ、

 

 

「全力で来な。悔いの残らないように全力で殺しに来い。だが、私はそれ以上の暴力を以て、その驕りごと螺子伏せてやる」

 

 

傲岸不遜なその言葉に、割れたサングラスを放り捨てると、血走った瞳で、

 

 

「なら、こっちはその羽、全て毟り取ってやる」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

<キャパシティダウン>を発動。

 

演算を掻き乱す超高周波を放つ小型電子機器を近くのドラム缶の上に置き、

 

 

―――ドン!

 

 

瞬間、地面にクレーターを作るかのようなその強化された脚力で飛び出した。

 

 

(速い―――ッ!)

 

 

反射的に真横へ飛び退いたが、読んでいたかのようにすぐさま追い討ちをかけ、真正面から、そのガードごとぶち抜く勢いで拳撃を放つ。

 

 

(そして、硬い―――ッ!)

 

 

鋼鉄の拳。

 

鉄塊と呼ぶに相応しいその一撃が、陽菜の盾にした両腕を突き抜け、その腹部を強打する。

 

胃液が逆流し、意識が明滅する。

 

近くの建物の壁に激突し、地面に頭を打ち付けた所で、ようやく意識が正常に戻る。

 

ペッ、と血反吐を吐き捨てて陽菜は立ち上がり、口元を拭いながら睨んだ。

 

 

「……やるねぇ。結構効いたよ。けど、一体これはどういうカラクリなんだい? 見た所、これと言った道具は使っていないようだけど」

 

 

爆発的な脚力に、鋼鉄の腕。

 

おそらく、<身体強化>に属する能力だろう。

 

しかし、今この場を支配している雑音――<キャパシティダウン>は敵味方関係無しに働く。

 

この状況下なら、満足に能力が使えるはずがないのだが。

 

 

「<多才能力>、という言葉を知っているか」

 

 

無悪がポツリと告げる。

 

 

「木山春生と言う研究者が<幻想御手>により発現させた最も<多重能力者>に近しい能力。彼女はこれを研究の副産物と称していたらしいが我々はその副産物にこそ観点を置き、作り上げたのが<幻想共有(キャパシティリンク)>」

 

 

<幻想共有>。

 

脳波のネットワーク構築により演算効率を向上させる<幻想御手>の副作用に特化した器具。

 

そのホストである無悪にとって、<七人の侍>は言葉通りに、仲間であり―――力そのもの。

 

 

「木山春生と言う研究者は欲張りだ。……1万もの能力を1人の人間が総べられるはずがない。結果、暴走し、怪物を生んだ。従って、<多才能力>は必要最低限で良い。それだけで貴様を喰うのには充分過ぎる」

 

 

脚力の強化に特化した銭本戌子の<韋駄天>。

 

腕の硬化に特化した岩壁呉里羅の<鉄腕>。

 

さらに、微弱な電流操作に特化した栗鼠諜吉の<微弱電流>により神経系を補佐し、雉村騒兵衛の体内分泌操作し、高速移動下でも焦らず平静に保つ、<精神安定>で人の枠を超えた超人と化す。

 

そして、<キャパシティダウン>による演算妨害もミハエル=ローグの音波遮断に特化した<沈黙>により遮断。

 

さらに、

 

 

「そういえば、貴様には<鷹の目>を会得しているようだが、これならどうだ?」

 

 

無悪の姿が、刹那、かき消える。

 

烏帽子十影の<風景擬態>により、身体を空間に溶け込ませたのだ。

 

しかも、<沈黙>により、足音をさえも殺してあり、気配さえも隠している。

 

いつ、どこで、襲い掛かってくるかも分からぬ状況下で、超人を相手にしなければならない。

 

 

「厄介だねぇ、本当。だが―――」

 

 

小賢しい小細工の全てを、己の力で叩き潰すのが鬼塚陽菜のスタイルだ。

 

隠れていようが、高速で移動しようが、一発で叩き潰して行動不能にすれば問題ない。

 

それに高速で移動しようとすれば、姿を消そうが足元の地面に反応が出る。

 

さらに、<キャパシティダウン>で、演算を妨害され<鬼火>を発現できなくても、通常よりも半分以下ではあるが、その熱探知能力までは完全に殺されていない。

 

陽菜は焦らず、騒がず、無闇にその場を動かずに集中する。

 

 

「―――感じた。今すぐ大胆素敵に吼え面を掻かせてやる……!!」

 

 

陽菜は身を翻し、力を溜めこむ。

 

針金のようなしなやかさで全身を撓らせ、右へ上段回し蹴りを放つ。

 

そこは丁度、無悪の頭の進行方向先。

 

見事な先読み。

 

が、しかし、

 

 

「―――そう来るのはバレバレだ」

 

 

<スキルアウト>の頂点に立つ『三巨頭』、『剛力の駒場』、『疾さの黒妻』、そして、『読みの無悪』。

 

Level1だが、その本能的な危機感を野生の猛獣のように強化する<脅威(メナス)>により、無悪の勘の鋭さは<未来予知>に近しい。

 

例え不意打ちであろうと、その相手に―――

 

 

 

―――ガンッ!!

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

―――カウンター。

 

 

頭に重い衝撃が走り、平衡感覚が僅かに狂う。

 

それが痛みに変換されるより速く、陽菜はほとんど本能で後ろへ飛び退いていた。

 

鼻先を、何かが通り過ぎていった。

 

その風圧で前髪が煽られ、肝を冷やす。

 

よろけながらも後退し続ける陽菜に、形を持った凶気が襲い掛かる。

 

顔面に迫ってくるそれに対し、陽菜は反射的に左腕をかざした。

 

 

「ぐっ!」

 

 

鈍い音と痛みが体内を走り抜け、脳から分泌されるアドレナリンが意識を明確にする。

 

地面を転がりながら、右手を下に付ける。

 

その掌から地面の感触―――微かな振動音から相手の気配を感じ、警戒し、左腕を押さえながら立ち上がる。

 

 

(ち、骨に罅が入っちまったな)

 

 

今の無悪有善は、まさに虎。

 

林や草原に身を潜め、瞬時に獲物に喰らい付いて仕留める野生の虎。

 

そして、自分はその憐れな獲物と言ったところだろうか。

 

 

(さて、どうしようか)

 

 

陽菜は左腕の痛みを感じないように意識を整理し、呼吸を整えてから、模索検索思考連想、瞬時に計算していく。

 

ここは前方のドラム缶に置かれた小型の<キャパシティダウン>を破壊するか、その効果範囲から逃れるか。

 

しかし、そんなのは相手も警戒している事だろうし、相手に背中を見せるのは性に合わない。

 

されど、熱感覚(センサー)頼みの中途半端な攻撃しようとすれば、読まれてカウンターだ。

 

だが、<鷹の目>で、息を潜め身を隠す野生の肉食獣の如く透化した無悪を捕捉するのは困難だ。

 

 

「今の貴様は巣から落ち、羽をもがれた雛。野生の虎からすれば、格好の得物だ」

 

 

 

 

 

 

 

勝利宣言のような挑発から、勢いをつけて襲い掛かる。

 

攻撃したらすぐに下がるヒットアンドアウェイ。

 

顔も腹も腕も脚も関係なく。

 

拳撃の1つ1つが<鉄腕>により硬化されたもの、蹴撃の1つ1つが<韋駄天>により強化されたもの。

 

その一撃は、肉を削ぎ、骨を砕く。

 

下手をすれば、一発で致命傷になる。

 

<鷹の目>という驚異的な視角能力も<風景擬態>と<沈黙>による透化で封じられ、皮膚感覚によってようやく相手の動きを捉えている。

 

おかげで、カウンターを恐れて亀が甲羅の中に引き籠るように防御に徹していなければ、立つ事さえもままならなかったかもしれない。

 

 

(そろそろ喰らうか……)

 

 

と、最後に渾身の一撃をぶちかまそうと脚部に力を溜めた瞬間、

 

 

「……なあ」

 

 

静かな、焦りを感じさない声音。

 

 

「私を喰うって事は、その逆に私に喰われるって事を覚悟しな。さもなくば、大怪我を負う羽目になるだろうから」

 

 

(何……こいつ、この状況を把握していないのか?)

 

 

聞こえない。

 

しかし、その口の動きから大体の言は読み取れ、その表情からは余裕さえも窺える。

 

巣から落ち、追い詰められた獲物の顔じゃない。

 

訝しげに様子を窺う無悪に、わかりやすいように大きく口を動かしながら、楽しげに語る。

 

 

「もう、把握した。<幻想共有>っつうので<七人の侍>の能力が使えんだろうけど、“完全には使えないんだろ?” もし使えてんなら、私はもう立てないはず」

 

 

違うかい? と首を傾げる陽菜。

 

それを読み取った無悪はひっそりと背中を濡らす。

 

……確かに、<幻想共有>は統括者を<多才能力>とする事ができるが、同時に制御するのは元々Level1程度の演算能力しかない<スキルアウト>の無悪には困難。

 

<体晶>で暴走させて、ようやっと7人全員扱い切れるかどうかだ。

 

しかし、それをこの不利な劣勢下で悟るとは……

 

歯噛みする無悪の反応を是ととり、陽菜は壮絶に悪い笑みを浮かべて、

 

 

「それ以外にも色々と把握した。もう慣れたし、攻められっぱなしは性に合わないんでね。そろそろ、勝負を決めさせてもらうよ」

 

 

戦いに悦楽を見出す狂気。

 

鬼塚陽菜は強者との激闘で生じる魂の熱に、歓びを感じる狂戦士。

 

相手が強ければ、強いほどその炎は燃える。

 

 

(やれるものならやってみろ!)

 

 

瞬間、虎は飛び出した。

 

感情のままに猛然と迫りくる虎の牙と爪。

 

目に写らぬそれを、陽菜は右手一本で受け流して防ぐ。

 

常人の2倍以上の攻撃速度の連撃にすら喰い下がっている。

 

ただ熱の触覚のみでしか自分を捉えていないはずなのに、陽菜の右腕はまるで見えているかのように確実に1つ1つ対処していく。

 

 

(読まれてる! これは、まさか、聴勁!?)

 

 

<沈黙>で殺せ切れない空間を介さない肌から肌へ伝わる微細な振動で次の動作を読み取る。

 

次期組長として、幼い頃から英才教育を受け、<鬼火>という力を得た陽菜に死角は無い。

 

さらに、このまま密着状態が続けば―――

 

 

「―――やっぱり、アンタの近くだと雑音は聞こえないようだね」

 

 

「……なっ、」

 

 

<沈黙>の効果範囲は能力者自身の周囲。

 

その空間に働きかける防音膜の内側では、敵味方関係無しに働いてしまう。

 

 

「おや、気付かれてないとでも思ったのか? あれだけの力があるのに、攻撃しては逃げ手を繰り返してんだ。アンタが手を抜いてでもいない限りは、不審に思うだろ」

 

 

 

―――バシンッ!

 

 

 

動揺に演算処理が乱れ、姿が現れ―――<鷹の目>はそれを見逃さなかった。

 

瞬時に鋭い呼気と共に右手が伸びる。

 

だが、<脅威>。

 

場数と能力で鍛えられた無悪の勘がその攻撃を読んでいた。

 

顔面を狙った右拳を受け流して、カウンターで正拳突き。

 

その腕に刻まれた刺青の重く鋭い虎の爪が獲物を引き裂く―――はずだった。

 

 

 

「“読め”なかったけど、“視え”てるよ」

 

 

 

グルン、と首が捻って、衝撃を殺された。

 

能力などとは関係ない、人間離れした反射神経、と動体視力。

 

そして、相手が強ければ強いほど、彼女の集中力は増す。

 

大地に縛られた虎の爪は、高々と上に、大空へ舞い上がった鷹の足元を掠るしかできなかった。

 

攻撃が読まれるだけで、攻略されるというなら、鬼塚陽菜は、対峙しながら相手の動きを研究し、何度も読んだ小説のように読み尽す天才と、決着がつかない千日手のような互角の喧嘩などできずに、とっくの昔に追い抜かされている。

 

そう、草むらから飛び出した虎のように迂闊に、鷹の眼下に姿を晒してしまったのは無悪の致命的なミス。

 

 

「左手1本は喰わしてやる―――」

 

 

鬼塚陽菜を常盤台最強たらしめているのは、強靭な精神力、不屈の闘志、そして、何より勝利への飢え。

 

自身よりも格上の相手に対しても決して怯まず突き進む。

 

敵がどんな状態であろうが、自分がどんな状態であろうが関係無しに……

 

 

「貴様、まさか!?」

 

 

<脅威>が警報を鳴らす。

 

動物は本能的に『火』を恐れ、それは『虎』であっても例外ではない。

 

だが、もう遅い。

 

相手の小細工を圧倒的な暴力を以て破壊する、それが<赤鬼>の一撃。

 

その負傷したはずの左手を伸ばし、相手の胸倉を掴み、至近距離であるのにも拘らず、

 

 

 

「―――<鬼火>」

 

 

 

 

 

第10学区 ストレンジ

 

 

 

武器をただの鉄屑に変え、<キャパシティダウン>を破壊し、強力な助っ人は立ち去った。

 

その後は、

 

 

『たまには先輩達を立てなさい』

 

 

固法美偉と黒妻綿流。

 

元<スキルアウト>の<風紀委員>と伝説的な<スキルアウト>の息の合ったコンビネーションは美琴達の出番なしに<ビックスパイダー>を次々と倒していき、

 

 

 

「さて、あとはおまえだけだ、蛇谷」

 

 

 

<ビックスパイダー>のメンバーは『黒妻綿流』――蛇谷次雄を除いて全員が気絶している。

 

もう人数の差でも、彼に勝ち目はない。

 

でも、

 

 

「は、はは! これで勝ったつもりかよ! これを、見ろッ!」

 

 

自分が付けてる黒の皮ジャンを大きく広げ、その内側を露わにし―――そこには、何と無数の……

 

 

「ダイナマイト!?」

 

 

思わず、美琴が単純に驚き、

 

 

「うわ、いつの時代の方ですの」

 

 

白井黒子が呆れて、ドン引きしてしまう。

 

『外』とは2、30年先を行く学園都市なのにここまでレトロなのは中々滅多にお目見えできない。

 

この蛇谷と言う男、そのリーゼントと言った格好もそうだが、そのセンスは2、30年時代を遡ってはいやしないだろうか。

 

蛇谷は、腹にガムテープで固定して巻かれた数本の紐付き着火式のダイナマイトにライターを近づけて脅しにかける。

 

 

「これ以上近づいてみろ! 皆ドカ~ンだ!」

 

 

ドカ~ンとはまた……

 

一応、シリアスな場面だと思うのだが、気が抜けてしまうのは気のせいか?

 

 

「どうだ! どうした! びびったか!」

 

 

「あ~、めんどくせぇ」

 

 

黒妻が頭を掻く。

 

黒の皮ジャンはさっき脱ぎ捨てており、その下には服を着ていないので、その鍛えられた上半身、そして、背中には蜘蛛の刺青。

 

<ビックスパイダー>の由来となった黒妻綿流と言う<スキルアウト>の象徴。

 

その象徴を、今日、自分の手で終わらせる。

 

彼は丸腰のまま蛇谷へとゆっくり近づいて行く。

 

固法達も後は黒妻に任せることを決めたようで、何も言わずに2人を静観している。

 

 

「蛇谷、昔は楽しかったよな」

 

 

あの頃のように親しげに。

 

ヤンチャしていた昔を懐かしむように。

 

 

「く、来るな! 来るなって言ってんだろ!!」

 

 

「皆でつるんで、バカやって、それがどうしちまった?」

 

 

仲間の頃と遜色のない気軽な様子に誰もが注目して見つめていた。

 

すると―――不意に。

 

 

「ぐは……!?」

 

 

蛇谷の目に視認不可能な、疾風の如き速度。

 

瞬きの内に拳の届く間合いまで距離を詰められ、身構えようとした時には、もう遅い。

 

その腹のど真ん中に、渾身の拳が突き刺さっていた。

 

膝をつき、ガムテープで巻いていたダイナマイトは呆気なく散らばって落ちた。

 

 

「どうしちまったよ。……蛇谷」

 

 

変わってしまった<ビックスパイダー>の、仲間の姿に悲しげに視線を向ける。

 

 

「しょうがなかった。……しょうがなかったんだよ! 俺達の『居場所』は此処しかねぇ! <ビッグスパイダー>をまとめるには、俺が『黒妻』じゃなきゃダメだったんだ」

 

 

殴られた腹を抱えながら、悲鳴のような、責めるような、懺悔するような声で叫んだ。

 

蛇谷は真剣だった。

 

2年前の事件、自分のせいで『黒妻綿流』という象徴を失ってしまい、求心力を無くしてバラバラと瓦礫と化した『居場所(ビックスパイダー)』。

 

どれほど彼が自分を責めたのかは想像し難く無い。

 

そして、この街は、弱ければ、喰われる。

 

力がなければ、能力者達に全部奪われてしまう。

 

だから、やられる前にやろうとした。

 

もう一度、『居場所』を得るために、そして、もう二度と失わない為に。

 

『能力者狩り』も、<七人の侍>と組んだのも全て『過去』の『思い出』を『居場所』を守るために蛇谷なりに真剣だったのだ。

 

 

「だから、今更テメェなんか、いらねぇんだああぁぁっ!!!」

 

 

立ち上がり、隠し持っていたナイフを取り出す。

 

今、蛇谷は自分が取ろうとしている行動の矛盾に、気付いていない。

 

『能力者狩り』をしている時点で、<ビックスパイダー>は、昔の『居場所』ではなくなっている。

 

そして、ここで黒妻を刺せば、『過去』を刺す事と同じだ。

 

それでも、後悔と執着があらゆる感情を凝縮した絶叫が、建物内に響き渡る。

 

もう、彼の目には『現在』も、『未来』も、そして、『過去』すらも映っていない。

 

かつての『居場所』に取り残された男、蛇谷次雄。

 

ただ、我武者羅に仲間であり中心であった黒妻その人にナイフを突き付ける。

 

 

「蛇谷、『居場所』っていうのは……」

 

 

迫りくる凶刃を見つめながら、きっぱりと言い放つ。

 

 

「自分が自分でいられる所を言うんだよ……」

 

 

『居場所』があるから、自分でいられるのではなく、

 

自分が自分でいられるから、そこが『居場所』なのだ。

 

それこそ黒妻が見出した揺るぎない真実。

 

その想いを込めて、拳を握り、

 

 

―――ゴンッ!!

 

 

全身のバネを効かせた見事な一撃。

 

ピ――っと頬を切り裂きながらナイフと交差した腕が蛇谷(仲間)の顔を、そして、<ビックスパイダー>の象徴―――『黒妻綿流』を殴り、砕いた。

 

そのまま地面にバウンドする勢いで叩きつけられ蛇谷は鼻血を大量に吹かせながら、撃沈。

 

かつての『居場所』の墓標に付き立てるように決着をつけた十字架(クロス)カウンター。

 

こうして、<ビックスパイダー>は黒妻綿流のけじめ共に、今度こそ終わった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「あー、終わった! でも、陽菜の方は大丈夫なのか?」

 

 

<ビックスパイダー>を崩壊させた後、<警備員>が到着した。

 

ここ以外にも暴れている<スキルアウト>がいたらしいが、彼らは一般市民の“積極的な”ご協力によりお縄になっている。

 

<警備員>に並んで連行されていく、蛇谷達、<ビックスパイダー>を見送る黒妻の表情は己の手で納得のいく後腐れの無い決着をつけられて満足したようにすっきりしている。

 

しかし、それとは逆に固法の表情はすぐれない。

 

そう……彼女には、自分が今からやらなければならない事がある。

 

<風紀委員>として……

 

 

「ほら、美偉」

 

 

黒妻が固法の前に両手を揃えて出す。

 

<警備員>もいるし、<風紀委員>なら後輩の白井黒子が側にいるのにも拘らず、彼に迷いはなかった。

 

舞踏会が終わり、王子様はお姫様の手で決着をつけて欲しいと望む。

 

それは、彼女もまた同じ。

 

あの鬼の門番に背中を押された時から、分かっていた。

 

もう、心構えはできている。

 

しかし、それでも……

 

 

「……」

 

 

別れは惜しい。

 

舞踏会でしか踊れなかったお姫様が帰り際に時を惜しむように、1日にも満たないような先輩との過ごした時間が、何と短い事だろうかと思う。

 

そう、思いながらも、いつの日かまた再開できる事を願って、ガラスの靴ならぬ手錠を取り出して

 

 

 

―――カシャン。

 

 

 

「黒妻綿流、あなたを暴行傷害の容疑で拘束します」

 

 

 

固法美偉は<風紀委員>として、決着をつけた。

 

自分が自分でいられるように。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「その革ジャン、流石に胸キツくねぇか?」

 

 

去り際に、ふと気になる事を問う黒妻。

 

固法が今身に付けている赤い革のライダージャケット。

 

それは2年前、まだ今も昔も変わらないじゃじゃ馬よりも少しだけ上だった頃の固法に買ってやったものだが、今ではパツンパツンである。

 

まさか、たった2年でここまで化けるとは……

 

昨日のじゃじゃ馬と比較したせいか、その成長具合はより顕著だ。

 

 

「そりゃ、毎日アレ飲んでましたから」

 

 

セクハラ発言ではあるが、黒妻にとっては身長の高さを聞くくらいに健全なものだ。

 

それを知っている固法はニカッと笑いながら、

 

そして、『アレ』に気付いた黒妻も同様に笑みを浮かべ、声を揃えて、

 

 

 

「「やっぱり牛乳は、ムサシノ牛乳!」」

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

「やっぱり牛乳は、ムサシノ牛乳~♪」

 

 

今日の戦果にご機嫌と言った表情で、鼻歌を口ずさみながら少女は道を行く。

 

肉や魚、野菜を安く手に入れられた事もそうだが、愛好家もいるほど大人気なムサシノ牛乳を半額で手に入れられて満足満足。

 

まだまだ成長期真っ盛りの銀髪シスターもそうだが、先日、自分と喧嘩したせいでボロボロになっている愚兄にもたくさん飲ませてあげたい。

 

 

「う~ん、でも皆さんは無事でしょうか?」

 

 

心配そうな声音。

 

買い物途中の(遠回りで第10学区附近に立ち寄り、1機の駆動鎧を解体、ハッキングし、発信地を特定して……)“寄り道”のおかげで、1つ年下の幼馴染に所用を頼んだのだが、大丈夫だろうか。

 

先輩はきちんと決着が付けられたのだろうか。

 

そして、何より心配と言うか、不安なのは……

 

 

「陽菜さん。大丈夫でしょうか?」

 

 

 

 

 

とある研究所前

 

 

 

「……まっずいねぇ」

 

 

鬼塚陽菜はピンチだった。

 

<鬼火>による自爆で、左腕が(それでも毎日、豊胸効果のあると言う某牛乳を飲んで、胸の厚みではなく、骨の厚みが増した硬く太い自慢の骨は折れていない)使い物にならなくなっている……ことではない。

 

<鬼火>による自爆で、決着をつけたが熱くなり過ぎて、相手の<七人の侍>の長で『虎』――無悪有善を少々やり過ぎなくらいに華々しく散らしてしまった……ことではない。

 

では、何か?

 

超高周波を放ち続ける携帯型の<キャパシティダウン>を握り潰した陽菜の目の前に、十数機の駆動鎧、『HsPS-15』が建物の中からぞろぞろと現れ、何やらこちらに向けて不穏な空気を発しているのだ。

 

 

(あちゃー、ちっと派手にやり過ぎちゃったのかな? どこの組織かは知らないけど、寮監と詩歌っちが怖いから、捕まるのは勘弁願いたい。それにどうやら………)

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

無悪有善が目を醒ますと、目の前にはこちらに背を向けて立つ『鬼』の少女。

 

それと……

 

 

(なるほど。予想以上に戻りが早いな)

 

 

さらに、その前方を見通せば高波のように迫り来る駆動鎧の軍勢が。

 

あれなら1つの軍勢にも匹敵するだろう戦力だ。

 

そして、今からあれらが何のつもりかは寝起きの無悪にも一目で理解できた。

 

 

「よう、お目覚めかい?」

 

 

陽菜の言葉に、無悪は淡々と答える。

 

 

「俺は……負けたのか」

 

 

「まあね。でも、中々だったよ。久々に楽しめたよ」

 

 

そうか、と頷き、無悪は理解する。

 

『三巨頭』の1人で<七人の侍>の長として自惚れている訳ではなかったが、負けるとも思っていなかった。

 

複数の『道具』を用意し、有利な状況を組み立てたと言うのに、彼女は、その力を以て戦場の定理を覆した。

 

『一騎当千』なんて古い言葉はこの時代の辞書には存在しないと思ったが、やはり、『鬼』の子は『鬼』だったと言う訳か。

 

結局、それが原因で、自分の目的は、完全にその芽を摘まれた。

 

でも、不思議な事に、思っていたほどの悔しさも後悔も感じられない。

 

己の全てを真っ向からぶつけ、受け止められる相手など叔父以外にはいない、と思っていたのだが。

 

 

「早く逃げた方が良い。あれは、おそらく俺が目当てだ」

 

 

無悪の言葉に、陽菜は頭だけ後ろを向いて、何故か『?』を浮かべた。

 

 

「ん? 何でだい? 何で私が逃げなくちゃいけないんだ」

 

 

「……貴様は次期組長になるのだろう? だったら、その血をこんな場所で途絶えさせるな」

 

 

もう無悪にはほとんど力は残されていないし、あれがこちらに来たと言う事は仲間の何人かがもう捕まっていると言う事だ。

 

だから、もう……

 

 

「正真正銘の対能力者に特化した部隊だ。貴様の力を封じた携帯型よりも本格的な<キャパシティダウン>を備えているだろうし、装備も<七人の侍>の試作品とは1、2世代違う最新型だ」

 

 

無悪有善は、<七人の侍>は終わった。

 

奴らは、自身に噛み付いてきた実験動物を絶対に逃がさないだろう。

 

だから、『虎』が片目を、爪を、牙を、犠牲にしてまでも守り抜いた彼女を巻き込む訳にはいかない。

 

覚悟を決めたように瞳を閉じる。

 

しかし、鬼の少女は気楽に、

 

 

「馬鹿だねぇ。相手がどんなに凄い奴だろうがどうでもいいんだよ。言っただろ? 私はアンタにけじめをつけに来たって。<ビックスパイダー>に手を出した借りの為を返す為でもあるけど――――」

 

 

 

『お嬢、お願いがあります――――』

 

 

 

「――――東条に頼まれちまったんだよ。馬鹿野郎の目を覚まさせてくれって」

 

 

「……ッ!」

 

 

その言葉に、無悪の表情が僅かに揺らいだ。

 

 

「アイツの土下座なんて初めて見たよ。ありゃ、数十億以上の価値があるね。だから、有善。テメェを東条の許へ連れて帰ってやる。鬼塚組次期組長としてな」

 

 

目の前の軍勢は、Level5でも対応できるかどうかの戦力だ。

 

いや、<キャパシティダウン>は能力者にとって最悪の相性。

 

が、『鬼』は揺るがない。

 

その為だけに力を得たのだから。

 

『虎』は人には飼い慣らせず、その首輪さえも噛み千切る。

 

だが、『鬼』は『虎』を従える。

 

『虎』は死して皮を残し、『鬼』はその皮を身に纏う。

 

東条英虎という『虎』は、片目を失い、牙も爪も失った。

 

されど、その皮は鬼塚陽菜に受け継がれていた。

 

 

「おい、有善。次期組長として命令だ」

 

 

その風格に威厳さをまとって、鬼塚陽菜は言い切った。

 

 

「このウザったい音をどうにかしろ」

 

 

ほとんど条件反射的に無悪有善は言葉に頷いた。

 

そこに、躊躇や逡巡など、一瞬たりともなかった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

1発。

 

おそらく、1発だけしか攻撃を許さないだろう。

 

だが、その1発だけで十分だ。

 

 

「これが私の全力」

 

 

鬼塚陽菜は、その逞しく鍛えられた右腕を前方に突き出して、拳をグッと握り締める。

 

極限まで、その学園都市最強の<発火能力>で生じさせた巨大な火山噴火のマグマの如き勢いで溢れ出る焔を凝縮させていく。

 

己の全てを、その炎を燃焼させる供物とする。

 

殺意を。闘志を。積み重ねてきた何もかもを。

 

技術ではなく、単純に圧倒的な性能によるただの力技。

 

こういった作業が苦手で溜める時間はかかるが、熱に耐性のある己が痛みを覚えるまで待って、その炎を手の平に握り込む。

 

指の隙間から凄まじい爆光が生じ、炎は、真紅と化す。

 

 

―――これは、何だ?

 

 

完全に駆動鎧達が動きを止める。

 

これが冗談ならどんなに良かったのだろう。

 

しかし、<脅威>が、それ以外のこれまでに積み重ねてきた経験が、無悪の心に警報を鳴らす。

 

そして、火山噴火のエネルギーを圧縮した業炎のアカイ閃光に無悪の網膜の中が焼きつけられる。

 

 

――こいつは人間なのか?

 

――いや、人間じゃない。

 

――そう、コイツは―――

 

 

頭の中で浮かんでくる『答え』を何度も何度も排除し続け、否定しようとする。

 

だが、それは彼にとって無意識のうちに彼女の存在を認めている他ならなかった。

 

そして、『鬼』は煉獄で息をする悪鬼の如き笑みを浮かべて、最後の警告を発する。

 

 

「駆動鎧つけてんだろうけど―――テメェら動くなよ……当たれば、死ぬ」

 

 

人差し指を銃身に見立てて、<鬼火>を解き放った。

 

景色を歪ませながら、一直線に、熱と炎を宝石のように凝縮させた破壊の塊。

 

 

 

「<鬼火>―――『終炎』」

 

 

 

破壊だけならLevel5序列第3位の<超電磁砲>すらも上回ると謳われた常盤台中学最強の破壊力の持ち主。

 

その力関係は『常盤台の姫君』がチョキ、『常盤台の女王』がパー、『常盤台の暴君』がグー、と『常盤台の聖母』は評する。

 

<心理掌握>は容易く、<鬼火>を支配し、

 

<超電磁砲>は無意識に、<心理掌握>を撥ね退け、

 

<鬼火>は一撃で、<超電磁砲>を粉砕する。

 

大凡個人が成し得る攻撃では、Level5を含めて学園都市全体でも、最大規模の威力。

 

最新鋭の重火器であろうとこの破壊力は再現できない。

 

太陽さえも覆い隠す程迸る火柱が辺り一帯を包み込み、その余波だけで最新鋭の駆動鎧を薙ぎ払う。

 

 

 

 

 

 

 

が、基本的に彼女は『加減が苦手だ』

 

手加減、足加減、火加減と全部苦手。

 

これが<スキルアウト>から恐れられる厄介な性質であり、知人らが最も心配する事項である。

 

<狂乱の魔女>と恐れられた親友は、ステーキの焼き方に例えるなら、(レア)が得意(特に愚兄の扱いが秀逸)だが、彼女にそんな器用な真似ができるはずがなく、精々、半生(ミディアム)、下手をすれば――――

 

 

 

「あ、加減間違え――――」

 

 

 

――――全焼(ウエルダン)

 

上手に焼けませんでした……どころではなく、陽菜、無悪もろとも吹っ飛んでいってしまった。

 

 

 

 

 

とある研究所

 

 

 

『先に行っててくれ。俺はここでやる事がある。<七人の侍>の長として』

 

 

『……わかった。じゃあ、次期組長として命令だ。必ず、東条に頭下げに行け』

 

 

『ああ、了解した』

 

 

 

 

 

 

 

『赤風』から降りて、建物内へ潜入。

 

安否こそは不明だが、<七人の侍>の烏帽子十影と銭本戌子がきっちり仕事したおかげで、セキュリティは作動していない。

 

1部隊を全滅にし、一時的にあの女の動きを封じたとはいえ、これで終わりと言う訳ではない。

 

また、絶対にやってくる。

 

だから、この二重の意味で思いがけぬ(こちらまで被害を被るとは本気で思わなかった)機会に、ここは交渉のカードにこの研究所に眠る『ウィルス』を手に入れる。

 

僅かな力を振り絞り<沈黙>と<風景擬態>で己の身を隠しながら、栗鼠諜吉が調べた通りの道順を進み――――最深部への入り口に辿り着く。

 

ドアに手をかけたが、鍵が掛かっている。

 

これは予想済みの事であり、無悪は慌てず、掌をその脇にある端末に置き、<微弱電流>を作動させる。

 

元々<幻想共有>は、鬼塚陽菜との対戦の為ではなく、この厳重に施されている警備を潜り抜ける為に用意したのものだ。

 

<風紀委員>にしたサイバーテロと同様に電子操作による機材破壊で鍵が壊れ警報が鳴り響いたが、無悪はそれも気にしない。

 

あの爆発により、ここの職員が戻ってくるまで十分な時間がある。

 

 

(よし、これで『ウィルス』は手に入れた)

 

 

無悪は慎重に扉を開き――――そこで予想外の光景を、目撃する。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

白かった。

 

部屋は真っ白で、何も機材は存在しない空っぽ。

 

その真ん中で、ひとりの少女が遊んでいる。

 

積み木を1つ1つ積んでは―――崩す。

 

積んでは、崩す。

 

積んでは、崩す。

 

積んでは、崩す。

 

積んでは、崩す。

 

積んでは、崩す。

 

淡々と、延々と、粛々とその行為を繰り返す。

 

まるで『賽ノ河原』。

 

罪を犯した幼子が、延々と石を積んでは崩される救われぬ地獄を体現した光景が今、目の前に合った。

 

しかし、ここに鬼はいない。

 

そう、この少女は孤独な罪を犯した幼子であり、また同時に蟲毒のように濃縮された鬼でもあった。

 

 

(この<キャパシティダウン>の元になった最悪の能力者暴走兵器、『ウィルス』は、この少女だと言うのか……っ!?)

 

 

無悪は想像とは大幅に違う様子に戸惑いを隠しきれなかった。

 

まだ幼い可愛らしい顔立ちをしているのに無感情のままその行為を続けるその姿は幼稚で、弱弱しくて……

 

 

(まさか、この子は……)

 

 

無悪は、その少女の瞳を見る。

 

それは、無悪有善が求めた鬼塚組の継承の証であり、彼女を彷彿させるもの。

 

 

(まさかまさかまさか!! あの女が俺達の―――)

 

 

 

 

 

 

 

「……だ、れ……?」

 

 

積み木遊びをしていた少女がこちらへ顔を向ける。

 

そのこの部屋と同じ空っぽの感情を。

 

 

「くそったれが……ッ!!」

 

 

どうしてかは分からない。

 

ただ言えるのは、瀕死であろうが幼い次期組長を守った誰よりも尊敬する叔父――東条英虎の背中を思い出した。

 

無悪はその少女を担ぎ上げると研究所から飛び出した。

 

兵器としてではなく、交渉の為でもなく、1人の人間として、そう彼女の――――

 

 

 

 

 

路地裏

 

 

 

――――建物からは脱出できた。

 

 

だが、<赤鬼>との戦いの後だ。

 

致命傷を負っていないとはいえ、上半身は重度の火傷だらけだ。

 

精も根も尽き果てている。

 

<幻想共有>も、元々あった<脅威>も働かない。

 

しかし、命を懸けた事に後悔はない。

 

けれど、もう、この子を助ける力は自分に無い。

 

彼女の元へ送り届ける事ができなかった……

 

 

「ああ、ちくしょう……」

 

 

雨が降る。

 

冷たい雨が体温を奪い、さらに追い詰める。

 

あの研究所から遠くへ離れる事ができた。

 

だが、安心はできない。

 

この街の闇はそれほど深くて、黒い。

 

<警備員>は、駄目だ、すぐに見つかる。

 

だから、これしかない。

 

最後の力を振り絞った<微弱電流>で外した首輪――この娘の服に取り付けられていた発信機を握り締めて、無悪は言う。

 

 

「俺では君を助けられない。……だが、いつか、きっと助けにきてくれる奴が現れる……。いや、現れなきゃ許さん……。何故なら、アイツはお前の――――」

 

 

 

 

 

???

 

 

 

実験動物達の反乱。

 

色々とデータは手に入ったが、その代償は大きく、監視の目が無くなるまでのしばらくの間、“職員”を動かす事もできないし、捕まった実験動物達も<警備員>に捕縛されている為、手が出し難く、リスクとコストに見合わない。

 

これでは、アレを見つけ出すまで時間がかかる。

 

 

『はっ、まあいい。あの“出来損ない”の『スイッチ』を握っているのは私だ』

 

 

『外』への門をしばらく警戒していればいいだろう。

 

何故なら、学園都市を出ない限りは、どこにいようと同じ。

 

この手元に『スイッチ』がある限りは……

 

 

 

 

 

第13学区

 

 

 

冷たい雨の中、少女は傘もささずにただ前へと進む。

 

 

『行け……。ここを真っ直ぐに行けば、そこに……いつか、君を救ってやれる人間が現れる』

 

 

自分は、道具だ。

 

ただの道具。

 

自由も意思も存在しない。

 

その男が別れる最後の最後まで、何やら良く分からない事を言っていたが、それでも前へ進めと指示した。

 

理由は知らないし、分からない。

 

でも、それで良い。

 

指示されたらその通りに動くのが道具としての役目だ。

 

少女は誰に対しても従順に道具としての役目を果たす。

 

できれば、『暴走させろ』や『これで遊んでいろ』なんて簡単な指示が良いけど、今回は幸いに『真っ直ぐ歩く』だ。

 

そうして、真っ直ぐ進んだ先に1つの建物。

 

 

「ん? うわっ!? 君! こんな雨の中、一体……。いや、それよりも早くこの中へ―――」

 

 

その門に付けられた看板には『あすなろ園』と書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

誰もが、何かを求めて繰り広げた戦いが終わった。

 

蜘蛛は、守ろうとした偽りの居場所を壊され、

 

侍は、手に入れようと欲していた力を無くし、

 

お姫様は、過去への呪縛を捨て、

 

研究者は、虎に奪われ、

 

虎は、傷を負い、巣へ隠れ潜むようになり、

 

鬼は………機会を逃した。

 

何かを求めたはずなのに、その結果、不幸にも、幸運にも、彼らはその何かを失った。

 

そして………

 

 

 

 

 

 

 

「ふふふ、初めまして、上条詩歌と言います。よろしくね、鳥兜紫ちゃん」

 

 

「……は、はい……」

 

 

 

つづく


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