とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

123 / 322
武装無能力者編 追走と追想

武装能力者編 追走と追想

 

 

 

???

 

 

 

目が覚めると、天井が燃えていた。

 

天井だけでなく、部屋が、屋敷全体が燃えていた。

 

一体何があったんだっけ?

 

家が火事になっている事は分かるけれど、現状がまるで掴めない。

 

頭がぼうっとしていて、体にも力が入らない。

 

考える。

 

記憶を探る。

 

自分の名前、年齢、家族―――ああ、そうだった。

 

死んだ。

 

炎に呑まれて、化物に喰われて死んだったんだ。

 

あの鬼塚家最強の守護者だった『虎』の片目を奪われ、まだ幼い赤ん坊だった紫苑を奪われた。

 

そして、私は、負けた。

 

ここで、皆を殺した憎い仇と、妹を攫おうとする化物と戦った。

 

滅茶苦茶に殴って、滅茶苦茶に蹴って……でも、全く通じず、化物は笑いながら、私を撃った。

 

それが最後。

 

記憶にあるのは、そこまで。

 

額から流れる血が瞳を染めて、視界を真紅が埋め尽くす。

 

屋敷を包む業火か、鬼の血なのかどうかわからない。

 

けれど、赤くて、紅くて、朱くて、そして、熱くて、痛くて、苦しい。

 

一度の呼吸さえも集中力を要する作業で、気を抜くとすぐに息が詰まり、動く気力ももうない。

 

このままだとあの化け物と同じ灰色の煙に毒されて死ぬ。

 

それだけは御免だ。

 

だったら、この業火に呑まれて身体を灼かれた方がマシだ。

 

でも、できれば………

 

 

『……お嬢……お嬢っ! お嬢おおおぉぉっっ!!』

 

 

片目になった血塗れの『虎』が、咆哮を挙げる。

 

それを最後に、私は今度こそ意識を深い闇へと落とした。

 

 

 

 

 

常盤台女子寮

 

 

 

目を覚ました陽菜は、窓から差し込む朝日を見てホッとした。

 

脂汗でじっとりと濡れた額を手で拭い、何度か深呼吸を繰り返す。

 

大丈夫、私は生きている。

 

呼吸は正常、手足も動く、目も見える。

 

両手を何度か握り、軽くストレッチしながら横に目をやると、そこにはきちんと丁寧にしわが無くして整っている空になったベット。

 

この部屋のもう1人の住人は『早起きは三文の徳なんですよ』と言って、夏休みになろうと惰眠を貪るという事を決してしない。

 

……でも、ここ最近、何だか調子が変だ。

 

確か、彼女の兄が入院した翌日から。

 

聞く所によると、その日、彼女の兄はある事件に巻き込まれて大怪我を負ったそうなのだが、命に別条はなく、“後遺症もなく”、もう回復しているとの事。

 

あの愚兄は医者や看護師から顔と名前を覚えられるくらいに病院の常連客で、その事は妹の彼女も良く知っており、彼が入院した事にも慣れている筈で取り乱すという事はないはずだ。

 

それに、あそこに勤めているカエル顔の医者は、どんなに他の医者が匙を投げ出すほどの瀕死の重体の患者であろうと、死なない限りは、その<冥土帰し>の異名の通りに地獄の淵からでも助け出す。

 

でも……どうしてだろうか……彼女を見るたびに、何か大切なものを失くして彷徨っている迷子の姿と重なる。

 

 

 

そう、あの悪夢の後の自分のように……

 

 

 

でも、彼女がそれを隠すというなら、触れない。

 

私達は、助けを求められない限りは手を貸さない。

 

同格であると認め、尊敬さえもしている相手なら、自分が乗り越えた壁を乗り越えて欲しいと勝手ながら思っている。

 

薄情に見えるかもしれないが、それほど彼女を信頼しているのだ。

 

それに、彼女を、いの一番に助けるのは、私ではなく、彼だ。

 

横からしゃしゃり出て、その役目を掻っ攫おうなど無粋な真似はしたくはない。

 

あと……今の私もまたあまり心に余裕があるような状態ではない。

 

 

『嘘だ! <ビックスパイダー>は! あの事故の日に、解散したはずだ!! そして、その事故で黒妻の兄貴は……』

 

 

『いいか、落ち着いて良く聞け、鬼塚。これはお前をからかう為の嘘でも冗談でもない。<ビックスパイダー>が復活して、非合法なルートから武器を集めているというのは紛れもない事実だ。そして、そいつらをまとめているのは―――『革ジャンを着て、背中に蜘蛛の入れ墨をした男』』

 

 

私もあの夏休みが始まった初日……<ビックスパイダー>が、……『兄貴』が、非合法な集団と組んでいると知った時、駒場さんと半蔵っちが止めに入らなければ、浜面っちに飛び掛かっていたのかもしれない。

 

私はその後、彼らに礼も言わずに建物から飛び出すと、すぐさま<ビックスパイダー>が本拠地にしていたビルへと向かい、そして、彼の『居場所』だった屋上へと駆け昇った。

 

でも、そこはもぬけの殻で、人がいた痕跡なんて無かった。

 

けれど、彼らが教えてくれた通り『革ジャンを着て、背中に蜘蛛の入れ墨をした男』が、『黒妻綿流』がこの第10学区に帰ってきたという噂はあちらこちらで耳にした。

 

もし生きているなら会いたい。

 

会って早くあの噂の真偽を確かめたい。

 

そして、姉御を置いていったこの怒りをぶつけてやらねば気が済まなかった。

 

姉御のためだけではなく、私自身の納得の為にも。

 

私はその日から彼を待ち構える為、そのビルを拠点にして、そこからなるべく離れないように噂の情報収集を始めた。

 

安楽椅子探偵みたいに数少ない情報からピンポイントに推理するような力は無いけれど、根性と勘ならあるつもりだ。

 

バレンタインデーの時と同じく、虱潰しで探り当てるだけ。

 

しかし、数日で集めた情報は、『<ビックスパイダー>が『能力者狩り』を始めた』といったものばかり。

 

そして、その先導者は『黒妻綿流』。

 

分からない。

 

駒場達が言った事は本当なのか嘘なのか。

 

それと、あの<七人の侍>とは何なのか。

 

疑念がより強く、陽菜の中で燻る。

 

頭の中が色々とゴチャゴチャしている。

 

この件が片付けなければ、この気持ちが決着がつく事はない。

 

あと、鬼塚陽菜は、いつまでも留守番ができるほど我慢強い人間ではない。

 

 

「よ~しっ、今日から街へ繰り出そうかねぇ」

 

 

陽菜は、当て所もなく、ただ己の勘に赴くまま街へと向かった。

 

 

 

 

 

路地裏

 

 

 

『能力者狩り』。

 

無能力者が、武器で、集団で、そして、ある『音響兵器』を使い、その力を封じ込めてから、能力者を叩き潰す。

 

卑劣ではあるが、こうでもしなければ、無能力者は能力者に勝てない。

 

それほどまでに力の差があり、また格差もあった。

 

このLevelが1つのアドバンテージになる学園都市では、大抵の人はLevelが0と言うだけで、無能であると断ぜられる。

 

今回の事件も、能力者達への妬みや恨みが原因だ。

 

けれど、

 

 

「女の子に手を上げるだけでも最悪だが、手を上げてボッコボコにされんのはそれ以上だな……」

 

 

少し長めの癖のある茶の混じった赤毛を掻きながら、その男は地べたを見下ろしながら、思い返す。

 

 

 

 

 

 

 

数分前、この近くを歩いていたら、何かを砕くような鈍い物音が、野太い男達の悲鳴が聞こえた。

 

彼はざっと辺りを見回し、荒事の匂いを感じ取ると、それがこの路地裏から聞こえるものだと分かった。

 

最近、出没している武装無能力者。

 

彼はそう言ったものが見過ごせない性格でもあるが、何より今、この街を騒がせている『無能力者狩り』の事件には自分と関わりがある可能性が高いと調べていたのだ。

 

そうして、急いで路地裏に近づくと、そこにいたのは1人の少女。

 

 

……あれ?

 

 

予想とは違う光景に戸惑った彼は、次の瞬間、目を剥いた。

 

1人、ではない。

 

地面には十数人もの男が、倒れていた。

 

外から太陽の日差しが射し込み、その光景を僅かに照らし出していた。

 

倒れているのは、彼が探していた武装無能力者。

 

辛うじて息をしているが誰も顔全体が赤く染まった状態で、痙攣している。

 

その赤さはペンキか何かのもので、これは悪質なイタズラかもしれない、という楽観的な想像をしたかったが、そう言う訳にはいかない。

 

この喧嘩ですらない蹂躙を、止める為に男は一歩踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

そして、現在。

 

あの後、その少女は脅えるようにこの場から離れ、その後を1人の少年が追い駆けていった。

 

何か訳ありなのか、という事を察した彼は、その少年に頼まれた通りにこの場の後始末をしている。

 

 

(……にしても、あの少女、能力を封じられているのにも拘らず、素でコイツらを倒すとは……。年下の女の子でこんな事が出来そうなのは、陽菜くらいのモンだとは思ったんだが…――あ、そういえば、彼女の制服って―――ん?)

 

 

 

不良達の1人の手元から、何か携帯できる電子機器を見つけ、拾い上げた―――その時。

 

 

 

「勝手にそれを貰っちゃあ困るなぁ?」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「そいつは俺らのモンだ。返してもらおうか!」

 

 

粗野な声を響かせ、ここで転がっている不良達よりも一際大きな体をした男が路地裏の向こうから現れた。

 

 

「どこの誰だか知らねぇが、痛い目に合いたくないなら大人しくいう事を聞いた方が身のためだぞ」

 

 

ヤクザ顔負けの威圧的な容姿で、背は自分よりも高い。

 

男は、横柄な態度で見下ろしてくる。

 

 

「コイツらを1人で相手したのは褒めてやっても良いが、<七人の侍>の1人。<鉄腕>の呉里羅(ゴリラ)様をそんなひょろっとしたなりで相手にすんのは諦めた方が良い」

 

 

そう言うと、呉里羅は腕を振り回し、路地裏の側面の壁に叩きつける。

 

 

ゴンッ!! とそのコンクリートの壁に大きな亀裂が走る。

 

そして、その男の腕は無傷。

 

 

「アンタ、能力者なのか」

 

 

「ああ、俺様はそんじょそこらの<スキルアウト>じゃねぇ。パワーに目覚めた<スキルアウト>。この腕は鉄のように硬い。銃や刃物なんて、つまらねぇモン使わなくても十分強いのだ。だから、大人しくそれを渡せ。俺様はこの力で、騒ぎに乗じて火事場泥棒をするテメェみたいな奴らを何人ものぶっ潰してきた」

 

 

どうやら、この男は自分がこの『音響兵器』のために彼らを倒したと勘違いしているらしい。

 

 

「しっかし、ボスと同じ『三巨頭』の1人の『黒妻綿流』にはちっとは期待してたんだがな……。<ビックスパイダー>ももう少し骨のあるヤツはおらんのか。男1人に無様に負けているようではわざわざ同盟を組んでやった俺様達<七人の侍>の評判も下がるではないか。……ま、“使い捨て”だから、問題はないか」

 

 

ガハハハ、と男は豪快に笑う。

 

力というのは、人間の一面を増長する傾向がある。

 

例えば、悪意。

 

 

(こいつらか……)

 

 

上着の黒いライダージャケットを脱ぎ捨て、凹凸の盛り上がりを見せる筋肉質な上半身が露わになる。

 

そして、その背中には………

 

 

「ほう、お前なかなか良い身体―――ぬ? その刺青は?」

 

 

軽く首を鳴らして、拳を握る。

 

元々、武装能力者達に救急車を呼んであるし、“これから1名追加されても問題はないだろうから、手加減なしに思い切りやっても良いだろう”。

 

 

「お前何をしようとしている!」

 

 

呉里羅の怒声に、彼は笑って応えた。

 

 

「なあ、お前、<ビックスパイダー>を使い捨てるんだって?」

 

 

「それがどうした。弱い奴らは俺様のような強者の肉となるのが当然の摂理だろうが」

 

 

「そっか」

 

 

瞬間、腹の底まで息を吸い込み、全速力で接近。

 

そして、両手を一つの槌のように合わせて、大きく振り上げ迎撃の体勢を固める呉里羅の顔面目掛けて投げつける。

 

 

「これ、返すぜ」

 

 

拾った携帯電子機器を。

 

それが呉里羅の右目に的中し、一瞬の隙が生まれる。

 

それで十分だ。

 

 

「小癪な真似を!! 潰してやる!!」

 

 

鉄槌を振り落とす。

 

が、その前に思い切り膝を曲げて腰を沈め、溜まったバネを爆発。

 

左拳が、呉里羅の顎を真上に打ち抜いた。

 

全身を使ったその威力に男の身体は僅かに宙に浮き、しかし、倒れはしなかった。

 

見た目通りの耐久力。

 

顎の激痛に呻きながらも、その<鉄腕>と称された両腕を直撃―――

 

 

「なっ―――!!」

 

 

―――しなかった。

 

 

スカッ、と前髪だけ掠った無情な音。

 

 

疾い!!

 

さっきまでは体が密着するほど懐にいたのに、もう攻撃範囲から逃れている。

 

そして、今度は思い切り助走をつけ、上半身を豪快に捻って、その右拳を顔面に叩き込んだ。

 

メキメキという音が、拳から伝わり、骨を砕く久しく、馴染みのある感触がする。

 

 

「ぐあぁぁぁぁっ!」

 

 

悲鳴を上げながら崩れ落ちる最中、呉里羅の視界に、その背中の“蜘蛛”の刺青がもう一度映り、

 

 

(まさか、コイツは本物の『黒妻綿流』―――)

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「鉄だか何だか知らんが、ムサシノ牛乳でも飲んで、骨を丈夫にしとくんだったな……。が、ちっとやりすぎちまったな。これじゃあ、救急車が来る前に話は聞けなさそうだな」

 

 

黒妻綿流は頭を掻いて、疲れたように息を吐く。

 

あの施設から出たばかりではあるが、黒妻は伝説的な<スキルアウト>で、『剛力の駒場』と同じく『疾さの黒妻』とその実力はその手の界隈では有名だ。

 

しかし、もう2年も離れていたとはいえ、仲間達の悪口に、無意識のうちにかなりの力を込めていたらしい。

 

とりあえず、路地裏を出て、久々の喧嘩をした身体を伸ばし、

 

さて、適当に理屈でも考えようか―――と、その時。

 

 

「ぐっ……」

 

 

黒妻が呉里羅から意識を逸らしたのは、ほんの数秒。

 

その数秒の内に、怒りに燃える男の目は黒妻を捉え、その拳――――

 

 

 

「ああああああぁぁぁっっ!! やっと見つけたああああっっ!!!」

 

 

 

懐かしい声。

 

振り返るとそこには、猛スピードで駆けつけてくる昔と1mmも変わっていない可哀想なくらいにペッタンコな赤毛のじゃじゃ馬ポニーの少女。

 

そう、彼女は………

 

 

「おっ、陽菜、久し―――」

 

 

「死ねゴラァァァァ!!」

 

 

かつての仲間と感動の抱擁ではなく、足元を爆発させて超加速からのフライングボディプレス。

 

 

「―――ぶりって、うお!?」

 

 

持ち前の疾さで回避し、真紅の弾丸はコンクリートの壁を打ち砕いた。

 

何と破壊力満載なフライングボディプレス。

 

避けなければ、病院直行間違い無し。

 

で、その真紅の弾丸はピンピンしており、

 

 

「あっはっはー、久々だねぇ、黒妻の兄貴」

 

 

「いきなり何するんだ、陽菜! ぶつかってたら洒落にならんぞ、今のは」

 

 

「ゴメンねぇ。何か『ああ、コイツ昔と変わらずペッタンコだな』って心の声が聞こえた気がして、つい、病院での長期入院休暇をプレゼントしちゃいそうになったよ」

 

 

陽菜と初めて出会い、間違えて『坊主』だと言ってしまった時、黒妻は彼女と1時間にも及ぶ激闘を繰り広げ、能力こそ使わなかったがその執念染みたオーラから、初めて女に喧嘩で敗北を喫した。

 

とりあえず、このじゃじゃ馬の凶暴性は改めて再確認した。

 

 

「んで、このゴリラっぽい男は誰?」

 

 

と、陽菜の足元にはエアバックの代わりとなってヒクヒクと痙攣を繰り返す呉里羅の姿があった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

『こちら、イヌ。ゴリラ、<キャパシティダウン>の回収に失敗しましたー。さらに遠方から救急車とーすっごく強そうな2人組を確認。至急、応援を要請しまーす』

 

 

『リス、<風紀委員>と計画の進行状況』

 

 

『第177支部に連絡が行っているようです。今、ハッキングして情報操作して攪乱してます。トカゲは<警備員>から無事にあれの回収に成功。只今予定通り、キジと逃走。今、ちょうど第10学区附近です』

 

 

『……よし。キジ、リスのナビに従い、今すぐそちらに足を向かわせろ。あと、サムライが寝てたら今すぐ起こせ』

 

 

『ラジャー』

 

 

『イヌ、ゴリラから差っ引いて報酬を三割増しにしてやる。死ぬ気でサムライが来るまでゴリラを奴らから引き離せ』

 

 

『はいな♪』

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「「ん?」」

 

 

気付いたのは同時。

 

互いの現状を簡潔に話し合い、救急車と<風紀委員>を待ちながら、この呉里羅という男の処遇について、ちょうど話し合おうとした時。

 

彼らは1つの音を聞いた。

 

それは声だった。

 

笑うように『は』を長く伸ばす声で。

 

 

「……え?」

 

 

声のした方を見る。

 

2人の真横を――――すると、

 

 

「―――あははははーーーーっ!」

 

 

道路を行き交う自動車。

 

それを1人の少女が“脚”で置き去りにする凄まじい速度で、真っ直ぐこちらへ向かって駆けて来る。

 

 

「あ、アイツはあの時の―――」

 

 

それが誰か解った時には、黒妻と陽菜に其々1つずつ苦無が投擲されていた――『赤風』と並走したあのメイドによって。

 

 

「―――っと」

 

 

陽菜と黒妻はその苦無を難なく避ける。

 

と、今度は手榴弾のような……

 

 

 

「は―――!?」

 

 

 

カッ! と視界が真っ白に。

 

閃光弾により目が潰され、怯む。

 

 

「急行いっきまーす!」

 

 

黒妻の前に、メイドが前進。

 

近寄ってきた、と感じた時にはもう少女の右足が黒妻の側頭部に迫っていた。

 

辛うじて腕でそれを防げたのは、警戒していたからだ。

 

それでも状態が傾きそうになり、腕が痺れた。

 

 

(まずい! 兄貴は女子供には手を出せない! このままだと……!)

 

 

陽菜の予感通り、黒妻に攻撃の意思は無く、少女は再び速攻。

 

長い足が鞭のようにしなり、黒妻を目掛けて襲い掛かる。

 

長い入院生活で身体は少し鈍っていたが、腕の痺れが良い刺激になり、黒妻は集中力を高めて何も考えず動いた。

 

下段、中段、上段と立て続けに来た蹴りを回避。

 

片足のまま、全くバランスを崩さずに連続で強烈な蹴りを放つ少女の技量に、背筋に寒いものを覚えるが、最初のように不意を突かれなければ、防御はできる。

 

 

「やりますね。じゃ、快速急行いっきまーす」

 

 

笑いながら、メイドの右足が唸りをあげて跳ね上がった。

 

黒妻は腕を交差して受けたが、蹴りの衝撃で身体が僅かに宙に浮いた。

 

じゃじゃ馬の妹分、陽菜に匹敵するほどの威力。

 

こんな奴がまだいるとは。

 

 

「へぇ、これも受けるなんて……。じゃ―――「残念、ここまでだ」」

 

 

<鬼火>の熱探知能力による捕捉。

 

メイドの真横に、接近。

 

少女の頬を、陽菜は拳で打ち抜いた。

 

体重を乗せたコンパクトな一撃で、頭を揺さぶるが、これを予期してたのかメイドは耐えた。

 

次に来る攻撃に備えて、後ろに退き、そして、

 

 

「逃がさん―――ッ!?」

 

 

足元に違和感。

 

見れば、地面に撒菱(まきびし)が撒かれていた。

 

そのまま彼女は倒れている呉里羅を担ぎ、退却。

 

ついでに、どさくさ紛れに黒妻が落とした電子機器も回収。

 

 

「後は任せました、サムライさん」

 

 

目の前でワンボックスカーが急停止し、そのスライドドアが突然開く。

 

そこから、端正な顔立ちをした目つきの鋭い金髪白人の男が飛び出してきた。

 

その手には、鞘に収まった日本刀が。

 

 

―――強い、と。

 

 

鳥肌が立った。

 

本能的に危険を察知し、陽菜は反射的に身構える。

 

一見、穏やかな人相の顔だが、瞑目し、その存在全てが冷徹と変ず。

 

すでに抜いた真剣を無造作にだらりと右手ごとおろしている。

 

閉じられた目の代わりに、濡れたようなその刀身が陽菜達の姿を移す。

 

そこから放たれる異様な迫力に、陽菜は<鬼火>を―――

 

 

「<沈黙>」

 

 

 

キィィイイイイイイイ―――――ッ!!

 

 

 

ワンボックスカーから雑音が響く。

 

<鬼火>の火炎玉を放とうとした陽菜の能力演算が乱れる。

 

陽菜だけではない、黒妻であってもその超高周波に耳がやられる。

 

だが、サムライと呼ばれた男は何事もなかったように。

 

 

「斬る」

 

 

無感情な声。

 

流れるような踏み込みに続いて、刀を持つ手がゆらりと伸びた。

 

咄嗟に後退した陽菜の前髪に僅かに刃先が触れ、髪が数本切れる。

 

舞踊を思わせる青年の緩やかな動き。

 

しかし、その手に握られているのは本物の刃。

 

陽菜は必死にそれから逃れた。

 

野生染みた直感を駆使して、身を躱し、大きく後ろへ飛ぶ。

 

鼻先に刃がかすりそうになり、顔から血の気が引いた。

 

 

(くっ、何だ、この違和感は)

 

 

この外人の青年の攻撃は、滑らかで速くて―――音が全くしない。

 

アスファルトの地面を思い切り蹴り抜いているのに、少しも音を感じさせない。

 

そこらの素人が力任せに刃物を振り回すのとは次元が違う。

 

いや、歩法を身に付けた達人であろうとここまで音を殺せるとは………

 

 

「なるほど、悪くない。では本気でやろう」

 

 

青年は薄く瞼を開けて宣告。

 

この刀を持った相手に素手での対抗は難しく、能力もこの雑音の中では困難。

 

なら、鬼塚家直系の業、<鷹の目>を開眼させる。

 

集中力を乱す雑音の中、陽菜はその瞳に意識を集中させ、

 

 

「安心しろ。殺しはしない」

 

 

青年は前進。

 

その細い腕が、常人の動体視力を超える速度で伸びた。

 

だが、その軌道を陽菜は見切った―――と思いきや、その軌道が斬り返されて、

 

 

「陽菜!!」

 

 

迅風が抜けた。

 

青年は、手の内の刀を、風音を立てて血振りをする。

 

まるで、人を斬ったかのように。

 

 

「ぐ―――っ!?」

 

 

鮮血がしぶいた。

 

脇腹を浅くだが斬り裂かれた陽菜が苦悶をあげる。

 

そして、動きが鈍ったと見るや、素早く納刀し、車内に駆け込む。

 

 

「待て……っ!」

 

 

すでに避難しているメイドがワンボックスカーの窓から陽菜達に向けてまるで嘲るように手を振ると、道の彼方へ走り去って行ってしまった。

 

 

 

 

 

???

 

 

 

『お前が……全部、お前が弱かったせいで……!!』

 

 

『……』

 

 

『敵から仲間を、家族を守るために『鬼』がいるんじゃねーのかよっ!!

 

 

『……』

 

 

『いつまで黙ってんだよ! 何か言ったらどうなんだ!!』

 

 

『……ごめんなさい』

 

 

『―――ッ!! ッそたれ!! テメェは『鬼』なんだろ!! 怒れ!! 吼えろ!! そんな簡単に頭下げてんじゃねぇっ!!』

 

 

『……ごめん、なさい』

 

 

『っざけんな! こんな……こんな腑抜けた奴を守るために……皆が! ――がッ!!』

 

 

『……っ』

 

 

『……強くならなきゃ、許さない。……皆の、――の肉を無駄にするのは許さない。じゃなきゃ俺はこんな奴を『鬼』だなんて絶対に認めない』

 

 

『……』

 

 

『わかったな。それができないようなら――――俺がテメェの『鬼』を喰らってやる』

 

 

 

 

 

 

 

そう……

 

私は『鬼』だ。

 

『鬼』は強くなければならない。

 

皆の肉を喰らおうというなら、私がその肉を喰らってやる。

 

そして、相手がどんなヤツらかは良く知らないけれど、仲間を利用するなら―――ただで逃がす訳にはいかない。

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

<風紀委員>の後輩の初春飾利から事件発生の連絡。

 

ただ、連絡と同時に第177支部に何らかのサイバーテロが仕掛けられ、コンピュータが1台炎上。

 

学園都市は能力者達がいる街だ。

 

一般的なコンピューター操作では、絶対に起こせないであろう現象も能力者のハッカーなら可能だ。

 

しかし、いつも頭を花畑にしている第177支部の後輩オペレーターは、実は<風紀委員>の試験を情報処理の一点で突破し、システムの裏の裏までめくれるような連中を日夜、相手にしている凄腕だ。

 

データーはきちんとバックアップを取ってあり、すぐに彼女自身のコンピューターを代用。

 

でも、炎上騒ぎで数分対処が遅れているとの事。

 

なので、私、偶然近くを巡回していた<風紀委員>、固法美偉が急いで現場に急行し―――

 

 

「え……」

 

 

そこには、『先輩』の姿と、

 

 

「美偉、陽菜を止めろ!」

 

 

脇から血を流している陽菜が―――

 

 

「姉御! ちょうど良かった。それ、もらってくよ!」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

第7学区との境を抜け、第10学区を1台のワンボックスカーが走り抜ける。

 

乗っているのは5人の少年少女。

 

サムライ――ミハエル=ローグ。

 

イヌ――銭本戌子。

 

ゴリラ――岩壁呉里羅。

 

トカゲ――烏帽子十影。

 

そして、この<キャパシティダウン>という音響兵器を搭載した闇の改造車の運転手のキジ――雉村騒兵衛。

 

彼らは<七人の侍>と言われる集団に所属している。

 

 

「おい、キジ。もう少し、丁寧に運転できないのか?」

 

 

助手席に座るひょろと体が細長く、目つきが鋭い以外平凡な男が、隣にいる寝癖だらけの、鳥の巣みたいな髪をした運転手に非難がましい視線をぶつける。

 

 

「役割柄急ぎの用ばっかりだからな。そっちが慣れろよ、トカゲ」

 

 

でも、雉村は調子に乗ってなおもスピードを上げる。

 

この学園都市の治外法権に等しい第10学区には信号や人が少なく、この新たに仕入れたマシンの性能を楽しめる絶好の場所……と言いたいところなのだが、廃ビルばかりでコーナーが多く、また整備されていない道路は凸凹だ。

 

マシンには優しくないかもしれないが、これはこれで荒れた道を駆け抜けるのもこの性能と、そして、運転手のドライビングテクニックが試される場所で楽しめる。

 

それに、今は逃走中なのだ。

 

途中、捕まった仲間を助ける為に寄り道したが、いつ<警備員>やら<風紀委員>が来るのか分からず、出来うる限り早く、アジトに戻った方が良い。

 

が、急なカーブにバランスを崩してサイドウィンドウに身体を押し付けられる。

 

 

「曲がるならそう言え」

 

 

「訊かれてねーからな」

 

 

「……だから、キジの運転する車はご免なんだ」

 

 

後ろで日本刀を抱いて寝ているミハエルと装備品の確認及び出費の確認と、必要経費で落とそうと計算している戌子はとにかく、普通なら酔うし、一番奥で荷物のように置かれている呉里羅なんて、あちこち体をぶつけて、起きた時にはボロボロになっていそうだ。

 

 

「あんまりごちゃごちゃ言うようなら、制限速度で走るぞ」

 

 

雉村は言いながらさらに速度を上げる。

 

 

『それは駄目だよ。こちらからのハッキングには成功したけど、予想以上にあちらの対応が早い。スピードを緩めている暇はないよ。だから、我慢してくれ、トカゲ』

 

 

スピーカーを通して聞こえてくる声に、十影は口を閉ざしたものの堪え切れぬ思いが嘆息となって現れる。

 

ナビに提示される仲間からの指示に合わせて、雉村は勢い良くハンドルをきった。

 

その度にタイヤが悲鳴を上げる。

 

と、その時、

 

 

「来る」

 

 

ミハエルが薄く目を開ける。

 

何の事? と十影と雉村が視線をあげるとバックミラーに真っ赤なバイクが映っていた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

メーターは速度をガンガンに上げ、その加速性に身体が震える。

 

改造車の爆音は車内と周辺に力強く響いている。

 

凄まじい速度で景色が後ろに飛んでいき、前方の建物はすぐに後方へ流れていく。

 

 

「ああ、やっぱり、傷が疼くねぇ」

 

 

先程脇腹を斬られた傷は固法から拝借した<風紀委員>に配布されている止血チューブで埋めたものの完全に塞いだ訳ではない。

 

真っ赤なライダージャケットの内側からじわじわと紅が浸食していく。

 

それでも、彼女の眼光が衰えるという事はない。

 

 

「だが、ようやっと見つけたんだ。さっきの借りは返させてもらうよ」

 

 

こちらと同じく制限速度をオーバーしているワンボックスカー。

 

<鷹の目>が得物を捉え、外さない。

 

急なコーナーに減速する事なく、タイヤを軋ませ豪快にケツを滑らせながら駆け抜ける。

 

走りだしてからここまで、それこそ交通事故の3つや4つをしてもおかしくない交通法規無視な走りだが、そのドライビングテクニックはプロドライバーのレベルに達しており、この曲がり角の多い街中なら、細い路地裏にも入り込め機動性の高いバイクの方が有利だ。

 

が、向こうもこちらに気が付いているようで、助手席の窓を開けるとそこから男が身を乗り出し、

 

 

「ったく、下手な運転してんのに、着けられてんじゃねーよ」

 

 

パン!! と。

 

時に激しい段差や急なカーブを伴う悪路にガクンガクン揺らされながらも拳銃の照準をこちらに合わせ、弾を撃つ。

 

しかし、こんな振り回されるくらいの悪路では、命中なんて期待できず、精々威嚇程度だ。

 

 

「ヘタクソだねぇ。あんなんじゃ当たる気にもならないよ」

 

 

動きを読み、その挙動を予測し、左右に避ける。

 

お家柄、一般人が触れないような武器の扱いにも慣れている陽菜に、拳銃を見せられても臆せず、運転に影響が出るという事はない。

 

万が一、車体が傷つくことは避けたいので、一応回避はするが。

 

 

「加速はとにかく直線じゃ、バイクより車の方が早いってのに……何モンなんだ、アイツ」

 

 

カクカク曲がる街中を出て、障害物のない直線的な道路に。

 

フルスロットルでエンジンを回す。

 

だが、それでも後ろで追尾する真っ赤なバイクから距離を離す事ができない

 

と、そこで向こうは業を煮やしたのか、

 

 

「ちっ、出来れば使いたくなかったんだが」

 

 

助手席から放り捨てられた細い筒状の火がつけられたダイナマイト。

 

それに目をつけた陽菜は―――迷わず『赤風』は突っ込んで行って―――

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

常盤台中学の教員らが認める『最』を冠するに相応しい学生は4人いる。

 

 

『最優』の学生は上条詩歌。

 

あらゆる分野の技術と知識に万能で、慈愛に満ちた優しい温かさを纏う優秀な指導者――故に『最優』。

 

 

『最高』の学生は御坂美琴。

 

底辺から学生達の至高の頂きに辿り着き、高潔で高貴な光を胸に秘める人格者――故に『最高』。

 

 

『最上』の学生は食蜂操祈。

 

絶対な権力と狡猾な思慮といった人の上位に立つ王の資質を持つ最大派閥の支配者――故に『最上』。

 

 

そして、『最強』の学生は鬼塚陽菜。

 

手がつけられぬほど狂暴で凶悪。だが、誰よりも純粋に力を追い求める求道者――故に『最強』。

 

 

 

「<鬼火>―――『火炎車』」

 

 

 

刹那、車体の周囲に炎が迸り、熱流が渦巻き、加速装置―――ニトロチャージのスイッチを押す。

 

エンジンのトルク音と共に、急激にタイヤの回転数が上昇し、まるでロケットで飛び出したような爆発加速。

 

一瞬で軽く100kmは超え、際限なくスピードに上昇するが、材質と構造の物理的な強度限界を超えており、超人的な視野<鷹の目>と卓越した運転技術で強引に制御しようと常軌を逸した疾走は機体の崩壊という自滅の結果を招く事かと思われた。

 

でも、鬼塚陽菜、学園都市最強の火炎系能力者<鬼火>は、焔を纏う熱流を支配して剥がれそうになる装甲を安定させ、さらにはオーバーヒートし焼き切れそうになる内部の温度さえも制御する。

 

 

「なっ……なに……」

 

 

暴力を、それ以上の暴力を以て制す。

 

驚愕せずにはいられない超加速の猛突撃。

 

まるで大空高く飛ぶ鷹が、地上で逃げる野兎を仕留める時のように、瞳孔が開き、真紅の弾丸は、道路を焦がし、ダイナマイトを置いてけぼりにし、ワンボックスカーに熱く厚い熱流をぶつけ――――

 

 

(消えた―――!?)

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

結果として、『赤風』はワンボックスカーに掠り、グルリと弧を描くように撥ね飛ばした―――が、

 

 

「……逃がしちゃったか」

 

 

あのワンボックスカーは空気に溶け込むように消えた。

 

まあ、おそらくは視覚的に誤魔化したのだろうか、そのせいで狙いが少し外れてしまった。

 

それでも中々の威力だと思ったのだが、まだ動いたのは相手のマシンの性能を褒めるしかない。

 

『赤風』に備えつけられた加速装置は常識外の加速をするが、その分、燃費が凄い。

 

それに、『火炎車』は陽菜の集中力を大幅に削るし、『赤風』にも少なからずのダメージが残る。

 

『火炎車』は一発で蹴りをつけられなければ、連発ができない、それでお終いの捨て身の大技だ。

 

すぐに、熱探知で景色に溶け込んだ相手を捕捉し、<鬼火>を放とうとしたが、去り際に……

 

 

「あー、うっさいなぁ、これ」

 

 

投げ捨てられた携帯電子機器。

 

そこから発せられる超音波に、またもや邪魔された。

 

陽菜は『赤風』から降り、それを拾い上げ、スイッチらしきものを切る。

 

 

「あん? そういや、このウザったい音。どっかで聴いた事があるような……」

 

 

その時、遠くからサイレンが。

 

ここら辺が潮時なのだろう。

 

無理矢理にでも<鬼火>を放てば、捕まえられたかもしれないが、手加減が苦手な自分では暴発の恐れがある。

 

とりあえず、やられた分はやり返せたと思うし、手掛かりは得た。

 

この携帯電子機器が一体何なのか。

 

そして、

 

 

(黒妻の兄貴から<ビックスパイダー>について、色々と訊かないとな)

 

 

幸いにして、今日は外出届を出しておいたから、まだ時間はある。

 

あの『革ジャンを着て、背中に蜘蛛の入れ墨をした男』の噂に付いて真相を確かめるには充分だ。

 

それから、あの<七人の侍>とかいう敵を潰せば良い。

 

 

 

 

 

風紀委員第177支部

 

 

 

固法美偉が黒妻綿流と出会ったのは2年前に遡る。

 

この街は能力のLevelがステータスになる。

 

頑張っているのに、成長できず、それでも努力するのに思い通りにいかず、そして、そのせいで自分が停滞しているようにも見え、順々に伸びていく友達に置いていかれるような疎外感を味わい、そうして、立ち位置さえもあやふやになって、やがて、己の限界を見定めて、その可能性を殻の中に閉じ込めてしまう。

 

当時の彼女は能力のLevelが上がらずに壁にぶつかっていた。

 

壁を中々乗り越えられない事に苛立ちと焦燥を覚え、追い詰められた彼女は自分のあやふやになった立ち位置――『居場所』を探していた。

 

何でもいいから能力や学校の事からは離れた、自分が本当に自分でいられる『居場所』。

 

リセットしたかったのかもしれないし、諦めたかったのかもしれない。

 

そんな固法に輝いて見える人が現れた。

 

あれは雨の中、傘をさして、あてもなく河川敷の近くを歩いていた時の事。

 

ふと、騒々しくもどこか賑やかな喧騒が耳に入り、そちらへ顔を向けると、そこにどこにでもいる無法者の集団である<スキルアウト>が喧嘩をしていた。

 

殴ったり、蹴ったり。

 

殴られたり、蹴られたり。

 

今までの真面目一辺倒だった自分なら忌避していた乱暴な光景なのに、どこか<スキルアウト>……<ビックスパイダー>は眩しくて、やがて、彼らが1人の女の子を守るために戦っていた事を知ると、その見方が変わった。

 

昔の<ビックスパイダー>は普通の<スキルアウト>とは違って、ただ仲間と馬鹿やって楽しめれば満足だった。

 

そう、決して『能力者狩り』なんてするような乱暴者ではなかった……

 

固法はまるで導かれるように<ビックスパイダー>に加わり、その中心人物で、最も輝いて、最も憧れ、そして、最も惹かれた彼に、『居場所』を見失っていた自分を受け入れた時から段々とその想いを募らせていく。

 

やがて、固法の後に鬼塚陽菜が入り、そのお嬢様や不良といった境無しに自由に自分を振る舞える彼女に、中々自分が能力者だと打ち明けられなかった固法は羨ましいと思った。

 

まあ、こっそり描いた相合傘が見つかった時に、羞恥と乙女の青春パワーが迸る往復ビンタで『墓に入るまで誰にも絶対に言うな』と屈服させて以来、どういう訳だが『泣く子と恋する乙女には勝てんよ』と言われ、姉御と慕われるようになり、ずっと手を焼かせられ続けているのだが。

 

それに、勝敗の関係上、黒妻に勝った陽菜に勝った固法という事で、『黒妻≦陽菜、陽菜≦固法』→『黒妻≦固法』という数式ができてしまい他の仲間からも姉御と呼ばれ、想い人からも一目置かれるようになり何だか微妙な思いを味わう羽目になった。

 

でも、楽しかった。

 

本当に、仲間と走る事も、妹分の世話に手を焼かされることも、そして、先輩を想う事も、心底、自分が自分でいられた幸せな時間だった。

 

 

けど、突然出会った楽しい日々は、同じように突然失われた。

 

 

それはある日の<スキルアウト>同士の抗争だった。

 

争いは日常茶飯事だが、今回は少し違った。

 

 

仲間の1人、蛇谷次雄が人質に取られ、<ビックスパイダー>のリーダーの黒妻に1人で来るように呼び出されたのだ。

 

その時、学校で忙しかった陽菜はおらず、固法も止めたのだが、黒妻は聞かず、陽菜にも口止めをするように告げると要求通りに1人で助けに向かった。

 

だが、固法は急いで追いかけ、命令を無視して陽菜を呼び出し、黒妻が呼び出された場所に到着した―――が、2人を出迎えてくれたのは、

 

 

噴煙を空へ伸ばし爆発したかのように壊れた建物。

 

黒妻の名を呟きながら泣く蛇谷。

 

そして、焦げ跡でボロボロになった黒妻の黒のライダージャケット

 

 

『黒妻綿流が死んだ』―――その事実を突きつけてくる状況に、固法は崩れ落ち、『鬼』が怒号の雄叫びをあげた。

 

 

 

 

 

 

 

その後の事は良く覚えていない。

 

ただ暴走した『鬼』は、相手の<スキルアウト>に牙を剥き、最悪の事態になる所を彼女の親友の上条詩歌とその先輩の真浄アリサが止めた、と後で詩歌から聞いた。

 

そして、今。

 

あの黒妻との突然の再会の後、去り際に任されて、怪我人を救急車に乗せて病院へ送り、途中から加わった<風紀委員>の後輩の黒子の<空間移動>で自分が所属する支部へと戻ってきて……

 

 

 

『<警備員>による<スキルアウト>一斉摘発の―――』

 

 

 

その文面を見た途端、夢遊病にふらついていた意識が一瞬で目覚めて、

 

 

「ゴメン。白井さん、初春さん。ちょっと私出てくるね」

 

 

後輩達の声を待たずに固法は支部を飛びだした。

 

 

 

 

 

???

 

 

 

『危険』、『私有地』、『立ち入り禁止』。

 

そんな看板が乱立し、安全第一のフェンスで取り囲まれているものの、そこらじゅうが隙間だらけで、出入りが自由に見える廃墟。

 

ここが<七人の侍>の別荘。

 

 

「ご苦労だったな」

 

 

<赤鬼>からの逃亡。

 

その代償は大きかった。

 

烏帽子十影の<風景擬態(カメレオンコート)>は、光を操作し、周囲の景色に擬態(カモフラージュ)する事のできる能力。

 

だが、強化されても、彼は精々、Level2が限度で、自分周囲1mもない空間でしか力を発揮できず、それなのに無理してワンボックスカー全体をその力場で覆い隠したのだ。

 

できれば、使いたくなかった奥の手だ。

 

今日はここに別行動を取っているリスを除き、全員揃っているが、その大きな脳の負担に十影は、基地へ到着するや否や気絶し、今、別室で仮眠をとっている。

 

また、<赤鬼>の追撃を封じる為に、折角回収した効果は小さいが携帯できる小型の<キャパシティダウン>を使い捨ててしまい、さらにはワンボックスカーの後部に搭載された<キャパシティダウン>も破壊された。

 

 

(まあ……『能力者狩り』なんてどうでも良いし、データが取れればあの女に頼まれた仕事に問題はないだろう。それに―――)

 

 

「“俺達”の目当ての物は手に入った」

 

 

部屋の中央に陣取った金色に染められた坊主頭にサングラスをした他人を寄せ付けにくく喧嘩が好きそうな面構えをした男が立ち上がる。

 

今日、危険を冒してまでも<警備員>に侵入し手に入れたのは、<警備員>に押収された木山春生の実験データ。

 

この場にいる誰もが、木山春生のではなく、『あの女』が造り上げた偽造<幻想御手>の被験者だ。

 

そのおかげで其々力に目覚めたものの、あの夏休み初日に起きた事件前からその危険性が分かっていた彼らは早急に『ワクチン』を求めた。

 

ただし、治す為ではなく、より強くなる為に。

 

ここにいる誰もが力を追い求めし者で、その為にあの女の非道な人体実験にも付き合ってきた。

 

この別荘は無防備そうに見えるがそれは外観の話で、中には防衛システムと数機の駆動鎧が存在する。

 

向こうはこちらを実験動物程度にしか扱っていないのだろうが、その分、こちらも力を貰うのに利用させてもらっている。

 

そう、彼らのバックアップをしてくれる研究所は味方ではなく……

 

 

 

「そして、わかってるな。俺達の本当の目的は『ウィルス』」

 

 

 

―――肉だ。

 

力を、血肉をつける為の肉。

 

だから、あの研究所に眠っているとされる学園都市を滅ぼしかねない最悪の暴走兵器も余さず喰らい尽す。

 

 

「もう、雌伏の時は終わりだ。今日、俺達は力を手に入れた。そして、<ビックスパイダー>と同盟を結んだ」

 

 

「あははー、馬鹿だよねー。一生懸命、一文の得にもならない『能力者狩り』なんかやっちゃって。自分で自分の首を絞めている事を知らずにねー」

 

 

「あまり言ってやるな。奴らが働いてくれたおかげで、近日中に第10学区の『ストレンジ』で<警備員>による一斉摘発が行われるとリスから連絡が入った。ただ、あいつらは憐れになるほど貧弱すぎる。駒場達も引き込めれば良かったんだが、<警備員>の正規隊員だけで制圧するには事足りて、残念な事にあの施設の警備を薄くさせる効果は見込めない。一応、同盟を組んだ義理もあるから、サムライ、ゴリラ、手を貸してやれ」

 

 

「了解だ、ボス」

 

 

リーダーからの言葉に、復活した呉里羅は頷くが、サムライ――ミハエルが、

 

 

「あの2人の対処はどうするつもりだ。少女の方は確か、今、巷で騒がれている<赤鬼>なのだろう?」

 

 

「ああ、今日は本気で危なかった。あと数cmズレてたら車は完全に使い物にならなくなっていた」

 

 

あれは噂通りの恐ろしさだ。

 

駒場達が、こちらとの同盟を避ける理由に彼女をあげるのが良く分かる。

 

 

―――だが……その程度だ。

 

 

「巣で親鳥に守られているその羽だけが自慢のヒヨコなら、その羽を奪ってやれば良い。『血のバレンタインデー』での報告通りであれば、あのヒヨコの羽なんざ、<キャパシティダウン>で簡単に毟り取れる。あとは、<沈黙(サイレンス)>を持つお前か俺が喰うだけだ」

 

 

確信をもって告げる。

 

あの鬼でも何でもない牙のない飼い慣らされた雛なんて、過酷な環境で尚も頂点を目指す獣からすれば、格好の餌だ。

 

 

「そして、一斉摘発と同時にリスがあの女の支給品を改造した駆動鎧を第10学区に解き放つ。元々疑いの持たれている部署だ。他の<警備員>の部署にバレる前にヤツは部隊を動かす」

 

 

サングラスの奥で冷たい空気を孕ませる双眸は窓から見える天上の月を見上げ、そして、その月を掴み取るように翳す。

 

 

「俺は叔父とは違って2番手なんざに甘んじねぇ。必ずその頂点に喰らいつく」

 

 

肩から腕に『虎』のタトゥーが刻まれたその右手を。

 

 

 

つづく


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。