とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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武装無能力者編 スキルアウト

武装無能力者編 スキルアウト

 

 

 

道中

 

 

 

学園都市第7学区のとある道路。

 

先日の大停電騒ぎで各交通網が停止しており、<風紀委員>達が交通整理へと駆り出されている。

 

そんな中、赤いオートバイが、空気の襞をかき分けるように広い道をどこまでも疾駆していく。

 

 

(ふっふっふ~、やはり、この『赤風』の走りは惚れ惚れしますなぁ~)

 

 

三国志や戦国で活躍した名馬である赤兎馬と松風を掛け合わせた名を持つそのオートバイは、加速装置を付けるなど違法改造をしまくったおかげで、驚異的な動体視力と反応速度を持つ彼女、鬼塚陽菜ぐらいにしか乗りこなせないほど、持ち主と同様に高スペックなじゃじゃ馬である。

 

過去に、<ビックスパイダー>の仲間達と共に走り屋をやっていた時も、陽菜は常に先頭を走っており、あの男以外にトップを譲るという事はなかった。

 

 

(あの頃は大変だったけど面白かったなぁ~)

 

 

常盤台中学に入学した当初、親友である少女があの女戦士の弟子になったり、新天地での交流を深めていた時、陽菜は、両親から入学祝いに貰ったお金で購入したオートバイに夢中だった。

 

今では特に不満はないのだが、常盤台に能力の方はとにかく学業の方面で、ラインギリギリお情けで合格した陽菜は、中々周囲の授業レベルについていけず、蝶よ花よと言われて育ったお嬢様達の学園の空気がどうも肌に合わなかった。

 

『友達がその学校に行くから私もそこに行くよ~』の典型的な失敗例だと言えよう。

 

最初は、親友もごくごく平凡な彼女の兄が通う中学校に進学を決めていたそうだが、陽菜の知らぬ間に『常盤台で一緒に学園生活しよう』と幼馴染と約束をしたらしい。

 

けど、当時、そんな事を一切知らなかった陽菜は、進路相談の時も

 

 

『鬼塚……本当に常盤台(あそこ)に行くつもりなのか? Levelは大丈夫なんだろうけど、頭のレベルが……悪い事は言わない。止めておいた方が良い』

 

 

と当時の担任から言われながらもずっと、

 

 

『トキワダイ? 何それ? どっかで聞いた事あるなぁ……でも、どうでもいいや。私は詩歌っちと同じトコに行くだけだよ』

 

 

とだけ言い続け、『コイツ大丈夫か?』と困った担任から相談された親友も

 

 

『あらあら、陽菜さんにそこまで意欲があったなんて。分かりました。私がみっちりと付き合ってあげます』

 

 

それからの日々は思い出したくない。

 

あの地獄の合宿……最初は、『合宿~? どっか大会でもでんの? ああ、わかった! あの『学園都市最強タッグトーナメント』に出場するんだね!!』と意気込んでいたが、部屋の中にあったのは山積みされた………

 

ぶるぶる!?

 

駄目だ、あの時の事を思い出すだけでも鳥肌が立ってくる!

 

その後の記憶はあやふやで、いつの間に願書が提出されていて、気付いたら受験票を渡されていた、という流れ。

 

そして、試験中も、

 

 

『と、止まれよ!? 止まってくれよ~!!?』

 

 

まるで自我を持ったように問題用紙にペンを走らせていく右腕を見て、かつてない戦慄を感じたのは今でもよく覚えている。

 

しかし、そのおかげで常盤台に入学する事ができ、その入学祝いでバイクを買う事ができたのだ。

 

で、学校についていけず、ストレスが溜まった時は、バイクを乗り回しストレス発散して、それがきっかけで段々バイクの魅力にのめり込んでいって………

 

 

 

『お、坊主。中々良いの乗り回してんな』

 

 

 

<ビックスパイダー>に、黒妻綿流という男に出会ったのだ。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

(綿流の兄貴……)

 

 

思いを馳せつつ、陽菜の運転には一切危なげがなかった。

 

いっそレーサーに転身しても、この少女はトップクラスに飛び込むかもしれない。

 

と、バックミラーを見たその時、

 

 

(な、何、だと!?)

 

 

歩道に沿って、弾丸と化したメイドが走り抜けていく。

 

自動車を追い抜き、歩道を歩く通行人の目にも留まらぬ速度で、建物から建物、電柱から電柱へと駆け抜けていく。

 

そして、ついには制限速度を少しオーバーしている陽菜の真横へ並んだ。

 

 

「あはははーー♪」

 

 

笑いながら走り続けるメイド。

 

あのメイド服には見覚えがある。

 

たしか、以前、親友が体験入学した学校の制服だ。

 

警備ロボットを乗りこなすメイドとか、プライドが高くて面倒なメイドなどなど奇天烈なヤツらがいたとは聞いていた―――が、たとえどんなヤツだろうと、この鬼塚スーパースペシャルちょっぴり違法カスタムした『赤風』を足で追い抜くなど舐めた真似は許さん。

 

スピードを徐々に上げていく陽菜を見て、メイドはちょっと驚いた後、さらに加速し―――追い抜いた。

 

しかも、去り際にニヤリと笑いながらウィンクまでされた。

 

 

「この韋駄天メイド金子ちゃんとレースしようなんて無理無理ですよぉ~」

 

 

―――ブチッ!

 

 

ヘルメットで声は聞こえないが、挑発しているのは良く分かった。

 

 

「良いだろう……。この『赤風』にはリミッターがないという事を思い知らせてやる!!」

 

 

アスファルトをガリガリと削りながら、時速100kmを超える速度まで、エンジンの回転数を一気に上げようとアクセルに………と、その時、

 

 

「うげっ!?」

 

 

突然、陽菜のバイクが大きくスピンし、横断歩道すれすれで急停止した。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

固法美偉。

 

<風紀委員>第177支部所属のメガネをかけた女子高校生で、今、昨夜の大停電により停止した信号の代わりに交通整理を行っていて、その前に、キキイィィィッッ!! と耳が劈くような音で鼓膜を震わせ、道路に後を付けながら横滑りするバイクが1台。

 

 

「コラ、そこの赤いバイク! 陽菜でしょ! アンタ制限速度ってもんを考えなさい! 一体いくつオーバーしてるのよ!! 違反よ違反!!」

 

 

急停止した真っ赤なバイクに跨り、自分とお揃いのバイク用の真っ赤なレザージャケットに身を固め、これまた真っ赤なヘルメットを被る少年………のように見える少女。

 

普通、ヘルメットで顔を覆われている人間を区別する事は難しい事だと思うが、固法美偉の能力はLevel3の<透視能力(クレヤボヤンス)>。

 

眼球に頼らなくても視角情報を得る事ができ、たとえ、ヘルメットという遮蔽物があろうとその者の顔を知る事ができる。

 

でも、そんな能力がなくても、この赤一色の特徴的過ぎる知り合いを、固法は彼女以外に知らない。

 

 

「美偉の姉御だ。面倒だし、とっととズラかろ」

 

 

が、正体が見抜けても捕まえなければ意味がない。

 

すぐ持ち場を離れて道路へ飛びだすが、その知り合いは自分の姿を見るとすぐさまUターン。

 

 

「待ちなさい! 陽菜! 今日という今日はみっちりと説教をしてあげるわよ!」

 

 

大声も空しく、赤い弾丸のようにもう遠くへと行ってしまった。

 

昔は、あの中で唯一の同性という事から、良く面倒を見ており、懐いていたのだが、ある時期、急に反抗期になってこちらの言う事を聞かなくなってしまったのだ。

 

それ以降、ずっと手を焼かされっぱなしで……いや、今も、出会った時からずっとそのやんちゃっぷりには手を焼かされ続けている。

 

時々、この悩みを共有している彼女のルームメイトとはその事についてはよく相談し合ったりしてはいるのだが、出会えばこのようにすぐに逃げられてしまう。

 

まあ、そのおかげでそのよく気が合うルームメイトとは交流が深まったのだが。

 

 

「もう、全く……今度会ったらとっちめてやるんだから」

 

 

「どうしたんですか? 固法さん」

 

 

憤慨していると、所属は違うが小柄で茶髪の少年が駆け寄ってきた。

 

同僚の<風紀委員>の栗鼠(りす)諜吉(ちょうきち)

 

能力こそ大したことはないが、固法の後輩である初春飾利と同様に情報処理関連に秀でたオペレーターだ。

 

名前の通り、見てると小動物を連想させるこの少年に、気が削がれたのか固法は段々と落ち着いてきた。

 

 

「いや、何でもないわ。仕事に戻りましょ」

 

 

「うん。固法さんがそう言うなら良いけど」

 

 

こうして反発されるが陽菜は『彼』の事を兄貴と慕い、自分の事を姉御と言って懐いていた……

 

そう思うと、あの頃のように羨ましいくらいに楽しくバイクを乗り回す陽菜を見ると、<風紀委員>なのに、つい見逃してしまうほど甘さが出てしまう。

 

また、他の<風紀委員>に捕まって迷惑を掛けないのだろうかと心配もしてしまうが。

 

 

(寮の管理人……は流石に可哀そうだから、後で詩歌さんに連絡しておきましょう)

 

 

「本当、いつまで経っても手を焼かせるんだから」

 

 

少しだけ過去の思い出に浸りながら、固法は元の立ち位置へと戻っていった。

 

 

 

 

 

第10学区

 

 

 

「とうちゃ~く!」

 

 

親友の足をやったり、姉御から逃げたりと遠回りしたものの無事、目的地へ着いた。

 

陽菜は、ヘルメットを脱いでオートバイのハンドルに引っ掛けると、迷いなく路地裏の奥へ入った。

 

校則には違反しているが、今の格好は常盤台の制服じゃなくて、やや大きめなライダージャケットにスリムなジーンズという服装だ。

 

不良達の溜まり場でも、うまく馴染める………というか、陽菜の本質的にこっちの方が溶け込んでいるかもしれない。

 

 

(ま、詩歌っちに会わなかったら、私もこっちではしゃいでたんだろうなぁ。……そうだったら、あの時、私があの場にいて、兄貴を……。そんな事を考えてもしょうがないか)

 

 

パン! と気合を入れ直すように、ブルーな気持ちを入れ替えるように、頬を叩き頭に喝を入れる。

 

視線を集めない程度に素早く、記憶に残らない程度に身が隠れるルートを取りながら、<スキルアウト>達と擦れ違ってゆく。

 

 

 

 

 

 

 

そこでお目当ての建物である立体駐車場を見つけて侵入し、階段を上がり、通路の壁にかかっていた表示を頼りにある一角に進んでいく。

 

ここは第10学区では有名な<屋台尖塔>と呼ばれる屋台村。

 

使われなくなった立体駐車場に屋台として改造したワゴン車やキャンピングカーを停めて、ジャンクフードから燕尾服のマスターが管理するコーヒーショップや、着物のお姉さんが出してくれる懐石料理、さらにはあの幻の漫画肉まであるという店が500~600も詰め込まれている。

 

でも、安すぎるほど値段が恐ろしく安いため、初めて来た一見さんには『私達を実験動物にして何かヤバい物でも入れてるのかも』と警戒されてしまう。

 

中には不良達が屯っており、誰もが陽菜へと視線を集中させた。

 

そして、彼女の顔を見て、あの一夜にして武装暴力団を壊滅させた凶暴な<赤鬼>だと気付き、どよめきが生まれた。

 

けれど、周囲とは別のリアクションを取った人間が、3人いた。

 

 

「鬼塚じゃねーか! どうしたよ。こんなトコまで来て?」

 

 

その内の1人、鼻にピアスを付けた<スキルアウト>、浜面仕上が、片手に持った焼き鳥の串を振って、陽菜の名前を呼ぶ。

 

 

「おー、浜面っちに、半蔵っち。それから、駒場さんもお揃いで」

 

 

陽菜も手を振り返すと、残る2人も片手を挙げてそれに応じる。

 

その内の巨漢、駒場利徳は、例えるなら服を着たゴリラのような男で、陽菜の手足の倍太い手足を持つ、肉厚な巨体の持ち主だ。

 

今も店の前に並べられた椅子の上に腰掛け、背中を丸めてる様子は、無理矢理人間の作法を教え込まれた野生動物のようにも見え、メイク無しのすっぴんでも十分に、B級作品のホラー映画に出演できるだろう。

 

もちろん、泣く子も黙る怪人役で。

 

 

(でも、この見た目で内面は思慮深くて、子供好きってんだから、驚きだねぇ。ウチの親友とは気が合いそうだ)

 

 

<スキルアウト>の中でも一目置かれている『三巨頭』の中の1人で、『剛力の駒場』と呼ばれている。

 

その見た目通りに力自慢な彼だが、その実は子供好きで、小さいものには心優しく、そして、寡黙で、ついでにシャイで内気でもある為、分かり辛いが頭の中では色々と考えている。

 

だから、不良で荒れくれ者の集団のトップに立ち、この陽菜が敬意を払う数少ない人物でもあり、不良達から恐れられる<赤鬼>にも臆せず真っ当から話し合える人物でもある。

 

 

「何だ、こんなトコまで来て。しかも制服じゃねーし。まさか、暴れ過ぎて、ついに学校退学になったか? お前にお嬢様学校は似合わねーって思ってたんだ。だったら、俺達んトコこいよ」

 

 

高位能力者ではあるが、仲が良く、特に浜面や駒場といった古参は<レッドスパイダー>時代から付き合いがある。

 

こうして、軽くチームに誘うのがその証拠だ。

 

でも、

 

 

「はっはっはー、残念違うよ、浜面っち。例え、どんなに似合わなくても私の『居場所』はあそこだよ。それに、最終学年なのに退学なんて事になったら、ウチの親友がマジギレしそうだしね。折角だけど、その勧誘、辞退させてもらうよ」

 

 

「そうか。なら、仕方ねぇ。お前の親友、滅茶苦茶、怖いしな。っつか、彼女って、本当はお嬢様じゃなくて、生粋のドS女王様じゃねーの? あそこまで、躊躇いもなく男を追い詰められる奴って、そうそういねーよ」

 

 

浜面はブルっと身体を震わす。

 

あの血のバレンタインデーで、トラウマができた男は多い。

 

……ごく一部に、何かに目覚めてヒンヒンと鳴く者もいるが……

 

 

「あははー、私の親友は男の扱いが超一流だからねー。あ、そういえば、<狂乱の魔女>って、命名したのって浜面っちだよね。アレ、相当気に入らなかったみたいだよ。そいつに会ったらお礼をしなくちゃって、とっても良い笑みを浮かべてたしね」

 

 

親友は、彼女の兄を調教――ではなく、躾――じゃなくて、お仕置き――……でもういいや。

 

何にしても、男の扱いは得意中の得意である。

 

そんな彼女から目を付けられたとなれば……

 

 

「ちょ、おまっ!? それって、鬼塚が広めたんじゃねーのかっ!?」

 

 

浜面の中で悪夢が甦る。

 

あれは、男の尊厳を細切れにしてから粉々にし、きっちりハンバーグにして焼きあげるという徹底っぷりだった。

 

しばらく、そのトラウマの一因となった缶ビールが飲めなくなるくらいに悩まされた。

 

……まあ、何か別の世界が開けた奴らと比べればマシな方だが。

 

 

「え~、最初に言ったの浜面っちじゃん。私はそれをちょっと面白おかしくアレンジしただけだって」

 

 

「そのアレンジのせいで俺が狙われる羽目になってんのかよ!?」

 

 

「大丈夫大丈夫。まだ浜面っちがやったって全然知らないから―――私が言わなければ、だけど」

 

 

 

………その瞬間。

 

 

 

「どったのー? 浜面っち。変な顔してー」

 

 

ピタリと動きを止めた浜面の前でニヤニヤと口角を吊り上げるなり、陽菜は口元に手を当てて、

 

 

「あーあ、さっき誰かにお嬢様らしくないって言われて傷ついたなー。どうしよー、このままだと、その事をルームメイトに慰めて欲しくなるなー」

 

 

……こいつを、あの高嶺の花と言われた少女達と同じと見るのは浜面の中で激しい葛藤が生まれる。

 

そう、これは安物の肉に、超高級のブランド肉のシールを貼る産地偽装行為と同じ事で、今、自分は抵抗したいのにパワハラしながら上司にその命令を下されて、逆らえない下っ端社員だ。

 

凍りついたように固まったまま動かない浜面は、やがて、ヒクヒクと頬を引き攣らせながらも口を動かす。

 

 

「いやー、鬼塚…お嬢様は今日もお美しいですねー」

 

 

「ダセェ!!」

 

 

年下の少女に折れた浜面を、半年前くらいにスカウトされたチームの参謀役である半蔵が大笑いする。

 

 

「ウルセェ!! 半蔵はあの時いなかったからそう笑えんだ!! あの<狂乱の魔女>はマジで洒落になんねーんだよ!! 痛いのがご褒美なんて、新たな世界が開けちまったらどうすんだ!!」

 

 

「えーでも年下の可愛い女の子なんだろ? チョコも美味しかったし。ま、鬼塚の親友やってるっつうから相当な変わりモンなんだろーけど。……それにドMも意外と幸せなのかもしれねーぜ」

 

 

「だったら、テメェが身代わりになりやがれ!!」

 

 

「ああ、そうそう。半蔵っち」

 

 

え、俺? と陽菜の矛先がこちらに向いた事に半蔵は思わず、笑うのを止めて自分の顔を指差す。

 

 

「この前、郭っちから、今度、半蔵っちに会ったら、是非捕まえてほしいって頼まれてんだよねー」

 

 

「……、」

 

 

『郭』、その人名を聞いた途端、半蔵の額から嫌な汗が流れる。

 

 

「郭っちには色々とお世話になってるし。一途な乙女から逃げ続ける誰かさんってヒドイ奴だよねー。そ・れ・に~」

 

 

これ見よがしに人差し指と親指で○を作るジェスチャーをする陽菜。

 

 

 

………その瞬間。

 

 

 

「あれー? 半蔵っちもどったのー? 変な顔してー」

 

 

浜面同様、半蔵の動きも止まる。

 

半蔵は、自身が『特別な人間』ではない事を知っているし、最初の一撃で確実に敵を倒せる戦闘以外は一切参加したくない。

 

そうでなくても、この“厄介な性質”のある<赤鬼>に火を点けるのは危険過ぎる。

 

だから、懐へ手を伸ばして……………財布を取り出す。

 

 

「い、いくらだ」

 

 

「ダセェ!!」

 

 

今度は浜面が、年下の女の子を買収しようとした半蔵を大笑いする。

 

でも、この<赤鬼>に逃走ではなく、交渉を選択したのは、正しい判断なのかもしれない。

 

と、そこで静かに事を見ていた駒場がようやく口を開く。

 

 

「……コイツらをからかうのはもう止せ。そろそろ用件を言ったらどうだ、鬼塚」

 

 

「そうですね、駒場さん。ちっと聞きたい事がありまして……なーに、すぐに終わります」

 

 

それは大した用事ではない、ということなのか?

 

それとも―――短期で決着をつける、という意味なのだろうか。

 

 

「なんだ……」

 

 

今までの遊び人のような軽い笑みから一変。

 

すっと目が細くなり、視線が鋭くなる。

 

 

 

「三船の残党が駒場さん達と接触してきたって、小耳にはさんだんですけど。……―――どうなんですか?」

 

 

 

唐突に斬り込まれて、浜面と半蔵は危うく身構えてしまいそうだった。

 

比喩ではなく、戦闘姿勢という意味で。

 

そして、駒場ではなく、浜面が、

 

 

「な、何言ってんだよ、鬼塚! 俺達は、いや、俺達だけじゃねー。ここにいる全員は、あの『血のバレンタインデー』の一件で、奴らとは縁を切っている。誰もが、テメェと敵対するのは割に合わねーって、知ってんだよ! それに奴ら、すっげぇ胡散臭かったし」

 

 

鬼塚陽菜の視ただけで灼けつく程熱を帯びた眼差しには、偽りや韜晦を許さない眼力が込められていた。

 

以前、<スキルアウト>に格安で武器を仕入れていた組織がいたが、それらは、組織も、そして、それに関わった<スキルアウト>すらも、悉く、徹底的に、潰された。

 

それは陽菜と友好があった駒場が率いる不良集団も重々承知しており、陽菜の事情を知っている駒場も仲間達に三船の残党とは関わるな、と厳命している。

 

だから、陽菜の問いに浜面は真っ向から否定する事ができた。

 

 

「―――そう」

 

 

しばらく、駒場をじっと見据えて、納得したのか陽菜は目を閉じて頷いた。

 

駒場もまた、力を込めていた全身から気を抜く。

 

 

「ゴメンね。私の早とちりだったよ」

 

 

悪かった、と頭を下げる陽菜の謝罪を受け入れると半蔵が、

 

 

「あと、この前ウチらと接触してきた奴らは、三船の残党じゃなかった。<七人の侍>っつう俺らと同じ<スキルアウト>だ。まあ、どちらにしても胡散臭い奴らだったが」

 

 

「へぇ、それで」

 

 

「同盟を組もうってさ。<スキルアウト>同士のな。何でも、そいつらどっかの研究所からのバックアップを受けているらしい。ま、でも、研究所のヤツらがそんなおいしい話を俺らに持ってくるはずがないからな。一度は保留にしてもらって、あとで独自の伝手を使ってその研究所の事を調べたんだが、“真っ黒だ”」

 

 

半蔵の手腕でも、その全容どころか一端でしか垣間見る事ができない。

 

噂でも、<置き去り>だけではなく、『素質』があると思われる子をわざわざ『外』から人身売買で取り寄せてくるなんてものもある。

 

おそらく、人間倫理に背く裏の研究所だろう。

 

迂闊に関われば、気付いた時には実験動物にされていたなんて事もありうる。

 

半蔵からの報告を聞いた駒場はすぐにその話を断った。

 

高位能力者でも<スキルアウト>と仲良くやれる陽菜がいるように、その逆に同じ<スキルアウト>であっても付き合えない輩もいる。

 

 

「でも、そいつらと組んだ<スキルアウト>も少なからずいてな……」

 

 

「どこなんだい、そのお馬鹿な連中は?」

 

 

もう奴らとは縁を切ったので、こうして話すのは何ら問題はない。

 

陽菜の促しに、半蔵が口を開こうとするが、その前に浜面が止める。

 

そして、言い難そうに渋面を作りながらも、少し間を置いてから……

 

 

 

――――<ビックスパイダー>、だ――――

 

 

 

つづく


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