とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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法の書編 終止符を打つ一撃

法の書編 終止符を打つ一撃

 

 

 

オルソラ教会 婚姻聖堂

 

 

 

「当麻さん、ご苦労さんです。入れ替わり作戦大成功ですね」

 

 

「おう、詩歌もよくやったな」

 

 

詩歌が当麻の元に駆け寄り、互いの勝利を祝う。

 

途中で戦う相手を交換するという事もあったが、1対1ではなく、2対2なのだ。

 

文句を言われる筋合いもない。

 

アニェーゼも、ビットリオも強かったのだろうが、連携においては互いに信頼し合っている当麻と詩歌の方が何段も格上だった。

 

 

「ああ―――」

 

 

『婚姻聖堂』の扉の前に着いた瞬間、

 

 

「―――待てッ!」

 

 

割れた模造剣に、重りにしかならない鎧、そして、ぶん殴られた身体と心。

 

だが、それでもアニェーゼは杖を支えにしながらも立ち上がる。

 

ビットリオも目を見開き、戦う意思を取り戻す。

 

負けられない。

 

絶対に負けられないという執念。

 

ここで負ける訳にはいかないのだ。

 

そして、今度は相性を間違えないように。

 

上条当麻には、アニェーゼ=サンクティスが、上条詩歌には、ビットリオ=カゼラが相対する。

 

当麻と詩歌は静かに警戒しながら相手が立ち向かってくるのを待つ。

 

偶然なのか、2組とも、間の距離はどの武器でも一瞬で届く距離。

 

時代劇の居合に西部劇の早撃ちの状況としてはそれに似ていた。

 

両者の頬に塗り汗がゆっくりと伝い、両者の神経がジリジリと焼けつき、両者の呼吸がはたと止まって、

 

 

「ふん」

 

 

と、つまらなそうにアニェーゼが息を吐くと、唐突に<蓮の杖>の構えを解く。

 

ビットリオも既に<量産湖剣>の割れた切っ先を地面に向けていた。

 

そして、笑みさえも浮かべ、

 

 

「ここまで追い詰めたのに残念でしたね、もう終わっちまったみたいですよ」

 

 

音がない。

 

『婚姻聖堂』の中には物音がなかった。

 

あまりにも、完璧に、音らしい音は1つ残らず消え去っていた。

 

それは単に、戦闘の動きを止めたからではない。

 

中だけでなく、外からの音も消えていた。

 

先程までシスター250、騎士50の計300ものローマ正教勢と、たかが50人強のイギリス清教と天草式の混合部隊。

 

双方合わせて350人近い人間が『婚姻聖堂』の外で戦っていたはずなのに、攻撃音、打撃音、爆発音、激突音、あらゆる音が聞こえてこない。

 

つまり、それが示す意味は、

 

 

「「………………………………………………………………………………」」

 

 

理解したのか、2人は無言になる。

 

 

「どうも、彼らが囮となって粘っている間に司令塔である私達を倒そうとしてたみたいですけど」

 

 

嘲り、罵り、最後に一つ哀れんで、

 

 

「あなた方の描いた幻想(よそう)より、あっさりコトは終わっちまったようですね」

 

 

2人はその言葉を聞いていた。

 

呼吸すら忘れて、聞き入っていた。

 

戦うべき理由が消失する。

 

最早自分がここに立っている理由すらなくなったとでも言いたげに兄妹はぼんやりと立ち尽くす。

 

ジリジリと、頭の奥から誰かの顔が浮かんでくる。

 

それらを噛み潰すように、告げる。

 

 

「「ああ」」

 

 

上条兄妹は、最後に絶対の自信と共に告げる。

 

 

「「その通りだ(です)。お前(あなた)達の幻想は終わっちまったよ(終わりですよ)、ローマ正教」」

 

 

当麻と詩歌の言葉に理解出来ず、は? と間抜けな声をアニェーゼは出した直後、

 

 

バン!! と2人の背後にあった『婚姻聖堂』の扉が勢い良く開け放たれる。

 

 

兄妹と向かい合っているアニェーゼとビットリオは、彼らの肩越しに見た。

 

恐る恐る確かめた。

 

『婚姻聖堂』の入り口から入ってくる人影を。

 

それは見慣れた自分の部下ではなく、イギリス清教のインデックスとステイル、さらに天草式十字凄教の建宮、五和達、そして、オルソラ=アクィナス。

 

それから,もう1つ……

 

オレンジ色の炎に包まれた、人の形をした化物がステイルの横で佇んでいる。

 

アニェーゼ達はその化け物の正体を知らない。

 

知っている者ならば、それの名をこう呼ぶ。

 

 

 

魔女狩りの王(イノケンティウス)>。

 

 

 

摂氏3000度を超える炎の巨人だ。

 

発動すれば、辺りに配置されたルーンを全て破壊されない限り、どのような攻撃も障害物も全て焼き払って敵を殲滅する。

 

攻撃は最大の防御の理念を貫いた好戦攻撃術式。

 

だが、仮にその魔術を知っている者でも今の姿に目は疑う。

 

それはもはや通常の<魔女狩りの王>ではない。

 

炎の温度、密度、威圧感が段違いで、まるでその巨大な背中からいくつもの翼が生えている錯覚に陥ってしまう。

 

 

「使用枚数は4300枚」

 

 

赤髪の神父は歌うように告げる。

 

 

「数は大した事はないが………いや、天草式は馬鹿に出来ないね。ルーンのカードの配置を使ってさらに大きな図形を描き、その図形をもって敷地全景の魔術的意味を変質させて、このオルソラ教会そのものを一個の巨大な魔法陣に組み替えるなんて。一応、そいつの右手に干渉されないようにこの建物だけは除外しているけどね………そこにある物を全てを利用した多重構成魔法陣―――――こういった小細工は僕には学びきれなさそうだ」

 

 

ごうごうと、勢い良く燃え上がる自分の得意魔術をステイルは自慢げに眺め、

 

 

「皆にはカードの配置を手伝ってもらった。ま、と言っても元々完成寸前だったジグソーパズルに残りのピースをはめ込むようなものだ。ああ、紹介するのが遅れたね。元々、僕は次々と場所を変えて攻め込むより、一ヶ所に拠点を作って守る方が得意なんだ。“とある事情”でそういう魔術を欲していたからね」

 

 

扉があった場所の向こうから外の景色が見える。

 

庭園のあちこちに魔力の炎の爪痕があって、シスター達が覆い被さるように倒れ、騎士達は壁にもたれかかったり、地面に転がっている。

 

炎の爆発で空気を押し出す衝撃。

 

それが彼女達を薙ぎ払った。

 

 

「言ったろ。作戦があるって」

 

 

「ええ、あなた方の戦力は予め、昨日の内に確かめていましたから、対策も万全です」

 

 

当麻は獰猛に笑い、詩歌は静かに微笑む。

 

 

「確かに強大なまでの数の暴力はやっかいです。ならば、それをまとめて吹き飛ばせる力で対抗すれば良い。いくら数が多くても、こっちの勝算は高い。その準備は少しかかりますが、それまでに私と当麻が皆を囮に使って玉砕覚悟で挑んできたとあなた達に勘違いさせる事で時間を稼いだんです」

 

 

もっとも、当麻は<幻想殺し>があるためにルーンのカードをばら撒く作業は出来ないという理由もあるのだが。

 

 

「何をやっちまってんですか! 数の上ならまだ私達の方が断然多いんです! 奴らも疲れ切っている。まとめて潰しにかかりゃあこんなヤツら取るに足らねえ相手なんですよ!!」

 

 

アニェーゼは『婚姻聖堂』の外にいるシスター達に向かって叫ぶ。

 

確かにそうかもしれない。

 

ローマ正教との人数差が縮まった訳じゃない。

 

それでも彼らが生き残っているのは、単に様々な奇策で逃げ回っていただけだ。

 

一斉に襲いかかれば簡単にこっちが勝つに決まっている。

 

プロの魔術師であるステイルが殺しを行わないのも、虐殺を行なえばシスターや騎士達がパニックを起こし、死兵となって突撃してくる危険性を回避するためだ。

 

あれだけの力を使えば、もはや“殺さない”方が難しいのだから。

 

なのに。

 

数で圧倒しているはずのシスター達は動かない。

 

騎士達はまだ戦う姿勢があって、隙を窺おうとしているのに彼女達は動かない。

 

 

「何を……!?」

 

 

アニェーゼは当たり前の理屈の分からない役立たずの部下を怒鳴りつけようとしたが、やめた。

 

なぜならもう、彼女も気づいてしまっているから。

 

不審。

 

戦闘職の騎士達はとにかく、シスター達はそれが正しい事だと理解してながら、心の奥でそれを信じられないのだ。

 

このまま争うべきか逃げるべきか。

 

誰か1人でも片方に動いたら集団心理で一気に傾いて、その結末はどちらかに確定するだろう。

 

 

「最後に、本当の最後にもう一度問います。降参しますか、しませんか? これ以上無益な戦いを繰り返しますか?」

 

 

しんと静まり返った戦場に詩歌の声が響き渡る。

 

その声を聞き、シスター達は武器を手放し掛けた……が、

 

 

「……、面白い、じゃないですか」

 

 

アニェーゼはまだ戦意を失っていなかった。

 

そして、ビットリオも軟弱なシスターどもに正しき道を示すべく、<量産湖剣>とは別のもう1つの剣を握る。

 

 

「我々とて無為な殺戮は望まない。だが、背信者どもをのさばらせておく訳にはいかない」

 

 

ローマ正教一三騎士団のモデルとなったイギリスの『騎士派』は幾多の敵を一日で葬り去った<神撲騎士>の極技を受け継いでいる。

 

当然、一三騎士団もそれに匹敵する極技、切り札が備わっている。

 

 

「正しき目的のために手段は正当化されるのだ。流される血は明日の礎となろう」

 

 

<グレゴリオの聖歌隊>。

 

ローマ正教の最終兵器たる魔術。

 

3333人にも及ぶ修道士達をバチカンという世界最高の霊地に建てられた聖堂に集め、聖呪(いのり)を集積する事により、魔術の威力を激増させて放つ事で、天上より何千何百にも束ねられた赤き火花が融合した紅蓮の神槍が振り落ちて、貫いたモノを破壊し尽くす。

 

世界のどんな場所でも正確に灰燼に帰す事が出来る。

 

元は、パラレルスウィーツパークで使う為に用意されたものだったが、今、ここでローマ正教の威信を見せるため、ビットリオはもう1つの大剣を高々と上げる。

 

 

「正気ですか? この距離ならあなた達も被害を被りますよ。仲間達が犠牲になっても良いというんですか?」

 

 

「かまわん。我等の流す血によって悪しき貴様達を滅ぼす事が出来るのだから」

 

 

その判断はもはや、狂気のレベルに達しているのかもしれない。

 

だが、当麻も詩歌も、インデックスもステイル、天草式も何故か落ち着いていた。

 

 

「ヨハネ黙示録第八章第七節より抜粋―――――」

 

 

ローマ正教一三騎士団の指揮官『ランスロット』ビットリオのもう1つの大剣はアンテナのような役割で、そのアンテナは振り下ろされた。

 

 

「―――――第一の御使、その手に持つ滅びの管楽器の音をここに再現せよ!」

 

 

魔術の効果なのか、遠吠えのように、淡く輝く大剣はラッパみたいな音を夜の闇に響かせ、瞬間、あらゆる音が消えた。

 

バチカンから放たれたソレにより、夜空に切れ切れに漂う雲が根こそぎ吹き飛ばされる。

 

それは光の如き凄まじい速さで日本上空に到達する。

 

傍目に見れば巨大な雷に見えただろう。

 

天上から下界に向けて放たれた、太く巨大な光の柱。

 

それは血のように赤かった。

 

何百何千もの赤き火矢が束ねられ融合し、一つの巨大な槍となって<魔女狩りの王>に襲い掛かる。

 

如何に普段以上、法王級以上の<魔女狩りの王>でもその一撃を受け止める事など―――

 

 

「……なるほど」

 

 

ステイルは余裕を崩さず、口を開く。

 

 

「あれは<グレゴリオの聖歌隊>による聖呪爆撃だ。たかが<魔女狩りの王>の1つだけでは止められないのも無理はないか」

 

 

ただし、とステイルは付け加える。

 

 

「<魔女狩りの王>が1つだけとは言っていないけどね」

 

 

ボン!! という爆音が生じた。

 

 

今、紅蓮の神槍を受け止めている<魔女狩りの王>の隣にもう1体の<魔女狩りの王>が君臨していた。

 

 

「2体目だと!?」

 

 

ビットリオはしばしその現象を凝視していた。

 

1体だけでも、法王級の魔術だというのに。

 

だが、彼はさらに裏切られる事になる。

 

 

「さ、3体目!!?」

 

 

ボン!! と、さらにもう1つの爆音が発せられ、もう1体の<魔女狩りの王>が君臨した。

 

ローマ正教の全員が唖然とする。

 

これはもう法王級を遥かに凌駕している。

 

ステイルは体内から無限のように湧きあがる魔力を自覚しながら、不敵に笑う。

 

 

「まさか……彼女に魔術を教えられるとはね。プロとしてあまり言いたくはないが、彼女は例外の別格だよ」

 

 

『魔導図書館』のインデックスに、『最新の賢者』の上条詩歌。

 

彼女は数多の人間を、限界だと思う壁を突破させてきた。

 

<幻想投影>が<魔女狩りの王>の構造を見極め、そして、さらなる可能性を見つけ出し、支えとなる力を供給する。

 

<グレゴリオの聖歌隊>が何千何百の人の力が集った一撃であろうと、こちらには<禁書目録>という十万以上の知識量と<幻想投影>という十万以上の経験値のという<魔神>クラスに頼もしいバックアップがある。

 

三位一体という構造で、3つで1つの役割を担わせる事で3体の間で魔力を循環させる事によって魔力消費量を節約させ、ステイル1人では足りない魔力を同じ『ステイルの魔力』を投影した詩歌が同調する事で補う。

 

 

「先ほども言ったでしょう? 『あなた方の戦力は予め、昨日の内に確かめていましたから、対策も万全です』と」

 

 

紅蓮の神槍が、3333人の聖呪の結晶が、ローマ正教の最終兵器が、3体の炎の巨神によって、灰すら残さずに焼き尽くされた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

驚愕。

 

信頼。

 

それが、相対する2つの勢力がそれぞれ、現れた主な感情だった。

 

片方は、現れた味方の能力を知るが故に、当然の事だと納得し、もう片方は、ローマ正教の最終兵器たる威力を知るが故に、今起こった現象が信じられず、腰を抜ける者が出る始末。

 

シスターだけでなく、騎士達ですらもその光景を見て、武器を下ろしてしまう。

 

武器を構えるのはアニェーゼとビットリオだけ。

 

もう彼らが仲間にすがっても、それは自身の劣勢を認めてしまい、止めを刺すようなものなので、絶対にできない。

 

 

(うっ…もう……)

 

 

だが、詩歌ももう限界だった。

 

<調色板>、<異能察知>、そして、最後の<幻想投影>。

 

詩歌の精神力は底をついたと言っても良い。

 

だから、当麻は言う。

 

 

「詩歌、もう休め。ここから先はお兄ちゃんに任せろ」

 

 

妹は頑張った。

 

全力で、精一杯頑張った。

 

誇りある自慢の妹だ。

 

だから、当麻も彼女に相応しい兄になりに行く。

 

 

「ふふふ、では、お兄ちゃんの雄姿を後ろから見させてもらいます」

 

 

詩歌からの全幅の信頼を背に受けて当麻は1人で、アニェーゼとビットリオが対峙する。

 

おそらく、この1対2がこの決戦の終止符を打つ。

 

互いの距離は5m。

 

 

(どう、―――する……)

 

 

アニェーゼは自身の一手を選んでいる。

 

どうやら、妹の方はもう限界らしい。

 

そして、兄の方は先ほど自分の攻撃に手も足も出せなかったはず。

 

<蓮の杖>の利便性はたかが拳よりも凌駕する。

 

フルスイングの一撃を先読み設置すれば良い。

 

………だが、当たるのか。

 

もし避けられたら?

 

先読み設置を間違えたら?

 

ジャブのような小刻みの攻撃からフルスイングをするのは?

 

構わず突っ込んできたら?

 

 

(くっ、―――)

 

 

それはビットリオも同じだった。

 

武器も鎧も破壊されてしまった。

 

剣の腕のみで通用する相手なのか?

 

アニェーゼとの連携が上手くいくのか?

 

もしかしたら、彼女が出てくるのではないのか?

 

だが、

 

けど、

 

しかし、

 

けれど、

 

いや、

 

なれど、

 

それでも、

 

されど、

 

でも、

 

だけど、

 

次々と否定文が並ぶ。

 

利便性が多いのが災いし、どの一手を繰り出せば良いのか判断できない。

 

先ほど詩歌に全く掠りもしなかった攻撃に自信を持つ事はできない。

 

施術鎧を粉砕したあの一撃を、<量産湖剣>を叩き割ったあの右腕を防ぐ手立てがあるのか?

 

西洋剣がただの棒きれに見えてくる。

 

 

(方法は―――タイミングは、武器は……踏み込みは、……何をどう選べばいい!!)

 

 

対して。

 

対して、上条当麻は切り札の使い道を迷わない。

 

すでに自分の右手の拳に全ての力を注ぎ込み、ただ一撃に己の生命を欠片も残さず預けている。

 

彼は信じている。

 

どれだけ傷つけられても、死の一歩手前まで追い詰められても、信じている。

 

己の持つ武器の強さを、己の武器を作ってきた道のりの正しさを、

 

己の武器が確実に敵を打ち負かす光景を、

 

己の勝利の先に素晴らしい未来が待っているというその予想図を。

 

信じているから行動できる。

 

 

「終わりだ、ローマ正教」

 

 

上条当麻は、『兄妹愛』と『思い出』が詰まった<梅花空木>を力の限り握り締める。

 

 

「テメェらももう分かってんだろ? テメェらの幻想(じしん)は、とっくの昔に殺されてんだよ」

 

 

ステイルが口に咥えた煙草を指で摘まむと、横合いへ投げた。

 

両者の視界の端で、そのオレンジ色の光が床へ落ちた瞬間、火蓋は切って落とされた。

 

 

ダン!! という壮絶な足音と共に当麻はロケットのように真っ直ぐ突貫する。

 

 

そして、当麻は最硬の加護で守られた最強の拳を突き出し、

 

 

ズドンッ!! 全体重を乗せた一撃でまずはビットリオを西洋剣ごと打ち砕く。

 

 

彼はそのまま気を失う。

 

 

(今だ! この隙に!)

 

 

アニェーゼが<蓮の杖>をフルスイングで振るう。

 

 

ゴッ!! という重たい激突音。

 

 

その衝撃が真上から堕ちれば頭蓋骨の粉砕は避けられない程の一撃。

 

だが、

 

 

(その攻撃を―――)

 

 

当麻は靴底を削るように急停止する。

 

一歩先の場所へ先読み設置された攻撃は、一歩前へ進まなければ当たらない。

 

 

(―――待ってたんだよ!!)

 

 

そして、当麻は握りしめた右拳で『一歩前』の空間を思い切り殴り飛ばす。

 

 

パン!! という風船が割れたような轟音。

 

 

見えない巨大なシャボン玉を砕くような感触と共に、そこへ襲いかかるはずだった攻撃が跡形もなく吹き飛ばされていく。

 

 

(今のが効かない!? いや、消えた!? 何を……何をすれば―――ぁ、ぅァァああああああああああああああ!?)

 

 

アニェーゼの心の中で、何かが弾け飛んだ。

 

激突の瞬間は間近に迫っているのに、ぐらぐらと揺らぐ天秤はいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでも結論を出してくれない。

 

満足な答えも出ていないのに選択を迫られたアニェーゼは半ば泣きそうな顔で思い切り杖を振るう。

 

対する当麻に迷いは一切なかった。

 

ある筈がなかった。

 

詩歌が後ろで見ているのに格好悪い所なんて見せられるはずがない。

 

己の必殺に全てを託した者と、最後まで自分の手札を迷った者。

 

彼我の優劣など、わざわざ問うまでもない。

 

 

ゴガンッ!! 壮絶な激突音。

 

 

アニェーゼの体が吹き飛び、背後にあった大理石の柱を掠めて床の上を転がった。

 

あまりの衝撃にアニェーゼの手から<蓮の杖>が離れ、体は何mも床の上を跳ね転がった彼女は、体内の酸素を全て吐き出してようやくその動きを止めた。

 

彼女はそのまま気を失った。

 

それで、インデックスやステイル達と彼らを取り囲むローマ正教のシスターと騎士達の間の均衡は完全に傾いた。

 

自分たちでは勝てないと思った騎士の1人が武器を足元へ落とすと、続いて1つ、また1つと音が重なり、やがて豪雨のような大音響になっていった。

 

戦いは終わる。

 

たった1人の兄の拳が、300人を超す敵勢の心をねじ伏せた事で。

 

 

 

つづく


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