とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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法の書編 信頼

法の書編 信頼

 

 

 

オルソラ教会 婚姻聖堂

 

 

 

戦闘が始まって20分以上の時が過ぎた。

 

騎士達は統率のビットリオ=カゼラを除いた全員が外に出ており、アニェーゼの護衛をしていた10人のシスター達は緊張に押し潰されそうになっていたので、護衛の任を解いて戦列に加わるようにアニェーゼが命令した。

 

 

「全く、慌てる必要もないってのに………」

 

 

見えない恐怖というモノに縛られ続けていた部下達に溜息を吐く。

 

確かに、彼女は凄まじかったが、あれほど強力な力を何の代償もなしに長時間使う事などできないに決まっている。

 

現に、さきほど一瞬だけ静まり返ったが、すぐに建物の外から爆発音や激突音が再開し、多少の場数を踏んでいれば、敵が統制を崩して防戦一方になっている事実が『音』になって聞こえてくるのが分かる。

 

彼女はバテている。

 

そう今こそ攻め時なのだ。

 

 

(おや?)

 

 

ふと、耳に戦闘のリズムに合わない、異質な雑音を聞き取った。

 

1つ、いや2つの足音になったそれは徐々にこちらに近づき、足音の主は教会の両開きの扉を勢い良く開け放った。

 

 

バン!! という大きな音。

 

 

そこには上条当麻と上条詩歌が立っていたが、アニェーゼとビリオットは顔色一つ変える事無く侵入者を睨みつけていた。

 

むしろ、詩歌と当麻が疲労の色を浮かべている様を見て、笑みを浮かべる。

 

 

「ほお、正々堂々、殺されに来るとは思いもしなかったぞ」

 

 

中央で仁王立ちしているビットリオに、詩歌は微かに呼吸を荒げながらも笑みを浮かべ、

 

 

「あれだけの大人数で正々堂々とは笑わせますね。もう、大爆笑です。これはとっとと蹴りを付けさせてもらうしかないようですね」

 

 

「へぇ、どう考えたってあれだけの人数を相手にしちまいながら、自由に敷地内を移動出来るとは思えないんですけどね」

 

 

大理石の柱に悠々と背を預けるアニェーゼに、当麻は荒い息を吐きながらも笑って、

 

 

「ま、ちょっとばっかり、作戦があるからな」

 

 

「作戦? ああ」

 

 

彼女は片目を閉じて、

 

 

「なるほどなるほど、そういう訳なんですか。なぁんだ。あれだけ格好付けて登場しておきながら、あんたら、“仲間を囮にしちまったんですか”。確かにウチの戦力がまんべんなくあなた達を襲っちまったら、誰もここまでたどり着けなかったでしょうけど、でも、ねえ?」

 

 

「「……、」」

 

 

意味ありげな語尾上がりの声に、しかし当麻と詩歌は無言を貫く。

 

図星を突いたと思ったのか、アニェーゼはますます愉快そうに笑って、

 

 

「くっくっ。オルソラ=アクィナスは言ってましたよ。彼らは騙すのではなく信じる事で行動する、とか何とか。あはは! 全く笑っちまいますよね、結局あなた達は今こうして誰かを騙して囮に使って息を吸ってるんですから」

 

 

「何を勘違いしているのかは知りませんが、私達は互いを信じています」

 

 

2人は嘲りの声に対し、正反対の悪意のない笑みを浮かべ、

 

 

「あいつらにはあいつらの役目があって、俺達は他の役をやっているだけだ」

 

 

当麻は時計を巻き、右の拳を握り締め、詩歌は眼鏡を装着し、天草式から借りた小太刀を構える。

 

 

「………司令塔たる私達を潰せば全攻撃を停止できると? 良くもまぁ、そんな都合の良い想像ができますね。羊飼いの手を離れた子羊の群れは暴走するって相場が決まっちまってんのに」

 

 

アニェーゼは床に転がっていた銀の杖を蹴り上げ、宙を舞う武器を片手で掴み取り、騎士であるビットリオは無言で二本ある内の一つの剣を鞘から抜いた。

 

 

「まぁ、良いでしょう。こっちも暇を持て余しちまった所です。怠惰は罪ですしね。ここは一つあなたの希望(げんそう)を打ち砕いて手慰みといきましょうか!」

 

 

詩歌はビットリオと、当麻はアニェーゼと、それぞれ対峙し、激突した。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

ローマ正教一三騎士団の一部隊を率いるビットリオ=カゼラ。

 

彼は『ランスロット』の称号が与えられし者。

 

 

「異端排除のため、汝の邪悪、我が剣の前に悉く塵と化してやろう」

 

 

「そいつはご丁寧にありがとです。でも、結構です」

 

 

ビットリオは詩歌が何かを仕掛ける前に接近しようと試みるが、それをする前に詩歌は距離を取る。

 

だが捨て身の特攻により剣の攻撃範囲に侵入し、ビットリオは無言で自身の剣を振るう。

 

 

(正直、本人の実力は他の騎士と比べて大差ない……どうやら、『ランスロット』とは名ばかりでそれほど……まあ、その装備は厄介ですが)

 

 

しかし、それを嘲笑うかのようにステップを踏み、詩歌は、最低限の動作だけで回避していく。

 

西洋の剣は頑丈。

 

西洋の剣は、『重さ』と『力』で敵を叩き切る鈍器のようなもので、とても強固に作られている。

 

ちょっとやそっとの力では受け止める事などできない。

 

故に受け止めない。

 

西洋剣の硬い槌の如き一撃を受け止めずに流れる水のように流す。

 

そして―――

 

 

「はっ、<偽唯閃>―――!」

 

 

―――一閃。

 

全てを瞬断する居合抜き。

 

五和の時のようにフェイントではない……が、

 

 

「ふん!」

 

 

小太刀の刃は鎧にうっすらと傷を付けただけであっさり跳ね返されてしまった。

 

逆に、攻撃した方の詩歌の手の方が痺れ、小太刀の刃が欠けてしまっている。

 

やはり、<聖人>でもなく、<七天七刀>でもなく、そして、神裂火織ではない、<唯閃>の贋作はこの程度なのだろうか。

 

そして、騎士団の鎧は身体能力を20倍にするような力はないが、<天使の力>でその装甲は強化されている。

 

如何に詩歌といえど、素手で突破するのは困難を極め、だから、武器を使ったのだがそれもどうやら通じない。

 

 

「……子供騙しかと思えば、中々の一撃だな、小娘」

 

 

「お褒めの言葉ありがとです」

 

 

そう言って、詩歌は不敵に笑う。

 

しかし、

 

 

「だが、舐めるなよ、小娘!」

 

 

速度や戦闘センスでは詩歌が上、体格と腕力ではビットリオの方が上。

 

そして、

 

 

「我が<量産湖剣(アロンダイトレプリカ)>が小娘如きに遅れを取る訳がなかろう!!」

 

 

武装ではビットリオの方が格段に上。

 

振りかざしたその剣は光に包まれ、

 

 

(―――来る!)

 

 

地面に叩きつけた剣先から光の衝撃波が発生。

 

<異能察知>で軌道を先読みし回避したものの、直線上にあった壁が大破した。

 

アーサー王の円卓の騎士、サー・ランスロットの愛剣、<無毀なる湖光(アロンダイト)>。

 

アーサー王伝説に出てくる円卓の騎士の一人である最強の騎士、『ランスロット』の名を語る騎士だからこそ、彼はこの剣、<量産湖剣>を持っていた。

 

 

(……ステイルさんからは彼らは模造品と聞いてましたが)

 

 

そもそも、『ランスロット』が出てくるアーサー王伝説はイギリスでの出来事だ。

 

ローマ正教とは何も関係ないし、それどころか、ローマ正教が誇る十三騎士団は英国の円卓の騎士をモデルにした『騎士団』の盗作だ。

 

偽者(フェイク)偽物(レプリカ)

 

だが、それらの元は円卓最強の騎士で、絶対に刃が毀れることのない名剣。

 

<天使の力>の加護を受けた、鎧と剣は本物には遠く及ばないものの忠実に再現されている。

 

 

(……それに、<幻想投影>との相性が)

 

 

さらに、ビットリオとは相性が悪い。

 

<幻想投影>は相手の力をその身に宿す能力だが、もしその力を発するのに、道具を媒体とする場合にはその道具がなければその力を行使する事は出来ない。

 

さらには初見と言う事もあって、その力の経験値は圧倒的に相手の方が上で、干渉も効果が薄い。

 

それにそもそも詩歌は、万が一のために今、身に宿している力を失う訳にはいかない。

 

なので、精々できるのは、魔力の流れを見る先読み程度。

 

詩歌の卓越した精緻な制御技術を発揮する事の出来ない力任せな戦闘は、詩歌にとって不利。

 

詩歌専用の武器である<調色板>もこれ以上使えば逆に詩歌が倒れてしまう。

 

 

(全く、この武装相手にこれでは決定力不足です。どうしましょうか……)

 

 

詩歌は困ったように笑みに翳りを見せ始めた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

さて、もう一方、ローマ正教、250人余のシスター部隊を率いるアニューゼ=サンクティスと上条当麻の戦い。

 

当麻とアニェーゼの距離はおよそ15m。

 

工事中で内装が空であるため、障害物となるものは何もない。

 

アニェーゼの手には銀の杖が握られている。

 

細い柱の上に天使がうずくまっているデザインであり、6枚の翼が籠のように天使を包み込んでいる。

 

アニェーゼが、かん、かんと両足の踵で地面を叩き、30cm以上あった厚底のパーツが両足とも外されて後方に飛んだ。

 

 

万物照応(Tutto il paragone)五大の素の(Il quinto dei)第五(cinque elementi)平和と秩序の象徴(Ordina lacanna che)『司教杖』を展開(mostra pace ed ordine)

 

 

彼女が両手で杖を抱き、祈りの言葉を発すると杖の先で屈む天使の羽が花のように開いた。

 

6枚の羽は円を六等分する形で配置されていく。

 

 

偶像の一(Prima)神の子と十字架の(Segua la legge)法則に従い(di Dio ed una croce)異なる物と異なる者を(Due cose diverse)接続せよ(sono connesse)

 

 

詠唱と同時にアニェーゼは軽く杖を振る。

 

 

カツン、と杖の先が横合いにある大理石の柱に軽くぶつかる音が鳴る。

 

 

(……? ――――ッ!?)

 

 

次の瞬間、当麻が背筋に悪寒を感じてその場を離れ―――

 

 

ゴン!! と。

 

 

―――ようとしたものの、視界が90度真横に折れ曲がった。

 

 

「が…っ! だっ!?」

 

 

何か重たい金属で頭の横を殴られた、と気付いた時には既に硬い大理石の床に倒れ込んでいた。

 

ぐらぐらする頭を必死に動かして視界を確保すれば、アニェーゼはくるくる回した杖の底で、トン、と大理石の床を叩いていた。

 

同時に先程と同じ悪寒と共に、当麻が床を転がった瞬間、直前まで彼の頭があった所に見えざる一撃が襲いかかった。

 

 

ゴバッ!! という鋭い音と共に金槌で叩いたように床が窪んで亀裂が生じた。

 

 

(座標、攻撃? <空間移動>を応用したようなタイプの技か?)

 

 

ならば、立ち止まるより動き回った方がいい。

 

そう判断して当麻は動き出す。

 

それを見たアニェーゼは懐からナイフを取り出し、まるでギターの弦を掻き鳴らすように杖の側面をメッタ切れにしていく。

 

 

ゾザザザガガギギ!!! という異音と同調するように、逃げる当麻を追って空気が見えない刃に切り裂かれていく。

 

 

「その杖……ッ!」

 

 

「はは、そりゃ流石に気づいちまいますか。天草式のヤツらが使っていた地図の術式に似てるってのが気に喰いませんけどね。コイツを傷つけると連動して他の物に傷がつく。こんな風にね、っと!」

 

 

続けてナイフで走らせると見せかけ、一転、くるりと杖を床に叩きつける。

 

当麻は突然真上から襲ってきた衝撃に対処できず、倒れなかったものの左肩が不自然に落ちかけた。

 

 

ズン! という重い打撃音が、後から響いてくる。

 

 

「……ッ!?」

 

 

<幻想殺し>が異能の力に対して最強の矛であり盾であっても、効果範囲が右手だけでは『見えない攻撃』とは相性が悪すぎる。

 

『一塊の異能』であれば、異能の一部に触れただけで無効化は炎が燃え広がるように全体に広がり、複数の異能の集合体だろうが広範囲攻撃だろうがまとめて消せるために、<幻想殺し>は点攻撃よりも面攻撃の方が防御しやすいという変わった性質を持っている。

 

だが、アニェーゼが使っている魔術は命令から発動まで1秒のタイムラグがあるが、明らかに不可視で、しかも点攻撃に近い。

 

続けさま、連続で攻撃してくるアニェーゼに反撃どころか防御もできず、

 

 

「がっ、ば……ァァあああああああああっ!?」

 

 

避けても先が読まれてしまうので簡単に捕まってしまう。

 

全身を打たれ、背中を斜めに切り裂かれてしまう。

 

焼き付くような背中の痛みに苦痛の雄叫びをあげてしまう当麻にアニェーゼは容赦なく杖を振るい、顔面を吹っ飛ばす。

 

 

「いつまでも単調に避けられるとは思わねぇ事です」

 

 

アニェーゼは退屈そうな顔で杖をくるくると回して、

 

 

「命令と発動までにタイムラグがあんなら、そいつを計算に入れて攻撃位置を修正すりゃプラスマイナスゼロになんでしょうが。あなたの回避位置を考えた上で、先読みして回避ポイントを狙って空間に機雷(こうげき)を“設置”しちまえば、そっちが勝手に攻撃範囲内に飛び込んできてくれる。大したタネもねぇですよ」

 

 

当麻は痛みで焼けつく頭を動かし、かろうじてその言葉を聞いていた。

 

アニェーゼはすでに勝利を確信しているのか、自慢の杖を頬ずりしながら、

 

 

「近代西洋魔術では火、風、水、土、エーテルの五大元素(エレメンタル)にそれぞれ象徴(シンボル)たる武器が用意しているのはご存知ですかね。火は『杖』、風は『短剣』、水は『杯』、土は『円盤』といった具合にですね、属性武器ってもんがあるんです」

 

 

アニューゼはニタリと笑って、

 

 

「ちなみに私が持つのがエーテルの象徴武器(シンボリックウェポン)蓮の杖(ロータスワンド)>です。こいつには面白い特性がありましてね。エーテルを扱うと同時に、他の四大元素全ての武器としても使用出来る、という特色があんです」

 

 

アニェーゼの術式の原理としては『偶像の理論』の応用で、<蓮の杖>の象徴するエーテルが万物に似ているという特性を生かし、空間に作用している。

 

五大元素全ての属性を持つこの杖は空間だけでなく、万物であるならば何にでもその法則を適用出来る。

 

つまり呪いの藁人形のように、多少のタイムラグはあるが、<蓮の杖>を傷つける事で連動した他のものを同時に傷つける事が出来る。

 

また空間を直接叩けるため、鎧などの防具を無視して直接ダメージを与える事も可能。

 

見えない点攻撃に先読みする洞察力。

 

はっきり言って、愚直な当麻とは相性が悪い。

 

 

(ちっとマズイかもな……詩歌の方は……)

 

 

詩歌の方を見る。

 

 

「どうしたどうした! 逃げ回るだけか、小娘!」

 

 

「……ッ!!」

 

 

どうやら詩歌も苦戦しているようだ。

 

武装した相手との単純な(パワー)勝負でなければ、

 

狡猾な相手の不可視の(トリック)に対応できれば、

 

 

 

((―――ん?))

 

 

 

その時、同調したように当麻と詩歌の視線が重なり合い、互いの状況と位置を確認。

 

そう。

 

相性が悪いと言うなら―――

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「そこ―――っ!!」

 

 

苦し紛れな体勢から素早く鞘に入れたまま小太刀を投擲。

 

矢のように風切り音を立てながら勢い良く――――しかし、小太刀はビットリオとは見当違いの方向へ飛んでいく。

 

 

「どこを狙っている! これでお終いだ!!」

 

 

天井に突き出された<量産湖剣>をビットリオは全身の力を込めて叩き付け、こちらに背を向けて走り出した詩歌に向かって衝撃波を繰り出した。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

(来る!!)

 

 

アニェーゼが表情を消すと、<蓮の杖>を棒術のパフォーマンスのように振り回す。

 

『一歩先に』先読み設置されたその攻撃は当麻の足では避けられない。

 

 

「うおおおおっ!!」

 

 

だが、当麻は倒れない。

 

その程度の攻撃など喰らっても大した事ないとばかりに捨て身の特攻を仕掛ける。

 

しかし、アニェーゼの顔に焦りはない。

 

一直線に向かってくるなら、むしろ先読みが簡単だ。

 

彼女は両手で力強く<蓮の杖>を握り締めると、スイカ割りのように思い切り床へ―――

 

 

「―――ッ!!?」

 

 

瞬間、彼女の頭に鋭い衝撃が走った。

 

その飛来してきた流れ矢は、鞘に収まった小太刀。

 

アニェーゼは<蓮の杖>を思わず落としてしまった。

 

 

(まずっ―――!?)

 

 

初めて顔に浮かぶ焦りの表情。

 

だが、当麻はアニェーゼのいる方ではなく―――

 

 

 

「当麻さん!」 「詩歌!」

 

 

 

―――詩歌がいる方へ。

 

2人はそのまますれ違い、当麻はビットリオが繰り出した<天使の力>の衝撃波に右手を―――

 

 

「「なっ!?」」

 

 

壁すらも跡形もなく吹き飛ばした衝撃波は当麻の前で跡形もなく霧散した。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

兄妹の相手の交換により戦況は一気に逆転した。

 

 

「ふふふ、元々、司教杖はメイスが変化したものですが……それはアニェーゼさんにはちょっと大きすぎたみたいですね」

 

 

「うっさい! 余計なお世話ですよ、この女狐!」

 

 

先ほど当麻と対峙したような余裕はなく、必死に<蓮の杖>を振り回し、詩歌の周囲に複数の機雷を設置する。

 

が、

 

 

「ほい、外れ♪」

 

 

おかしい。

 

先ほど、兄妹がいきなり相手を交換(ポジショニングチェンジ)した際は何事かと思ったが、どちらでも構わないと考え、戦闘を続行。

 

だが、あれから彼女に一度も攻撃が当たるどころか掠りもしない。

 

 

「ほら、もっと脇を締めて、それから腰をもっと使って」

 

 

「黙れっつてんだろ! さっさと流れ作業で死んでください!」

 

 

子供のようにからかわれアニェーゼは怒りにまかせ大振りのスイングと見せかけて、思い切りナイフで杖を一直線に切り裂く。

 

 

「ああ、アニェーゼさんにそう言われるなんてショック………でも、残念♪」

 

 

が、当たらない。

 

子供の幼稚な企みなど一目で看破するように、詩歌はアニェーゼの『先読み』を『先読み』していく。

 

詩歌の無造作にしか見えない足運びは、しかし、無数の機雷をそれ以外にない角度とポイントとタイミングで回避していた。

 

どんなにがむしゃらに振り、ますます機雷を増やし、詩歌の周囲を埋めつくそうとばかりに圧倒しようが、詩歌には掠りもしない。

 

 

(良し、これなら―――)

 

 

「―――惜しい。あとちょっとでした」

 

 

詩歌にはアニェーゼの攻撃が見えていた。

 

アニェーゼの術式に伴う魔力の流れを、その動きを見切っていた。

 

どのように術式が構成されるかが分かっていれば、たったひとつでもある逃げ場に身を置くだけで良い。

 

 

「なっ!?」

 

 

絶対に当たると思った攻撃さえも避けられ、隙ができてしまった。

 

アニェーゼは慌てて<蓮の杖>を振るう。

 

だが、その前に詩歌はアニェーゼの懐に潜り込む。

 

異能の動きを見る<異能察知>に相手の流れを支配する体術に、先読み、不可視の罠など通用するはずがない。

 

そして……

 

 

「心が痛みますが残念です。躾はきっちり行わないといけませんからね。安心してください。先ほども言いましたが、半殺し(半死半生)は得意です。全力でも九死一生には抑えて見せます」

 

 

「ひぃっ!?」

 

 

当麻に手を出し、しかも刃物で傷つけたアニェーゼに、子供相手であろうが詩歌に容赦はない。

 

 

ズドン!! という重い打撃音。

 

 

心身ともに打ち砕き、アニェーゼの身体が玩具のように吹っ飛ばされた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

一方、当麻の方も戦況が逆転していた。

 

腕力、耐久力では詩歌を上回る性能を持ち、そして、力を全て打ち消す<幻想殺し>。

 

さらに、物理的に破壊不可能の時計、<梅花空木(ばいかうつぎ)>。

 

それらが組み合わさった右拳は、どんな障害だろうが一撃で打ち砕く破壊力を持っている。

 

 

(<天使の力>の衝撃波が呆気なく打ち消された……?)

 

 

あれから幾度となく当麻に向けて衝撃波を放つがそのどれもが一瞬で霧散。

 

得体の知れない力にビットリオは恐怖を覚える。

 

さらに……残念だが彼は竜の逆鱗を踏んでしまった。

 

そう、今の上条当麻は怒りに震えていた。

 

 

「……騎士だか何だかしらねーが、俺の妹に刃を向けやがったな」

 

 

その<聖人>ですら怯むと言われる当麻の覇気に、ビットリオは思わず後退する。

 

当麻が、歩く。

 

前へ。

 

ビットリアとの間合いを詰める。

 

当麻の踏み込みにより、当麻を中心とした……いわゆる攻撃可能範囲がぞわりとビットリアに迫る。

 

最強の右拳、その範囲に入る事は、即ち『死』だ。

 

 

「……覚悟はできてんだろうなぁ、オイ!!」

 

 

「くぅううぅ……!! 舐めるな若造!!」

 

 

竜でさえも殺したと言われる名剣が放つ衝撃波。

 

それが少年の右手に触れただけで呆気なく霧散してしまう。

 

いかに偽者といえど、円卓最強の騎士『ランスロット』。

 

いかに偽物といえど、<無毀なる湖光(アロンダイト)>。

 

その一撃が、たった右手一つで防がれるなどありえない!

 

絶対にありえない!!

 

そうだ、ありえない!

 

ローマ正教ではない、極東の異人なんぞに臆する理由など絶対にない!!

 

 

「うおおおぉおおぉおっ!!」

 

 

両者の間合いが5mを過ぎた所で、ビットリアは<量産湖剣>を最上段に構え、裂帛の気合と共に突撃。

 

自ら間合いを詰める。

 

 

「私はローマ正教一三騎士団の『ランスロット』ビットリアだああああっ!!」

 

 

それは小細工なしの力任せに真上から叩き潰す渾身の一撃。

 

正面から迫りくる当麻の頭蓋骨を砕き、脳すらも破裂させてしまおうという悪意ある渾身の一撃。

 

彼自身のものではなく、円卓最強の騎士の栄光と誉れに縋りついた幻想の一撃。

 

 

「はっ、それがどうした。一三騎士団とか『ランスロット』とか―――」

 

 

それを、最強の右拳が迎撃。

 

<天使の力>の加護がなければただの模造剣である<量産湖剣>を叩き割る。

 

理解できない。

 

だが、たかが拳で<天使の力>の加護を受けている施術鎧が破れるはずがない。

 

受けて、耐え切り、あるいは受け流し、そして反撃に―――

 

 

「―――そんな下らねぇ幻想なんざ、知らねぇっつってんだろ!!!」

 

 

しかし、そんな目論見は外れる。

 

防御など……あまりに的外れだった。

 

<幻想殺し>が食い破り、<天使の力>の加護を“受けていた”施術鎧を<梅花空木>がぶち抜く。

 

突き、ただひたすら真っ直ぐに障害を貫く愚直な拳。

 

それは防御を、幻想を、相手の驕り高ぶった心さえも打ち砕いた。

 

 

 

つづく


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