とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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法の書編 切り札

法の書編 切り札

 

 

 

オルソラ教会

 

 

 

オルソラ教会は7つの聖堂で構成されている。

 

十字教における7つの秘儀をそれぞれの聖堂が担当する。

 

聖堂の大きさは均一ではなく、使用頻度や重要度によって、建物サイズや金のかけ方も変わってくる。

 

ちなみに詩歌達のいた場所は結婚式にまつわる『婚姻聖堂』で、一番収入が大きくなる予定なので建物も巨大だ。

 

二番目は葬式にまつわる『終油聖堂』で、『叙品聖堂』『堅信聖堂』など、宗教的には重要であるものの当麻のような『一般客』からの収入が見込めない所は建物も小さい。

 

これらの小さな建物は彫刻や絵画、ステンドグラスなどの芸術品が飾って、半ば美術館や博物館、観光コースとして追加収入を得るらしい。

 

とそんな中を当麻達は逃げていた。

 

 

 

 

 

 

 

「お前はホンットに世話の掛かる妹だな!!」

 

 

上条当麻は泣きながら安らかに寝ている妹の体を背負って『婚姻聖堂』から飛び出した。

 

先ほど300人を手玉に取った妹は<調色板>を外し首にかけてから、『眠いので少し休みます』と当麻の背中に乗ってそのまま寝てしまった。

 

当麻でさえもそのボケにツッコミする事もできず、その時、その場にいる全員が唖然とさせたのは凄かった。

 

よく分からないが、その度胸? は当麻には真似できない。

 

というか、誰にもできないし、しないで欲しい。

 

そして、当麻の背中でぐっすりとマジで寝ている詩歌を見て、シスターや騎士の皆さんはマジギレ。

 

おかげで、当麻、それからそれについて来てしまったオルソラはお怒りのローマ正教の皆さん、特に一三騎士団から絶賛逃亡中である。

 

インデックス達はそのまま別行動となっている。

 

 

「悪いな、騙すような事をしちまって。あいつらに何もされてないか!?」

 

 

「……ええ。驚きましたけど。妹さんには守ってもらいましたしたので、全然、大丈夫でございますよ」

 

 

およそ200人のシスター達に教育される前に詩歌が前に出たのでオルソラに怪我はなく、特に疲労というものはなかった。

 

オルソラは当麻へ助けに来てくれた幸せを伝えるように笑いながら嬉し涙を零す。

 

当麻はそれを見て、自分たちの戦う理由が間違っていないと確信する。

 

と、それはさておき、いくら<スキルアウト>が何人束になっても敵わない当麻でも、

 

 

「すぅ……zzz」

 

 

今は背中にいる眠り姫が起きるまでは戦う事は出来ない。

 

しかし。

 

しかし、迷わず逃げるかと言って、それが敗北を意味するとは限らない。

 

そもそも、説得が失敗した時点で逃げる事は最初から決まっていた。

 

 

(さぁーって、としばらくお付き合いしていただこうかね、ローマ正教の皆さん)

 

 

 

 

 

 

 

と、当麻は詩歌を背負いながら走り抜けてゆく。

 

ピンチになった天草式の面々を助けながらも、騎士達の追手を突かず離れずの位置を維持していく………が、

 

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

「ああ、気に――――」

 

 

―――ズンッ!

 

 

(うぉっ! く、首が絞まる!?)

 

 

途中(天草式の少女を助けた際)、妹の体重が2倍近く増加した。

 

さらに、

 

 

「おい、よだれを垂らすな! つーか、お前、実は起きてんだろ!」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

『婚姻聖堂』と『洗礼聖堂』の間に中庭がある。

 

建宮斎字を始めとした天草式の面々がシスター部隊と戦っていた。

 

天草式の戦法は敵の攻撃のタイミングをずらす事だ。

 

相手が攻め込もうと足を踏み込んだ瞬間、一歩前に出て、相手が体勢を整えるため、一度退くと一歩後ろに下がる。

 

予想が外されたシスターは自然に足並みが乱れ、そこを狙って建宮達は容赦なく剣を振るう。

 

慌てて防御しようが、彼らの武器はその守りごと敵を後方に吹き飛ばす。

 

だが、追い討ちはしない。

 

一度攻撃を繰り出したら、再び根気良く後ろへ下がって退く。

 

攻めるのでも守るのでもなく、ひたすら両者のバランスを保ち続ける事で『膠着状態』という本来あるはずのない見えない壁を築き上げるのだ。

 

これが全身鎧の騎士相手であったなら、そうはいかなかっただろうが幸い、一三騎士団の方は我を忘れて当麻に、というか詩歌につられてほとんど向こうに行ってしまっている。

 

もしかしたらあの少女はここまで考えて挑発を……

 

 

 

『ほら、死にたくなかったら、速く走ってください、愚兄号』

 

 

『愚兄号って何だよ!? お兄ちゃんを乗り物にすんじゃありませんことよ! つーか、やっぱ起きてたんだな! 詩歌!』

 

 

『いえいえ~、今の詩歌さんは思考99%オフのスリープモードです。ボケはできますけど、動くのは……ふわぁ~……だから、とーまさんの相方しかできないんです。なので―――は~い、鬼さんこちら~♪ とうっかり挑発してしまうことしか―――』

 

 

『うっかり、じゃねーだろ!!? 明らかに意図的じゃねーか!!』

 

 

『ふふふ、懐かしーです。昔もこうして当麻さんにお馬さんごっこをしてもらったなぁ……』

 

 

『あら、それは微笑ましいですわね~』

 

 

『おい! しみじみとすんのも良いが、一応、追われてんだぞ!! 頼むから、そう気が抜けるようなボケをかまさないでくれませんかね!!』

 

 

『はい? いまのしーかはむずかしーことわかんない』

 

 

『ああっ!! 幼児退行までしやがって!! まあいい、大人しく寝ててくれ!!』

 

 

『うん、おやすみ~。おにーちゃん、ふぁいとー』

 

 

『ったく、可愛いなぁ!! こんちくしょう!!』

 

 

 

……………………とりあえず、いつまでもこの状態をしている訳にはいかない。

 

それはローマ正教側が数の上で有利であるために、シスター達に心に余裕があるから付け入る隙が出来ているのであって、もし、玉砕覚悟で攻められたら終わりだ。

 

と、そんな建宮の耳に、またパタパタという足音が聞こえてきた。

 

 

「新手!?」

 

 

建宮はギョッとしたが、それは彼を狙う足音ではなかった。

 

しかし、中庭の奥、白い修道服を着た少女、インデックスが自分達が相対する敵の倍以上の人数に取り囲まれていた。

 

 

「くそ。この俺につまらん場面を見せつけてんじゃねぇのよ!」

 

 

建宮は慌てて加勢に入ろうとするが、彼を取り囲む何十人ものシスター達が、1つの生き物のように動いて人の壁を作り出した。

 

彼女達からすれば、インデックスを倒せば、彼女に人数を割いた分だけこちらに援軍が増えるのだ。

 

攻めあぐねている相手と戦っているからこそ、他の戦闘は一刻も早く終わって欲しいのだろう。

 

建宮とシスター達は睨みあう。

 

その向こうで、インデックスが無数の人間の渦に呑み込まれ、徐々にその姿が見えなくなっていく。

 

 

「なめ、てんじゃ……ッ!!」

 

 

建宮は大技を振るう為に呼吸を整え、ゆらりと大剣を構え直した所で。

 

ふと、頭上から男の叫び声が飛んできた。

 

 

「よせ! 今のあの子の元へは不用意に近づくんじゃない!!」

 

 

建宮が頭上を仰ぎ見た瞬間『洗礼聖堂』の二階部分の窓が炎の爆発によって内側から散った。

 

壊れた窓から砲弾のようにローマ正教のシスターが吹き飛ばされる。

 

彼女は辛うじて足のバネを使って着地の衝撃を殺したようだが、そこまでが限界だった。

 

気を失った体が、ごろごろ地面を転がっていく。

 

窓には炎の剣を持つステイル=マグネスが立っている。

 

彼は言う。

 

 

「状況にもよるが、今のあの子は一人の方が強い。僕達が近づいてはその強さを奪ってしまうんだ。君だってあんなものに巻き込まれたくはないだろう」

 

 

は? と建宮が訝しげな声をあげた瞬間

 

 

ゴッ!! とインデックスのいる辺りから爆発が起きた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

インデックスの周りには何十人ものシスターが隙間なく全方位を取り囲んでいた。

 

シスター達が各々の武器を構えているが、インデックスには武器と呼ばれる物を持ってはいない。

 

素手で立ち向かう事など言うまでもなく彼女は出来ない。

 

しかし、インデックスが何かを呟いたと同時に包囲網の一部が崩れ、Cの字のようになった。

 

まるで、見えざる力で薙ぎ払われるように無造作に吹き飛ばされた。

 

直撃したのは10人前後のシスターらしいが、何十mも離れた建宮のすぐ足元にまで転がっていた。

 

自分の頭上を軽々と飛び越えた己の味方の姿に、建宮と対峙しているシスターでさえインデックスの方を振り返ってしまう。

 

 

ドンッ!! と、再び見えない爆発が起きて、シスターの何人かが宙を舞った。

 

 

「……何なのよ、こりゃあ」

 

 

建宮は足元に転がったシスターを見る。

 

その顔は絶望の一色に塗り潰され、身体を赤ん坊のように丸めて両手で頭を押さえつけたまま硬直して、気を失っても悪夢に怯えるようにカタカタと震えている。

 

見れば、シスターの足の筋肉は断絶している。

 

あの爆発はシスター達が自分の足で一斉に跳躍したものだ。

 

体のリミッターを外し、足の筋肉が断絶するほどの速度で飛んだ。

 

インデックスの側から何が何でも逃げるために。

 

恐怖が爆発するほどにまであの場にいたくはなかった。

 

トン、とステイルは2階の窓から建宮のすぐ隣へ着地した。

 

 

「あれは<魔滅の声(シェオールフィア)>。魔導書を使いこなす『魔導図書館』としてのあの子の実力だよ」

 

 

<魔滅の声>。

 

頭の中にある10万3000冊の叡智を使ってその信仰する教義の矛盾点を徹底的に糾弾する<強制詠唱>と同じく魔力を必要としない魔術。

 

十字教の様式にはそれぞれ矛盾点という名の弱点が存在する。

 

それら弱点・矛盾を直すために様々な十字教宗派が生み出され、それがさらに別の弱点・矛盾を生み出してしまっている。

 

十字教という名のOSに従って動く者が、その教義の矛盾点、つまりセキュリティホールを的確に貫くこの囁きを聞けば、一時的に自我・人格を崩されるほどの威力を持つ。

 

ただし、同じ思想を持つ集団にしか大きな効果を発揮出来ず、集団にならない個人戦や複数の思想を持った集団に、そもそも十字教とは全く関係がない者には効果がない。

 

またアウレオルスのような魔道書の著者は自分で書いた原典に意識を冒されないように、特殊な防壁(プロテクト)を構築しており、そういったものにも例外的に効かない。

 

当然、『聞かない』という直接的な手段でも防ぐことは可能。

 

またこれは仲間がいるとその仲間自体が障害となって一集団の純度が下がって上手く機能する事は出来ない。

 

発動する場所や効く相手は限られ、周りに仲間がいない状況で同じ思想の集団と相対する時にしか使えない。

 

しかし、今がまさにその時だった。

 

次々とシスターがインデックスの<魔滅の声>によって戦闘不能にさせられていく。

 

 

「………ちなみに君らとの戦闘では僕や上条兄妹が障害となって一集団の純度が下がり<魔滅の声>は上手く起動しなかったって訳だ。そういう例外があるから、僕のような護衛がいるという事さ」

 

 

つまり、今君があそこに突っ込むと<魔滅の声>の使用条件が満たされなくなってしまうという訳だ、とステイルはつまらなさそうに言った所で、無駄話が不意に途切れた。

 

 

ザン! という新たな足音。

 

仰ぎ見れば、中庭を挟む聖堂の屋根にそれぞれ何十人というシスターが立っていた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

バランスの崩壊はいきなり起こった。

 

きっかけはインデックスだった。

 

彼女が10万3000冊の魔導書から十字教徒の精神にだけ悪影響を及ぼす場所だけを再編成した<魔滅の声>でローマ正教のシスター達に攻撃している最中に、それは起きた。

 

突然、治癒術式を受けて戦線から復帰したルチアが何かを叫んだ。

 

 

攻撃を重視(Dia priorita di)防御を軽視(cima ad un attacco)! 玉砕覚悟で(Il nemico di Dio)我らが主の敵を殲滅せよ(e ucciso comunque)!!」

 

 

シスター達の動きがピタリと止まる。

 

すると、全員の表情が音もなく消え失せ、まるで軍隊が敬礼するように呼吸を合わせて衣服の中から何かを取り出す。

 

左右の手に握られていたのは高級そうな万年筆だった。

 

 

(……?)

 

 

その時、インデックスは何らかの魔術攻撃による集中砲火を予想していた。

 

だが、彼女の予想は大きく裏切られる。

 

次の瞬間、インデックスを取り囲む100人近いシスター達は迷わず万年筆で己の両耳の鼓膜を突き破った。

 

 

ぐちゅり、というブドウの粒を指で潰すような音。

 

 

耳の穴からだらりと溢れる真っ赤な鮮血。

 

彼女達は万年筆を捨てて再び武器を構える。

 

耳の激痛を完全に超えた破壊欲がその顔に現れていた。

 

地面に転がる万年筆の先端に人間の鼓膜がこびりついているのを見て、インデックスは体の奥から猛烈に吐き気が込み上げ、恐怖する。

 

 

「ま、まさか……<魔滅の声>を回避するために……?」

 

 

声が届かなければ<魔滅の声>は効果を生まない。

 

インデックスは戦慄の事実に気付くと同時に、彼女の周りを取り囲んでいたシスター達が一気に襲いかかろうとした。

 

 

「くそっ……!?」

 

 

ステイルがインデックスを助けようとするが、人の壁が多くてうまくいかない。

 

シスター達がステイルの炎剣爆破に慣れてしまったのだ。

 

さらには建宮との連携で上手くいっていた戦闘のリズムが一瞬で崩されてしまった。

 

今度こそ、インデックスの頭を目掛けてシスター達の武器が振り下ろされ―――

 

 

「ッ!?」

 

 

瞬間、インデックスを囲んでいたシスター達はいきなり怯んだ。

 

突如として極度の不快感が襲いかかったのだ。

 

すぐに持ち直したものの、

 

 

「なっ……!?」

 

 

その数秒できた隙にインデックスが宙に浮いていた。

 

 

「こっちだ!!」

 

 

そこへ、手近な建物『終油聖堂』の両開きの扉を開け放って、上条当麻が叫んだ。

 

彼の後ろにはオルソラと、

 

 

「全く、起きて早々に不愉快なものを見せてくれましたね。しかも、インデックスさんの目の前で……」

 

 

笑みを消し、珍しく怒りの表情を浮かべている詩歌の姿がいた。

 

その怒りの覇気に、先ほど窒息しかけたシスター達の動きが凍りつく。

 

いくら、耳を潰そうが先ほどのトラウマが脳裏に浮かんできてしまうのだ。

 

詩歌はそのままインデックスを<念動能力>で引き寄せ、ステイルと建宮もすぐさま聖堂の中へ入る。

 

 

「しいか、ありがと……でも、私の<魔滅の声>も、あ、あんな風に耳を潰されちゃ効果が、でな、出ないと思うし」

 

 

耳を潰す光景を思い出したのか、彼女は青い顔で、

 

 

「<強制詠唱>だって一度に一人しか相手にできないよ。流石に何百人もの相手が出す何百通りもの術式へ同時に割り込むのは無理かも……どうしよう」

 

 

「大丈夫ですよ、インデックスさん」

 

 

インデックスを抱きしめていた手が優しくその肩を離れる。

 

……手が離れる時は優しく。

 

そして、優しさは残像を引くように怒りへ代わり、迫りくるシスター達、そして、その背後にいる騎士達を睨みつける。

 

 

「当麻さん、念の為、<幻想殺し>を前に向けておいてください」

 

 

「ああ、あんまり無茶すんじゃねーぞ」

 

 

そして、詩歌は聖堂から一歩前に出る。

 

ステイルが詩歌の無茶を止め―――

 

 

「おい――――」

 

 

「混成、<浅葱>……―――」

 

 

その時、ズバン!! と詩歌の周囲が爆発した。

 

 

 

 

 

ビル屋上

 

 

 

「なっ……まさか、“あれ”まで再現できるというのですか―――!!?」

 

 

ビルの屋上からもそれは見えた。

 

少女の周囲の大気中の水分が凝縮し、彼女の背に殺到する。

 

そしてそれらは、瞬く間に凍りつき巨大な氷の翼を形成していく。

 

10mほどの翼が6つ集まり、少女の背後でバサリと広がる。

 

それはかつて見たあの光景と近似していた。

 

<聖人>である神裂でさえ、その圧力で体を凍らせたあの時のように。

 

 

「にゃー……まさか、詩歌ちゃんにこんな隠し玉が合ったなんて。この土御門さんも吃驚仰天ですたい」

 

 

 

 

 

オルソラ教会 中庭

 

 

 

「混成、<浅葱>………<神の力(ガブリエル)>パターン」

 

 

水と氷を操る<浅葱>色で<神の力>を描き、『天使の術式』の再現。

 

<天使>、ミーシャ=クロイツェフのように巨大でもなく、数も多くはなく、弱体化している贋作にすぎないが――――――それでも十分だった。

 

そして、それは一瞬だった。

 

 

 

轟!!!

 

 

 

詩歌の背後にできた6つの<水翼>が一斉に近くにいたシスターと騎士、計100人近くをぶっ飛ばし、その風圧はその場にいる全員を怯ませた。

 

理不尽なまでに理不尽に。

 

圧倒的なほどに圧倒的に。

 

凄まじいほどに凄まじい。

 

防御など意味もなく、装甲など意味もなく、何人いようが意味を成さない。

 

天災だ。

 

人では抗いきれぬ天災の暴威。

 

それはたったひと振りで砕け散ったが、たったひと振りで戦場を黙らせた。

 

 

「はぁ……はぁ……ちょっと、加減が難しい……少し無理し過ぎましたね。もうこれ以上の<調色板>は止めておきましょう」

 

 

 

 

 

オルソラ教会 終油聖堂

 

 

 

一気に敵戦力を3分の1にまで削り取り、戦況のバランスを立て直した。

 

そして、今の光景はローマ正教だけでなく、聖堂内にいた当麻達も震撼させていた。

 

魔術師にとっては噂や憶測の域を出ない『天使の術式』というものがどんな代物かは知らないが、推測はされている。

 

魔術師ではない当麻も<御使堕し>の際に肌身に染みて思い知っている。

 

そして、今、贋物の絵画を見て、本物の絵画を知るように当麻以外も『天使の術式』というのを思い知った。

 

 

「いや……お嬢。あんた、相当すげぇヤツなのよな。こりゃあ、作戦なんか必要なかったか?」

 

 

建宮が感嘆する。

 

ここまで驚かされたのはおそらく女教皇くらいのものだ。

 

しかし、<調色板>を収納しながら、

 

 

「いえ、これはかなりの集中力を要します。正直、もう一回は無理です。おそらく、彼女達もすぐにその事に気づくでしょう」

 

 

そう今のは切り札。

 

滅多やたらと使う事の出来ない切り札なのだ。

 

あまりにも使い過ぎれば逆に詩歌が倒れてしまう。

 

それに……

 

 

「君は……!」

 

 

そして、ステイルは心底苦い顔をする。

 

上条詩歌が<聖人>に匹敵する戦力の持ち主だとはわかったが、もしこの事を知られれば大勢の魔術師が彼女の身柄を狙って襲ってくるかもしれない。

 

神裂も<聖人>と魔術側では核兵器にも等しいと、評価を受けるが所詮はその程度で、戦場ならとにかく世界を相手取るなんてできない。

 

それでも詩歌は使った。

 

おそらく……あの子を、インデックスを守るために。

 

もし、あのまま詩歌が<偽水翼>を使わなければ、オルソラの解読法をインデックスに教え、彼女の頭の中にある<法の書>を目覚めさせるかもしれなかった。

 

そうなれば、詩歌ではなくインデックスが狙われる羽目になっただろう。

 

 

「心配してくれて、ありがとです。ステイルさん」

 

 

そんなステイルの心情を見抜いた詩歌は自分の両手でステイルの手を優しく包み込みながら、いつもように温かな微笑みを向ける。

 

ステイルは一瞬だけ不意打ちを喰らったように顔を赤くしたが、即座に忌々しそうに舌打ちして打ち消し、唐突に叫ぶ。

 

 

「上条当麻!!」

 

 

「え、俺!?」

 

 

「今以上に強くなれ! 強くならねければ、灰も残さず君の体と心と魂を焼き尽くしてやるからな!!」

 

 

くそっ、と舌打ちしてステイルは背を向けた。

 

当麻とインデックス、オルソラは相変わらずキョトンとし、建宮は複雑な表情で当麻を見ている。

 

当麻はますます首を傾げる。

 

それを断ち切るように、詩歌はパンッ、と手を打ち、

 

 

「さて、そろそろ勝負を決めに行きますか」

 

 

 

つづく


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