とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

114 / 322
法の書編 天草式

法の書編 天草式

 

 

 

パラレルスウィーツパーク

 

 

午後11時35分。

 

月光に照らされる『パラレルスウィーツパーク』内を4つの影が駆け抜ける。

 

 

「全く遅刻です。皆さん、急ぎますよ。まずはオルソラさんの救出です。彼らの説得は後回しです。オルソラさんを確保しといた方が説得しやすいです。それに万が一、推測が外れると大変ですからね。あと、当麻さん、先ほど渡した十字架のネックレスは絶対になくさないでください。これはフリではありませんよ」

 

 

<異能察知>の位置を調整しながら、詩歌は隣にいる当麻に忠告する。

 

 

「ああ、確かオルソラに渡せばいいんだろ」

 

 

「それから、とうま、中に入ったら気を緩めちゃダメだよ? ちゃんと私の後ろに隠れてて、私の言う通りに動かなきゃ危ないんだからね」

 

 

「はっ。何を言ってるんですかこの人は。相手が魔術師なら俺の右手は鉄壁だろ。お前こそきちんと俺の後ろに隠れててアドバイスしてりゃいーんですよ」

 

 

「「……、」」

 

 

当麻とインデックスは意見の不一致によってやや黙り込む。

 

 

「―――そろそろ侵入するんだから、気を引き締めて欲しいんだけどね。本当に」

 

 

会話の輪からステイルが平坦な声で言った瞬間、

 

 

ドン!! と、遠く離れた一般用出入り口の方から爆発が起きた。

 

 

「……、なぁ。あれってホントに陽動か?」

 

 

轟々と燃え上がる火柱を見て、当麻はやや呆然と呟いた。

 

 

「騒ぎも起きない。人払いと刷り込みの魔術を併用しているね、これは。ただ、ローマ正教のクセというか、訛りみたいな特徴が感じられない……、天草式の術式、か。これほどまでの術式を天草式が持っているってのは癪だね」

 

 

ともあれ決戦の火蓋が切られた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

『パラレルスウィーツパーク』。

 

それは無数のお菓子屋さんが立ち並ぶレジャー施設。

 

きっと、食欲少女インデックスならきっとはしゃぐ事に違いない。

 

昼間に来ればきっと楽しい思い出を作れただろう。

 

だが、夜闇に包まれ、幾多の魔術的な罠が仕掛けられたここは間違いなく戦場。

 

気を抜いた者からやられていく。

 

そんな中で4人は30分以内にオルソラ=アクィナスを救出できなければ、あらゆるものを薙ぎ倒すローマ正教一三騎士団の戦闘に巻き込まれてしまう。

 

ふと、遠くから人の怒号や絶叫、何かを壊す音や爆発音が聞こえてくる。

 

どうやら向こうではローマ正教と天草式が激突しているようだ。

 

 

「―――来ます」

 

 

詩歌が言葉を放った瞬間、ガン、という金属音が聞こえた。

 

音がした方―――自分達の頭上を見上げた瞬間、そこに、ジェラート専門店の屋根から飛びかかってきた4人の少年少女が宙を舞っていた。

 

彼らの手には、それぞれ西洋剣らしきものが握られてる。

 

 

「っ!?」

 

 

当麻と詩歌がインデックスの胸を押して突き飛ばし、ステイルが彼女の襟首を掴んで手元に引き寄せた瞬間。

 

 

斬!! と、照り返す月光を残像にして、刃がまっすぐ振り下ろされた。

 

 

ついさっきまでいたインデックスがいた場所へ、雷光のように。

 

少年が3人、少女が1人。

 

全員が当麻や詩歌と同い年くらいだった。

 

服装も奇抜な修道服などではなく、普通に街を歩いているような格好だ。

 

しかし、だからこそ逆に手に握られた西洋剣の禍々しき輝きが強烈な違和感となっている。

 

ステイルは忌々しげな声で、

 

 

「ハンドアンドハーフソード、バスタードソード、ボアスピアソード、ドレスソード。まったく、この国の人間は本当に西洋圏(ぼくたち)の文化がお好きだな!」

 

 

ファンタジー系RPGに出てきそうな名前だと当麻は思った。

 

1m強から2m弱とサイズやデザインもまちまちで、中には何の為のデザインか分からない。

 

先端だけが球根のように膨らんだレイピアのような剣もある。

 

 

(く、そ。ローマ正教の方で全員引き付けられなかったのか!?)

 

 

4人の少年少女は、当麻・詩歌、インデックス・ステイルの間に割って入るように地面に着地している。

 

通路の狭さを考えると、単純に迂回しての合流もできない。

 

ステイルはルーンのカードをばら撒き、炎剣を引き抜く。

 

その時、当麻の眼前にデッキブラシぐらいの長さの細身の両刃剣――ドレスソードの切っ先が天草式の少女によって無言で、轟!! と突き出された。

 

 

「うあ!?」

 

 

当麻は慌てて後ろへ跳んで避けた。

 

 

「当麻さんっ!」

 

 

詩歌が素早く牽制を放ったおかげで、少女はすぐさま引き下がる。

 

だが、その詩歌に今度はバスタードソードを持った少年が仕掛けてくる。

 

 

「危ない、しいか!!」

 

 

インデックスが叫び声をあげる。

 

詩歌はすぐさま行動に移り、攻撃を回避する。

 

だが、

 

 

「インデックス!」

 

 

ステイルがインデックスを守る為に炎剣を構えて立ち塞がるが、刺客の内2人が、まるで体当たりするようにステイルという盾ごとインデックスの華奢な体を剣で貫き通す。

 

 

ドンッ!! という鈍い音。

 

 

「―――……ッ!?」

 

 

目の前の光景に当麻は心臓が止まるかと思ったが、

 

 

「大丈夫です。あれは幻です」

 

 

一滴の血も零れていない。

 

それどころか、体当たりした2人の刺客が、そのままステイルの体をするりとすり抜けた。

 

蜃気楼。

 

ステイルの幻像が、最後に皮肉げに笑ってからゆらりと虚空へ消えた。

 

それは天草式の刺客にではなく、何故だかその先にいる当麻の目を真っ直ぐ射貫いていた。

 

2人の姿はもうどこにもいない。

 

4人の刺客の視線が残る当麻と詩歌へ集中する。

 

 

(ちょ、ま……に、逃げるなら集合場所とか合図とか決めとかねーか普通!?)

 

 

当麻が脳内でステイルへの愚痴を満たしている一方で、

 

 

(陽菜さん並とはいきませんが、なかなかの手練れが4人………)

 

 

詩歌は冷静に、武器を構える位置、足運び、呼吸法、発するオーラなどを見て、戦力分析を行い、そして、

 

 

「当麻さん、迎え撃ちます」

 

 

「いや、逃げた方が良いんじゃねーか」

 

 

2対4で、向こうは全員物騒な武器を持っている。

 

しかも、当麻の<幻想殺し>も、詩歌の<幻想投影>も異能が使われていなければ何の役には立てない。

 

 

「いえ、今はここで時間を稼ぎます。いくらステイルさんでも、インデックスさんを守りながら戦い抜くのは困難です」

 

 

インデックスは魔術の知識は誰にも負けないだろうが、魔術を使う為の魔力がない。

 

それに、か弱そうな外見を見れば分かるが、彼女は肉弾戦など全くできない。

 

さらに、ステイルの魔術は陣取りゲームみたいなものだ。

 

ルーンのカードを貼った場所のみ、強力な魔術が使えるようになる。

 

そんな彼にとって、陣を形成する暇がなく、常に移動しながらの戦いは鬼門だ。

 

つまり、ステイルは言い方は悪いが足手纏い(インデックス)というハンデを負いながら、不利な状況で戦わなければならないのだ。

 

詩歌が逃走ではなく、ここで天草式の刺客と戦闘する事を選択したの、その点を考慮に入れたからだ………けれども、それだけではなく、

 

 

「それに、私を守ってくれるんでしょう、お兄ちゃん?」

 

 

と、当麻の方を見て、にっこりと微笑みかける。

 

そうだ。

 

当麻は詩歌に『どんなことがあろうと絶対に詩歌を守る』と約束した。

 

しかも、つい先ほどにしたばっかりである。

 

つまり……

 

 

「う……わかった。やってやりゃいいんだろ!」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

当麻はやれやれと時計を右拳に巻いて、構えを取る。

 

たとえ、約束がなくても、妹に付き合うのは兄の義務だ。

 

こうなればとことん詩歌と付き合ってやる。

 

詩歌はそれを見て、満足げに頷き、

 

 

「ふふふ、そう言えば、何気に当麻さんと合わせるのは初めてです」

 

 

周囲には、物騒な武器を持った天草式が囲んでいる。

 

一撃でももらえば大怪我を負うに違いない。

 

高鳴る鼓動、駆け巡る血液。

 

 

「いくぞっ!」

 

 

緊張の中、リーダー格の少年が号令をかけ、武器を持った少年少女が一斉に地面を蹴る。

 

 

「来るぞ、詩歌―――!!」

 

 

「はいッ!!」

 

 

右から、左から、正面から、背後から。

 

次々と兄妹に獲物を突きだす。

 

しかし、先ほどのインデックスやステイルのように串刺しにはならない。

 

2人は全く同時に回避し、前方の少女の懐に潜り込む。

 

あまりに無駄のない滑らか過ぎる動き。

 

詩歌の動きに当麻が同調している。

 

少女が反応した時には、すでに詩歌が蹴りを放っていた。

 

 

「―――っは!?」

 

 

鋭い音と共に、彼女の身体が宙に浮く。

 

倒した少女の横には、既に違う天草式の少年が控えていた。

 

蹴りを放ったばかりで隙ができている詩歌に襲いかかる。

 

 

「―――ぐほっ!?」

 

 

だが、詩歌を護るように立ち塞がった当麻が時計で切っ先をずらし、そのまま相手の勢いを利用して殴り飛ばす。

 

体勢を整えた詩歌が、剃刀のように鋭い蹴りで後方の少年を倒し、最後に残った1人も息の合った連携で打ち倒す。

 

一瞬の出来事だった。

 

だが、

 

 

「おい、あそこにいたぞ!」

 

 

その時、前方後方から新たな天草式の刺客が現れる。

 

そして、兄妹を一気に挟み撃ちする。

 

 

(詩歌―――ッ!)   (―――当麻さんッ!)

 

 

言葉は無くても眼だけで通じる。

 

掛け声は無くても互いの呼吸を知っている。

 

当麻と詩歌は互いに真正面に向き合っている。

 

そのせいで、互いの背後に迫る刺客が見えていない。

 

それでも、当麻は、詩歌は、触れ合うより早く右足を大きく踏み込んだ。

 

腕を組む。

 

組んだ腕を支点に、2人はまるで合わせて1つの独楽のように半回転して―――

 

 

「「はぁあああ!!」」

 

 

―――鏡に写したように背中を預けた2人の右足が円を描く。

 

当麻の重い蹴りが成人している男の胴を力任せに蹴り飛ばし、詩歌の鋭い蹴りが小柄な少年の顎先をピンポイントで揺らした。

 

 

「詩歌、大丈夫か……」

 

 

「はい、大丈夫です」

 

 

不思議だ。

 

こうして近くで触れ合っているだけなのに…

 

『海原』やシェリー―――誰かを守る為に戦っているよりも、さらに力が湧いてくる。

 

そして、楽しいとさえ思えるほど余裕が出てくる。

 

詩歌はチェスの駒で言えば縦、横、斜めに縦横無尽に動く事の出来る『クイーン』といえる万能型だが、その本質は補助型だ。

 

合わせて戦うのが得意で、どんな相方でも力を引き伸ばす事ができる。

 

当麻という真っ直ぐにしか行けない『ポーン』を『ルーク』にも、『ビショップ』にも、『ナイト』にも、そして『クイーン』にもプロモーション(昇格)できる。

 

それに全くの即席という訳ではない。

 

夏休みの間、当麻と詩歌は数え切れないほど手合わせをしてきた。

 

知った動き同士、この程度はできて当然。

 

 

「でもですね。心配するのはいいですが、まずは自分の心配からお願いします。それに、私は結構強いんですよ」

 

 

詩歌は巷で天才だと言われているが、稀に見る努力の人でもある。

 

寝る間も惜しみ、たとえ結果がついてこなくても腐ることなく、コツコツと努力を積み重ね、決して立ち止まることはない―――それが、上条詩歌という至高の宝石のような少女、いわば核をなす性質だった。

 

事実、名門常盤台中学の学生、教員問わず、誰もが『完璧』と称賛されるようになったのだ。

 

そして、上条当麻こそが、詩歌から才能以上の実力を引き出した張本人。

 

そう、当麻が詩歌を守りたいと思うのと同様に、詩歌も当麻の力になれるように、不幸に打ち勝てるように、強くなろうとした。

 

数多の『能力開発』をしてきたのも、寮監という人物に弟子入りしたのも、ありとあらゆる知識を求めたのも、その想いが根底にあったからだ。

 

上条兄妹は互いが互いのために力を引き伸ばしてきた。

 

 

「そうだな……」

 

 

全くの正論を受けて、当麻は苦笑いで謝るしかなかった。

 

詩歌も、自分と同じように守りたいと思っている事も知っている。

 

強い事は十分に知っている。

 

それでも、まず最初に自分の身よりも妹の心配してしまうのは兄の性なのか……

 

 

「くっ、貴様ら!」

 

 

しかし、休む暇などなく、まだまだ二重奏は続く。

 

今度は戦斧を持った大柄な男とアーチェリーを持った帽子を被った少年が現れた

 

大柄な男は、帽子を被った少年のアーチェリーの後方支援を受けながら、戦斧を担ぎながら突撃する。

 

速い。

 

重たい斧を担いでいでいるのにイノシシのように突進してくる。

 

左右に避けようにもアーチェリーの矢が待ち構えている。

 

 

「当麻さん!」

 

 

「! わかった!」

 

 

大柄な男はそのまま大きく戦斧を振りかぶる。

 

当麻は詩歌の呼び掛けに応じて彼女の前に飛び出し―――

 

 

「はっ!」

 

「んがっ!?」

 

 

―――その背中を、肩を踏み台代わりに、詩歌を宙へと舞い上がらせた。

 

ついでのように強く頭を踏みつけられて、当麻はうつ伏せに地面に倒れる。

 

瞬間、ゴオッ! と、空を裂きながら横一文字に戦斧が振るわれる。

 

紙一重の差で、倒れた当麻の頭上を重たい刃が過ぎ行く。

 

そして詩歌は、その遥か真上を、メイド服のスカートを羽のように広げて、鳥の如く飛び上がっていた。

 

 

「そこっ!!」

 

 

そして中空で伸身のまま体を捻りながら回転。

 

隠し持っていた銀の食用ナイフとフォークを帽子を被った少年に投擲する。

 

耳に響くのは風切り音。

 

 

「うわぁっ!!」

 

 

それらは全弾、アーチェリーを持つ利き手と弦に命中。

 

武器の無力化に成功する。

 

さらに、

 

 

「っやあ!」

 

 

さらに、落下の勢いを利用して、大男の脳天へ踵落とし。

 

雷の如く強烈な破壊力を持った一撃。

 

だが、ギリギリ、大男は戦斧を寝かして衝撃を殺して受け止める。

 

が……

 

 

「―――がはっ!?」

 

 

下から突き上げたアッパーが炸裂。

 

顎を跳ね上げられ、脳が揺さ振られる。

 

しかも、天草式がオルソラを攫った時と同様に上を見上げていたので、死角からの不意打ちに近い。

 

大男はそのまま後ろ向きにドスン、と倒れる。

 

そして、その一撃を放ったのは詩歌の踏み台となった当麻。

 

そう、今のは上と下から……天高く飛び、身長差を無視した空中踵落とし―――と地を這い、砂塵を舞い上がらせるほど強烈なアッパーとの挟み撃ち。

 

ここまで2人は何も合図を出していないのに熟練した踊りのように連携が取れるのは流石、仲良し兄妹と言うべきか……

 

何にせよ、当麻と詩歌はたった2人で、怪我一つ負わず、武器を持った天草式を7人撃退、1人は無力化され逃亡。

 

ステイル達の時間稼ぎとしては十分だろう。

 

そして、詩歌はくるっと後ろ宙返りして着地。

 

最後に、ちょこんとスカートの端を持って、一礼。

 

 

「ご主人様の動きをきっちりアシスト。これくらいはメイドの必須スキルです」

 

 

「……いつからメイドはこんなに物騒になったんだよ」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「さて、当麻さん。このまま二手に分かれます」

 

 

あれから、もうこれ以上時間稼ぎをする必要がないと判断した2人はこの場から離れた。

 

 

「ダメだ。こんな所で単独行動を起こすのは危険だ」

 

 

1秒も待たず即断で詩歌の提案を当麻は拒否する。

 

しかし、

 

 

「そんな事を言っていられる場合ではありません。今は、一刻も早くオルソラさんを見つけなければなりません。アニェーゼさんが言っていた通り、一三騎士団が投入されれば。この戦局は一瞬で片がつきます」

 

 

今、自分達が最優先ですべきことは『オルソラの救出』。

 

天草式の相手ではないのだ。

 

さっき、天草式の相手をしたのはあくまでステイルとインデックス達のため……

 

もし、時間切れになると天草式よりも厄介な相手と戦わなくてはならなくなる。

 

 

「ふふふ、私は大丈夫です。いざという時は<|調色板(ジョーカー)>を切りますから」

 

 

と、詩歌は安心させるように自信に充ち溢れた笑みを浮かべると、了承も得ずに当麻とは別方向へ疾駆。

 

 

「絶対に無事に戻って来いよ! 怪我なんてしたら承知しねーからな!」

 

 

「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ、当麻さん」

 

 

そうして、互いの健闘を祈りながら2人は左右逆の道へ分かれていった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

インデックスは周囲に気を配りながら、罠の位置を探る。

 

天草式の術式は、偽装が施されており、プロの魔術師でも判別するのが困難。

 

<禁書目録>でさえ、注意深く観察しなければ分からないものばかりなのだ。

 

まだ、十分に分析できていないだけなのかもしれないが、自分と天草式の相性は最悪。

 

天草式の使う術式は、それだけなら何の変哲もなく、派手で特殊で強力な攻撃力を秘めている訳ではない。

 

しかし、彼らはそれを逆手に取る。

 

天草式の基本戦術は一言で言えば『偽装』。

 

魔術の攻撃かと思えば実は単なる手品だったり、手品かと思えば本物の魔術による一撃が襲いかかってくる。

 

さらに、彼らの使う呪文や護符や魔法陣はとにかく特殊で、何気ない『一動作』でコンマ数秒の間に完了させてしまう。

 

武器にできるほど魔術知識には自信があるインデックスも体力には自信がない。

 

結論から言えば、天草式との戦闘ではインデックスは全く役に立てない。

 

だからこうして、戦闘以外で頑張るしかない。

 

 

「……ねぇ、とうまとしいかは大丈夫かな?」

 

 

そんな中、ひっそりと声を潜めつつも近くにいる赤髪の神父に問う。

 

以前は彼の事を<禁書目録>、頭の中にある魔導書の<原典>を狙う魔術師の1人かと思っていたが、実は同僚、自分と同じイギリス清教所属の人間だった。

 

当麻や詩歌と離れた今、この戦場で頼りになる味方と言えば彼しかいない。

 

敵の攻撃を警戒しているので顔は向けてはくれないものの彼、ステイル=マグネスはその問いに返答する。

 

 

「ふん。この程度の連中にやられるようなら期待外れだと言うしかない。……まあ、こうして刺客が僕達を追ってこない所を見るとうまくやったと見るべきだね」

 

 

こちらに気を使われたのか気に喰わないのか、若干、適当な口調には苛立ちの色が見える。

 

しかし、それでも極僅かに信頼の色も見える。

 

自分はプロの魔術師ではあるが彼らの実力を見下している訳ではない。

 

上条当麻は一度自分を打ち負かしているし、上条詩歌は自分でさえも認めるほどの天才。

 

まあ、それでも負けるつもりは微塵もないが。

 

何にせよ、こうして彼女を守りやすくなったのは感謝すべきか……―――と思った瞬間。

 

 

「おやぁ? そこにいんのはイギリス清教の神父様じゃねぇか」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

(くそ、詩歌は無事か? インデックスとステイルは大丈夫か? オルソラはどこにいる?)

 

 

詩歌と別れ、1人になった当麻は仲間を心配したり、今後の行動を考えたりしながら、店と店の隙間に隠れながら進んでいく。

 

幸い、あれから天草式にもシスターにも遭遇していない。

 

だが、インデックスやステイル、それに詩歌……は別方向に行ったから当然か…にも遭遇していない。

 

とりあえず、先を進もうとした瞬間。

 

いきなり真横から何者かに体当たりされた。

 

 

「!?」

 

 

店の壁の陰からの完全な不意打ちだった。

 

バランスが崩れ、転んでしまい、当麻は何者かに押し倒されてしまった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

流行の服を着こなし、二重まぶたがくっきりとしてショートカット、と一見ごく普通の美少女……に見えるが彼女、五和は天草式十字凄教の魔術師で、自分の身長を超える長槍を携えている。

 

彼女がいる場所は、一見、ここは何でもないただの場所、魔術の専門家たちが見ても何もないと判断するような変哲もない所。

 

だが、ここは特殊移動術式<縮図巡礼>の儀式場、『渦』。

 

まだ時間にはなっていないが発動準備は整っており、0時になれば、この戦場から離脱……するつもりだった。

 

 

(迂闊でした……)

 

 

つい先ほど、天草式とローマ正教の戦闘の混乱に乗じて、オルソラ=アクィナスが逃亡。

 

またもや、彼女を逃がしてしまい、このままでは計画が台無しになってしまう。

 

仲間達が捜索に出ているが、ローマ正教との戦闘中でもある為それほど人数を割く事もできない。

 

しかし、自分はここから動く事はできない。

 

捜索にも戦闘にも出れない。

 

何故なら、この<縮図巡礼>の拠点を守らなければならない。

 

分からないよう偽装して儀式場を隠蔽しているがそれでも見つかる可能性は0ではない。

 

なので、天草式の勝利条件を失わない為にもここは死守しなければならないのだ。

 

五和は逸る気持ちを堪えながらも、この場に踏み止まる。

 

……そう言えば、先ほど妙な報告があった。

 

シスターではない、ツンツン頭の少年とメイド服を着た少女が戦場に現れ、見事な連携で浦上、香焼、野母崎、牛深達……が悉く打ち倒された。

 

しかも、倒した後に止めを刺すどころか、武器さえも没収せずにすぐに逃亡。

 

ローマ正教の人間ではないだろう。

 

一三騎士団が応援に駆け付けているのは知っていたが…彼らは何者? 一体何の目的?

 

と、疑問に思ったその時、

 

 

「ありゃりゃ、先ほど倒した天草式の方のお力を借りて、『渦』―――<縮図巡礼>のポイントに来たんですが……どうやら、天草式に出くわしてしまいましたか」

 

 

メイド服を着た少女が現れた。

 

 

「………」

 

 

目が奪われた。

 

メイド服、という奇抜な恰好もそうだが、今、目の前にいる少女の女性でさえも見惚れる美貌に。

 

歳はおそらく自分と同じか年下くらい。

 

腰まで届く煌めやかな柳髪に、透きとおるような白い肌、それとは対照的な夜の闇に似た漆黒の双眸、その奥に見える日輪のような輝き。

 

まるで、温かさと冷たさが同居した凍れる太陽のようだ。

 

 

「あのー、お尋ねしたい事があるんですがそちらにオルソラさんはいらっしゃいますか?」

 

 

その声に、ハッ! と武器を身構える。

 

オルソラ=アクィナスを捜していると言う事は彼女はおそらく敵。

 

しかも、ツンツン頭の少年がおらず1人しかいないようだが、メイド服を着ていると言う事は先ほど仲間を倒した実力者。

 

現に彼女が左手に持っている小太刀のは仲間のもの……

 

それに、彼女は『<縮図巡礼>のポイントに来た』と言っていた事からここが『渦』の儀式場であるとバレている。

 

絶対に逃がす訳にはいかない。

 

五和はその問いには答えず、沈黙。

 

長槍を両手に持ち、その切っ先を少女へ向ける。

 

 

「まあ、そう来ますよね。……オルソラさんの事以外にも聞きたい事がありますし、仕方ありません。時間もないので、一気に片付けさせてもらいます」

 

 

それを見ても少女は全く臆さず、ふぅ と短く溜息を吐く。

 

そして、腰のあたりで柳髪を纏めていた髪飾りを、頭頂部につけ直し、ポニーテールにし、小太刀を拳銃のように腰に据えて構えて、言った。

 

 

 

「『天草式十字凄教、女教皇―――」

 

 

 

そう、天草式なら誰もが知っているその者の名前を、

 

 

 

 

 

「―――“神裂火織”と申します』」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

(―――女教皇(プリエステス)ッ!?)

 

 

その様は、自分の記憶の中にある女教皇とよく似ており、声色なんて本人と識別できないほどだ。

 

 

――――だが、あくまで似ているだけ。

 

 

どこかで女教皇と会った事があるのかもしれないが、自分達が良く知っている女教皇の太刀捌きは同じ天草式でさえも真似できない。

 

それに報告通りなら、おそらく、彼女の本来の戦い方は武器ではなく無手。

 

海軍用船上槍(フリウリスピア)を主体とする戦法を取る自分に対抗する為に小太刀を取ったのだろうが圧倒的に熟練度に差がある。

 

そう素手の方がマシだ。

 

こんな不慣れな戦法で来るなんて舐めているとしか言いようがない。

 

しかも隠しているのかもしれないが、殺気や敵意といった威圧感がほとんどない。

 

そう、侮辱している。

 

彼女は知らないようだが、自分達、天草式は女教皇と――――する為に女教皇の戦い方を隅から隅まで熟知している。

 

だから、彼女がそう来るつもりなら自分は難なく打ち倒せるのだ。

 

せめて、命懸けで戦う相手として、本気を出した彼女と戦ってみたかったが、こうまでされてはさっさと終わらせるしかない。

 

怒り半分と呆れ半分といった様子で、若干やる気がそがれたまま彼女の前へ少しずつ近づく。

 

 

「……」

 

 

それを見て、彼女も鞘から小太刀を抜き放ち半身で構えを取る。

 

後になって振り返れば、この時に疑問に思っておくべきだったのだろう。

 

ただ形だけを真似した素人の構え……

 

しかし、よく注意深く観察してみなければわからないが、小太刀を構える彼女の姿が、妙に様になっている事を。

 

だが――――

 

 

「―――『行きます』」

 

 

女教皇を模した彼女の合図を耳にした途端、五和の世界は大きな驚きで満たされていた。

 

 

「―――ッ!?」

 

 

眼前に迫り来る小太刀。

 

それは形だけ似ている素人の一撃とは掛け離れた鋭さを持って喉に迫り、五和は咄嗟に上体を捩る事で間一髪回避していた。

 

 

「『隙だらけです!』」

 

 

「―――くッ!」

 

 

だが、小太刀の一撃はそれだけに留まらない。

 

一閃、二閃、三閃。

 

喉と心臓と腹の三段突き。

 

一息に放たれる必殺の一撃を、五和はどうにか槍で弾く。

 

その三撃全てが異常に重く、まともに衝撃を殺せなかった五和の手から感覚を奪っていく。

 

 

(―――な、何故?)

 

 

何故、一瞬でここまで追い込まれている?

 

何故、明らかに形だけの素人臭い動きをした人間に押されている?

 

判らない。

 

唯一つ判っている事は、『このままでは負ける』という事実。

 

五和には残念な事だが、今対峙しているメイド――上条詩歌は元々武器に関する心得は習得していた。

 

鬼塚陽菜との試合で掴み取った刀剣類の技術に、<妹達>の記憶から得た銃火器の経験。

 

そう、単なる見よう見真似の素人ではないのだ。

 

特に、神裂火織の本気を見取った刀の扱いは――――

 

 

「う、そ……」

 

 

ゾン! と、一瞬で身も心も凍りつかせるような重圧。

 

さらに、

 

 

「『遅いっ!』」

 

 

今の彼女の構えは―――天草式の―――女教皇の―――最終奥義!?

 

そう、彼女の後ろに女教皇が幻視できるくらい構えから、呼吸法、細かな仕草まで投影されている。

 

 

 

「―――『<唯閃>』」

 

 

 

五和の戦闘本能が、それが危険、槍では受け止められないと察知。

 

急いで体勢を整え、攻撃範囲から逃れようと大きく後ろに下がり、そして―――

 

 

「―――なっ!?」

 

 

きっと、その時の五和の顔は驚愕に染まっていた。

 

文字通り眼前に迫り来る小太刀の鞘。

 

大きく距離を離した筈なのに何故、これが迫り来るのか。

 

一瞬戸惑うが、それが投擲された物だと理解すると同時。

 

 

「くっ、この!!」

 

 

五和は手にした海軍用船上槍を振るい、空を走る鞘に納められた小太刀を叩き落した。

 

だが、その刹那―――

 

 

「私の勝ちです……」

 

 

自分の懐まで踏み込んだ彼女は、元の声色で、抑揚の無い声でそう告げる。

 

詩歌は<唯閃>を模した居合い抜きではなく、手にした小太刀を鞘に収めたまま投擲すると同時、疾風の如く駆け出していた。

 

そうして一瞬で間合いを詰め、槍使いである五和の間合いの更に内へと侵入していた。

 

それはあまりにも一瞬で、そしてあまりにも見事な手際だった。

 

 

「――――っ」

 

 

そして、首筋に感じた異常に冷たい声。

 

その声に、五和は漸く事態を理解していた。

 

自分達が尊敬してやまない女教皇の幻想に、自分は騙されていた、と。

 

 

『天草式十字凄教、女教皇―――“神裂火織”と申します』

 

 

最初の物真似から彼女は仕組んでいた。

 

彼女は素人ではない。

 

だが、最初の物真似が印象的すぎて、つい、天草式の“誰とも比べられない”ほどの腕前を持つ女教皇と“比べてしまった”が故に、彼女の腕前を素人だと見誤ってしまった。

 

そう、最初の戯言のせいで<唯閃>が来ると思い込まされた。

 

全ては彼女の背後に女教皇を見たせいで……

 

天草式お得意の『偽装』のお株を奪うほど見事な戦術。

 

だから、今、自分の敗北が確定した。

 

彼女が最も得意としている無手への警戒心が一瞬とはいえ頭から消え去ってしまったのだから……

 

 

「きゃ―――」

 

 

一瞬の隙を突き、海軍用船上槍を払い飛ばし、五和の体幹にかかる荷重を引き込むと、バランスを崩して、右手一本で地面に叩きつけられた。

 

数瞬、意識が飛ぶ。

 

その間に詩歌はエプロンドレスから―――

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

意識が回復する。

 

が、体は動かない。

 

そう、見えないナニカに拘束されている。

 

見えないナニカ。

 

見えない―――壁ではなく。

 

見えない―――杭ではなく。

 

それは、見えない『糸』だった。

 

きらきらと。

 

月の光を浴びて、反射する事で初めて目視で来た。

 

頼りないほど細い。

 

しかし、途轍もなく強靭。

 

五和の動きを完全に拘束できるほど強靭だった。

 

それは、<偽歩く教会>を縫製した時の防刃・防弾・対圧繊維のあまり。

 

 

「こ、これは…<七閃>……!?」

 

 

この一瞬で相手を抑える鋼糸捌き。

 

まさか! と思いきや、

 

 

「ふふふ、エリートメイドは裁縫のエキスパートでなければ務まりません。丈夫な糸と針さえあればこの程度できて当然です」

 

 

裁縫………いや、いくらなんでもそれはない。

 

そんなことは繚乱家政婦女学院では教えていません。

 

もし、当麻がいれば『どんだけだよ』とツッコミを入れるだろう。

 

何にせよ、標本のように五和は地面に縫い止められてしまい、武器である海軍用船上槍も今彼女の手でバトンのように回っている。

 

このままでは止めを刺されてしまう、と思ったのだが、

 

 

「どうやら、オルソラさんはここにいないようですね。まあ、どうせ当麻さんが見つけているでしょう……本当、当麻さんのフラグ体質に信頼を寄せる日が来ようとは……」

 

 

何故かいきなり戦闘の最中に呆れ果ててしまう。

 

……でも、その呆れた笑みは―――悪い人のもの―――ではない気がする。

 

<縮図巡礼>の儀式場もちらりと中を見ただけで何もしようとはしないし、自分に止めを刺そうともしない。

 

そもそも最初から敵意が全くないのだ。

 

本当に彼女はただ助けに来ただけなのか……と、呆気にとられた五和の両目を真正面に見据え、

 

 

「さて、できれば、天草式の指揮を執っている方が良かったのですが、時は一刻も争い、人手もなるべく欲しい。個人で『渦』の警護を任されていると言う事はあなたはそれなりに信頼を得ている方だと思います。拘束している状態で悪いとは思いますが、そんなあなたに聞きたい事というか、確認したい事があります―――」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「……、ありゃ?」

 

 

完全なる不意打ちを喰らい、敵にマウントを取られた……と、当麻は思ったのだが…おかしい。

 

黒いフードに黒い修道服、この暑いのに手の先から足の先までピッチリと肌の露出を抑えたシスターさんは、両手を後ろへ回されて右手で左肘を、左手で右ひじを掴んだ状態で真っ白なガムテープで腕をグルグル巻きにされていた。

 

口にも同じテープが貼り付けてあった。

 

よく見ると布のようなもので、しかもうっすらと崩れた漢字みたいな不気味な文字がびっしりと書き込んである。

 

なんというか、誰がどう見てもオルソラ=アクィナスだった。

 

ぺたん、と当麻は安堵のあまり、全身から力が抜けるのが良く分かった。

 

 

「むぐー。むがむぐむむぐむーむーむぐぐむむぐむまむむむぐーむーむーむー」

 

 

得体の知れないお札っぽいものに口を塞がれたオルソラは当麻の顔を見て必死の形相で何かを伝えようとした。

 

 

「え? せっかく日本に来たんだから本場スモウレスラーを見てみたいって? あのな、日本人全員が相撲なんてやってるはずがないだろ。お前はホントにあばーちゃんだな」

 

 

「むぐーっ!!」

 

 

「あれ? ちょ、ま、冗談だっ―――ッ!?」

 

 

怒られた。

 

当麻が弁解する前にかなり本気の頭突きが鳩尾に直撃。

 

当麻とオルソラは一緒に地面に倒れ込む。

 

最初はただむせ返っていただけの当麻だったが、ふと自分の手に何か柔らかいものが当たっている事に気付いた。

 

これは、間違いない。

 

オルソラは気付いていないようだが、それは彼女の温かい鼓動を伝えてくる大きな胸だ。

 

 

(ぶっ! ぶがぁ!?)

 

 

当麻は顔を真っ赤にしながらオルソラの下から這い出る。

 

……良かった。

 

あの時、二手に分かれておいて良かった。

 

もしこのセクハラを見られてしまったら、天草式やローマ正教ではなく、妹にぶち殺されるところだった。

 

具体的には『玉天崩』の三連撃で、<神撲騎士>の騎士でもないのに“撲滅”される。

 

と、当麻はもう一度改めて、ほっと安堵しながら、オルソラの口を塞ぐお札らしきものを右手の人差指でなぞった。

 

間接とはいえ唇に触られたオルソラはびっくりした顔になったが、直後にお札らしきものが自然に剥がれたのを見てその10倍ぐらい驚いていた。

 

 

「あ、あの。あなた様はバス停でお会いした方でございますよね。でも、何で……」

 

 

「お前を助けるために来たからに決まってんだろ! それから事情も察している。とにかく、詩歌達と合流しねーと!」

 

 

当麻はあちこち見回しながら携帯を取り出す。

 

オルソラはややポカンと、当麻に対してではなく、独り言のように口の中で呟く。

 

 

「え、え? あの、本当に……私を、助けに? <法の書>などとは関係、なく……?」

 

 

「んな小っせぇ事情なんかどうだって良いだろうがッ! っつかテメェは俺が古本一冊のためにこんなとこまでやってくるような物好きに見えんのか!?」

 

 

当麻が頭を掻き毟って叫ぶと、オルソラはビクッと肩を震わせた。

 

 

「は、はぁ。えと、あの、……それはそれはお世話様でございました」

 

 

「……、まぁ。別にお礼なんていらねぇけど。っつかテメェはこんなトコで何やってんだ? 他の天草式とかはどうしたんだよ?」

 

 

「ろ、ローマ正教と天草式がぶつかっているようなのでございますよ。私は混乱に乗じて何とか抜け出す事ができたのでございますけど……それにしても、天草式はこういった拘束・監禁には慣れていないのでございましょうか」

 

 

当麻は彼女の後ろへ回って腕の封も破壊する。

 

オルソラは拘束されていた自分の両手をさすりながら、

 

 

「あ、ありがとうございます。でも、あら? これは、どうやって……?」

 

 

「んー? そういう能力持ってるだけなんだけど……ややこしくなるから変な質問はしない方が良いかもなぁ……―――っと送信完了」

 

 

と、当麻は携帯を仕舞うとすぐさま天草式、そして、シスターたちにも気をつけながら店の隙間を駆け抜け、移動する。

 

 

 

 

 

 

 

そして、しばらくして誰にも見つからないような死角に辿り着くと腰を落ち着け、腕時計で時間を確認。

 

 

「んー、と今は11時48分ちょい過ぎ、か……―――ん? どうした?」

 

 

オルソラが当麻の左手首……ではなく、左手首についている腕時計に注目している。

 

どうやら、囚われの身から逃亡し、安住の地を見つけた事で周りを見る余裕が出てきたようだ。

 

 

「いえ。最初に見た時から思ってましたが、その腕時計……中々の代物でございますね。誰かからの贈り物でございますか?」

 

 

時刻ではなく、時計自体に興味があるらしい。

 

装飾が少なくシンプルなデザインではあるが、よく観察すれば針や金属製のベルトなどパーツの一つ一つが精巧で芸術品のような輝きがある。

 

アクセサリーの類に興味がない当麻でも、時計は気に入っているし、色々と大変お世話になっている。

 

 

「まあ、これは妹から貰った。というか、妹が造った時計で、確か名前が…バイカ…ウツギ? だっけ? なんか花の名前らしいんだが……ん? 知ってるのか?」

 

 

オルソラはビカァァ! と後光が見えるような笑みを浮かべる。

 

 

「まあ、それはそれは兄想いの大変素晴らしい妹さんを―――」

 

 

と、そこでいきなり何かに気付いたように言葉を詰まらせ、

 

 

「あの、あなた様はローマ正教と何か関係があるのでございましょうか」

 

 

不思議そうにオルソラは問い掛ける。

 

 

「安心しろ。俺の詩歌も色々あってイギリス清教に知り合いが……な―――あ」

 

 

当麻は慌ててズボンを探り、詩歌から絶対にオルソラに渡せ、と言われた十字架を取り出す。

 

ただの十字架で、もう右手で触れてしまっているので、既に何の役にも立たないだろう。

 

だが、それを見た時、ビクリ、とオルソラの肩が動いた。

 

 

「それは。イギリス清教のものでございましょうか?」

 

 

十字架と言っても、ラテン十字、ケルト十字、マルタ十字、アンデレ十字、司教十字、教皇十字、と様々な種類があり、教会に所属している修道女なら一目で形で見分けられる。

 

 

「ああ、これはさっき言ったイギリス清教の知り合いから預かった正真正銘イギリス清教の十字架で、『オルソラ(おまえ)に渡すように』と言われている」

 

 

オルソラはそれを聞いた時、思わず歓喜の声をあげそうになった。

 

今のオルソラにとって、その十字架は地獄を脱出する為のチケットと言っても良い。

 

それが、手渡されるなんて……

 

握手するように当麻の手を掴み、さらにもう片方の手で包むようにして、

 

 

「1つだけ、お願いがあるのでございます」

 

 

「え、な……何だよ?」

 

 

不覚にも、予想以上に柔らかい感触に当麻の声が裏返りそうになる。

 

 

「あなた様の手で私の首にその十字架をかけてもらえないでございましょうか?」

 

 

「は? まぁ、構わねえけど」

 

 

当麻が答えると、オルソラはネックレスをかけやすくするために瞳を閉じて顎を上げた。

 

何だかキスでも求められているような錯覚がして当麻は慌てて視線を落とす。

 

と、目線の下では、ただでさえ大きな膨らみが顎を挙げて胸が反らされた事でさらに強調されていた。

 

ぶがぁっ!? と当麻は吹き出しそうになる。

 

 

「? どうしたのでございましょう?」

 

 

「い、いや……何でもないです! いや、本当に!」

 

 

「?」

 

 

目を閉じたまま不思議がるオルソラに、当麻は焦りながらネックレスの鎖部分の連結部を外して、オルソラの白い布で覆われた喉に巻きつける。

 

やってから、彼女の後ろへ回れば良かったと当麻は思った。

 

前からこれをやると両腕を回して抱き着こうとしているように見えて一気に緊張する。

 

彼女の首の後ろに指先が当たる。

 

カチカチと何度か手が震えた後、ようやく鎖の連結部分を繋げる事ができた。

 

オルソラは何かに満足するように、胸元にある十字架を何度か指で撫でた。

 

当麻が何気なく彼女の指の動きを追うと、妹に負けず劣らずの大きな膨らみに目が吸い寄せられているのに気付いて慌てて逸らす。

 

一度意識し出すと駄目になりそうだった。

 

 

「そういえば、お前って<法の書>の読み方が分かるんだっけか?」

 

 

「読み方と言いますか、暗号の解読方法でございますけど……」

 

 

のんびりとした後に、彼女はハッとしたように身を固くした。

 

 

「あー、違う違う。解読法を教えて欲しいってんじゃなくて、どうしてお前は<法の書>なんて調べようとしたんだろうなって思ってさ。あれって結構危ない本なんだろ?」

 

 

オルソラはしばらく当麻の顔を眺めていたが、やがてゆるりと力を抜いて、

 

 

「力が欲しかったから、と言う事で間違いはないのでございますが」

 

 

オルソラはゆっくりと頭を振って、

 

 

「あなた様は、魔導書の<原典>というものをご在知でございましょうか。また、<原典>はどんな方法を使ってでも破壊できないという話は」

 

 

「ん。ああ、人づてだけど一応な。何だっけ、魔導書の文字とか文節とか文章とか、魔法陣みたいになっちまってるんだっけ?」

 

 

「はい、<原典>クラスともなれば人の魔力などなくとも、地脈や龍脈などから僅かに漂う力を増幅して、半永久的に活動を続ける自己防衛魔法陣を形成してしまうのでございます」

 

 

オルソラは僅かに何か考える様子を見せた後、

 

 

「今の技術では、こうなった魔導書を処分するのは不可能でございましょうよ。せいぜい封をして、だれにも読めないようにする事ぐらいしか」

 

 

ですが、とオルソラは続けて、

 

 

「あくまで『今の技術では』なのでございます。<原典>が一種の魔法陣であるのなら、魔法陣を崩すように一定の配置で文字や文節を付け足す事で、レバーを操って汽車のレールを切り替えるが如く、魔法陣の機能そのものを逆手に取る事もできるはず―――つまり、<原典>を自爆させることも可能なはずでございましょう」

 

 

そして最後に、彼女はキッパリと言う。

 

 

「魔導書の力なんて、誰も幸せにしないのでございますよ。それを巡って争いしか生まなかったのでございましょうね。ですから私は、ああいった魔導書を壊す為にその仕組みを調べてみたかったのでございます」

 

 

当麻は改めてオルソラの顔を見た。

 

<法の書>を使う為ではなく<法の書>を壊す為に解読法を編み出したのだ。

 

当麻はその事に、ほんの僅かに安堵した時、

 

 

「外部協力者の方ですね。オルソラ=アクィナスの救出ご苦労様です。彼女の身柄を預かりに参上しました」

 

 

「―――え?」

 

 

真っ黒な修道服に身を包んだシスターが現れた。

 

 

 

つづく


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。