とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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法の書編 縮図巡礼

法の書編 縮図巡礼

 

 

 

海辺

 

 

 

人工物に固められた海岸は、ようやく陽が落ちて夜を迎えていた。海水浴場から数百m離れ、高さ10m近い絶壁を形成しているテトラポッドが積み上げられた海岸。

 

完全に陽が沈んだ夜の海から『手』が現れた。

 

いや、『手』というよりは『手甲』。

 

銀色に光る重たい手甲の指が、テトラポットを掴む。

 

そのまま海面を割って、テトラポッドの上に乗り上がったのは、西洋の全身鎧だった。

 

全体が鋼鉄に覆われ、肌が見える所は皆無なため、人間味に欠けているように見える。

 

最初の1人が上陸を果たすと、それを真似るように次々と20人もの『騎士』達が同じように上陸していく。

 

その鎧に刻まれていた文字は全て同じだった。

 

 

連合王国(United Kingdom)

 

 

それは、イギリスという国家を一言で示す記号。

 

彼らはイギリスからこの日本まで泳いで来た。

 

もちろん、鎧を着たまま力任せに泳いで来た訳ではない。

 

聖フレイズの伝承を骨組みとした海流操作魔術――簡単に言うと3日で地球を一周出来るほどの高速潜行を可能とする術式――は鎧に付随した霊装的な機能ではなく、あくまで騎士達1人、1人が己の肉体で発動したものだ。

 

昔の施術鎧は、魔力を通す事で装着者の運動性能を20倍にする機能もあったそうだが、現在、騎士の装備する鎧にはそういった霊装機能は一切ない。

 

何故なら騎士自体の運動性能があまりに高すぎる。

 

なので、騎士達にとって霊装の追加効果は邪魔でしかない。

 

『霊装が生み出す効果以上の剛腕で暴れ回る』騎士達は、自分のパワーで、鎧を破壊してしまう危険性があるからだ。

 

彼らは、ただの騎士団と呼ばれていた。

 

7年前までは<先槍騎士団(1st_Lancer)>や、<量斧騎士団(5th_Axer)>、<鉄杖騎士団(7th_Macer)>といったアーサー王の円卓の騎士を元にした十三の各騎士団が特出した個性を持っていたが、現在では各個人があらゆるスキルを身につけるために団を統一した。

 

その理由にはイギリスという国が抱える事情と騎士団の設立目的がある。

 

現在、英国は三つ巴の複雑な命令系統によって機能している。

 

 

英国女王(クイーンレグナント)>、及び掌握する議会を含めた『王室派』。

 

騎士団長(ナイトリーダー)>、及び指揮する騎士を含めた『騎士派』。

 

最大主教(アークビショップ)>、及び利導する信徒を含めた『清教派』。

 

 

彼らの力関係は以下の通り、

 

 

『王室派』は『王家の命令(インストラクション)』として『騎士派』を制御して、

 

『騎士派』は『国政の道具(コンビニエントツール)』として『清教派』を利用して、

 

『清教派』は『教会の助言(アドバイス)』として『王室派』を操作する。

 

 

これこそ、三者の内の一つでも議題に納得が出来なければ、遠回りのルートを通ってやってくる凄まじい抗議によって足止めされるように設定された極限美の三角形だ。

 

しかし、英国が『世界で最も複雑な十字教文化』と呼ばれるには更なる理由も含まれる。

 

『英国』とは、『イングランド』、『北部アイルランド』、『スコットランド』、『ウェールズ』という四文化の連合王国。

 

なので、同じ『清教派』の人間でもイングランド系とウェールズ系のメンバーは仲が悪かったり、『清教派』と『騎士派』でも同じスコットランド系のメンバーの間でパイプが出来るのも珍しくはない。

 

かつて、暗号解読専門官シェリー=クロムウェルが同じイギリス清教に牙を剥いたのは個人的な動機の他にもこうした後ろ盾がある。

 

三派閥四文化。

 

これこそが、イギリスを複雑化させている原因だった。

 

その中で『騎士派』の使命はこの複雑な国家を空中分解させない事にある。

 

だからこそ、彼ら騎士たちは予てより納得していなかった。

 

イギリス清教――『清教派』が自分達『騎士派』と同じ力を身につけてしまった事に。

 

元々イギリス清教は、世界最大の宗教勢力であるローマ正教に対抗するために、イギリスの政治の道具として作られたものである。

 

だが、現状では王室と騎士の関係に清教派の命令系統が食い込まれており、騎士達にとって、道具として作られたものから色々と命令されるのは納得出来る訳がない。

 

現に騎士たちは<騎士団長>や<英国女王>こそが主であるとして、イギリス清教の<最大主教>の命令には手を抜くばかりか、ひどい時は突っぱねたりもする。

 

今回の勅命である『法の書とオルソラ=アクィナスの救出戦の援護』についても、彼らが出した結論はシンプルだった。

 

 

天草式十字凄教の皆殺し。

 

 

騎士団にしてみれば、<最大主教>の指示に命を懸ける義理もなければ、ローマ正教や天草式との宗教倫理関係なども考える必要もない。

 

天草式などが滅びようが、痛くも痒くもないし、イギリスの国益にも何の影響もない。

 

殺すのは容易い。

 

自分達の手腕――十字軍遠征の時に数万、数十万の敵を葬った古の騎士団――<神僕騎士(マーダークルセイダーズ)>から語り継がれた極技の数々の前では、極東の島国の一派など、一日もかからず破壊できる。

 

人質となっている修道女、オルソラ=アクィナスの生死など知った事ではない。

 

<法の書>など<禁書目録>が中身を保管しているのだから問題はない。

 

ローマ正教が騒ぐだろうが、それを抑える雑用は<最大主教>の仕事だ。

 

『十字教の教えに反する国ではない』を証明する道具を働かせればいい。

 

<最大主教>は元・天草式のトップだった神裂火織の動向に気をつけろと忠告してたが、騎士たちは気にも留めなかった。

 

天草式を皆殺しにした事で怒り狂った神裂が襲いかかってこようが、逆に血祭りに上げてやれば良いだけの事………だった、のに。

 

それらは全てはたった3秒で狂ってしまった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

騎士達が海面を割ってテトラポットの上へと乗り上げたというならば、彼女はテトラポットをしたから突き破って現れた。

 

彼女は一瞬でテトラポットごと騎士達を真上に吹き飛ばし、空中で身動きの取れない21人の騎士達へと丁寧に鞘による一撃を加えただけ。

 

ただし、極端に速く。

 

もしこの様子を傍から見たら、爆心地を中心とした見えざる嵐が巻き起こっているようにしか映らないだろう。

 

その人の領域を超えた動きを見せた彼女は全ての騎士を薙ぎ払うと静かにテトラポットの上に着地。

 

後ろで束ねた長い黒髪、しなやかな筋肉を覆う白い肌、絞った半袖のTシャツに、片足だけ強引に断ち切ったジーンズとウェスタンブーツ、腰に巻いた革ベルトには2mを超える日本刀<七天七刀>が収められている。

 

神裂火織。

 

それが騎士団の計画をたった3秒で狂わせた者の名。

 

 

「加減はしたつもりです。この程度なら死者が出る事はないでしょう。そちらが頑丈な装備で身を固めていたので、こちらとしてもやりやすくて助かります」

 

 

神裂は<天使>と渡り合った<聖人>。

 

如何に屈強な騎士とはいえ太刀打ちできない程、強さの次元が違う。

 

 

「き、さま……」

 

 

静かな声を侮辱と受け取って、騎士は立ち上がろうとする。

 

が、体の芯を完全に揺さぶられ、指先を動かすのが精一杯だった。

 

だからこそ、騎士は唯一自由の利く口を必死で動かす。

 

 

「分かって、いるのか。貴様が今、攻撃したのは一体誰なのかを。貴様が今、牙を剥いたのは三つの約と四つの地を束ねた連合国家そのものだぞ」

 

 

「私もその一員です。ローマ正教やロシア成教など他宗派ではなく、同じイギリス清教内のトラブルなら上の御方がどうとでもしてくれる事でしょう……、と」

 

 

声を放った騎士が気を失っている事に気付いて、神裂は言葉を切った。

 

 

「海へ落としてしまった方もいましたが……まぁ、潜水術式はまだ解除されていなかったようですし、溺死の心配はないでしょう」

 

 

神裂は一度だけ暗い海面に目をやってポツリと呟いたが、

 

 

 

「そーんな心配そうな目で言われても迫力に欠けるぜい?」

 

 

 

「!?」

 

 

聞き慣れた声に、神裂は初めて動揺を浮かべて振り返った。

 

短い金髪をツンツンに尖らせて、青いサングラスを付けた、アロハシャツにハーフパンツの少年が立っている。

 

土御門元春。

 

彼の立っている場所を見て神裂は驚いた。

 

元々彼女の鋭敏な感覚は人の気配を逃さない……はずなのに、ほんの10m先にいる土御門を見ても、まだ気配が感じられない。

 

 

「私を止めに来ましたか」

 

 

刀の柄へと手を伸ばす神裂に、しかしサングラスの奥の瞳は笑ったまま、

 

 

「やめよーぜい。神裂火織。テメェじゃオレには勝てねぇよ」

 

 

これだけの状況を前に緊張も見せず、武器も持たず、構えすら行わない。

 

 

「テメェはどんなに強くても人を殺せない。そして能力者のオレは、戦う為に魔術を使っただけで死にかねない。さて、この勝負。勝とうが負けようがどの道オレは死んじまうんだが、カミカゼボーイ土御門さんを殺して先へ進む覚悟はできてんのかよ? あァ?」

 

 

神裂は奥歯を噛み締める。

 

彼女は人を殺さないために術式を操り戦う人間だ。

 

そんな彼女に戦えば死ぬなんて、最悪の相手。

 

刀の柄に触れる指がカチカチと震える。

 

逆に、土御門にとって、こういった戦いの場に甘さを持ち込む相手はやりやすい。

 

と、土御門は一転して子供のように無邪気な笑みに切り替え、

 

 

「別に睨まんでもいいぜよ。オレはねーちん個人を止めるようには言われてない。ねーちんが問題を起こしそうな事柄に先回りして排除しろとは言われてるけど。それに、こっちにはこっちの仕事があるんだぜい」

 

 

「仕事……ですか?」

 

 

「そ。ローマ正教と天草式がドンパチやっている隙に、その横から<法の書>の<原典>を掠め取って来いっつーありがたい命令ぜよ」

 

 

神裂の目が僅かに細くなる。

 

 

「それは、イギリス清教と学園都市、どちらの命令ですか?」

 

 

「さあってね。ま、常識で考えればすぐに分かると思うぜい。普通に考えて、魔導書を欲しているのは魔術世界と科学世界、どっちでしょーかー? ってか、俺がどっちのスパイなのかを考えりゃすぐに分かるわな」

 

 

土御門の言葉に、神裂は黙り込んだ。

 

両者の間に流れる熱帯夜の風すら凍りつきそうな、恐るべき空気が周囲を支配する。

 

空白の数秒が過ぎ、先に視線を外したのは神裂だった。

 

 

「……私はもう行きます。上へ報告したければどうぞご自由に」

 

 

「そうかい。あー、のびてる連中は回収しとくぜい。警察に拾われても面倒だし」

 

 

「恩に着ます」

 

 

律義に頭を下げる神裂に向かって、土御門は一言、

 

 

「んでさ、結局ねーちんはイギリスから遠路はるばる何しに来たんだにゃー?」

 

 

神裂は頭を下げたまま、ピタリと止まった。

 

たっぷりと10秒も掛けてから、彼女はようやく頭を上げる。

 

 

「さあ―――」

 

 

彼女は言う。

 

怒ってるような、今にも泣き出しそうな、それでいて無機質な笑みを浮かべ、

 

 

「―――本当に、何がしたいんでしょうかね。私は」

 

 

 

 

 

薄明座跡地

 

 

 

ローマ正教のシスター、オルソラ=アクィナスが下水道に潜んでいた天草式に攫われてから数分後、ローマ正教のシスター達が天草式がオルソラを連れ去った時に切り取った正三角形の穴から戻って来る。

 

どうやら、追跡は諦めたらしい。

 

それに合わせるかのように、頭のてっぺんから足の爪先まで全身を銀の鎧で身を包んだ一団が到着。

 

彼らは英国の『騎士団』を模したとされるローマ正教一三騎士団、『ランスロット』が率いる戦闘部隊。

 

英国の『騎士団』と同じように全員が施術鎧と西洋剣、それから、天弓を装備している。

 

さらに『ランスロット』、ビットリオ=ガセラには<グレゴリオの聖歌隊>―――かつて、三沢塾で当麻達が苦しめられた<偽グレゴリオ聖歌隊>のオリジナル、3333人の聖呪を集めて実行する大規模術式の執行権限が与えられている。

 

で、こちらが装備しているのは……

 

 

 

 

 

 

 

「ポケットを叩くと♪ ビスケットが1つ♪ ………」

 

 

「さっすが、しいかなんだよ!! どんな時でも糖分補給は重要だって、テレビの人が言ってたかも」

 

 

「……お前、これほどのビスケット、どこに隠してんた?」

 

 

「はぁー、やれやれだ」

 

 

と、そんな集団を遠目で見ながら、当麻、詩歌、インデックス、ステイルはのんびりと詩歌が持ってきた非常食のビスケットでお茶していた。

 

一体どこに道具を持ち歩いているのか不思議に思うが、この程度はメイドのたしなみである(あと今年の後輩に、甲賀の忍びがいて、『能力開発』に付き合う際、彼女から色々と学んだ(盗んだ)と聞き、当麻はますます常盤台中学に『あそこはお嬢様養成所じゃないの?』と疑念をますます深めている)

 

と、向こうでローマ正教の方々が忙しそうだが、当麻は外国語が話せないし、ステイルやインデックスはイギリス清教の人間である為、余計な口を挟むとかえって混乱する危険性がある。

 

当麻と違い向こうの会話に参加できるが詩歌も一応、科学側の人間であるため大人しくしている。

 

とりあえず、今はステイルから今回の<法の書>とその解読者、オルソラ=アクィナスを巡る一件の説明を受けていた。

 

 

「―――という訳なんだが理解したかい?」

 

 

ステイルは説明が終わると、煙草に火をつける。

 

 

「ああ、事情は大体飲み込めたけどさ。ローマ正教の人達にまかせっぱなしじゃ俺たちここにいる意味がないんじゃないの」

 

 

「……いや。そろそろ僕達の増援も到着してなくちゃならない頃なんだけどね。何をやっているんだ、ウチの『騎士団』の連中は」

 

 

ステイルは苦そうに煙草の煙を吐いて、

 

 

「それから、この件には僕達の力が必須だよ。いや、正確に言うなら彼女の力だけどね」

 

 

彼女の、というのはインデックスの事だろう。

 

 

「事は魔導書絡み。それも<法の書>の<原典>ときた」

 

 

<法の書>に関してはインデックスが簡単にまとめて話してくれた。

 

<法の書>とは世界の誰にも解読できない暗号で書かれた魔導書で、そこに書かれている“天使の術式”はあまりに強大過ぎて使えば十字教の支配が終わる、とも言われている。

 

誰一人解読できるものがいないので、あくまで内容は推測にすぎないのだが、それを書いたのがエドワード=アレクサンダー、またの名はクロウリーである事から黒だと断定されている

 

彼は、その実力は新約聖書に登場してもおかしくないレベルの『伝説級の魔術師』。

 

活躍したのはおよそ70年ほど前だが、その70年で数千年を超える魔術の歴史は塗り替えられてしまったと言っても過言ではないらしい。

 

だが、一言で言えば最悪の人間であったとも記録されており、ある魔術実験では守護天使エイワスと接触する器として共に世界旅行に出かけていた妻の体を使っていたり、娘のリリスが死んだ時も顔色一つ変えずにmagikの理論構築を行っていたと言われている。

 

しかもその実験では娘と同い年ぐらいの少女達を犠牲にしていたようだ。

 

しかし、それらの功績として、天界や魔界などの『層の異なる重なった世界』の新定義を見出し、それまでの魔術様式を一新した。現在の魔術師の5割近くが彼の何らかの影響を受けていると言われる。

 

そんな彼が自分の道に迷う時には<法の書>の書物占いに従っていた。

 

つまり、<法の書>とは世界最高の魔術師の分岐点を―――近代西洋魔術史全体の舵を取っていたとされる魔導書である。

 

そして、その解読方法を編み出したのがオルソラ=アクィナス。

 

しかし、今、彼女は天草式十字凄教(<御使堕し>の一件で協力した神裂が所属していた組織)に攫われ、<法の書>もおそらく天草式に渡っていると推測されている。

 

 

「つか、そんなにヤバイ本だって分かってんなら何で処分しないんだ? 本なんて燃やしちまえば良いじゃねーか」

 

 

「魔導書は燃えない本なの。特に<原典>クラスになると、魔導書に記された文字、文節、文章そのものが魔術的な記号と化して、地脈や龍脈から漏れる僅かな力を動力源(パワーソース)にした自動制御の魔法陣みたいになっちゃうの。だから精々、封印するのが手一杯なんだよ」

 

 

インデックスは曖昧に笑ってから、

 

 

「でも、私が自分の記憶を手繰って<原典>の写本を書いてもそういう風にはならないんだけどね」

 

 

「『自動制御の魔法陣』を起動するには、やはり微弱でも人の魔力がいるのさ。永久機関(エンジン)を回す為のスターターとなる、“執筆者本人の魔力”がね。魔導書を書く魔術師のほとんどは自分でも気付かない内に文字情報と共に魔力をページに刻みつけてしまう。それは筆記用具や画材を問わず起きてしまうので分かっていても避けられないんだ。だけど、彼女はそもそも生命力を練って魔力を作る力がないから問題はないのさ。『魔導図書館』の管理人としては打ってつけだろう? ……何者かの作為があるのが気に喰わないけどね」

 

 

「ふうん。そうなのか、インデックス」

 

 

「え、あう? すたーたー? えんじんって何?」

 

 

補足説明してもらったインデックスが一番困った顔になっていた。

 

折角、(やや嬉しそうに)ステイルが説明してくれたというのに……

 

ともかく。

 

 

「誰にも解読できない、ねぇ。インデックスでも無理なのか」

 

 

「無理だよ。一応やってみたけど、あれは普通の暗号とは違うっぽいかも」

 

 

インデックスにも解けない……となると、あのぼけぼけシスターのオルソラは結構すごい奴なのか……あ、そういえば、

 

 

「なあ、詩歌も無理そうなのか?」

 

 

何か考え事をしていたのか、珍しく大人しくしていた妹に問い掛ける。

 

詩歌の<幻想投影>は触れただけで相手の力を投影する力。

 

能力、魔術、と異能なら何でも使える万能の使い手の詩歌なら<原典>も解読できるのではないのか。

 

ステイルとインデックスも気になるのか、詩歌に視線を集中させる。

 

と、少しだけ詩歌は人差し指で眉間を抑えて、考える。

 

 

「ん~、私の<幻想投影>も当麻さんの<幻想殺し>と同じで許容範囲がありますからね。世界を終わらせる力を解読するなんて……まあ、やってみなければ分かりませんが」

 

 

実物に触らなければ分からない――つまりはやってみないと分からない。

 

流石の詩歌もその問いの答えられない。

 

だが……当麻は知っている。

 

彼女が<天使>の力を飲み込んだ。

 

そして、その時振るった莫大な<天使>の力の脅威を。

 

もし、あれを詩歌以外の人間が、自分の目的の為に何でもするような『魔術師』に渡ったら?

 

知識は力でもあり、道具で、それが無害有害幸不幸かは、その使い手次第。

 

当麻は己の右手を見る。

 

賢妹が『本』に愛されるというのなら、愚兄のそれは『本』に憎まれる。

 

コインの裏表のように愛憎の両極。

 

あの時、詩歌の中を巣食う<天使>を殺した<幻想殺し>。

 

インデックスは、魔導書の<原典>には自動制御の魔法陣が敷かれているので、燃やす事ができないと言ったが、この右手を使えば、そこに宿る<幻想殺し>を使えば、もしかしたら……

 

 

(最悪だ。最初は大した用事じゃないと思っていたし、ついさっきまで攫われたオルソラを助けだせば後はどうとでもなると考えていたが……これじゃあ、途中で降りる事はできそうにねーじゃねぇか!)

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

説明が終わった後、ちょうどアニェーゼが当麻達の元へと歩いてきた。

 

当麻はインデックスよりも年下のこの少女に内心ちょっとたじろいだ。

 

どうも魔術側の人間には年功序列が通じず、実力主義であるのはイギリス清教やロシア成教の不思議シスターを見れば何となく分かる(まぁ、ミーシャは外観だけたったが)。

 

それに、さっきまで直接何十人、通信で何百人もの人間に、さらには強面の騎士団達にも何やら外国語で格好良さそうに指示を出していた人物。

 

が、彼には『偉そうな人』という所より『外国語』の部分が問題だった。

 

はっきり言って当麻は英語の成績がよろしくない。

 

今の彼の心理状態を一文で記すと『外国語ができない時の対処法=話しかけられたら魂の高速ボディランゲージしかないッ!!』。

 

もしくは、

 

 

「(おい、詩歌。もしもの時は通訳を頼む)」

 

 

『兄の尊厳を一切無視して妹に頼るッ!!』である。

 

先ほどから大人しい(おそらく、オルソラが攫われたのを悔やんでいるのだろうか?)詩歌の肩をこっそり叩いて小言でお願いする。

 

 

「(やれやれですね)」

 

 

と、人差し指で頬を掻く、『少し大人しくしていてください』というブロックサインで了解と答える。

 

よし、これで異文化コミュニケーションの準備は万全だ。

 

 

「あ、え、っと。こ、これから状況の説明を始めちまいたいんですのでだけどそちらの準備は整っていますですでござりますか」

 

 

「……、」

 

 

強烈な日本語だった。

 

何だよそれは、と当麻は思う。

 

いくら個性と言ってもそれはないだろう。

 

インデックスやステイルでさえましな日本語で喋っているというのに。

 

その上、彼女は顔を真っ赤にしてあたふたしていた。

 

高さ30cmもの厚底サンダルを履いている足もふらふらしている。

 

なるほど、外国人に対するファーストトークの緊張は万国共通だったのか、と当麻が妙に納得して心の中でちょっと頷いたりしていると、続けてアニェーゼは、

 

 

「ど、どうも本場の日本人の方に自分の拙い日本語を話すのは、き、緊張してしまって。あ、他の言語は使えますか。アバル語とかベルベル語とか、お互いの文化圏とは離れてるトコが好ましいんですけど」

 

 

超早口で言った。

 

インデックスが『落ち着け落ち着け深呼吸しろ』みたいな内容の事を外国語で言ったり、ふと横を見るとステイルが暗い顔をして俯いていて、『いや、僕の知り合いにも奇妙な日本語を使う人がいてね』と誰も求めていないのに説明をした。

 

そして、詩歌はというと、

 

 

「………」

 

 

何故か……押し黙っていた。

 

 

(あれ……? 詩歌って、こういうの結構面倒見の良い奴じゃなかったっけ?)

 

 

詩歌もアニェーゼを何か励ましたりとかすると思っていたのだが、ただじっと見ているだけだった。

 

いつも通りに微笑んではいるのだが、目が……どこか……水面の奥を、一番底を覗き見るような目でアニェーゼを見ている。

 

当麻にしか気づけないくらい、いつもと同じように微笑みながら……と、当麻が詩歌に気を取られている内に、アニェーゼはその平坦な胸に手を当てて何回か深呼吸する。

 

そうやって、無理に混乱を押し留め、

 

 

「いや、すみません。では改めて、こっからの今の状況と、今後の我々の行動についてお話しするとしまひゃあ!?」

 

 

言葉が終わる前に、ふらつく足もお構いなしで無理に背を伸ばし続けたアニェーゼは後ろへバランスを大きく崩した。

 

 

『わっ、わっ!』と宙を泳ぐ手を―――

 

 

 

「アニェーゼさん!」

 

 

 

――――咄嗟に前に出た詩歌ががっしりとキャッチした。

 

 

そのまま手を掴まれた詩歌も一緒になって地面に倒れるかと思われたが、その前に体を入れ替えて、両手でアニェーゼを胸に抱え込むように倒れ込んだ。

 

 

「詩歌っ!」 「しいかっ!」

 

 

当麻とインデックスが慌てて駆け寄る。

 

 

「大丈夫ですよ」

 

 

と、詩歌は2人に微笑みかける。

 

割と派手に転んだように見えたが、柔らかく受け身も取っていたので、服は汚れたものの大した怪我もしていないようだ。

 

そして、詩歌は2人に向けていた微笑みを胸元で固まっているアニェーゼに向ける。

 

 

「大丈夫ですか? どこか痛い所はございませんか?」

 

 

そう言いながら、優しくアニェーゼの頭を撫でる。

 

労わりながら、慈しみながら、温かく包み込む。

 

アニェーゼは目を瞑りながら、詩歌の声と心音を聞いていた。

 

体の力が抜けて、先程までガチガチに固まっていた緊張が和らいでいく。

 

そう、泣いている赤ん坊が母に抱かれて落ち着くように……

 

 

「……………………ままァ………………」

 

 

その呟きは胸の内から漏れでたように、小さく、自分にさえも聞こえない程小さいものだった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「た、助けていただいて、ありがとうございます。わ、私、どうも緊張すると体のバランスがおかしくなっちまうようで……」

 

 

「いえいえ~、アニェーゼさんみたいな可愛い子に怪我がなくて良かったです」

 

 

少しだけ名残惜しそうに、アニェーゼは高さ30cmもある厚底サンダルを履いた足で器用に立ち上がるのを確認すると、詩歌も立ち上がろうと上半身を起こし、

 

 

「ほら、手を貸してやるから、さっさと起きろ」

 

 

と、ステイルが手を差し出す。

 

英国紳士としての振る舞いなのだろうが、

 

 

「……チッ////」

 

 

と、照れているのか顔を赤らめて視線を逸らしてしまう。

 

普段、14歳とは思えない程、成熟しているように見えるが女性に対する扱いはまだ未熟。

 

年相応の思春期らしく苦手。

 

自分の大きい手と違って、詩歌の小さく柔らかくすべすべで心地良肌触りの手を握るだけで胸が高鳴る。

 

 

「ふふふ、ありがとうございます、ステイルさん」

 

 

そして、目が奪われる。

 

そう、見る者の全身の血管を震わせ何もかも揺らさずにはいられない彼女の聖母のような反則的な微笑み――――

 

 

「……おい……いつまで詩歌の手を握ってんだ」

 

 

――――と、後ろで、こちらを全身の血管が圧縮するような猛獣のようにギラついた目で睨みつけている兄の形相に。

 

カミやん病……それはフラグを立てた異性を虜にする不治の病。

 

その根絶に立ち上がる1人の男。

 

彼の治療方は、もう1人の治療法と同じように相手の目を(メンチを斬るように)見ながら(肉体言語での)会話で優しく(ではなく強引に)別の方向へ誘導する(――その幻想をぶち殺すッ!!)。

 

 

「はぁ~、やっぱりとうまはどうしようもないほどシスコンなんだよ」

 

 

 

閑話休題

 

 

 

あれから、アニェーゼは落ち着きを取り戻し(約1名は肝を冷やし)説明を再開する。

 

 

「ええ、では今から<法の書>、オルソラ=アクィナス、及び天草式の動向と、我々の今後の行動について説明しちまいたいと思います」

 

 

しかし再び転ぶのが怖いのか、アニェーゼは少し甘えるように詩歌のメイド服の端を握っている。

 

 

「現状、『オルソラ=アクィナス』は確実に天草式の手にあります。<法の書>の方も十中八九間違いないでしょう。今回の件で出張っている天草式の数は、推定でおよそ50人弱。下水道を利用して移動してるみたいなんですが、今は地上へ上がちまってる可能性もあんですよ」

 

 

「つまり、何にも分かっていないという事ですか?」

 

 

アニェーゼに寄り掛かられた詩歌が優しく微笑みかけながら問いかける。

 

 

「はい。我々はそこに残存している魔力を痕跡から天草式の動向を追っていますが、これが上手くいきやしません。流石は隠密性特化型宗派・天草式十字凄教ってトコですかね」

 

 

アニェーゼはふらふらと揺れながら、正三角形に切り抜かれた地面の方を指差す。

 

 

「並行して別動体に辺りへ包囲網を敷かせてますが、こっちの方が早くヒットしそうです」

 

 

「包囲網って……どれぐらいの規模なんだ?」

 

 

と、当麻は首を傾げる。

 

インデックスがアニェーゼをじーっと見ているのは気にしない事にしておく。

 

 

「ここを中心として、半径10kmってトコです。132の道路と43の下水道、その程度の規模ならまかなえるぐらいの味方はいると考えちまって構いません」

 

 

アニェーゼは詩歌に抱きつくようにして、

 

 

「何にせよ、<法の書>及びオルソラを本拠地へ連れ込むつもりなら包囲網のどっかに触れますよ。情報では、天草式の本拠地は九州地方にあるらしいってな所までは掴んでんです。……らしい、ってのが気に喰わないんですが。もっともヤツらが包囲網を抜けず、この場でオルソラに解読法を吐かせるってんなら話は変わっちまいますが」

 

 

「それはないだろうね。当のオルソラにしても、読心系の魔術に対抗する知識ぐらいは頭に用意してあるだろう。かと言って、力づくでやるには環境が悪い」

 

 

と、ステイルは煙草の煙を吐いて、

 

 

「腰を落ち着けるには、この場には敵が多すぎる」

 

 

オルソラを捕まえたとしても、そこから相手の脳――情報を壊さぬ拷問、解読法の入手、<法の書>の解読版の作成、これらは一日程度で終わるような仕事量ではない。

 

魔女狩りのお得意な<必要悪の教会>の一員が拷問の例をあげると、

 

自殺を防ぎ的確に心の壁を破って情報を引き出すなら相手に直接触れない『徒労系(ロングラン)』や『安眠妨害系(スペシャルスペーシー)』の拷問がベスト。

 

だが、一日二日の徹夜では拷問と呼べるようなものではなく、120時間以上一睡もさせないで、初めて心が壊れ始める風にできてるので、一週間は必要である。

 

そう、淡々と話すステイルの言葉に、当麻はゾッとした。

 

魔女狩り・宗教裁判に特化した専門家の言葉もそうだが、その専門家の目から見て、オルソラを連れ去った連中はそれができると言っているのだ。

 

 

「ステイルさん、後でその話を詳しく教えてもらっても良いですか?」

 

 

詩歌の言葉に当麻はゾゾッとした。

 

お仕置きに特化した専門家が、さらなる拷問の知識を吸収し、パワーアップしようとしているのか!?

 

 

「ま、マイシスター!? 一体なんでそんな物騒な話を聞きたがるんでせう?」

 

 

「? まあ色々と気になって……」

 

 

「ほ、本当でございましょうか……? 当麻さん、物理的にはとにかく精神的はちょっと……」

 

 

「ああ、それから今後のためにも、ね? ふふふ、頑張ってくださいね、と・う・ま・さ・ん」

 

 

それだけを聞けば、新婚夫婦が新居に家財道具を購入しようとする際、ちょっと気の早い愛嫁が子供用品を揃えようとする微笑ましい場面を想像させる………が、内容はそんな甘ったるいものではない。

 

あの根性漢さえも一撃だけでノックダウンした禁じ手、対男性の貫通クリティカル大ダメージの『玉天崩』でさえも超危険指定にして封印したいのに、これ以上、精神的なお仕置きまで強化するのは是非やめて欲しい!

 

じゃないと、死んじゃうから!

 

と、それはさておき、アニェーゼの話からすれば、天草式十字凄教は50人近くまとまって活躍しているらしい。

 

しかし、当麻はどこかが引っ掛かる。

 

天草式―――『救われぬ者に救いの手を』、を信念に持つ神裂火織は元々そこのトップで、大切な部下を守る為に組織を抜けた事を。

 

彼女がそこまでして守りたかった人達というのは、私欲のためにこんな事件を起こしてしまうような、その程度の人間なのか?

 

 

(いや……)

 

 

それとも、変わってしまったのだろうか。

 

神裂がいなくなってから、彼女が守ろうとしていた人達は。

 

 

「どうしたんですか、当麻さん?」

 

 

詩歌がこちらを心配そうに覗きこむ。

 

そういえば、詩歌は今回の件、天草式について、どう思っているのだろうか?

 

 

「……何でもねぇよ。で、俺達はこれから何すりゃいいんだ? 天草式の連中は、じきに包囲網のどこかに接触するんだったよな」

 

 

「あ、は、はい」

 

 

アニェーゼはまだ少し緊張しているらしく、ほとんど詩歌の胸に頬ずりするような格好で、

 

 

「基本的には後方支援に回ってもらいます。……可能性は低いんですがね、<法の書>が使われちまう恐れもあるんで。魔導書の専門家にはそちらに当たってもらった方が良いかと」

 

 

「ふん! それはどうかな。天草式は“隠れる事”、“逃げる事”に特化した集団なんだよ」

 

 

と、インデックスがアニェーゼの逆側の詩歌の胸に飛び込む。

 

 

「今回の件が計画的なら天草式も対策を練って来てるはずだよ。しいか、地図が出るピコピコ貸して!」

 

 

「はいはい」

 

 

インデックスのピコピコが携帯のGPSの事だと察し、詩歌はインデックスに自分の携帯電話を手渡したが、機械音痴のインデックスには難しいので横から操作する。

 

 

(……つーか、お前ら詩歌から離れろよ)

 

 

器用に携帯を操作しているようだが、今、詩歌はアニェーゼとインデックスの2人に両側から抱きしめられている。

 

RFOでも同じような光景を見てきたが、詩歌は母性本能が強いのか、幼い子供達が磁石のようにくっ付いてくる。

 

きっと、あの子達は素直に甘えられる存在がいないのだろう。

 

それと同じようにアニェーゼとインデックスも……

 

 

(まあ、詩歌も嬉しそうにしてるからいいか……もし、男だったらぶち殺してたが)

 

 

「日本国内限定の術式なんだけど。一瞬で遠方に移動できる方法があるの」

 

 

インデックスの言葉にアニェーゼは息がつまったような顔をする。

 

 

「特殊移動法<縮図巡礼>。簡単に言えば、日本中に特殊な『渦』が47か所あってその間を自由に行き来できる『地図の魔術』。これを使えば大人数でも気付かれずに包囲網が突破できるはずだよ」

 

 

『大日本沿海興地全図』に仕掛けられた『偶像の理論』を用いた移動術式<縮図巡礼>。

 

『偶像の理論』とは、神や天使の力を上手に利用するための基盤となる知識。

 

具体的な内容は姿や役割が似ているもの同士は互いに影響しあい、性質・状態・能力などとしても似てくるという魔術理論。

 

例えば『神の子』の処刑に使われた十字架に良く似たレプリカを教会の屋根に取り付けば、それがなんの神秘も持っていなくても、本物の力は宿る。

 

もっとも、この理論には限界があり、レプリカに宿るのはオリジナルの0.000000000001%未満であって、レプリカの中では最高級と言われている『聖なる飼い葉桶』でも数%しか無理。

 

それでも本物の1%でも十二使徒クラスに匹敵する。

 

そして、『偶像の理論』というのは、逆流して『偶像』のレプリカによって『本物』のオリジナルの方が変質、影響する事もある。

 

これは、もしかすると<幻想投影>の同調、干渉、共鳴も『偶像の理論』が関係しているのかもしれない。

 

さて、伊能忠敬はこの『偶像の理論』を逆手に取って、本来存在するはずがないモノ――空間を瞬時に移動するための出入り口を『大日本沿海輿地全図』へ書き込む事で、日本列島には存在しないはずの『渦』を47ヶ所も作り上げた。

 

と言っても、日本地図に落書きした事が現実になる訳ではない。

 

オリジナルに影響を与える方のレプリカに変更を加えすぎると、魔術的な狂いが生じて、レプリカが偶像として機能しなくなる。

 

だから『偶像の理論』は決して万能ではない。

 

元の『像』を歪めると理論そのものが適用出来なくなってしまう。

 

それでも、伊能忠敬は明らかに狂ったものを付けたしておきながら、『偶像』の黄金比を少しも歪めなかった。

 

あんな事が出来たのは魔術史上でも彼だけである。

 

もし、彼が天使像を作っていれば、本当に<天使>を操る事もできるかもしれなかった。

 

そして、現在、伊能忠敬が作った『大日本沿海輿地全図』は『シーボルト事件』の時に、伊能忠敬と非公式ではあるが接触した天草式が所持していると思われている。

 

つまり、天草式は<縮図巡礼>――日本中の『渦』の場所を瞬時に移動出来る魔術を使えば包囲網の突破は可能。

 

しかも、今の所、『渦』は23ヶ所しか見つかってない。

 

さらに、『渦』を特定できても、天草式の本拠地は身内しか知られていない。

 

先ほどアニェーゼが、九州にある、と言っていたがそれが本当なのかも定かではない。。

 

 

「……ってか、そんな重要な情報なんでもっと早く言ってくれないんですかっ! 『渦』を使って飛ばれたらもう終わりだ! 何をのんびりしてんですか!?」

 

 

「急ぐ必要がないからだよ」

 

 

インデックスがサラリと言うと、アニェーゼは再びポカンとした顔になった。

 

 

「『大日本沿海興地全図』――江戸時代に最初に作られた“正確”な地図は夜空の星を利用して実測された地図なの。だから<縮図巡礼>を使うには“星の動き”が大きく影響してくる。ようするに決まった時間じゃないと使えないんだよ。使用制限解除は日付変更線直後だから……」

 

 

インデックスは長い銀髪を揺らして夜空を見上げ、

 

 

「うん、まだ4時間半ぐらい余裕があるよ。……もちろん、未だ明かされない他の『渦』がある可能性は捨てられないけどね」

 

 

インデックスは自信満々に言いきった。

 

こういう場面ではインデックスの右に出る者はいないのかもしれない。

 

 

「この包囲網の中で使える『渦』は一か所だけだね」

 

 

そして、インデックスは詩歌の携帯に映る地図に、その白くて細い人差し指の先で、一点を示す。

 

 

「ここだよ」

 

 

 

つづく


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