神さまの言うとおり 〜踊らされる悪魔達〜 【完結】 作:兵太郎
「靖人、まだ家にいるのか?」
下から聞こえてくる父親の声に、明石靖人は弱々しい声で返事をする。
「なんか調子悪い……頭とか痛いし、今日学校休む……」
「何!?大丈夫か靖人!?病院だ!病院に「頭に響くから大声やめて……」あ、すまん」
「今日は1日横になっとくから、父さん学校に連絡しといてくれない?」
非番の父親にそう言うと、明石は自室のベッドに横になった。
(本当に……終わったのか?)
今現在、明石の頭の中にあるのはその事だった。
今朝起きたらいきなり、これまでの記憶が蘇ってきた。数々の試練、死んでいく仲間達、消える世界……それらを思い出した明石は嘔吐した。
その後携帯で日にちを確認する。確かに悪夢が始まった『あの日』に戻っている。それを確認した明石は、怖くなって学校に行く気になれなかった。
もし学校に行って、ダルマの試練が始まったらどうしよう?
もし、自分が助かって他の皆が死んだらどうしよう?
それが怖かった。
そして何よりも、青山とまた生き別れになるのが怖かった。ケンカ別れしたあの日の後悔は、今も胸に残っている。その心のもやが、明石を動かすのを止めていた。
外からトラックの音が聞こえる。何台か一緒に来ているようで、ただでさえ大きなエンジンの音が近所に響き渡っている。
「おい、靖人。まだ起きてるか?」
下から父親が声をかけてくる。返事をすると、父はこう言った。
「前の家の人、今日から住み始めるらしいぞ。ちょうど良いから、挨拶にはお前も行っておいた方が良いぞ」
明石は父親が何を言ってるのか、最初はわからなかった。前の世界では明石家の前は広い空き地だった。どうやらこの世界では、そこに誰かが越してくるらしい。
窓を開けると、中々に立派な家が立っていた。横幅が明石家の2倍くらいはある。空き地を丸ごと敷地にしたようだ。引っ越し業者のトラックがその家の前に数台止まり、荷物を家の中に運んでいる。大きなピアノや学習机など、中々に大荷物で業者の男どもも大変そうだ。
そのトラックの横に、3人の女性の後ろ姿が見えた。3人とも長い黒髪を腰下まで下げているが、1人はボサボサ、1人は天然パーマ、1人はまっすぐとよく見ると全然違う。
そんな事を考えながらその3人をなんとなく眺めていると、不意にそのうちの1人……もっとも身長の高い天然パーマが振り返った。
彼女……いや、彼と目が合う。明石は、その顔を見て驚愕し、そして破顔した--
〜〜〜〜〜〜〜
『サンクス、レディースアンドサノバヴィッチ!!スィーユーネクスト!!』
腕を大きく掲げると、
今日は月に1度のライム・ライブの日だ。学校を休んでまで一生懸命に準備してきたこのライブが今の所成功している事を、袖裏から聞く観客の盛況から光圀は察した。
帰ってくるこちらに手を出す仲間達。その1人1人にハイタッチしていく光圀。仲間達は次々に光圀を称賛する。
「光圀!今日のお前、マジで輝いてたぜ!」「次の奴とか、『この後出たくねー!!』なんて泣き言言ってたしよ!」「今日のお前マジで神だった……いや、あのパフォはむしろ悪魔的だわ!!」「思わず見つめちまった……メチャクチャ熱くなって寒さとか全然感じねーわ。観客も同じだと思う」
「マジで?そんなに良かったかヨ!」
光圀は仲間の1人に持たせておいたレコーダーを受け取り、自分のライムを聴く。確かに前よりも相当良くなってる、などと光圀は自画自賛した。
「このマイカフォンのおかげかな……そろそろ5年くらい経つしな!」
「九十九神とかついてたりして!」
「5年でつくかよメーン!」
爆笑する仲間達。光圀も笑う。マイカフォンに付いている紅いポーンの駒も、その動きに連れられ揺れていた--
〜〜〜〜〜〜〜
「……?」
安千夏は寝ぼけ眼を擦りながら、手探りを続ける。いつも枕から半径20cm以内にあるはずのゲーム機が見当たらないのだ。
目覚まし変わりにゲームを2ステージほどクリアするのが安千夏の日課なのだが、肝心のゲーム機が全く見つからない。だんだんと意識がハッキリしてきた千夏は、メガネをかけてゲーム機を探す。
それは部屋の窓に立てかけられていた。ゲーム機を手に取るついでにカーテンを開ける。冬の寒さを緩和するような柔らかな陽射しが部屋に入り込んでくる。雲ひとつない快晴のようだ。
久しぶりに清々しい窓の外を良く見ようと、千夏は窓の桟に手をかける。すると、何かが手に触れた。
千夏はそれを一瞥した後、摘まみ上げる。それは紅いポーンの駒だった。
「チェスの駒?直し忘れてたかな……」
一時期ボードゲームにはまっていた彼女は、将棋やオセロなどがしまってあるところに駒を置く。そして少し眺めた後、指でその頭を優しく撫でた。
「あったかいな……」
ふと顔が綻んでいるのに気づいた千夏は、頰を叩いてポーカーフェイスに直す。その後紅いポーンの駒をもう1度取り出すと、再び窓の桟に置いた--