神さまの言うとおり 〜踊らされる悪魔達〜 【完結】   作:兵太郎

168 / 171
出会いと別れ

 

--トントン、とノックをする音が聞こえる。両親が亡くなってからもずっと世話をしてくれる家政婦だ。それ以外に、この部屋をノックする人間がいないことを彼は知っていた。

「何?」

小さな声で短く答える。すると家政婦は驚くことを言った。

「海様、ご学友が来られていますよ」

原海(はら かい)はその言葉に目を見開く。高校で虐められていた彼に助けてくれるような友人はいなかった。いじめっ子達が今度は家にまで訪れたのか、と原海は怯える。家政婦に今日は会う気分ではないと伝えたが、その声は震えていた。

 

しかし、次の日。また『友達』はやってきた。原海にはそれが怖くて、その日も会うことができなかった。

 

そして3日目。3度やってきた『友達』に、遂に原海の方が折れた。家政婦に『友達』を部屋に連れてくるよう告げた原海は、動悸を抑えきれない。

(誰が……何のために……僕なんかと……)

頭を抱える原海。その部屋の扉がノックされ、彼は思わず飛び上がった。

 

「ハラカイ、いるかー?」

ドアの向こうから聞こえるのは、知らない声。野太い音と口調から考えて明らかに男だが、原海を虐めていた者達とは違う声だった。

ドアがゆっくりと開いていく。そこにいたのは筋肉質で大柄な、エリンギのような髪型をした男。自分が通っていた高校の制服に身を包んだその男を、しかし原海は見た事がなかった。

「お、あんたがハラカイ?やっぱデケェなぁ!」

言って男は原海のお腹をポンと叩く。少し痛いが、殴られるほどじゃなかった。原海は勇気を出してエリンギ男に言う。

「き、君は誰……ですか?」

その言葉にエリンギ男はハッとして頰をかく。自己紹介をしてないのに気づいたのだろう。

「俺の名は凛平。間凛平(はざま りんぺい)。アメフトやってんだ、よろしく!」

差し伸べられた手を、原海は恐る恐る握り返す。ガッシリとした感覚に、この手で殴られたら痛そうだとマイナス方向に捉えてしまった。

「今日は……なんでここに?」

原海は凛平に聞く。すると、凛平は少し渋い顔になる。

「さっき俺がアメフトやってるって言ったじゃん?それでセイフティのやつが……あ、ポジションの名前な。それが怪我しちまってしばらく出られないんだわ。うちは部員がギリギリでさ、人が足りないんだよな。それでさ……」

 

凛平の原海を握る手が強くなる!凛平は原海と真正面から目を合わせ、告げる!

 

「ハラカイ!俺達とアメフトやらねぇか!?」

「ライ!?」

 

驚愕と手の痛みにおかしな顔になる原海。それを見て凛平は慌てて手を離した。

「ハラカイのガタイの良さならきっといい選手になれると思うんだよ!絶対強くなれる!全国狙えっから!やらないか!」

まくし立てる凛平に原海は目を回す。思考がやっと追いついて来た。

 

(アメフトとか痛そうだし、きつそう……やりたくない……でも、こんなデッカい人の言うこと聞かなかったら、もっとマズイことになりそう……)

 

思わず「はい」と言ってしまいかけた口を、頭に浮かんだ言葉が押し留めた。

 

 

ーー1番好きな自分を魅せろ!誇れる自分はどれなんや!--

 

 

「……ゴメン。僕はやらない。運動とか、苦手だし。人とぶつかるのとか、怖いし……」

その言葉を聞いて、凛平の眉が下がり、首が落ちる。原海は今からどうなるのかと震える。

数秒して、凛平の首が上がり。

 

「……やっぱダメだよな!ゴメンな、急に勧誘したりして!」

凛平は言いながら立ち上がる。その顔には苦笑がこびり付いているものの、怒りは感じない。

「もうすぐ昼休み終わるし、俺そろそろ行くわ!もしアメフトに興味が出たら、いつでも来てくれよな!じゃっ!!」

 

凛平は片手を振ると部屋を出ていく。あまりにも急で原海は止めることも何もできなかった。呆然とした空気が充満した部屋の中に、家政婦が入ってくる。

「ご友人との会合はいかがだったでしょうか?」

 

原海はゆっくり口を開いて言う。

「楽しかった……」

 

〜〜〜〜〜〜〜

 

「ばっちゃん……」

 

福満重里(ふくみつ しげさと)は、祖母の痩せ細った手を握る。熱がだんだんと失われているのを、彼は感じていた。

 

祖母が倒れて1日。彼女が目を開く事は無い。心臓の鼓動は確実に弱まっている。医者が言うには、今夜が山だそうだ。

すでに時間は夜の11時を回っている。父は火葬場の準備を、母は親戚との話し合いをするために部屋を出ており、病室には看護師と医者、そして福満が残っていた。

「ばっちゃん……目ぇ覚ましてくれよ……俺、ばっちゃんがいねぇとなんもできんって……」

涙が溢れる福満。彼は、自分が祖母に無理をさせたせいで倒れてしまったと感じて、自責の念に苛まれ続けていた。

 

 

「……も……も」

 

掠れた声が、福満の耳に届いた。

 

 

「何も…何も……」

 

福満の手を、皺くちゃの手が弱々しく握った。

 

 

「ばっちゃ……」

福満は祖母の顔を見る。歪む視界の中で、彼女の頰の引きつりが見えた。

 

 

「……!急激に脈が落ちた!心臓マッサージ……いや、これはもう……」

 

医者と看護師が騒ぐ中、福満は暖かくなった右手を胸の前で抑えた--

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。