神さまの言うとおり 〜踊らされる悪魔達〜 【完結】   作:兵太郎

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余章 エピローグ
感情


--「んあ?」

目覚ましの音を聞いて、意識を取り戻した。どうやら机に突っ伏して寝ていたらしい。

今は朝の8時。学校に行くなら急いで準備しなければ遅刻レベルの寝坊だが、今日から1週間ほど学校をサボるつもりの彼には関係のないことだった。

「……うるせーな、目覚まし掛けるなよ」「悪りぃ悪りぃ。設定変更して切ってたつもりだったけど、時間遅らせただけになってたわ」

机を挟んで反対側にいる、寝ぼけ眼を擦っている仲間に詫びを入れるのと、別の場所からの大きないびきが耳に入るのは同時だった。もう1人の仲間が大量のゴミ袋の上で寝ているのを横目で見ながら、彼は片頬を自分の平手で引っ叩く。

「あー、痛ぇ!よし、覚醒!マンガの続き作ろうぜ!」「えー、めんどい」

今にも2度目の夢の世界への旅行をしようとする仲間の肩を揺さぶっていると、家のチャイムが小さく鳴った。

「「……」」

揃って1度黙り、その後仲間の眠っているゴミ袋の後ろに隠れようと行動を開始しようとした2人は、その前に玄関のドアが開く音を聞いた。

「2人とも、いるんでしょ?学校始ま……臭っ!?またゴミ袋貯めてんじゃないでしょうね!」

「やっべ隠れろ」「おう」

しかし、2人同時に隠れようと思ったのが悪かったのか、仲間の寝相が悪かったのか。ゴミ袋の裏には人が2人入れるほどのスペースはなかった。上半身を突っ込んだ2人は、それ以上奥にも前にも行けなくなった。詰まってしまったのだ。

身動きが取れずもがく2人に、足音が近づいて来る。やがて部屋のドアが開いた。

 

ジタバタしている足を片方ずつ掴まれ、一気に引き抜かれる。2人はヌルッと出てきたが、広がった支えが一気に抜かれたゴミ袋の山が、上に乗っている者ごと崩れた。少し鈍い音が響いた後、今度はゴミ袋の下からいびきが聞こえてくる。まだ寝てるのかと半ば呆れながら、2人はあぐらと体操座りへと移行していく。

「アンタらね、このままじゃ高校卒業できなくなっちゃうよ!?もう義務教育じゃないんだからさ、いくら偏差値高くないって言っても落ちる人は落ちるんだから!」

ピンクの髪を揺らしながら、こちらも自然に説教へと移行していく侵入者の少女。それに対し、あぐらをかいた男は反論する。

「だってもうすぐ冬コミがあるんだよ。さっさと作らねぇと間に合わないし」

「何が冬コミよ、イベントの常連みたいに。学校の方が将来的に大事に決まってんでしょ!」

「でももう期限が少ないしさ、あとちょっとだけだから!終わったら行くさ、多分」

「多分って……もういいよ!じゃあさっさと終わらせましょう!」

そうやって畳の床にドカッと座る少女。彼女に男はおずおずと声をかける。

「手伝ってくれるんすか?」

「手伝ってあげるよ。だから早く終わらせましょう。何すりゃいい?」

溜息を吐きながら告げる少女に、男2人は目で会話する。特に彼女に手伝ってもらうことはないのだが……

「じゃあ、ポーズのモデルとかになってもらう?」「あー、確かに縛ったポーズとかちゃんと見たことなかったわ」

ぶち込まれた爆弾発言に、少女は目を見開いた。

「ちょ、ちょっと!?縛るって何よ!?絵の手伝いとか食事作りとかあるでしょ!?」

「そういうのは俺達でできるし」「お前全体的に不器用だしな」

どこからか縄を取り出し、ジリジリと迫る2人。少女は顔を引きつらせながらも、なぜか動こうとしない。

「「ありがとう、秋元!!」」「(しゅん)、マサル、ちょ待っ……あぁ!」

 

ドタバタと騒ぎが大きくなる。その音に目を覚ました最後の男……天谷(あまや)は大欠伸をしながら呟く。

「何だこれ、修羅場?」

その目がキラリと光った。天谷は大きくジャンプすると、ルパンダイブで輪の中に飛び込んだ--

 

 

〜〜〜〜〜〜〜

 

--「……」

無言で数学の問題の答えを黒板に書き写していく少年。全て書き写すと共に、まばらな拍手が起こった。

「……むむ、さすがだ東浜(ひがしはま)……全部正解……」

これは高校の授業である。しかし、今の問題は高校の問題ではない。大学で習うような数式だ。数学の教師は悔しそうに首を下げ、何かを言おうとしたが、そこでチャイムが鳴り響いた。教師は仕方なく立ち上がり、退室する。あとに残った生徒達は、席を立ち帰りの準備を始める。

今日もつまらない授業だったと感じながら、東浜佑(ひがしはま たすく)は荷物をまとめ帰路に着く。首の骨を鳴らしながら家の近くの公園の前を通り「てやー!」

 

バシャ!と言う音が近くで聞こえた。最初、東浜は何が起きたかわからなかった。眼鏡の歪みで気づいた。顔面が思いっきり濡れているのだ。自身の頰に触れると、そこには少しブヨブヨとしたゴムらしき物が付いていた。東浜はそれをゆっくりと取る。

「どこの野郎だ……?」

東浜は冷静に考える。生意気な後輩に上級生が攻撃してきたのか、嫌味な同級生に同い年の奴らが悪戯してきたのか、あるいは自分よりも馬鹿な教師どもか……?

と、そこで公園の入り口の横の茂みがガサガサと動く。東浜の目はそちらを警戒するが、近づきはしない。刃物などの凶器を持っている可能性を考慮してだ。

すると再び、茂みから何かが投げられる。どうやら水風船のようだ。東浜はそれを手で弾くと一気に茂みへと近づいた!

(さっきの揺れから2人も人間はいねぇのはわかった。今なら物を投げた隙ができて対応が遅れるはず……)

茂みに手を突っ込むと、服を掴む。どうやら学校の制服ではなく、ただのTシャツのようであった。東浜はそれを持ち上げた。

(ん……軽い?)

東浜が持ち上げたのは……1人の男子だった……4、5歳ほどの年齢の。

「ひえー、捕まったぁー」

襟首を掴まれてジタバタとする男の子に、東浜は脱力する。ただの子供の悪戯だ。

「このガキ……なぜ俺に」

再びバシャッと音がして、東浜の視界が歪んだ。その隙をついて、男の子は東浜の指を叩き、拘束から抜け出す。

メガネを拭いて先を見ると、男の子の隣にはさらに2人ほど同じ年齢の仲間がいた。そのうち1人に、東浜は見覚えがあった。

(あいつは……近所のガキか?)

人の顔は全て同じに見えてしまい、覚えられないと言う東浜だが、それはあくまで感覚の話。視覚や聴覚はうっすらと、近所の子供のことを覚えていた。

その子供は言う。

「兄ちゃんにもっと水風船、喰らわせてやれ〜!」

言葉と同時に今度は、3つ同時に球が飛ぶ。1つを避けて残りの2つを弾こうとするが、片方が爪に当たり破裂した。東浜は三度、顔に水を被った。

 

東浜佑は合理主義者だ。故に、冗談や洒落を良く理解できない。

東浜佑は小さい時から秀才だった。故に、小さい子供の考えを理解できない。

東浜佑は天才であるがために、人を見下している。故に、自分が見下される、バカにされる事を極端に嫌う。

総合的に言うと。

 

 

「ふざけんなガキどもぉ!!!」

東浜佑という男は、一般的な高校生よりも沸点がかなり低い!子供の挑発に乗ってしまうほどに!

 

東浜の怒声に、子供達はわっと蜘蛛の子を散らすように逃げる。東浜はダッシュでそれを追う。

逃げる子どもを捕まえようとするが、水風船の牽制などのせいでなかなか捕まえられない。

彼らの追いかけっこは日が橙色に染まるまで続いた。

その途中、公園を通りかかったクラスメイトらは、東浜を見てこう思ったという。

 

「あいつって、あんな楽しそうな顔するんだな」

 

 

 

 


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