東方己分録   作:キキモ

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六十七話 夏の暮れとノスタルジー

残暑は色濃く、近くの木々ではこれが最期とばかりに蝉がけたたましい鳴き声を立てていた。

涼やかな風鈴の音も一緒に耳にしながら団扇を仰いでいると、小さかった頃に田舎の親戚の家に遊びに行ったことを思い出した。

 

漫画なんかで見るようなベッタベタな田舎町で、地元の子どもと日暮れまで遊んだことを覚えている。

風通しがいいおかげか意外と涼しいおかげでひんやりとした平屋の縁側にうつ伏せになって夏休みの宿題を広げていたっけ。

これで駄菓子屋で買った棒アイスか井戸水で冷やした西瓜でもあれば完璧だ。

 

「西瓜、買ってくればよかったなあ」

「んー?悠基かい?」

背後で酒気を漂わせる鬼の少女が間の抜けた声を上げた。

 

博麗神社の裏手にある霊夢の住居。

幻想郷唯一の神社に、俺はお参りも兼ねて遊びに来ていた。

遊びにといっても特に何かをするでもない、紅魔館で汗かき働く我が分身の代わりに日がな一日ぼんやりとして過ごすという贅沢な時間の浪費を博麗神社で洒落込むだけだ。

 

霊夢に「暇なの?」と呆れたような視線を向けられたがとんでもない。

分身能力を駆使して実質人一倍働いているのだから、こういった休息を取ることは必要なことだ。

それに、訪れる度にお茶を啜ってぼんやりとしている霊夢に言われたくない。

 

そんな家主の霊夢だが、今日は珍しいことに修行をしているらしい。

興味本位で見物しようとしたら、「気が散るからどっか行ってて」と睨まれたので、俺は仕方なく母屋にお邪魔することにした。

訪れたときから居候の萃香が俺の後ろにある座敷で昼寝をしていたのだが、どうやら俺の言葉に反応したようだ。

 

「ん、起こしちゃったか」

「ふわぁ~……よく寝た」

欠伸混じりに頷く萃香は、ふらふらとした足取りで俺の隣まで来ると、縁側に腰掛けて小脇に抱えていた伊吹瓢の蓋を開けた。

瓢箪から漂う酒気に眉をしかめながらも、諦め混じりに俺は嘆息する。

 

「また起きて早々」

「気付け代わりさ。ほら、悠基も一口」

「だから飲まないっての」

 

早速とばかりに酒を勧めてくるのも、それを断るのもいつものことだ。

いつもどおりのやりとりをしつつ、何度か酒を煽って一息ついた萃香が「そういえば」と思い出したように言った。

 

「聞いたよぉ悠基ぃ」

「ん……妖怪の山のことか」

「へえ、その様子じゃあここに来る前にも散々話をせがまれたみたいだねえ」

「お察しの通りで」

 

辟易とした思いで肩を竦めると萃香は笑った。

「お山で騒ぎでも起こせばそうなるだろうね。前々から思ってたけどさ、だんだんと面白いことをするようになったじゃないか」

「その『いつかやると思ってました』みたいな言い方するのはやめてくれない?」

「これからも期待してるよ」

 

「馬鹿言うな。もう二度とあんなことはないからな」

「アハハハ、説得力が欠片もないね」

「む……」

なぜだろう、不思議なことに反論できない。

 

黙り込む俺の隣で萃香はクスリと笑う。

「まあいいさ。天狗から顛末は聞いてるからね。騒ぎを起こしたのはあんただって聞いたけどほんとのところは違うんだろ?」

「なんだよ、分かってるんじゃないか」

安堵混じりにため息をつくと、俺は団扇を仰ぎながら事の発端、レミリアの書状の下りとその顛末を話すことにした。

 

 

 

* * *

 

 

 

「ふうん、そう。『断る』ね」

「はい。その一言だけ」

「それは残念」

言葉とは裏腹にさして残念そうでもないレミリアはサイコロステーキを口に入れた。

 

妖怪の山での騒動を終えたその日の夜、夕食の席に呼ばれた俺は、小悪魔から預かった書状の返事をレミリアに報告したところだった。

相変わらず咲夜お手製の肉料理は絶品だ。

その咲夜はいつものようにレミリアの背後で静かに控えている。

 

ステーキにナイフを通しながら、俺はちらりとレミリアを見た。

「取り敢えず報告としてはそんなところです。それで、一体あの手紙は何だったんですか?」

「簡単に言えば入場申請書みたいなものよ。この場合は入山申請書といった方がいいのかしら」

 

「申請って……出禁でもくらってるんですか?」

妖怪の山は閉鎖的で、基本的に侵入者は受け入れない傾向がある。

ただ、それは俺みたいな人間に限った話で、レティの話を聞くには妖怪や妖精は見逃されることも多いそうだ。

そう考えるならばレミリアだって見逃される側ではないかと、そんな思いで冗談交じりで問いかけてみると、予想外にレミリアはあっさりと頷いた。

 

「そうよ」

「……なにやらかしたんですか」

幻想郷(ここ)にきたときに色々あったのよ」

「色々……ああ、なるほど」

 

レミリアたちが幻想入りしたとき、とするならば吸血鬼異変と呼ばれる紅魔館の住人による幻想郷の侵略のことを指しているのだろう。

異変については話に聞く程度のことではあったが、その元侵略者たちの家に出稼ぎに来るなどと、我ながら物騒な決断をしたものだと思うのは今更だろう。

 

「まあ、それはいいですけど、なんで申請書なんか?山に何か用事でも?」

「河童に用があるの」

「河童?」

俺の世界でも有名な妖怪だが、この幻想郷では案の定人間の少女の姿だ。

滝壺に落ちた俺を助けてくれたにとりの姿を思い浮かべる。

 

「ほら、アイツらって発明が得意な種族じゃない?だから作ってもらおうと思ったのよね」

手慰みなのかフォークを軽く振るレミリアに俺は首を傾げる。

「なにをです?」

「ロケットよ」

 

不意の言葉に俺は違和感を覚え、腕を組む。

少しの逡巡を経て、その違和感が既視感であることに気づく。

「……ペンダントですか?」

「乗り物の方よ」

「はあ、そっちですか」

こんなやりとりを以前パチュリーとした覚えがある。

 

「まあ、保険を用意しておきたかったのだけど、仕方ないわね」

「左様ですか」

それにしたってロケットを作るなどと、荒唐無稽な話だ。

どうせいつもの冗談だろうと俺は深く考えないことにした。

 

「まあ、それはいいんですけどね」

カチャリと、俺は食器を置く。

決して大きくはないものの、意図的に立てられた音に空気が変わった。

レミリアの態度は決して変わらないが、その背後で置物のように存在感を消していた咲夜が怪訝な視線を向けてきた。

 

「何か言いたげね」

「ええ。お嬢様、俺は今回、人里の稗田の仕事で山に訪れていたんです。結果的には成果はありましたが、もしかしたら稗田にも迷惑がかかることになったかもしれません。なので、今回みたいに別の仕事に介入するのはやめてください」

 

「あら、でも貴方は最終的には命令を聞いたくれたじゃない?」

「……俺が喉から手が出るほど欲しい報酬を引き合いに出しといてなんですかその言い方は」

結局のところ、天魔に宛てた書状は大天狗によって破り捨てられてしまった。

つまりはあれだけの大騒ぎを起こしながら報酬はゼロというわけだ。

 

まあ、そんなこんなで余計な苦労や徒労を背負い込まされた身としては、流石に全く気にしないという気分にもなれず、俺は半眼になってレミリアを見据える。

「俺だって、怒る時は怒りますからね」

「へえ?怒って、それから?」

しかしレミリアは楽しげに、なにかを期待するように答えてくる。

……このお嬢様、完全に舐めてくれてるな。

 

「…………そこまで言うなら、俺にも考えがあります」

「なにか面白いことでもしてくれるのかしら?」

ほーう?

どうせレミリアのことだ、「お人良しの俺がやることなんてたかが知れてる」程度に思っているのだろう。

ふん。

だったら目にもの見せて差し上げるとしようか。

 

レミリアの背後に控える咲夜へと俺は視線を移す。

「咲夜」

「なにかしら」

「お嬢様の嫌いな食べ物は?」

不意の俺の質問に、問いかけられた咲夜も当人のレミリアも僅かに目を見開く。

 

「……炒った大豆とニンニク」

「それは吸血鬼の弱点でしょ。別にそこまでしたいわけじゃなくてさ」

 

「フフ」

苦笑交じりでレミリアは目を細めると、「悠基」と勝ち誇った笑みを俺に向けてくる。

随分と得意げだ。

「弱点じゃなくて苦手なものだなんて、相変わらず貴方は甘いわね。それに、私は偉大なる種族、吸血鬼なのよ」

 

自らの胸に手を当て、レミリアは口端を上げた。

「この私が食べ物の好き嫌いだなんて、そんな子供じみた――」

 

「茄子は間違いないわね」

不意に、レミリアの話に割り込むように言葉が聞こえた。

時間が止まったかのようにレミリアが固まる。

原因はもちろん、その背後に控える忠実なメイドが起こした謀反に他ならないだろう。

 

「あとは、アスパラもよく残してるわ。コーヒーはブラックでは絶対無理みたいだし、ワサビも辛子も、あと紅しょうがみたいな薬味とかもダメね。それから――」

「咲夜」

指折り数え始める咲夜に、レミリアは頬をひくつかせていた。

 

「はい、いかがされましたか?お嬢様」

「……余計なことを言うな」

「仰せのままに」

見ようによってはふてぶてしいほどに仰々しい態度で咲夜は口を閉じた。

だが、十分だ。

グッジョブ。

 

「なるほど。ありがと、咲夜。参考になったよ」

「何を参考にするのかしら?」

レミリアが片眉を上げると、俺はわざとらしく笑みを浮かべてそれに応じる。

 

「大した事じゃあないですよ。ま、一言申し上げるなら、明日のおやつ(試作品)の材料がたった今決まったということくらいですかね」

「…………へぇ?」

「ああ、ご心配なく。私も甘味処の一従業員としての自負はございますから。美味しく仕上げるように努めますのでどうぞご期待くださいませ」

 

「……楽しみにしてるわ」

「ええ」

僅かながらも動揺を露わにしたレミリアの引きつった笑みで、俺は先程湧いた苛立ちの溜飲を下げることにした。

へへーんだ。

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

「へえ、あの吸血鬼のお嬢様の命令で」

「そういうこと」

「ふーん。その顔じゃあ随分と不服だったみたいだね」

「それはもう。ほんっと、わがままなお嬢様だよまったく」

 

肩を竦める俺に萃香はケラケラと笑う。

「悠基がこんな風に愚痴るのは珍しいね。まあいいさ。そういえば、あんたと一緒に妖精やらチビの妖怪もいたんだろ?そいつらはどうしたんだい?」

「ああ……」

チビて。

 

「大妖精やチルノは妖精だからな。次の日に湖に行ったら元気そうだったよ。チルノは『椛にリベンジしてやるんだー』って特訓してたくらいだし」

心配していただけに肩透かしを食らった気分だ。

二人とも気にしていないどころか、大妖精に至っては「全然役に立てなくてごめんなさい」と謝られてしまい大いに焦ったほどだ。

 

「まあ、妖精ってのはそういうやつらさ」

「うん。でもなあ…………」

「ん?気になることでもあるのかい?」

「いや、妖精(あの子)たちのことじゃないんだけどさ」

萃香の怪訝な視線を感じながらも、俺は溜息をつかずにはいられなかった。

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

「災難だったわね」

騒動から数日ほど立ってからの太陽の畑にて、俺は幽香の淹れたお茶で一服したところだった。

「まあ、不本意ではあるけどおかげで進展はあったから、不満だけではないんだけどね」

ふぅ、と息をつくと、窓の外の景色を眺める。

 

今なお盛んに咲き続ける向日葵たち。

太陽の光を一身に浴び続けるせいか、その景色はやけに眩しく見えた。

「なにしけた顔してんのよ」

「ん?」

 

柄にもなく黄昏れていると、不意に声をかけられる。

いつものように幽香とのお茶会に同席するメディスンが、どこか不満気な顔を俺に向けていた。

 

「そうね、確かに元気がないわね」

同感だとばかりに幽香が頷いた。

「なにかあった?」

 

努めていつもどおりに振る舞おうと思っていたのだが、例のごとく俺の表情筋は感情表現を控えるのが苦手らしい。

怪訝な視線に俺は小さいため息を挟んで、おずおずと口を開いた。

「……大した事じゃないんだけどさ」

口にした通り些細なことと思っていたのだが、表情に出るということは自覚しているよりも堪えているらしい。

 

「リグルにさっき会ってきたんだ」

「何か言われたのかしら?」

「まあ、なんというかさ。あの子は今回の騒動に巻き込まれる側だったんだけどさ、天狗たちに捕まった時によっぽど怖い思いをしたみたいで」

 

騒動のあった日、俺にしがみついたままのリグルは、彼女の住処の近くに行くまで顔を上げることはなかった。

俺から離れるときも俯きがちだった彼女の顔をほとんど伺うこともできず、結局今日に至るまでリグルと話す機会もなかった。

そして、数日振りに再開した彼女は、開口一番俺に言ったのだ。

 

「『お菓子はもらうけど、前の騒ぎで懲りたから悠基にはあまり関わらなようにするわ。お菓子はもらうけど』って――」

そう話すリグルの乾いた笑みを思い出して、俺は一層気分が沈んだ。

 

「拒絶されたわけね」

「あんまりストレートに言わないでくれるとありがたいかな……」

幽香の言葉に更に凹む俺に、なぜかメディスンが目を丸くし頬を紅潮させた。

 

「あ、あんた」

「?」

小さな手で指さされて首を傾げていると、メディスンは戸惑うように続ける。

「アイツに嫌われてそんなに落ち込むって、もしかして、す…………好き、なの?」

 

どこか恥ずかしそうなメディスンの様子を微笑ましく思いながら俺は首を振った。

「いんや、別にリグルのことが特別好きってわけじゃないよ。ただ……」

「ただ?」

幽香が促す。

 

「ただ、あのくらいの子どもに露骨に拒絶されるのって結構堪える」

「はぁ?」

意味がわからないとばかりにメディスンが声を上げた。

眉根を寄せる彼女とは対象的に、幽香はクスリと上品に笑う。

 

「貴方って本当に子どもが好きよね」

「まあねえ。はあ……別に喧嘩してるわけじゃないんだけど、どーしたら機嫌直してくれるかなあ」

と、大真面目に呟くと、なぜかメディスンが半眼になって唇を尖らせた。

 

「バッカじゃないの」

威勢のいいメディスンの様子に、俺はしみじみと呟く。

 

「……君の方は大丈夫そうだね」

「なんのことよ?」

「リグルほどじゃないけど、君だってかなり怯えてたじゃないか」

「な、お、怯えてなんてないわよ!」

 

メディスンの抗議を「そうだなあ」と聴き流す。

リグルと違ってこちらはすっかりいつもの調子だ。

リグル同様距離を置かれるのではと密かに危惧していたので、実のところ大いに安堵している。

 

「まあいいんだけど、ちょっと幽香に訊きたいことがあったんだよね」

「あら、なにかしら」

「大した事じゃないんだけどね」

 

そんな前置きを挟んで、俺はつらつらと喋る。

「この前のリグルのときもそうだけど、今回もメディスンを寄越したよね。俺の仕事を応援してくれるのは嬉しいんだけどさ、親切心だけじゃなくて他にも理由があるんじゃないかなって俺はちょっと邪推してるんだけど」

 

「親切心…………」

なぜか、メディスンが不服そうに俺の言葉を口にした。

 

幽香は答えを考えるよう目を閉じると、ゆっくり一口カップを啜った。

カップを置くと、更に数秒ほど沈黙し、徐ろに口を開く。

「貴方も知っての通り、妖怪の山を支配している天狗って閉鎖的な種族でしょう?」

「うん」

 

「でも、一部の妖怪は咎められることなく山に立ち入ることが出来る」

レティの姿を浮かべながら、俺は頷いた。

「じゃあ天狗に咎められる者と咎められない者。これの違いって何だと思う?」

「?……基本的には人間かそうじゃないか、だと思ってるんだけど」

「いいえ、ハズレ」

 

これまでそうと俺が思い込んでいた推測を、幽香はあっさりと否定する。

「天狗っていうのは組織で動く妖怪なの。そんな天狗たちが最も警戒するのが他の勢力なり陣営なりに所属する存在、もしくはその集団に匹敵するくらい強い力を持った存在ね。この勢力っていうのは、例えば貴方が住んでいる紅魔館やあるいは人里とか。つまり、どこにも属していないような所謂野良の妖怪なんかは敵対されることはないわ」

 

初めての情報に俺は目を丸くする。

「……てことは、俺が哨戒天狗に襲われていたのって、俺が人間だからってわけじゃなく……?」

「人里という一つの勢力の侵入者という扱いだったんでしょうね。まあ、幻想郷に住む人間なんて、一部の例外を除いたら人里の住人だから、結果的には『人間だから』っていう貴方の推測も間違いではないわね」

 

「ふうん……ん?それと幽香が俺を手伝ってくれたのって何か関係あるの?」

「ええ」

幽香は微笑みを浮かべ首肯する。

 

「天狗の排他的な意向はこれからも変わらないでしょうね。でも、貴方っていう例外がいると、もしかしたら、侵入者に対して寛容になる風潮が出てくるかもしれないでしょう」

「それは……俺が言うのもなんだけど、楽観的な話だね」

「ええ。でも、もしかしたら変化があるかもしれないわ。妖怪の山を散歩するくらいなら邪魔されることもなくなるかもしれないじゃない?」

 

「邪魔って?幽香も天狗に追い返されるってこと?」

「ええ」

「君が言うには、どこかの勢力に所属していると追い返されるんでしょ?幽香もそうだってこと?」

「いいえ。覚えがないわね」

「じゃあ、天狗が勘違いしてるとか」

「そんなことはないと思うけど、どうしてかね」

 

幽香曰く、天狗が侵入を拒絶するのは、どこかの勢力に所属しているか、もしくは一つの勢力に匹敵する大妖怪か…………。

「それは…………」

暫くの逡巡の後、俺は思ったことをそのまま口にした。

 

 

「……なんでだろう、不思議だな」

「ねえ」

「バカじゃないの」

なぜかメディスンに半眼で睨まれた。

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

「人んちでなにしてんのよあんたたち」

ヒグラシが盛んに鳴く中で、不意に呆れた声をかけられる。

 

「おんやあ霊夢ぅ、修行とやらは終わったのかい?」

へべれけな萃香が顔を上げて問いかけると、「今日はもうお終い」と霊夢が答えながら俺達の元へと歩み寄ってきた。

 

霊夢が覗き込む視線の先、縁側に腰掛ける俺の横には赤い実の野菜が切り分けれられた一枚の皿が鎮座している。

「……西瓜じゃない」

「そ、無性に食べたくなったから買ってきた」

「……萃香だけに?」

「萃香だけに」

 

「ふーん」

顔に「くだらない」と書いてはいるものの、夕暮れ時とはいえまだ蒸し暑い中でのみずみずしい西瓜の誘惑には抗えなかったのか、霊夢は皿を挟んで俺の反対側に腰掛けた。

ちなみに萃香の方は、酒の肴にならないからと手を出してこない。

小ぶりとは言え丸一玉を一人で消化するのは骨だったので、霊夢が手伝ってくれるのは行幸だった。

 

なんとなしに無言になって二人で西瓜を消化にかかる。

茜空を見上げながらしゃりしゃりと甘い果肉を咀嚼していると、不意に視線を感じた。

 

「……?」

「…………」

横目に視線を投げかけてくる霊夢に、俺は首を傾げてみる。

 

「前々から思ってたんだけど」

「ん?」

「貴方って段々とタガが外れてきてるわよね」

「その言い方だと俺が非常識みたいに聞こえるんだけど」

 

「違うの?」

「違う」

「説得力がないぞ―」

真顔で恍けてくる霊夢に半眼になって返す俺。

そんな俺に酔いどれの萃香が茶々を入れて。

 

不思議と懐かしさを覚える心地よさに身を委ね、そうして幻想郷の夏は、次第に暮れていったのである。

 

 

 




特にオチのない妖怪の山編の後日談的な回です。
今回もほのぼのとしたお話。


名前:博麗霊夢
概要:初登場六話。紅魔郷自機、他。『主に空を飛ぶ程度の能力』、他。
当作における彼女はおおらかなマイペースに見せかけてお節介混じりの小言を口にする少女。何事にも動じないためか非常にクールである。妖怪退治の専門家としての実力は各方面から一目置かれているようで、人里からの信頼も獲得している出来る女の子。それでも人里から少し離れた博麗神社という立地の関係上賽銭の収入は少なく、基本的に貧乏な模様。同居人に伊吹萃香がいる。

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