東方己分録   作:キキモ

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六十五話 フォールオブフォール

「君に、決闘を申し込む!」

 

雲の上に隠れた妖怪の山の頂き。

目的地は遥か遠く、しかも具体的な場所も分からずと、冷静に考えてなかなかに絶望的だ。

 

その景色を背に、俺は追手の白狼天狗、犬走椛と空の上で相対していた。

「…………」

俺の言葉に椛は何も応えない。

ただ、その手に持った刃を俺に向け、警戒するように空中で構えるのみ。

 

椛と言葉を交わすことはない。

初めて出会ったときから一貫して、侵入者の人間と馴れ合うつもりはないという姿勢を彼女は貫き続けてきた。

そしてそれは、今回も例外ではない。

 

その瞬間に言葉はなく、俺はただただ待ち構える椛に向けて、開幕の狼煙を上げた。

自分の腕を機関銃に、両の手のひらを銃口とするイメージ。

魔力を変換させながら、俺は椛へ向けて『弾幕』を展開する。

形が似ていることから米粒弾と呼ばれる楕円形に近い非殺傷性エネルギー弾がいくつも撃ち出す。

 

「椛に向けて」と言っても、全部が全部、真っ直ぐ椛へ向かうわけではない――というか真っ直ぐ向かわせることが出来ない。

見ていてじれったくなるような速さの弾幕は直線軌道ではあるものの、それらは半分が椛へ向けて、もう半分はあらぬ方向へと散らばるように広がっている。

 

一重にその理由は、俺の練度の低さ。

見知った人妖は、全部が全部思い通りの弾幕を展開し、スペルカードを複数宣言する。

対して俺は、弾幕をまとまった数だけ撃つのがやっとで制御は満足に出来ない。

同じ土俵に立ってすらいないという、ただそれだけの理由だ。

 

その密度も総量も、先程チルノが宣言したスペルカード『パーフェクトフリーズ』の半分にも満たない。

しかも俺を起点として散らばるように展開される弾幕は、椛の元に届く頃には疎らになっており、椛はほとんど動くことなくそれらを凌いでみせた。

 

……予想は出来てたけど、やっぱり弾幕ごっこ(これ)でも椛に勝つなど絶望的だ。

そもそもチルノを下した椛に、弾幕ごっこに関して大きく劣る俺が勝つなんて光景が全く想像できない。

アリスは「絶対的な差を圧倒的な差に誤魔化す」だなんて言っていたけど、その圧倒的な差を覆す方法は思いついてすら無かった。

 

「……それでも」

無意識に言葉が漏れる。

浮かぶのはレミリアが提示した報酬。

元の世界への手がかり。

それと、俺を庇った大妖精や、激昂したチルノの横顔。

メディスンの言葉。

「やるしかないよなぁ…………!」

 

椛が空中で刃を振った。

剣舞でもするかのような仕草。

その後、彼女の周囲の空間から、まるで椛の刃に切り裂かれた空間から生み出されたかのように、無数の――それこそ、俺の放った弾の十倍はあろうかという弾幕が発生する。

 

うわ……これ、これはやばいな!

 

俺と同じ米粒弾なのに、圧し潰されるとさえ錯覚させる多量の弾幕。

想像を上回るほどの力量差を前に汗が滲む。

 

落ち着け落ち着け。

無理に動くな。

俯瞰で捉えろ。

軌道を読み切れ。

避けられない弾幕など存在しない。

弾幕ごっこの大原則だ。

 

見えるぞ。

めちゃくちゃ狭いけど、弾幕が通らない道筋がある。

密度こそあるが、椛の弾幕は比較的直線軌道に近く法則性もわかりやすい。

 

俺は椛に向けて弾幕を放ち続けながら、見出した安全地帯へと移動する。

一度だけ弾がグレイズし(かすめ)たが、しかし被弾ではない。

 

…………まだまだぁ!

 

視界を埋め尽くさんばかりの弾幕。

その軌道を、法則性を見切りながら、俺は出来る限り最小限の動きで回避する。

なんとか、こうして避け続けることはできる。

対して、俺の弾幕も当たった気配はなかった。

 

お互い、被弾することなく弾幕の応酬を重ねる。

文字だけ見れば、これまで一方的に屠られ続けていた俺がそれなりに善戦しているように捉えられるかもしれない。

だが、避け続けていると言っても、椛は悠々と、対する俺はギリギリで、だ。

弾幕の軌道を見誤れば、被弾は必須。

被弾はせずともいずれは魔力が尽きる。

このままじゃあジリ貧だ。

 

どうする……っ!?

すぐ傍を米粒弾がかすめた。

なんだ、いや。

明確に、椛の弾幕の密度が上がっている――。

 

椛を見る。

発生源たる彼女の姿。

弾幕を放ちながら、彼女はジリジリとこちらに近づいてきていた。

 

弾幕の発生起点は椛自身だ。

椛を中心に広がる弾幕は、彼女から離れれば疎らになるし、逆に近づけばその分密度が上がり回避する隙がなくなっていく。

つまり椛は圧し潰さんばかりの弾幕で俺を制するつもりなのだ。

 

ちょっと!

そんなのもありか!

 

これ以上近づかせてたまるかと、牽制で弾幕を撃ち放つ。

が、悲しいかな俺ごときの疎らな弾幕など恐れるに足らないとばかりに、椛は危なげなく回避し距離を詰め、俺はどんどん追い詰められる。

 

視界を米粒弾が埋め尽くす。

直撃コースの弾幕がいくつも、いくつも、いくつも――。

 

「――こんっの!」

飛行魔法に使っていた魔力を一気に絞った。

直後に体からほとんどの浮力が失われ、重力を思い出したかのように俺は落下を始めた。

 

「!」

驚いたよう椛が目を見開いたのが弾幕の合間に見え、俺はそこに向けて飛行魔法に割り当てていた魔力も動員して、弾幕を撃って撃って撃ちまくった。

内臓が腹の中でうねる。

背中から落下する恐怖に全身の鳥肌が総毛立つ。

 

だが、急速に落下速度を上げた俺の体は椛の弾幕圏外まで脱した。

その代わり、その頃にはすでに妖怪の山の背の高い木々がすでに傍に迫っていた。

「ぅうおお!」

気合を込めて、俺は最小まで絞っていた飛行魔法の出力を全開にする。

 

視界が緑で埋め尽くされ、顔を庇う腕に鋭い痛みが走る。

いくつもの枝を巻き込む最中で、体のどこかが嫌な音を立てた気がした。

だが、地面が迫ってくることにはなんとか落下を止めることに成功した。

 

どうにか高度を一定に保てるようになった俺は、荒い息をどうにか落ち着けようとする。

強かに打ち付けたせいで全身が鈍く痛む。

木の幹で体を支えながら、俺は両手両足が思い通りに動くことを確認した。

だが、相手は休む暇を与えてくれるような相手ではない。

 

枝を折る音とともに椛が俺と同じ高度まで急速降下して追ってきた。

彼女は刃を手に、俺へと接近してくる。

弾幕ごっこが終わったと見たのか、直接斬りかかってくるつもりだ。

 

「まだ!」

俺は声を上げながら、そんな椛に向けて弾幕を放った。

「俺は地面に落ちてねえぞ!!」

 

落ちてないから弾幕ごっこは終わりじゃないと、そんな手前勝手な主張の叫びとともに放たれた弾幕に椛も接近を止めて弾幕を撃ち返してきた。

よし、応じてきた。

まだ終わりじゃない。

 

俺は木の幹を蹴って跳躍するように水平に飛んだ。

感覚的には見れば無重力空間を移動する宇宙飛行士を連想させるかもしれない。

木々を足場に跳躍を繰り返すかのようにジグザグな動きながら、同時に椛から逃げるように飛行魔法を使った。

 

椛は木々の間を縫い追いかけてきた。

再度応酬する弾幕。

地面すれすれを飛びながら弾幕ごっこは続行し、新たに追って追われての追跡劇が始まった。

 

周囲の木々が遮蔽物となり、俺の弾幕も椛の弾幕も等しくそれらにぶつかって遮られる。

俺の元へ椛の弾幕が届く頃には、その回避自体はさほど難しくはないほどに弾幕は疎らになっていた。

 

「っ」

追ってくる椛が忌々しげに舌打ちした気がした。

 

ああ、苛ついてるな。

まあ俺としても、この展開はまったくもって本意ではない。

弾幕ごっこの本質は美しさを競うことだ。

故に派手に、かつ大規模に展開する弾幕ごっこはその全貌が見えるために開けた空間、つまりは空の上で行われるものなのだ。

だからこそ、こんな遮蔽物だらけの場所での弾幕ごっこなど、魅せるも美しさもへったくれもない。

 

こんなの弾幕ごっこじゃねえ!と、弾幕ごっこにそれなりの憧れも抱いていたいつもの俺なら内心そんなことを思っただろう。

ただ、それに対する言い訳すらも今はする余裕が無かった。

 

椛の位置を捉え、彼女の弾幕を見切り、椛に向けて弾幕を放ち、飛行魔法を制御して、更には周囲の木々を把握する。

情報が処理しきれずに脳みそが沸騰で爆発しそうなくらい熱い。

代わりに脳内麻薬が溢れているのか、集中力は極限まで研ぎ澄まされている。

先程よりも回避は容易だし、木々を蹴りながら飛ぶことで機動力も僅かながらも上がっていた。

 

不本意ではあるが、遮蔽物のおかげで回避は先程よりも楽になった。

代わりに木々に衝突しないように周囲の状況を把握し続ければならないし、更にはこちらから放つ弾幕も椛に対しては対してプレッシャーになりえない。

 

このままでは結末は変わらない。

だが、新たな策をひねり出せるほどの余裕が全くない。

依然として終わりのない綱渡りを続けるような攻防を俺は続けざる負えなかった。

 

 

* * *

 

 

――どれくらい立ったのか。

数十秒なのか、数分なのか、もしかしたら十分は立ったのか。

 

木々を縫って追跡劇を続ける中で、限界が見えてきた。

やばい。

頭がくらくらしてきた。

魔力はあるものの、アクロバティックな飛行を続けながらの慣れない弾幕ごっこは、そう長い間続けられるようなものではない。

 

そんな俺の耳に、不意にその音が聞こえてきた。

 

進行方向から聞こえてきた音は次第に大きくなり、木々の合間を抜けた先で不意に、その光景は広がっていた。

気付いたときには既に、激しく耳朶を叩く轟音が辺りを埋め尽くしていた。

 

滝だ。

 

視界いっぱいに広がるほどの幅広く巨大な滝が、前方に広がっていた。

幅もそうだが高さだって途方もない。

激しく舞い散る飛沫が靄となって体を濡らす。

 

まずい。

開けた空間だ。

眼下の滝壺は滝の規模に比例して広がっていて、大きな池のようになっていた。

椛の弾幕を妨害するような遮蔽物がほとんどない。

 

慌てて進路を変えようと左右を見る。

「げ」

 

既に椛の弾幕が俺の逃走を許さまいとするかのよう左右に展開されていた。

追い込まれた。

逃げ場はない――上にしか。

 

迷っている暇は無かった。

接近してくる椛から逃れるために、俺は我武者羅に魔力を練って真上へと進む。

 

椛も俺の軌道をなぞるように追ってきた。

滝の流れに逆らうが如く、俺たちは上へ上へと飛び上がりながらほとんど一方的な弾幕ごっこを繰り広げる。

滝の轟音と飛沫を浴びながらの弾幕ごっこの中で、俺の気力を削ぐかのように次第に椛の弾幕が密度を上げて追い込みをかけてきた。

 

途中からは弾幕を放って牽制する余裕すらなくなり、否応なく回避に専念せざる負えなくなった。

俺を押しつぶさんとばかりに視界いっぱいに広がる弾幕の中に生まれる流動的な安全地帯を、ぎりぎりのところで見出しながら凌いで凌いで、掠めながらも、どうにか、凌いで――。

 

「!?」

唐突に、椛の弾幕が途切れた。

急激にクリアになる俺の視界。

目を見開く。

僅か数メートルのところまで、既に椛は接近してきていた。

射殺さんばかりの鋭い視線の彼女の手は、まるで居合い抜きを放つかのように一旦鞘に収められた刀の柄をしっかりと握っている。

 

このまま斬りつけるつもりなのか。

それとも超至近距離からあの大量の弾幕を展開するつもりなのか。

 

どちらにせよ、敗北必須の間合いだった。

 

息を呑むことすらできないほどの刹那。

その光景がスローモーションに映る。

まるで時間の流れが数倍に引き伸ばされたのではないかと錯覚するような、そんな数瞬の中で。

 

 

 

不意に、アリスの顔が浮かんだ。

同時に想い出すのは、瀕死の俺を救ったまばゆい光。

 

その光景を脳裏に、俺は静かに宣言した(呟いた)

「咒詛」

その声はきっと、滝の轟音にかき消されただろう。

 

「っ!」

だが、椛は俺の行動の意味を瞬時に悟り、目を見開いた。

 

 

 

弾幕ごっこ――またの名を、『スペルカード』バトル。

 

これまで俺と椛が繰り広げてきたのは、俗に『通常弾幕』と呼ばれる名前の無い弾幕の応酬だ。

だが、弾幕ごっこは本来名付けられた弾幕(スペル)を主軸に競いあうもの。

パチュリーの木符『シルフィホルン』、チルノの凍符『パーフェクトフリーズ』 、メディスンの毒符『ポイズンブレス』。

見た目に分かりやすいそれら弾幕は一種の必殺技みたいなものだろう。

そして、それらスペルを使用する前には、必ずスペルカードの宣言が伴う。

 

相対する椛は、俺からスペルカード宣言の気配を察し、距離を取ろうと下がり始めた。

その目は俺の一挙手一投足を見逃さないが如く見開かれ、距離を取っているのも逃げるためではなく、確実に、かつ完全に回避仕切って見せようという強い意思を俺に抱かせた。

 

弾幕ごっこは、例え互いに余力があろうともそれらスペルを制した者が勝者となるルール。

必殺技と称したが、スペルカードは相手を下すため奥の手であると同時に打ち破られれば敗北が確定しかねない一種の諸刃の剣だ。

椛はきっと俺の弾幕を回避しきって見せることで、勝負を制するつもりなのだろう。

 

――ああ、それでいい。

さあ、借りるよ、アリス。

君の。

 

 

「『魔彩光の上海人形』」

 

 

 

 

 

――虎の威を。

 

至極、当然ながら。

通常弾を撃つだけで精一杯の俺に、アリスのスペルカードを模倣する技量など当然ない。

 

ここで俺が宣言したスペルは紛れもない嘘である。

まあ、すぐそばの滝の轟音が俺の声をかき消しているから、ここで俺が嘘を言ったかどうかはさして問題ではない。

 

ただ一点。

俺がスペルを使用すると、椛が勘違いしてくれれば、それでいい。

俺のスペルを回避しようと、椛が俺に全身全霊で集中してくれれば、それでいい。

 

勢い良く突き出した両手。

今までの弾幕ごっこで、俺は手の平から弾幕を繰り出していた。

だから椛は、今回の俺のスペルもその両手から展開されるだろうと注目したはずだ。

 

『はず』と、予想するような言い方になったのは、その瞬間俺は椛を見ていなかったから。

その()から自分の眼を守るために、顔を逸して目を閉じていたからだ。

 

発動させたのは弾幕ではなく魔法。

 

閃光魔法『フラッシュバン』。

 

魔力を光に変換して、椛に向けて爆発させるの目眩まし魔法だ。

 

同時に、『美しさを競い魅せ合う』弾幕ごっこでのその行為は、紛れもない。

卑怯で姑息で卑劣な、禁忌(ルール違反)だろう。

 

悪い、椛。

君はルールに従って俺に応じてくれたのに。

俺はこんな応え方しかできなくて。

 

残光に目を瞬かせながらも、俺は椛を見据える。

苦悶の表情を浮かべ目尻をピクピクと痙攣させる椛は目を凝らすように細めていた。

だが、その視線は俺を捉えてはいない。

視えていないその様子は、俺の魔法を直視したことを明確に物語っていた。

 

今度こそ俺は弾幕を撃ち放つ。

椛と椛の周囲の空間に広がるように展開した弾幕の一部が、狙い取り椛に向けてまっすぐ進んだ。

回避は容易な弾幕だ。

もちろんそれは見えていればの話。

 

…………椛。

ほんっと申し訳ないけど。

卑怯も、反則も、全部棚に上げて、今回の『勝ち』は…………。

 

一粒の弾が椛へと迫る。

当たった――と、俺が勝利を確信した瞬間。

 

 

いただく…………え。

 

紙一重のタイミングで椛がその体を翻した。

捻るように、あるいはコマのように回転した椛は――掠めこそしたものの――被弾はしていない。

どころか、立て続けに弾幕を椛は宙空を舞うかのごとく飛んで回避する。

 

「っ」

一瞬唖然としたのは失敗だった。

気づいたときには既に、目を瞠る俺の目前まで椛は迫っていた。

 

刃が舞い、弾幕が彼女の周囲から発生した。

近距離から発生するそれに人一人通る隙などなかった。

悪あがきで距離を取ろうとして、背後に轟音が迫りくることにその時になって気づいた。

 

「なんっで」

疑問が俺の口から溢れる。

なんで見えているんだ。

俺を圧し潰さんと迫る弾幕の合間に見える椛に俺は問いかけようとした。

瞼を閉じた彼女の顔は、すぐに弾幕に遮られ見えなくなり。

 

ちくしょう。

本当、君たち強敵(妖怪)ってやつは。

なかなか俺に勝ちを譲っちゃくれないな。

 

 

そうして、俺は椛の弾幕に圧され、背後の巨大な滝の激流に飲み込まれた。

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

断片的に意識が飛んだのか、記憶は途切れ途切れだった。

 

体中を殴られたかのような衝撃は椛の弾幕。

抗いようのない激流。

底へ底へと俺を引きずり込む滝壺。

光が消え、酸素が尽きて、意識が遠のきかけて。

 

それから、何かが俺の体を急速に水面へと引っ張り上げた。

 

「っはあ!!」

水面を破った先、ありったけの空気を体中が求めていた。

遠のきかけていた意識をなんとか持ち直す。

「っ、ゲホ!」

 

鈍い痛みが、肺と頭と…………あとはよく分からない。

水の冷たさのせいか、体中の痛みがどこか遠く鈍かった。

とにかくまずは酸素だと、何度も何度も俺が咳き込む隣で、水面に出てからも腕を引くその少女は浅瀬へと向かっていた。

「ゴホッ、つ……?」

 

淡い青色の髪を二つに結ったツインテールの小柄な少女は、黙って泳ぎ続けている。

大の男一人を引きながらにもかかわらず、さして苦労する素振りすら見せない様子を見て、俺は不意に想い出す。

 

確か、レティに妖怪の山の住人について聞いたときにその名前が挙がったはずだ。

泳ぎと発明と相撲が得意できゅうりが大好物な山の住人。

 

「河童――?」

「?」

俺のつぶやきに河童と思わしき少女が振り返ったが、先に俺を川岸に連れていくことを先決にしたのか、何も応えなかった。

 

少女に引かれ浅瀬へとたどり着いた俺は、這々の体になりながら川岸に上がり、そこで体力が尽きて苔むした岩の上で仰向けになった。

魔力もほとんど残っていないし、さきほどまでの弾幕ごっこの影響か、体が重くて動けない。

 

あと体中痛いし、だるいし、このまま一時間くらいここで横になってたい。

 

息の荒い俺の顔を、助けてくれた少女が覗き込んだ。

「いやあ驚いた驚いた」

河童は気さくな笑みを浮かべる。

 

「弾幕ごっこで滝に流されてるヤツなんて初めてみたよ。どうだい?大丈夫?」

「……ああ。助かったよ」

「熱くなるのいいけどほどほどにしなよぉ。それにしたって白狼天狗と弾幕ごっこをするなんて、あんた一体全体…………げげ、人間!?」

少女の観察するような瞳が俺へと近づき、少ししてから彼女は目を見開いて後ずさった。

 

「なんだ、気付かずに助けたのか」

不意に上空から声がした。

河童の少女の隣に、滝に流された俺を追ってきたのだろう椛が降りてきた。

「うえ?椛!?上で弾幕ごっこをしてたのはあんただったの?」

 

下駄の音とともに着地した椛は、鞘から剣を引き抜いて俺の元へと近づいてくる。

「話は後だ。先にコイツの始末をつける」

「お、穏やかじゃないなぁ」

どうやら椛と知り合いらしい河童の少女が口元に手を当てた。

 

流石、容赦がない。

今回は弾幕ごっこでいろいろやらかした感もあるし、殺気が溢れるくらい椛が怒ってるのも致し方ないことだろう。

むしろ体力が残っていれば、せめて土下座の一つでも披露したいまである。

 

…………あ、でも、調子がいいことは承知で最後にダメ元でも訊いてみようか。

 

「なあ椛。最後の俺の弾幕、なんで避けれたんだ?」

「ふん。教えるわけがないだろう。勝手に悩んでいろ」

と、椛は答えてはくれなかった。

答えてはくれなかった、けど。

 

「ハハ……」

「なんであんた、こんな時に笑ってるんだい!?」

思わず零した笑みに、河童の少女が瞠目しながら問いかけてきた。

 

「いやさ、今まで散々、椛には無視されてきたからさ。やっと、俺の質問に反応してくれたなって」

「…………」

「ヒュゥ」

俺の答えに椛は眉を顰め、斜め後ろに立っていた河童は口笛を吹いた。

 

「へえ、お兄さん。随分と椛にお熱みたいだねえ」

「別にそういうわけじゃ……」

「もういい」

 

明らかに棘のある声を上げ、椛は手にした刃の切っ先を振り上げた。

「もう黙れ。死ね」

 

めっちゃ怒ってるな……。

まあ、それだけ怒られるようなことをしたというだけなのだけど。

一人勝手に納得し、心の中で椛に謝りながら、俺は息をついた。

…………重ねて椛には悪いけど、このまま消えるとしようか。

 

俺は目を閉じ、椛に斬られる前に分身を解こうとし――。

 

 

 

「そこまでよ!」

 

 

 

上空から制止の声が上がった。

 

「!!」

「ヒュイ!?」

 

突風が顔を撫で、何事かと、俺は瞼を開いて――目を瞠った。

「はたて…………?」

 

黒い羽を広げた烏天狗の少女が一人、腕を組んだ仁王立ちの姿勢で降りてくるところだった。

いつもの現代の学生のような装いではなく、修行僧を連想させるどことなく厳格な衣服を纏った彼女は、目を見開く俺たちの傍にゆっくりと着地した。

 

「ひ、姫海棠のお嬢様じゃないか……」

河童の少女があわあわと動揺した様子で言った。

 

「はたて様」

「椛」

烏天狗は白狼天狗の上司である、みたいなことを阿求さんから聞いたことがある。

強ち間違いでもないのか、近づいてきたはたてに畏まるように、椛は刃を鞘に収めて頭を下げた。

 

「この場は預からせてもらうわよ。さて、悠基」

「?」

いつもの忙しない態度はどこへいったのか、落ち着いた雰囲気を漂わせるはたては、未だに仰向けのままの俺を覗き込んだ。

 

「その様子じゃあまだ暫くは動けそうにないわね……仕方ない。運ぶか」

『運ぶ』というワードに嫌な予感がした俺は思わず問いかける。

 

「えっと?どこに」

 

俺の問いかけに、はたては俺の横へと回り込みながら、さもなんでもないことのように告げてくる。

 

「大天狗様がお呼びよ」

「…………え?」

 

 

 

 

ちなみに、だが。

嫌な予感は当たるもので、『運ぶ』とは横抱きのこと――つまりは、お姫様抱っこのことだった。

体力も魔力も底を尽きた人間が天狗に対してまともな抵抗など当然出来るはずもなく、すなわち。

俺は、本日二度目のその『屈辱』に甘んじざる負えなかった。

 

…………くっそぅ。

 




大真面目に弾幕ごっこをする回です。完全敗北は当然の結果でしょう。
弾幕ごっこを始めとして今回は独自解釈が混じりがちですが大目に見て頂けるとありがたいです。
主人公が宣言したアリスのスペルカードは四十五話より。

今回は登場人物紹介はお休みです。


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