東方己分録   作:キキモ

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五十九話 アプローチ

その少女を言い表すならば、深窓の令嬢と言ったところだろうか。

 

あどけなさを残しながら、しかしどこか大人びた気品ある面持ち。

新雪を連想させる白い肌。

嫋やかで品のある仕草。

浮かべる笑みは美しく、されども同時に儚さを抱かせる。

 

画家ならば絵を描かせてくれと頼み込むだろう。

音楽家ならば彼女のために曲を作るだろう。

歌人ならば無意識に一句詠んでいるだろう。

少女ならば憧れ、少年ならば思慕を寄せるだろう。

誰もが敬意と羨望を抱くだろう。

その笑みを自分に向けてくれるのなら……と、そんな夢想をするのだろう。

 

さすがに誇張しすぎただろうかと思わなくもないが、どうにもそんな表現がしっくり来てしまうのが、彼女なのだ。

そして、その少女の笑みは今、正面に座す俺に向けられている。

 

では、羨望を受けるであろう彼女の笑みを向けられた、当の俺の心境はいかがなものかと言えば。

 

 

 

「……………………」

「……………………」

 

 

 

 

 

めっちゃ気まずい。

 

 

 

 

 

 

少しずつ暑さが増し始めた頃合い、以前は毎日のように通っていた人里、稗田邸の一室にて。

幻想郷縁起の編纂が終わったとの話を慧音さんから聞いた俺は、早速とばかりにちょうど持ち合わせていた甘味を土産に邸宅に訪れた。

部屋へと通された俺を見てにっこりと微笑む元上司の、そして友人であるはずの少女、稗田阿求さんは、俺の挨拶を手を翳して制止し、無言で正面の座布団を促した。

「そこに座って下さい」という無言の指示に威圧感を受け取った俺は「あ、あれ?」と内心戸惑う。

 

半年も顔を突き合わせていたおかげか、一月以上会わなかったわりには俺はすんなりと察する。

これは叱られる流れだな、と。

 

それにしてもなぜか。

俺、なにかやらかした?

といっても、縁起の執筆作業に集中していると家人の人から聞き及んでいたこともあり邪魔をするのも申し訳ないということで暫く顔も出していない。

だから、なぜいきなり機嫌が悪いのか皆目検討もつかな…………あー、いやいや。

 

以前は無茶な行動をよく窘められていし、それを踏まえてここ一ヶ月の行動を省みる。

心当たり、ありますね……。

俺は気まずい思いのまま口元を歪めるが、阿求さんは貼り付けたような微笑みのまま、俺に無言のプレッシャーを与え続けている。

 

ああ、今回はどんな正論で責められるんだろう……でもこういうのも久しぶりだなあ。

 

「なにを和んでいるのですか」

「は、いえ」

気の緩みを即指摘された俺は慌てて居住いを正す。

どうやら無言の威圧タイムは終わりらしい。

 

「さて、悠基さん」

「はい」

「何か私に言いたいことはありますか?」

 

全く笑顔が崩れないのが非常におっかないです。

 

「……言い訳をしても?」

「ええ。どうぞ」

ダメ元で提案してみると、あっさりと承諾された。

かといって状況が好転するわけではないけれど。

 

「あの、紅魔館に住み込みで働くことについては、危険は重々承知の上で、致し方ない事情がございまして」

「なんの話をしているのですか?」

「はい?」

 

最初に浮かんだ『無茶』を口にしてみるが、どうやらハズレらしい。

笑顔のまま小首を傾げる阿求さんに戸惑いつつも、俺はおずおずと次の候補を挙げてみる。

 

「…………えっと、それじゃあ、人里で子供が攫われたときの話ですか」

「話は聞いていますよ。大活躍だったそうじゃないですか」

あ、こっちか――。

「それで、それがなにか?」

あれぇ?

 

「……霧の湖で幽霊楽団のフルコーラスに()てられて着衣水泳した話ですか?」

「馬鹿ですか貴方」

阿求さんは大いに呆れた顔になった。

とはいえ、貼り付けたような笑顔をやっとほぐしてくれた。

 

安堵する俺に嘆息しつつ、阿求さんは額に手を当てた。

「そのことではありません」

あっれぇ?

これもはずれ?

 

「……でも、言いたいことが一つ増えましたね」

「あ、もしかして俺墓穴掘りました?」

「ええ」

「うわぁ」

顔に手を当てる俺を阿求さんは口元を隠して上品に笑った。

 

「確かに以前は貴方のそういうところも窘めていました。ですが、それはあくまで私が貴方の雇い主だったからです。雇っている以上は、貴方に無理をさせてはいけないという責務もありました。まあ、半分以上はお節介でしたが」

「阿求さん……」

……ありがとうございます。

 

「それに」

「?」

「言っても無駄なことは言わないことにしました」

「阿求さん……」

……ホント、すいません!

 

 

「ですので、これから私が話すのはただの我侭です」

「我儘、ですか?」

「ええ。悠基さん」

 

名前を呼ばれて俺は改めて正座の姿勢を正す。

それにしても、「我儘」だなんて、阿求さんにしては珍しい言葉選びだ。

名家のご令嬢、というか若くしての当主というだけあって、基本的には彼女の言葉使いは同年代の少年少女と一線を画すというか、振る舞いを含めて俺よりも大人びているまである。

そんな彼女の我儘などと、一体何を言われるのか俺が戸惑っているのもつかの間、更に珍しい光景に俺は瞠目する。

 

「なんで今更なの!」

「え?」

それは、そう、本当に珍しい、というか初めて見たわけだけど。

阿求さんは子供の顔をしていた。

 

「来るのが遅すぎでしょ!」

「えぇ?」

年相応どころか、ともすればそれよりも幼さを思わせる仕草。

頬を膨らませて立ち上がった彼女は両の握りこぶしをぶんぶんと振っていた。

今まで一度として崩さなかった丁寧口調は見る影もない。

 

「友達ですって言ったのに、なんで遊びに来なかったの!」

「あの、阿求さ――」

「しかもなんでこのお土産!」

ビシッ、と俺が持ち込んだ風呂敷包みを指さされる。

 

「どうせ貴方のことだから甘いものでしょう!?」

「え、ええ、そうですけども」

「ほらやっぱり!なんで今更なの!」

「い、今更?」

 

「あ!ま!い!も!の!といったら、頭を使ったときに欲しくなるものでしょ!?違う!?」

「はぁ、確かにその通りですが」

「私はずぅっと『縁起』を書いてたの!分かる!?頭を使ってたの!そしたら差し入れは甘いものでしょ?なんで書き終わってから持ってくるの!?」

「いやでも、この前の話の流れ的には」

「縁起の編纂が終わるまで来ない方がいいとでも!?だからって一月以上も来ないってある!?別にずっと作業していたわけじゃないわよ!お客さんをもてなすくらい出来たました!ケーキの差し入れくらい寄越しなさいよ!ていうか気晴らしくらいさせなさいよ!バカ!!」

 

 

……なんというか。

もはやキャラ崩壊どころではない、というか。

 

「え、えぇと…………」

「ハァー、ハァー、ハァー……」

 

 

一応受け答えはしたもの未だに頭の中は混乱の最中、というか。

予想だにしない彼女の豹変ぶりを披露された俺の受けた衝撃たるや計り知れない、というか。

 

 

「…………ふぅ、すっきりしました」

「え、えぇー……?」

そして、あっけらかんといつもの調子に戻る阿求さんに、もう脱力しか出来ない、というか。

 

 

「なんですか今の」

「あら、人間というのはストレスが溜まるものなんですよ?たまには発散しないと持ちません」

「それはまた、個性的な発散方法で」

確かに『ストレス発散』と聞けば腑に落ちなくも無いが、それにしたってこれまでの付き合いで築かれた印象とのギャップが激しすぎる。

 

おずおずと俺は小さく挙手する。

「あの、ちなみになんですけど」

「なんです?」

「どちらが素なんですか?」

「あら、こういうのは使い分けるものでしょう?」

 

使い分けるだって?

そういうレベルなのか?

正直言って人格が入れ替わったようにすら感じたんだけども。

 

「ふぅ。久しぶりに大声を上げたらすっきりしました」

笑顔を浮かべて息をつく阿求さんだが、それもつかの間、唐突に彼女はよろめいた。

半ば呆然としていた俺ではあったが、反射的に腰を浮かせる。

「阿求さん!」

「……大丈夫です」

 

傍にあった柱に手を当てて体を支えると、阿求さんは空いた手で胸を抑えた。

「少し、はしゃぎすぎました」

「……ほどほどにしてくださいよ」

一瞬彼女が倒れるのではないかと危惧した俺はほっと胸を撫で下ろす。

 

つい先程の癇癪から落ち着いつからの落差のせいか、今の彼女はいつも以上に儚い印象を抱かせる。

先程よりも顔色が青白いのは気のせいではないだろう。

慧音さんから「代々御阿礼の子は短命」だと聞き及んでいた俺としては、過剰だという自覚はあるものの気が気でない。

 

「先日まで縁起のために部屋に篭りきりだったんでしょう?疲れが残ってるんじゃないですか?」

「……そうみたいですね」

「だったら、無理せず今日はもうお休みになって下さい」

 

「……分かりました」

不承不承、といった様子で阿求さんは頷く。

頷いたまま、僅かに顔を俯かせた体勢で阿求さんは俺を見つめる。

「悠基さんはこのままお帰りになるのですか?」

 

疲れで弱っているのか、問いかけてくる阿求さんの瞳がどこか寂しげに見えた。

そのせいか彼女の言葉は縋るようなニュアンスを含んでいるように聞こえて、俺は反射的に応えていた。

「……傍にいましょうか?」

 

自分の発言がどう取れるか。

言ってしまった後に気付く程度には腑抜けていた俺だが、対する阿求さんも意外なことに僅かながらも顔を赤らめていた。

「別に、はい、あの、結構ですので」

やはり、随分と弱っているらしい。

今日の彼女はなんだか隙だらけだ。

 

「ま、また来ますから……あの、遊びに」

戸惑いがちになりつつも俺が言うと、阿求さんは気を取り直すように小さく咳払いをした。

「…………ええ。ですけど、一つ謝らないといけませんね」

 

「謝る?」

「私は、貴方に友人として来て欲しいと言いました。それに――」

 

調子を取り戻したのか、いつものように凛とした真剣な面持ちで阿求さんは言う。

「『お休みを出す』とも申し上げましたね」

「……!」

おや、これは。

 

「貴方が相変わらずお忙しいことは重々承知でお願いさせていただきます」

俺の目を真っ直ぐ見据え、阿求さんは告げる。

「今一度私の元で、私の手伝いをしていただけませんか?」

 

「妖怪調査の仕事ですね。構いませんよ」

 

「そうで……え?そうなんですか?」

二つ返事で頷く俺の態度があまりにも予想外だったのか、阿求さんは目を見開いた。

 

「そんなに驚くところです?」

「い、いえ、まさか即答されるとは思っていなかったので」

「いやまあ、俺としても、心残りはありましたから」

「心残りですか?」

 

「はい。結局、この仕事をしていた半年の中で一度も妖怪の山での調査をまともに出来ませんでしたからね。実を言うと、いつかはリベンジ出来たら、程度には考えていたと言いますか……阿求さん?」

実に呆れた様子で、阿求さんは嘆息し、そして口元を綻ばせた。

 

「そうでしたね。貴方は、おとなしい顔をしてそういうことをあっさりと言ってのける方でしたね」

「『山に行け』と命令を出したのは阿求さんじゃないですか。お互い様ですよ」

「まあ」

と、軽口を返す俺に阿求さんは驚くように目を見開いて、次の瞬間クスクスと朗らかに笑った。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

さて、阿求さんにそうは言ってはみたものの、だ。

 

正直なところ、妖怪の山への侵入なんて難しい話だ。

山での妖怪調査は、警備である白狼天狗に阻まれ続けて一度としてまともに決行出来たことはない。

最後に山へ赴いたのは二月近く前の話だが、その間で何かが変わったかと言うならばなんの変化もないので当然だ。

 

強いて挙げるなら、俺が飛行魔法を習得したことくらい。

日常的に練習している甲斐あって、以前のように自分の意思に関わらずただ浮き上がるだけ、よりはそれなりにマシにはなった程度だ。

 

まず確実に山への侵入を試みた俺を撃退した回数がトップであろう、白狼天狗の少女の鋭い眼光を思い出すと、背筋が冷たくなる。

いずれにせよ、妖怪の山の侵入を試みたところで、巡回警備する白狼天狗に阻まれ為す術もない。

 

 

なら、ここはアプローチを変えてみるのが順当だろう。

例えば、知り合いの山の住人に手引きを頼んでみるとか……。

 

 

 

 

「嫌よ」

「ですよね」

 

稗田邸から場所を移し、甘味処にて。

 

如何にして妖怪の山へ侵入するか、浮かんだ策を検討しながらいつもの習慣で元職場へ赴いたところ、タイミングが良いのか悪いのか、ちょうど目的の少女と居合わせた。

即ち、姫海棠はたてである。

以前は俺の作る洋菓子の記事を書いていてくれたのだが、甘味処を休職し、紅魔館に住み込むようになってからは殆ど会う機会も無かった。

そんなわけで久しぶりに会えたこともあり、せっかくなのでと事情を話してはみたものの、結果は予想通りである。

当然とばかりに半眼を俺に向けながら、はたては手にした団子の串を振った。

 

「山は天狗のテリトリーで、天狗っていうのはテリトリーへの侵入者を嫌う妖怪なの。だから侵入者は即排除か追い払う。この方針は私達の総意じゃなくてウチのお偉方が決めてるんだけど、概ね同調されてるわ。だから、わざわざ人間を呼び込んでその方針にケチなんてつけたら、私の立場が悪くなるじゃない」

「そこをなんとか、無理かな?」

「絶対に嫌。そもそもあんたに協力して私に得とかあるの?」

 

確かに、これは一種の取引、交渉みたいなものだし、相手にとって有益なものを提示するのは当たり前どころか前提条件だ。

「……俺の菓子の試食が出来る」

まあ俺はその辺まだなんにも考えてなかったわけだけど。

 

「そんなのいつものことじゃない」

「むぅ」

やはり、そんなに簡単には行くわけはないか。

仕方ない。

アプローチを変えるにしても他のやり方を検討してみるとしよう。

 

と、俺が考えていると、不意にはたてが俺の名前を呼ぶ。

「それより悠基」

「ん?」

串だけになった皿を横にどけながら、はたては視線を俺の横へ動かす。

 

「その荷物って、吸血鬼の館で作ってるっていう件の新作ケーキじゃないの?」

「ん。そうだよ」

おそらく甘味処の従業員である千代さん辺りから話を聞いたのだろう。

俺は机に置いた包を正面へ動かしながらその中身を開く。

期待した様子ではたてがその中を覗き込む。

 

箱の中身は、はたての推察した通り紅魔館で作成した試作品だ。

今回作成したのは幻想郷では非常に珍しいチョコレートを生地と生クリームに混ぜ込んだチョコレートショート。

ケーキ自体の単価が高いこともあって、人里で売り出すとすればちょっとした高級品になるだろう。

ちなみにデコレーションには王道の苺を採用しているため、見た目が全体的に赤系統に寄っている。

ホールケーキで持参したそれは、稗田邸の台所を一時的に借り受けて八等分されており、その一部は阿求さんへの差し入れだ。

 

「へえ、面白い色のケーキね」

「幻想郷では珍しい材料を使ってるんだ。食べたい?」

「当然」

 

俺のケーキを目にしたはたてがあからさまに機嫌をよくする。

作った立場から言えば嬉しい光景だ。

前もって千代さんに用意してもらった小皿にケーキを一切れ装いはたてに差し出そうとする。

そこで、不意に俺はちょっとした意地悪を思いついた。

 

「はたて」

「ん?なに?」

「悪い。取引だ」

「……は?」

 

先程の会話を想い起こすような言葉に、はたては眉を顰めた。

「何を――」

「さっきの言葉を使うなら、君にこのケーキを譲ったところで俺に得はないよね」

 

あるよ!

自作したケーキの感想を聞くだけで俺的には満足だよ!

 

と、そんな思いを怪訝な顔を浮かべるはたてに悟られないように、俺は頬杖をつく仕草を装い口元に手を当てて表情を隠す。

 

「『いつものこと』だなんて君はのたまってたけど、これの材料にそれなりに珍しいもので、売れば値段だって相応になる。譲るにしたって『タダで』とは言えない」

「なっ!今まで散々記事にしてあげたじゃない!」

「それに関しちゃお互いに利益があったからだよね。こっちは宣伝が出来て、そっちはケーキが食べられる上に新聞のネタを定期的に手に入れることが出来る。でもこれは試作品で、今のところ売り出す予定は無いから、新聞の記事には出来ない。だよね?」

 

 

「グ、ぐぬぬ……このぉ…………」

眉間に深い皺を刻みながら、はたては顔を真っ赤にして俺を睨みつけてくる。

思いの他怒っているみたいだ。

 

もちろんだけど、俺の言葉は全部冗談だ。

ただ単に妖怪の山の件で素気ない態度を取られたことに対する、ちょっとした意趣返しを込めてからかっているだけ。

さすがの俺だって、そんなせこい損得勘定でこれまで築いてきた信頼関係を崩すほど愚かじゃないし、器が小さいわけでもない。

と、俺がネタバラシをしようとしたところで、ハタテは「ふん!」と鼻を鳴らした。

 

「はっ!いいわよ!別に要らないわ!そんな土みたいな色の不味そうなお菓子なんて!」

 

……カッチーン。

 

「はああああ!?よく見ろ全っ然違うだろ!?」

「は?どこが?どう見たって泥の色じゃない!」

「そんな色してないし!ていうか不味くないしめっちゃ美味いし!」

「どうだか!どうせ『珍しい』とか『ちょっと高級』ってだけで美味しいと思い込んでるだけでしょ!?」

「んなわけないだろ!?」

 

「ちょっとお二人さん」

ヒートアップする俺たちの口喧嘩の合間の絶妙な隙を狙うように、落ち着いた、しかし言い知れ用のない威圧感を感じさせる声がかけられる。

二人揃って声のした方を見ると、千代さんが立っていた。

 

浮かべた表情はいつものように朗らかな笑みのはずなのに、有無を言わせぬ迫力を感じて俺は思わず息を呑んだ。

頭の天辺から急激に体が冷めていくような錯覚を抱く。

「もう少し静かにしてくれる?他のお客さんに迷惑だから」

「は……はい。すいません」

「……ふん」

 

「じゃあ、よろしく、ね?」

釘を刺すような言葉を残し、千代さんはスタスタと去っていく。

その背中をドキドキと見送りながら、彼女は怒らせないようにしようと俺は肝に銘じることにした。

 

「…………ちょっと大声出しただけじゃない」

はたては腕を組んでブウたれているが、声量はずいぶんとおさえられている。

さしもの彼女も険のある態度はなりをひそめている。

 

さて、うっかり熱くなってしまったけれど、そもそも意地の悪いことを言い出した俺が原因だ。

俺は姿勢を正しながらはたてに向き合う。

「ごめん、はたて」

「なっ、なによ」

不意の謝罪に驚いた様子で、はたては目を丸くした。

 

「いや、さっきのは意地が悪かったよ。本気で言ってたわけじゃないから、この通り、水に流してくれないかな」

そんな文言を口にしながら、俺はそっとチョコレートケーキを装った小皿をはたてに差し出した。

「…………そ」

ジト目になってケーキを見つつも、はたては呟くようにそう返した。

 

それからフォークを手に取り、彼女は言う。

「別に、嘘ついてることくらい、分かってたし」

「へぇ?本当に?」

 

「顔を隠したってバレバレなのよ」

「そんなに?」

「そうよ」

「そうかい……ん?じゃあ、どうしてムキになったのさ」

 

「別に」

はたては短く応じて、チョコレートケーキを口に入れた。

「……美味しいわね、コレ」

 

あからさまに話を逸らされたが、まあ気にするまい。

それ以前に待ちかねていた感想の言葉を聞いて、俺はついつい口元を綻ばせていた。

「だろ?」

「…………」

 

さてと、それはともかくとして、どうやって妖怪の山に侵入したものか。

はたての助力は難しいみたいだし、だとすればもう一人の烏天狗、文を頼ってみようか。

といってもこちらも望み薄だろう。

 

などと、腕を組んでぼんやりと策を企てる。

そんな俺を、どういうわけかはたてはケーキを口にしながらもずっとジト目を向けてきていた。

 

 




紅魔館に住み込むのくだりは四十七話以降、人里で子供が攫われたのくだりは四十二話より、幽霊楽団のくだりはボツネタ。ルナサとリリカもその内出てきます。『お休みを出す』は四十話より。白狼天狗の少女=主人公視点では主に犬走椛を指す。主人公は彼女の名前を知らない。主人公と椛のほのぼのとした交流は三十八話にて。

更新に間が空きがちなので、必要かどうかは置いといて補足もどきを前回から書き記しております。補足という名の誘導かもしれません。


名前:姫海棠はたて
概要:初登場二十一話。ダブルスポイラー自機、他。『念写をする程度の能力』。
当作における彼女は、あまり引きこもりではない代わりに能力の念写描写が皆無という原作と比較して無個性方面に舵を切られつつある少女である。取材時のスタンスは「面白ければOK」という身も蓋もない印象を受けるものの、打って変わって記事の内容は意外と、そしてかなり堅実。食レポもこなす。主人公からは見ていて飽きない友人として見られている模様。

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