東方己分録   作:キキモ

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一応前回からの続きとなっております。


五十六話 薬を求めて

しばらく前に飛行魔法を習得した俺だが、果たしてそれを『飛行』魔法と呼んでも良いのかといえば、自分自身でもついつい首を傾げてしまう。

なにしろ、飛行魔法というよりも正しくは浮くだけの浮遊魔法。

しかも、重力に逆らって浮き上がり続けるだけで、一定の高度に留まり続けることも高度を下げるように浮力を抑えることもできず、一応は前後左右に移動はできるが子供の足よりも遅くで、つまるところコントロールがほとんど出来ていないのである。

 

辛うじて魔法を解くことは出来るが、一度解いてしまうと魔力の練り直しに時間がかかって再び魔法を使うにも時間がかかる。

つまり、屋外でこの魔法を使用した日には、初めて魔法を行使した時と同じようなことになってしまうので早々使えないのだ。

 

とはいえ、この魔法を未熟なりにも一応は習得したことで、ありがたいことが一つだけある。

 

目的地である永遠亭の敷地に入り高度が下がってきたところで、ようやく俺飛行魔法を解いて地面の上に着地した。

未だに自分の魔法で飛ぶことには慣れず、高度が高くなってくると肝が冷える。

硬い地面の感触を心強く思いながら、俺は深く安堵の息をついた。

 

「ふー……助かったよ」

「別に、なんてことないけど」

俺の言葉を軽く流すのは、浮遊した俺を引っ張ってくれた鈴仙だ。

 

人里で妖夢を見送った俺だが、元々の目的は永遠亭に行くことで、そのために案内を頼みたかった妹紅は自警団の会合中。

会合が終わるのを待っていたところだったが、鈴仙がいるならちょうどいいと、俺は仕事帰りの彼女に頼んで永遠亭まで連れてきてもらったのだ。

 

「貴方、本当に浮くだけなのね」

「そりゃあ最近出来るようになったわけだし?」

鈴仙の正直な言葉に俺は言い訳じみた反論をしてみせる、だが、普通に悔しい。

悔しい、が。

 

「でも、まだだいぶマシだよ」

「マシ?」

 

「ああ」

なにしろ、この魔法を覚えたおかげで、

「お姫様抱っこされなくて済むからねぇ……」

 

「え゛」

どこか遠くを見るような目の俺の発言に明らかにドン引きして後ずさる鈴仙。

目は口程になんとやらで、その視線からは分かりやすいほどに「唐突に何言ってんだコイツ」的なメッセージを感じるが、今の俺にはそこまで気にならない。

「そうそう。普通はそういう反応をするもんだよな」

 

「……一人で勝手に何を納得してるのよ」

「いやあ俺としては『幻想郷では常識には囚われてはいけない』という教訓を持って入るんだけどさ、でもそれにしたって限度があると思うんだよね」

「は、はぁ……?」

「だというのに、ほんっとあの子達は俺の意思とか意見とか完全無視で強制的に横抱きなんだもんちっとは俺の事情考えてほしいよなあ全くアッハッハッハ」

 

想い出すのは屈辱の記憶。

初めては藍によって博麗神社から人里へ。

それから何度かは、咲夜によって人里のど真ん中から紅魔館へ。

 

咲夜に運ばれていく俺を「見た」と口を揃えて証言したのは寺子屋の教え子たちで、その時の俺は本気で穴があったら一日その中で埋まって何も考えずに寝ていたいと現実逃避したこともあった。

そんな羞恥を思い浮かべて乾いた笑いを漏らすと、引き気味だった鈴仙の視線に次第に可哀想な物でも見るような憐憫が込もっていた。

 

「よ、よく分からないけど、元気出しなさいよ」

「俺は元気だよ?」

ホントだよ?

 

「おや、珍しい顔じゃないか。なんとも痛ましい空気を感じるけど」

と、そんな絶妙に空気を読んだ言葉とともに、うさぎ耳の幼女、てゐが俺たちの元へ近付いてきた。

永遠亭に訪れて以来の再開だ。

「やあ。ご無沙汰だね」

「ああ、元気そうで。いやあ、しかし驚いたよ」

 

どこか芝居がかった言い方をしながら、てゐは意味深な視線を鈴仙にむけた。

「……なにがよ?」

訝しげな顔で言葉を返す鈴仙。

 

その隣で二人の様子を見ていた俺だが、てゐの笑みがイタズラをする子供特有のそれに気付いて、彼女の次の言葉に予想がついてしまった。

「ウサギたちが慌てて私に報告したのさ。『鈴仙が男を攫ってきた』ってね」

「――んな!?」

 

攫うて……。

てゐの言葉に目を見開く鈴仙。

見る間に赤くなる鈴仙の顔を眺めながら、そういえば以前永遠亭に来た時もこんなことがあったことを他人事の様に想い出す。

 

「で、私も何事かと見に来たら案の定お前さんじゃないか」

てゐが俺へと視線を移し、鈴仙は予想通りに目を見開いた。

「な、なにが案の定なのよ!!」

 

「まあまあ落ち着いて」

……このままだと話が進まな――鈴仙が可哀想だったのもあって、俺は嘆息混じりに彼女を宥める。

「てゐもほどほどに。ところで、永琳様はいるかな」

 

「お師匠様に?へえ、あんたの好みはそっちか」

「いちいちそういう方向に持ってかないで。お目通り願いたいんだけど」

「ああ、一応確認してくるよ」

「よろしく」

俺の言葉にてゐは頷いて踵を返した。

 

仕事帰りの鈴仙をからかって満足したのか、てゐは楽しげな足取りで歩いていく。

俺が思う限りでは鈴仙とてゐは同じ住処のはずなのだが、あんな同居人がいるのになんで鈴仙は一向にこの手の冗談を真に受けてしまうんだろう。

少し不思議だ。

 

「…………なによ」

未だに顔を紅潮させたままの鈴仙に半眼で睨まれた。

てゐにからかわれたことを根に持っているのか、どこか拗ねた様子だ。

とはいえ、すぐに機嫌を直すだろうと、俺は気にしないことにして鈴仙の問いかけに応えることにした。

 

「いや、別に。そういえば、輝夜様もいるかな」

「姫様にもなにか用なの?」

 

「一応挨拶くらいは、と」

「少なくとも私が出た時はお休みだったし、まだお目覚めじゃないかもしれないわ」

俺は眉根を寄せながら空を見上げる。

 

永遠亭の敷地内にいることも相まって竹林に阻まれること無く開けた空には、燦々と太陽が輝いていた。

「……もうお昼なんだけど」

「そういうこともあるわよ」

 

「いい身分してるなあ」

そんなぼやきをしながらも、姫様と呼ばれてるくらいだし当然か、と俺は一人勝手に納得していた。

 

 

 

* * *

 

 

 

診療所に通して貰ってからは、永琳様から数十分ほどの診察を受けた。

そんなにかかるものなのかと不思議に思ったが、永琳様は「一応ね」と興味深げな視線を俺の体に向けてくる。

なんなんだろう。

 

仕事帰りの鈴仙は雑務があるらしく姿を消したが、なぜかてゐは診療所に着いてきた。

永琳様のことを「お師匠様」と呼んでいたので診察の手伝いでもするのかと思えば、そんな素振りもなく診療所のベッドに腰掛けて俺や永琳様と他愛のないやりとりをする程度だ。

 

暇なのかと、そんなことをぼんやりと思っていると、正面に座る永琳様が診断結果を告げた。

「簡単に言えば、貧血ね」

「ああ、はい。ですよねえ」

予想通りの診断結果に俺は相槌混じりに頷いた。

 

「確か貴方、今は紅魔館に勤めているのよね」

「え?あ、はい」

「吸血鬼の姉妹に血でも吸わせてるの?」

 

あ、どうやら察したらしい。

まあ、診断結果を見ればそういう予想に行き着くよなあ。

「ええ。姉の方に」

「物好きねえ」

さして驚くこともなく落ち着いた様子の永琳様に対して、俺は彼女の何気ない感想に釈然としないものを感じて半眼になっていた。

 

「物好きって」

「それで?定期的に血を与えているの?」

俺の視線に構うこと無く永琳様は質問を続ける。

 

「……そうですね。毎朝、だいたい決まった時間に要求されます」

「それじゃあすぐにガタが来るのも納得ね。それで、ご所望するのは毎日あのお嬢さんに血をあげるための薬ということね?」

「ええ。お願いできますか?」

「別にかまわないけど、私としてはその習慣を止める方をオススメするわ」

「……申し訳ないのですが……」

 

「その気はなさそうね。別に、私が謝られるようなことじゃないわ」

こういう時は、永琳様のドライな反応がありがたい。

 

「なあお兄さん」

「ん?」

それまで黙って俺たちの話を聞いていたてゐが不意に話しかけてきた。

 

「お節介で言わせてもらうけど、止めるとはいかなくてももう少しその習慣は控えめにはできないのかい?」

「そうは言っても、こればっかりはレミリア様の提案に同意したわけだから俺の意思だけじゃあ――」

「ああうん、ダウトだ」

言い訳じみた俺の言葉にすかさずてゐが突っ込んできた。

唐突に話を遮られたのと言葉選びが意外だったのもあって、俺は二重に驚いて閉口する。

 

「あそこのお嬢様はああ見えて話が通じるし存外常識的だ」

「……誰が常識的だって?」

「レミリア・スカーレットだよ。あんたがどう思ってるかは知らないけどね」

 

一瞬冗談を言ったのかと俺が首を傾げてみせると、てゐはおかしそうに笑みを浮かべながらも釘を刺した。

「あんたが体を壊すほどとなれば、多少は吸う血の量を減らすなり、その習慣の頻度を減らすなりの交渉は聞き入れてくれるだろうさ」

 

……なんでそんなことが分かるんだ。

確かに、そういった提案を聞いてくれる旨の話はレミリア自身が言っていたけれど。

 

「だから、その習慣を毎日続けるっていうのは、お兄さんの問題さね」

「…………」

「なにをそんなに頑固になってるんだい?」

「別に頑固になってなんか……」

ない、と思う。

 

紅魔館でのお勤めは、仕事の内容に応じて報酬が決まっている。

 

咲夜の補佐を始めとして、レミリアからの命令に従う使用人としての勤め。

報酬は妥当な額の賃金。

レミリアに洋菓子の試作を提供する勤め。

報酬はその材料と設備の使用許可。

 

そして、レミリアに血を献上する勤め。

その報酬は、俺の能力に関する情報、イコール、元の世界帰還のための手がかり。

 

もし、この血を献上する勤めの頻度を減らせば、その分だけ元の世界への手がかりが遠ざかってしまうのではないか。

それは……可能ならば避けていきたい。

 

俺が頑なにレミリアへの血の献上を毎日こなそうとするのは、そんな考えがあってのことだ。

ただし、レミリアは俺の働きに対してどの程度の情報をくれるのかは明言していない。

結局はレミリアのさじ加減というわけだ。

 

だから、そんなレミリアの機嫌を損ねないためにも、血を献上する仕事に関してはできるだけ妥協はしたくない。

…………つまるところ。

 

「ああ、うん。確かに頑固になってるかも」

最終的にはそんな自己分析になる。

ただ、それを自覚したからといって意見が変わるというわけではない。

 

「でも、悪いけどレミリア様に交渉するつもりはないよ」

「じゃあ、こういう言い方はどうだい」

 

てゐが俺の胸の辺りを指差した。

「……?」

 

 

「あんたの母親が腹を痛めて生んだ体を、そんな風に扱っちまっていいのかい?」

 

 

一瞬、言葉が出なかった。

意識の外側から全力で畳み込まれたような攻撃、もとい、口撃。

放たれた言葉が、予想外に鋭く太いトゲとなって俺の心臓を刺し貫いたような、そんな衝撃を受けた。

 

「――てゐ、君はどこまで…………」

「? なんのことかな?」

 

とぼけた様子のてゐに、しかし俺は嘆息する。

次の瞬間には、俺の意見は完全に翻っていた。

「……いや、参った。確かにそういう言い方をされると弱い。判ったよ。レミリア様には交渉してみる」

 

俺の行動に永琳様が目を丸くする。

「あっさりね……貴方、意外と……」

「意外と、なんですか?」

「……さあ?」

あからさまに視線を逸らす永琳様に、絶対何か失礼なことを言いかけたのは分かった。

 

「てゐ、いつの間に彼の()()なんて把握してたの?」

「姫様が言ってただけですよ」

確かに輝夜と話した際に、そんなやりとりをした覚えがある。

 

「そ……しかし、残念ね」

「残念?」

不意に遠い目をする永琳様に、俺は首を傾げる。

 

「えっと、薬の話でしたら、それはそれとして必要なんですけど」

「薬が売れないから、というわけじゃないわ」

適当な予想を言ってみるも、永琳様は首を振る。

 

「貴方の分身能力って薬の効能を調べるのに最適なのよね。その内なにか手伝って貰おうと思ってたのよ」

「あ、臨床試験とか、治験とかいうやつですか」

「そういう呼ばれ方もあるわね。でも今の話の流れじゃあね」

「あー……そうかも、ですね」

 

と、苦笑交じりに曖昧に頷いてみるが、これに関しては別に受けてもいいんじゃないか、と思わなくもない。

治験といえば、俺の印象ではちょっと珍しいアルバイト、という程度だ。

それに永琳様には人里の人たちも世話になっている。

俺がこの治験に参加することで、間接的に人里への貢献も出来るんじゃないか、と思わなくもない。

 

だが、一方ではこんな提案を安請け合いしたおかげで、最近それなりに後悔しているのも事実だ。

なにを後悔しているかといえば、フランドールお嬢様と小悪魔、二人のための料理教室まがいの集まりだ。

 

次第に紅魔館での勤めに慣れてきた俺にとって、それは正に晴天の霹靂だった。

語るも涙な悲劇の連続だとか耳を疑うような珍事件の頻発だとか…………いや、思い出しただけで疲れるし、考えないようにしよう。

 

そんな経験もあって、いつもの俺なら請け負うような永琳様の提案だったが、今回ばかりは遠慮することにした。

「残念ね」

「すいません」

永琳様は対して残念そうでもなさそうだが、寺子屋に勤めていたときは配置薬には随分と(寺子屋の子供たちが)世話になった俺としてはちょっと後ろめたい。

 

微妙な罪悪感を抱いていると、不意にてゐがとんでもないことを言い出した。

「人体実験なら、お師匠様が自分でやればいいじゃないか」

 

親しい間柄とはいえ結構酷い言い方だ。

せっかく気を遣って穏やかな単語を選んだ俺の努力が無駄になった、のはどうでもいいとして。

思わず閉口する俺だが、言われた永琳様は全く気にした様子もない。

「蓬莱人だとあまり意味が無いのよね」

 

ホウライ?

「蓬莱人って、なんです……?」

なんで急にアリスの人形の名前が呼ばれたのか、不可解な単語に俺は首を傾げた。

 

「あら」「おや」

と、俺の反応が意外だったのか、永琳様もてゐも僅かに目を見開いた。

変な質問だっただろうか。

 

「貴方、妹紅から何も聞いてないの?」

「なんで妹紅の名前が?」

今度は妹紅の名前が出てきて、俺は更に混乱する。

「慧音からは?」

「あの、なんのことですか?」

 

「お師匠様。どうやら何も知らないらしいね」

「……十中八九、妹紅の意向でしょうね。あの娘、まだ気にしてるのね」

「そりゃあ、お師匠様みたいに開き直れてはいないでしょうねえ」

「別に開き直ってるわけじゃないわよ」

 

何かを察した様子の二人の様子に、なんとなくだが、俺もあまり触れるべきではなさそうなのは分かった。

とはいえ、永琳様やてゐの言い方からして、別段大したことでもなさそうに聞こえる。

「あの、何の話ですか?」

ついつい気になって問いかけてみると、永琳様が首を竦めた。

 

「まあ、妹紅のためにも黙っててあげましょう。直にあの娘が自分で話すでしょうよ」

「姫様がバラすのが先かもしれないね」

「こじれると面倒なことになりそうだし、輝夜にはこのことは黙っておきましょうか」

「同感」

 

あ、これは結局、妹紅本人に教えてもらうしかなさそうだ。

仕方ない。

もしかしたら自警団の会合を終えた妹紅が永遠亭に来るかもしれないし、後で妹紅に尋ねてみよう。

「……分かりました。後で妹紅に――」

 

と、俺が引き下がろうとしたところで、不意にくぐもった轟音が耳に届いた。

「――?」

音自体は永遠亭の診療所からは遠いが、診療所を僅かに揺らすほどの衝撃に心臓がざわめく。

 

一瞬地震かと錯覚しかけたが、違う気がする。

尋常ではない規模の爆発、だろうか。

嫌な予感がした俺は、半分無意識に立ち上がっていた。

 

「ちょっと俺、見てきます」

と、出口に向かう俺に対して、永琳様もてゐもなぜか動揺した様子も見せず頷いた。

ただ、てゐの方はどこか気まずそうだ。

二人の様子に不可解な物を感じつつも、先程の衝撃が気になった俺は診療所を後にする。

 

なんだろう。

全身の鳥肌が立つような感覚がした。

何も分かっていないくせに濃くなりつつある嫌な予感をひしひしと自覚しながら、俺は診療所入り口を回り込みながら音がしたと思わしき方向を見――はああああああ!?

 

ここからそれなりに離れた上空。

それなりと言っても、真下まで全力で走れば五分程度の距離だろうか。

 

小型の太陽が浮かんでいた。

巨大な火の玉だ。

赤く眩しい波が球体の上を這い回り、放出される灼熱の余波がここまで届きそうだ。

紅蓮の炎の固まりは、燃える物がないはずの遥か上空で落ちるわけでもなく浮かび続けている。

 

衝撃的な光景だった。

この世の終わりではないか、そんな考えが過る俺の背中に、不意に声がかけられる。

 

「悠基?」

「…………鈴仙」

鈴仙は小首を傾げて俺を見ている。

 

上空に浮かぶ火の玉ではなく、俺を、だ。

彼女にとっては驚くべき光景ではないのか。

そう思わせるには十分過ぎる鈴仙の様子に、俺は体を強張らせながら火の玉を指差した。

「あ、あれって?」

「ああ、あれは――」

 

と、やはり何か知っている様子の鈴仙が答えようとしたところで、再び爆発音が響く。

 

火の玉の回りで無数の光が散発的に瞬いた。

その煌めきに削り取られるかのように小型太陽の規模は収縮し、何度も小さな爆発が起きる。

音から遅れて届く熱波が俺の顔を撫で、目を細める。

その光景の最中で、俺は見た。

 

なにかが、燃え上がる何かが火の玉から吐き出されたように落下していく。

――あれは。

 

「妹紅さん」

鈴仙が言った。

俺は一瞬、彼女が何を言ったのか分からなかった。

 

分からないままに、俺の足は勝手に動いていた。

何を思ったのか、俺自身が分かっていなかった。

 

「ちょ!?悠基!?」

唐突に走り出す俺の背中に、鈴仙の驚いた声がかけられる。

 

だが、足が止まらなかった。

ただただ、胸に抱いた焦燥が俺の足を駆り立てる。

なんだ。

根拠はない。

なのに、嫌な予感は増すばかり。

 

どれだけ走ったのか。

高熱の余波が残る竹林の中。

そうして、俺がたどり着いた先、既に小さくなった火球の下の辺り。

地面を燻る煙が点々と立ち昇る中。

 

 

 

 

その中心に、見知った少女の変わり果てた姿があった。

 




治験(とても控えめな言い方)。
主人公、幸運にもフラグを一時的に回避しました。なんのフラグかはご想像にお任せします。

今回は登場人物紹介はお休み。
次回にほのぼのと続きます。

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