東方己分録   作:キキモ

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五十二話 スイーツと図書館の魔女

紅魔館で勤め始めて一週間ほど立った日の午前中、俺はふらふらと地下図書館の中を歩いていた。

 

「あら、悠基さん」

足音に気付いたのだろう、パチュリーとなにやら話していたらしい小悪魔が振り向いた。

一目で年代物と分かる分厚い本を抱えている様子からして、仕事の合間にちょっとした雑談でもしていたのかもしれない。

「やあ」

 

相変わらず重ねられた本で作られた塔が聳える机を挟み、小悪魔の向こう側からパチュリーが視線を寄越してくる。

「どうも、お邪魔してます」

「……顔が青いわね」

パチュリーは俺を観察するように目を細めた。

 

「それに鉄臭いわ」

「ええ、まあ、お察しの通りかと」

早々のパチュリーの指摘に、どうにか浮かべた苦笑を引きつらせ、鈍い頭痛に額を抑えた。

 

「死人一歩手前みたいな顔ですよ?大丈夫ですか」

小悪魔が俺の顔を覗き込んできた。

 

「……そんなに酷くはないし」

相変わらず微妙に刺さる言葉選びの小悪魔に肩を竦めつつ、俺はパチュリーの前で足を止めた。

「パチュリー様。お願いが」

「ああ、前言ってたことね。いいわよ。少し待ってなさい」

「助かります」

 

察しよく頷いてくれたパチュリーに俺は内心安堵する。

彼女は気付いていたようだが、この紅魔館で勤める上での職務、一日一度のレミリアへの血の献上をつい先程こなしてきたばかりだった。

いつも以上の倦怠感と若干の頭痛に、今日はいつにも増してたくさん血をとられたらしいと客観的に判断した俺は、パチュリーの「気が向いたら治療する」という言葉を頼って地下図書館に訪れた次第である。

 

それに、昨日ちょっとしたイベントがあったのでその件についても聞きたかった。

「ところでパチュリー様。昨日はどうでした?」

「昨日?」

不意の問いかけにパチュリーは眉を顰める。

 

「悠基さん、どうぞお掛けください」

「ああ、ありがとう」

と、すぐに戻ってきた小悪魔がの肘掛け椅子を用意してくれた。

腰掛けてみるとふっかふかだ。

立っているのが少々辛かったので非常にありがたい。

 

「これを」

言葉少なにパチュリーがどこからともなく取り出したのは、一口程度の無色透明な液体が入った小瓶だ。

机の上に置かれた小瓶を手に取り観察してみるも、なんの変哲もない清涼水にしか見えない。

「飲めばいいのですか?」

「ええ」

 

てっきり治癒魔法的なものでもかけてくれるのかと思っていたので、少し面くらう。

とはいえ、せっかくのご厚意だし素直に甘えさせてもらおう。

 

ふと、隣を見ると小悪魔「ファイト!」とばかりに拳を握って見せた。

「悠基さん、一気ですよ!」

「なんだそのノリ……本当に一気でいいんですか?」

小瓶の蓋を取りつつパチュリーに問いかける。

 

「…………いいんじゃない?」

「えぇ……」

ちょっと怖くなってきた。

 

「もう、信用してくださいよ!」

なぜか小悪魔が頬を膨らませる。

そこまで怒るようなことだったのかと不思議に思いつつも、俺は不承不承に「……オッケー」と相づちを打ち鼻を近づける。

 

匂いは……無臭、だな、うん。

…………ええい…………ままよ!

 

覚悟を決めた俺は一気に小瓶を煽って中の液体を口の中へ流し込んだ。

味――ちょっと辛い?ような、でも、ほとんど無味だ。

ごくりと一口で液体を飲み込んだ俺は、一仕事終えたような疲労感を錯覚しつつ大きくため息をついた。

「ふぅー……」

 

「ちなみにそれ」

不意にパチュリーが口を開いた。

「?」

「こあが作ったものだから」

「なぜこのタイミングでそれを」

まるで小悪魔作成の薬はヤバイみたいに聞こえる言い方だ。

一気に不安になってきた。

 

「タダより高いものはないのよ」

「えぇ」

「ちょっとパチュリー様!?」

なおも俺の不安を煽るパチュリーに小悪魔が声を上げた。

 

「そんな変なもの作ってませんよ!!」

「ふふふ」

ぷんすかと怒ってみせる小悪魔にパチュリーは小さく笑いを漏らした。

なんだかんだで仲良さげなのは結構だけど、とりあえず俺は今飲んだ薬について不安に思うことはないんだよね…………?

 

「それはただの気付け薬みたいなものよ。よっぽどの失敗でもしない限り、心配することはないわ」

不安に思う俺の視線に気付いてか、パチュリーがフォローを入れる。

 

「……信じますからね」

飲んでしまった後に信じるもへったくれもない気がするけど。

最後に、確認の意を込めて薬の作成者へ視線を向ける。

 

「…………?」

「…………」

「…………」

「…………」

「テヘペロ☆」

「小悪魔」

「じょ、冗談ですからそんなに睨まないでください……」

 

ていうか、どこでそんな言葉覚えてくるんだか。

呆れ混じりの嘆息をつくと、不意に胸の辺りが疼いたような気がした。

 

「ん……」

直後、芯から体が温まってくる。

いつぞやの美鈴の気による治療と似た感覚だ。

なんとなくだが血の巡りが良くなった気がする。

 

「あ、元気にはなってきたかも」

「ふふん、でしょう」

「まあ、ありがと。助かるよ」

得意げに胸を張ってみせる小悪魔に礼を言いつつ、俺は軽く息をついた。

体の調子が少しずつ良くなっていくのがはっきりと分かる。

とはいえ、動機は早いし倦怠感は濃いしで、できればもう少しこの座り心地最高な椅子で休んでいたい。

 

「そんな調子で大丈夫なのかしら」

興味が無くなったかのように広げた本に視線を戻していたパチュリーが不意に口を開いた。

「なんです?」

「この後仕事なんでしょう?このまま働いて体がもつとは思えないのだけど」

 

「あ、パチュリー様はご存知ないんでしたっけ」

俺よりも先に小悪魔がその問いかけに反応した。

 

「どういうことかしら」

怪訝な顔をするパチュリーの視線が俺ではなく小悪魔へと向けられる。

 

あ、だったら俺はちょっと休ませて貰おうかな。

どうも小悪魔が説明してくれるらしい流れを察した俺はこっそりと肘掛け椅子に体を更に沈めることにした。

 

「今の悠基さんは分身中なんですよ」

「分身?」

「はい。パチュリー様が懸念されている通り、血を失った状態では執事仕事もままなりません。執事と言っても悠基さんはあくまで雑用係。働かないメイド妖精の代わりに屋敷の掃除や洗濯といった咲夜さんの仕事の一部を肩代わりしているわけですが、量が量ですし悠基さんには少々きついお仕事です」

言い方が引っかかるけど事実だし何も言わないでおこう。

 

「そこで、レミリア様に血を吸われる前に、悠基さんは分身能力を使って役割を分担することにしたんです」

「なるほど。奴隷としてこき使われる(執事の仕事をする)方と食料としてキープしておく(血を吸われる)方で分けることにしたのね」

「えっと、そんなところですね……」

……気のせいだろうか、なんだかパチュリーの言葉に悪意を感じるんだけど。

 

「だとしたら、一つ気になることがあるのだけど」

「なんですか?」

パチュリーが俺へと視線を向けてきたので、姿勢を正しながらそれに応じる。

 

「血を吸われた方の貴方をわざわざ治療する意味はあったのかしら?働くわけじゃあないんでしょう?」

「ええと……」

まあ、パチュリーからすればそれはそうかもしれないけど、ちょっと言い方がキツい。

 

「パチュリー様酷いですよぉ」

苦笑する小悪魔に、パチュリーは小さく嘆息して見せる。

「別に。わざわざ地下図書館(ここ)まで足を運ぶくらいなら、大人しく横になって休んでいても良かったじゃない」

「いえいえ、実はこっちの悠基さんにもお仕事があるのです」

 

と、なぜかここも小悪魔が俺に代わって応じてくれる。

もしかして、まだ俺の体調がすぐれないことを察して気を遣ってくれているのだろうか。

そんな淡い期待を抱きかけた直後、パチュリーからの怪訝な視線を受ける小悪魔が気分良さげに笑みを浮かべた。

「随分ご機嫌ね」

「ふふーん。パチュリー様が私に教えを乞うなんて滅多にありませんからね~♪」

 

「…………そう」

気の所為か、パチュリーの視線に憐憫の色が見えた。

 

「小悪魔……」

「はい?どうかしましたか悠基さん?」

「説明、どうぞ」

「あ、そうですね」

 

俺に促され、小悪魔は咳払いをした。

「それで、仕事というのは?」

「ズバリ、お菓子作りです!」

 

「あぁ」

心当たりがあった様子でパチュリーが小さく頷いた。

「レミィの……ね」

 

なんだ今の「……」は。

まるで「おやつ」と言おうとして自重したみたいに聞こえるな。

そんな下らない邪推―をする俺の隣では、小悪魔が「はい!」と頷いた。

 

「それにしたって、ただのお菓子作りでしょう?」

「寝てれば出来るってわけでもないですから」

やはりわざわざ治療をする必要はないだろうというパチュリーの言葉に苦笑を浮かべると、小悪魔が両手を握ってぶんぶんと振った。

 

「もーパチュリー様冷たいですよ!それに『ただの』お菓子作りなんて言い方してますけど、美味しく作るのってすっっっごく大変なんですからね!」

なぜかやたらと主張する小悪魔に、パチュリーは目を細める。

自分の使い魔の様子に困惑しているようだ。

だが、最終的には気にしないことにしたのか面倒くさそうにヒラヒラと手を振った。

「貴女……あーはいはい分かった。分かったわよ」

 

だが、パチュリーの態度に対して、小悪魔は身を乗り出してじっと主人を見つめる。

「なによ」

「すっごく大変なんです」

「?……分かったてば」

「…………そうですか」

 

それはそれはもう明らかに、小悪魔はしょぼくれた様子になって身を引いた。

「……お仕事に戻ります」

肩を落として踵を返した彼女の背を、パチュリーは訝しげな視線で追った。

それほど離れているわけではない、少し大きな声で会話をしていれば声が届く程度の位置にある棚の前で小悪魔は足を止めると、抱えていた蔵書をその一角へ差し込んだ。

 

その後、ポンッ、と乾いた小さな破裂音とともに、どこからともなく取り出した羽ペンと用紙が挟まれたクリップボードを手に、なにやら作業を始める。

召喚魔法の一種だろうか。

便利そうだし、今度教えてもらおうかなぁ。

 

などとぼんやりと思いながら小悪魔の背を眺めていると、ちょいちょいと肩を突かれる。

意味が分からないといった様子でパチュリーが俺を見ていた。

「何か知らない?」と囁くパチュリー。

小悪魔の様子に意味がわからないと言った様子の彼女だが、お菓子の話題が端を発しているであろうことを鑑みてなんとなく事情を察していた俺は「おそらくは」と囁いた。

 

片眉を上げるパチュリーを見つつ小さく咳払いをすると、俺は小悪魔に聞こえる程度に声量を上げることにした。

「ところでパチュリー様、昨日小悪魔が差し入れを持ってきたと思うのですが」

「差し入れ?……ああ、そういえば茶菓子を頂いたわね」

突然の俺の問いかけに、訝しげに眉を顰めながらもパチュリーは頷く。

 

「えっとですね……」

小悪魔に視線を戻せば、こちらに背を向けているが、手が止まっているのが見え見えだ。

確実にこちらに聞き耳を立てているだろう様子に、どうやら推測が当たったようだと俺は思った。

「どうでした?」

「何がよ」

俺と同様に小悪魔の様子を見つつ、パチュリーが首を傾げる。

 

「いえ、茶菓子のご感想ですよ。昨日は南瓜を混ぜたマフィンだったのですが」

「……そうね。糖分を摂取したかったから、調度良かったわ」

「ちょうど…………」

思わず脱力しつつも、俺は机越しに会話するパチュリーに向けて心持ち身を乗り出す。

 

「味は」

「アジ?」

「美味しかったかどうか聞いてるんです!」

「何怒ってるのよ貴方……」

 

俺の様子にさしものパチュリーは一層困惑の色を濃くした。

それでも、会話の流れから応えた方がいいと判断したのか、困惑しつつもパチュリーは俺の問いかけに応える。

 

「まあ、美味しかったわよ」

「!パチュ――」

「普通に」

――っ一言多い!!

というか、話の流れ的に気付かないかなあ?

 

がっくりと肩を落とし半眼になった俺に、パチュリーもジト目を返す。

「何よ。別に、感想なんていつもレミィから聞いているでしょうに」

「え」

 

あれ?

……あ、そういうことか。

どうにも、察しが悪いと思ったら……。

 

「あ、あのですね……」

と、どうしたものかと言葉を選ぼうと迷っていると、小悪魔が近付いてきた。

 

「あの、パチュリー様」

「?」

おずおずと話しかけてきた小悪魔。

やや緊張した面持ちに頬を朱くしながらも、その瞳には期待の色が伺えた。

 

「その、美味しかったって本当ですか?」

「嘘ついてどうするのよ。というか、どうして貴女が――あ」

はたと、困惑していたパチュリーが目を丸くした。

 

「もしかして、あのお菓子はこあが作ったの?」

「え、ええ」

と、やっとこさ気付いてくれたようだ。

 

パチュリーの察した通り、昨日彼女への差し入れとして出された洋菓子は、小悪魔手製の品だ。

レミリアへの試作菓子を作る俺の助けを借りながら、菓子作りは初挑戦だという小悪魔が作り上げた。

なんでも、パチュリーにはいつもお世話になっているので少しでも恩を返したいとか、前々からこういうこと(菓子作り)に興味があったとか。

 

ちなみにだが、目を離している間に二回程材料を駄目にして作り直すハメになったりで、最終的には俺も随分とフォローを入れることになった。

小悪魔は「すっごく大変だった」と言っていたけど…………うん……大変だった。

とはいえ、多大な労力と犠牲を払い、ようやく完成したマフィンだったのだが。

 

「はぁ~~~~…………けほ、」

呆れを全面に押し出した長い長いため息と、最後に小さな咳。

「てっきりあれは悠基が作っているものと……いえ、いいわ」

 

額に手を当て、俺と小悪魔を交互に見ると、パチュリーは言う。

「あのね、感想を聞きたかったのならそう言えば良いじゃない」

「それじゃあ言わせてるみたいじゃないですか」

確かにパチュリーの言うとおりだとは思いつつも、俺は苦笑しながら肩を竦めた。

 

「わざわざ気を遣った言葉なんか選ばないわよ」

「えへへ……」

照れくさそうに小悪魔が笑みを浮かべる。

その笑顔を見て、パチュリーは再びため息をついた。

 

「美味しかったわよ。普通にね」

「はい!」

しっかりと、余計な一言も加えて再び告げられたパチュリーの感想に、小悪魔は満面の笑みを浮かべた。

まあ、余計な一言があるおかげで逆に現実味がある言葉になったのかもしれない。

 

「ほら、満足したなら仕事に戻りなさい」

若干口調を荒げながらパチュリーが命じる。

照れ隠しのような彼女の態度に、しかし小悪魔は満足気に「はいっ!」と頷いた。

 

最後に俺に礼を言って、小悪魔は踵を返し歩いて行く。

後ろ姿で分かるほどに嬉しそうだ。

その後ろ姿に一人ほっこりとしていると、不意にパチュリーが声を上げた。

 

「こあ」

「あ、はい。なんですか?」

「また作ってちょうだい。そのうちね」

「!はいっ!お任せ下さい!」

 

幸せそうに小悪魔は頬を赤らめた。

……なんというか。

ああいう笑顔を見せられると、昨日苦労して教えた甲斐があったというものだ。

その内再びパチュリーへの菓子作りを教えることになるのだろうが、そんな苦労も承知で請け負っても構わないかなと思う。

 

そんなことを考えていると、パチュリーがジト目を向けてきた。

「なにニヤついてるのよ」

「いやあ、パチュリー様はあれですね」

「どれよ」

「すけこまし」

 

俺の軽口にパチュリーは鼻で笑った。

「随分と元気になったようじゃない。ぶっとばすわよ」

 

少し調子に乗りすぎた。

 




ここのところ結構な忙しさだったのもありいつにも増して間が空いてしまいました。更新をお待ちいただいてる方々には誠に申し訳ないです。

主人公が拠点を移したのもあって、紅魔館組にスポットが当たりがちですね。
他にもいろいろと出していきたいなーとか思いながら次回も紅魔館の、というか今回の続きという流れになります。ほのぼの!

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