咲夜に案内され地下への階段を下りた先にある大きな門を開くと、そこにはあまりに広大な空間が広がっていた。
魔法を少し齧った程度の俺でさえ息を呑むほどに魔力に満ち溢れた空間。
その空間を埋め尽くす無数の本、本、本。
優に三階建ての建造物はあろうかというくらい巨大な棚――天井も異常に高い――にみっしりと並ぶ分厚い蔵書だが、それでも空間が足りないのか所々無造作に積み上げられて山になっていた。
映画なんかで巨大な図書館を見たことはあるが、それに対して引けを取らない、どころか圧倒的な蔵書量は、その総数の推定すらも不可能に思える。
「およ?」
そんな光景に目を見開いていると、気の抜けた声が聞こえた。
「おやおや~?咲夜さん」
見れば、頭にコウモリ羽を生やした赤髪の少女がふわふわと飛んでくるところだった。
「こあ」と少女を見上げ咲夜が呟く中で、近付いてきた少女は興味深そうな目で俺を観察する。
「後ろの殿方はどちら様ですか?…………はっ、まさか」
低空飛行を保ったままの少女が何かを邪推しかけ、対して咲夜は即答する。
「ええ、例の彼よ」
え。
「ほぇ?例の?うん~?」
「?」
咲夜の答えに首を傾げる少女と、その反応に訝しげに眉を顰める咲夜。
開口一番話が噛み合っていないことを察した俺は呆れと困惑と気恥ずかしさと可笑しさが綯交ぜになった微妙な顔になっていただろう。
ともかく、まずは自己紹介も兼ねて挨拶しとこうか。
「あの、岡崎悠基と申します」
「あ、『例の』ってお菓子作りの人間のことですか」
名前に覚えがあったらしく、得心いった様子で少女は頷いた。
「紅魔館で使用人として勤めることになったのでご挨拶に伺いました。若輩ではありますが、何卒よろしくお願いします」
テンプレ通りの挨拶をして軽く頭を下げる。
「あ、これはこれは、ご丁寧にどう――ご丁寧!?」
なぜか間の抜けた声が上がった。
「さ、咲夜さんっ」
何事かと目を丸くする俺の前で、こあと呼ばれる少女があわあわと咲夜の元へ寄っていく。
「け、敬語!敬語ですよこの人!私敬われますよ!」
「落ち着きなさいよ」
ピシャリと咲夜は言ってのけながら、同時に手刀を少女の額に打った。
「あたっ!?」
低空飛行を保っていた少女は落下。
床の上に尻もちを着き、涙目で頭を抑える少女を尻目に、咲夜はぞんざいに彼女を指差した。
「彼女はこの図書館の主であるパチュリー様の使い魔よ。契約の関係で名前を明かせないらしくて、もっぱら小悪魔、それか、短くこあと呼ばれているわ」
「へえ……」
悪魔と呼ばれている割にはおっかなさ皆無な少女を見つつ俺が頷いていると、咲夜はついでとばかりに一言付け足してきた。
「あと、敬わなくていいわ」
「咲夜さん!?」
もちろん、声を上げたのは小悪魔である。
対して、咲夜の口調からなんとなーく小悪魔の扱いを察した俺は、自分の立場とその場の空気を読んで紅魔館内カースト(俺調べ)に従う事にした。
「よろしく、小悪魔」
「タメ口になってるじゃないですかうわあああん!!」
涙目の少女は盛大なリアクションとともに声を上げるのだった。
……そんなに気にしてたのかな。
「気にしなくていいわよ」
予想以上のリアクションにフォローに移るべきか迷う俺に、咲夜がボソリと告げる。
「別にあの子もそんなことを気にするタイプじゃないから。それに……面倒でしょ?」
「あー……」
「納得しないでください!?」
微妙に扱いが不憫なのは分かった。
* * *
そんなやりとりを交えつつも、図書館の主、霖之助さん曰く――正しくは魔理沙曰く、だが――引きこもりの魔法使い、さきほど咲夜からも名前の上がったパチュリー・ノーレッジに挨拶すべく、小悪魔通称『こあ』をお供に俺達は図書館の奥へと足を進めていく。
「ほぉ~、フランドール様にオモチャにされかけたと。それはそれは、ご愁傷様でございましたねえ」
「まあねえ」
咲夜の言うとおり、先ほどのやりとりなど全く気にした様子もなく、むしろ同情的な顔の小悪魔に俺は内心少しだけ安心しつつ頷いた。
「どおりで、顔が青いのですね。あんまり真っ青だったので最初見た時よもや死人なのではと思いましたよ」
「……そんなに酷かった?」
「ふぇ!?あ、い、いえ!今の言葉の綾でして」
まあ、小悪魔と呼ばれている割には悪い子ではないとは思う。
思うけど、短時間の会話で割と高頻度で地雷を踏んだり踏みかけたりしているし、よほど酷い天然なのかもしれない。
あるいは、逆に小悪魔と呼ばれている通り、それらの言動は計算づくであり天然を装って度々毒を吐き出しているのかも。
言葉遣いとかこれでもかってくらいあざといし、だとしたら中々に性悪である可能性が……。
「な、なんだかあらぬ誤解を受けている気がしますよ咲夜さん!」
俺の視線に何かを感じ取ったのか、小悪魔が騒々しく咲夜に訴えかける。
「自業自得じゃないの?」
「なんでっ!?」
天然かな……。
ひとまず自分の中で結論付けた俺は、先の話題を蒸し返す。
「顔色が悪いのは、なにもフラン様だけのせいじゃないよ」
「他に何かあったのですか?」
「レミリア様に血を持ってかれたんだよ」
おかげさまで貧血ぎみだ。
噛み傷のついた首元は包帯で覆われており、それを覗き込んだ小悪魔が目を丸くする。
「悠基さん、今日からお仕事なんですよね?朝一で血なんか流して大丈夫なんですか?」
「できれば勘弁願いたいんだけど」
「あら、契約上はなにも問題ないでしょう?」
前を歩く咲夜が歩みを止めずに振り向く。
「契約?なんですなんです!?その意味深な響きは!?」
咲夜の言葉に反応した小悪魔が顔を近づけてきた。
どうもこの子もパーソナルスペースが狭いのか人懐っこいのか、やけに隙だらけだ。
そんなことを思いつつやんわりと小悪魔の接近を止めてる俺の耳に、小さな風切り音が聞こえた気がした。
「ん?」
何事か、と視線を前へ向ける俺に小悪魔が首を傾げる。
見やった方向には一層高く積み重ねられた本が高層ビルのように並ぶ一角。
その合間に、桔梗色の少女の瞳を確かに見た。
「ほ?どうかされあだぁ!!」
!?
瞬間、スコーンという、まるで卓球のスマッシュの如き快音が響く。
同時に小悪魔が頭を仰け反らせながら盛大に吹き飛び、隣を歩く俺は愕然と目を丸くしていた。
うず高く積まれた本の山と激突し雪崩に巻き込まれる小悪魔。
その光景を目の当たりにしてやっと俺は我に返った。
「えっ、こ、こあ、小悪魔ーっ!?」
「こあ、もう少し静かにしたらどうなの?」
「おはようございます。パチュリー様」
「おはよう咲夜」
衝撃的な事象を完全に無視したやりとりが俺の背後で展開されていたが今はそれどころじゃない。
「ちょっと、大丈夫!?」
慌てて倒壊の収まった本の山に駆け寄ると、自力で上半身だけ起き上がった彼女は涙目になって声を上げた。
「うわーん!パチュリー様ぁ、いきなりは酷いですよぉ!!」
とりあえず額が赤くなっているが大丈夫そうだ。
「いつも静かにしなさいって言ってるでしょう」
本のビルの向こうから気だるげな声が飛んでくる。
「うう……だからってぇ……」
「ほら、小悪魔」
床に座り込んだままの小悪魔に手を差し伸べると、涙目のままの小悪魔はべそをかきながらその手を掴んだ。
「うう……悠基さんお優しい……」
「よく分からないけど静かにな」
「上げて落とされた気分です……」
めそめそする小悪魔を一応は気遣いつつ、彼女を助け起こした俺は改めてパチュリーと呼ばれる少女がいると思わしき、本の山の一角を振り返った。
既にその傍らに立つ咲夜は俺たちを待つように視線を向けてきている。
「っ」
少しドキリとする。
いつの間にやら、咲夜よりも背の低い少女が彼女の隣にまるで最初からいたかのように佇んでいた。
ややクマのできた目で近づいてくる少女。
以前霖之助さんの話に出てきたことがあったが、この人が……。
「悠基。こちらが、パチュリー・ノーレッジ様よ」
咲夜が傍らの少女に手を翳す。
「レミリア様のご友人だから、紅魔館で勤める以上は決して失礼のないように」
「別にそこまでかしこまることもないわよ」
咲夜の紹介を片手を上げて諌めながら、パチュリーは言った。
「貴方が、件の岡崎悠基ね」
「あ、はい」
『件の』『例の』と、この紅魔館では俺についてそれなりに伝わっているらしい。
なんとなく照れくさく思いながらも、俺は頭を下げた。
「その、どうぞよろしくお願いします」
「ふぅん」
頭を下げた俺の元へゆったりとした足取りでパチュリーが近付いてくる。
身長は俺よりもかなり低い。
故に見上げるような、そして観察するような視線が向けられる。
「…………」
「あの、なにか?」
無言で俺の体をじっくりと見るパチュリーに戸惑っていると不意に彼女は口を開いた。
「ねえ、貴方」
「は、はい」
「ちょっと服を脱ぎなさい」
「へ?」
「ふぇ!?」
「あら」
パチュリーを除くその場にいた三人の男女が同時に目を丸くした。
「パ、パチュリー様!?」
「なによ」
最初に頓狂な声を上げた小悪魔に、パチュリーは視線を流す。
「どうなされたのですか!?」
「……?別にいつも通りだけど」
「いいいいいつも通りじゃないですよねぇ!?」
「貴女はいつも通り騒がしいわね」
「だってこんなの騒がしくもなりまぴぎゃあ!?」
再び快音とともに小悪魔が吹き飛ばされていく様に唖然としていると、今度は咲夜が口を開いた。
「あの、パチュリー様」
さしもの彼女も戸惑っているらしい。
「『脱げ』はいかがなものかと……」
「何か都合が悪かったかしら」
むしろなんで都合が悪くないと思ってんだこの人。
とはいえ、困惑した咲夜の様子から察するに、パチュリーは普段このようなぶっ飛んだ発言をぶっこんでくるようなぶっ飛んだお方ではないらしい。
「よろしいですかパチュリー様」
おずおずと小さく挙手する俺にパチュリーはジト目を向けてくる。
「貴方もなの?」
「その、俺が言うのもアレなんですが、いきなり異性に対して『服を脱げ』だなどと言うのは……」
「ああ」
はた、と俺たちの反応の理由にようやく思い至ったらしいパチュリーが小さく頷いた。
「少し配慮が足りなかったわね」
少しどころじゃないっ……が、ぐっと堪える。
「理由があるの」
「なるほど」
俺は内心安堵する。
どうやらまともな理由があるらしい。
そりゃそうだよな何かよっぽどの理由がなければ脱げなんてそうそう言わないよな――。
「ただの興味本意よ」
…………えぇ。
絶句し、頬を引きつらせながら凍りつく俺に、パチュリーは人差し指を立てた。
「魔術的なね」
「ま、魔術……あぁ」
その言葉に俺は納得する。
「俺にかけられてる魔法のことですか」
「自覚はあるのね」
「一応は」
どうやらパチュリーが興味を示したのは、俺にかけられた一種の守護魔法のことを言っているようだ。
霖之助さん曰く上質な魔法であり、そして俺がこの幻想郷に迷い込む、正確には俺が元いた世界とは異なる歴史を辿ったこの世界に迷い込む以前からかけられた可能性が高い魔法だ。
少なくとも幻想郷に迷い込むまで魔法は架空上のものだと認識していた俺としては寝耳に水な話だったのもあって、この魔法については未だに謎が多い。
まあそのことは置いておいて。
どうやらパチュリーが「服を脱げ」と言ったのは俺の魔法に純粋に興味を示したかららしい。
ちゃんとした理由があったことに俺は安堵し…………いやだからっていきなり服を脱げは普通じゃないだろ。
「あの、魔法を見るのはいいとして、脱がないといけません?」
「脱いだほうがよく見えるでしょう?」
「……魔法の話をしてるんですよね?」
「当たり前じゃない」
とはいえ、
…………前科ってなんだよ犯罪じゃねえよ!?
「面倒ね」
自分にツッコミを入れてグズグズしている俺に業を煮やしたのか、パチュリーがボソリと呟いた。
「確か、こういう時は咲夜に押さえ込んで貰えば良かったのよね」
ああやっぱりこの人レミリアの友達だよ……!!
「う、上だけですからね!!」
「充分よ」
提案した妥協点に頷いたパチュリーに心底安堵しながら、俺は執事服のボタンを外した。
「悠基、服を持つわ」
「ど、どうも……」
俺の傍まで歩み寄ってきた咲夜は気を利かせたつもりなのだろう。
が、正直女の子二人の目の前で衣服を脱ぐという行為に羞恥以外の感情を抱かない俺としては今回ばかりは余計なお世話だった。
「ほおほお。なかなかイイ体をしておりますねえ悠基さん」
……訂正、三人の女の子だ。
シャツを脱ぎ肌着に手をかける俺に興味深げな視線を寄越し、あまつさえ感想を言いながら近付いてきた小悪魔。
羞恥に顔が赤くなることを自覚しながら俺は彼女を睨む。
「普通にセクハラだからな、ソレ」
「す、すいません……で、でも本当にイイ体だと思ったんです……」
言い方。
『筋肉質』とかなら普通に褒め言葉として受け取れるかもしれないが、『イイ体』とか凄い卑猥に聞こえるせいでフォローになってない。
「悠基、見づらいから少ししゃがんで」
「……はい」
もはやされるがまま、どうにでもなれな自暴自棄精神でパチュリーの指示に従って膝をつく。
「ふむ……なるほど……」
「ほぉー……ふむふむ……」
「…………」
…………何かのプレイなのかこれは。
「少し失礼」
「はい?っ!」
背後に回ったパチュリーが人差し指を背中の上で滑らせた。
「いつっ!」
ゾクゾクとした感覚に身震い仕掛けた直後、肩甲骨の辺りで突然鋭い傷みが奔る。
「パ、パチュリー様!?」
「ふむ、直接的な刺激は通しちゃうのね」
「いきなり検証しないでもらえます!?」
「……しょうがないわね」
不承不承といった様子でパチュリーは嘆息すると、不意に俺の肩と首の間の辺りに手を乗せた。
「ん?」
そこは、今朝レミリアによる吸血の折、彼女が牙を突き立てた位置の上だ。
「えっと」
「ちょっとしたお詫びよ」
戸惑う俺にパチュリーは告げる。
もしや、と思ったときには既に、包帯越しに彼女の手が触れた部位が温かくなっていった。
視界の隅に緑色の光が見えて俺は確信する。
「治癒魔法ですね?」
「ええ」
先日、魔法の森で致命傷を負った俺にアリスが施そうとした魔法と同じものだろう。
「貴方、意外と無茶をするのね」
不意に背後でパチュリーが呟いた。
「契約の話、聞いたわよ」
おそらく、レミリアか咲夜から話は聞いているのだろう。
「あ、そういえば」
沈黙する俺の代わりに小悪魔が口元に手を当てる。
「さっきその話をしていましたよね?」
「……多少の無茶は承知です」
「『一日に一度、血を献上する』なんてのは、レミィの零す血の量を考えたら相当な無茶なのよ。知らなかった?」
「…………」
「はい、お終い」
パチュリーは俺の肩を軽く叩いた。
若干拍子抜けした思いで俺が振り向くと、パチュリーは数歩下がり俺と距離を取る。
「もう包帯をとっても大丈夫よ」
「あ、ありがとうございます」
「それと、血が足りないと思ったら来なさい。気が向いたら治療してあげるわ」
その言葉に、小悪魔が目を丸くする。
「パチュリー様、なんだか珍しいですねえ」
「ただの気の迷いよ。さて、研究に戻るわ。こあ、手伝いなさい」
「あ、はい。かしこまりました」
あたかも目的は達したとばかりに踵を返すパチュリー。
小悪魔は慌てて彼女に付き従いながら、最後に俺と咲夜に頭を下げて去っていく。
そんな二人の少女を、咲夜から受け取った服を着直しながら俺は見送った。
* * *
労働とそれに対する見返りとしてレミリアが示した内容は以下だ。
紅魔館の一使用人として働き、場合によってはレミリアの命令に従い(無茶な要求に対してはある程度拒否権を行使できる)、あるいは咲夜を補佐が主な仕事の内容。
その対価として相応の額の報酬と、並以上の衣食住が提供される。
また、洋菓子を試作するための一部紅魔館設備の使用権と、菓子を作るための材料もそれなりに貰えるらしい。
その代わりとして、試作した菓子の中でその日一番の出来の物をレミリアに献上する。
と、ここまで見るとレミリアからの命令に幾分かの不安要素はあるが、これ以上無いくらいの好条件に思える。
ただ、最後にレミリアが提示した内容が問題だった。
「あの、それ俺死にますよね」
『一日に一度、私に血液を提供すること』というレミリアの言葉に、高揚した気分が急転直下する。
ほんの少量血を取られるくらいなら大丈夫かもしれないが、目の前の吸血鬼が摂取する血の量は、零した分も含められば明らかに許容範囲外だ。
「あら、鉄分を取るために貴方の食事はとても豪勢にするつもりよ。牛肉の部位はどこがお好み?」
いつも紅魔館を訪れる度にごちそうになっている俺としては確かに魅力的な提案だ。
咲夜の料理の腕は絶品だし、思い返せば無意識に口の中で唾が湧き出てくる。
が、だからといって毎日血を抜かれるなんてことを享受できるほど俺は追い詰められてはいない。
「医学の知識はありませんけど、血を作るって言っても限界はありますよね……正直、予想外に好条件だったので名残惜しいのですが」
正直に気持ちを吐露しながらも、俺は小さく息を吐いて答えを口にする。
「……今回の件、お断りさせていただきます」
さすがに命には替えられない。
「仕方ないわね。なら報酬を足すわ」
直後のレミリアの言葉に、俺は脱力した。
「……レミリア様、俺が断ってるのは報酬が低いからじゃなくて――」
「貴方の能力に関する情報」
不意に告げられた追加報酬。
その言葉に俺は、思わず瞠目する。
「貴方が今欲しいのは、コレじゃない?」
得意げに笑うレミリア。
その瞳が、まるで俺の心情を見透かしているかのように細められる。
「貴方の働きに応じて私が知ってる限りの情報をあげる。それに、特別サービスで血の量についてもそれなりに善処するわ。軽い貧血程度で収まるように抑えてあげる」
追加の報酬に加え、懸念事項への善処。
さすがの俺も、話が旨すぎて猜疑心を抱く。
「……その情報が嘘じゃないと証拠は」
「わが誇り高きスカーレットの名とその血統の下に、誓うわ悠基。私はこの報酬に関して一切の虚偽を交えず、真実のみを貴方に告げる」
予想以上に大袈裟な答えが返された。
だが、同時に大袈裟では済まされない、凄まじいほどの言葉の重みを感じる。
初対面の原初的恐怖とはまた異なるプレッシャーに俺は息を呑み、目を瞠っていた。
「それじゃあ駄目かしら?」
口ではそんなことを言うものの、俺を見据えるレミリアの表情からは一切の迷いを感じない。
確信しているのだろう。
俺が頷くことを。
そして、
「ええ。ええ分かりました。信じますよ」
事実、俺は頷く。
「契約、成立かしら」
「……そうみたいですね」
まるで他人事のような言い方をしながらも、俺は不承不承な態度で頷いてみせた。
その反応にレミリアは薄く笑う。
「さあ、では早速いただきましょうか」
言って、舌なめずりをしながら血を所望する彼女に、俺は「今からですか」と呻く。
だが、諦めの境地か一種の覚悟なのか、動揺することもなく俺は嘆息した。
吸血の際にいつもやっているように、衣服を肌蹴て上半身を晒す。
彼女は盛大に血を零すので、せめて少しでも服が汚れないようにするためだ。
未だに見た目幼女の前で(ついでに言えば先程からずっと無言で咲夜が背後に控えている)こんなことをする抵抗感は濃いが、だからといってグズグズしていると終わらない。
「ふふ、悠基、知ってる?」
俺の肩に顔を近づけながら、レミリアが問いかけてくる。
「何をですか」
「野望を抱く人間の血って、とびきり濃い味がするのよ」
「知るわけないでしょそんなこと」
顔を渋く歪めながら、レミリアの言葉に俺はぶっきらぼうに答える。
「貴方の血、とても濃い味がすると思うわ」
「別に野望なんて大仰なものじゃないですよ」
「野望じゃなければ何というの?」
「そんなの」
当然、とばかりに俺は答えた。
「ただの『願い』ですよ」
「そ」
首と肩の間の皮膚を鋭い犬歯で貫かれる傷みを歯を食いしばり耐える俺は思う。
どうやら、俺を連れ去る強引な手立ても、その後の交渉も、その目的はコレ。
とびきり濃い味のする新鮮な血を毎日飲むこと。
それが彼女、レミリア・スカーレットの目的なのだろう、と。
かくして、俺は紅魔館で勤める次第となった。
サブタイトルから昨今の魔法少女物感が漂ってきますね(偏見)。
というわけで今回は紅魔郷四面のお二方が初登場。そしていつもよりギャグテイスト濃いめだと我ながら思いつつ最後に絡めちゃうシリアスっぽい話の流れ。
主人公の意図については追々、紅魔館でのほのぼのとした日常についても追々、という具合に小出しにしつつ、主人公再就職編は一旦ここで区切りです。なんだ再就職編て。