「慧音先生。本当にお世話になりました」
「ああ。お春、無理はするなよ」
礼儀正しく頭を下げた寺子屋生徒の春に、聖母と見紛うばかりの優しげな微笑みを浮かべる慧音さん。
そっと頭を撫でられて、春は頬を染めながら嬉しげにはにかんだ。
傍目から見る俺としては普段なら癒される光景なのだが、今日ばかりは寂しさが勝つ。
「ゆーきせんせー……」
「おうおう。暫くはお別れだな。伍助」
涙ぐむ春の弟の伍助を、俺も慧音さんを真似るわけではないが、やれやれと頭を撫でて宥めた。
寺子屋では卒業と言う制度はないらしい。
農家によっては畑を耕したり種を撒き苗を植え、あるいは収穫などを行ったりと、作物によってバラけはあるものの、既に多数の家が農業を再開している。
伴って、それらの家の子どもたちは仕事を手伝う必要があり、寺子屋に通う暇がなくなってしまうのだ。
暖かくなり始めた時期から減り始め、既に半数以上の生徒が来なくなり寂しく思う寺子屋では、春と伍助の姉弟が今日ここを出て行く。
伍助はまた秋の収穫期が終われば寺子屋に通うのだろうが、今年で十二を迎える年長組の春は、もう寺子屋の生徒ではなくなる。
それに、彼女に関して言えば、この寺子屋を出て行く時期というのは別の意味合いがある。
「伍助、みっともないよ」
「うぅ~」
口調は厳しく、されど優しげな声音で春が弟の元に近づいてきた。
「だってぇ~」
普段は元気一杯やんちゃな盛りだと言うのに、今は涙を溢れさせて伍助が春を見上げた。
「お別れなんだよ~」
「そうね」
「さびしいよ~」
「……うん」
「そう気を落とすな。今生の別れではないのだ。寂しくなったらまたここに来なさい。いつでも歓迎しよう」
「う……けーねせんせー!」
我慢の限界が訪れたのか、歩み寄ってきた慧音さんに伍助はぼろぼろと大粒の涙を流しながら抱きつく。
「……まったく」
おんおん無いている伍助を見る春の呟きは、どこか寂しげだが拗ねたようにも聞こえて、俺は思わず苦笑する。
「意地張ってないで、お前も行っていいんだぞ」
「だ、大丈夫ですっ」
頬を朱にしながら、春は頬を膨らませた。
「別にこんな時まで意地を張らないくてもいいって」
「そんなことないですってば、もう」
ジト目になる春だが、嘆息して気を取り直すと次第にその顔が真剣なものなっていく。
「悠基先生も、ありがとうございました」
「ああ」
大人の対応をする春に俺は笑い、そして逡巡した。
「なあ、お春」
「はい、先生」
「…………困ったことがあったら、いつでも相談に来いよ」
若干の迷いを込めた問いかけに、お春はどこか儚さすら感じさせる笑みを浮かべた。
「はい……どうか、お元気で」
「……うん。元気で」
結局、彼女は俺の問いかけに応じることはなく、寺子屋を去っていった。
* * *
寺子屋を出た春は、ある商家に嫁ぐ次第となっている。
霧雨道具店ほどではないが、それなりに規模の大きい商家だ。
農業を営む春の家の取引相手で、実質彼女の家の収益の殆どはその商家による仲介がほとんどらしい。
まだ十二に満たない少女が嫁入りなどあまりにも早すぎると思ったが、明治時代から文化的な進歩が乏しい幻想郷では珍しいことではないらしい。
春は歳の割りに聡い子だ。
その縁談を春の意志で断ると、彼女の家の益に影響があることも分かっていた。
三十路を手前にし跡継ぎのいない若旦那にとって、この縁談がどういう意味を持つかも春は理解していた。
だから、彼女は彼女自身の意思でこの縁談を受け入れたらしい。
それでもお春は間違いなく子供だし、俺にとってはかけがえのない生徒の一人だ。
その商家が、立場を利用しまだ年端もいかない少女を囲おうという下種だったのなら、断固としてそれを阻止したし、そもそも慧音さんがそんな悪行を見逃しはしない。
だが、春の婿となる商家の若旦那は、全くの善人だった。
実のところ、その男と商家には、人里に住み始めたころから幾度か世話になっている。
十五以上も歳の離れた少女を嫁に迎えることに対して、その男はおそらくは抵抗はないのだろう。
跡継ぎのことも考えれば、彼の立場ではおいそれと無下に出来る話でもない。
それでも彼は、少女が子供であることも、子供でありながら聡明であることも、聡明であるがゆえに春が自分を押し殺してまでこの縁談を受け入れていることも考慮していた。
『悪いが、彼女に……お春に、それとなく尋ねてくれないか?』
先日、道端で出くわした若旦那は、挨拶もそこそこに神妙な面持ちで俺に切り出してきた。
『尋ねるって、何をですか?』
『もし彼女が、この縁談を嫌がっているなら……いや、少しでも迷いがあるなら教えて欲しいのだ』
『……それを聞いてどうするつもりなのですか?』
話をしている時の俺は、若旦那のことを、大事な生徒を立場を使って囲おうとしている下種だと思っていた。
睨むような目つきに険のある態度と、今にして思えばかなり失礼な態度だったのだが、若旦那は俺を真っ直ぐ見据え目を反らさなかった。
『無論、縁談の話を白紙に戻すのだよ』
『…………え?』
『俺もそれとなく問うてはいるんだがな、いかんせん当の相手には言い辛いことだろう』
若旦那は自嘲気味に嘆息した。
『彼女はまだ子供。こんな大人の事情に利用されるのはあまりにも不憫だ。だからこそ、俺はこの縁談に関しては彼女の意思をなによりも尊重してやりたい』
『……いいんですか?貴方の立場を考えたら――』
反対派だったくせに、いざその張本人から願っても無い話を聞いた俺は思わず問いかける。
『俺はな、悠基よ』
若旦那は、俺の言葉に被せるように首を振った。
『死んだ妻に、恥じぬ男でいたいのだ』
聞いた話だと、若旦那は十年ほど前、幼い頃から付き合いのあった妻を病気で亡くしたらしい。
『子供を守ってやることも出来ないような、そんな腑抜けではアイツに愛想をつかされてしまうからな』
そうして眉根を下げて微笑む彼は、どこか寂しげで、しかしどこか吹っ切れた顔つきをしていた。
…………善人どころか超絶イケメンだこの人!
だが、そんな彼の気遣いも空しく、結局今日まで、彼女の口からその意志を聞くことは無かった。
彼女が縁談を断りたがる意思を示さないというのなら、部外者の俺も慧音さんも口を出すわけにもいかない。
どこか憂いを帯びた顔を見せるようになった春を、俺たちは見送るのみとなった。
* * *
「なんだかなあ…………」
縁側に腰を下ろし、なんともなしに空を見上げた俺は、もやもやとした心情のまま呟いていた。
「おうおう、朝っぱら辛気臭い顔だな」
ふいに声を掛けられた俺は、胡乱な目を声の主に向ける。
「やあ……魔理沙」
「気の滅入る顔で挨拶されても嬉しくないぜ」
苦笑する魔理沙は箒を近くの柱に立て掛けると、俺の隣にどっかりと腰を下ろした。
「何か悩み事か?」
「まあね。といっても、俺が悩んでも仕方ないことなんだけど」
思わずため息を零すと、俺の隣、魔理沙が座る方とは反対側に湯のみが置かれる。
「ここに来た時からずっとこの調子なのよね」
「ああ、ありがとう霊夢」
振り向くと、盆を持った霊夢は俺を見据えたまま呆れたように息をついた。
お春、伍助の二人が寺子屋を出た翌日、俺は博麗神社に訪れていた。
彼女のために何か出来ないかと考えたものの、春の口から彼女の意思を聞けなかった俺には結局のところ、いるかどうかも分からない神様に彼女の幸せを頼むくらいしか浮かばなかった。
そのついでに訪れた博麗神社の母屋で、なんだかんだと霊夢は茶を淹れて歓迎してくれたわけである。
萃香が見当たらないが、禁酒が解かれてからは方々をふらふらしているらしい彼女がここにいないのも決して珍しいことではなかった。
「よ、霊夢。私の分の茶はないのか?」
「自分で淹れなさい」
ふてぶてしく要求する魔理沙に霊夢はピシャリと言い放つ。
「ちぇー」と唇を尖らせる魔理沙の隣に腰を下ろしながら、霊夢は自分の湯のみを啜った。
博麗神社母屋の縁側に、三人並んで座る形となった。
「ちょっと話を聞いた感じだと、どうやら知り合いの子供が嫁ぐのが納得いかないみたいよ」
霊夢の非常に端的な状況説明を聞いた魔理沙が俺を見てたじろいだ。
「……まさか、悠基、お前そのなりで子供に欲情してるのか」
「誤解にしても言葉を選べ!……うちの寺子屋の大事な生徒ってだけだ」
「ふむ。生徒の一人と分かっていながら一人の女性としても見てしまうと」
「そういうのはいいから」
若干声のトーンを低くしつつ魔理沙にジト目を向けると、彼女は「スマンスマン」と苦笑いを浮かべる。
「しかし、縁談ねえ。悠基にはそういう話は来ないのか?」
「……なんでそうなる」
唐突に捻じ曲げられた話の方向性に、俺は半眼になって魔理沙を見た。
「なあに、せっかくだし聞いてみたいもんだぜ。なにしろ私らの周りじゃあ女が殆どで、色恋のいの字も聞こえやしない」
「霖之助さんがいるじゃないか」
「香霖はだめだ」
「なんで?」
首を傾げる俺に、魔理沙は口端を上げた。
「あいつとは付き合いは長いんだが、今までこれっぽちもそういう気配がない。つまらん」
「つまらんて……しかし、魔理沙も案外そういう話には興味があるのか」
「何言ってんだ。私だって年頃の乙女だぜ。そりゃあ恋バナの一つや二つや百、興味あるに決まってる」
「ただの暇つぶしって魂胆が見え見えなんだけど」
「む。嘘は言ってないんだがな」
ていうか恋バナて……たまに思うけど、どこからそんな言葉仕入れて来るんだ。
そんな疑問はさておいて、俺は嘆息しつつ魔理沙に渋顔を見せる。
「別に魔理沙が喜ぶようなネタはないよ。俺としても悲しいことに」
茶化すように肩を竦めると、我関せずなすまし顔で頬杖をついていた霊夢が呟いた。
「あら。最近アリスに魔法を習ってるらしいじゃない。二人っきりで」
最後の一言がやけに強調されていた。
その言葉に魔理沙が目を輝かせる。
「私もその話は聞いたぜ。アイツは別に何もないとシラを切ってたが……」
「ないないないない。アリスとは何もないって」
俺は慌てて首を振った。
強いて言えば、上海蓬莱の観察や、魔法を教授しているとき、たまーにアリスとの距離が思いがけず近いときがあったりしてドギマギするだけだ。
それだけ。
それだけなんです本当に。
「んんー?ちょっと動揺してるな?」
「何もないのは本当だって。そもそも二人っきりじゃなくて上海と蓬莱もいるから」
「あいつらは人形だからノーカンだろ?」
「いやいや、あの子たちはたまにアリスの意図しない行動をとるんだ。これは魔法としてはかなり異例らしくてな――」
「確かにその話は興味深いが、今はこっちの話が優先だ」
意味ありげに笑う魔理沙の様子からして、どうやら露骨に話題を反らそうとしていたのはバレバレだったようだ。
しかし、と俺は胸を反らして断言する。
「ま、叩いたところで埃一つ出ないんだけどな」
「なんで自慢げなんだか」
せやな。
「そういえば咲夜から聞いたんだけど」
ふと、霊夢が思い出したように視線を俺に向ける。
「……なにを聞いたって?」
「貴方、レミリアと抱き合ったんだって?」
「……は?」
絶句する俺に反して、魔理沙は目を見開いて飛び退いた。
「うお!?マジか」
「しかも半裸で」
「破廉恥だぜ!」
霊夢が付け加えた一言に、わざとらしく顔を手で覆う魔理沙だが、指の間から見える目が弓なりになっている。
面白くて仕方がないという顔をしていそうだ。
霊夢の言う抱き合ったとは、定期的に俺が紅魔館に訪れている際、施設を使用する対価としてレミリア様に血を捧げているときの光景だろう。
彼女は首から直接吸血することを好んでいるが、血を大量に零すので、俺は仕方なしに衣服が汚れないように上半身を肌蹴させているのだ。
決して抱き合っているわけではないし、喜んでその状況に甘んじているというわけでもないのだが……絵的にアウトなのは認める。
「語弊があるだろ!そもそも半裸だったのは俺だけだし」
ていうか、咲夜は主があらぬ誤解を受ける噂をわざわざ自分で吹聴したのか?
「半裸なのは本当なのか……あのレミリアにセクハラとは、なかなかやるな悠基!」
「ああああああああ違う!」
動揺しすぎて弁明する順序を間違えた。
頭を掻き毟る俺を、魔理沙がケラケラと笑った。
「ああ、そうそう。鈴仙が最近殿方と逢瀬したって噂を聞いたわ」
ポツリと霊夢が呟くと、魔理沙が「本当か!?」と嬉しげに振り向いた。
「え、そうなんだ」
と俺も驚いて見せる反面、霊夢のあからさまな話の切り出し方からして、嫌な予感しかしなかったわけだけど。
「相手は誰なんだ!?」
「さあ。でも聞くところによると、優男風の青年だとか」
「ほうほう」
「人里に住む人間だとか」
「ほうほう」
「鈴仙もしばしばその男の家に通ってるだとか」
「ほうほう」
「寺子屋に住んでる人だとか」
「ほうほう」
「半年前に迷い込んだ外来人だとか」
「なるほどなるほどー」
「その『隅に置けませんなあ』みたいなニヤニヤ笑いをこっちに向けるのやめろ」
逢瀬……とくれば、おそらく月都万象展の際の話だろう。
てゐが楽しげにその単語で鈴仙をからかっていたし。
通ってるというのは、置き薬の補充のための定期巡回のことだ。
魔理沙の態度に鬱陶しげに「しっしっ」と手を振るも、魔理沙は笑みを引っ込めない。
「いやいや悠基、こりゃあ問い詰める必要があるぜ」
「勘弁してくれ――」
「鈴仙にな!」
「あ、そっちか……いや、やめて差し上げろよ。あの子はその手の話に弱いんだから」
ほんっと面白いくらい過剰反応するからなあ。
「酒の肴が増えたな」
「そうね」
俺の言葉など聞こえなかったかのように頷きあう二人を見て、俺は嘆息した。
まあ、うん……ドンマイ、鈴仙。
『諦めてんじゃないわよ~~~』とジト目で睨まれる未来を幻視した。
「あーそういえばこんなことも聞いたわねえ」
「まだあるのか……!?」
そんな調子で霊夢が言いがかりにしても甚だしい噂を挙げて、魔理沙がそれに乗じて茶化す。
霊夢の話は完全なでっちあげではなく微妙に事実が盛り込まれているのが嫌らしい。
それにしても、こうして思い返せば、幻想郷に住み始めて増えた知人は女の子がかなり多い。
いやまあ、里の中でいえば男の知り合いだってそれなりにいるのだが、外で出会う人の姿をしている者は女の子の姿をしている場合が大半だ。
なにか理由でもあるのだろうか。
そんな疑問をふと抱いたとき、霊夢が新たな爆弾を投下した。
「そうそう、幽香とも付き合いがあるんでしょ?二人っきりでお茶する程度には」
「ほおお~~あの風見幽香とか?」
「……事実だけどさ」
魔理沙の質問攻めにほとほと参っていた俺はうんざりしつつ応じる。
「仕事の延長で付き合いがあるだけだ」
ついでに言えば、花の知識があるから話があうし、それ以上に穏やかで朗らかな彼女の人柄が接しやすいから仲良くさせてもらっている。
そんな幽香の家にメディスンと名乗る少女が急襲したのは先週の話だ。
最後に見た彼女の姿は、びっくりするほど頼もしかったわけだけど、それでも少し心配だった。
幽香が言っていた連絡は、まだ来ていない。
「元気にしてるかなあ……」
「まあ、死んではないでしょ」
「アイツにそんなことあるのか?」
ポツリと呟く俺の言葉に霊夢がすまし顔で応え、魔理沙がとぼけた様子で言った。
「で?幽香とはどこまでいったんだ?」
「……そういえば、幽香が言ってたんだけど」
再び口火を切ろうとする魔理沙の質問攻めから逃れるためか、話を逸らそうと意識したわけではないが、ふいに思い出した幽香との会話の内容が、俺の口から零れ出る。
「これって、異変なんだって?」
季節も場所も関係なく、相も変わらず咲き誇る花々は、博麗神社の周辺でも大量に広がっていた。
その光景を視界に捉えながら、俺は二人に問いかけていた。
「「………………」」
「……?どうかした?二人して固まって」
急に沈黙し固まる二人に、俺は首を傾げた。
何かまた誤解を受けるような発言でもしたのだろうか。
そして、数秒の沈黙の後、魔理沙が最初に口を開いた。
「そうか、その発想はなかったぜ」
「え?」
「確かに、言われて見ればこれって異変だわ」
「えー?」
二人して呟く魔理沙と霊夢を交互に見る。
「あの、まさかとは思うけど気付いてなかったのか」
「ちょっと野暮用が出来たぜ!」
「奇遇ね。私もよ」
「うお」
唐突に立ち上がった二人に驚いて俺は飛び退いた。
驚く俺の目の前で、交錯する魔理沙と霊夢の間に火花が散る。
「なあ、霊夢」
「なによ、魔理沙」
「勝負といかないか?」
ニヤリと笑みを浮かべる魔理沙に、霊夢も挑戦的な笑みを返した。
「受けて立とうじゃない」
「で、方法は?」
「そりゃあもちろん、どっちが先に」
「この異変を解決できるかってわけね」
なにやら勝手に盛り上がっている彼女たちに、俺はおずおずと立ち上がった。
「お、おい、二人とも」
「「悠基」」
「あ、はい」
急に名前を呼ばれ思わず敬語で応じる。
「後はよろしく!」
「留守番を頼んだわ」
言うや否や魔理沙は立てかけていた箒を手に取り、霊夢はどこからともなく幣を取り出した。
瞠目する俺の目前で、二人は呼び止める間もなく飛翔する。
「ちょ、勝手なこと言うな!」
我に返って声を荒げると、霊夢が振り返った。
「どうせ暇なんでしょ?」
「そ、それはまあ事実なんだけど」
馬鹿正直にたじろぐ俺を尻目に、霊夢は飛び去っていく。
「あ、お夕飯ごろに帰るから」
暗にご飯を作っておけという意味を込めた勝手な一言を残して。
「……っておいこら!霊夢!霊夢ー!」
我に返っても後の祭りだ。
ちなみに魔理沙は振り返ってもいない。
そうして、
「……おーい」
一人、間抜けな男が取り残されたわけである。
* * *
日が暮れかける黄昏前、お茶を飲んで一息ついた俺は、眺めていた空の彼方から、黒い衣服の魔女が近づいてくるのを発見した。
その遥か後方には赤い影も見える。
どうやら帰ってきたようだ。
……いやまあ、何時間もわざわざ二人を待っていたのかと言うとその通りなわけで、自分でもほとほと律儀すぎることは自覚している。
ちなみに二人のために用意している夕飯は、温かいものを食べてもらうために完成直前まで仕上げている。
俺は霊夢と魔理沙のおかんか何かか?と自問しながらも結局作ってしまうあたり……いや、もう止めとこう。
霊夢たちが危ない目に遭っていないかと身の丈に遭わない心配でそわそわとしていたのだが、単身で異変を解決すると名高い彼女らに対しては杞憂が過ぎたようだ。
「おう、魔理沙、おかえり――」
箒に乗って霊夢より先に到着した魔理沙を目に留めた俺は、やっと帰ってきたかと嘆息をこらえつつ出迎えようとする。
直後、衣服をぼろぼろに、顔を煤で汚した彼女の姿に絶句したわけだが。
杞憂じゃなかった。
「ただいまだぜ!」
「ま、魔理沙!?大丈夫なのか?」
「ま、唾でもつけときゃ問題ないさ」
お前は近所のガキか!
内心思わずツッコミを入れる俺に、魔理沙はご機嫌な様子で尋ねてくる。
「ところで悠基、飯は?」
「…………もうすぐ出来るから、とりあえず手を洗っときな」
「忠告に従うとするか。おーい霊夢!洗い場を借りるぜ!」
魔理沙に遅れて空から降りてくる霊夢は、魔理沙の言葉に「勝手にしなさいよー」と間延びした言葉を返す。
「おう、サンキューな!」
にこやかに満面の笑みを浮かべ、魔理沙は母屋の中へと入っていった。
どこまでも元気な彼女の後姿に思わずため息が零れる。
「まあ、大事ないならいいんだけどさ。おかえり、霊夢」
「ただいま、悠基」
俺の言葉に応じながら着地した霊夢も、魔理沙に負けず劣らずの惨状だ。
直視するには失礼に感じる程度な状態だったのもあって、俺は微妙に視線を逸らす。
「大丈夫か?」
「当然じゃない」
「でも、ボロボロじゃないか。怪我は?」
「ただの弾幕ごっこだってば」
俺の問いかけに、父親をうざがる思春期の娘よろしく、霊夢は鬱陶しげに応じた。
「それに、けちょんけちょんにしてやったわ」
「けちょんけちょんて……」
呆れて半眼になるも、霊夢は構うことなく疲れた様子で自分の肩を叩いた。
「ご飯はできてる?」
「もうすぐだよ……それにしても、こんなにボロボロになるなんて、誰と戦ったんだ?」
単身で異変を解決できるほどの実力を持つとされる霊夢と魔理沙だが、この様子からして、それなりに苦戦したようだ。
そんな俺の疑問に、霊夢は嘆息しつつ答えた。
「閻魔よ」
「へえ、閻魔…………………………………は?」
思考が止まり立ち尽くす俺に、霊夢はどこか誇らしげに一言付け加えた。
「あ、もちろん勝ってきたから」
…………血の気が引いた。
前半はオリキャラの設定を掘り下げてあからさまに何か起こすよ的なお話。
中盤は主人公二人にほのぼのと翻弄される主人公のお話(ん?)。
そして後半は霊夢と魔理沙がいよいよ異変解決に乗り出しサブタイトル回収するお話でした。
でもって終わらせてきました。