東方己分録   作:キキモ

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三十四話 彼岸花

物寂しい風が吹き、風が止めば不自然なほどの乾いた静けさに支配される。

まばらに置かれた石はなにか不吉で、しかし切なく、同時に不思議な懐かしさを感じさせた。

草木がないというわけではない。

荒涼とした岩場というわけでもない。

なのに、その景色は灰色に見え、俺に一貫したイメージを抱かせた。

 

 

生命のない、終わりの世界。

 

 

「………………」

ああ、なるほど。

俺は静かに得心した。

ここが、話に聞く地。

 

幻想郷の中でも最も危険とされており、人間どころか妖怪すらも近づかない場所。

阿求さんからも絶対に近づかないことを厳命されている。

幻想郷の果てに位置するその地の名は。

 

「…………無縁塚」

 

ポツリと呟く俺の声は、不意の突風に溶けていく。

「嘘だろ……」

半ば途方に暮れていた。

知らず知らずとはいえ、まさか訪れることになるとは微塵も思っていなかったし、通りで随分と歩かされたわけだ、という納得もあった。

 

「さて、では参ろうか」

隣からのいつもと変わらない声音に、俺は我に返る。

 

「……いやいや霖之助さん、『参ろうか』じゃなくてですね」

歩きだした同行者に俺は慌てて声をかける。

 

「なんだい?」

「ここって、もしかしなくても無縁塚ですよね」

「そうだが、それが?」

表情を変えることなく、霖之助さんは首を傾げてみせる。

……おそらくこの人、俺が言いたいことを分かっていて恍けている気がする。

無縁塚に到着するまでの道中、目的地をきいてもはぐらかされていたし、おそらく俺がこんな反応を見せると分かっていたのだろう。

 

「無縁塚って、幻想郷の中でも相当危険な場所らしいじゃないですか」

周囲を見渡しながら俺は問いかける。

今のところ、俺と霖之助さんを除いてなにかが動く気配はなかった。

「なんでわざわざこんなところに」

 

「目的なら話したはずだが」

霖之助さんは肩を竦めると再び歩み始めた。

「そ、そうですけど」

俺は慌てて彼の後を着いていく。

 

「ここじゃなきゃ駄目なんですか?」

「無論だよ」

どんどん歩みを進めて行く霖之助さんは、俺の問いかけに断言する形で答えながら腰のポーチに手をかけた。

「さて、まずは供養といこうか」

 

 

 

……そもそもの経緯、俺がなぜ霖之助さんと共に無縁塚に訪れているのか。

纏めてしまうなら簡単だ。

香霖堂に赴いた俺は、軒先で出掛ける様子だった霖之助さんとはち合わせた。

聞くところによると、どうやら商品、つまり外来品の調達に出ようとしていたようだ。

『調度いい。君も一緒に来てみないか?』

『え?いいんですか?』

『一度に運べる量には限りがあるからね。外来品に関しては君の外の知識があるとその辺りの選定がしやすい』

そんなやりとりがあって、そのまま霖之助さんについて妖怪の山を大きく迂回して辿り着いたのが無縁塚だった、というわけである。

 

 

 

 

閉じていた瞼を開く。

疎らに置かれた石の一つ一つが何かの墓標らしい。

誰が、誰を、どうして、何が起きて、そしてどんな想いで弔われたのか分からないままに、向かって合わせていた手を解いて立ち上がる。

既に『供養』を終えたらしい霖之助さんは、無縁塚の物色を始めていた。

 

決して広くない土地には、雑多なガラクタが散見された。

霖之助さんは目に付いたそれを拾っては眺め、少ししてから元の場所にそっと置いて歩んでいく。

見ようによっては墓場でのゴミ投棄、その一端にも見える光景に落ち着かない気持ちになりながら、俺はそそくさと霖之助さんの後に付いた。

 

「それにしても、なんでこんなに外来品があるんですか?」

立ち止まり、しゃがみ込む霖之助さん。

彼が拾い上げたどこか見覚えのあるようなキャラクターを模した陶器の置物を肩越しに覗き込みながら俺は問いかける。

「幻想郷の果てだとは聞いてますけど」

 

「それもあるかもしれないね」

どうもあまり興味が沸かなかったのか、霖之助さんはそっと陶器を置くと再び立ち上がり周囲を見渡す。

「だが、ここはそもそも結界の緩み自体が大きい。外の物が流れ込んでくるのはそれが原因だろう」

 

「結界って『博麗大結界』のことですか」

「ああ」

再び目ぼしい物を発見したのか、霖之助さんは足を止めた。

「これは?」

 

霖之助さんが手に取った色あせた古い液晶を見て、俺は僅かに嘆息しつつ答える。

「……ポケベル、ですね」

「遠くいる者と会話するための道具か。使えそうかい?」

ポケベルを受け取った俺は、分からないなりにその骨董品を注視する。

それでもやっぱり分からないものは分からないのだけど。

 

「……多分、これが電源でしょうけど……反応はしませんね。電池切れもあるんでしょうけど、これだけ古いならそれ以外にも動かない原因がありそうですね」

「電池があれば使うことが出来そうかい?」

「分かりませんって。それに、これは一つじゃ意味ないです。えっと、話す当人がお互いにポケベルを持っていないと駄目ですし、通信方法が携帯と同じなら、電波塔がないとやっぱり通信できませんね」

 

おずおずと差し出したポケベルを霖之助さんは嘆息しつつ受け取った。

「よく分からないが、色々と面倒なのは分かったよ」

と言いつつも、結局彼はそれを腰のポーチに仕舞いこむ。

 

「それで、なんでここは結界が緩んでるんですか?」

「ん?ああ、その話か」

 

霖之助さんは今度は真っ二つに割れたCDを拾い上げた。

「さっきも言ったとおり、この下には死者が眠っている」

 

……その上でこんなことをしているのも罰当たりだと思いますけどね。

内心でそんなことを思っていると、霖之助さんが肩越しに視線を向けてきた。

 

「これくらいは許してくれるさ」

「え」

肩を竦める彼を見て、思わず口元を押さえる。

 

「声に出してました?」

「いや、顔に出ていた」

そんなに!?

 

「さて、話を戻そうか」

動揺する俺を置いて霖之助さんは話し出す。

「この下に眠る死者の殆どは無縁仏だ」

「無縁仏……縁者がいないご遺体のことですか」

「そう」

 

霖之助さんは首肯しつつ、今度は拾い上げたゴムボールを俺に示す。

空気の抜けたそれを見て首を振ると、霖之助さんは頷いてそれを放り捨てた。

 

「そして、その仏の大半が、外の世界から迷い込んだ人間」

「っ…………」

「幻想郷に迷い込んだ外来人は、よほど運が良くない限り大概妖怪に襲われる。この下に眠るのは、そんな者たちばかりだということだよ」

霖之助さんの淡々とした言葉に、俺は思わず振り返った。

 

「故に、外の世界の人間が眠るここは、博麗結界の外の揺らぎを生み出す。ここに縁がなくとも、外に縁があるためだ」

「………………」

霖之助さんの言葉を聞きながら、俺は感慨に耽る。

 

まばらな石の一つ一つが墓標。

だが、この下に眠る遺体の数は、遥かに多く、その大半が訳も分からぬままに喰われた人々。

 

訳の分からないまま迷い込み、訳の分からないまま襲われ、訳の分からないまま無念を抱いて死に至る。

それは、その大半はおそらく、悲劇だったのか。

 

胸を締め付けられるような感覚を覚えながら、俺は再び黙祷を捧げた。

 

 

 

「……ついてないな」

強張った霖之助さんの声に俺は目を開いた。

「いや全く、ついてない」

「霖之助さん?」

 

視線を固定させたまま動かない霖之助さん。

目を細める彼の視線に釣られ、その先を追うも、そこには変わらない景色が広がっているのみだ。

だが、霖之助さんは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべている。

見慣れない彼の表情に、俺は緊張する。

 

「どうか、したんですか?」

「……今日は解散だね」

嘆息を一つ、霖之助さんはぽつりと呟く。

「え?」

「悠基、君は分身を解いた方がいい」

 

目を丸くする俺に霖之助さんは言い放つ。

同時、彼は唐突に視線を先ほどまで見ていた方向に再び向ける。

振り返った彼の顔には、いつになく真剣な様相が浮かんでいた。

「僕からの忠告はそれだけだ」

呆気に取られる俺にそんな言葉を放ちながら、彼は俺とすれ違うように走り出した。

 

「え、え?り、霖之助さん!?」

我に返って振り返り、声を上げる。

だが、霖之助さんは足を止めることも振り向くこともなく走り去っていく。

その背中を呆然と見送りつつも、しかし、俺は迷いを抱いていた。

 

何かが来る。

さすがに俺にも察しがついた。

霖之助さんの忠告は、すなわち「早急にこの場所から離れろ」ということを意味している。

幻想郷でもトップクラスの危険地帯とされ、人妖構わず近づくことすら阻まれる無縁塚。

去ったのではなく逃げ去った霖之助さんを鑑みるに、おそらくはその所以に関するものだろう。

 

かなり危険なのは分かっている。

しかし、いざとなれば分身を解けば瞬時に離脱できる。

だから、少しだけ。

少し、姿を捉えるだけ。

 

僅かな興味本位というのもあるし、もしかしたら雇い主の阿求さんにとって有益な情報があるかもしれない。

「……ハハ……馬鹿だな」

俺は空元気で微笑を浮かべる。

 

霖之助さんが見ていた方向を注視しつつ、しかし恐れから少しずつ後ずさるという中途半端な体勢だった。

 

大丈夫。

 

そう自分に言い聞かせ――――

 

 

――――っ!!

 

 

目前だった。

 

ずっと注視していたはずなのに、気付けばそれは目前にまで迫っていた。

 

靄だ。

紫がかった黒い靄の塊。

向こうの景色が透けて見える程度に薄い。

なのに、それは不自然なほどに重さを感じさせた。

 

―――オォオオオォォォ――

 

声が。

背筋の凍るような、体中の体温を奪うような声が聞こえる。

怨嗟というのか。

体全体をじっとりと侵食していくような、何か。

鼓膜を揺らす音ではない、開いた腹に濁った液体を流し込まれるような、壮絶な不快感を思わせる声だった。

 

本能的な恐怖なのか、俺の脚は地面に縫い付けられたかのように動かない。

レミリアの殺気とはまた別種の、絡みつくような死の恐怖。

 

 

早く、早く解け。

能力を解けと、頭の中で警鐘が鳴っていた。

だが、動けない。

思考が、止まっていた。

 

 

目を見開く俺のすぐ鼻先で。

靄は既に大きく広がり、俺に覆いかぶさってくる。

もはや逃走を選択するには致命的に遅く、闘争を決意するにはあまりにも無謀だった。

 

俺の周囲を埋め尽くすように、その声が絡みつく。

 

 

 

 

―――オォオオォ――――

 

 

 

 

目前に、視界を覆い尽くし

 

 

 

 

―――オオオオォォォオオオ―――

 

 

 

 

それは。

 

 

 

 

―――オオオオオオオオオオオオオォォォオオオオオオオ―――

 

 

 

 

 

 

口を広げ、

 

 

 

 

 

 

 

―――オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * *

 

 

~~~~♪

 

どこか、すぐ傍で陽気な鼻歌が聞こえてくる。

倦怠感に呻き声を漏らし身じろぐと、心落ち着くその歌が途切れる。

 

「っと、目が覚めたかい?」

問いかけてくる少女の声に俺は閉じていた瞼を開いた。

「…………?」

僅かに淡い紅の景色が、一面に広がっていた。

 

その全ては彼岸花。

無縁塚に向かう道中に横切った、彼岸の景色の真っ只中。

俺は横になっていた。

傍らに腰掛け俺を覗き込む少女の二つ結った髪も、彼岸花を思わせる紅色だ。

 

どうも気絶していたらしい。

酷い倦怠感に抗いつつ、俺は鉛のように重い体を無理矢理起こした。

頭痛に眉をしかめる俺に、反して少女は陽気な口調で問いかけてくる。

 

「調子はどうだい?」

「……あまり……」

「そりゃ僥倖」

渋面の答えに少女は笑みで応じた。

 

少しずつはっきりと思考が回るようになるにつれ、気絶する前の恐ろしい記憶を思い出す。

意識が途切れているということは、気絶したところをこの少女に助けられたのだろうか。

というか、彼女はいったい何者なのだろう。

沸いてくる疑問に思わずまじまじと見つめてしまう俺の視線に、少女は小首を傾げて見せた。

 

「何から訊いたらいいのか、迷ってるって顔だね」

……表情からそこまで読み取れるのだろうか。

困惑する俺に、少女は口端を上げる。

「そうさね。まずは自己紹介といこうか。あたいは小町。小野塚小町だ。よろしく」

 

漂わせる雰囲気と同じ、どこか安心感を漂わせる陽気な笑みを浮かべる小町。

俺は安堵から、気付かないうちに張っていた肩の力をゆっくりと抜いた。

「ああ、よろしく。俺は――」

小町に応じる形で名乗ろうとするが、同時に片膝を立て座る彼女の傍に置かれた物騒な得物が視界に入る。

 

「――岡崎悠基、だけど、それは?」

「ああ」

俺の視線に小町は傍らの巨大な鎌を見た。

 

「あたいの道具さ。見ての通り、あたいは死神なんでね」

「死神……」

確かに死神といえば、無造作に置かれた彼女の黒い大きな鎌を振るうイメージが色濃い。

 

だが、更に死神のイメージに付け足すなら、真っ黒なボロボロのローブに、フードの下はしゃれこうべ、というのが一般的で、間違っても彼女のような血色のいい少女とはそぐわないだろう。

「ま、死神は死神でも、仕事は死者限定さ。お兄さんの命を獲るってわけじゃないからそこは安心しな」

「あ、ああ、うん」

困惑する俺の様子に気づいているはずだが、小町は構わないといった様子で話を続ける。

 

「で、ついでに言えばお兄さんを助けたのもあたいだし、ここまで運んできたのもあたいさ。しかし、ほんとに危ないところだったね」

「……あれって、そんなにヤバイものなのか?」

意識が途切れる直前の靄を思い出しながらおずおずと問いかけると、小町はやや呆れた視線を投げかけてくる。

「目前で見たお兄さんが一番良く分かったんじゃないのかい?」

「………………」

 

思わず想像する。

もし、あの靄に取り込まれていたら。

今頃、俺は。

 

想像がつかないわりに、ふいに走った怖気に身震いすると、小町は苦笑を浮かべる。

「ねえ?」

「そう、だな。うん…………礼を言うのが遅れた。助かったよ」

「かまわないさ」

小町は肩を竦める。

 

 

同時。

「話は終わりましたか」

 

 

並んで座る俺たちの間近。

頭の上から投げかけるような凛とした少女の声。

「うっひゃあ!」

「――ぅ、うお」

俺は驚いて振り返ろうとしつつ、隣でもっと派手に驚き前のめり飛び退く小町に更にビビる。

 

「…………ハァ」

思いのほかすぐ隣で、漏れ出たかのようなため息。

芸人顔負けのリアクションを見せた小町に奪われていた視線を、先ほどの声の主へと向けなおす。

 

黒い漆塗りの笏で口元を隠した少女が、目の前に佇んでいた。

青と黒を基調とした風格ある装いに、どこかの偉い人物だろうかという印象を抱かせる少女は、ジト目ともとれる呆れの眼差しを小町に向けていた。

 

「し、四季様……」

顔を土で汚した小町が体を起こしながら気まずげに振り返った。

「いつの間に」

 

「つい今しがたです」

様付けで呼ばれた少女は気を取り直したのか、凛とした目つきになった。

「小町、また苦情が来ていましたよ。せめてこんな時期くらいはそのサボり癖を自重しなさい」

 

「も、申し訳ありません」

「……まあ、おかげで彼が助かったのは幸いでした」

恐らく小町には聞こえない程度の声で、まるで独り言のような呟きに目を丸くすると、少女の視線が俺に向けられる。

 

「さて、岡崎悠基ですね」

「え、あ、はい」

初対面にも関わらずいきなりフルネームで呼ばれたせいか、それとも彼女の纏うどこか威厳ある雰囲気に萎縮したせいか、思わず敬語になって応じる。

「はじめまして、四季映姫・ヤマザナドゥと申します」

「あ、これは、ご丁寧に、どうも」

 

思いのほか丁寧に、深く腰を折る四季映姫に俺は少々どもりながら挨拶を返した。

「さて、初対面でなんですが、貴方にはいくつか申し上げたいことがございました」

「…………え?」

不意、というか唐突なもの申しに思わず間の抜けた声を上げる俺に、映姫は目を細めた。

 

「もう少し自愛してください」

「は、はあ」

「時に貴方は自らを省みず、責任感、好奇心、使命感、それとその優しさで不用意に危険に飛び込む傾向があります。あなたの能力は貴方が思う以上に危ういもので、なのに貴方は自覚なしにその上に胡坐を掻いている。もう少し自重して行動しなさい」

「ちょ、ちょっと待ってください」

つらつらと並べ立てられる言葉に俺は息を呑み、慌てて立ち上がった。

確かに言われたことに関して想うところはあるが、初対面で言われる筋合いはない。

 

「いきなりなんですか――」

「あーお兄さん」

小町が抗議しようとする俺の肩を叩いて制止する。

「やめときな。そちらのお方はあたいの上司。あんたが『ここ』で死んだ時に世話になる方だよ。気持ちは分かるが忠告はおとなしく聞いた方がいいさ」

 

苦笑する小町の言葉の雰囲気は、どこか俺を気遣うものだ。

意を汲んで俺は大人しく引き下がると、映姫に視線を戻した。

 

「貴女は、いったいなんなんですか?」

「閻魔、といえば分かっていただけるかと」

映姫の言葉を噛み締める。

 

閻魔……閻魔って、あの…………。

「地獄の、最高裁判長」

阿求さんから聞いたことはあった。

 

幻想郷では死後、魂となった者は地獄で閻魔に裁かれると。

それは、人も妖怪も関係なく通る道であり、故にその存在は幻想郷において敵う者なしとか。

 

「さて、話を戻しましょう」

目を見開く俺の視線を真っ直ぐ受け止めながら、映姫は言葉を紡ぐ。

「貴方のその行動は、いつか貴方の存在そのものを滅ぼしかねない。どこからが無謀なのか、なにが無茶なのか、貴方はそれを分かっていて、しかし行動を起こす危うさを常に持ち合わせている」

 

他の誰かに言われれば「そんなことはない」と反論したくなるような言い草で、しかしどういうわけか彼女の言葉はやけに俺に突き刺さった。

自分自身に困惑する俺に、映姫は笏の先を向けた。

「そう、貴方は少し自分を軽く見過ぎる」

 

そうして、映姫は一度目を伏せる。

「友人を、恩人を想うなら、彼ら彼女らに想われている自分をもっと大事になさい」

そうして視線を上げて真っ直ぐ俺を見る彼女は、迷う様子なく言い放つ。

 

 

「ご両親の愛を、無駄にしたくはないでしょう?」

 

 

「っ――」

――思わず、俺は、――

 

「――四季様」

俺の肩を掴む小町が強張った声を上げる。

 

だが、映姫は全く揺らぎのない瞳で俺を見据え、対する俺も映姫を睨み返していた。

衝動的な行動は、小町の制止もあってなんとか押さえ込んだ。

それでも、映姫の言葉に沸き起こる激情と動揺で、心臓は全力疾走したあとのように激しく揺れていた。

 

「言い過ぎたとは思っていません」

冷静な、冷徹ともいえる口調で映姫は話を続ける。

「私を恨むのも結構。ですが、今の言葉、努々忘れぬように」

そうして、映姫はふいに踵を返し、俺に背を向けた。

 

「さあ、小町、行きますよ」

「……四季様」

苦虫を噛み潰したような顔をする小町に、映姫は僅かに振り向いて視線を寄越す。

「何か?」

「わざわざ恨まれ役を買わなくてもいいでしょうに」

「…………」

小町の言葉に、映姫は言葉を返すことなく視線を正面に戻し歩み始めた。

 

「まったく……」

苦笑したまま小町は嘆息すると、俺の肩を掴む力を緩める。

 

「すまんかったね」

「いや……」

強張った声を返す俺の肩を小町は軽く叩く。

 

「あの方は不器用でね。言い方はあれだけど、お兄さんのためを想っておっしゃてるんだよ」

「それは、うん。分かる」

少々困り顔の小町のフォローに、俺は肩の力を抜いた。

 

「すまない。それと、ありがとう。助かった」

色々な思いを込めて頭を下げると、おそらくその全てを汲み取って、小町は微笑んだ。

「構わないよ。じゃあ、あたいも行くよ。もうここには近づかないようにね」

そうして俺の答えを待たず、軽く手を振りながら小町は小走りで遠ざかっていく映姫を追った。

 

足取り軽く、巨大な鎌を肩に担いだ背中。

背筋を伸ばし、姿勢良く歩む背中。

二人並んだ背中を眺め、俺は息を吸った。

 

「映姫様!!」

小さくなっていく背中に向かって腹から声を張り上げる。

果たして、地獄の閻魔は俺のことをどこまで知っていて、そしてどんなつもりであの言葉を俺にぶつけたのか。

少なくとも小町の言葉と、視線を反らさなかった映姫の瞳に嘘はないように感じた。

 

「ご忠告、ありがとうございました!!」

張り上げた声は届いているはずだが、しかし二人ともその声に反応することなく遠ざかっていく。

彼岸花の向こう、薄い霧に次第に見えなくなっていく二人の少女を、俺はじっと、二人が見えなくなってもなお、静かに見据えていた。

 

 

「……どうやら行ったみたいだね」

「えっ」

 

真横から嘆息交じりの声が急に聞こえてたじろぐ。

どうも今日はふいに声をかけられて驚くことが多い。

 

いつのまにやら隣に立っていたのは、無縁塚で別れたはずの霖之助さんだった。

 

「彼女の説教は長いから」

既に見えない映姫たちの姿を幻視するように、霖之助さんは彼女たちが去った方向を眺めている。

「見つからないで済んで良かった」

 

近くで隠れていたともとれる霖之助さんの言葉に俺は目を丸くした。

「……なにか後ろめたいことでもあるんですか?」

「さあね」

霖之助さんはすまし顔で肩を竦めた。

 

「さて、我々も帰るとしようか」

「はい。というか、なんでここに?」

「よもや君が残っているんじゃないかと引き返してみたら、案の定だっただけだよ」

「……すいません」

冷ややかな視線を向けてくるお人好しの言葉に思わず頭を下げると、霖之助さんは嘆息をしつつ、人里の方向へ向けて歩み始めた。

俺も慌てて彼に並ぶ。

 

ふいに、風がふいて、彼岸花を揺らす。

 

「どうも、騒がしくなりそうだね」

銀髪を揺らしながら、霖之助さんが呟いた。

 

「え?」

思わず顔を上げるが、独り言だったのか、問いかける俺の視線に霖之助さんは応じなかった。

 




無縁塚については香霖堂(書籍)や求聞史紀などで調べはしましたが、オリジナル要素がかなり強いです。
駆け足気味ではありましたが小町、映姫が初登場です。
毎回初登場書いてる気がしますがそんなところも含めてほのぼのと見過ごしていただけたら幸いです。
文花帖(ゲーム)ではこの二人に今だに勝てません。あと金閣寺は諦めました。

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