東方己分録   作:キキモ

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三十三話 スポイラー襲来

「それでは先生、さようなら」

「ああ。気をつけて」

寺子屋敷地の門前、掃除最中で片手に竹箒を持ったままの俺は頷いた。

 

「はい」

寺子屋年長組の生徒である春は、俺の言葉に微笑むと踵を返して家路についた。

午後の授業が終わり、生徒もすっかり帰った中で一人居残っていた勉強熱心の背中を、俺は少々複雑な心境で見送る。

「…………」

冬の寒さも落ち着きを見せ始め、もうすぐ農家は忙しくなってくるころだ。

そろそろ寺子屋に通う年長組の生徒は寺子屋を出て行く……現代風に言うならば、卒業していくことになる。

春もその一人だ。

 

とはいえ、狭い幻想郷に位置する人里。

卒業したとしても、その辺りでばったり遭遇することもあるだろう。

ゆえに別れてそれきりということはない。

それでも感慨深いものだな、と半年にも満たない期間教師だった俺はしみじみと思うのである。

 

「……あ」

遠ざかっていく春を見送っていると、彼女が曲がり角で知り合いと遭遇するのが見えた。

というか、もう一人の俺、正確に言うなら甘味処に勤めている方の俺だ。

 

甘味処の厨房事情で、寺子屋離れの作業場でケーキ作成を余儀なくされている俺は、甘味処と寺子屋を頻繁に行き来している。

生地だったり、クリームだったり、果実だったり、あるいは完成品だったりを運ぶためだ。

ケーキの売り上げは、まあ順調と言ったところ。

売り上げも少しずつ伸びてきている。

それでも、懸念すべき問題があり、いまだにその解決方法はないのだが……。

 

「ふう」

俺は思わずため息をつく。

その視線の先で、恐らく寺子屋に戻ろうとしていたのであろうもう一人の俺と春は立ち話をしていたのだが、暫くして一緒に歩み去って行った。

 

雑談がてら春を家まで送っていくつもりだろう。

甘味処もピーク時間を過ぎ、客足もすっかり落ち着いたころ。

時間的余裕はあるだろうし、俺ならそうする可能性はある。

そう判断した俺は、竹箒を手に寺子屋の敷地内に踵を返した。

 

「……ああ、そういえば」

敷地の門を潜りながら、俺はふいに思い出す。

「今日は、彼女が来るんだっけ」

 

「ほほう、『彼女』とは?」

唐突に、頭上から声がした。

俺が驚き頭を上げるよりも早く、重いような軽いような羽音と突風が皮膚を撫でる。

 

驚いて息を飲み、一歩たじろぐ俺の目の前に、突如その少女は降り立った。

歯が一本しかない下駄に、小さな特徴的形の帽子。

その背中には鳥類を髣髴とさせる大きな翼が生えている。

 

天狗だ。

背中の羽が鴉のような漆黒色であることからして、おそらくははたてのような鴉天狗だろう。

 

「詳しく聞かせていただきますか?」

「……あ、えと。君、は……?」

少女は問いかけてくるものの、俺は戸惑いから一歩下がりながら逆に問いかける。

 

「おや、これは失礼致しました」

鴉天狗は握った拳で自分の頭を軽く小突いて、ついでに舌をちょこんと出す。

あ……あざとい……。

ついでに言えばこれでもかってくらいわざとらしい。

 

露骨に演技がかった仕草に困惑する俺の様子を見て、鴉天狗はコホンと咳払いをした。

「あややや、外の世界の男はこういうものに弱いと聞いたのですが、期待した効果はないようですねえ」

「こういうのがどういうのかは知らんけど……」

あっけらかんと計算づくでだったことを白状する少女に、俺はジト目になって答える。

 

「ふぅむ。まあいいでしょう」

腕を組んで納得したように少女は何度も頷いた。

開始早々マイペースっぷりを発揮する彼女に、俺は早くも辟易としてきたが、そんなことを意に介す様子など微塵も見せず俺の鼻先に名刺を突き出した。

「私、文々。新聞記者、射命丸文と申します!」

 

「はあ」

面くらいつつ受け取った名刺には、楷書の読みやすい文字で「射命丸 文」と刷られていた。

 

名刺なんて洒落たものあるのか、などと思いながら俺は視線を再び天狗の少女、文に戻す。

予想通り、彼女もはたてのような鴉天狗でありなおかつ新聞記者のようだ。

「で、その記者さんが、俺に何か?」

 

「ちょっとした私情を踏まえての取材のようなものです」

「私情」

「ほんの少しですよ」

文は親指と人差し指で空気を摘むような仕草を見せながらウインクしてみせた。

 

あざといが、悔しいことに普通に可愛い。

何が悔しいかは知らない。

 

「あの、言っておくけど」

以前の経験から、一応釘を刺しておくことにする。

「萃香の事件や紅魔館に行ったとかいう噂は、あれ殆どでまかせだから」

「ええ、存じております」

対して、文は驚く様子も怪訝な様子も見せず、ましてや「面白ければいい」なんて開き直ることもせず、当然とばかりに頷いた。

 

「貴方が伊吹萃香に襲われた事件や、十六夜咲夜に連れられて紅魔館を訪れた件については、既に取材は終えています」

「取材?……来てないよね」

「前者は博麗霊夢さんから、後者は紅美鈴さんからそれぞれお話を伺っております」

「ああ……」

確かに、彼女が今挙げた二人は騒ぎの概要を把握している可能性は高い。

 

「へえ。顔が広いんだね」

素直に思ったことを口にすると、文は頭に手を当てはにかんで見せた。

「どうも。お褒めに預かり光栄です」

 

なんだか予想以上に礼儀正しい。

いつも俺が接している天狗という妖怪は、基本的には会えば会敵必殺とばかりに即切りかかるか、もしくは記事の内容は堅実なのに面白ければOKなんて強引に取材を進めるちょっと残念なタイプかの二択だったので、文の態度はかなり好印象に映った。

そう考えると最初のあっけらかんとした物言いも、茶目っ気あるものに見えてくる。

 

「それで、取材っていうのは?」

彼女の話に少々付き合うくらい別にかまわないか、という程度の軽い気持ちで俺は口を開いた。

 

 

* * *

 

 

夕暮れ時。

甘味処の客入りも落ち着き、空いた時間に教え子の一人である春を雑談がてら家の近くまで見送った俺は、一度寺子屋の作業場に戻り、その後再び甘味処に舞い戻っていた。

朱に染まった甘味処の中で、客席の一つに座る俺の正面には、新作のケーキを注視するはたてがいる。

 

花果子念報で俺のケーキを記事にしてくれたはたてだが、記事内容は堅実だし存外的確な意見を出してくる。

そんな縁もあって、たまに甘味処に訪れてくるはたてに、こうして定期的にケーキの試食を頼んでいるのだ。

 

「少し硬いわね」

「クッキー生地だからね。これでも随分いい具合に仕上がっている方だよ」

今はたてが試食しているのは、タルトケーキの試作品だ。

 

紅魔館の厨房を借りればそれなりにうまくいくが、寺子屋の作業場では施設の関係でそうもいかない。

それでもどうにかタルトケーキを再現しようと四苦八苦すること一ヶ月。

ようやくそれらしい出来になってきた。

 

不安と期待を入り混ぜてはたてを見るめる。

「で、どう?」

「まあ、悪くないわね。舌触りも滑らかだし甘さも程ほどだから美味しいわ」

「うんうん」

「でも下の生地は硬すぎるわね。こういうお皿みたいな形に拘ってるみたいだけど、分厚くなって食べにくいわ」

「やっぱり問題はそこだよなあ」

自分でも懸念していた点を指摘されて思わず唸る俺に、はたては嘆息した。

「他にもあるわよ。細かいけど」

「え」

 

 

……まあ、厳しい指摘や私的意見のほうが多いが、参考になるものも多い。

俺は熱心に頷きつつ、時に苦い顔をしながらメモを取る。

 

「とまあ、こんなところね」

「なるほど。参考にしてみるよ。ありがとう」

言いたいことは言い切ったとばかりに満足した様子のはたてに俺は礼を言った。

 

「ええ」

はたては得意気に頷くと、人差し指を立てて笑みを浮かべる。

「それで、なんだけど」

きたか……とばかりに俺は口を歪めてため息を堪える。

 

「そろそろ本当のこと、言ってもいいんじゃない?」

「君がしつこく取材してくることについては本当のことしか言ってないよ」

「今日こそ暴いてやるわ。あんたの所業をね!」

俺のそっけない返答を気にする様子なく、というかもはや無視する勢いではたては俺を指差してキメ台詞のごとく語気を荒げた。

 

「伊吹萃香の武勇伝だけでは飽き足らず!紅魔館から生還したって話じゃない!」

もう一ヶ月以上も前の話である。

「もう隠し立てできないわよ!さあ!洗いざらい本当のことを喋ってもらおうじゃないの!」

 

はたてはこうしてことあるごとに俺に取材を迫ってくる。

迫ってくるネタに関しては一貫して萃香の事件や紅魔館を訪れたことに対する、人里での誇張された噂の数々だ。

 

「なにか拘りでもあるのか?」

ふいに疑問に思った俺は問いかけるも、はたては腕を組んで顔を背けた。

「別に、あんたには関係ないでしょ」

関係なくはないと思うけど、というツッコミはさておき、否定はしないようだ。

とはいえ、いつまでもこんなやりとりをするのもいい加減不毛というものだ。

 

俺は小さく息を吸うと、真剣な面持ちではたてを見る。

「なあ、はたて」

「あら?話す気になったの」

はたての目が期待に輝くが俺は首を振った。

 

「いや、違う」

短い俺の返答に、はたては眉根に皺を寄せた。

「じゃあ、なんだってのよ」

 

「あのさ……はたてが自分でよく分かってると思うんだけど」

「なによ」

僅かに逡巡しつつも俺は口を開いて断言する。

 

「君の言う俺の噂が全部誇張だってこと」

なぜか、サンタクロースを信じている子供にその正体を教えるような罪悪感を感じた。

対してはたては、真剣な顔で発せられる俺の言葉に僅かに目を見開くと、俯いてしまった。

前髪に隠れてその瞳は見えないが、顔を伏せたままの彼女の体が僅かに震えていることに気付いてしまう。

 

……まずったかな。

それほど衝撃的な発現をしたつもりではなかったのだが、はたての反応からしてショックだったのかもしれない。

俺は気まずい思いではたてに手を伸ばす。

「なあ、はた――」

「うっさい!!」

 

バン!と両の手の平で机を叩くと、はたては立ち上がる。

音に驚き、俺は思わず身を引く。

そんな俺ははたては見下ろしながら睨むという器用な真似をすると、机を回りこんで俺に近づいてきた。

 

「え、な、どうした?」

「うっさいのよあんたは!」

苛烈な勢いのままはたては俺に詰め寄ると、胸倉を掴んで俺を立たせる。

うわけっこう力強い。

……いやいや、問題はそれどころじゃなくてはたてが普通に開き直ってることだ。

 

「そ、そうは言ってもな」

目前まで近づいてきたはたての顔に思わず照れながら俺は視線を反らす。

「嘘は言えない。俺は草薙の剣も持ってないしヴァンパイアハンターの免許も持ってない」

「いつも言ってるでしょ!」

 

はたては俺の胸倉を掴んだまま鼻息荒く顔を近づけてくる。

「面白ければいいのよ!」

やっぱそこ変わらないのか……。

と呆れ果てる反面、ぐいぐい迫ってくるはたてに心中穏やかではない俺なのだが。

 

 

パシャリ。

 

 

どこかで聞き覚えのある音がした。

俺もはたてもその音に反応し出所を見る。

甘味処入り口、夕暮れで赤く染まったその場所に、カメラを構えた少女が立っていた。

 

歯が一本しかない下駄に、小さな特徴的形の帽子。

その背には折りたたまれた黒い羽。

どうやらはたてと同じ鴉天狗のようだ、とはたてとその少女を見比べながら感じた。

 

構えていたカメラを降ろす少女の顔は、不敵な笑みを浮かべている。

「ふふん、いい絵が撮れました」

「あ、文」

はたてが目を見開く。

 

「見出しはこんなところでしょうか。『花果子念報の記者。禁忌を破り人里で暴行か!?』とか」

「な、な、なんで!?」

飄々とした様子の文と呼ばれた少女に対して、はたては声を荒げて指を差す。

指差していない方の手は未だに俺の胸倉を掴んだままである。

 

「それともこういったところでしょうか?」

文は再びカメラを構えると、パシャリとフラッシュを焚く。

「『鴉天狗と人間。種族を超えた二人の逢瀬の現場を激写!!』なんて」

「ふざけんじゃないわよ!」

 

顔を紅くしてはたては否定する。

ちなみに顔が赤いのは照れているからではなく、恐らく頭に来ているからだろう。

なぜそんなことが分かるかというと、未だにはたてが俺の着物を掴んだまま=それに気付かないくらい俺のことを意識していないだからだ、と俺は冷静に分析する。

 

どこかの妖怪兎とは大違いである。

なんてことを思う割りに、詰め寄ってくるはたてに顔を紅くしていた先ほどまでの自分を思うと、なんだか情けなくなってくる俺だった。

 

「って、そうじゃなくて!なんであんたがこんなところにいるのよ!」

「いやあ実のところ興味深い話を聞きまして」

「話?」

ちょいちょいとはたての肩を叩きながら、視線は文に向けておく。

なんやかんやがなりたてるはたてが掴んだまま振り回すおかげで着崩れそうになる着物を押さえる俺の様子に、文は目を弓なりにして面白いものでもみるようだ。

 

「ええ。とても面白い話です」

文はもったいぶった様子で腕を組むと、人差し指を立てる。

「曰く、いつも引きこもっている筈の鴉天狗が、最近人里に足しげく通ってるらしいじゃないですか」

「な」

その言葉にはたては一歩後ずさった。

 

図星らしい『引きこもりの鴉天狗』を見て、俺は問いかける。

「そうなの?」

「ち、違う!」

 

「いえいえ、既に話は伺っていますとも」

文は「うんうん」と頷いた。

「人里に訪れた貴女が、決まってここに来るらしいことも聞いております」

 

……そんなことはないはずだ。

俺は首を傾げる。

はたてに試食を頼むといってもせいぜい月に二回程度だ。

それ以外に彼女が来るという話は聞かないし、その程度の頻度を頻繁とは言わないだろう。

 

「な、な、なんでぇ?」

だが、更に後ずさるはたての様子を見るに、どうやら図星らしい。

そんなはたてに得意気な顔で文は頷く。

「ここの娘さんから聞きました」

 

瞠目した様子のはたては、勢いよく振り向いた。

俺も同じく振り向くと、甘味処の厨房から顔を覗かせ騒ぎを見ていた千代さんが片手で謝る仕草を見せた。

「ち、千代~~~!!」

いつの間にか名前で呼ぶ程度に仲良くなっていたらしいはたては、ジト目を向ける。

 

対する千代さんは気まずい笑みを浮かべる。

「いや、貴女の友達だっていうし」

「違うわよ!」

必死な様子で否定するはたて。

どこかのれいせ……妖怪兎ではないが、これは一々反応が面白い。

 

「まだあります」

文は更に目を弓なりにさせる。

 

「どうもはたて、貴女私の書いた記事への対抗記事を書こうとしてるそうですね」

「は、はぁ~~!?」

まさしく素っ頓狂とでも言うべきか、はたてが相変らず騒がしい声を上げた。

 

「な、なんのことだか分からないしっ」

ううん、これは図星かどうか微妙な反応だな。

「これに関しても証言は得ています。そこの悠基さんからも」

「え、」

「なんですって?」

 

突然指名されてたじろぐ俺に、はたてはジト目を向けてきた。

いやいや証言もなにも、文と名乗るこの鴉天狗とは初対面のはずなのだが。

そんな俺たちに構う様子なく、文は話を続けた。

 

「まず12月の伊吹萃香が起こした騒動。そして1月の十六夜咲夜による人攫い騒動。どちらも私が大した騒ぎではないと断じた記事です」

あ、なんかちゃんとした記事っぽい、と風評被害を受けている俺は思わず頷いてしまった。

隣からの視線が痛い。

 

「ですが」

文はそこで一息ためた。

「貴女はそれを覆すようなネタを探し回っているそうですね」

 

目を白黒させて言葉も出ない様子のはたてを見て、俺は変に納得した。

「あぁ……対抗記事ってそういう」

 

つまりは、文が書いた新聞記事に対抗心を燃やして、俺に関する誇張された噂をやっきになって記事にしようとしていたと。

ちょっと無理矢理感はあるが、はたての様子を見るに強ち間違いでもないようだ。

 

はたては顔を紅くしたまま唸っていたのだがようやく言うことが決まったのか文を指差した。

「け、結局あんたは何しに来たのよ!!」

あ、否定しないんだ。

 

二人の騒ぎをどこか他人事に感じながら、というか殆ど蚊帳の外な俺は、はたての問いかけに対する文の反応を見る。

 

「まあ今回はですねえ」

既に文は勝ち誇った笑みを浮かべていた。

「記事の裏づけ、及び」

「裏づけ!?」

 

目を瞠るはたて。

そんなはたてに、文はここぞとばかりに笑みを浮かべ、キメ顔で指先を向ける。

「対抗記事のネタも上がらない無様な記者さんをからかうのが半分、といったところでしょうか」

 

空気が凍ったように感じた。

俺は思わず息を呑み、恐る恐るはたてを見る。

顔を僅かに俯かせ、プルプルと体を小刻みに揺らす様子を見て、俺は全てを察して一歩離れた。

 

次の瞬間、

「じょうっとうじゃないのその喧嘩ぁ!!」

額に青筋を浮かべたはたてが爆発した。

「そっちがその気なら買ってやるわよ!!」

 

「あややや、少々挑発が過ぎたようですねえ」

反面、文は飄々とした態度で確信犯的なことを呟きながら甘味処の外へ出る。

 

「それではこれにて失礼します」

俺に視線を向け、文は笑みを浮かべる。

「私、文々。新聞記者、射命丸文と申します。以後お見知りおきを」

「文ああああああああああああ!!」

 

文の言葉に俺が何か返す間もなく、飛び掛らんばかりの剣幕のはたてを見て、文は笑いながら後ずさる。

店の外に踏み出した彼女は、次の瞬間その背に大きな翼をはためかせたと思うと一瞬で視界から消えるほどに飛び上がった。

はたても負けじとばかりに甘味処の外へ飛び出ると、その背に黒い翼を顕現させた。

「待ちなさいコラーーッ!!」

そんな怒声とともに短いスカートを翻し、文の後を追ってはたても一瞬で飛び上がっていった。

 

そうして、

 

「……おう。騒がしいのは行ったか」

店の主人の玄さんが嘆息交じりに裏手から顔を出した。

後に残るのは、先ほどの騒ぎの残響を交えた静けさだった。

 

「凄かったねえ」

暢気な様子の千代さんに俺は頷きながら、ふと甘味処の入り口に一枚の紙切れを見つける。

さっきまで文が立っていたところだ。

 

「ん……」

小さな紙切れに見えたものは、実際には名刺だった。

楷書の読みやすい文字で「射命丸 文」と刷られている。

 

どうも、

「はたてよりも一枚上手みたいだな……」

俺は嘆息しつつ、店の外へ出た。

 

空を見上げると、既に陽は沈み、深い紫色の空の彼方に、彼女たちの姿は遂に見つけられなかった。




文が常時丁寧口調でしたが、一応取材だったのもあって猫被ってます。
あとおそらく主人公は能力解除後に記憶共有した際に、両方の記憶で文に会っているのでなかなか複雑でしょうね。
「うわ、両方来てる」みたな。
次回もほのぼのしたいものですね。

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