東方己分録   作:キキモ

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二十八話 未練

『月の兎の餅つきショー』と銘打たれたイベントが開催されている会場(というか永遠亭の中庭なのだが)の隅で、俺と輝夜は並んで立っていた。

俺たちを含む会場中の視線が集まる中、「よいしょ!」「ほいよ!」と掛け声を上げてアクロバティックな動作を交えて餅をついているのは鈴仙だ。

この餅つきショーでは、ショーが終わった後についた餅を配ってくれるとのことで、皆それが目的だとか。

 

「ここなら問題ないでしょう?」

「ええまあ、構いませんよ」

隣に立つ俺を見上げてくる輝夜の上目遣いであろう視線を、俺はあえて見ないようにしつつ返事をする。

 

 

*

 

 

永淋様の診療所で輝夜に迫られた俺は、永遠亭の住人は未来人ではないかと推測したことを正直に話した。

そんな俺の話を輝夜は一笑して否定するが、対して永淋さまは俺が月の民よりも未来人の方が信憑性があると捉えていたことに疑問を持った。

まあ、単に俺が歴史が違う世界から来たというだけで、それなら未来から来ることだってありえるんじゃないのか、なんていうおおよそ根拠と呼べるかどうか微妙な理由だったのだが、そのことを話すと今度は輝夜が興味を持った。

 

「ねえ、貴方の言う歴史の違う世界って、どんな世界なの?」

「違うって言っても、大した違いはないですよ。外の世界とあまり変わらないと思います」

「構わないから話してみなさいよ」

「…………」

と話を促してくる輝夜に対し、俺は逡巡し、暫くして頭を下げた。

 

「申し訳ないのですが、そろそろ行かないといけないので」

「あら?断るの?」

目を丸くしながら首を傾げる輝夜に、俺は首肯した。

 

「今日は子供たちの付添いとして来ているので、あまり長い時間あの子達から目を離すわけにはいきません」

理由を告げながら、表情筋が強張っていることを自覚する。

言ってることは嘘ではないが、それとは別に、先刻のこともあって輝夜とあまり長時間一緒にいるのはなんだか憚られた。

 

「……警戒されてる?」

輝夜がふいに俺を指差しながら永淋様を振り返り、永淋様はそれに答えるように瞼を閉じた。

「みたいね」

 

うわあバレてる。

今のことといい、さっき輝夜に対して疑いの視線を向けていたことといい、ことごとく輝夜は俺の思いに勘付いている。

 

「……鋭いですね」

やっぱり油断ならないと、俺は気を引き締めた。

 

「だって貴方見るからにそういう顔してたもの」

……顔に出てたのか。

脱力ぎみになっている俺に対し、輝夜は眉尻を下げながら芝居がかった様子で額に手を当てた。

 

「やっぱり、美しいって損ね。美しすぎるってだけで貴方みたいな人に無意味に警戒されるんですもの」

自分で言ってる……と思わなくもないが、確かに非の打ち所がないほど容姿が整っているので特に異存はない。

現にわざとらしい芝居でも、絵になっている。

「こと貴女に関しては無意味でもないでしょうに」

永淋様が呆れを含んだ声音で言うと、輝夜は困り顔を引っ込めた。

 

「失礼ね永淋。あ、そういえばもうすぐイナバの餅つきの時間じゃない?」

「そういえばそんな時間かしら」

何かを思いついた様子で、輝夜が俺に向き直る。

 

「ねえ貴方、子供たちの様子が気がかりなのよね?」

「……はあ」

輝夜の質問の意図が読めず、俺は曖昧に頷く。

「だったら、私が一緒に行けば問題ないでしょ?」

「……えっと、話が見えないのですが」

困惑顔をする俺に、輝夜は「だ、か、ら」と人差し指を振った。

 

「その子供たちが目の届くところにいるなら、貴方の話、聞かせてくれるんでしょう?」

と、決め付けるような言い方で輝夜は俺に問いかけてきた。

 

 

*

 

 

結局、輝夜の提案をすげなく断る理由も思い浮かばない俺は、輝夜を連れ立って鈴仙のショーを眺めている。

このイベントは永遠亭に訪れた人々のほとんどが見にきているようで、共に来た寺子屋の生徒たち全員が鈴仙に対し歓声を上げている。

その光景を確認した俺は腕を組んだ。

 

「そんなに外の世界に興味があるんですか?」

横目で輝夜に問いかけると、輝夜は何か考えるように顎に手を当てた。

「そうねえ。それほどあるわけじゃないわ」

えー。

 

「でも、もしかしたら興味を引くものがあるかもしれないじゃない。まあ、退屈しのぎになるならなんだっていいわよ」

「暇なんですか」

「ええ」

少々不躾な言い方だった俺の問いかけに、輝夜はすまし顔で頷いた。

 

「……まあ、ええ、いいですよ。それで、外……というか俺の世界の話ですよね」

「そうね」

「何か質問とかありますか?」

俺の世界と言われても、果たして何から話したものかと逡巡する。

だめもとで口に出した俺の問いかけに、輝夜は「あるわ」と頷いた。

 

「貴方の、家族の話が聞きたいわ」

「………………」

てっきり、技術だとか、文化だとか、歴史だとか、そんな話を所望していると考えていた俺は、一瞬思考が停止した。

小さく深呼吸をして気を取り直す。

 

「そんなこと、ですか」

「ええ。お願いできるかしら」

 

俺の両親が死んでから、そろそろ9ヶ月……かな。

どうもこの世界は俺がいた世界とは時間がズレているらしい。

だから、それだけの月日が流れたというのも、あくまで俺の主観の話だ。

 

それでも、もう9ヶ月か、としみじみ思う。

「ええ、構いませんよ」

 

当時なら乱れていた胸の内は、漣こそ立ってこそいるが比較的穏やかだ。

「俺の――」

 

俺の父は教師で、母は看護士。

口調は男らしいのに、いつも穏やかで柔和な笑みを浮かべていて、だけど怒ると本気で怖い父。

時に父より男らしく、感情表現が豊かで、怒りっぽいけど最後の最後は誰よりも優しかった母。

 

大切なことをたくさん教えてくれた二人。

俺に惜しみない愛情を注いでくれた二人。

いつも優しく、時に厳しく、そして常に俺を想って接してくれた二人。

胸を張って誇れる二人。

大好きな……大好きだった二人。

 

「――と、そんな二人が、俺の両親です」

思い出しながら話していたら、ついつい両親のことについて喋りすぎてしまいそうになる。

どうも、俺はマザコンかつファザコンの気があるらしい。

まあ、あんな素敵な人たちが親なら仕方がないな!……なんて、開き直りながら、少し話しすぎてしまっただろうかと輝夜の反応を伺う。

 

輝夜は、口元を袖で上品に覆ってクスリと笑う。

「随分饒舌だったわね」

少しどころじゃなかった。

 

「すいません」

「いや、いいわ。ええ、貴方、ご両親に随分心酔しているのね」

「心酔って……なんですかその言い方」

「間違ってないでしょ?」

「まあ、否定はしません」

 

さすがにそろそろ自分で言っていて恥ずかしくなってきた。

俺は頬を掻きながら輝夜から視線を逸らす。

そんな俺の反応を、隣の輝夜は瞳に笑いを浮かべて眺めている。

 

「素敵な人たちみたいじゃない」

「ええ。大切な……俺にとって、何者にも代えがたい、そんな人たちでした」

「……もういないのね」

輝夜の問いかけに、俺はゆっくりと首肯する。

 

「ここに、幻想郷に迷い込む半年ほど前に」

「そう」

 

鈴仙が掛け声を上げながら杵を振り下ろし、その度に歓声が上がる。

ほんの10メートルにも及ばない程度に離れた群集のざわめきは、俺と輝夜の目前でフィルタにかけられたかのようにどこか遠くに聞こえた。

俺たちの周りだけ、どこかしんみりした空気が漂っている。

 

「……すいません。こんな空気にするつもりじゃ」

「いいわ。辛かったでしょう?」

「そうですね」

ぐいぐい来るなあと俺は思いながら首肯した。

 

「それほど大切な二人を失ってから、半年でよく立ち直れたわね」

「まあ、二人が死んでから、たくさんの人に助けられたので」

 

だから俺は、せめて、もう一度会いたいと。

「なので、まあ、その人たちのことも二人と同じくらい、大切なんです」

まだなお、ずっと思っている。

 

「そう……」

静かな相槌に俺は横を見る。

輝夜は、遠くを見るように視線を前に向けたまま、息をつくように俺に問いかけてきた。

 

「貴方……元の世界に未練があるのね?」

 

その言葉に、俺は目を閉じ、頷いた。

「……ええ」

 

だが、いくら俺に未練があったところで、帰る方法は今のところ分からない。

「もし」

輝夜が真っ直ぐ俺を見た。

「帰れる方法があったら、貴方はどっちを選ぶの?」

 

選ぶ。

どっちを。

 

それは、幻想郷か、元の世界か、という意味か。

 

「――――」

考えてみれば、たった3ヶ月なれど、この世界には随分たくさんの友達や知り合いができた。

随分と、幻想郷に対して愛着が沸いて来たことを自覚する。

ずいぶんと世話をかけたし、命の恩人だっている。

俺の中で、日に日にそんな人たちの存在が大きくなっている。

 

 

俺は一瞬だけ逡巡して、ほとんど即答する形で輝夜に答えた。

 

 

 

 

「元の世界を」

 

 

* * *

 

 

ほくほく顔で餅を頬張る人混みを掻き分けて進むと、さっきまで振るっていた杵を杖代わりに、随分疲れた様子で鈴仙が立っているのを見つけた。

彼女も俺に気付いたのか、視線を向けてくる。

 

「お疲れ様、鈴仙」

「来たのね、悠基」

「ああ」

鈴仙は深呼吸をして息を整えた。

 

「忙しそうだったし、来ないと思ってたわ」

「まあ、なんとか時間が作れてね。子供たちの付添いできたんだ」

「そ。どう?」

「ああ、楽しんでるよ。俺も子供たちも」

「なら良かったわ」

満足げに鈴仙は頷くと、「そういえば」と僅かに首を傾げる。

 

「さっき姫様と話してたわよね」

「姫様……ああ、輝夜様か」

以前鈴仙が「姫様」と口にしていたが、輝夜のことだったのか。

 

「……気付いてたんだ」

「まあねえ」

首に手を当てながら視線を逸らす俺に、鈴仙は眉を顰める。

 

「……姫様に何か言われたの?」

そんなに顔に出てたのだろうか。

「別に、大したことじゃないよ」

「そういう顔には見えないけど」

疑わしげに俺の顔を覗き込んでくる鈴仙だが、目を逸らして黙ったままの俺に小さくため息をつくと一歩下がる。

 

「ま、言いたくないならいいわよ」

「……あのさ、鈴仙」

「なによ」

輝夜と話してから、鈴仙にどうしても訊いておきたいことがあった。

 

「あー……いや」

ただ、そのことを訊くのはどうしても躊躇われる。

「やっぱり、なんでも……」

ない、と俺が言いかけた所で、鈴仙が怪訝な目になり睨んできた。

 

「なに?喧嘩でも売ってるの?」

「いや!いやいや、違う違う」

少々剣呑な雰囲気の鈴仙に、俺はたじたじになって首を振る。

我ながら面倒くさい態度だったのは自覚しているが、鈴仙も鈴仙でちょっと短気じゃないか?

とはいえ、煮え切らない自分が悪かったとは思うしで、俺は咳払いをして気を取り直すと改めて質問をすることにした。

 

「鈴仙は、月から来たんだよね」

「そうよ」

一瞬だけ、鈴仙の纏う空気が強張った気がした。

 

「どんなところだったの?」

俺にとっては空気の無い、クレーターだらけの荒野という印象だが、それは一側面だと輝夜は言っていた。

だから、鈴仙の故郷としての月の世界が、どんな世界なのかは純粋に疑問に思うところもあった。

だが、この質問の意図は別にある。

 

「どんな……ね」

鈴仙は、遠くを見るように視線をさ迷わせる。

憂いを帯びたその瞳に、俺は、「ああ、こういうことか」と勝手に納得した。

 

 

 

『そういえば、俺が、帰りたがってるのを分かってて家族のことをきいたんですね?』

『ええ』

『どうして分かったんですか?』

『目よ』

『目?』

『貴方の目、うちのイナバと同じ目をしてる』

『鈴仙とですか?』

『そう。たまにだけどね』

 

 

そんな会話を、さっき輝夜と交わしていた。

 

 

「海があるわ」

俺の質問に答える鈴仙は、やはりどこか遠くを眺めているような目をしている。

「海?ああ、確かに、幻想郷にはないよな」

「それに、ここよりもずっと豊かで、技術も発展していた」

 

故郷を思い起こすときの目つき。

穏やかな中に、後悔や自責や悲哀の感情が垣間見えた気がした。

俺も、こんな目をしていたのだろうか。

 

「帰りたい?」

ふいのことだった。

本当にふいに、言おうかどうか迷っていた質問は、俺の口から零れ落ちた。

 

輝夜の話では、鈴仙は故郷を訳あって離れているらしい。

故郷を離れている点は、俺と同じだ。

だからか、参考にするわけじゃないのだけど、鈴仙が故郷と幻想郷のどちらを選ぶのか、どうしても気になった。

問われた鈴仙は落ち着いた様子で「そうね」と考える様子を見せる。

 

「分からない、けど、今はここを気に入ってる。師匠にも姫様にも恩義があるし。てゐも、他の因幡たちもいる。他にもたくさん……そうね、貴方もいる」

「鈴仙……」

「だから、私は今はまだ、ここにいることにするわ……どうしたの悠基」

視線を俺に戻した鈴仙が、怪訝な顔をした。

 

「顔が赤いわよ」

「……なんでもない」

俺は顔の下半分を片手で多いながら、顔を背けた。

 

違う違う。

今はそういう意味で言ったわけではない。

わけではないんだけど、鈴仙みたいな子にこの話の流れで「貴方もいる」とか言われると来るものがある。

ていうか、照れるに決まってる。

で、当の鈴仙は、こういう話には面白い反応を見せてくるくせに、今は照れる様子も見せない自然体。

さては無自覚なのか。

気付かずにさっきの言葉を吐いたのか。

天然タラシなのか。

女性にタラシは適切なのかは知らないが。

 

「貴方はどうなの?」

そんな俺に鈴仙が僅かに首を傾げてくる。

 

帰りたいのか、残りたいのか。

「俺は、」

輝夜に対してはほぼ即答だったのに、なぜか鈴仙の前だと言いよどんでしまう。

 

鈴仙との付き合いはそう長くない。

今日だって、会ったのは久しぶりだ。

それでも、鈴仙に対して答えを言うのを躊躇することは、すなわち彼女の存在が俺の中で大きくなっているということなのだろう。

…………友達としてって意味でね。

 

「……帰れるなら、帰りたい……かな」

それでも、俺の答えは変わらない。

 

比較するわけではないけど、鈴仙や、この幻想郷で出会った人たち以上に大切な人たちが元の世界にいる。

だからこそ、その答えは変わらない。

 

「そう。見つかるといいわね。帰る方法」

俺の答えに、鈴仙は静かに笑みを浮かべる。

 

「ありがとう」

俺も、笑みをもって返す。

「まあ、当ても何も、見つからないんだけどね」

どこか弛緩した空気を感じながら、俺と鈴仙は互いに笑みを浮かべる。

多分だけど、鈴仙も俺に対して、どこか親近感を抱いているのかもしれない。

 

 

「ほぉおお~~?」

唐突に、俺と鈴仙に向けて頓狂な声が上げられる。

 

「っ!?」

「て、てゐ!?」

鈴仙と俺は同時に振り返ると、声の主であるてゐがニヤニヤと笑って立っていた。

戸惑った様子で俺たちは立ちすくむ。

 

「な、なによ?」

鈴仙は戸惑った様子で怪訝な目を向ける。

対して口元を手で覆いながら俺と鈴仙を交互に見た。

 

「いやいや、鈴仙も隅に置けないねえ」

「は?いったい何を……」

と、鈴仙が言いよどんだところで、俺は周囲の状況に気付く。

いつの間にか、周囲の視線が俺たちに集まっていた。

 

……っとこれはまさか。

鈴仙も状況に気付いたようで、一瞬硬直したと思うと次の瞬間目を見開いて顔を赤面させた。

「ち、ちが!違います!」

腕をぶんぶんと振り回しながら鈴仙が叫ぶ。

 

「いやいや、いい雰囲気だったじゃないか」

てゐは面白くて仕方がないようだ。

どう見ても確信犯である。

そんなてゐを鈴仙は睨みながら、俺をまっすぐ指差した。

「こ、この人とは、そういうのじゃない!!」

 

「先生」

「ん?どうした伍助」

鈴仙の慌てっぷりに逆に冷静になる俺に、伍助が声をかけてくる。

 

「これって、あいびきってやつだろ?」

「お前……どこでそんな言葉を」

 

「だ~か~ら~」

俺たちの掛け合いが耳に入ったらしい鈴仙が、その長い耳をぴょこぴょこと揺らす。

「違うってばあ~~~!!」

半ば絶叫にも近い鈴仙の声が、迷いの竹林に響いた。

 

 

 

そんな調子で、その日の月都万象展は幕を閉じた。

帰る間際、鈴仙に「今日はいろいろとご愁傷様」と半笑いで声をかけると、未だに顔が赤いままの彼女はジト目になり、俺の両肩を掴んで乱暴にゆすった。

「他人事じゃないでしょ~~!!」

 

結局鈴仙は、最後までからかわれていたことに気付いていなかったらしい。




輝夜回ではなく、どちらかといえば主人公の身の上やらスタンスやらのお話でした。
技術や文化の違いとか、暮らしの利便性などはあまり関係なく、主人公は元の世界に残した人々に会いたいようです。
なおいまだに輝夜=かぐや姫と気付いていない模様。

なんだかラブコメ感が垣間見えたかもしれませんが、この小説はほのぼの日常系です。今のところは。

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