東方己分録   作:キキモ

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二十七話 月都万象展

先月鈴仙が宣伝していた月都万象展だが、俺が多忙だったことや、たまの休みも開催日と重なっていなかったりで、なかなか行く機会が作れなかった。

それでも、一月が終わるこの日、俺は妹紅に案内されて迷いの竹林の永遠亭に訪れていた。

 

「はい到着だよ」

延々と同じ竹やぶが続くかに思われた中、ふいに地面から沸いたかのように現れた門に着くと、妹紅が振り返る。

「おお……」

その光景に俺は息を呑むが、俺の回りでも似たような反応が上がっている。

 

老若男女を問わない数十名の人間が、俺の後ろに列を成していた。

ただ、子供の内の大部分、寺子屋の生徒たちが俺を囲むよう陣取って門を見上げている。

出発する時は元気一杯天真爛漫を絵に描いたようなはしゃぎっぷりを見せた子供たちだったが、今は借りてきた猫のように大人しい。

俺の傍に群がるようにして立っているのは、単に心細さから俺の着物の裾やら袖やらを握り締めているからだ。

心の拠り所にされているあたり、ほっこり癒されるのもあるが、それ以上に幻想郷では里の外は恐れるべき妖怪の世界なので、怖がっている辺りきちんと危機管理能力が育まれていることが分かる。

 

さて、そもそもなぜ寺子屋の子供たちが一緒に永遠亭を訪れているかというと、子供たちが兼ねてから月都万象展に行きたがっていたことが始まりとなる。

好奇心旺盛な子供たちは、鈴仙が方々でチラシを配っている月都万象展にも興味を持った。

だが、護衛こそあるものの里の外の永遠亭に子供が赴くなら保護者の同伴が必須とされ、仕事が多忙な家庭だと、その家の子はなかなか行く機会が作れない。

 

そこで白羽の矢が立ったのが、寺子屋に勤める俺だ。

俺が保護者として付き添うことになり、紆余曲折あって、現代風に言うならば社会見学という名目で寺子屋の子供たちとと永遠亭に訪れる次第となった。

ちなみに慧音さんは月末の重要な会合があるため今日は欠席。

つまりは俺一人であり、責任重大だ。

ついでに慧音さんに頼まれた所用もある。

 

それでも、里の入り口からは妖術の使い手であり自警団に所属する妹紅と、永遠亭から出張してきた武装した数人の兎妖怪が護衛として付き添っているので比較的安心できる。

妖怪兎は頭部に兎耳が生えているだけで、寺子屋の生徒たちと同世代の少女に見えるが、実力は妹紅曰く折り紙つきらしい。

妖怪兎たちは目的地についた今も油断なく周囲を警戒している。

 

「てゐ、いるかい?」

『はいよー』

妹紅の呼びかけに門の向こうから声が返ってくる。

直後、外開きの門が押し開かれ、中からは警護の妖怪兎同様に頭から兎耳を生やした少女が顔を出した。

 

「ほい、お次の団体さんだね。おやおやこれは、若い子が集まってるじゃないか」

てゐと呼ばれた少女は、若いというよりも幼いといった方が相応しいであろう子供たちを見回しながら言った。

見た目としては子供たちとそれほど年齢差はないように見えるが、そこは妖怪、見た目どおりではないといったところだろう。

 

「それじゃあ、着いといで」

てゐは踵を返すと、門の向こう、平屋の、しかし見るからに広大な屋敷へ向かう。

「ようこそ迷いの竹林の永遠亭へ。案内は私、因幡てゐが勤めさせていただくよ」

肩越しに振り返る彼女は、童顔のはずなのにどこか怪しげな笑みを浮かべた。

 

子供たちが息を呑む横で、俺は平常を保ちながら軽く頭を下げた。

「よろしくお願いします。ほら、お前たちも」

と、子供たちを促す。

 

落ち着いた様子の俺に若干安堵した様子で、子供たちはおずおずと俺に習って頭を下げた。

「よ、よろしくお願いします」

「ほいよろしくねっと」

挨拶を返すてゐは変わらない笑みを浮かべていたが、なぜか先ほどの怪しさとはまた違う、微笑ましいものを見るような印象を受けた。

 

 

* * *

 

 

件の月都万象展だが、俺は思わず渋面になって展示品を見ていた。

俺を除いた観客は、驚きこそあれど数々の超常的な展示品に感嘆の声を上げて見入っている。

彼らの場合は、魑魅魍魎が集まるこの幻想郷で見る数々の説明のつかない物も、理解できないものは理解できないもので割り切って楽しんでいるのだ。

 

俺も魔法じみた不可思議な品々なら同じスタンスでいられたかもしれない。

だが、ミリタリ部門という不穏で物騒な名前の展示エリアで、俺は思わず閉口してしまった。

 

そこに並べられていた超小型プランク爆弾やらバルカン砲やら、挙句の果てには月面走行戦車やら、SFチックで明らかに予想していたものとジャンルが違う。

いや、ジャンルとかそういう問題ではなく、それらの展示品はどう見ても超未来的な品々、現代の科学技術を凌駕する兵器だった。

「せんせープランクってなにー?」

と問いかけてくる生徒の一人、伍助に俺は「なんだろうなあ」と実に微妙な表情で返すしか出来なかった。

 

永遠亭の住人は、遥か昔に交流の途絶えた月の民だと言う噂がある。

以前ならば、月に都があるとか、月の民と交流があったなんて話は信じなかっただろうが、幻想郷に住んでいれば、その話も眉唾物の噂だと断ずることはできない。

だが、その噂は永遠亭の住人が意図的に流したカバーストーリー、正体を隠すための隠れ蓑なのではないだろうか。

 

果たしてその正体は、遥かな未来からやってきた未来人かもしれないと俺は思っている。

というか、未来人がいると言われた方が俺としては説得力がある。

異世界人がいるくらいだしな。

俺のことだけど。

 

そんなわけで俺は今、目前で話をする輝夜と名乗る少女の話に、どこか未来人的な雰囲気を察知できないかと注意深く耳を傾けていた。

名乗る以外は特に自己紹介も無く話し始めた彼女による講演会では、世間話をするような口ぶりで話題が二転三転し、今は月の都の昔話などが語られている。

 

月とかぐやと言えば、日本最古の御伽噺『竹取物語』のかぐや姫を自然と連想する。

きっと輝夜と名乗るあの少女も、その話に肖ってそう名乗ったのだろう。

 

それにしても、と俺は静かに息を吐く。

輝夜を一言で表すならば、それこそまさに絶世の純和風美少女。

この幻想郷で知り合う女性は軒並み美人だと思う俺だが、その中でも彼女は群を抜いている。

話に注意していないと、思わず見惚れてしまうほどだ。

現に周囲を見ると、男性だけでなく女性や子供まで、彼女の話に聞き入り、その相貌に視線が釘付けになっている。

 

かぐや姫は美しいが故にたくさんの貴族に求婚されたというのは有名な話だが、輝夜の様な美貌の持ち主ならば確かに説得力がある。

きっと十二単なんか着てたらすごく似合うだろう。

もしかしたら、『竹取物語』というのは実話であり、輝夜はそのかぐや姫の子孫なのかもしれない。

とまあ、そんな話を想像、というか邪推する俺の無粋な視線に気付いたのか、ふいに話をする輝夜がこちらを向き、彼女と目が合う形になった。

 

――ヤベ、惹きこまれる。

慌てて目を逸らすも、輝夜の視線を視界の隅に捕らえて心臓の鼓動が激しい。

目が合っただけなのにその瞳に吸い込まれそうになる錯覚を覚えた。

言い方を変えるなら……落ちそうになった。

いや、さすがにそれは大げさなのだが、動揺している辺りあながち間違いでもない。

ちょっと気を抜くと惚れ込んでしまうのではないか。

実際に周りの若い男集は鼻の下が伸びてるし。

 

俺は軽く息をつき鼓動を落ち着かせると、輝夜を再び見た。

その視線は既に俺のほうには向けられてはいなかったが、彼女の美貌は本当に油断ならない。

 

 

* * *

 

 

ちなみに案内を名乗っていたてゐだが、展示場に到着すると、「まあ自由に見ていってよ」という言葉を残してどこかに消えたままだ。

なんとなく自由奔放で掴みどころの無い印象だったのもありこうなる予感はしていたが、まさかこうも早くいなくなるとは思わなかった。

彼女がいなくなる前に聞いておきたいことがあったのだけど。

俺はどうしたものかと頭を掻く。

輝夜の話も終わり、彼女が去ったことで無駄に緊張していた俺は若干安堵しつつも、そろそろ慧音さんに頼まれた所用を済ませておきたい。

 

「……伍助」

丁度近くでオーバーテクノロジーな品々に目を輝かせていた生徒に声をかける。

「どうしたの先生」

「ちょっと頼まれてほしいんだが、他の寺子屋の子をちょっとの間見てやってくれないか?先生、これから慧音先生に頼まれた用事があるんだ」

 

「…………そーだなー」

俺の言葉に伍助はわざとらしく腕を組んだ。

姉に似て素直な子なので、意外な反応だ。

だが、困惑した俺を伍助は見上げると、ニカッと歯を見せて笑う。

 

「お駄賃は売れ残りのけーきがいいなー」

コイツ……いつの間にこんなに狡猾に……!

予想外の小賢しい面に、俺は再び渋い顔になるも、求める物が商品価値がない辺り、上手く妥協点を見出している所に逆に感心してしまった。

 

「……よし。ただし今回だけだし、皆には内緒にしろよ」

「やった!」

伍助は小さくガッツポーズをした。

声を潜めて周りの人間に気づかれないようにする辺り、中々抜け目がない。

「じゃ、頼んだぞ」

「任せてよ」

 

と伍助には言ったものの、見知った人里の住人も見かけていたので、彼らにもそれとなく子供達を見てくれるように頼み、俺はその場を後にした。

 

 

* * *

 

 

警備の妖怪兎に案内された俺は、永遠亭の離れに訪れていた。

妖怪兎たちは言葉を喋れないのか、それとも非常に無口なのかわからないが、俺の質問に少ない手振りで応じることはあっても言葉で対応することはない。

 

それでも客人の対応はきちんとしてくれるらしく、俺の頼みを聞いて『八意診療所』と立札のかけられたこの建物に案内してくれた。

「ここだね。ありがとう。助かったよ」

「…………」

礼を言う俺を円らな瞳で見上げる少女は、相変わらず無言だ。

だが、こくりと頷いて反応を示すと、踵を返して持ち場に戻っていく。

 

どこか庇護欲を唆る後ろ姿だ。

っと、いつまでも兎耳の幼女の背中を眺めていると危ない人に見られかねないな。

俺は無駄なことを心配しつつ、咳払いをして気を取り直す。

 

診療所の引き戸を軽くノックしつつ声を上げる。

「八意永琳様はいらっしゃいますか」

『ええ。どうぞ』

中から大人びた女性の声が返ってきた。

 

もし留守だったらどうしようかと少し心配していた俺は僅かに安堵する。

「失礼いたします」

声をかけつつ引き戸を開き、俺は以前から噂を聞いていた八意永琳様と、初めて対面した。

 

机に向かって作業をしていたらしい永琳様は、腰まで届くような長い銀髪を結った三つ編みを揺らして振り向いた。

「何の御用かしら。急患?」

「いえ、上白沢慧音の遣いで参りました」

俺は懐から書状を取り出す。

 

「こちらを」

「ああ、慧音の」

俺から書状を受け取った永琳様は、素早くそれを開いて書面に目を通す。

ちなみに内容は、一言で言えば人里での医学的支援を感謝する、といった感じだ。

里への置き薬の提供だけでなく、重篤な患者が出れば出張して看てくれる。

現代と比較すると技術レベルの低い人里では、それら永遠亭の働きは非常に心強い助けになっており、里を代表して慧音さんが礼を伝えているのだ。

 

「別に、私たちとしても利があるから力を貸しているだけで、礼を言われる筋合いはないのだけど」

書状を読み終わったらしい永琳様は書状を丁寧に折りたたむ。

「慧音も律儀ね」

「ですが、我々としても感謝しているのは事実です」

現に俺も鈴仙の持ってくる置き薬には随分世話になっている。

 

「多忙な身とあってこのような形となってしまいましたが、せめて感謝の意は示しておきたいと言っていました」

「ええ、こちらとしても人里との友好関係を築けているならばそれに越したことはないわ」

どこかドライな言い方をしながら視線を俺に移す。

 

「それで、貴方は?」

「はい?」

「慧音の遣いと言っていたけど、彼女とはどういった関係なのかしら?」

「申し遅れました。岡崎悠基と申します。訳あって、今は慧音さんの寺子屋に勤めています」

 

「ああ」

どこか納得がいった様子で、永琳様は小さく息を漏らす。

「そう、貴方が慧音のところの外来人ね」

「……ご存知でしたが」

なんだか嫌な予感がして言い淀む俺に、永琳様は含み笑いを浮かべる。

「ええ。噂はかねがね」

やっぱり……。

 

ちなみにだが、最近は俺が紅魔館に訪れたことがホットな噂になっている。

曰く、俺が今度は紅魔館の住人に拉致されたとか、俺が吸血鬼になってしまったとか、いやでも普通に太陽の光浴びてねえか?とか、てことは紅魔館に訪れて吸血鬼から逃げおおせたのかとか、アイツやべえな、とかとかとか。

なんで最終的に過大評価に繋がるのか分からないが、こんな噂を流される当人としては溜まったものではない。

おかげで紅魔館に訪れたことは周知の事実となっており、阿求さんだけでなく慧音さんや霊夢からも説教だの小言だのを喰らうハメになったし。

 

「貴方も災難ねえ」

永琳様はその辺りの事情は察しているようで、どこか同情的な視線を向けてくる。

「分かっていただけますか」

「まあ、半分は貴方の自業自得な気がするけれど」

「…………」

咲夜の件に関しては危険とされる紅魔館に行こうなど考えた事の発端だ。

つまりは永琳様の言葉は図星なわけで、思わず俺は閉口せざるおえない。

 

「図星みたいね」

「ええ、まあ」

「そんな噂を広められるのが望むところでないのなら、もう少し慎重に行動した方がいいんじゃないかしら」

果たして、この人はどこまで事情を知っている、というか察しているのだろう。

 

「……忠告、痛み入ります」

恭しく頭を下げると、永琳様はすまし顔で応じた。

「ただのお節介よ……あら」

 

ふいに、永琳様が診療所の裏手へ通じるであろうドアを振り返る。

彼女の視線を追って俺もそのドアを見たその時、木製のドアが押し開かれた。

「永琳~」と間延びした声とともに気だるげな様子で入ってきたのは、つい先刻俺の前で講演をしていた輝夜だ。

「喉が渇いたわ。お茶を――って、あらぁ?」

部屋に入ってきた輝夜は、俺に目を止める。

 

「貴方……」

「知り合い?」

永琳様が視線を輝夜から俺に移す。

 

「いいえ。でも、さっき私の話を聞いてた人よね」

「どうも」

油断ならないと思った手前、やや緊張しつつ俺は深々と頭を下げる。

 

「ふーん」

とてとてと軽い足音が近づいてくる。

「ねえ、貴方」

「はい――」

声をかけられ頭を上げる。

 

ってうおぉ!?

「――っ!?」

驚いて息を呑む俺の眼前、思いのほか近くに、輝夜の顔があった。

 

「い、いいいかが、いかが、いたしましたか」

動揺で思いっきりどもりながら、俺は思わず一歩後ずさる。

と、輝夜がその分一歩距離を詰めてきた。

「さっき気になったのよね。貴方のこと」

 

「な、何かお気に障ることでも?」

一歩下がる。

「気に障るっていうか、目がね」

一歩詰めてくる。

 

「目?」

一歩。

「そう貴方の視線よ」

一歩。

 

「なんだか貴方の目つき」

一歩。

「私を疑ってるような」

一歩。

 

「感じだったのよね」

一歩。

「す、鋭いですね」

一歩。

 

「あら、認めるのね」

一歩。

「え、ええ、まあ」

一歩。

 

「へえーなぜかしら」

一歩。

「あ、あの、しょ、正直に話しますので!」

一歩。

 

「こ、この辺で」

一歩下が……れない。

いつの間にか壁際まで追い詰められていた。

俺はホールドアップしながら、尚も近づいてくる輝夜から顔を逸らす。

「勘弁してください……」

 

「あら、何かお困り?」

目を弓なりにしながら、輝夜が俺を覗き込んでくる。

わざとらしい言い方からも分かるが、この人明らかに俺が困ってる様子を見て楽しんでいる。

「……近いです」

それを分かっていても照れてしまう辺り、自分のヘタレっぷりが悲しい。

 

「近い?近いって、何が?」

「きょ、距離、ていうか顔が近いです」

「近いと困るの?」

「……永淋様」

 

輝夜の頭越しに助けを求めると、やれやれといった様子で永淋様はため息をついた。

「そのくらいにして差し上げなさい。彼は客人よ」

「はぁい」

笑みを浮かべたまま、輝夜はゆっくりと下がる。

そのことに安堵した俺は、ほっと安堵の息を吐いた。

 

「貴方も」

永淋様は俺に視線を向ける。

「子供じゃあるまいし、もう少しどうにかならないの?」

 

未だに顔が赤い俺は、困り顔でヒラヒラと手を振った。

「無理ですよ。輝夜様のような美人に詰め寄られれば、誰だってああなります」

「だって、永淋」

誇らしげに視線を向けてくる輝夜に、永淋様は再びため息をついた。

 

 




さて、まず補足ですが、永遠亭の面々は人里の住人からすると謎の多い人々であり、彼女たちが本当に月の民かどうかはまだ噂の範疇を抜けていません。
あくまで現時点における本作の設定です。

それから今回、中盤で主人公は盛大に勘違いしています。永遠亭の住人は未来人じゃないか、みたいな。
あと輝夜=かぐや姫という発想もありません。
彼にとってはかぐや姫が不老不死だなんて発想が思いつかないほどに突飛だからですね。妹紅が不老不死なのもまだ知りませんし。
そんな彼からすれば、まだ子孫や未来人の方が説得力があるわけです。まだまだ常識に囚われてますね。囚われてるか?
そんなわけで次回も永遠亭のお話です。ほのぼの!

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