東方己分録   作:キキモ

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二十話 お人好しへの忠告

結局のところ、幻想郷で過ごす初めての元旦は、二日酔いが後をひいて半日以上寝込んで過ごすことになってしまった。

新年の挨拶にとわざわざ足を運んでくれた慧音さんは笑っていたが、呆れからくる苦笑だったのは一目瞭然だった。

……頻繁にお酒を飲むわけでもないのだけど、今度鈴仙に会ったら酔い止め薬が無いか訊いておこうと心に誓った。

 

そんなわけで元旦が過ぎた1月2日の午後、俺はせっかくなのでと、幻想郷唯一の神社たる博麗神社に初詣に訪れていた。

まあ、初詣といっても、やることはいつもと変わらないのだけど。

長い石段を登りきると、境内はそれなりに雪かきが進んでいて、本殿までは雪を踏むことなく進めそうだ。

霊夢が張り切ったのだろうか。

ちょっと想像できないけど。

 

それにしても正月だというのに神社は相変らず閑散としている。

何か催してるかなと淡い期待をしていたが、特に何も無かった。

とはいえ、きっと元旦にはそれなりに客はきたんだろう。

 

……と、思ってやりたいのは山々だが、人里から神社までの道に積もった雪は、人どころか妖怪らしい足跡すらなく、せいぜい獣らしき小さな足跡が散見される程度だった。

いや、妖怪の足跡なんてあったらちょっと嫌なんだけど。

昨晩は雪は降らなかったはずだし、だとすれば…………いや、これ以上はやめておこう。

 

本殿前の賽銭箱に小銭を投げ入れて、願いを頭の中に浮かべる。

以前のように、願い事を色々と並べ立てるのもさすがになんなので、一まとめにして一言だけ、無駄に壮大に「世界平和」と願った。

 

……いや、せめて商売繁盛くらいは願っておくべきか。

明日からだしなあ。

 

「あら、今度はいくつお願いしてるの?」

「うお」

不意に背後から声をかけられ少し驚く。

 

振り向くと、分厚い襟巻きを顔の下半分が隠れるほど重ねた霊夢が、どことなく気だるげな瞳で俺を見据えている。

境内の掃除に出ていたのか、その手には穂先に癖のついた竹箒を持っていた。

 

「ああ、霊夢」

俺は頭を掻いて半笑いを浮かべてみる。

「まあ、ちょっとだよ。ちょっと」

「そ」

質問したわりに興味が無かったのか、霊夢の返事はそっけない。

 

「それよりも、霊夢。明けましておめでとう」

「ええ」

俺の挨拶に霊夢は短く答え、頷くように会釈する。

なんというか、やけに無口だ。

霊夢はよく喋るタイプというわけではないが、口数が少ないわけでもない。

 

「もしかして、機嫌悪い?」

「……そういうわけじゃないけど」

ただ、いつもと調子が違うのは確かだ。

少し注意して霊夢を見ると、霊夢が目を細め僅かに身を引いた。

 

「なによ」

「あ、ごめん」

視線が不躾だったようだ。

謝りながら少し距離をあけるが、その際に気付く。

「霊夢、顔色悪いよ」

 

最初は襟巻きに隠れて気付かなかったが、僅かに顔が青ざめている。

「風邪?」

「違うわよ」

「でも、調子悪いんだろ?」

 

俺の追及に、霊夢は小さくため息をついた。

「ただの二日酔い」

「二日酔い?」

鸚鵡返しに問い返すと、霊夢は鬱陶しそうに頷く。

どうやら喋るのも億劫らしい。

 

「宴会だったのよ。昨日は」

「新年会かなにか?」

「ええ。ちょっと騒ぎすぎたわ」

へえ、霊夢が二日酔いなんて、ちょっと珍しいかも。

俺の中では、霊夢は比較的クールで大概のことはそつなくこなすイメージだったのもあって、なんだか意外だ。

霊夢とお酒を飲んだことなんて一回しかないんだけど。

 

「俺もさ、昨日二日酔いで寝込んでたんだ。霊夢も調子悪いなら休んだほうがいいよ」

言いながら、手を差し出す。

「境内の掃除なら、俺が代わりにやるから。ほら、箒貸して」

「…………お気遣いどうも」

と、礼を言うものの、霊夢は竹箒を渡そうとはしない。

 

「霊夢?」

「掃除はさっき終わらせたの」

「え?でもさっきまで――」

「神社の裏手の方よ」

驚いて先ほどまでなんの気配もなかった境内を見回す俺の言葉を、霊夢は遮った。

 

「宴会の片付けでね」

「片付けって、その体調で?」

「さっきまで調子が良かったのよ」

霊夢はため息を吐いた。

掃除をしていたら体調を悪化させたようだ。

 

ん?ていうか、神社の裏手って空き地だったけど、まさか外で宴会したのか?

この寒空の下?

 

「母屋に戻るわ。悠基も上がっていくでしょ?」

俺が困惑しているのにかまわず、霊夢は母屋に向かって歩き始めた。

「あ、ああ。お邪魔するよ」

返事をしつつ俺は霊夢の隣に並ぶ。

 

ふと、あ、良かったのかなと躊躇する。

 

霊夢は確か一人暮らしだし、今は体調だって優れていない。

そんな状態で俺みたいな成人男性を不用意に自宅なんかに上げていいのだろうか。

いや俺はなにもしないけどさ……。

 

「なにか変なこと考えてない?」

「えっ」

歩きながら横目で俺を見上げる霊夢に、俺は露骨に肩を跳ねさせた。

す、鋭いな……。

 

「いや、変なこと、ていうか、無用心だと思っただけ。うん」

「…………襲うの?」

ジト目になる霊夢。

俺は慌てて首を振った。

 

「お、襲わないし」

「そ」

端からそんなこと疑ってもいないとばかりに、霊夢は既に視線を前方へ向けている。

 

「でも、気をつけないと駄目だよ」

照れ隠しに忠告したら、再びジト目を向けてくる。

「余計なお世話」

「ッス……」

変な声出た。

 

母屋に玄関から入ると、霊夢は箒を立てかけ、居間へと赴く。

俺もその後に続いて履物を脱いだ。

 

「おお……」

炬燵だ。

障子を開き居間上がると、以前訪れたときと同様電気炬燵が置かれていた。

何度見てもちょっと感動する光景だ。

 

ただ、依然とは一部様子が違った。

「す、萃香?」

「んあ……?」

霊夢が炬燵に入ってきてもうつ伏せのまま微動だにしない物体に声をかけると、くぐもった声とともに頭を傾ける。

といっても角が邪魔をしてほんの僅かしか傾ききれてないが。

 

「悠基……か」

萃香は虚ろな瞳で俺を一瞥するが、すぐに頭の下の座布団に顔を埋めてしまった。

先日会った時の陽気な彼女は見る影も無い。

あまりの変貌振りに俺は目を瞠る。

 

「萃香……だよな?」

まさか別人じゃあるまいしと思いつつも、つい問いかけてしまう。

萃香は今度は頭を埋めたまま、唸るような篭った声を出す。

返事すらも億劫な様子に、俺は彼女を指差しながら霊夢を見る。

 

「……二日酔い?」

「鬼が二日酔いになんてなるわけ無いでしょ」

霊夢はというと、炬燵の天板に顎を乗せて、何をするでもなくだらけている。

 

「禁酒よ」

「へ?」

「禁酒。お酒を断ってるの」

「そりゃまたなんで……ああ」

霊夢に尋ねかけた拍子に、以前別れる際の霊夢と萃香のやりとりを思い出した。

確か、一ヶ月の禁酒だっけ。

 

「人里で俺を襲ったときの罰、と言うかお仕置きか」

「そゆこと」

炬燵に入りつつ、一人納得する俺に、霊夢は応えながら、起きているのがつらくなったのかぐでんと横になった。

 

「炬燵で寝たら風邪ひくよー」

「横になるだけ」

一応忠告すると、目を閉じながら返される。

寝る気満々だな……。

 

ていうか、人を家に上げといて寝ちゃうってどうなんだ。

しかも俺みたいな男の前で無防備に。

いや、何もしないけどさ……。

 

なんとなくだらけた空気に中てられて、俺も頬杖を付いてぼんやりと視線を彷徨わせる。

「しかし……随分弱ってるな」

微動だにしない萃香を視界の端に捉える。

「酒が飲めないのって鬼的にはそんなに辛いの?」

「いつも酔っ払ってるようなやつだから、よく効くのよ」

 

俺の問いかけにうんともすんとも言わない萃香の代わりに、横になった霊夢が答える。

「へえ。でも、萃香だったら、よくは知らないけど凄い能力があるんだから、こっそり飲んでてもおかしくないと思うけど」

人里に現れたときも、萃香は突如としてその場に分身を顕現させていた。

俺の上位互換的な能力だと見ているが、その能力があれば誰にもばれずに酒を飲むことなんて、造作も無いと思える。

 

正直、霊夢との約束をこんな状態になっても律儀に守るような殊勝な性格を萃香がしているとは思えない。

「萃香の能力なら、私の御札で封じてるわ」

案の定というか、萃香の能力は霊夢によって対処されているようだ。

「ついでに鬼の力も抑えているから、そこらの妖怪並に弱いわよ」

 

そういえば、以前霊夢が萃香にドロップキックをお見舞いした時――何回思い出してもあれは凄い絵づらだと思う――あの時萃香の顔面に御札が張り付けられていたけど、おそらくあの御札も、萃香の能力を封じる類の物だったのだろう。

外の世界に出たときも御札を使って、自分に対する認識を歪める的なことをしていた記憶がある。

 

そう考えると……いや、考えるまでも無く霊夢の能力って、凄いんじゃないだろうか。

とはいっても、今はそれ以上に『そこらの妖怪並』に弱体化された萃香が少し気になった。

一瞬しか記憶が無いとは言え、萃香の強さは明らかに俺が常々襲われている『そこらの妖怪』とは、まさに次元が違う強さだろう。

 

「……萃香、生きてる?」

俺が改めて問いかけると、萃香は律儀にくぐもった声を返す。

なんというか、哀れだ。

そこには以前の陽気な彼女は見る影もない。

まあ、ぶっちゃけ俺はどちらかと言えば萃香は苦手なのだが、さすがに今の彼女は見ていて気の毒である。

 

いやまあ禁酒してるだけなんだけどね……。

禁酒してるだけなんだけども……。

 

「…………霊夢」

俺が呼びかけると、俺の声音に何かを察したのか、霊夢は気だるげに起き上がった。

 

「あの……えーと」

あ、やべえ。

呼びかけたのはいいものの、なんて言えばいいのか考えてなかった。

良い淀む俺に、霊夢は大いに嘆息する。

 

「そういえば悠基、ルーミアと知り合ったらしいわね」

唐突な切出しに俺は「え?」と間抜けな声を出す。

「あ、う、うん。急になに?」

 

「その時の話、ルーミアから聞いたわよ」

「……えぇと」

「あの子が言うには、あなたは頭をぶつけたあの子を心配して『不用意』に近づいたそうじゃない」

不用意の部分を強調する霊夢に、俺は頭を掻きながら目を逸らす。

 

「ああ……いやあ」

「あのねえ悠基。貴方のそういうところ、直した方がいいわよ」

「危険意識が足りないってこと?」

幻想郷(ここ)に来たときに妖怪に殺されかけた貴方なら、妖怪がどれだけ危険かっていうのは分かってるでしょ」

霊夢は淡々とした口調で俺の答えを否定する。

俺を見据える瞳から、気のせいかもしれないがプレッシャーを感じた。

 

「あなたはね、例え分かっていたとしても、そのお人好しで危険に自ら近づくのよ」

「別にお人好しってわけじゃあ……」

「違うの?」

「違……くはないかもだけどさ……でも、危険とはいっても、あの時俺は分身してたんだからさ、一概にヤバイってわけでもなかっただろう?」

「確かにそれはそうでしょうね。じゃあその上で質問するけど」

そこで霊夢は一呼吸置く。

 

「もしあの時分身してなかったらどうしたの?」

そんなの、答えは決まりきっている。

決まりきっている……はずなのだが、どういうわけか答えを言いよどみかけた。

 

「そ、それはもちろん、近づかなかったよ」

「本当に?」

「うん」

「絶対に?」

「ぜ、絶対に近づかなかった……と思う」

うっかり語尾に余計なものをつけてしまっていた。

こちらを見据える霊夢の視線に耐えられなかったのかもしれない。

 

当然のごとく指摘される。

「自信無くなってるじゃない」

 

「いや、それはなんというか……霊夢に気圧されて、つい、というか……」

話しながら、内容が情けないことに気付いて軽く凹む。

そんな俺に構わず霊夢は話を続ける。

 

「例え私に気圧されたとしてもね、普通はそこで迷ったりしないの。つまり貴方は、自分の命を顧みない危うさがあるのよ」

「その結論は飛躍しすぎじゃないか?」

「そんなことはないわよ。自覚が無いだけ。忠告するけど、貴方のその無駄に優しいところも、余計なお世話を焼くところも、ほどほどにしないと身を滅ぼすことになるわよ」

「言い方キツいな」

 

『無駄に優しい』『余計なお世話』……。

霊夢の言葉が胸にグサグサと刺さる。

刺さるってことは、図星というわけで、俺もそのことを自覚してるってことか。

マジか……。

 

俺は両手を頭の後ろに添えつつ横になる。

「身を滅ぼす……か」

「まあ、勘なんだけど」

霊夢が頬杖を着く。

「でも、多分当たると思うわ」

 

根拠はないと霊夢ははっきりと告げた。

なのに、霊夢の言葉には妙な説得力がある。

不思議だとは思わなかった。

そう思わないことが不思議だ。

 

「自重した方がいいのかな……」

「まあ私は貴方のそういうところ、嫌いじゃないけど」

「……なんでそこでフォローが入るかなあ」

「なんとなく、よ」

いけしゃあしゃあとすまし顔で答える霊夢に俺はジト目を向ける。

ちょっとマイペース過ぎやしませんか。

 

「…………」

ため息をついて、天井を見る。

 

なーんか。

霊夢の忠告した俺の性格って、漫画なんかでよく見る主人公っぽい?

 

「今」

霊夢がふいに口を開く。

「不謹慎なこと考えたでしょ」

……心でも読めるのだろうか。

 

見透かすような霊夢の視線に、俺は半笑いを返す。

今度は霊夢がため息をついた。

「忠告し甲斐がないわねえ」

「まあ、俺のこういう性格って、成るべくして成ったみたいなところがあるから」

「?」

霊夢が首を傾げるが、構わず俺は体を起こす。

 

開き直りついでだ。

霊夢に先ほど頼みかけたお願いをしてみよう。

萃香の禁酒を解いてやってほしいというお願いを。

 

「なあ、霊夢」

「それは駄目よ」

「……まだ何も言ってないんだけど」

「何を言いたいかぐらい、話の流れで分かるわよ」

やっぱり俺の心を読んでるんじゃなかろうか。

 

「どうしても駄目?」

「駄目よ」

「でも、直接的な被害を受けたのは俺だけだからさ、その俺が許すってことで罪を軽くはしてもらえないかな」

「……それだけで済むなら話は簡単なのよねえ」

「……まあ、大事になってたしなあ」

俺は腕を組んで考え込む。

ただ、霊夢の先ほどの言葉は、俺の頼みを聞くのは、彼女としては吝かではないという印象を受けた。

 

「妥協案はどうかな」

「妥協案?」

「一日、一本だけ」

「…………」

霊夢は腕を組み考え込む素振りを見せながら、萃香を見る。

 

しばらくして、霊夢は口を開いた。

「じゃあ、追加で条件をつけるわ」

 

俺は緊張しつつ霊夢を伺う。

「条件?」

「追加のお賽銭ね」

「お賽銭……え?そういう問題?」

どんな厳しい条件が来るのかと身構えていたら、拍子抜けする。

 

「あら、うちみたいな貧乏神社には死活問題よ。それに、貴方のお願いを聞いた上で何か問題が起きたとして、貴方に責任が取れるの?」

「な、なるほど……」

俺はため息を吐きそうになるのをなんとか飲み込み、霊夢に頭を下げる。

 

「じゃあ、それでお願いします」

「はいはい」

霊夢が立ち上がる。

頭を上げて彼女を見ると、呆れた様子で俺を見据えている。

なんというか……今後霊夢には頭が上がらないんだろうなあ。

 

霊夢はうつ伏せの萃香の元に歩み寄ると、彼女を揺する。

「起きなさい萃香」

さっきからなんの反応も示さないと思ったら、どうやら寝入っていたようだ。

 

「……ん?霊夢?」

「蔵から好きなの一本持ってきていいわよ」

寝起きの萃香は、霊夢をぼんやりと眺めていたが、彼女の言葉の意味するところを察したらしく、目を丸くする。

「え?それって?え?」

「一日、一本だけよ」

 

その言葉に茫然とした様子の萃香。

だが、見る間に顔を赤くし、瞳を潤ませると、次の瞬間飛び起きた。

「霊夢愛してる!!」

「ええい、大声を出すな」

二日酔いの霊夢は、抱き着こうとする萃香の顔をぞんさいに片手で抑える。

 

「それに、こうなるように取り計らったのは悠基よ。抱き着くならそっちにしなさい」

「そうなの!?」

霊夢の声に萃香が俺を見る。

「え」

対する俺は、いきなり矛を向けられ頬を引きつらせる。

 

「悠基愛してる!!」

案の定飛びついてくる萃香に、俺も霊夢に習って、というか咄嗟に片手を突き出して萃香の顔を抑える。

鬼とは言え、女の子の萃香に対してあんまりにもな扱いな気もするが、まあ、咄嗟の事なので仕方ない。

というか、弱体化してるのに萃香の力が強すぎて止めるのも結構大変だ。

なおも抱き着こうしてくる萃香に、俺は必死に抵抗しながら声を上げる。

 

「貸し!貸しだからな!」

「えへへー分かったー」

だらしない返事をした萃香は抱き着こうとするのを止めると、踵を返して居間から縁側への障子を開く。

 

「ありがとね!二人とも!」

後ろ手に障子を閉めながら、満面の笑みを浮かべる萃香。

あまりの変わり身の早さに唖然としながらも、やはり元気な方が彼女らしいなとは思う。

 

「一本だけよー」

萃香の閉めた障子に向かって霊夢は声を掛ける。

「任せて!」

何を任せてほしいのかは知らないが、萃香は障子越しに元気に返事をすると、騒々しい足音と共に遠ざかって行った。

 

「悪いね。霊夢」

嘆息しながら炬燵に戻る霊夢に頭を下げると、ジト目を向けられる。

「謝るくらいなら……いえ、いいわ」

 

霊夢は頬杖をついて、何を見るでもなく空中に視線を彷徨わせる。

「昨日宴会したって言ってたでしょ」

「うん」

「ただね、やっぱり物足りないなって心の隅で思っちゃったのよ」

「萃香が?」

「そうね」

恥ずかしがる様子も見せず、霊夢はすまし顔で俺の答えを肯定する。

 

「だから、あの子の迷惑を一番被った貴方が許してあげてほしいって言ったときは、ちょっと安心したのよ。それだけ」

「そっか」

独白のような霊夢の言葉に、俺は頷く。

 

萃香はまだ戻ってこない。

どのお酒にするのか、迷っているのだろう。

 

「そういえば、明日かららしいじゃない」

唐突に、霊夢が話題を変えた。

「ああ、そうなんだよ。よく知ってるね」

「ケーキだったかしら」

「うん」

 

明日だ。

明日から、俺の作ったショートケーキが、甘味処で提供される。

ケーキの質は保証できる。

だが、値段は高めだ。

売れるかどうか、店主の玄さんは半々だと言っていた。

 

「魔理沙が絶賛してたわよ」

「魔理沙がかい?」

確か、クリスマスのときに試食してもらったときは、そこまでいい感触ではなかったと記憶している。

だが、なんだかんだで気に入ってくれたのだろうか。

 

「あとルーミアたちも」

「そうなのか」

『たち』ということは、チルノや大妖精も褒めてくれていたということか。

 

「そ。だから、今度ここに来るときは、私にも食べさせて」

頬杖をついたまま、霊夢は微笑を浮かべる。

俺は、頬を緩めながら頷いた。

「ああ、とびきり美味いやつを持っていくよ」

 

 

結局その後、萃香が一緒に飲もうと大きな種瓶を抱えて戻ってきた。

だが、二日酔いの霊夢は当然拒否し、結局俺と萃香の一対一(サシ)の飲みあいとなった。

萃香の持ってきたお酒はかなり度数が強いものらしく、当然ながら俺は一瞬で潰れ、それから少しの間霊夢に介抱されることになった。

いよいよ霊夢に本気で頭が上がらないな……。




ほのぼの、というよりダラダラ、とした話にするつもりだったのですが、気付いたら霊夢に説教される主人公の話になってました。なぜか。
この作品の霊夢はチートとは言えなくても割とそれに準ずるスペックがあります。

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